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第七章

助っ人はタイミングよく現れる

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部屋の中が優しい香で満たされていく。

温かい香茶が冷え切った心を少しでも温めてくれる事を願った。

あの後、傷の手当てを終える頃にはトリシャさんも落ち着きを取り戻した。

申し訳無さそうに俺を見る目が真っ赤に充血している。

人は涙と共に悲しみを流すそうだ。

つまりは泣く事で心のバランスを取っている。

泣けないと心が苦しいのは悲しみが心を支配しているからだとか。

そういう意味では少しはすっきり出来たのかもしれない。

「あの、さっきはごめんなさい・・・。」

「私はもう大丈夫ですから気にしないで下さい。」

頭の上に生えていた耳はいつの間にかなくなっていた。

感情の起伏で出たり入ったりするらしい。

もちろん自由に出し入れする事も可能だそうだ。

リアル獣娘とは、さすがファンタジー世界。

元の世界に居た100万を越すモフモフ党の皆さんが歓喜の涙を流す事だろう。

「話を元に戻すが、そなたは白狐人で間違いないのだな?」

「うん。」

「元の主人に奴隷として所有されていたが死去した為に逃げ出した。だが、所有者は別の人間に変わりそこには戻りたくない。」

「あんな所に戻るなら死んじゃった方がマシだよ。」

「何をされていたかは聞かないが、虐待されていたというのであればその事実を証明する必要がある。そうしなければそなたは一生その所有者の奴隷のままだぞ。」

「それも分かってる。でも、戻らなくても今まで何とかやってこれた。だからこれからも戻らないし何とか生きていく。」

約半年。

彼女がたった一人で生きぬいてきた期間だ。

幸い病気をすることもなく生きてこれたが、この先も同じように過ごしていけるかはわからない。

怪我も病気もするだろう。

そんな時に頼る相手が居ないというのは非常に心細いものだ。

彼女を助けたい気持ちはある。

だが、それを実現する為にはあまりも障害が多い。

ニケさんの時のようにただ買い受ければ言いというものではない。

もっとたくさんの障害を一つずつ取り除いていかなければならない。

それを俺達がする義理は正直言って無い。

彼女が一人を選ぶ以上、その選択に口を出す事もできない。

悔しいけどこれが現実なのよね。

「とりあえず今はその話は無かった事にしませんか?確かに重要な話ではありますが今の私達に出来る事はあまりにも少ない。そもそも情報が足りなさ過ぎます。」

「シュウイチさんの言うとおりです。保護したいのは山々ですが他人の所有奴隷である以上勝手に匿えば私達が罪に問われます。彼女一人でいる分には脱走の罪だけで済みますから。」

「騎士団分団長など所詮肩書きに過ぎんということか。」

「肩書きで法が変わるほうがおかしいんです。正しく法治されている事を今は誇りにしようじゃありませんか。」

「だがそれでは目の前に居る人間一人助けてやれん!」

「それは違います。法が正しく機能しているのであれば正当な方法で彼女を救い出せばいいんです。そのために必要なのは情報です。彼女の所有者が誰で、どのような事を彼女に行ない、どうすれば彼女を救い出す事が出来るのか。違反者を法で裁くためにも我々が法を犯すことは許されません。」

法の元の正義を行なう為には、我々が法に従わなければならない。

幸い奴隷への虐待は厳罰に処される法律がある。

今回はそれを主軸として攻めて行くべきだろう。

「どうして、私なんかの為にそこまでしてくれるんですか?私なんて珍しさしか価値のないただの亜人なのに・・・。」

「亜人だから差別されるというのがそもそもおかしいんです。私達は貴女を助けたい、ただそれだけですよ。」

「イナバ様は私の時もそのように仰ってくださいましたね。」

「そうでしたか?」

「娼婦でも奴隷でも関係ない、そう仰ってくださいました。」

「つまりはその人が何者かなんて関係ないということですよ。」

「ではどうする?」

「そうですね。まずは情報収集からはじめたい所ではあるんですが、その前に一つやら無ければならない事があります。」

「やらなければならないこと?」

そう、これをやらなければ始まらない。

というかそもそもはこれが目的のはずだ。

「私達を尾行させた依頼主、まずはその解明が急務です。」

「そういえばそんな事があったな。」

そんな事があったなじゃないんですけど!

