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第六章
同志として。
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あっけに取られる面々の顔を見ているとなんだか可笑しくなってしまい、思わず笑いそうになる。
だがこんな大切な場で吹き出すわけにもいかないので、咳払いをして何とかごまかした。
いい年した大人がなんて顔をしているんだか。
「よくわからないんだがどういうことだ?」
「至極簡単な事ですよ、ププト様。この場で話し合うには南方の集団暴走はあまりにも大きすぎるのです。」
「大きすぎるというのはどういうことだ?」
「すみません、中途半端な言い方でしたね。ここで扱うには『話の規模』が大きすぎるのです。3000匹も越える魔物の集団暴走を地図も無く情報も無い状態で話し合うなど不可能です。もっと時間をかけて情報収集をし、人を動かすだけの責任を持った人間がいなければ作戦の立案すら出来ません。ここで今話し合うのはただの机上の空論でしかない。」
これは戦争と同じだ。
相手が人ではなく魔物なだけで、やり合おうとしている規模は戦争と何も変わらない。
多くの敵と戦うのならばそれに比例するぐらいに多くの情報が必要になる。
その情報が何一つ入ってこないようなこの場所で話し合おうということそのものがナンセンスだ。
「確かにその通りだがそうしている余裕が無いのも事実だ。現在こちらへ向かっている魔物は後3日もすれば最初の村を餌食にするだろう。それから二日もすればこの場所に到着する。たった3000の魔物であれば城壁を閉じれば対処できるが、それでは他の村々を全て犠牲にしなければならない。そのような事は断じて許されんのだ。」
「確かに犠牲を出さずに対処出来れば一番です。ですが、それだけの魔物を相手にそれを成すのは不可能ではありませんでしょうか。」
「私の辞書に不可能の文字はない、といいたい所だが実際はそうではない。だがその不可能を可能にしなければ領民はまた魔物の恐怖から逃れる事ができなくなる。これはこれより100年先に生きる領民の為の戦いなのだ。」
村が破壊されれば再び村を作り直せばいいだけだ。
だが、再び破壊されるとわかってそこに住もうと思う者がどれだけいるだろうか。
多くのものは魔物を恐れて別の場所に移ってしまう事だろう。
そうなれば領土はどんどんと荒廃していく。
ププト様はその負の連鎖をここで断ち切りたいのだ。
もちろん今後も集団暴走が起きるのは間違いない。
だが、一度でもそれを退け村を守ったという事実が出来ればそれは人々の希望になる。
前例をつくりたいのだ、この人は。
だが、その気高い理想も実行しなければ所詮は絵空事に過ぎない。
それに、そうする為にはもっと情報が必要になるだろう。
現状でそれを叶えるのはどう考えても不可能だ。
「恐れながら、それだけの思いでこの問題に対処されるのであればそれこそ今は待つべきです。」
「何故だ!刻一刻と奴らは迫ってきているのだぞ、今ここで立ち止まっている時間などないはずだ。」
「だからこそ待つんです。闇雲に策を講じた所でそれが外れれば被害は甚大なものになります。1日、あと1日だけ情報を集める事にお時間を下さい。集団の規模、魔物の種類、通過地点、どんなものでも結構です。情報を集めれるだけ集め、しかるべき人間にその情報をお伝え下さい。必ずやその人はププト様の思いに答えてくれるでしょう。」
「それは命令か?」
「領民を思う同志としてのお願いで御座います。」
ププト様は腕を組み深く考えるように下を向く。
長い沈黙が続いた。
とてもとても長く、永遠とも思えるような時間が過ぎていく。
誰もが息を呑み、次の言葉を待った。
しゃべりすぎて喉がからからだ。
水が欲しい。
少ない唾液を空気と共に飲んだときにごくりと喉が鳴った。
その音と同時にププト様の顔がこちらを向き、立ち上がった。
「そなたは集団失踪を二日で解決させてみよ。」
「出来る限りの事はさせていただきます。」
「至急騎士団に遣いを出せ、『今日明日を使い集められるだけの情報を収集せよ』と騎士団長に伝えろ。」
「かしこまりました!」
騎士団側の人間がすばやく立ち上がり、大急ぎで部屋を後にする。
