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第六章
精霊に愛された男
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目の前に立つ少女。
可愛らしい緑のワンピースを身に着け、不思議そうな目で俺を見つめている。
如何して彼女がここにいるのかはわからない。
わからないが、俺の声を聞いて来たのは間違いないようだ。
「ドリ、ちゃん・・・?」
「そうだよ。シュウちゃんの声を聞いて飛んできたんだ。お守りを持っていたらすぐに来てあげるって約束だったでしょ?」
ドリちゃん。
可愛らしい少女の見た目だがその正体は森の精霊ドリアルド。
俺に精霊の祝福を授け、エミリアが俺に持たせてくれた精霊結晶の作り手。
そうか、ポケットのお守りから声が聞こえたのか。
「シュウちゃんの声が聞こえらから飛んできたんだけど・・・。」
ドリちゃんの視線がゆっくりと下りていく。
ニコニコとした笑顔が俺の手を見た瞬間に真顔になった。
バロンによって穴を開けられた俺の両手。
ドリちゃんはゆっくりとしゃがむと血を流したままのそれをそっと両手で包み込んだ。
そして傷ついた獣をいたわる様に優しく撫でる。
白い柔肌が俺の血で汚れていく。
俺はその様子を声も出せずに見つめていた。
「私が来たからにはもう大丈夫だよ。」
そう言うとドリちゃんは再び笑顔になった。
両手で包んだ手を名残惜しそうにおろし、ゆっくりと俺に背を向ける。
俺よりも小さいはずなのにその背中はとても大きく見えた。
「シュウちゃんをこんな目に合わせたのは貴方?」
「そうだとして、お嬢さんは一体誰なのかな?」
「貴方に名乗る名前なんてないわ、貴方はただ事実を述べればいいの。」
「人に名前を聞くのであれば自分から名乗れと教えられなかったのかい?」
「人なら名乗るけれど貴方は人ではないでしょ?」
「おっと、これは一本取られた。」
ポンっと手を頭にあてるバロン。
さきほどまでの殺気は何処へやら、道化のような態度をとる。
「私の名前はバロン、いかにも彼の手に穴を開けたのはこの私だ。」
そして、短剣を持ちながら優雅に一礼した。
「そう、貴方がシュウちゃんをいじめたのね。」
「いじめた?違うな、彼と賭けをしていただけだ。私のものになるか、自由を勝ち取るかってね。」
「シュウちゃんは私のものよ、貴方になんてあげるはずないじゃない。」
「君の物と知らなかった。彼が主張しないものだから誰のものでもないと思っていたよ。」
「シュウちゃんが言うはず無いわ、だって優しい子だもの。貴方のような汚い人には勿体ない人よ。」
「初対面の相手にずいぶんな口の利き方じゃないか、年上を敬うように教えられなかったのかな?」
「何を言っているの?貴方こそ目上の相手に対する言葉遣いを忘れてしまったのかしら。」
精霊と魔族が口喧嘩をしている。
俺からしてみればどっちが年上か何てのはどうでもいい話だ。
むしろ喧嘩したらどんな被害が出るのかわからないから離れてやってほしいぐらい。
むしろ離れたい。
でもドリちゃんに大丈夫と言われた瞬間に安心しきってしまって体が言うことを聞かなくなってしまった。。
血は流れ出ているのに不思議と痛みを感じない。
心にも少し余裕ができたようだ。
「自分を目上と言うのならばどれだけの身分か聞かせていただけるかな、お嬢『様』。」
「そうね、仕方ないから教えてあげる。」
ドリアルドはワンピースの裾を少しだけ持ち上げ、可愛らしくお辞儀をして言った。
「私はドリアルド、森の精霊にしてイナバシュウイチの守護者。そして貴方が傷つけたのは私の大事な大事な可愛い子。その罪はその身を滅ぼしても足りはしない。」
いつものふざけた言い方ではない。
精霊の威厳と重みのある言葉だ。
「精霊!まさか彼は祝福を受けた人間なのか!すばらしい、ますます彼がほしくてたまらなくなってきたよ!」
