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第七章

イベント企画は慎重に

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正直に言って冒険者が増える、そう期待していたはずなんだけど。

いきなり人が来るはずが無いよねぇ。

聖日が明け新しい週が始まった。

冒険者ギルドのギルド長ティナさん直々の推薦が貰えた訳だから冒険者がたくさん来るものだと思い込んでいたのだが、実際ふたを開けてみれば何の変哲も無いいつもの日常が待っていた。

「誰も来ませんね。」

カウンターから外に顔を出してみるも村の方向から来る人影は見えない。

時刻は昼を迎えようとしていた。

今日はめずらしく村の人が買い物に来る気配も無い。

それもそうか、昨日頂き物の雑貨や日用品、それに食品と大量におすそ分けに行ったんだから。

買いに来るわけが無いよな。

「イナバ様お昼どうしましょうか。」

セレンさんが申し訳なさそうな顔でこちらを見てくる。

「たくさん準備してくださいとお願いしておきながら恐縮ですが、私達で食べてしまいましょう。」

「これからお客様は増えますから元気出してください。」

セレンさんには冒険者がたくさん来ると思うから仕込みを多くしてくださいとお願いしてあったのだが、それも無駄になってしまいそうだ。

残った分は今日の夕食にいただくとしよう。

「エミリアはどうしますか?」

「先に店番をしていますのでシュウイチさんお先にどうぞ。」

「ではお願いします。」

店番をエミリアに任せ、カウンターから宿の方へと場所を移す。

ガラガラの室内に思わずため息が漏れた。

これで本当にやっていけるんだろうか。

お金はともかくとしてこのままではノルマのダンジョン育成で行き詰ってしまう。

やはり集客を改善する事が今一番の過大だろう。

椅子に座ると同時にセレンさんが食事を持って来た。

「今日はボア肉の串焼きと村で取れた野菜を添えてみました。パンは良く焼きますか?」

「そうですねお願いします。」

串焼きなら後は焼くだけで済むし仕込みとしては完璧だな。

さすがセレンさん。

野菜はワザワザ村から持って来てくれた。

正確にはウェリスが荷車を引いて持ってきたのだが、昨日のお礼にと村の人が張り切って収穫してくれたそうだ。

どの世界も夏は野菜が美味しい。

ドレッシングのような酸味のきいたタレをかけて食べるようだ。

「いただきます。」

「おかわりもありますから遠慮なくどうぞ。」

「ありがとうございます。」

働いていないからそれほど空腹というワケではないのだが、食べないと元気が出ない。

気持ちを切り替えていかないとな。

俺は串焼きを横からかぶりつくと豪快に肉を引き抜く。

噛めば噛むほどに旨みが口の中に広がってゆく。

あぁ、肉食べてるって感じ。

ウサギと違ってボアの方が脂が多い分、味もしっかりしている。

ウサギって鳥で言う胸肉みたいな感じなんだよな。

「お茶はいかがですか?」

横から現れたのはニケさんだ。

今日はセレンさんのお手伝いをお願いしている。

忙しくなるからお願いしたんだけど・・・。

まぁいいよね。

「いただきます。」

「今日は頂き物の茶葉を使ってみました。」

支配人から貰った茶葉か。

どれ、どんな味かな。

一口飲んでみると口の中がスッと冷たくなるような感じがする。

ミントとかそんな感じの味だ。

決して歯磨き粉の味じゃないからな!

「口の中が涼しくなりますね、今日の料理に良く合います。」

お肉食べてます!ってかんじの口の中が一瞬でリセットされた。

すごいなぁ。

「茶葉を変えるだけでこんなにも味が変わるんですね、奥が深いです。」

「合わせ方次第ではどんな味も再現できるそうですよ。」

「一度でいいので本物の茶畑を見てみたいんです。」

「この辺りにはないんですね。」

「西方の国で主に栽培されている植物なのでこの辺りでは見かけません。」

なるほどなぁ。

元の世界で言うインドとかスリランカの辺りで主に取れる感じかな。

けどあれって茶葉の原種は同じで蒸すか発酵させるかで味が変わったような気がしないでもない。

あれ、どっちだっけ?

