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第八章

初めての敗北

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「貴方に投資ですって?一体何を馬鹿なこと言っているのかしら。さっきも言ったように商店連合わたしたちは・・・。」

「お金を出す事は無い。ですから、メルクリアさん、貴女にお伺いしているんです。商店連合が手腕を評価せざるを得ない人物、サンサトローズ周辺で数々の評価を得ているイナバシュウイチという個人に対して投資する気はありませんか?」

別に商店にお金を出してもらう必要は無い。

もちろん、村に対してお金を貸し付けてもらう気もない。

借金は借金を生む。

村にそんな重荷を背負わせる必要は無い。

その重荷を背負うのは俺一人で十分だ。

「仮に投資をしたとして、私一人でまかなえるほどのお金を出すと思っているの?」

「お一人から全額いただこうとは思っていません。信頼できる人間に小額ずつ投資していただこうと思っています。」

「・・・貴方自分がどんな話しをしているかわかっているの?」

「わかっています。ですがこういうやり方でなければ『シュリアン商店』としてお金を集める事はで来ません。そもそも村の開発は商店連合から私『個人』に出された課題です。ですからその課題を達成させる為にも私『個人』がお金を集める必要があるんです。」

「貴方のような人間にお金を出す人がいるかしら。」

「自分で言うのもなんですが、それなりに人脈を築いてきたつもりです。そして、出資に見合うだけの功績も挙げてきた。もちろん今後もその功績に甘んじることなく一つずつ実績を積み上げていく予定ではありますけどね。」

お金が関係してくる以上結果が全てだ。

失敗は許されないし、失敗した時は本当に命をとられることになるだろう。

元々俺には逃げ道は無い。

この世界に来て商店連合と契約した時点で退路は立たれている。

俺に出来るのは前に進むことだけ。

失敗したとかやっぱやめたとか後ろに戻るような言葉を言っている暇は無い。

前に。

一歩でも前に。

それがこの世界で俺に課せられた使命だ。

「まったく、貴方の頭の中は一体どうなっているのかしら。」

「先日とある人にも頭の中がどうなっているか見せて欲しいといわれましたよ。他の人と変わらないはずなのにおかしな話ですよね。」

「貴方が他の人と一緒?冗談でしょ、貴方と一緒にされたら他の人が可愛そうだわ。」

「フィフティーヌ様さすがにそれは言いすぎです!」

「エミリア、言葉を慎みなさい。」

「申し訳ありません・・・。」

おおこわ。

でもまぁそれぐらい真剣に話しを聞いてくれるほうがやりがいがある。

目の前に居るのは見た目こそ可愛らしい少女だが中身は百戦錬磨の兵だ。

数々の死線を潜り抜けてきた本物の商売人。

この人を本気にさせることが出来るのは同じ商売人としての誉れだ。

「投資というぐらいなんだから其れなりの見返りがあるのよね?」

「もちろんです。」

「先に言っておくけど、私個人を納得させる方が商店連合を通すよりもよっぽど難しいわよ?」

「もしご納得いただけない場合は断っていただいて大丈夫です。別に貴女個人を頼りにしているわけではありません。」

「部下の分際で言うじゃないの。」

「これは個人と個人の話しですから。」

上司と部下の関係ではない。

メルクリア=フィフティーヌという人間とイナバシュウイチという人間の戦いだ。

「それで、投資したお金はどういう動きをするの?」

「投資してもらった金額のうち八割を牛の購入に当てます。私個人が購入し、村に貸付け使用料を徴収する。村は使用料を支払いますが乳から得た収益はそのまま手元に残るようにします。」