「貴方には髪の毛一本もあげないわ、だってここで死ぬんだもの。」
「私が死ぬ?たかが森の精霊にこの私がやられるはずがない!」
そう叫ぶと手に持っていた短剣をドリちゃんの顔めがけて振り降ろした。
だが、その切っ先は四方から素早く延びた蔓に絡め取られ僅かに届かない。
蔓に襲われた瞬間にバロンは大きく後方へと飛び、その場には短剣だけが取り残さた。
「これ、シュウちゃんのだよね?」
「あ、うん。」
「大事大事に持っておいてね、すぐ終わるから。」
子供を諭すように言うと蔓がするすると足の上に短剣をおいていく。
今まで話しかしてこなかったからってのもあるけど、本当にドリちゃんは森の精霊だったんだなぁ。
「流石は精霊だね、だけどその程度で私が諦めると思っているのかな?」
「ここは私の森よ、草も木もみんな私の味方。貴方が居ていい場所なんてどこにもないわ。」
「それは困った。それじゃあ水でもやってご機嫌を取るとしよう。」
バロンが手を前にかざし、何か呟き始める。
すると目の前の空間に大きな水の塊が現れた。
まるで無重力空間に浮かんでいるようにフワフワと浮かんでいるそれは、気づけばドリちゃんをスッポリと包み込めるような大きさになっていた。
「森が君の味方ならこの森を包む霧が私の味方だ。」
「たかがそれっぽっちの水で私たちを潤せると思っているの?」
「水は空気中だけじゃない、人の体や植物の中にも多数存在している。それを自由に操る事のできる私には君なんてとるに足らない存在なんだよ。」
「じゃあやってみたらいいじゃない。」
「その発言に後悔しながら死ぬがいい。」
水の塊を前にしたバロンが再び何かを唱え始める。
途端に周りの木々や足草が急速に干からび始めた。
カサカサという音を立てながら周りの草木が乾燥していく代わりに目の前の水の塊がどんどんと大きくなっていく。
水分を操るというぐらいだから吸い取っているんだろう。
だけど、俺達に何の変化もないのは何故だ?
さっきの言い方だと俺の体からも水分が取られそうなものだけど・・・。
人の70%は水分らしいからそれこそ干物みたいになるはずだ。
バロンも同じように思っていたようで必死に何かを唱えるもいっこうに変化が見られない。
「何故だ、何故君達の水を奪えない!」
「所詮貴方がその程度の魔術しか使えないということよ。精霊に影響させるなら神様でもつれてくる事ね。」
「だが彼は!」
「だってシュウちゃんだもの。」
いや、それじゃ説明になってないしむしろそこは俺も知りたい所でして。
その一言で片付けられたら向こうも俺もたまったもんじゃない。
「精霊の祝福を受けているからか・・・いや、しかし所詮は森の精霊だ。そこまでの影響はないはずだが。」
「ちょっと、1人で考え込まないでもらえる?」
「なんにせよ彼を調べればその全てがわかるというもの。我が水の魔力の前には何者も立ちふさがる事は出来ないのだ。」
「ちょっとー、シュウちゃんこの人話し聞いてくれないよ?よく今までお話できたね。」
自己完結するバロンにため息をつきつつ後ろを振り返るドリちゃん。
振り返ったときの顔はいつもと変わらない笑顔だった。
笑うと大輪の花みたいだな。
あどけないというか何と言うか。
だがその隙にバロンが別の手段に出た。
「ドリちゃん、後ろ・・・。」
ドリちゃんが振り向いている間にバロンが何かをしたらしい。
10人ぐらいを包み込めそうな程の大きな水の塊が舞い上がり、水風船を破裂させたように爆ぜた。
「我が水に貫かれて死ね!」
爆ぜた水は広範囲に広がり、落下しながら矢のように変化する。
数え切れないほどの水の矢が俺たちめがけて降り注いだ。
いくらなんでもこの量は防ぎきれない。
ましてや自分だけでなく俺も一緒に守るなんて絶対にムリだ。
だがドリちゃんは俺を見たまま笑顔を絶やさず、矢を防ぐ事もしない。
二人めがけて矢が襲い掛かる。
ドリちゃんが何もしないなら大丈夫だと思うんだけど、諦めてるとかじゃないよね?