「残されたものは集団失踪事件の指揮を取れ、今日中にサンサトローズ中の冒険者に情報を流し最優先で部隊を編成、探索を実行させろ。報酬は惜しむな、冒険者の意地を見せてみろ!」
「お任せ下さい!」
騎士団員同様に大急ぎで部屋を後にする。
残された人間も騎士団ギルド関係なく対応策を話し合っている。
まだ陽は高い、うまく行けば今日中に何らかの情報がここに届けられる事だろう。
「もう一度聞くが、私の下で働くつもりはないか?」
「ガスターシャ様にも同じ事を言われましたが、謹んで辞退いたします。」
「あの女狐め、やはり声をかけていたか。」
「私の使命が果たされたときにもう一度お声掛け下さいとお話しています。もちろん、ププト様の了承を取ってからですがね。」
「まったく、ここまで私をコケにしたのはお前が初めてだ。」
「滅相もない、ここにいるのは同じ志を持つ仲間ですよ。」
「どの口がそれを言うか、まったく末恐ろしい奴だなお前は。」
お互いにニヤリと笑い合う。
その瞬間、緊張の糸が解けあまりのダルさに机に手を突いてしまう。
「どうぞお座り下さい。」
いつの間にかやってきたテナンさんがそっと椅子を用意してくれた。
ありがたい。
今座ると椅子から離れる事が出来なさそうだが、そんな事はどうでもいい。
今は休みたいよ。
「イナバ様、お水をどうぞ!」
「あぁ、すみませんありがとう御座います。」
「感動しました、あんなにバラバラだった偉い人たちがイナバ様の言葉で一つにまとまっていくなんて信じられません!」
「ププト様が信頼されているからこそ皆さんああやってすぐに動けるんですよ。」
「何を言うか、お前の言葉で全員威圧されてしまっていたではないか。」
失礼な。
威圧していたのは貴方ですよ。
「私はただ、全員が同じ目標に向かって戦うべきだと話しただけです。一人一人がバラバラでは簡単な魔物すら倒す事はできませんからね。」
「それで、少し気になったのだが点と面の関係とは何なのだ?」
え、貴方がそこに食いつくの?
今はしんどくて話をしたくないんだけど。
「それに関してはモアが教えてくれるそうです。」
「えぇ、私がですか!」
「同じ考えを持つ仲間ではないか、御教授願えないだろうか。」
「先ほど私が話したことを言うだけですから大丈夫ですよ。」
「そ、そんな自分のような者が御教授だなんて。」
新兵を弄る最低なやり取りだが、今はそれぐらいの茶目っ気があるほうがいいんだ。
モア君には申し訳ないが犠牲になってもらうとしよう。
「えぇっとですね、そもそも騎士団と冒険者はですね・・・。」
しどろもどろになりながらも一生懸命に説明するモア君を横目に、俺はしばしの間意識を手放すのだった。
結局この日はそのまま館で缶詰となり、随時入ってくる情報の整理に明け暮れるたのだった。
コボルトの集団暴走は夕刻には討伐されたらしい。
何でもティナさんが通常の二倍の報奨金で初心者冒険者をかき集めたとか。
ギルド長はいい顔をしなかったそうだが、その後すぐにププト様名義で高額のクエストが貼り出され報奨金もププト様が出すとわかった後は、掌を返すようにギルド関係者や冒険者に指示を出し始めたそうだ。
まったく、現金な奴だ。
でもまぁその甲斐あってコボルトの集団は討伐されたわけだから、決して使えない上司というワケではないようだな。
後は高額報奨金で呼び込んだ上級冒険者が3組と中級冒険者が6組。
それぞれ上級1中級2の合計3組編成で常霧の森へ派遣しているのでその報告待ちというワケだ。
早ければ今日中、遅くても明日の昼には何らかの情報を持って帰ってくると信じている。
もちろん魔物に襲われて脱落しないとも限らない。
だが、さすがに上級と呼ばれるの冒険者集団だそんなヘマはしないだろう。
今は来客用の部屋を貸してもらったのでそこで休憩中だ。
護衛についてくれたモアには騎士団の情報収集もかねて一度帰還してもらっている。
明日の朝一で戻ってくる約束になっている。
部屋には俺一人。
この世界に来てもしかして初めてか?
エミリアもシルビア様もユーリもニケさんもいない。
一人で迎える夜だ。
よし、華の独身生活猫目館で豪遊だ!
なんて出来るはずがない。
なぜなら昨日アレだけの事をやらかしたのだ、現在絶賛閉鎖中である。
ちょっともったいないとか思ってない、思ってないからな!