まぁいいか。

「私も一度は見てみたいものです。」

「是非皆で見に行きましょう。」

「その為には売上が上がらないと、ですね。」

この状況では夢のまた夢だ。

お店が軌道に乗り、この世界に来た目標を達成した時にはこの世界を旅してみたいと思っている。

せっかくの異世界だ、すぐに帰るなんて勿体無さ過ぎる。

それに、俺は帰るよりもこの世界で暮らして生きたい。

もどって搾取されるだけの人生はごめんだ。

「そうでした・・・。」

「気を使ってもらってありがとう御座います、何とかしますから大丈夫ですよ。」

「そうですよね!」

落ち込んでいたニケさんの顔がパッと明るくなった。

そうそう美人は笑顔でいないと。

暗い顔なんて似合わないよ、なんて台詞も彼女達にならピッタリだ。

ニケさんが離れたので再び食事に取り掛かるも頭の中はもう別のことを考え始めていた。

現状を打破する為に企画したその名も『ダンジョン障害物競走』。それを具体的な形にしていかなければならない。

幸か不幸かそれを取り掛かるには十分暇だ。

まず競技を行う為に何が必要か考えてみよう。

・ルール作り。

・賞品の決定。

・具体的な罠や問題の策定

・参加者の管理

・参加費の決定

・協賛金の賛同

・金銭管理の徹底

・滞在場所の確保

まずはこんなものか。

ルールは無くてはならないものだ。

これが決まらない事には競技として成り立たない。

でも今決めなくても特に問題はないのでまた今度時間を見つけて話し合おう。

次、賞品の決定。

ダマスカスの剣は今回の目玉商品だ。

これはもう武器屋の親父に頼んであるのでそれ以外の賞品は何がいいだろう。

冒険者が相手なので魔装具や武器・防具なんていうのがベストだろうが、冒険雑貨や薬関係も喜ばれるかもしれない。

だが喜ばれる物は大抵高い。

これに関しては協賛品として提供してもらうか実費を出すか、今後の集金次第で変わってくるな。

よし次、具体的な罠や問題策定。

これもルール同様に後回しで大丈夫だ。

次、参加者の管理。

これは重要だ。

何人来るかはわからないが競技の時間上誰でもというワケには行かない。

制限時間を決めてそれを時間で割るのがベストだろう。

50人もくれば上々だと思う。

それ以上来る場合は日付を分けるか予選と決勝のようにすれば何とかなるかもしれない。

そうなってくると次に問題になるのが滞在場所の確保だ。

仮に50人来たとしてうちの宿にそれだけの人数を泊める部屋は無い。

もちろん村に宿屋は無い。

どこか広場のような場所にテントを建ててそこで寝泊りしてもらうというのはどうだろう。

夏場なので凍える心配はないし、魔物に襲われる心配が無い場所が最適だ。

となると一番は村の広場を借りる方法だな。

宿はよほど身分の高い人間が来るのであれば開放して、それ以外はテントで納得してもらえばいけるかもしれない。

食事も村の人に賃金という形でお金を出して手伝ってもらえば、村は潤うしこっちは助かる。

警備に関してはウェリスたちを借りられるか聞いてみよう。

よし次、参加費の決定。

これは正直いくらでもいいが、高すぎても安すぎても良くない。

宿泊代と食費もしくは参加賞で還元すればどうだろう。

銀貨1枚はさすがに高いが銅貨50枚として30枚相当の参加賞を絶対もらえるとすれば、食費と宿泊費を差し引いても損はしないと思う。

それに高すぎると初心者冒険者が参加できないというのもあるか。

初心者は割り引いたりして参加し易くすればいいだろう。

もともとはこのダンジョンを知ってもらう為のイベントだ、初心者に来てもらえるほうが今後の為にもなる。

だが、参加費が少なくなれば商品に使うお金が多くなってしまう。

経費がかかるのは覚悟の上だが出来るだけ出費は抑えたい。

そこで重要になるのが協賛金だ。

ギルドや他の商店等にイベントを説明して、納得していただける場合は出資をしていただく。

もちろん出資してもらった商店へはお礼として広告やスポンサーとして参加者の皆さんに宣伝する。

新しい顧客を獲得するという意味では宣伝は非常に重要だ。

もっとも縁のないところに出資してくれる商店は少ないだろうから、今回は主にギルドに出資してもらう形になるだろう。

とりあえず声掛けはするつもりだ。

この辺りはコッペンにも声をかけておくべきだろうな。

もともとイベントの宣伝には彼を通す約束になっているし、実際に食料品の提供を約束してもらっている。

彼との約束と反故にするわけには行かない。

そして最後に一番大事なのが、これだけの考えに全て関わってくるお金の管理についてだ。

どれだけのお金が入ってきて、どれだけのお金が出て行ったのか。

特に出資金に関してはしっかりと管理しておくべきだろう。

金額を提示するわけにはいかないが、頂いたお金は全て使用しポケットに入っていないことを証明しなければならない。

もし協賛金の方が経費よりも多いのであれば賞品や参加賞をランクアップしてでも消費するべきだ。

これはお金儲けの為にやっているわけではないというアピールの為でもある。

健全な企業である事はそれだけ消費者の意識にプラスになる。

某民系居酒屋がブラックだとわかってからの客離れを見ればよくわかるだろう。

冒険者も良い話を聞かない店で買い物をしたいとは思わないだろうからね。

「シュウイチさん大丈夫ですか?」

エミリアに肩をゆすられて俺はハッと顔を上げる。

どうやら随分と考え込んでいたらしい回りが全くわからなかった。

「すみません考え事をしていました。」