恐怖に目をつぶりそうになるが、我慢して降り注ぐ矢を見ているとある一定のところで矢が止まってしまった。
手を伸ばせば触れることの出来る距離。
頭上1mぐらいの場所で全ての矢が宙に浮いたまま止まっている。
「何故だ!何故私の魔術が効かない!」
宙に浮いたままの矢にバロンが怒鳴り声を上げる。
いくらバロンが叫ぼうとも水の矢が地上に降り注ぐ事はなかった。
「言ったでしょ、貴方の魔術じゃ私達に届かない。」
「だが彼はただの人間だ!」
「違うわ。シュウちゃんは特別な人、私とディーちゃんの大切な人なんだから。」
ドリちゃんが居る。
ということはディーちゃんが居てもおかしくはない。
その証拠に目の前に浮かぶ矢が先ほどと同じように一つの塊を作り始めた。
さっきと違うのはただの水の塊ではないという事。
その塊は少しずつ形を変え、人のような姿を作り始める。
そして、ひとつの形を作り上げた時、命が宿った。
「シュウちゃん、もう、大丈夫だよ。」
ドリちゃんの横に見覚えのある少女が降り立つ。
見た目はドリちゃんより少し年上、少女と女性のちょうど中間ぐらいの触ると壊れてしまいそうな繊細な感じ。
紛れもないウンディーヌその人だった。
「ディーちゃん、遅かったから心配しちゃったよ。」
「水がなかったから、出てこれなかったの。」
「ちょうどいい水ができてよかったね。」
「うん、おかげで、シュウちゃんの傍に居られる。」
パッと見は可憐な少女が仲睦まじく話しているだけだ。
だがその後ろでは怒りからか顔を真っ赤にしたバロンが立っており、俺の手には穴が開いたままになっている。
この場に不釣合いな見た目だよな、二人とも。
「私の水から形を成すなんて・・・一体何者なんだ!」
「名前を聞くときは、自分から言うんだよ?」
まさかの二回目。
「私は一応名乗ったけど、ディーちゃんもしとく?」
「ドリちゃんがしたなら、しようかな・・・。」
そういうとドリちゃんはその場でくるりと回ると、翻ったワンピースの裾を持ち上品にお辞儀をした。
「私はウンディーヌ。水の精霊にしてイナバシュウイチの守護者。」
いつものおっとりとした口調ではない。
ドリちゃん同様に威厳と重みのある言葉だ。
「それと、シュウちゃんの奥さん候補、だよ。」
前言撤回、やっぱりいつもと変わらない。
「あー、ずるいずるい!私もシュウちゃんの奥さん候補になる!」
「ドリちゃんは、まだ小さいから、ダメ。」
「小さいのは見た目だけでしょ!本当はディーちゃんよりも年上なんだから!」
「そうだった・・・?」
「そうだよ!100歳は上なんだからね!」
「100歳ぐらいなら、ほとんど一緒だよ?」
「でもでも私のほうが上なの!」
100歳がほとんど一緒っていうのが良くわからないが、精霊からしたら100年ぐらい一瞬なんだろうなぁ。
「水の精霊だと・・・!この世に二精霊の祝福を得た人間がいるなんて聞いた事がない。」
「貴方が聞いたことないだけで過去には何人かいたよ。」
「ほんの500年ぐらい、前だよ?」
むしろそんなに居なかったんですかそうですか。
そりゃあフィリス様が驚くわけだよな。
つまりはこの二人はそれよりも年上で、バロンはそれよりも年下という事だけはわかった。
あ、ちなみに俺はたった31歳です。
「くそ、森の精霊ならまだしも水の精霊は私と相性が悪すぎる・・・。」
「逃がさないよ。シュウちゃんをいじめた罪はあまりにも重いもの。」
逃げようとするバロンをドリちゃんが威嚇する。
そんな二人を尻目にディーちゃんがゆっくりと俺の横にしゃがみこんだ。
「私のシュウちゃんをこんなにして、痛かったでしょ、つらかったでしょ、でも、もう大丈夫だよ。」
