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第八章

走って走って走り抜けろ!

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怒涛の見聞旅行を終え帰宅したのが聖日の夜遅く。

にもかかわらずユーリとニケさんは帰ってくるのを待っていてくれた。

商店の方は特に問題もなく盛況だったそうだ。

ダンジョン内もいつもと変わらず初心者冒険者を中心に攻略が続けられている。

もちろん全員が無事というワケではない。

怪我をしたり死人が出たりしている。

最初こそ戸惑ったがこれがダンジョンのあるべき姿だ。

誰も死なないダンジョンなんてありえない。

人を呼び込み人を食らうのがダンジョンの本性。

それを利用して商売をしているのがダンジョン商店。

にもかかわらず人に死んでほしくないなんて矛盾はおかしな話だ。

冒険者もそれを覚悟の上で一攫千金を狙ってダンジョンに潜っている。

もっとも、うちのダンジョンはあくまでも初心者冒険者に基礎を教えるように作られているので難易度はかなり低くしてある。

それで怪我をしたり死んだりするという事は、そもそも冒険者にむいてなかったとも言えるだろう。

冒険者のほかに選択肢が無かったのか、好んで冒険者になったのか。

それによって思うところは変わるが、まぁそれも運命だ。

「最後に現在ダンジョンに潜っているのは4組、そのうち1組は魔物の巣に突入し壊滅していました。回収された装備は明日の朝確認しておきます。」

そして今日もまた冒険者が散ったようだ。

合唱。

「壊滅ですか。」

「冒険者3名奴隷2名の班でしたが8階層を進行中に誘導罠を起動させ、急行した魔物に襲われたのを確認いたしました。」

「救助に行きたいと思ってしまうのは騎士団長としていいのか悪いのか、複雑な気持ちだな。」

「領民を救うのがシルビアの仕事でしたから。」

「だが冒険者は自ら危険に飛び込んでいる。それを救うというのはおかしな話だ。」

「これもまた商店の人間として受け入れなければならない所です。」

誰も死んでくれと思っているわけではない。

魔力をためる事を考えればそりゃあ死んだ冒険者を回収する方がダンジョンとしては効率はいい。

だが命が散っていくのは辛い。

この矛盾に自分の中で折り合いをつけなければこの仕事には向いていないだろう。

商売じゃなくただ単にダンジョンを大きくするだけであれば全滅させるつもりで行くけどね。

チーズの話ではないけど、ダンジョン商店にもリピーターは必要だ。

何度もダンジョンに潜りつつ戻ってきてはお金を落としてくれる。

これほどありがたいお客さんは居ない。

彼等が生きて戻ってきてこそ商売として成り立つのだ。

だが、緩すぎてもダンジョン攻略時の報酬で我々は赤字だ。

難しすぎず優しすぎず、適度なバランスで運営していく必要がある。

そこが難しいんだよな。

「明日の巡回時にどうなったのかまた教えてください。」

「わかりました。」

「みんな遅くまでありがとうございました、明日は私も商店に出ますので引継ぎはその時にでも。今日はゆっくり休んでください。」

「イナバ様もゆっくりお休み下さい。」

「色々ありまして疲れました、そうさせてもらいます。」

詳しい時間はわからないが体感的に11時ぐらい。

10時前ぐらいには就寝している生活からすると夜更かしだ。

「シア奥様のお部屋は掃除済みです、安心してお使い下さい。」

「助かる。」

「エミリア様宛に商店連合よりお手紙が届いていました、部屋の机の上においていますので御確認をお願いします。」

「商店連合からですか、手紙なんて珍しいですね。」

エミリアに関しては念話で呼びかければ済む話だしね。

手紙でよこすという事は形として残す必要のある内容なんだろう。

元の世界でも大事な話しはメールじゃなくて書類だったし。

でも大抵はいい話じゃないんだよな。

異動の辞令とかだったらどうしよう。

この会社って転勤無かったよね?