「随分難しい顔をされていましたが、また何か抱え込んでいるんですか?」

「この前お話した来期に予定している催しについて考えていたんです。」

「そういえばそんなお話していましたね。」

してたんです。

いろんな問題が起こりすぎて記憶の彼方へ飛んでいってしまっていたけど、この商店で今一番重要な案件はこのイベントなんです。

「この1年を占う上でも重要な催しになるはずですから、しっかり考え込まないといけません。」

「この前は話し合いをしただけで終わってしまいましたからね。」

「なんだかんだで来期の今頃ですから、時間のあるうちに考えておこうと思いまして。」

「一人で考え込まずに何かあったら遠慮なく言って下さい。」

「頼りにしています。」

そもそも俺一人ではどうにもならない規模の話だ。

エミリア達だけでなくより多くの人に手伝ってもらわなければ成功しない。

そのためにも基本となる形をしっかりと作りこんでおかなくては。

「そうだ、お客様がお見えになっているので呼びに来たんでした。」

「私にお客ですか?」

「なんでも、輸送ギルドの方だとか。後は冒険者ギルドとプロンプト様の関係者という人も一緒にこられています。」

一体どういう組み合わせだ?

「わかりました二階の大部屋に通してください、エミリアも同席してもらえますか?」

「ではニケさんに店番をお願いしておきますね。」

今までだとどちらかが店頭に出ないといけなかったが、ニケさんが来てくれたおかげで同席が可能になった。

これで書類を出されてもその場で確認が取れる。

俺が読めるようになればいいんだけど残念ながら勉強の時間も無い。

とりあえず商店裏で身だしなみを整えていくとしよう。

こういうとき名刺があれば顔と名前を覚え易いんだけど、今度作れるかどうか聞いてみようかな。

ささっと身なりを整えてセレンさんにお茶の手配をしてから二階へ向かう。

やっぱり応接室作ろう。

いつまでも宿を利用するのはさすがに良くない気がする。

「失礼します。」

自分の店だが一応マナーだ、ノックをするとすかさずエミリアの返事が聞こえたので中に入る。

部屋の中には男性が二人と女性が一人、そのうちの一人は見たことのある人だった。

「お待たせして申し訳ありません。シュリアン商店のイナバと申します、今日はよくおいでくださいました。」

「急な訪問にも拘わらず快く受け入れてくださりありがとうございます。輸送ギルドを代表して参りましたバスタです。本日は同席していただいております冒険者ギルドとプロンプト様の御提案をお伝えに参りました。」

「冒険者ギルドのグランです、お久しぶりには日が短すぎますね。先日は大変お世話になりました。」

見知った顔、それは失踪事件で一緒に仕事をした冒険者ギルドのグランさんだ。

グランさんよりも小柄な男性が輸送ギルドの人間というわけだな。

商売関係だからボビルトだろう。

ネムリと同じ感じがする。

「その節はお世話になりました。今日はギルドとププト様の提案という事ですが・・・。」

「正確にはギルドの提案をプロンプト様がお聞きになり、その間を私が取り持つように指示されただけだ。」

そして最後の一人、この大柄の男性がププト様の関係者ということか。

なるほど、それで話が読めた。

「こことサンサトローズを結ぶ定期便の話ですね。」

「さすが聡明と名高いイナバ様、その通りです。」

「それは風の噂に過ぎません私はただの商人ですよ。」

「謙虚な所も噂どおりです。」

褒められるのはもちろん嬉しいが、ここまで来るとくすぐったさを超えて気恥ずかしくなってくる。

「初心者冒険者の定期輸送を冒険者ギルドでは計画しています。具体的な回数などは今後の話し合い次第でって感じなんですけどいいですか?」

「それはもちろんかまいません。それに関して間を取り持つというのは具体的にどうされるおつもりでしょうか、えぇっと・・・。」

「イアンだ。単刀直入に聞くがこの場所に定期便を出すだけの価値があるのか?」

イアンと名乗るその男はジロリと俺を睨みつけてくる。

面倒な仕事を頼まれた程度にしか思っていないのかもしれない。

嫌なら帰ってくれてもいいんだけど。

「現時点で申し上げるのであればまだ無いでしょう。ですが定期便を出す事によって冒険者が安全にそして迅速に輸送されるのであれば十分な価値を生み出す事をお約束いたします。」

「その根拠はどこにある?」

「現時点で冒険者ギルドには初心冒険者を育成する場が存在していないからです。誰でも元は初心者ですが、成長する道筋が出来上がっていれば大部分の人間は道筋通りに成長できます。危険と隣り合わせで命の危険があるにもかかわらずその道筋を提示されていない冒険者にとっては非常に不条理であると思いませんか?」

「一般論で言えばそうだといえるだろう。」

「我がダンジョンには彼らを育て上げる土壌があります。彼らが育てば、サンサトローズ周辺の魔物の討伐・運送の護衛・各種物資の採取など幅広い分野で活躍が期待できるでしょう。冒険者を育成する場を提供できる、これが我がダンジョンの価値になります。」

根拠を出せといわれれば喜んで出そう。

感情論で話されるよりも理詰めで話すほうがよっぽど話しやすい。

この人は論理的かつ合理的に物事を決めるタイプなのかもしれないな。

「そっちの言い分はわかった。だが、それだけの価値ではこんな遠方まで定期便を出す事はできん。」

そんなに簡単に話が進むわけもなく。

暇そうだから企画を考えていたんだけど、どうやら暇じゃなくなりそうだ。
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