ドリちゃんがそうしたようにディーちゃんも俺の手をそっと撫でる。
すると開いていたはずの傷口がみるみる塞がりはじめた。
「これは・・・?」
「癒しの魔法。これでもう、元通り。」
痛みはドリちゃんのおかげで感じなくなったが、まさか傷まで完全になくなるとは思って居なかった。
服や指についた血の跡だけが、俺が血を流していた事を証明している。
手を軽く握ってみる。
驚くほど簡単に指が動いた。
これが魔法の、いや精霊の力なのか。
痛みはない。
足の震えも止まってしまった。
これなら、今なら立ち上がれる。
俺は膝に手をつきゆっくりと立ち上がった。
その横にドリちゃんとディーちゃんがそっと寄り添う。
先ほどまで怒り狂っていたバロンが、それを見た途端に怯えたのがわかった。
「一体君は何者なんだ・・・。」
俺だってわからない。
如何してこの二人が俺をこんなにも大切にしてくれるのか。
俺が特別だからとしか教えてもらっていない。
だがこれだけはいえる。
「俺はイナバシュウイチ、ただの商人だ。」
俺は俺だ。
そんな俺を、二人は大切だといってくれている。
こんな俺を、エミリアやシルビアは愛してくれている。
だから俺はいつまでも俺であり続ける。
そのためにはここでやられているわけにはいかない。
「ドリちゃん、ディーちゃん、力を貸してくれるかな?」
「お安い御用だよシュウちゃん!」
「何でも言ってね、お手伝い、してあげる。」
ありがとう。
相変わらずの他力本願100%だけど、二人が来てくれたおかげで助かった。
それだけじゃない。
二人のおかげでもう一度前に進む勇気がもらえた。
バロンと戦い、そして勝つ。
「さぁ、二回戦をはじめようか!」
俺はもう一度短剣を構えバロンへと向かっていった。
可愛らしい緑のワンピースを身に着け、不思議そうな目で俺を見つめている。
如何して彼女がここにいるのかはわからない。
わからないが、俺の声を聞いて来たのは間違いないようだ。
「ドリ、ちゃん・・・?」
「そうだよ。シュウちゃんの声を聞いて飛んできたんだ。お守りを持っていたらすぐに来てあげるって約束だったでしょ?」
ドリちゃん。
可愛らしい少女の見た目だがその正体は森の精霊ドリアルド。
俺に精霊の祝福を授け、エミリアが俺に持たせてくれた精霊結晶の作り手。
そうか、ポケットのお守りから声が聞こえたのか。
「シュウちゃんの声が聞こえらから飛んできたんだけど・・・。」
ドリちゃんの視線がゆっくりと下りていく。
ニコニコとした笑顔が俺の手を見た瞬間に真顔になった。
バロンによって穴を開けられた俺の両手。
ドリちゃんはゆっくりとしゃがむと血を流したままのそれをそっと両手で包み込んだ。
そして傷ついた獣をいたわる様に優しく撫でる。
白い柔肌が俺の血で汚れていく。
俺はその様子を声も出せずに見つめていた。
「私が来たからにはもう大丈夫だよ。」
そう言うとドリちゃんは再び笑顔になった。
両手で包んだ手を名残惜しそうにおろし、ゆっくりと俺に背を向ける。
俺よりも小さいはずなのにその背中はとても大きく見えた。
「シュウちゃんをこんな目に合わせたのは貴方?」
「そうだとして、お嬢さんは一体誰なのかな?」
「貴方に名乗る名前なんてないわ、貴方はただ事実を述べればいいの。」
「人に名前を聞くのであれば自分から名乗れと教えられなかったのかい?」
「人なら名乗るけれど貴方は人ではないでしょ?」
「おっと、これは一本取られた。」
ポンっと手を頭にあてるバロン。
さきほどまでの殺気は何処へやら、道化のような態度をとる。
「私の名前はバロン、いかにも彼の手に穴を開けたのはこの私だ。」
そして、短剣を持ちながら優雅に一礼した。
