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第九章

困っている人の為に

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夏が終わり秋が来た。

といっても特に何が変わるわけでもなく、いつもと同じ毎日がやってくる。

朝起きて商店に向かい、冒険者を相手に商売をする。

たまに村や街から俺を訪ねて来る人の相手もするが、主な顧客は冒険者だ。

ダンジョンが深くなるにつれ、やってくる冒険者の種類も変わる。

今までは本当に初心者!って感じの不安そうな顔をした冒険者が多かったが、今は自信に満ちた顔をした冒険者が多い。

ダンジョンにも慣れ、冒険者の階段を少しずつだが登っている所だ。

だが、こういう時こそ気を抜いてはいけない。

思わぬ所で躓き、命の危険を感じるだろう。

ほら、この冒険者の様に。

「おかえりなさい、っと大丈夫ですか?」

「あはは、やっちゃいました。」

外向きのカウンターで店番をしていると、ダンジョンの方から二人の冒険者が向かってきた。

一人は鎧はほつれ、服のいたる所に血が滲んでいる。

持ってきた武器は柄の部分からポキリと折れてしまったようだ。

そして彼の肩に寄りかかっている二人目は息も絶え絶えの魔術師。

見た目にケガはなさそうだが顔面蒼白で今すぐにも倒れてしまいそうだ。

「今ならすぐに部屋へご案内できますが・・・。」

「そうしたいのは山々なんですが逃げる時に色々落としてきてしまって。一泊いくらでしたっけ。」

「この時間でしたら朝夕食がついて銅貨50枚、二人一部屋でしたら銅貨70枚です。」

「70枚か。」

「私なら大丈夫、ちょっと休ませてもらったら、村まで歩けるから。」

「だけどその体じゃ。」

「とりあえず中へどうぞ、今暖かいお茶をお持ちします。」

横からニケさんが現れ彼らを中へ誘導する。

宿は有料だが休憩所は無料だ。

今の状態で彼女を放り出すのは流石に気が引けるな。

あの二人は朝方道具を補充してダンジョンに向かった冒険者のはずだ。

今は昼の中休み頃、来た道を戻ってくることを考えると6~7階層付近で何かあったんだろう。

「あの二人戻ってこれたんですね。」

「あの様子だと罠にかかったというよりも、魔物に襲われたという感じでしょう。階層が深くなればなるほど二人では対処しきれない魔物が出てきたりしますから。」

「道具も落としてしまったそうですし、どうされますか?」

「特別扱いするわけにはいきませんが様子をみて対応を考えましょう。」

「そうですね。」

誰か一人でも特別扱いをすれば他の冒険者にも同じようにしなければならなくなる。

商売をする身として公平でならなければならない部分が多い。

だが、非常時は別だ。

明らかに命の危険があるのであれば、店主の権限で彼らを助ける。

冒険者は大切なお客様だ。

また戻って来てもらうためにもここで死んでもらうわけにはいかない。

矛盾してる?

いいんだよ、店主は俺なんだから。

「イナバ様、先ほどのお二人ですが大きな怪我はなさそうですので、様子を見て村まで送ろうと思います。ちょうど定期便の日ですし、夕刻までに村に着けば今日中に街へ戻れます。」

「どうしても無理な場合は強制的に宿泊していただきましょう。お代はいつもの方法で。」

「わかりました。」

「なんだかんだ言いながらもシュウイチさんはお優しいですね。」

「それが良いかどうかは何とも言えませんが・・・。」

本当ならさっき言ったように特別扱いしちゃいけない。

それができないのは俺がまだまだ甘いという証拠何だろうな。

「そこが好きなんですよ。」

ほらもぅ、うちの奥さんはすぐこんなこと言うんだから。

ニコニコと笑うエミリアの顔に思わずこちらも笑みがこぼれる。

あー、この子と結婚してよかった。

「イナバ様こんにちは!」

と、のろけていると外から元気な声が聞こえてきた。

しかし、振り向いてもそこには誰もいない。

気のせいか?

