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第六章

不穏な気配

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陽はまだ高いがもう少しすれば森の木々に隠れてしまうだろう。

このまま夜になってしまえばどこから魔物が襲ってくるかわからない。

そうなる前になんとか目的地につかなければ。

そう思ってはいるものの、足はうまく進まず焦りだけがつのっていく。

ここはサンサトローズ西方常霧の森。

常に霧が立ち込め、鬱蒼とした木々や足草が侵入者の足を鈍らせる魔物達の領域。

そんな場所を俺は歩いていた。

「大丈夫ですかイナバ様。」

「大丈夫ではありませんが、これ以上皆さんに遅れるわけにはいきませんので。」

重たい足を無理矢理動かして先頭を歩く冒険者の集団を追いかける。

俺の護衛として横を歩いているモア君には荷物持ちまでさせているのが申し訳なくなるが、これ以上遅れれば魔物の出る森で彼と二人きりになってしまう。

俺が普通に戦えるのであれば何も問題はないが、所詮はただのオタクサラリーマン。

武器を持っていても使い手が雑魚なら意味はない。

「冒険者の話ではもう少しで目的の場所のようですのでそれまで頑張ってください。」

「できるだけ善処します。」

騎士団での会議の後冒険者ギルドに戻った俺たちは、教会から派遣された癒し手と呼ばれる皆さんと共に目的地である常霧の森へと向かった。

はじめこそ街道を進むため特に遅れることなく疲れもさほどない状況でついていけたのだが、森の中に入った途端にペースがガタッと落ちてしまった。

遅れを取り戻そうとあせればあせるほど余計な部分に力がかかり無駄な体力を消費してしまう。

足元が滑りやすく、満足に踏ん張れないのも影響しているだろう。

そして何より俺には体力がなかった。

いや、威張るような事ではないのはわかっているんだけど、まさかこれほどまでにこの世界の人達と体力が違うとは思っていなかった。

目の前を歩く癒し手と呼ばれる人は簡単に言えば僧侶だ。

女性ばかりだからシスターと呼ぶ方がいいのかな?

普段は教会の中で作業にあたり鍛えているようには見えないのだが、俺の何倍も体力があるようだ。

30を過ぎてから極端に体力が落ちたとはおもっていたけれどまさかこれほどとは。

アウトドア用の靴とかがあればまだましだったかもしれないなぁ。

どこかの世界には冒険者の為の靴を作っている人がいるって何かで読んだ気がするんだけど、あれが手にはいるのなら欲しいよな。

それから歯を食いしばって歩くこと半刻程。

急に視界がひらき、広場のような場所に出た。

そこには大型のテントが立てられ、多くの人が忙しそうに作業している。

そして、その奥に見えるのが・・・。

「あれがダンジョンの入り口ですか。」

ぽっかりと空いた穴がひとつ。

森と広場の間に大きな岩が置いてあり、その中央にぽっかりと穴が開いている。

人工的に見えなくもない。

違和感のある場所におかれた岩に取って付けたような穴。

ダンジョンらしき物があると言う情報だったからもっと分かりにくいものかと思っていたけど、まさかこれほどまでにTHEダンジョン!な見た目をしているとは思っていなかった。

「恐らくそのようですね。」

大きく息を吐き、緊張を緩める。

そのとたんに身体中からドッと汗が吹き出してきた。

あー、肌着替えたい。

着替えはあるけど着替える場所はなし。

男なんでどこでもいいっちゃあいいんですけど、一応人の目があるんで。

今のうちに隅の方で着替えれば良いか。

「イナバ様お待ちしておりました!」

前言撤回、着替える時間はないようです。

どうもありがとうございました。

汗だくの俺を迎えたのは物資を積んだ部隊と共に先行していたティナさんだ。

同じ行程を歩いている筈なのに疲れているように見えない。

いや、そもそも疲れてすらいないか。

さすが元冒険者。

持っているポテンシャルが違う。

「お待たせして申し訳ありません。」

「先ほど設営を終えたばかりですので。あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫といいたい所なんですが、さすがに少し堪えますね。」

