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第六章

作戦名:いのちをだいじに

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状況を整理してわかってきたのは非常に危険な状態だということだ。

ダンジョン内で冒険者が味方を襲っている。

それだけで予定していた作戦はものの見事に瓦解してしまった。

あてにしていたベテラン冒険者は負傷し、中の状況は今だ不明。

すべての冒険者がそうなっているのか。

それとも一部分だけなのか。

襲ってきた冒険者が生きているのか死んでいるのかすらわからない。

わかっているのは操られているのかもということだけだ。

まさかこんな事態になっているとは思いもしなかった。

どうする。

どうすればいい。

考えても答えはでなかった。

「イナバ様ダンジョンから逃げてきた冒険者は皆落ち着きを取り戻しつつあります。」

「怪我の程度はどんな感じですか?」

「重傷者4名、軽傷10名、情緒不安定なもの5名です。」

「後続のほぼ全員ですか?」

「戻ってきていない冒険者もいますので全員ではないですね。」

全滅ではない。

だがこの数はほぼ全滅といっても良いかもしれない。

重傷者はこの後の状況を見て早めにサンサトローズへ戻すべきだろう。

だが夜になれば危険も増えるだろうし、このまま夜を越す事はできるんだろうか。

「重傷者の容態はどうですか?」

「2名ほど癒し手の方が対応してくださっていますが、厳しいかもしれません。」

「サンサトローズまで搬送するのは難しそうですね。」

「今は絶対安静でしょう。幸い他の方は命に別状無さそうですので明日の朝サンサトローズへ搬送しようと思っています。」

「わかりました。連絡員を出して状況の説明と受け入れ態勢の準備をお願いして置いてください。できれば運び手は向こうから出してくだされば助かります。」

「手配しておきます。」

まだ中に入っても居ないのにけが人の対応などでこんなにも忙しいのか。

戦争とかになったらどれだけの仕事が出てくるのだろう。

忙殺って言葉があるけど、本当に殺されてしまいそうだ。

「イナバ様よろしいですか?」

「あぁ、モア君どうしました?」

「冒険者の方からいつ中に突入するのかと催促が来ていまして・・・。」

「引きそうに無いですか。」

「むしろ今にも突入しそうな感じです。一応今はやめてくださいとお願いはしているのですが何でも中に仲間が残っているらしくて。」

「怪我は問題ないようですね。」

「打ち身や擦り傷程度ですので戦闘には支障ないでしょう、いかがしましょうか。」

「私が行きます。護衛をお願いできますか?」

「お任せください!」

モア君には冒険者からの聞き込みと俺達対策本部との中継をお願いしていた。

最初こそパニック状態だった冒険者も状況が落ち着いてくると、独自の行動を起こそうとし始める。

現在はわざとその行動に制限をかけている状況だ。

勝手に突入されてけが人が増えても困るからね。

「おい、いつになったら中に入れるんだ!」

ダンジョン前には7人ほどの冒険者が今か今かと待ち構えていた。

「皆さん体のほうは大丈夫なんですか?」

「俺達は真っ先に逃げたから特に問題はねぇ、なぁ司令官中に仲間が残されているんだ早くはいらねぇと奴らに殺されちまうよ。」

「奴らとは他の冒険者ですよね?」

「俺らが見たのは冒険者が仲間を襲っているところだ。警戒を解いて近づいた所を奴ら斬りかかってきやがった。動きこそ早くねぇがうつろな目でこっちを見てきたんだ。」

「操られているような感じですか?」

「わからねぇ。ただ普通じゃねぇのは確かだ。」

収集した情報と同じか。

冒険者が何かしらの理由で仲間を襲い始めた。

皆が言うにはボーっとしているとかうつろだったとか、半笑いだったとか、兎に角普通じゃなかったようだ。

「他に魔物は居ましたか?」

「この森に居るのと同じ奴はいたが、聞いていた二足歩行の奴はまだ見てねぇな。」