単身赴任とか勘弁して欲しいんですけど。

って、俺宛じゃないか。

「明日の朝食当番は誰でしたっけ。」

「ご主人様の予定です。」

「あ、私でしたか。」

「明日は私が作ろう、密かに修練しておいたのだ。」

「それは楽しみです。」

「うむ、期待しておいてくれ。」

自分からハードルを上げていく辺りさすがシルビア様。

俺だったら疲れているので美味しくなかったらごめんね、とか言っちゃいそうだ。

久々のシルビアの御飯、楽しみだな。

「では先に部屋に戻ります、おやすみなさい。」

「「「「おやすみなさい。」」」」

エミリアとシルビアが留守番をしていた二人に渡す物があると言っていたっけ。

邪魔者は退散しておこう。

階段を登り二階へ向かう途中、女性陣が楽しく話しているのが見えた。

あんまり夜更かししないといいけど。

まぁ、みんなもう大人だし大丈夫だろう。

部屋に戻り、着替えるのも億劫なので靴を脱いでベットに倒れこむ。

馬車の中であれだけ寝たのにまだ寝足りないようだ。

再び襲い来る睡魔に抵抗することなく俺は眠りについた。


翌朝。

いつもと同じ時間に起きていつものように準備をしていつものように食事をとる。

あぁ、いつもと変わらないって素晴らしい。

やっぱり日常はこうでないと。

いつもと同じじゃ飽きるって言う人もいるけれど、イレギュラーは体力も気力も奪っていってしまう。

この年になると二つとも奪われるのは辛い。

何故なら体力がすぐ回復しないからだ。

30過ぎるとそれが顕著になる。

歳を取るってイヤだねぇ。

「美味しい!」

「口に合ったようでなによりだ。」

「本当に美味しいですシルビア様。」

「シア奥様がまた腕を上げられました、私ももっと精進しなければ。」

「この調理法は何処で学ばれたんですか?」

どうやら全員大満足のようだ。

ユーリに至っては対抗心に火をつけられたらしい。

セレンさんに次二番目に料理が得意なシルビア様。

そこに追いつこうとしていた矢先のこの食事。

燃えないわけが無いか。

なんだかんだ言って体育会系だもんな、ユーリは。

「先日の催しの時に騎士団の料理人が美味しそうな物を出していたのでな、戻った時に教えてもらったのだ。」

「直伝のワザでしたか。」

「良かったらユーリにも教えるぞ?」

「いえ、まずは自分なりに考えてからに致します。どうしても思いつかなかった場合は御教授ください。」

「わかった、しっかり励むが良い。」

そしてここにも体育会系が。

そのトップがこの人だしな。

「今日の予定はどうなっていますか?」

「お留守の間の売上に関して帳簿に纏めてありますので後で確認してください。」

「了解です。」

たくさん売れているといいなぁ。

好調だったとは聞いているので楽しみだ。

「私は追加の発注品がないか確認しておきます。」

「エミリア様、私がしますよ?」

「この前シュウイチさんが倉庫を片付けてくださったので大丈夫です、それにたまにはやらないと忘れてしまいますから。」

「わかっているものだけ纏めておきますね。」

「助かります。」

エミリアは在庫の確認っと。

「ニケさんにはいつものように店頭をお任せしていいですか?」

「わかりました。」

「確認が出来次第私も店頭に戻りますのでそれまでお願いします。」

いつもは裏方なので今日ぐらいは店頭で仕事をしよう。

「私は父上の所に挨拶に行ってくる。恐らく昼過ぎには戻れると思うが、何かあれば呼びにきてくれ。」

「宜しくお伝え下さい。」

俺も行くべきだろうが、騎士団の話であれば俺が口を出す部分は無い。

ウェリスの事はなんだかんだ言ってシルビア様も気に掛けている、悪いようにはしないだろう。

「では私は引き続きダンジョンの整備を・・・そうだ忘れていました。」

ん?

なにかあったのか?

