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第八章

非常時の備えは大切です

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残暑厳しいお昼前。

猛烈な勢いでノアさんが作業を続けている。

地面に複雑な計算式を書いている所を見ると、おそらくどのぐらいの増加があったかを調べているんだろう。

いや、増加分を調べるのは簡単か。

先程区切った賽の目の数を数えて比べればいいだけなんだから。

これは税金がいくらになるか算出しているんだとおもう。

この前俺が計算したのはあくまでも仮のやつだ。

当たり前だけど、どこで測量しても答えが同じになる用に計算式が存在しているんだな。

「・・・っと終わりました。」

「もうできたのか?」

「三回計算したので大丈夫です。」

ドリスのおっさんが驚くのも無理はない。

マジか、計算を始めてから体感時間で10分もかかってないぞ。

その間に三回も計算するなんて、この娘、できる。

「それじゃあ早速聞かせてもらおうかしら。」

「測量の結果、作付面積は昨年と比べて58枠分増加していました。実りも問題なく、一枠単位の収穫量は昨年と同様もしくは微増と推測できます。」

「予定通りね。」

「えぇ、ニッカさんの話通りです。」

先日メルクリア女史と伺った時に約1,5倍だと言っていた通りだ。

その時に俺が計算した税金の増加分は金貨5枚だったが・・・。

「それで、どのぐらい税金が上乗せされるの?」

「昨年と比べると金貨6枚分でしょう。」

「そんなに増えるのか!?」

「その分村の備蓄は昨年よりも6割は増えますし、販売した時に得られる代金も同様に増えるはずです。実際の負担額はその半分ぐらいではないでしょうか。」

「あくまでも買取金額が昨年と同じならね。」

その通り。

これはあくまでも買取金額が同じだった時の話だ。

どの品でもそうだが、需要と供給のバランスが崩れれば値段も同様に変化する。

豊作であればあるほど穀物の需要は減り、供給過多となり結果として値段は低下する。

低下すれば必然的に買取金額も下がり、当初予定していた金額を得ることができなくなる。

そうなれば税金の増加分をそこから補てんすることができなくなり、結果として村への負担は大きくなる。

測量をすることでデータが増え来年に備えることができるようになっても、負担が増えて来年を迎える事が出来なければ何の意味もない。

「この話はあくまでも穀物の金額が変動しないことが前提です。税金がそれをふまえているかどうかは定かではありませんが、そのあたりはどうなんでしょうか。」

わからなければ聞けばいい。

ちょうど目の前には国の偉い人がいることだしね。

「そうね、税金の算出はあくまでも昨年の収穫をもとに算出しているだけで、その辺りは考慮されていないと言えるでしょう。」

「つまり豊作であればあるほど税の負担が増えている、そういう事ですね。」

「別に増えているわけではないわ、穀物の値段が下がったとしても総収入は増えているし『今までの』徴収方法であれば十分に手元に残っているはずよ。」

『今までの』と強調するあたりがイヤらしい。

税金が増えなければ今まで通り支払いを続けることができる。

支払う税金は昨年の収穫にかけられたものであって今年の分ではない。

じゃあ、昨年が豊作で今年が不作だった場合どうしているんだ?

「ではお聞きしますが、今年はこれだけの豊作に見込まれ十分な収入を得ることができるとします。支払いをしてもお金は余り、村には潤いができる。そのお金を元に新たな倉庫や住居を建築したり村人に還元したりするでしょう。ですがその翌年が不作だった場合はどうするのですか?」

「翌年が不作でも変わらないわ。」

「つまりは同様に豊作であった昨年の分だけ税金を請求する。」

「もちろんよ。」

「支払えなかった場合は?」

「翌年まで支払いを待つ事は可能よ。」

「その翌年も不作の場合は?」

「その場合は未払い分を請求するために財産を差し押さえることになるわね。」

そこだ。

それがおかしいんだ。

毎年豊作である保証なんてどこにもない。

今の話の様に不作が続く可能性だってある。

仮に豊作の年の税金が金貨30枚だったとしよう。

不作の為金貨20枚しか支払えなかった場合、金貨10枚が繰り越される。

そしてまた同様の不作が続いた場合、最初の不作の分に税金がかけられるので金貨20枚が税金となったとする。

だがその年に支払わなければならないのは金貨30枚だ。

つまり豊作の年と同じだけの金額を村は支払わなければならない。

結果金貨10枚の負債は残り、財産が差し押さえられる。

「つまりこのやり方は、穀物の買取金額が低下した分も考慮されておらず非常事態への配慮もなされていない。そうなりますよね。」

「過去100年遡っても2年連続で不作だった年は無いわ、それに不作の翌年は穀物の金額も上がっているし結果として減った分は増加して戻ってくる。ここまで何の問題もなく運営されていると私達は判断しているの。」