このままここにいても中にいる人間の状況は悪くなる一方だろう。

取り残された冒険者のほかに捜索予定の失踪者もここに居るはずだ。

彼らをどうにかしなければここに来た意味がなくなってしまう。

ならば答えは1つしかないな。

「わかりました。突入許可を与えます。ただし、単独行動は避け最低3人以上で行動してください。中で出会う冒険者の素性に注意し危ないようでしたら逃げてください。」

「反撃しても良いのか?」

「状況が状況だけに致し方ないでしょう。こっちがやられては意味がありませんから。ただし、出来るのであれば無力化して拘束していただけると助かります。」

「縛り上げるだけで良いか?」

「それで十分です。出来れば魔物の出なさそうな場所に固めていただければ助かります。」

もし操られているだけなら殺すわけには行かない。

アンデットみたいになっているならまだしも生きている状況で味方を殺すのはさすがに彼らも嫌だろう。

幸い動きは機敏ではないようだし、拘束するだけなら何とかなるかもしれない。

「運搬用の縄紐がたくさんありますのでそれを短く切って、手足の拘束用に持っていってください。」

「俺だって仲間を殺したくはないからな、善処はする。」

「最優先は自分の命を守ることです、宜しくお願いします。」

「司令官はどうするんだ?」

「私も彼と共に潜ります、ここで手をこまねいているわけには行きませんので。」

「そうこなくっちゃ!」

彼らばかりに任せるわけには行かない。

俺だってここを任されている以上任務を遂行する義務がある。

幸い魔物は少ないようだし、いざとなったら逃げてしまえばいい。

なにより俺がここでずっと待つなんて事はできないからだ。

冒険者が突入するのを確認し大きく息を吐く。

「モア君聞いての通りです、突入しますので準備をお願いします。拘束用の縄を多めに持って来てください。」

「力ずくでねじ伏せてもいいんでしょうか。」

「死なない程度であればいたしかたないでしょう。出来れば軽めでお願いします。」

「わかりました、すぐに準備します!」

ここにきてわかったのは彼が思っていた以上に武闘派のようだ。

元々護衛としてきてくれているんだし頑張ってもらう事にしよう。

「私はティナさんに事情を説明してきます。」

さすがに司令官が勝手にいなくなるのはまずい。

モア君と別れダンジョン前から本部へと移動した。

作戦本部は救護テントの方に人が移動しているので人が少ない。

その一番奥でティナさんは指示を出していた。

「運搬用の馬を使っても構いません、大至急ギルドへ情報を持っていってください。この書類を渡せばあとは向こうがやってくれます。」

「任された!」

「報酬はギルドで受け取ってくださいね!」

冒険者は書類を受けとると大急ぎでテントを出ていく。

一仕事終え、ティナさんは椅子に座り込んだ。

「ティナさん今大丈夫ですか。」

「イナバ様どうされました?」

「他の冒険者と共にダンジョン内部へ侵入します。ここの指揮権を一時的にティナさんに委譲させていただこうと思うのですが・・・。」

「中へですか!?」

「誰かが中に入らなければ詳細な情報を得ることは出来ません。幸い怪我の軽い冒険者が同行してくれますので彼らと共に行こうと思います。」

ティナさんからしたらギルド長に続き俺まで中に入るとは思って居なかったのだろう。

というか冒険者で無い俺が入る事に驚いているのかな?

「中はどんなことになっているかわかりませんよ?」

「だからこそ行くのです。危なければ尻尾を巻いて逃げてきますから安心してください。問題の冒険者を発見した場合は鎮圧後拘束という指示を出しています。もし突入できる冒険者が増えた場合は彼らにはその回収をお願いしたいのです。」

「問題の冒険者をわざわざ拘束する必要は無いのではないでしょうか。」

「死んでなお操られているのであれば必要ありません。ですが生きているのであれば彼らに同業者を殺させる事になります。それは彼らの今後を考えればあまり良い記憶にはなりません。」