「昨夜お話した壊滅した冒険者の班についてですが、どうやら全滅したわけではなさそうです。」

「そうなんですか?」

「魔力の回収は確認できましたが、それとは別に動いている反応を確認できました。恐らく生存者が居るものかと思います。装備は裏にありますので御確認ください。」

冒険者の生き残りか。

ここで助けを出すわけにも行かないしなぁ・・・。

ダンジョンに潜るのは自己責任。

俺が助けると話がややこしくなってしまう。

でもまぁ生きて帰ってきたのなら考えなくも無い。

たくさんの回復薬で助けてあげよう。

もちろん使用した分は定価で請求させていただきます。

「ユーリ、装備は何人分ありましたか?」

「3人分ですリア奥様。」

「と言う事は生き残ったのは奴隷の方ですね。」

「奴隷?」

「昨日の話しでは冒険者3名奴隷2名の班と言っていましたから。」

え、冒険者じゃないの?

ただの奴隷がダンジョンの中に居る?

「冒険者が奴隷を連れて行くのはどうしてでしたっけ。」

「奴隷を連れて行くのは主に荷物持ちが多いな。戦力として考える事もできるが、武器を与えて殺されては元も子もない。特にダンジョンは他人の目がないからな、主人を殺しても魔物に殺されたと言い張れば確かめる方法は無い。」

「という事は、今取り残されているのは戦闘の出来ないただの奴隷・・・ということですよね?」

「はい、恐らくは。」

「近くに魔物はいるのか?」

「行き止まりまで逃げたようで近くにはおりませんが、巡回している魔物が行く可能性はあるでしょう。」

それはまずい。

冒険者であれば助けに行く理由は無いが、一般人なら話しは別だ。

俺のダンジョンで冒険者以外の人間が死ぬなんて事は困る。

それが奴隷とはいえ死んでいいものではない。

「ニケさん店は任せました、シルビア大丈夫だとは思いますが同行してもらえますか?」

「もちろんだ、奴隷とはいえ領民を助けるのは騎士団の役目、彼等と違い父上は放っておいて死ぬ事は無いからな。」

ダンジョンの魔物は俺を襲うことは無い。

だが絶対という保証も無い。

生き残りは二人だというし、この中で救助できるだけの身体能力を持つといえばシルビア様だけだ。

「ユーリ、8階層のどの辺りですか?」

「8階層中盤西側の行き止まりです。近くに冒険者はおりませんので罠を起動させた状態にしておきます、道しるべにしてください。」

「助かります。」

「シュウイチ、すぐに出れるか?」

「いけます。」

返事を聞くやいなやシルビアが壁に立てかけてあった剣を掴み外へ出た。

「シュウイチさん行く前に回復薬を持っていってください、救助用のカバンが裏口の横に置いてあります。」

「わかりました。」

商店へ向かい裏口を空けると右横にリュックサックのようなカバンが置いてあった。

これだな。

ひったくるようにカバンを掴みむと先に行くシルビアの背を追いかける。

「10階層まで転送装置で移動して8階層へ戻ります。」

「案内は任せた。」

「魔物が襲ってくることは無いと思いますが一応警戒してください。」

「シュウイチには指一本触れさせないから安心しろ。」

シルビア様カッコイイ!

ダンジョンの入口の横に置かれた転送装置に手をかざす。

するとかざした手が青く光り転送装置が動き出した。

「なるほど、そうやって動かすのか。」

「10階層ごとに転送装置の子機がありますのでそれを起動させれば冒険者も利用できます。ただし、起動した事のない人間は使うことが出来ませんので実力の無い冒険者が使う事はありません。」