そもそもトリシャさんがここにいるのもそれが原因なんですから。

「真に申し訳ないのですが、トリシャさんには何事も無かったかのように依頼主の所へ向かってほしいんです。報酬などはそのまま受け取っていただいて構いません。出来ればここに戻ってきてほしい所ではありますが、先程言いましたように我々が匿っていると何かと問題があってですね・・・。」

「大丈夫、私一人なら何処へでも逃げられるから。」

「何かあれば騎士団まで来るといい、一時的だが保護という名目で匿う事ができる。」

「わかった。」

「依頼主と分かれた後は私達で尾行を続けます。他に仲間がいるかもしれませんので慎重に行きたい所ですが・・・。」

「ご主人様いかがされました?」

尾行するのはいいんだけどさ、これって俺が行ってもいいのか?

そもそも俺を尾行していたのがトリシャさんだろ?

尾行された本人が依頼主を尾行するってどうなの?

もしトリシャさん以外の人間が俺を尾行していた場合はどうする?

出て行ったらすぐ情報が向こうに伝わる可能性も無くは無いんだよな。

念話って便利なものがある世の中だからさ。

「尾行なんですけど私が出て行くのはやっぱりまずいですよね。」

「確かに元はシュウイチさんを尾行していたわけですから、その張本人が出て行くのは得策では無いと思います。」

「ですが私が行かないとなると皆を危険な目にあわせてしまうわけでして。」

「むしろシュウイチが危険な目にあわないのであれば私はそれで構わないがな。」

「その通りです。ご主人様が出て行くと話がややこしくなる可能性が非常に高いです。」

それって酷くないですか?

確かにいつも何かしら危険な目には合っているけどさぁ・・・。

別に自分から危険な事しているわけじゃないんですよ?

不可抗力ですよ?

