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第七章

心を抉るその声の理由(ワケ)は

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大きな部屋に女性が五人。

四人は間違いなく俺の味方で俺の大切な人達。

じゃあ残された一人は?

わからない。

ではどうですれば良いだろう。

答えは簡単だ。

何者か本人に聞けばいい。

答えないならどうするかって?

そりゃあ色々方法はあるよね。

「コッペンは居なくなりましたので改めてお伺いしましょう、お名前と所属を教えていただけますか?」

「…………。」

相変らずのだんまりですか。

さっきと違うのは明らかに俺を見る目が怯えているという事だ。

そんなに怖い顔していたかなぁ。

「そうだ名前を聞くのなら先に名乗るのが礼儀でしたね。私はイナバシュウイチ、シュリアン商店の店主をしています。後ろにいるのは妻のエミリアとシルビア。その後ろにいるのはユーリとニケ、ウチの大切な仲間です。」

「エミリアです、宜しくお願いします。」

「シルビアだ。この街に住んでいるのであれば存じているだろう。」

「ユーリです、ご主人様の元で働かせていただいております。」

「ニケです、イナバ様の奴隷の身ではありますが大切にしていただいています。」

それぞれが自己紹介をする。

すると、ニケさんの自己紹介を聞いた瞬間に表情が変わった。

「・・・奴隷なのにそんな綺麗な格好をしているの?」

「イナバ様は奴隷だからと差別するような方ではありません。」

「でもそれは亜人じゃないからでしょ?」

「亜人でもそうでなくてもご主人様は差別されません。私も普通の人ではない身ですが不当な扱いを受けた事は一度もありません。」

忘れている人もいるだろうけどユーリは人ではなくダンジョン妖精だ。

しかも人造生命体ときている。

今は魂を貰い普通の人となんら変わらない感じになっているけれど、魔力を摂取して生きていけるし寿命に関しては全く想像がつかない。

でも人じゃないからといって差別していい対象でもない。

これは元の世界でそういう対象が居なかったというのが非常に大きいだろう。

肌の色が黒いだの白いだので喧嘩する国じゃなかったからね。

「そんな事・・・私には信じられない。」

「幸いここには私達しかおらん。コッペンに捕縛されてはいるがヤツは自警団でもなんでもない。事情次第では保護できる可能性もあるが、話を聞かせては貰えないか?」

後ろにいたシルビア様が俺の左横に座り女の方を見る。

「私達でよければ力になれるかもしれません。」

今度はエミリアが俺の右横に座り声をかける。

先程まで怯えていた目が少しだけほぐれたように見えた。

「……本当に何もしない?」

「先程は怖がらせてすみませんでした。妻達が言うように私は貴方に危害を加える気はありません。もし仮に危害を加えようものならこの四人に怒られてしまいます。」

「シュウイチさんはそんなことしませんよ、大丈夫です。」

「そうだなシュウイチはそういう人間ではない。」

「イナバ様はお優しい方です。」

「それにご主人様は奥様にも手を出さないような男性ですから。」

ユーリさん、ちょっと裏へ行こうか。

今それを言う必要って無くないですか?