「私はいけるのか?」

「私と一緒でしたら大丈夫です。」

一応ダンジョンマスターですから。

ダンジョンマスター、この単語だけだと異世界物おなじみのチートキャラっぽいけど残念ながらただのサラリーマンだ。

ダンジョン商店の店主としてはむしろマスターじゃないとまずい。

こういう時に出張ることができなくなってしまう。

「では行きます。」

シルビアの手を握り、転送装置に手をかざす。

念じるだけでそこに送ってくれるんだから便利な道具だよ。

視界が暗転する事一瞬、気づいたときにはダンジョンの中にいた。

「もう着いたのか。」

「はい、現在ダンジョン10階層に降りてすぐの場所ですね。」

「ということは後ろのこいつを登れば9階層か。」

「その通りです、では行きましょう。」

のんびりもしていられない。

ダンジョンの罠はシルビア様には見えないので、俺を先頭にダンジョンを逆走する。

間に合うか間に合わないかは五分五分だ。

魔物を全部消してしまう手もあるが、再召喚するのにかなりの魔力を消費する。

いくら一般人を助ける為とはいえそこまでの犠牲を払う事はできない。

間に合わなければ残念だったというしかない。

殺したくない気持ちはある。

だが俺はこのダンジョンのマスターだ。

このダンジョンを適正な状態に保つ義務がある。

ここで魔物を消去でもした日には、

問おうそなたがダンジョンわたしのマスターか。

とか言われてしまうだろう。

それに無駄に魔力を使って来年間に合いませんでしたって言うのも困る。

間に合うのなら助ける。

だから俺はこんなにも急いでいるんだ。

「シルビア次の角を曲がってすぐの壁側に槍罠がありますから注意してください。」

「わかった。」

「ついでにその罠を超えて三歩先にも同じものがあります。」

「そ、そうか。」

「さらにさらに次の角を曲がる手前には落とし罠があります。内側ではなく外側ですが注意してください。」

「わ、わかった。」

俺には罠が丸見えだ。

だがシルビア様はそうでは無い。

出来るだけ俺の後ろを走ってもらい、危なそうな罠は事前に知らせておく。

こうしてみると俺の罠って結構癖があるな。

真っ直ぐ前から見たらわからないようにしているつもりでも、逆走するとパターンというか癖みたいなものが見て取れる。

次から気をつけよう。

「この罠はシュウイチが設置したんだったな。」

「えぇ、私が配置を決めてユーリに設置してもらっています。」

「妻である私がこういうのもなんだが、かなり意地が悪いな。」

「褒め言葉として受け取っておきます。」

冒険者に嫌われる罠であれ。

それが俺のモットーだ。

罠ばかりあっても面白くない。

適度な数と意地の悪い配置で冒険者の心理を苦しめる。

それがそもそもの罠のあり方だ。

あるかもしれない。

もしあったら。

そう思いながら進めば必然的に足は鈍り、戦闘中も気が気でなくなる。

結果集中力が散漫になり、魔物の攻撃を受け易くなる。

攻略もしにくくなる。

罠は無いのにある気がする。

そこまで持っていければ一人前だ。

性格が悪い?

好きに言えばいいさ。

俺は俺のやり方でこのダンジョンを大きくしていく。

そうきめたんだ。

罠を避けつつ進むこと半刻、8階層に着くと起動している罠が見えてきた。

「これを辿るのか。」

「そうです。ですが起動していない罠もありますから気をつけて進んでください。」

「見えている分避けやすいがそこに気を取られてしまうな。」

なるほどその手もあるのか。

わざと罠を発動させて注意を向けつつ別の罠に嵌める。

よし、覚えておこう。

起動している罠を辿り目的の場所まで急ぐ。

道中何度も魔物と遭遇しているがこちらを襲ってくる感じは無かった。

俺と一緒だと同行している人も襲ってこないのは何か基準があるんだろうか。

半径10m以内とかそんな感じかな?

ともかく同行者が襲われないのはありがたい。

救助が間に合った時に守りながらダンジョンを進まなくて済む。

と、その時だった。

前方から女性の叫び声が聞こえてくた。

「くそ、遅かったか。」

「まだわかりません、急ぎましょう!」

声が聞こえるということはまだ生きている。

それに声が届くという事はもうすぐそこだ。

目の前の角を曲がり、直線を一気に駆け抜ける。

その先に見えたのは、骸骨の魔物に襲われ今にも斬られそうな人の姿だった。

間に合うのか?

いや、間に合わせる。

俺は目の前の惨劇を止めるべく力いっぱい地面を蹴った。

目の前に回らなくても、せめて俺の権限内にさえ入ってくれれば!

今はそれだけを祈って距離を縮めた。

剣が振り上げられる。

駄目だ。

いや、諦めるな。

最後の一瞬まで走り抜けろ。

助かるその時を信じて俺は走った。
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