「腹減った。」
作戦本部(俺が命名)で軽い食事は取ったものの本格的な食事を取り損ねていた。
幸い着替えなどはエミリアが準備してくれた荷物に入っていたので何とかなるが、残念ながら食料は入っていなかった。
テナンさんに言えば何か出てくるかな。
正直一度部屋を出てしまえば迷子になれる自信がある。
それぐらいに広いのだ、ここは。
「ダメだ、耐えられん。」
俺は意を決して部屋の外に出た。
廊下には魔灯が設置されており思っていたよりも明るい。
シルビア様の家もこんな感じだったっけか。
帰る部屋がわからなくならないようにドアに布を引っ掛けておき、フラフラと館の中を歩き出す。
壁には良くわからないがすごい絵が飾ってあったり、廊下には高そうな花瓶が置いてあったりする。
お、これが噂の領主の肖像画か。
夜な夜な目が動いたりするって奴だよな。
あれ、ちがったっけ?
しばらく進むと下り階段に出た。
という事はこれを降りて、エントランスに抜ければ食堂までいけるんじゃね?
後ろから鋏男が出てきそうなシチュエーションではあるがビビッている場合ではない。
このままでは空腹で死んでしまう。
そのまま階段を下りると予想通りエントランスに出た。
という事は、玄関とは反対側の通路を進めば目的の台所というワケか。
誰かいるといいなぁ。
誰もいなかったら目の前にあったとしても食べる事ができない。
なんという苦行!
俺はそこまでマゾじゃないぞ。
でもこのままここにいてもおんなじか。
ならば一縷の望みにかけるまで!
確かこっちの道を行けば・・・。
「そこにいるのは誰だ!」
「し、失礼しましたー!」
奥へ向かおうとした瞬間に誰かに見つかってしまい思わず謝ってしまう。
これって日本人の癖だよな、癖。
すぐ謝っちゃうやつ。
「何だイナバ殿か。」
「ププト様でしたか。」
「どうしたこんな時間に。まだギルドからはダンジョン発見の知らせは来ておらんぞ?」
「あ、そうですか。」
「上級冒険者が同行しておるのだ、安心して待っているが良い。」
「出来れば今日中に見つかってくれれば明日の朝から対応できるんですがね。」
「この時間だと難しいだろうな。彼らもわざわざ夜に行動する事はないだろう。」
それはまぁ、わかっているんですけど。
「明日は今日よりももっと忙しくなるぞ。早く休んで英気を・・・。」
早く部屋にもどれといわれそうになった瞬間、どこかで聞いたことのある音がププト様から聞こえてくる。
はて、この音は確か腹の虫が鳴らすという噂のやつでは?
「もしや、ププト様も目的の場所は同じではないですか?」
「まさかイナバ殿もか。」
「恥ずかしながら私もです。」
「ならばバレても共犯というワケだ、一人で逃げるなよ?」
「同志ですから望む所です。」
よくわからないが二人の利害は一致したようだ。
領主様でありこの館の主でありながら何故こんなにコソコソしているのだろうか。
もっと堂々と食べに行けば良いのに。
まぁ事情があるんだろう。
抜き足差し足忍び足でやって来たのは先日お邪魔した巨大な食堂。
ププト様に連れられて向かうはさらに奥にある厨房だ。
「最近テナンの目が厳しくてな、健康のためと言って食事の量を減らされておるのだ。あれだけで満足できるわけがない。」
「心中お察しします。」
「頭を使えば腹が減るというものだ、そうであろう?」
「仰る通りです。」
「たしか今日は陰日前の備蓄用食材が大量にあるはずだからな、少しぐらい減ってもバレはしないだろう。」
あー、うん。
確かにそうだ。
大量に備蓄してるに違いない。
だがそうだからと言って食材にありつけるかどうかと言われるとそれはまた別のようでして。
「パンでしたら左の棚にございますよ。」
「左、あったここだな。」
「そのまま右の棚に向かえば干し肉が吊るしてあります。」
「干し肉か、ワインがあれば最高なんだが。」
「ワインでしたら軽めのものがよろしゅうございますね。」
「それがいいだろう・・っておい!何故ここにテナンがおるのだ!」
先程から棚を物色するププト様に助言を出していたのは、何を隠そうテナンさん本人だ。
「夕食が少ないとのことでしたので僭越ながら私めがご準備しておりましたところ、イナバ様を道連れにこちらへやって来ましたプロンプト様をお見かけしましたのでお手伝いをさせていただきました。」
「道連れとは人聞きの悪い、共同戦線だ。」
「左様でございましたか。ですがイナバ様はお客様でございますのでどうぞお部屋でお待ちください、後でお夜食をお持ちいたします。」
「あ、ありがとうございます。」
それはありがたい、ありがたいのだがププト様はどうされるのだろうか。
「では私の分も頼むぞ。」