「それはあくまでも『今まで』の話ですよね。もしもの事は考えないんですか?」

「そんな事を考えていたらキリがない。そう、上層部は判断するでしょうね。」

「なんだよそれ、結局俺達農民の事は何も考えていないってことか?」

ガスターシャ氏の答えにオッサンが噛みつく。

オッサンの言い分ももっともだ。

自分達が命を懸けて栽培した物が自分たちの為に使われない。

そんな事を許せるほど人々は余裕ある生活を営んでいない。

「もちろん不作だった時に国としての補助はしているわ。貸し付けだって低金利で行っているし、食糧だって提供している・・・。」

「ですが結局それはその場しのぎでしかなく、抜根的な解決にはなっていない。低金利での貸し付けとはいえ結局借金であることにはかわりありませんよね。」

「じゃあ逆に聞くけれどイナバ様はこの問題をどう解決するべきだと思っているの?貴方のような頭の回る方でしたらそれぐらいの答えは持っているのよね?」

「私がどれだけ頭を使っても全てを解決することはできません。不作である事実は覆せませんし、借金があればそれは残ったままです。もちろん借金を免除しようものならたちまち国の財政は傾き、結果として国そのものが破綻してしまう。」

「その通り、私には『国』を守る義務があるのよ。」

「それと同様に国の母体である『農民』を守る義務もあるのではないでしょうか。」

「シルビア様の旦那さんだから言うわけじゃないけど、私達は小さな小石に躓いているわけにはいかないの。」

騎士団を守るために多少の犠牲はやむを得ない。

小さな小石(騎士団員の命)に躓いて大勢の団員を危険に晒さないのが騎士団のやり方だ。

つまり、国としても小さな小石(困窮の農村)に躓いて国を危険に晒すわけにはいかない。

そう言いたいのだろう。

「つまり俺達に死ねって言ってるんだな?」

「もちろん私達にできることはするわ。でも全員を救済する事ができる程私達は豊かではない。それだけはわかってほしいの。」

誰も苦しまないのであればそれに越したことはない。

そんな夢物語があれば、シャルちゃんやティオ君のような子たちは生まれないはずだ。

彼らのような存在が生まれている事こそが、現実だ。

「あの、測量はどうすれば・・・。」

その時、会話が途切れたタイミングで少し引き気味のノアさんがおずおずと尋ねた。

おっと、盛り上がりすぎてしまったようだ。

そういえば今はノアさんの結果を聞いていたんだっけ。

「すみません続きをお願いします。」

白熱しすぎてもいい結果が出るとは限らない、この時間を使ってとりあえずクールダウンだ。

「現在未開拓の部分も畑にすれば同様の収穫が見込まれます。灌漑を計画されているんですよね?」

「えぇ、この冬にここまで水が来る予定です。」

「東の方は少し勾配が付いていますので開拓する場合は注意してください。あまり大量の水を入れすぎると中心が水分過多になりそうです」

「そんな事もわかるのか!?」

おぉ、オッサンが驚いている。

って俺もビックリだ。

測量するだけでそんな事までわかるなんて、やっぱりこの娘、できる。

「東側は測量でわかりましたが、中心は他よりも低くなっていたのでそう思っただけで・・・。」

「確かに中心部は雨が降ると水が残っている、今まであまり気にしなかったがなるほどそういう理由か。」

「収穫後に盛り土をすれば多少はましになると思います。それにしてもこの畑はすごいですね、今まで色んな畑を見てきましたけどここまで実りのいい畑は初めてです。」

「この畑は精霊様に守られているからな。」

え、そうなの?

ドリちゃんからそんな事聞いた覚えは無いし、泉に居るディーちゃんからも聞いてないなぁ。

「精霊様・・・あぁ、腐葉土ですね。」

「この森は精霊様に守られている。その森の恵を使えば必然的にこの畑も守られるってワケだ。」

「精霊様がこの森に?」

「知らないのか?そこにいる男が契約者だぞ?」

ノアさんが驚いた顔でこっちを見る。

エミリアから聞いていなかったのか。

「一応ドリアルド様とウンディーヌ様から祝福を頂いています。灌漑予定の泉にはウンディーヌ様がお住まいですので、その水を利用しているこの畑は二重で守られているといえるかもしれません。」