「確かに冒険者は人間を相手に戦う事はありませんが・・・。」

俺は人を殺した事はないからその辺りの事はわからない。

だが、もし仮に殺したとしたら一生その出来事を忘れる事はできないだろう。

慣れるとかそういうことも聞いた事はある。

だが、それに慣れるというのはどうだろうか。

もちろん守るべきものの為に戦争に出て戦う人たちも居る。

それを否定するわけではないが、わざわざその経験をする必要は無いという事だ。

「私が明日の朝までに戻らない場合はここを引き払い全員でサンサトローズへ帰還してください。その後ププト様の指示を仰いでいただければと思います。」

「助けに行かなくてもよろしいのですか?」

「少数で救助に行ってつかまれば意味はありません。助かる命があるのならばまずはそれを助けるべきです。」

「・・・イナバ様の考えは理解しました。ただそれを実行するかどうかは別です。なぜなら指揮権を委譲されたという事は私のほうが地位が上になるということですからね。」

「そこはティナさんにお任せしますよ。」

「絶対に戻ってきてください。」

「もちろんそのつもりです。」

ここで戻ってくるといってしまえばよくないフラグが立ちそうなのであえて断言しないでおこう。

もちろん俺は帰ってくるつもりだけどね。

うちの奥様達を置いて死ねるものか。

「こちらの事はお任せ下さい。朝まで何としてでも維持して見せます。」

「夜は警備の数を増やしつつ休憩も取ってください。戻ればやらなきゃいけないことが山積みですよ。」

「それはちょっと考えたくないですね。」

二人して解決後の仕事を考えて苦笑いする。

今でこの忙しさなんだから帰ったらどうなるのか。

まぁ俺は所詮雇われなのでさっさと帰るつもりだけどね!

ティナさんに指揮権を委譲という名の丸投げをした後ダンジョンの入り口へ戻ると、準備を済ませたモア君が俺を待っていてくれた。

えっと、その荷物は何でしょうか。

エベレストでも登るの?

「イナバ様準備完了です!」

「それ全部ですか?」

「二人での行動ですのでこれぐらいは必要かと。あ、イナバ様の分は自分が持っておりますのでご安心ください!」

いや、安心っていうかそれで戦えるのかな?

俺がそれ持ったら10歩も歩けなくなりそうなんでけど。

「それで魔物と戦えます?」

「もちろんですよ!遠征になればこの1.5倍は持ち歩きますしそのまま戦闘になる事もありますから。」

「なら、いいんですけど。必要であれば置いて戦ってくださいね。」

「冒険者鎮圧後の拘束はイナバ様にお願いすることになるかと思います。」

「それぐらいは大丈夫です。」

「久々の実戦ですから腕が鳴りますね。」

そういえば謹慎中なんだっけ?

一応俺の護衛という事は理解しているみたいだし暴走する事はないだろう。

うん、無いと思う。

ない、よね?