「残りの二割は?」

「緊急時の支払いと出資者への初回の支払いに当てます。なんせ私個人ではお金をほとんど所持していませんからね、最初はどうしてもそうせざるを得ません。」

「利益率は?」

「投資額の百分の五ぐらいでしょうか。」

「使用料の見込みは?」

「正確な金額は出せませんが、一割五分を予定しています。」

「という事は貴方が1割の利益を取る。これはちょっと取りすぎじゃない?」

確かにそう見えるだろう。

俺はお金を集めて運用するだけでお金を得る。

出資者からしてみればその分利益を還元しろと考えるだろう。

至極最もな反応だ。

「利益ではなくこれは出資返還分として貯蓄します。予定では5年ないし10年の投資期間で皆さんに出資額をお返しする予定です。」

「10年で出資額の半分が増える、まぁ悪い話じゃないでしょうけど正直儲けが少なすぎるわね。」

「5年といいたい所ですが正確な金額が分からない以上間違いのない10年でお話させていただきます。それとは別に生産された乳製品も年に二度お届けする予定です。」

「それ、面白いわね。」

「お金のやり取りだけでは感じにくいですが、現物が届くと実感が違います。乳製品はお嫌いですか?」

「嫌いじゃないわ。」

「それはよかった。」

ふるさと納税みたいだな。

返礼品欲しさに出資するといいですよ、とか。

あ、株主優待券がそれに当てはまるのか。

たしか優待券じゃなくて現物送ってくる所もあるもんな。

「でもそれだけじゃ出資する気にはならないわね。」

「では出資者として何が必要だと思いますか?」

「そうね、やっぱり利益率が悪いかしら。現物が届くのは魅力的だけどそれだけじゃ足りないわ。せめて一割は増えないと出した甲斐がないもの。」

「なるほどそれはあるでしょう。」

「それに『貴方イナバシュウイチ』という人間をエサに投資を求めるなら規模が小さすぎる。もっと大きなそして巨額の投資話じゃないと面白みに欠けるわ。」

確かに俺の名前で投資を求めるにしては規模は小さいか。

金額は分からないが、仮に金貨10枚として一人金貨1枚。

決して安い金額ではないが、メルクリア女史のようなお金持ちには安く感じてしまうんだろう。

ふむ、思ったようにはいかないか。

「それは私を買いかぶっておられるのでは?」

「数々の評価を得ている自分に投資してくれと言ったのは貴方よ?」

「それはそうですが・・・。」

「貴方は自分の成し遂げた功績を過小評価しすぎだわ。先日の魔石横流し事件一つとっても十分な功績になる。そりゃあ商人としておかしい功績はあるけれど、自分が周りにどう呼ばれているのかもう少し知るべきね。」