「では私が行けないとして誰が行くべきでしょうか。」

「私が行くべきだろう。悪漢に襲われたとしても私一人であれば対処できる。」

「ですが騎士団長が出て行くと素行のよくない人たちが警戒するのでは無いでしょうか。」

「むぅ、それを言われると確かにそうだが・・・。」

「その流れですとリア奥様もご主人様の奥様として認知されておりますので難しいでしょう。ここは私が行くべきではないでしょうか。」

「ユーリでしたらまだ面が割れていませんので大丈夫だとは思いますが、土地勘がありませんので尾行途中に迷子になった場合危険が大きいです。」

夜分にユーリ一人を歩かせたくないというのもある。

もちろん残されたニケさんも歩かせたくない。

そうなると消去法で残されたのは俺ってことにならないかな。

「面が割れておらず土地感があり、かつ荒事にも対応できる人物。」

「そんな人はこの中には居ませんよね・・・。」

ニケさんの言うとおりそんな都合のいい人間は居ない。

ここにいる5人全員が適応しないんだから。

「一人だけいます。」

いやだから全員ダメだって。

「すまんユーリ、私には想像がつかない。」

「私にも分かりません。」

「奥様方も良く知る人物ですよ。」

「まさかそれって!」

ニケさんが何かに気付いたようだ。

「そのまさかです。この時間でしたらまだ起きておられると思うのですが・・・。」

「せっかく二人っきりですのにお邪魔では無いでしょうか。」

「あの二人の事ですから何も進んでいないと思われます。」

面が割れておらず土地鑑があり、かつ荒事にも対応できる人物。

そう、別の部屋に宿泊しているウェリスが居るじゃないか。

「おい、何が進んでないだって?」

「「「「「ウェリス!」」」」」

突然の登場に全員が入口の方を見る。

救世主の如く現れたその男は、あまりの反応に首をかしげていた。

「なんだなんだ揃いも揃ってこっち見やがって。」

「丁度お前の話をしていた所だ。」

「俺の話?どうせ面倒な話をするつもりなんだろ。」

「とんでもない、大事なお願いをしようと思っていたんですよ。」

「その大事な話っていうのは見慣れないその女が関係しているのか?女が絡むとろくなことにはならないからな、俺は遠慮させてほしいんだが。」

なにその次元○輔的な発言は。

美人でグラマラスなボディの持ち主が一緒だといつも面倒なことになるってよく言ってる。

「まぁそう言わずに、セレンさんと夜の散歩を楽しんできてほしいだけです。」

「夜の散歩ねぇ。」

「ウェリスはここの土地勘がありますよね?」

「俺の庭みたいなもんだったからな。」

「さらに女性と出歩くのに悪い気はしませんよね?」

「そりゃ野郎と歩くよりかはマシだな。」

「その相手がセレンさんでは不服ですか?」

「いや、不服とかそんなんじゃなくてだな。本人が嫌がっているのに無理やり連れて行くのはマズイだろ。」

「・・・私は嫌じゃないです・・・。」

ウェリスの後ろから真っ赤な顔をしたセレンさんが返事をする。

一緒に来てたんですね。

すみません気付きませんでした。

「セレンさんは嫌じゃないそうですよ。」

「嫌じゃないって言われても俺なんかと一緒じゃ面白くないだろ。」

「そんな事ありません!一緒に出かけられるなら何処でもかまいません・・・。」

どんどんと声が小さくなり最後の方は聞き取る事ができない。

だがセレンさんは勇気を出して行きたいと言ってくれているんだ。

ここは送り出してあげるのが当然の流れだろう。

「と、いうことでお二人には所用を頼みつつ夜の散歩に出ていただきたいんです。」

「危ない事は無いんだろうな。」

「ここにおります彼女の後ろを着いて行き、別の人間と彼女が接触したら今度は接触した相手を追いかけてもらうだけです。簡単ですよね?」

「お前それは尾行っていうんだよ。どんな相手かも分からないのにそれを追いかけろってのは随分じゃねぇか。」

「危なそうであれば恋人のフリなどしてごまかしてください。出来れば最後まで尾行していただきたいですが安全第一で大丈夫です。」

「さすがに危険な目に合わせるのはまずいだろ。」

「尾行って一度してみたかったんです。」

あ、セレンさんってそういうのお好きですかそうですか。

それはそれは好都合です。

「自分が言っている事が分かっているのか?」

「何があっても守ってくださるって信じていますから。」

「おぉ、セレンさんが大胆になっている。」

「いったい二人の間に何があったんでしょうか気になります。」

「応援していますセレン様!」

「頑張ってくださいね、セレンさん。」

女性陣はなにやら大盛り上がりだ。

俺も便乗しておこう。

「男がここまで言われて、やらないわけにはいかないだろ?」

「お前に言われたかねぇよ!」

ヘタレでどうもすみません。

でもまぁ、この二人が行ってくれるなら何とかなりそうだ。

「申し訳ないですがセレンさんお願いできますか?」

「よく分かりませんがイナバ様のお願いですので頑張らせていただきます。」

「俺の返事は無視かよ。」

「セレンさん一人で行かせるような薄情な男なんですか?」

「その言い方は卑怯だろ。わかったよ、行けばいいんだろ行けば!」

半ば強引にウェリスを納得させ、これで準備は万端だ。

「彼女はトリシャさんといいまして今回の作戦にとても重要な方です。トリシャさん、この二人は私の仲間です。顔が怖いですが中身はいいヤツですので安心してください。」

「悪かったな怖い顔で。」

「そこが、素敵なんです・・・。」

「何か言ったか?」

絶対聞こえてるだろ。

聞こえない振りしてるのがバレバレなんですよウェリスさん。

さっさと付き合っちゃえよ!