いや、確かにそこにいるのは間違いないようだ。

四本のウサ耳が左右に揺れている。

「もう、そこにいちゃイナバ様が見えないでしょ?」

「でもでも、おっきなお兄ちゃん達はここでお話してるよ?」

「それはみんな背が高いからよ、ティオじゃまだ見えないの。」

「えー、僕も早く大きくなりたい!」

「ちゃんと好き嫌いしないでセレンさんのご飯食べたら大きくなれるかもね。」

「うぅ、頑張って食べるもん。」

会話しか聞こえないが相変らずこの二人のやり取りは微笑ましい。

俺はカウンターの下で繰り広げられる姉弟のやり取りに思わず頬を緩めた。

「いらっしゃい、シャルちゃんティオ君。」

「こんにちはエミリアお姉ちゃん!」

「こら、エミリア様でしょ!」

そんな二人をカウンター横の扉を開けてエミリアが出迎える。

エミリアお姉ちゃん、良い響きですな。

「いいのよ、今日はどうしたの?」

「今日は頼まれていたポーションを持ってきました。」

「もう作ってくれたの?急がなくてもよかったのに。」

「頼まれたお仕事はしっかりやりなさいってお母さんに言われたから。」

相変らずこの子はいい子だねぇ・・・。

エミリアの横から顔を出すと二人がぺこりと頭を下げた。

「イナバ様、これ頼まれていたポーションです。」

「ご苦労様でした。」

シャルちゃんから袋を預かり中身を確認する。

鮮やかな緑色した液体がフラスコの中を満たしていた。

中に不純物は入っていない。

うん、完璧です。

「10個確かに確認いたしました、準備をしてきますので待っていてください。そういえば、セレンさんが美味しいお菓子を焼いてたような・・・。」

「「お菓子!?」」

お菓子と聞いて二人の耳がピンと立った。

ティオ君はともかくシャルちゃんもまだまだ子供だな。

二人をエミリアに任せてポーションの代金を取りに行く。

え、なんでシャルちゃんからポーションを買っているかって?