四人がそれを聞いてクスクスと笑い出す。

拘束されたままではあるがその様子を見ていた女性の肩から力が抜けたように見えた。

「・・・私はトリシャ。」

「トリシャさんですね、普段は何処にお住まいですか?」

「いつもは東通りの裏路地で寝てる。」

「家は無いのか?」

「家なんて無い。」

俗に言う家なき子というやつだろうか。

年齢はそんなに幼いようには見えないけど、しゃべり方は非常にたどたどしい。

あまり教育を受けていないような感じだ。

「今日はどうしてシュウイチさんの後ろを追っていたんですか?」

「女と奴隷をつれて威張っている商人がいるからそいつが何処に行って何をしているか見張って来いって言われた。」

酷い言い方だなぁ。

でもそういう風に思っている人が居るというのもまた事実だ。

全ての人が俺に対して良い印象を持っているはずが無い。

良い面があれば悪い面もある。

そのどっちに転ぶかなんて誰にも分からない話だ。

「それは誰からだ?」

「知らない人。」

「何処から見ていましたか?」

「美味しそうな匂いのするお店から。」

つまりは食事をした後をずっとつけられていたという事か。

全く気がつかなかった。

「シルビア気付いていましたか?」

「いや、全く分からなかった。油断していたようだ。」

「街の中で尾行されるなんて思いませんから仕方ありません。」

「ですがご主人様、誰から言われたか分からない以上犯人を突き止めるのは難しいのでは。」

確かにその通りだ。

相手もそう簡単に尻尾を出さないよう、全く無関係な彼女を雇ったのだろう。

まぁ、彼女の言う事を全て信じるのであればだけど。

だけどこのままやられっぱなしというのは癪だ。

自分から尻尾を出さないのであれば尻尾を探しに行けばいい。

まさか相手も捕まったとは思わないだろう。

「トリシャさんは私を追ってこの宿の裏に隠れていたんですよね?」

「うん。約束は日暮れまでだったから帰ろうとした所をあの男に捕まえられた。」

「もし捕まっていなかったらどうするつもりだったんですか?」

「お金を受け取ってご飯を食べるつもりだった。」

「何処で受け取る事になっていました?」

「西側の城壁沿いで待ってるって。」

「なるほど、そいつを吐かせれば誰が犯人か突き止められるというワケか。」

その通り。

尻尾を出さないのならこっちから尻尾の主を探しに行こうじゃないか。

「最後に一つだけ。トリシャさんは見張りだけを命じられたんですね?」

「うん、ただ見てるだけでいいって。」

「ありがとうございます。」

つまりは暗殺しろと言われたわけではないという事だ。

よかった。

まだ皆と一緒に居る事ができそうだ。

「あの、つけまわすような事してごめんなさい。」

「トリシャさんが悪いわけではありません。悪いのはそれを命じた人間です。」

「たくさんの女の人と一緒に居るのに見下したり威張ったりしないんだね。」

「そういうのは好きじゃないんです。」

「でも奴隷を買うんでしょ?」

「イナバ様は私を助ける為に私を買ってくださったんです。決して自分の好きにする為ではありません。」

ニケさんが素早く返事をする。

まぁ奴隷を買った事実は変わりないんだけどね。

周りからしたら奴隷を買うというのはそういう目で見られる可能性があるということだ。

俺の事をそう思っている人間も居る。

でもそれは仕方のないことだ。

俺はニケさんを助けたかった。

正当な方法で助ける方法はそれしかなかった。

だから周りに何と思われようが俺は構わない。

「お金も家も何でもあるのに人助けなんて変な人。」

「よく言われます。」

変な人上等だ。

俺は俺のやり方でやってきた。

これからもそれは変わらない。

「あの、トリシャさん。昔猫目館に来た事はありませんか?」

突然ニケさんがトリシャさんに向かって質問を投げかけた。

猫目館にいた?

「何回か軒下を借りに行った。そしたら優しい女の人が部屋に上げてくれて泊まった事があるよ。」

「やっぱり!前に同僚に聞いたことがあるんです、可愛い狐人族の子が内緒で部屋に遊びに来ているって。その話に出てきた子と随分似ているなって思ったんですよ。」

「貴女もあそこに居たの?」

「そうですよ。」

「娼婦だったのにそんなに綺麗な格好で居られるの?」

「イナバ様は奴隷でも娼婦でも関係なく扱ってくださいます。」

「・・・私も貴方に買われたかった。」

買われたかった?

もしかして彼女も奴隷なのか?

でも買われたかったという事は買われた後だという事だ。

でもそうなら何故路地裏で寝ているんだ?

逃げ出したとか?

「一つ尋ねるがそなたの主人は何処にいる。その足輪、そなたも奴隷なのだろう?」

彼女の足にはニケさんと同じ足輪が光っている。

確か奴隷の証だったよな。

「死んだ。」

「死んだ?」

「うん。声をかけても反応しないし、だんだん腐ってきたから逃げた。主人が死ねば奴隷は自由だから私はもう奴隷じゃない。」

「それは確かにそうですが、奴隷から解放される為には正式な手続きを行なわなければなりません。自分以外の人間に手続きを行なってもらい認められなければ奴隷の証を外すことはできませんから。」

なるほど。

つまりは手続きを取らなければ持ち主不明の奴隷のままなのか。

でもそれってどうなの?

身分だけ奴隷で誰にも所有されないで生きていくことって出来るの?