「あちらに席を準備していますのでそちらでお休み下さい、すぐに飲み物をお持ちします。」

世話を焼かれなければならないほどに憔悴して見えるのだろうか。

だが今はそんな事を気にする余裕もなくとりあえず用意してもらった席に腰掛ける。

座った瞬間に立ち上がることが出来ないぐらいの重圧を体全体に感じた。

あー、もう動けない。

根を張っております。

「そんなに疲れているように見えますか?」

「失礼ながらかなりお疲れのように見えます。」

「実際疲れているので仕方ないんですけど、あそこまで心配されるほどとは思わなくて。」

「これから忙しくなりますので今は休んでおかれるほうが良いと思います。」

「そうさせてもらいます。」

動きたくても動けません。

ここはおとなしく休憩させてもらうとしよう。

「お待たせしました。」

ティナさんが持ってきてくれた水を一気に流し込み一息つく。

あー、生き返る。

「お手数をお掛けしました。」

「忘れていましたがイナバ様は冒険者では有りませんでしたね。」

「偉そうに話をしていますがこう見えてただの商人なんです。」

ただの商人だけど今回の最高責任者兼最高司令官でもある。

それがこの状況じゃ先が思いやられるってものだ。

「偉そうだなんて、うちのバカ上司と比べたら全然です。」

「そういえばギルド長の姿が見えませんが・・・。」

「先行している冒険者と共に中に入ったようでまだ戻ってきていません。このまま戻ってこなくても良いんですけど。」

心の声が駄々漏れですよティナさん。

「戻ってこられたら中の状況がわかるので戻ってきてほしい所ではあります。」

「戻ってくるのは冒険者の方だけで十分です。魔物に食い殺されてたほうがギルドは安泰なんです。」

横を通りがかったギルドの関係者が強く頷きながら去っていく。

よっぽどなんだな。

まぁ、俺も経験はあるから気持ちはわからなくもない。

出張に出たまま帰らなければと何度思ったことか。

「とりあえず、情報を整理しましょうか。」

「すぐに関係者を手配します。」

文句を言い出すときりがない。

とりあえず今は仕事をして負の感情を流してしまうとしよう。

「モア君には申し訳ないんですが別のことを頼んでも良いですか?」

「自分で出来る事でしたら喜んで!」

「周辺を警戒している冒険者から話を聞いてきて欲しいんです。できれば、魔物に関する情報を重点的に。」

「ですが、その辺りも今から話されるのではないのでしょうか。」

確かに普通の情報なら入ってくるだろう。

だが、今回は中を攻略してはじめて報奨金をもらえるシステムだ。

周辺の警戒にお金が出るとはいえあまり実入りの良いものではない。

冒険者としてはお金にならない事はあまり話したがらないだろう。

そこで俺の登場というワケだ。

なぜだか俺は冒険者から尊敬されているらしい。

今回はそこを利用して情報を収集したいと思う。

「ギルドに対してあまり良い感情を持っていない人も居ますので・・・。その分私は部外者みたいなものですし何故か一目置かれているようですから。」

「可能性はありますね。」

「一応これを渡しておきます。渋るようでしたら渡してあげてください。」

そういってポケットから銀貨を5枚ほど取り出す。

「賄賂ですか?」

「正当な情報には正当な対価が必要だと思いませんか?」

「それならギルドに情報を流して正当な対価を得るべきです。」

「そうしない事情が彼らにもあるのでしょう。使用するかどうかはモア君に任せます。」

「わかりました。」

騎士団に入るぐらいだ、正義感の強い彼に任せる仕事ではなかったかもしれない。

だが今の俺には彼しか味方が居ないので致し方ないだろう。

「お待たせいたしました・・・。あれ、護衛の方は御一緒ではないのですか?」

「彼には別の仕事をお願いしていまして、大丈夫です話を進めましょう。」

「わかりました。」

俺の右隣にティナさんが座り、他に3人合計4人がそれぞれの席に付く。

一人は一緒に来た癒し手の方、もう一人はおそらくギルド関係者、それでもって冒険者という感じか。

「では自己紹介からはじめましょうか。こちらは教会から派遣された癒し手のジルさん。こっちがギルド職員のグラン、そして上級冒険者のガンドさんです。」

バッチリじゃないですか。

さすが俺。

「忙しい中集まっていただいて恐縮です。今回ここの総指揮を任されましたイナバ=シュウイチです。時間が有りませんので簡潔にすすめていきたいところですが、ティナさんお願いして良いですか?」

それぞれが簡単に会釈をしてくれる所を見ると嫌われている感じでは無さそうだ。
「では現状わかっていることから報告いたします。ダンジョン発見から探索に切り替わり半日、今の所内部からの情報は何一つ上がっていません。ダンジョンが深いのか何か問題があったのかはまだわかりませんが、情報待ちの状況です。」

「何一つですか。」

「はい、まだ誰も出てこないんです。」

それはそれでどうかと思うけど、中の人からしたら拠点が出来てるとは思わないから仕方ないか。

「後発の冒険者はどんな感じですか?」

腕を組み話を聞いていた屈強そうな男性冒険者、確かガンドさんだっけ?