「そう、貴方がシュウちゃんをいじめたのね。」
「いじめた?違うな、彼と賭けをしていただけだ。私のものになるか、自由を勝ち取るかってね。」
「シュウちゃんは私のものよ、貴方になんてあげるはずないじゃない。」
「君の物と知らなかった。彼が主張しないものだから誰のものでもないと思っていたよ。」
「シュウちゃんが言うはず無いわ、だって優しい子だもの。貴方のような汚い人には勿体ない人よ。」
「初対面の相手にずいぶんな口の利き方じゃないか、年上を敬うように教えられなかったのかな?」
「何を言っているの?貴方こそ目上の相手に対する言葉遣いを忘れてしまったのかしら。」
精霊と魔族が口喧嘩をしている。
俺からしてみればどっちが年上か何てのはどうでもいい話だ。
むしろ喧嘩したらどんな被害が出るのかわからないから離れてやってほしいぐらい。
むしろ離れたい。
でもドリちゃんに大丈夫と言われた瞬間に安心しきってしまって体が言うことを聞かなくなってしまった。。
血は流れ出ているのに不思議と痛みを感じない。
心にも少し余裕ができたようだ。
「自分を目上と言うのならばどれだけの身分か聞かせていただけるかな、お嬢『様』。」
「そうね、仕方ないから教えてあげる。」
ドリアルドはワンピースの裾を少しだけ持ち上げ、可愛らしくお辞儀をして言った。
「私はドリアルド、森の精霊にしてイナバシュウイチの守護者。そして貴方が傷つけたのは私の大事な大事な可愛い子。その罪はその身を滅ぼしても足りはしない。」
いつものふざけた言い方ではない。
精霊の威厳と重みのある言葉だ。
「精霊!まさか彼は祝福を受けた人間なのか!すばらしい、ますます彼がほしくてたまらなくなってきたよ!」
「貴方には髪の毛一本もあげないわ、だってここで死ぬんだもの。」
「私が死ぬ?たかが森の精霊にこの私がやられるはずがない!」
そう叫ぶと手に持っていた短剣をドリちゃんの顔めがけて振り降ろした。
だが、その切っ先は四方から素早く延びた蔓に絡め取られ僅かに届かない。
蔓に襲われた瞬間にバロンは大きく後方へと飛び、その場には短剣だけが取り残さた。
「これ、シュウちゃんのだよね?」
「あ、うん。」
「大事大事に持っておいてね、すぐ終わるから。」
子供を諭すように言うと蔓がするすると足の上に短剣をおいていく。
今まで話しかしてこなかったからってのもあるけど、本当にドリちゃんは森の精霊だったんだなぁ。
「流石は精霊だね、だけどその程度で私が諦めると思っているのかな?」
「ここは私の森よ、草も木もみんな私の味方。貴方が居ていい場所なんてどこにもないわ。」
「それは困った。それじゃあ水でもやってご機嫌を取るとしよう。」
バロンが手を前にかざし、何か呟き始める。
すると目の前の空間に大きな水の塊が現れた。
まるで無重力空間に浮かんでいるようにフワフワと浮かんでいるそれは、気づけばドリちゃんをスッポリと包み込めるような大きさになっていた。
「森が君の味方ならこの森を包む霧が私の味方だ。」
「たかがそれっぽっちの水で私たちを潤せると思っているの?」
「水は空気中だけじゃない、人の体や植物の中にも多数存在している。それを自由に操る事のできる私には君なんてとるに足らない存在なんだよ。」
「じゃあやってみたらいいじゃない。」
「その発言に後悔しながら死ぬがいい。」
水の塊を前にしたバロンが再び何かを唱え始める。
途端に周りの木々や足草が急速に干からび始めた。
カサカサという音を立てながら周りの草木が乾燥していく代わりに目の前の水の塊がどんどんと大きくなっていく。
水分を操るというぐらいだから吸い取っているんだろう。
だけど、俺達に何の変化もないのは何故だ?