「主人が死んだのはいつだ?」

「この前の冬の寒い日。」

「家は近いのか?」

「・・・行きたくない。」

「どうしてだ。開放される為には主人の死を第三者が確認しなければならないのが決まりだ。」

開放されれば自由の身だ。

安全は保証されないが何処に行って何をしようが好きにできる。

その手続きを拒む理由はなんだ。

いや、答えなんて一つか。

「主人以外の別の人間が所有しているわけですね。」

「・・・あんなやつの家に帰るなら死んだ方がまし。」

「奴隷への虐待は法律で禁止されている。もしそれに抵触するのならば我が正義によってその人間を処罰できるのだぞ。」

「帰りたくないったら帰りたくない!私はもう自由だ、誰のものでもない!」

突然立ち上がりトリシャさんが大声を出して暴れだす。

だが拘束されたままで上手く身動きをとれず、そのままよろけてこけてしまった。

「大丈夫ですか!」

「私に触るな!私は誰の助けも要らない、私は私一人で生きていくんだ!」

助けようと手を差し伸べた途端、彼女の目に怒りの火がともり突然頭の上に耳が生えた。

文字通り突然生えてきた。

「白色の耳、まさか白狐人か!」

「白狐人?」

「狐人族の中でも珍しい部族ですね。遥か北の山奥で暮らしていると聞いた事があります。」

「そもそも狐人族って言うのは何でしょう。」

「シュウイチさんは亜人の方を見るのは初めてでしたね。」

なるほど。

一番最初に教えてもらった亜人種というやつか。

俗に言う狐っ子だな。

「お前達も珍しさに私を売ろうとしているんだろ?また檻の中に戻るんなら今すぐここで舌を噛んで死んでやる!」

「シュウイチ今すぐ彼女を止めろ!」

ハッと意識を戻したのは丁度トリシャさんが舌を噛もうと口をあけた瞬間だった。

止めろと言われて何かを考えている暇はなかった。

「イダ・・・っつぅぅぅぅ。」

とっさに伸びたのは俺の腕。

舌を噛もうとあけたその口に右の前腕を差し込んだのだ。

狐という事は牙がある。

渾身の力で噛み付かれた俺の腕にはがっちりの彼女の牙が刺さっていた。

痛みで声が出ない。

つい先日掌に大穴が開いたときもそうだったけど、人間痛すぎると声が出なくなるんだよな。

「シュウイチさん!」

慌ててエミリアが駆け寄ってくる。

トリシャさんは突然の出来事に何が起きたのか分かっていないようだ。

そりゃそうだよな。

いきなり口に腕突っ込まれたら何がおきたのかなんてわからないよな。

だが、俺の血が口の中に広がった時、自分が何をしてしまったのかを悟り今度はパニックになる。

慌てて離れようとするも拘束されているために上手く動けない。

そして動けば動くほど彼女の牙が俺の腕に食い込んでくる。

そしてそこから血が溢れる。

最悪のループだ。

「今助ける!」

シルビア様が彼女の上にまたがり口に手を突っ込んで口を広げさせる。

ゆっくりと開いた口にエミリアが素早くタオルを差し込んだ。

なるほど、猿轡ね。

これで舌を噛む事はできないな。

解放された俺の腕にはくっきりと彼女の歯型が付き、一番深い牙の部分からは血が溢れてきた。

あー、ムリ。

昔からそうだけど自分の血を見るとダメなタイプなんです。

なんていうか気が遠くなるというか、意識が朦朧すると言うか。

献血に行って自分の血が回っているのを見るだけで血圧が下がって看護師さんがとんでくる始末です。

見なきゃいいって?

いや、分かっているんですけどつい見ちゃうんですよ。

「ユーリ今すぐ支配人から薬と包帯を貰ってきてくれ、ニケは傷口を押さえてくれ。」

「わかりました!」「はい!」

シルビアの指示で二人が駆け出す。

トリシャさんはシルビア様に押さえつけられたまま呆然としている。

自分がしてしまった事実を受け入れられないのだろう。

頭に生えた耳がヘロンと垂れ下がっていた。

さっきは怒りでピンと立っていたから感情が分かり易いな。

狐って犬科だっけ?