それはですねぇ。

「シャルちゃんもう依頼をこなしちゃったんですか?」

「そうみたいです。仕事が早いのは良い事ですが、そんなに頑張らなくてもいいんですけど。」

「早く一人前になりたいって背伸びをしているんだとおもいます。」

「背伸びですか・・・。」

わからなくはない。

大人に仕事を任されると偉くなったような気がした。

それと同じだろう。

「依頼料もってきますね。」

「銀貨2枚と銅貨を50枚お願いします。」

商店では冒険者が良く使用する薬草の買取を行っている。

薬草の買取価格は一個銅貨15枚。

森に自生しているが、群生しているわけではないので数を揃えるのは少し大変だ。

それでも村の子供たちにとってこの森は庭と同じ。

小遣い稼ぎに毎日少しずつ持ってきてくれる。

だがここにきて問題が出てきた。

薬草があまり出したのだ。

いくら冒険者が薬草を欲しているとはいえ、多様出来るほど安い物ではない。

必然的に需要と供給のバランスが崩れてしまい、在庫として抱える量が増えてしまった。

それでも買取をやめることはできない。

何故なら村の人にとって数少ない現金を稼ぐ手段になっているからだ。

「確認をお願いします。」

「・・・はい、確かに。」

「すごいですよね、あの歳でポーションを作れるなんて。」

「おかげでだぶついていた薬草を捨てずに済みました。」

「ポーションにしてしまえば腐る心配もありませんもんね。」

その通り。

薬草は鮮度が命。

あまり長時間置いておくと萎びてしまい、効力が下がってしまう。

その点ポーションに加工できれば長期間保存しても痛む心配はなく、販売価格も高い。

そこで、店の薬草をポーションに加工してくれるようシャルちゃんにお願いしたのだ。

薬草の買取価格が銅貨15枚。

五個でポーション一つ分になる。

ただ作るだけなら銅貨75枚が原価になるが、そこに一つ銅貨25枚の依頼料を加えて銀貨1枚でポーションを作ることにした。

一見高いように見えるが、商店連合からポーションを仕入れた場合は銀貨1.5枚かかる。

それを考えれば十分に安いだろう。

今回はポーション10個分なので銀貨2.5枚だ。

一回の報酬としては少ないかもしれないが、数をこなせばそれなりの収入になる。

もっとも、在庫全てをポーションにするわけにもいかないのでこの依頼も有限だ。

「お待たせしました。」

ニケさんから受け取った依頼料を持ち、二人の所に戻る。

そこにはお菓子を頬ばりながら笑う二人がいた。

美味しそうにクッキーを頬張っている所が可愛らしい。

「あ、イナバ様!」

「す、すみません!」

「いいですよそのままで。美味しいですか?」

「とっても美味しい!」

「よかった、今回のは自信作だったです。」

セレンさんがお茶をもってやってくる。

少し早いけどお客さんも少ないし休憩しようかな。

「セレンさんはお菓子作りも上手なんですね。」

「趣味でする程度なんですけど、最近は良い粉や砂糖が手に入るので頑張ってみました。」

「おひとつ頂いても?」

「もちろんです。ウェリスさんは食べてくれなくて・・・。」

あいつはどちらかというとお菓子よりつまみという感じだ。

だがしかし、セレンさんの好意を無下にするのは許されない。

後でお灸でも据えてやろう。

シャルちゃんが渡してくれたお菓子を口の中に入れる。

サクサクとした食感にほのかな甘み。

この世界にもクッキーのようなお菓子はあるんだな。

「とっても美味しいです。」

「よかった、たくさん焼いたので後で持って帰ってください。」

「そうさせてもらいます。」

この味、久々にコーヒーが飲みたくなってきた。

最後に飲んだのはいつだっけ。

この世界に来る前、エミリアと初めて会った時か。

言えば飲ませてくれるかな?

でもなぁ、せっかく異世界になじんだのに元の世界の物を持ち込むのもあれか。

「香茶を一杯いただけますか?」

「ではアッサリとしたものをいれますね。」

「エミリアも一緒にどうです?」

「でも店番がありますし・・・。」

いくらお客が少ないとはいえ冒険者が来ない保証もない。

二人ともここに居るのはまずいか。

「エミリア様、表は私が見てますからどうぞごゆっくり。」

奥からニケさんが顔を出す。

「ではお言葉に甘えて。」

丁度昼の中休み、言えば午後三時のおやつの時間だ。

たまにはこんな時間があってもいいだろう。

「先に渡しておきますね、こっちが依頼料です。」

「ありがとうございます!」

依頼料の入った袋をシャルちゃんに手渡す。

中身を確認しないところが初々しいな。

「魔力の回復もありますから次回は少し時間を置きましょうか。」

「そんなに疲れなかったので大丈夫です。」

「疲れていないつもりでも、無理をすると急に来るから駄目ですよ。」

「エミリア様がそう言うなら・・・。」

魔法関係に関してはエミリアの方が先輩だ。

大人しく意見を聞き入れる所もまた素直でよろしい。

ちょうど思春期真っただ中、大人を無意味に嫌う年頃だ。

昔の俺ならすぐに反発していただろう。

「あ、あの・・・。」

と、その時一人の冒険者が俺達に近づいてきた。

おや、確かさっき帰ってきた冒険者じゃないか。

「どうしました?」

「その方は錬金術師なのでしょうか。その、さっきの会話が聞こえたので、もしそうだったら魔力ポーションを分けていただきたいんです。」

「魔力ポーション?」

「魔力ポーションは万物の根源である魔素を詰め込んだものです、傷の代わりに魔力を癒します。」

おぉ、RPGでおなじみのあれか!

いつも予備でもって行って結局使わずにあふれてしまう奴。

すみません、基本脳筋プレイなんです。

「ごめんなさい、私まだ普通のポーションしか作れなくて・・・。」

「そうですか。」

とぼとぼと冒険者が元の場所に戻っていく。

お連れさんはかなり調子が悪いのかぐったりしたままだ。

さっきの話から察するにあの調子の原因は魔力不足かな。

「エミリア、在庫はありましたっけ。」

「あまり出ませんが一応在庫しています。」

そう言えばあまり売った記憶がないな。

いや、売ったことすらないか。

「いくらでした?」

「銀貨2.5枚です。」

そりゃ高いわ。

普通のポーションもまぁまぁ高いけど、それよりも高いんじゃここに来る冒険者には手が出にくい。

もう少しダンジョンが広くなれば売れるかもしれないけどなぁ。

「さすがにただで差し上げるわけにはいきませんね。」

「そうですね・・・。」

ここで仮に渡してしまえば他の冒険者にも提供しなければならなくなる。

そうなればこの商店の存在そのものが危うくなる。

あくまでも商店は公平な立場でいなければならない。

だが・・・。

「さっき話した通り宿の手配をお願いします。」

「わかりました。」

無料で物を渡す事はできない。

だが、場所御提供することぐらいはできる。

もちろん後で代金はもらうけどね。

「エミリア様。」

「どうしました?」

エミリアが冒険者の所に行こうとした時だった、シャルちゃんがその手を掴んで引き留める。

「あの人は魔力ポーションが欲しいんですよね?」

「そのようです。ですが私達が差し上げるわけにはいきませんので、今日はゆっくりと休んでもらおうと思います。」

「なら、私が買います!」

「シャルちゃんが?」

シャルちゃんが魔力ポーションを買う?