「勉強になります。」

「そんな人間がたった一つの村を大きくする為に酪農をする?冗談にしては面白いけど、本気なら笑えないわ。『貴方』がするにしては地味で面白みのない話しだもの。」

つまりはもっと大規模な事をやれといっているのだ。

それならばメルクリア家の一人として投資するに値すると。

今の規模では家名に傷がつく。

だから私は投資しない、というわけだ。

なるほどねぇ。

過小評価していないつもりだったけれど、俺の想像以上に俺の名前は巨大な力を持ってしまったらしい。

困ったものだ。

「そうなると私にはまだ経験が足りませんね。」

「この世界に来て半年の人間がやってきた内容にしては十分すぎるわよ。」

「いえ、貴女を相手にするには私という人間がまだ小さすぎました。反省します。」

「話しは面白かったわ。だけど『動かす人間』を誤ったわね。」

「それに関してはもう少し温めることに致します。」

「そうしてちょうだい。」

今日のところは俺の完敗だ。

話だけが大きすぎて失敗するのは良くある話だが、話が小さすぎて失敗するのは中々ないだろう。

自分がしたい内容と、それがもたらす結果。

そしてそれを行なう人間の中身。

その全てが全くかみ合っていない。

あくまでもこの話は『シュリアン商店』のイナバシュウイチとして行なうべき内容ということだ。

今までは口で何とかしてきたけれど、そうならないこともあるということだな。

本番で失敗しないでよかった。

今それを知れたのは非常に大きな意味を持つ。

でもこれで振り出しに戻ったな。

「失礼します、パイはいかがですか?」

何ともいえない空気が部屋を満たし始めたその時、外から新しい空気が流れ込んできた。

セレンさんが人数分のパイと新しい香茶を持って入ってくる。

「ちょうど話が一段楽した所です、ありがとうございます。」

「これがエミリアのいうお店に出せるパイなのね?」

「そんな、人様に販売できるようなものではありません。」

「でもそれぐらい美味しいんですよ。」

十分販売できる味だとは思うが、本人はそれを許さない。

宿を利用した人に差し入れとして出す程度だ。

これもまた自分が思っている答えと、周りが思っている答えの違いなんだろうな。

「新しいお茶に換えますね。」

「ごめんなさい、冷めてしまいましたわ。」

「それだけ話しが弾んだという事ですからお気になさらないで下さい。」

机の上にパイと新しい香茶が置かれる。

俺は自分の分が取り上げられる前にサッと飲み干し、セレンさんに手渡す。

「そんな急いで呑まなくても構いませんのに。」

「丁度のどが渇いていましたから、こちらはこちらで美味しく頂戴します。」

「ありがとうございます。」

三人分のパイとお茶を置いてセレンさんは部屋を出て行った。

先ほどとは違い穏やかな空気が部屋を包み込んでいる。

この香りもそうしているんだろう。

さっぱりとしたミント系の香りではなく柔らかく甘い香りのお茶に変わっているようだ。

「ではいただきましょうか。」

腹が減っては何とやら。

折角美味しいパイとお茶があるんだからそれを今食べない理由は無い。

一口大に切り分けてから口の中に運ぶ。

うん、今日もいいお味です。

甘すぎずでも味気ないわけじゃない。

香茶との相性もバッチリです。

これは何の味だろう。

「美味しい。」

「お店に出せるというのは本当ね、ルプアの実をこんなに上手に使ったパイは初めてよ。」

ルプアの実を使ったパイなのか。

しっとりとした中に酸味もあってって、これリンゴやないかーい。

通りで食べたことあると思ったよ。

アップルパイか。

「メルクリアさんを唸らせるという事はやはり味は本物ですね。」

「別に美食家というわけじゃないけれどそれなりに料理は食べてきたつもりよ。その中でもこのパイは間違いなく上位に入る味だわ。」

「メルクリア様がそういうのなら間違いありませんね。」

「エミリア、今は別にいつものように呼んでくれて構わないのよ?さっきは少し言い過ぎたわ、ごめんなさい。」

鬼女がエミリアに謝った!

失礼、メルクリア女史がエミリアに頭を下げるなんて。

いや、別におかしくないか。

この人は別に横暴でも何でもない、ただちょっと気が強いだけで中身はしっかりした人間だ。

種族的に色々と小さいけど・・・。

「なんだか失礼な目線を感じるのは気のせいかしら。」

「気のせいじゃないでしょうか。」

「エミリアの旦那でなかったらこの場で焼き殺すところだけど、まぁいいわ。」

焼き殺すとか物騒なんですけど!

「シュウイチさんはそんなことしませんよ、ねぇシュウイチさん。」

「そうですよ。」

すみません、エミリアと比べてしまいましたごめんなさい。

だってうちの奥さんと来たら首から下にすごいものがあるんですもの。

その横に比較対象があればどうして見比べてしまうじゃない?

決して他意があるわけじゃないんです。

信じてください。

「気をつけなさいよ、男はオオカミなんだから。」

「シュウイチさんになら別に構いません。」

「貴女、この半年で言うようになったわね。」

「周りに鍛えられていますから。」

ニケさんやユーリの事だろう。

あの二人と来たらいつも手を組んで色々とやらかしてくれる。

特にエミリアを焚き付けるのがうまいものだから対処に困るんだ。

でもさ、それって本人を目の前ににして上司に言う内容じゃないよね。

え、友人だからオッケー?

好きにしてください。

「それで、さっきのはなしだけど・・・。」

「さっきのですか?」

「検地の話よ。」

「あぁ、冬に行う予定のやつですね。」

「それなんだけど、冬ではなく夏の間に終わらせてしまいなさい。目の前に測量して算出されるべき答えが転がっているんだから使わない手はないわ。まだ人手は余っているんでしょ?」