さっきの言い方だと俺の体からも水分が取られそうなものだけど・・・。
人の70%は水分らしいからそれこそ干物みたいになるはずだ。
バロンも同じように思っていたようで必死に何かを唱えるもいっこうに変化が見られない。
「何故だ、何故君達の水を奪えない!」
「所詮貴方がその程度の魔術しか使えないということよ。精霊に影響させるなら神様でもつれてくる事ね。」
「だが彼は!」
「だってシュウちゃんだもの。」
いや、それじゃ説明になってないしむしろそこは俺も知りたい所でして。
その一言で片付けられたら向こうも俺もたまったもんじゃない。
「精霊の祝福を受けているからか・・・いや、しかし所詮は森の精霊だ。そこまでの影響はないはずだが。」
「ちょっと、1人で考え込まないでもらえる?」
「なんにせよ彼を調べればその全てがわかるというもの。我が水の魔力の前には何者も立ちふさがる事は出来ないのだ。」
「ちょっとー、シュウちゃんこの人話し聞いてくれないよ?よく今までお話できたね。」
自己完結するバロンにため息をつきつつ後ろを振り返るドリちゃん。
振り返ったときの顔はいつもと変わらない笑顔だった。
笑うと大輪の花みたいだな。
あどけないというか何と言うか。
だがその隙にバロンが別の手段に出た。
「ドリちゃん、後ろ・・・。」
ドリちゃんが振り向いている間にバロンが何かをしたらしい。
10人ぐらいを包み込めそうな程の大きな水の塊が舞い上がり、水風船を破裂させたように爆ぜた。
「我が水に貫かれて死ね!」
爆ぜた水は広範囲に広がり、落下しながら矢のように変化する。
数え切れないほどの水の矢が俺たちめがけて降り注いだ。
いくらなんでもこの量は防ぎきれない。
ましてや自分だけでなく俺も一緒に守るなんて絶対にムリだ。
だがドリちゃんは俺を見たまま笑顔を絶やさず、矢を防ぐ事もしない。
二人めがけて矢が襲い掛かる。
ドリちゃんが何もしないなら大丈夫だと思うんだけど、諦めてるとかじゃないよね?
恐怖に目をつぶりそうになるが、我慢して降り注ぐ矢を見ているとある一定のところで矢が止まってしまった。
手を伸ばせば触れることの出来る距離。
頭上1mぐらいの場所で全ての矢が宙に浮いたまま止まっている。
「何故だ!何故私の魔術が効かない!」
宙に浮いたままの矢にバロンが怒鳴り声を上げる。
いくらバロンが叫ぼうとも水の矢が地上に降り注ぐ事はなかった。
「言ったでしょ、貴方の魔術じゃ私達に届かない。」
「だが彼はただの人間だ!」
「違うわ。シュウちゃんは特別な人、私とディーちゃんの大切な人なんだから。」
ドリちゃんが居る。
ということはディーちゃんが居てもおかしくはない。
その証拠に目の前に浮かぶ矢が先ほどと同じように一つの塊を作り始めた。
さっきと違うのはただの水の塊ではないという事。
その塊は少しずつ形を変え、人のような姿を作り始める。
そして、ひとつの形を作り上げた時、命が宿った。
「シュウちゃん、もう、大丈夫だよ。」
ドリちゃんの横に見覚えのある少女が降り立つ。
見た目はドリちゃんより少し年上、少女と女性のちょうど中間ぐらいの触ると壊れてしまいそうな繊細な感じ。
紛れもないウンディーヌその人だった。
「ディーちゃん、遅かったから心配しちゃったよ。」
「水がなかったから、出てこれなかったの。」
「ちょうどいい水ができてよかったね。」
「うん、おかげで、シュウちゃんの傍に居られる。」
パッと見は可憐な少女が仲睦まじく話しているだけだ。
だがその後ろでは怒りからか顔を真っ赤にしたバロンが立っており、俺の手には穴が開いたままになっている。
この場に不釣合いな見た目だよな、二人とも。
「私の水から形を成すなんて・・・一体何者なんだ!」
「名前を聞くときは、自分から言うんだよ?」
まさかの二回目。
「私は一応名乗ったけど、ディーちゃんもしとく?」
「ドリちゃんがしたなら、しようかな・・・。」