確かに魔力を消費している状態だけど、別に買う必要なんてないはずだし。

っていうかこの子にそんなお金はないはずじゃ・・・。

「銀貨2枚と銅貨50枚ですよね、これで私に売ってください。」

あったよ。

シャルちゃんの手に握られている袋の中。

その中にちょうど一個分の代金が入っている。

これは偶然か?

「いいんですか?」

「はい、おねがいします。」

まっすぐに俺の顔を見るシャルちゃん。

つい先日まで冒険者からひどい目にあったというのに、この子ときたら。

しばらく待つも、シャルちゃんの意志は固い様だ。

「わかりました。」

俺は先ほど渡した袋を再度受けとり、倉庫へと向かう。

えーっとこの辺に、あったあった。

少し白く濁った液体。

ものすごく薄いカルピスとかこんな感じだろう。

これで魔力が回復するのか。

まぁ、ポーション飲んで傷が治る世界だし、今更だよな。

シャルちゃんの所までもどり、その手に魔力ポーションを握らせる。

「毎度ありがとうございます。」

「えへへ、ありがとうございました。」

シャルちゃんは嬉しそうに笑うと、冒険者の所へ走っていった。

俺達はその様子を黙って見守る。

何度かのやりとりの後、無事渡すことに成功したようだ。

最初こそ驚いていた冒険者だが、魔力ポーションを受け取り何度も頭を下げていた。

これにて一件落着かな?

「ティオ君よかったの?」

「なにが?」

「ポーションの代金が別の物に変わっちゃったけど・・・。」

「だってお姉ちゃんが頑張って稼いだお金でしょ?僕はこのクッキーがあるもん。」

ティオ君もシャルちゃんの様にニコッと笑い、またクッキーを食べはじめた。

ま、それもそうか。

あれはシャルちゃんが自分の力で稼いだお金だ。

俺がとやかく言う必要はないよな。

「ただいまです。」

「おかえりお姉ちゃん!」

「クッキー美味しい?」

「うん!」

ニコッと笑うティオ君の頭を優しくなでるシャルちゃん。

その顔は母親のようにも見えた。

「シャルちゃんには驚かされますね。」

「そう、ですか?」

「大人でもあんなことはなかなかできません。」

「えへへ、これで私も少し大人になれたかな。」

エミリアに褒められてとてもうれしそうだ。

早く大人になりたいシャルちゃん。

それは自分の為だけじゃなくティオ君の為でもある。

二人で生きていく、そう決めた時から彼女の心は他の誰よりもしっかりとしたものになった。

俺も見習わないとなぁ。

「本当に次の依頼をしても大丈夫?」

「もちろんです、頑張ってお金を稼がないと村長様に迷惑がかかっちゃいますから。」

迷惑がかかる。

いやまぁたしかにそうだけどさぁ。

あの夏の終わり、シャルちゃんは奴隷から解放された。

そして一人の領民として引き続き村に住む事になる。

だがそれは、領民として税金を払う義務が出てきた事を意味する。

現時点で収入のない二人の税金は村長が肩代わりする事となった。

シャルちゃんはそれを気にしてお金を稼ぐことに必死なのだ。

もちろん村長は気にしないように言ったのだが、本人がこの調子なので俺は一計を案じることにした。

これが今回のポーション作成依頼の真相というわけだ。

俺だっていろいろ考えているんですよ。

でもまぁ、シャルちゃんには負けるけど。

「じゃあ頑張ってもらうためにも、お腹いっぱいになってもらわないと。」

「今日はお仕事成功のお祝いです、おなかいっぱい食べてくださいね。」

「「はい!」」

今日のご飯は俺のおごりだ。

依頼主として、これからも頑張ってもらわないといけないわけだし。

取引先との接待みたいなものだな。

・・・あー、うん。

これは言葉が悪い。

ビジネスパートナーを大切にするだけだ。

その時だった。

夕暮れを背にして商店のドアを開ける人物が一人。

「失礼します、イナバ様はいらっしゃいますか?」

聞き覚えのある声に俺は後ろを振り返った。

どうしてこの人がここに?

新しい季節の始まりは、懐かしい人の登場で幕を開けるのだった。
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