「では気を引き締めていきましょうか。」

「はい!」

装備は問題ない。

やっと馴染んできた短剣にシルビア様に貰った手甲、それと鎧。

足回りはギルドから拝借している。

よし、いこう。

森の中にぽっかりと明いたダンジョンの入口。

空は薄暗くなりもうすぐ夜になるだろう。

ここも魔物の世界だが、この先はもっと危険なダンジョンの中だ。

俺のダンジョンではない、魔物に襲われ死ぬ可能性だってある。

怖い。

行きたくない。

そんな気持ちがどんどんと湧き上がってくる。

弱気の虫が出てこないうちに俺は勢いよくダンジョンの黒い壁に飛び込んだ。

一瞬視界が暗転するもすぐに明るさが戻ってくる。

先行した冒険者が残したのかダンジョンの壁には松明が差し込まれていた。

カビと湿気の匂いが鼻をつく。

決して我慢できなくは無いが不快なにおいだ。

それにどこからか錆びた鉄のようなにおいがする。

これは恐らく血の匂いだろう。

怪我をした冒険者がここに殺到したはずだし血が落ちていてもおかしくは無い。

「この辺りは特に異常はないようですね。」

「先ほど入った冒険者が掃除してくれたのかもしれませんが大丈夫そうです。」

「奥がどのようになっているのか一切わかりませんので慎重に行きましょう、前衛はお任せします。」

「曲がり角では指示をお願いします。戦闘が始まりましたら出来るだけ離れて御自身だけ守ることだけを考えてください。」

「わかりました。」

基本は逃げの方向で何とかなりそうなら戦うスタイルでいこう。

向こうが武器を持ち出したなら尻尾巻いて逃げる。

素手なら様子を見ながら戦う。

『作戦名:いのちをだいじに。』

これしかない。

モア君を先頭にゆっくりとダンジョンの奥へと歩みを進めた。

あまり曲がり角などは無いが今回は左手の法則に倣っていこうと思う。

しばらく進むも魔物や冒険者に出会うことなく、曲がり角も少ない。

まるで洞窟の一本道を歩いているような感じだ。

「誰も居ませんね。」

「そうですね、もっと混戦していると思いましたが・・・。」

ところどころに武器や道具が落ちているが恐らくこれは逃げ出した冒険者のものだろう。

その証拠に足元には血溜まりなどがない。

慌てふためいて命の次に大事な武器を落として逃げるなんてよっぽどのことだ。

「とりあえず進めるところまで進みましょう。曲がり角には印をつけていますので行き止まりの場合も大丈夫です。」

「わかりました。」

奥に進むにつれてだんだんと明かりが減っていく。

そしてとうとう設置されていた松明がなくなってしまった。

「松明はここまでのようですね。」

「ここで引き返したのか、はたまた松明が尽きたのか。」

「ですが道はまだありますよ。」

「では後者という事で先に進みましょう。松明を出してもらえますか?」

「わかりました。」

カンテラがあれば一番だが松明の場合は武器にも使用できるのでこういう場所では重宝する。

布でくるまれた棒を二本取り出し、火打石で着火する。

オレンジ色の光が再びダンジョンを照らし出した。

「予備はイナバ様がお願いします。半分ほど減りましたら交換しますので。」

ずらす事で少しでも寿命を延ばすのか、なるほど。

松明を前にかかげながら先程よりもゆっくりと進む。

ここまで魔物がいないとはいえ何時なんどき襲われるかわからない。

緊張の糸を緩めることはできなさそうだ。

しばらく進むと道が二股に分かれた。

さて、セオリーなら左だけど。

「ん、ちょっと待ってください。」

「どうしました?」

「魔物のにおいがします。」

魔物という単語を聞き思わず身構える。

いよいよやつらのお出ましか。

モア君が指差したのはセオリーの逆、右の道だった。

「においはするんですが妙ですね、声も音も聞こえません。」

確かにその通りだ。

においはわからないが、普通それがわかるぐらいの距離なら何らかの音がするはずだ。

もしくは鳴き声や唸り声などが聞こえてきてもいいはず。

それがきこえないというのは妙な話だ。

「死体のにおいって言うわけではないですよね。」

「仮に先いく冒険者が倒したのであれば血の臭いがするはずです。
ですがこれは、なんていうか糞尿のような匂いも混ざってよくわかりません。」

「これを避けて後ろから襲われるのもバカらしいですし、ここはいくしかないでしょう。」

「念のため松明はイナバ様がお持ちください。」

モア君は俺に松明を渡すと、腰につけた長剣をぬき下段に構えながらゆっくりと左の道を進み始めた。

後ろから照らせばそれだけ先が見えなくなるが、いきなり明かりを喪失するというリスクは避けられる。

そういう意味では非常に合理的だ。

前進するにしたがって俺の鼻にも魔物のにおいというものがわかりはじめた。

獣とも家畜とも違うにおい。

そこに堆肥のようなにおいもまざってくる。

いったいこの先に何があるというんだろうか。

臭いがどんどんときつくなり、我慢も限界に達しかけたそのとき、前をいくモアくんが急に立ち止まった。

「どうし・・・。」

聞こうとしたのをモア君が手で制止する。

そして後ろ手に何かを探すように手を開け閉めした。

松明を寄越せってことか?

俺はその手に松明を握らせる。

すると松明を受け取ったモア君がゆっくりと前を照らし出した。

そこには人が入れるぐらいの金属製の檻がいくつも置かれ、中に何かが入っているのがわかる。

まさかこの中に?

松明の明かりがゆっくりと前を照らしていく。

俺の目に映ったのは檻の中で繋がれた魔物の姿だった。

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