「なんでこんな男に精霊様が?」

「いや、何でって言われましても。」

「精霊の祝福なんて案外そんな物よ、私のエフリーだってまだ幼い私と契約したぐらいなんだから。」

「メルクリア様は魔術の素質があるので当たり前です。ですがこの男からは何の力も感じません。」

確かに俺の素質は0だ。

普通であれば縁遠い存在だろう。

「シュウイチさんは精霊様のお願いを聞き届けて祝福を頂いたんです。何度かお会いしていますが思っていたよりも気さくな方々でした。」

「文献に出てくる精霊程厳格じゃないわね。」

「そういえばメルクリアさんはどうやって精霊様から祝福を?」

「子供の時にちょっとね。」

「メルクリアさんが火遊びをして家を燃やしそうになったのは有名な話よ。」

「ガスターシャ様!」

え、まさかの火遊びですか?

その状況から祝福を得る流れが全くわからないんですが・・・。

「精霊様に謎解きをしかけて、解けなかったら従いなさいと言ったんですよね。」

「エミリアまで!」

「なるほど、エフリーは謎を解けず、結果メルクリアさんに祝福を授けたわけですか。」

「まぁおかげで家は燃えずに済んだし私も無事だったから良いんだけど、人の過去を勝手にばらすのはどうかと思うわ。」

「申し訳ありません。」

「まぁまぁ、エミリアさんも反省しているから許してあげて。」

いや、貴女がばらしたのが最初でしょうが。

エミリアは別に悪くないと思うんですけど。

「祝福を頂いているとはいえ私に特別な力があるわけではありません。これまでもこれからも何も変わりませんよ。」

「同時に二つの祝福を頂いていながら何もしないなんて・・・。」

じゃあ俺にどうしろって言うんだよ。

「そんな話よりもだ、畑はこのまま拡張してもいいんだな?」

「先程言いましたように東側は勾配がついていますので、このまま北に広げるのが一番だと思います。」

「わかった、嬢ちゃんの言うとおりにしよう。」

「では、後は東側ですね。」

「エミリア様、念の為もう少し北側を見ておきたいのでその後でもいいですか?」

「せっかくの機会だ、念入りに頼むぜ。」

「言われなくてもわかってます。」

あ、またツンツンしだした。

まるで父親に反抗する娘のようだな。

もう嬢ちゃんって言われて言いなおさせることもないし、諦めたのかそれとも慣れたのか。

年の差がありすぎるけど、こういう組み合わせ、嫌いじゃないです。

まぁ、それはおいといて。

残るは北部の調査と東部の測量か。

「では私達も行きましょう。」

ヒートアップしたテンションは今は落ち着いている。

随分と寄り道したが何とか無事に終わりそうだな。

と、気を抜いた時だった。

「申し訳ないけどイナバ様は私と一緒に来てもらえるかしら、さっきの続きを聞かせてもらいたいの。」

ガスターシャ氏から聞きたくなかった言葉が放たれた。

前言撤回、無事に終われそうにない。

マジかよ勘弁してよ。

納税はするんだからもういいじゃないか。

さっきはちょっと言いすぎたって。

「頑張ってきなさいよ。」

俺の心境を知ってかしらずか、メルクリア女史が笑いながら送り出してくれる。

おのれ、後で覚えておけ。

「メルクリアさんも御一緒頂けるかしら。」

「私も!?」

「上司として同席していただけると助かるわ。」

「そんな風に言われると断れないじゃない・・・。」

ふはは、人の不幸を笑うからだ。

ざまぁみろ。

っていうか断る気だったんかい!

いや、一緒に来たくない気持ちはイヤって程わかるけどさぁ。

お願いしますよメルクリアさん。

二人で地獄の底まで落ちようじゃないか。

「後は私がやっておきますので。」

「申し訳ありませんが後はお任せします。」

「頑張ってくださいシュウイチさん。」

「あはは、頑張ります。」

「大丈夫よ、取って食ったりしないから・・・生きて帰れるかは微妙だけど。」

いや、お願いだから生きて返してください。

お願いします。

家には妻と子供が・・・。

あ、子供はまだか。

「お手柔らかにお願いします。」

「それは貴方次第ね。」

「相手はタクス様よ、くれぐれも粗相の無いように頼むわ。」

「善処します。」

「大丈夫よ私も一緒だし。それに、多少張り合ってもらったほうがタクス様も喜ぶわ。最近はつまらなさそうに仕事をしておられるから。」

「そういうの得意よね、貴方。」

得意といいますか、なんといいますか。

まるで連れて来られた宇宙人よろしく、左右を挟まれるような形で村長の家まで連行される。

そこで俺を待ち受ける運命とは。

次回をお楽しみに!

注:本人は全く楽しくありません。
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