「確かに秋口までは余力があります。」

「貴方が温めるべき内容も冬まであれば形になるでしょう。その為にも正確な数値、必要な情報、計画に必要なモノは早めに集めるべきじゃないかしら。」

確かにれそれは一理ある。

村が街になる為に産業が必要というのは間違いようのない事実だ。

今回はネタが温まり切っていないためにプレゼンに失敗、この世界初の敗北を喫っす形となったが、次回の為にネタを温め直せと言っているのだろう。

具体的な牛の値段、そこから導き出される数字、例えば維持費や建築費、建築場所だってそうだ。

そもそも牛を飼いたいかどうかすら村の人に確認していない。

農業用の労働力としては俺の馬も参加予定だ。

その支払いもあるのに一方的に使用料を要求するというのは些か問題がある。

そんな部分も含めて考え直せとこの人は言っているんだろう。

なんだかんだ言って、部下の事をしっかりと考えてくれている。

さすがメルクリア女史。

こんな上司がいたらうちの会社ももう少しまともだったかもしれないなぁ。

大変だっただろうけどさ。

「確かに具体的な数字があれば考えられる幅も広がります。農地の具体的な範囲がわかれば収穫量を逆算することもできますし、入植計画も前倒しにできます。商業用地が決まれば宿の建設もしやすくなる。それになにより『今』の現状を把握することもできる。前倒しをしない理由はありませんね。」

「街づくりに関してはこの子の後輩を頼ればいいわ、測量もできるし開発に関してはなかなかの知識と経験を持っている。中身はちょっとあれだけどまぁ何とかなるでしょう。」

そういいながらエミリアの頬についていたパイのかけらをヒョイと摘まむとそのまま自分の口に入れてしまった。

かけらがついていた事かそれとも食べられたことかはわからないが、エミリアが顔を真っ赤にしてしまう。

何この百合の世界。

不意打ちはやめてくれませんかね。

お相手うちの奥さんなんですけど。

っていうか上司が部下に何してんですか。

え、友人だからオッケー?

何でもありだな!

「エミリアの後輩、ですか。」

「ノアちゃんの事ですね。」

はて、どこかで聞いた事あったけど誰だったかな。

最近お世話になったような気がしないでもない。

でもつい先日まで忙しくてかつ、大量の名前を耳にしたものだから何が何やら。

この世界に名刺っていう文化はないもんなぁ。

あればそれを見るんだけど。

今度自分で作って広めてやろうか。

「検地には私も同行します。催し初日はププト様がおられて満足に話ができなかったのよね。」

「え、初日に来てたんですか?」

「貴方の首が早く手に入るんじゃないかって冷やかしに来たんだけど、残念なことに成功しちゃったわね。」

「シュウイチさんが知らないのも無理ありません。開会式の後村長様の家でププト様と難しい話しをされていましたから。」

「官民一体の開発なんて前例のないことをしようとするんだから当然よ。」

「ププト様とみっちりとか、さぞ実のある話だったんでしょうね。」

「さすがの私も疲れたわ。」

あの人と二人っきりで話し合いとか考えたくもない。

でもまぁ、上司がこうやって裏で頑張ってくれているから俺みたいな人間が好きなようにできているんだろうな。

なんだかんだ言って助けてくれているメルクリア女史。

今度別の形で御礼をするとしよう。

「具体的な日取りはいつにしますか?」

「会議があるからこの週は無理だけど、二週目の聖日前なら空きがあるわ。」

「では日取りが決まりましたらエミリアにお知らせください。」

「貴方はいつでも構わないのかしら?」

「裏であんなものを作っているぐらいですから。」

「あれ、後で詳しく見せて頂戴。」

「商品化するなら開発料をいただきますよ?」

「ケチな男ね。」

「利に聡いと言ってください。」

特許権があるかはわからないが、我ながらなかなかの出来だと思う。

人を駄目にするクッション、商品化しちゃいますか?

「まぁいいわ、とりあえず物を見てからそれからよ。」

「畏まりました。」

「私まだ座ってないんです、次はいいですよね?」

「もちろんですよ。」

「私もいいのよね?」

「どうぞご自由に。」

「エミリアと二人なら一緒に座れそうね。」

「フィフティーヌ様と一緒だなんて光栄です。」

「いつも一緒に座っているじゃない。」

なんだか百合百合しい空気がプンプンしますが今は無視しよう。

敗北を糧にしてこそ一人前。

この敗北は俺のこれからをきっと、豊かにしてくれる。

負けるな俺。

頑張れ俺。

未来のハーレム化計画の為に!

「何しているのよ、おいて行くわよ?」

「はい、すぐ行きます。」

ハーレムの前に尻に敷かれているけど。
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