そっちから聞くほうが早そうだ。

「ガンドだ、噂に名高いイナバ殿と仕事が出来るなんて光栄だね。」

「噂は所詮噂です、私はただの商人ですよ。」

「実力のある人間ほど自分の功績を否定するものだ。それで冒険者の件だがさっきも聞いたように先発隊は今だ戻ってきていない。俺の所はここの警備と周辺警戒で中に潜ってはいないが中に入った連中の実力を考えれば少々おかしいとは思っている。」

ふむ、やはり何かおきてると考えるべきか。

「後続の冒険者はもう中に?」

「ここの警備に残っている連中以外はもう中に入って探索を続けている。といっても先に入った連中を追いかけるよりかは生存者の捜索に力を入れているような感じだな。冒険者としては癒し手も呼んでくれて感謝してもたりないぐらいだ、これもアンタの差し金なんろ?」

いえ、ププト様です。

まぁ流しておこう。

「怪我をするのが仕事だとは思いますが、怪我をしっぱなしというのはどうかと思います。それに、これだけ長いこと失踪しているのであれば失踪者の状況が良くない事は誰にでもわかりますからね。」

「それでも俺達みたいなハグレ者達のことを考えてくれるだけでも有り難い。冒険者を代表して礼を言わせて貰おう。」

そういうとガンドという冒険者は立ち上がり俺に向かって深々と頭を下げた。

どう見ても俺よりも年上。

上級冒険者というぐらいだから実力もかなり高い人だろう。

野蛮な感じは無くむしろ知的な感じもする。

こういう場で発言できるぐらいだから、人間としてもしっかりしているのだろう。

そんな人が全く出会った事もないただの商人に向かって頭を下げるというのはとてもすごい事なのではないだろうか。

「頭を上げてくださいガンドさん。私は貴方に頭を下げられるほど偉い人間ではない。それに癒すのは私ではなくこちらに居る癒し手の方々ですからこちらの皆さんにお礼を言うべきですよ。」

「私達は傷ついた人を癒すのが仕事です。普段は教会で仕事をしておりますので冒険者のような方を癒す事はできません。本当に癒しを必要としている彼らを癒す事ができない私達に彼らを救う機会をおあたえいただいたことに感謝いたします。」

「冒険者は教会に行かないんですか?」

「教会に行く冒険者なんざほとんどいねぇよ。そこの姉ちゃんには悪いが教会は金がかかりすぎる。俺達はともかく中級以下の冒険者は一生かかっても縁がない場所だろうな。」

話ではよく聞くがここでもやっぱりそうなのか。

元の世界だったら弱い人のそばに寄り添うのが教会みたいな考えを持っていたけど実際にはそうじゃないのかな?

「それに関しては私のような身分では何もお話できません。ただ言えるのは教会はどんな人のためにも開かれた存在であるという事だけです。」

「金のある奴にだけ、だろ?」

「どんなものでも結構です、寄付という形で神への誠意を見せていただければ私達は喜んでこの力をお貸しいたしましょう。」

「けっ、そう言いながら金のある奴から順番に見ていくじゃねぇか。」

あー、うん。

これは良くない。

次にいこう次に。

ガンドさんと話ながらも表情1つ変えないのは今日から派遣されたジルさん。

法衣だろうか、紺色のローブに何かの模様が描かれている。

美人というか表情が冷たいというか。

少し怖そうだ。

「あー、無知を承知でお聞きしますが癒し手の皆さんはどこまでの傷なら治せるのでしょうか。えっと、ジルさん。」

「部位欠損までなら現物をお持ち頂ければ結合できます。ですがくっつけるものがなければさすがに復元する事ができませんので止血のみになるかと。」

「あればくっつく?」

「潰れていても難しいですね。鋭利に切断されている場合は間違いなく結合できます。」

あー、うん。

想像したらダメだ。

とりあえず残ってればオッケーという事で。

「衰弱状態はどうでしょう。」

「受ける側にある程度の体力が残されていれば癒す事が可能でしょう。ですが、耐えられないほど弱っている場合は手の施しようが在りません、癒しも万能ではないんです。」

「長期間の失踪で体力低下や病気の可能性は高いと思いますが、救助者はどういう風に処置していきますか?」

「それに関してはこの奥に救護テントを準備していますので、ギルドの医療班が怪我の状況に応じて仕分けします。冒険者の傷も癒し手さんの手を借りなくてもいい場合はこちらにおまかせください!」

そう答えたのはギルド関係者のグロスさんだ。

「ギルド内にも救護班があるんですね。」

「癒し手さんのようにくっつけることは出来ませんが骨折や裂傷などの命に関わらない傷はお任せ下さい。今回は経費も出ますのでポーションもいっぱい準備しています!」

「そいつは有り難いな。」

「ちょっと、いらない事は言わなくていいの!」

ティナさんに怒られるもあまり懲りていない感じのグランさんだ。

ポーション使うにもお金がかかるし、経費が潤滑にあるというのは非常にいいことだな。

それで助かる冒険者も多い事だろう。

もしかしたら俺も御厄介に・・・いや、何も言うまい。

「周辺の調査から何か情報はつかめていますか?」

「ギルドで把握しているのは周辺で確認された足跡が二足歩行の魔物という事だけですね。何度か魔物の襲撃はありましたが元々ここに生息している魔物がたまたまここに来たというだけで真新しいものは何も有りません。」