その後作戦を説明し三人を送り出す。

トリシャさんに関しては今出来る事は何も無い。

彼女が依頼主に会い、無事に解放されれば今はそれでいい。

何かあれば騎士団に来るだろう。

固定の連絡先が無いというのは不便だが致し方ない。

ちなみに都合よく二人がやってきたのは食事のお礼を言いに来ただけだったそうだ。

なんだかんだ言いながらもセレンさんと二人で食事しているんだからウェリスもその気があるということだろう。

あいつの場合は自分が奴隷と言う事を非常に気にしている。

セレンさんの気持ちに気付いていても奴隷が結婚できないという事をしっかりと理解しているんだ。

だからそれ以上先に進まないようにしている。

これに関してはあいつの自業自得だから俺にはどうしようもない。

15年か。

世の中事実婚って言う言葉もあるんだし、まぁ何とかなるだろう。

村に定住するようにしてもらえば離れ離れにもならないし、それぐらいの職権乱用は許してもらうしかないな。

「本当に大丈夫でしょうか。」

エミリアが不安そうに窓の外を見ていた。

「ウェリスであれば問題ないだろう。なんだかんだ言って義理堅い男だ、それにいくら鈍感でもセレンさんの気持ちに気付かない馬鹿じゃない。」

「これを機に二人の関係が進むといいですね。」

「セレン様が幸せになれることが一番です。愛情は料理の隠し味というそうですから
これからもっと美味しい料理を作ってくださることでしょう。」

「全く関係の無いお二人にお願いするしかないというのは歯痒いですが、私達は私達に出来るやり方でやるしかありません。依頼主が誰であれ目の前にある障害は越えていくだけです。」

出来る事から一歩ずつ。

この世界に来て俺がここまでこれたのはこの考えを守ってきたからだ。

いずれは大きな賭けに出るときもあるだろう。

だが今は自分に出来る範囲のことをがんばるしかない。

「コッペンがどうするつもりかは分からんが、明日には商業ギルドとのイザコザにひとまずの区切りがつくだろう。」

「それとは別にトリシャさんのことも調べないといけませんね。」

「奴隷であれば領主様のところに名簿があるはずです。白狐人であれば珍しいですからすぐに持ち主が分かると思います。」

確か税金を取り立てる為に奴隷は村長や領主様に届け出なければならないんだっけ。

「では明日はお礼を言いに行くついでにそっちから調べましょうか。」

「明日の夕刻までに終わらせれば皆で美味しい食事をいただけます。」

「そういえばそうでした。」

「シュウイチさん、明日の朝はネムリさんのところに行くのではありませんでしたか?」

「あぁ、それもありましたね。」

「相変らずシュウイチと一緒だと休息日が休息日にならんな。」

どうもすみません。

俺だって休みたいんですよ?

休みたいんですけど休ませてもらえないんです。

絶対見えない何かが俺を苦労させているに違いない。

何処の誰だか知らないがたまには休みをよこせ!

女性陣が楽しそうに談笑しているのを眺めながらも頭の中ではトリシャさんの事を考えてしまう。

泣き出した彼女の口から出た言葉。

彼女がどんな目にあったのか、それを推し量るには十分な内容だった。

自分に何が出来るかわからない。

わからないが、せめて目の前で助けを求めている人ぐらいは助けたい。

「また考え事ですか?」

「やっぱり分かりますか?」

「浮かない顔をされていましたから。」

「彼女の事を考えていたんだろ?」

「あの言葉の意味を考えているとなんともいえない気持ちになってしまいまして。」

「よほど怖い目にあってきたのだろう。希少な亜人というだけで売買の対象とされ、その度につらい思いをする。それだけでなく虐待のような事もされていたようだな。」

虐待の証拠がない以上虐待のようなこととしかいえない。

いえないが、虐待で無ければなんだって言うんだろう。

「皆さんと何も変わらないはずなのに物のように売られるのは辛いものです。私はイナバ様に助けてもらえましたが、あの方は誰にも味方がいません。せめて私達だけでも味方になってあげられれば少しは気が楽になると思うんです。」

奴隷として売られたことのあるニケさんだからこそ彼女の気持ちが痛いほど分かるんだろう。

「全てが丸く収まればいいんですけど。」

「そうするのがシュウイチだろ?」

「そうですよ。シュウイチさんはいつも皆を助けてくれたじゃないですか、だから今回も大丈夫です。」

「ご主人様はいつもと変わらずいてくださればいいんです。」

「私達に出来る事があれば何でも仰ってください。」

俺は一人じゃない。

皆がいるからこれからも頑張れる。

彼女もそうあるべきだ。

彼女が一人っきりにならない為にも、俺達がそばにいてあげよう。

「頼りにしています。」

「「「「はい。」」」」

俺の大切な人たちが笑ってくれる。

その笑顔と同じように彼女が笑えるように。

出来る事をしよう。

ウェリスとセレンさんが帰ってくるまで、俺達は何が出来るかをずっと話し続けた。

全ては彼女の幸せの為に。
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