そういうとドリちゃんはその場でくるりと回ると、翻ったワンピースの裾を持ち上品にお辞儀をした。
「私はウンディーヌ。水の精霊にしてイナバシュウイチの守護者。」
いつものおっとりとした口調ではない。
ドリちゃん同様に威厳と重みのある言葉だ。
「それと、シュウちゃんの奥さん候補、だよ。」
前言撤回、やっぱりいつもと変わらない。
「あー、ずるいずるい!私もシュウちゃんの奥さん候補になる!」
「ドリちゃんは、まだ小さいから、ダメ。」
「小さいのは見た目だけでしょ!本当はディーちゃんよりも年上なんだから!」
「そうだった・・・?」
「そうだよ!100歳は上なんだからね!」
「100歳ぐらいなら、ほとんど一緒だよ?」
「でもでも私のほうが上なの!」
100歳がほとんど一緒っていうのが良くわからないが、精霊からしたら100年ぐらい一瞬なんだろうなぁ。
「水の精霊だと・・・!この世に二精霊の祝福を得た人間がいるなんて聞いた事がない。」
「貴方が聞いたことないだけで過去には何人かいたよ。」
「ほんの500年ぐらい、前だよ?」
むしろそんなに居なかったんですかそうですか。
そりゃあフィリス様が驚くわけだよな。
つまりはこの二人はそれよりも年上で、バロンはそれよりも年下という事だけはわかった。
あ、ちなみに俺はたった31歳です。
「くそ、森の精霊ならまだしも水の精霊は私と相性が悪すぎる・・・。」
「逃がさないよ。シュウちゃんをいじめた罪はあまりにも重いもの。」
逃げようとするバロンをドリちゃんが威嚇する。
そんな二人を尻目にディーちゃんがゆっくりと俺の横にしゃがみこんだ。
「私のシュウちゃんをこんなにして、痛かったでしょ、つらかったでしょ、でも、もう大丈夫だよ。」
ドリちゃんがそうしたようにディーちゃんも俺の手をそっと撫でる。
すると開いていたはずの傷口がみるみる塞がりはじめた。
「これは・・・?」
「癒しの魔法。これでもう、元通り。」
痛みはドリちゃんのおかげで感じなくなったが、まさか傷まで完全になくなるとは思って居なかった。
服や指についた血の跡だけが、俺が血を流していた事を証明している。
手を軽く握ってみる。
驚くほど簡単に指が動いた。
これが魔法の、いや精霊の力なのか。
痛みはない。
足の震えも止まってしまった。
これなら、今なら立ち上がれる。
俺は膝に手をつきゆっくりと立ち上がった。
その横にドリちゃんとディーちゃんがそっと寄り添う。
先ほどまで怒り狂っていたバロンが、それを見た途端に怯えたのがわかった。
「一体君は何者なんだ・・・。」
俺だってわからない。
如何してこの二人が俺をこんなにも大切にしてくれるのか。
俺が特別だからとしか教えてもらっていない。
だがこれだけはいえる。
「俺はイナバシュウイチ、ただの商人だ。」
俺は俺だ。
そんな俺を、二人は大切だといってくれている。
こんな俺を、エミリアやシルビアは愛してくれている。
だから俺はいつまでも俺であり続ける。
そのためにはここでやられているわけにはいかない。
「ドリちゃん、ディーちゃん、力を貸してくれるかな?」
「お安い御用だよシュウちゃん!」
「何でも言ってね、お手伝い、してあげる。」
ありがとう。
相変わらずの他力本願100%だけど、二人が来てくれたおかげで助かった。
それだけじゃない。
二人のおかげでもう一度前に進む勇気がもらえた。
バロンと戦い、そして勝つ。
「さぁ、二回戦をはじめようか!」
俺はもう一度短剣を構えバロンへと向かっていった。
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最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
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