だからか。

「シルビア、手荒な真似はしないであげてください。」

「いいからお前は黙っていろ!」

お前って言われちゃったよ。

でも黙ったままではいられないんだよな。

「彼女はもう抵抗しません。」

「だがお前の腕に怪我を負わせた。これは立派な罪だ。」

「私はもう大丈夫です。血は出ていますがすぐに治ります。」

エミリアとニケさんが俺の手を布で強く抑えてくれる。

抑えた上から血が滲んでくるという事はよっぽど出血しているんだろうけど今はそれ所じゃない。

シルビア様を抑えなければ今度はトリシャさんが危ない。

「シュウイチが何と言おうと私は彼女を許さない。私のシュウイチに傷をつけた罪は万死に値する。」

「シルビア、この世界では被害者が罪を問わないと言っているのに加害者を罰していいのですか?」

「だが!」

「シルビア!」

傷ついた右手でシルビアの顔を掴み、荒々しく唇を重ねる。

あまりの出来事に驚いたシルビア様だったが、少し抵抗した後少しずつ体の力を抜いていく。

唇を離すとシルビア様の唇に血がついていた。

どうやら俺の唇が切れてしまったようだ。

シルビア様が自分の唇をそっと指でなぞる。

そしてなんともいえない顔で俺のほうを見た。

「落ち着きましたか?」

「・・・なんて方法を取るんだお前は。」

「これしか方法が思いつきませんでしたので。」

「腕だけでなく口まで切って、傷の絶えない男だな。」

「私は別に構いません、ほら腕の傷もそんなに深く・・・深いですね。」

二人で抑えていた手を振り切ってシルビアの顔を持ったんだからそりゃあ血が出るよね。

腕から流れ出た血が肘を伝って床にしたたっている。

このまま放っておけば見事な血溜まりになることだろう。

「もう、無茶ばっかりしないでください!」

「エミリア様の言う通りですイナバ様!」

「す、すみません。」

二人に怒られてしまった。

腕を強引に引っ張られ、再び布で圧迫止血される。

それを見てシルビアがやっと表情を崩した。

「カッコイイシルビアも好きですけどやっぱり笑った顔が素敵ですよ。」

「こんな時に嫁を褒めるなんて中々出来る事じゃないぞ。」

「まぁ、それはそれとしてトリシャさんを解放してあげてください。」

「おっと、そうだった。」

馬乗りになったままのシルビアがトリシャさんの上から降りる。

頭から生えた耳は今だに垂れたままだ。

「起こしてあげてください。」

「念のため布は取らないぞ。」

そのほうがいいだろう。

俺が頷くのを確認するとシルビア様がトリシャさんを起こした。

猿轡をしたままの彼女は伏せ目のまま俺を見ようとしない。

自分のしてしまった事の大きさに打ちのめされているんだろう。

「トリシャさん。」

「…………。」

聞こえているはずだ、耳がピコンと動いたのが見えた。

「もう怒っていませんからこちらを見てくださいますか?」

もう一度、出来るだけ優しい声で話しかける。

すると上目遣いに俺の方を見た。

視線と視線が交差する。

その瞬間にトリシャさんの目から大粒の涙が溢れだした。

ポロポロとかはない、滝のように溢れてくる。

猿轡越しなので泣き声もくぐもってしまう。

「シルビア、布をはずしてあげてください。」

「だが・・・。」

「もう大丈夫でしょう。」

この状態で自害するとも思えない。

シルビアが猿轡をはずすと同時に彼女の鳴き声が部屋中に反響する。

とても悲しい声だった。

悔しいとも悲しいとも申し訳ないともとれる。

堪えていた感情を爆発させたような鳴き声だった。

そんな彼女の頬を優しく撫でる。

溢れる涙がすぐに俺の指を濡らしてしまう。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」

壊れた人形のように謝り続ける彼女の頬を、俺はただ撫でることしかできなかった。

シルビア様も彼女の横に寄り添い、背中を優しく撫でる。

「ごめんなさい、許してください、叩かないでください、痛いことしないでください、怖いことは嫌です、苦しいことも嫌です、なんでもします、何でもしますから捨てないでください、ひとりは、もうひとりぼっちはイヤだよぉぉぉ。」

彼女の心の叫びが心臓の奥の見えないところを抉ってくる。

彼女をこんなのにしたのは誰だ?

誰が彼女を苦しめた?

誰が彼女を悲しませた?

俺はそいつを許せそうにない。

例えどんな理由があったとしても、ここまで追い詰める必要はない。

シルビア様が彼女を優しく抱き締める。

その胸で、彼女はひたすら泣き続けた。

ユーリと支配人が戻ってくるその時まで、悲しい声が響き続けた。
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