「別の場所で冒険者が夜営した跡を発見したが、めぼしいものは無かったな。」

「そうですか。ということは中から情報があがってこないことには打つ手無しですね。」

「後続の皆さんが何かしらの情報を持ち帰ってくださるとは思っているのですが、今は救護の準備などをするぐらいです。」

「そちらに関しては私達もお力添えいたします。教会から薬品も持参しておりますので御提供させていただきます。」

「それはありがとうございます!ギルド長がケチで数が心許無くて・・・。」

チラっとティナさんを見るグランさん。

上司の話になると何も言わない所を見ると、悪口は問題ないようだ。

「ではとりあえずは情報待ちということで、皆さんお忙しい中ありがとう御座いました!」

このまま待っていてもいつになるかはわからない。

俺と違って何かと忙しそうな人をここに置いておく理由は無いだろう。

4人は席を立つとそれぞれの持ち場へと戻っていった。

「さてっと、あとはモア君の帰還待ちだけど・・・。」

「もう終わられましたか?」

「って、戻ってきてましたか。」

「入ってはいけないと思い外で待機しておりました!」

律儀だなぁ。

「お願いしていた情報はどんな感じでしたか?」

「特にめぼしい情報はありませんでした。足跡が二足歩行の魔物の物でそれが複数存在しているという事。失踪者は夜営中に襲われていて争った形跡が無い事。あとは魔術を使用した形跡があったぐらいでしょうか。あ、これお返ししておきます。」

モア君が預けていた銀貨を返してくれた。

その数5枚。

「使用しなかったんですね。」

「皆さんイナバ様の名前を出すと喜んで教えてくださいました。少し抵抗されましたが特に問題なく情報収集できています。」

「・・・抵抗されたんですか?」

「出すものを出せといわれましたので拳でお支払いしています。いけませんでしたか?」

「いえ、お手数をお掛けしました。」

平和そうな顔して案外やることえげつないな。

「イナバ様からお金をせびろうなんて考えが間違っているんです、彼もいい教訓になったでしょう。」

俺は別にそこまでしろとは言っていないんだけどなぁ・・・。

まぁ、本人がそれで行くならいいか。

俺は何も聞いていません。

うん、そういうことにしておこう。

「先ほどの会議はいかがでしたか?」

「こちらも特にこれといった情報はありませんね。責任者の方と顔合わせをして現状を確認したぐらいです。むしろモア君の情報の方が十分価値がありますよ。」

「そうですか?」

「夜営時の襲撃と魔術の件は報告がありませんでした。冒険者が報告する必要が無いと判断したかはわかりませんが重要な情報です。」

魔術の使用に関してはなんともいえないが、相手が使用してくる可能性があるとわかっただけでも情報の価値は高い。

それと、夜営中とはいえ複数の冒険者を抵抗無く連れて行ったことにも何か裏がありそうだ。

例えば強制的に動けなくするとか眠らせるとかだ。

そもそも本当に魔物が相手かすら判明していないのだ。

足跡から二足歩行の魔物「だろう」という所までは判別しているが、彼らがやったという証拠はどこにも無い。

むしろ魔術を使用した形跡から別の誰かが糸を引いている可能性も高まったわけだ。

そもそもなんで冒険者をさらうんだ?

理由は?

それすらわかっていないのだ。

今回の探索、ただの失踪事件と勝手に決め付けるのは良くないような気がするなぁ。

「イナバ様のお役に立てたようなら何よりです。」

「今回の探索は簡単には終わらない可能性があります、少し気を引き締めていかなければならないかもしれません。」

「イナバ様は何があってもお守りします、ご安心下さい。」

「頼りにしています。」

今頼りになるのは彼だけだ。

願わくば何事も無いように祈るだけなんだけど・・・。

「どうした何があった!」

頭から血を流した男がダンジョンから転がりだしてくる。

頭だけじゃない全身に血がついており、それが彼のものなのか返り血なのか判別が付かない。

「他の奴らはどうした!」

中から出てきた男がガンドさんに一言二言と話すと、そのまま意識を失ったように崩れ落ちた。

「くそ、癒し手早く来てくれ!」

先ほどまで穏やかだった拠点が一気に緊張する。

何がおきたかわからない。

わからないが何か良くない事が起きているのは間違いないようだ。

何事もないようになんて、やっぱり無理ですよね。
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