「何を仰っておられますのやら。あれほど間食はお控えくださいと言われているのにも拘わらず、このようなことをなさるお方には一度しっかりとお話しなければなりませんね。」
「何故だ!何故私だけがそのような目に遭わねばならんのだ!」
「イナバ様は大切なお客様、おもてなしするのが私の務めでございます。」
「ならば主人である私にも同じようにするべきであろう!」
「我が主人だからこそ、健康でいてもらわねば困ります。それに、主人ではございますが言いつけを守れないのであればそれを正すのが執事の役目。奥様からもきつく言われております故どうかお覚悟ください。」
「あいつが死んでどれだけたつと思っている。おい、ちょっと待て、話せば、話せばわかる!」
執事に引っ張られ館の奥へと消えていく主人。
その後彼の行方を知るものは・・・以下略。
「やめろーーーー!」
サンサトローズにこの人有りと謳われるプロンプト様。
だが真の支配者はもしかするとあの人なのかもしれない。
今宵、領主の悲しい叫びが街にこだましたとかしなかったとか。
あ、お夜食はボリュームもあり大変美味しゅうございました、まる。
だがこんな大切な場で吹き出すわけにもいかないので、咳払いをして何とかごまかした。
いい年した大人がなんて顔をしているんだか。
「よくわからないんだがどういうことだ?」
「至極簡単な事ですよ、ププト様。この場で話し合うには南方の集団暴走はあまりにも大きすぎるのです。」
「大きすぎるというのはどういうことだ?」
「すみません、中途半端な言い方でしたね。ここで扱うには『話の規模』が大きすぎるのです。3000匹も越える魔物の集団暴走を地図も無く情報も無い状態で話し合うなど不可能です。もっと時間をかけて情報収集をし、人を動かすだけの責任を持った人間がいなければ作戦の立案すら出来ません。ここで今話し合うのはただの机上の空論でしかない。」
これは戦争と同じだ。
相手が人ではなく魔物なだけで、やり合おうとしている規模は戦争と何も変わらない。
多くの敵と戦うのならばそれに比例するぐらいに多くの情報が必要になる。
その情報が何一つ入ってこないようなこの場所で話し合おうということそのものがナンセンスだ。
「確かにその通りだがそうしている余裕が無いのも事実だ。現在こちらへ向かっている魔物は後3日もすれば最初の村を餌食にするだろう。それから二日もすればこの場所に到着する。たった3000の魔物であれば城壁を閉じれば対処できるが、それでは他の村々を全て犠牲にしなければならない。そのような事は断じて許されんのだ。」
「確かに犠牲を出さずに対処出来れば一番です。ですが、それだけの魔物を相手にそれを成すのは不可能ではありませんでしょうか。」
「私の辞書に不可能の文字はない、といいたい所だが実際はそうではない。だがその不可能を可能にしなければ領民はまた魔物の恐怖から逃れる事ができなくなる。これはこれより100年先に生きる領民の為の戦いなのだ。」
村が破壊されれば再び村を作り直せばいいだけだ。
だが、再び破壊されるとわかってそこに住もうと思う者がどれだけいるだろうか。
多くのものは魔物を恐れて別の場所に移ってしまう事だろう。
そうなれば領土はどんどんと荒廃していく。
ププト様はその負の連鎖をここで断ち切りたいのだ。
もちろん今後も集団暴走が起きるのは間違いない。
だが、一度でもそれを退け村を守ったという事実が出来ればそれは人々の希望になる。
前例をつくりたいのだ、この人は。
だが、その気高い理想も実行しなければ所詮は絵空事に過ぎない。
それに、そうする為にはもっと情報が必要になるだろう。
現状でそれを叶えるのはどう考えても不可能だ。
「恐れながら、それだけの思いでこの問題に対処されるのであればそれこそ今は待つべきです。」
「何故だ!刻一刻と奴らは迫ってきているのだぞ、今ここで立ち止まっている時間などないはずだ。」
「だからこそ待つんです。闇雲に策を講じた所でそれが外れれば被害は甚大なものになります。1日、あと1日だけ情報を集める事にお時間を下さい。集団の規模、魔物の種類、通過地点、どんなものでも結構です。情報を集めれるだけ集め、しかるべき人間にその情報をお伝え下さい。必ずやその人はププト様の思いに答えてくれるでしょう。」
「それは命令か?」
「領民を思う同志としてのお願いで御座います。」
ププト様は腕を組み深く考えるように下を向く。
長い沈黙が続いた。
とてもとても長く、永遠とも思えるような時間が過ぎていく。
誰もが息を呑み、次の言葉を待った。
しゃべりすぎて喉がからからだ。
水が欲しい。
少ない唾液を空気と共に飲んだときにごくりと喉が鳴った。
その音と同時にププト様の顔がこちらを向き、立ち上がった。
「そなたは集団失踪を二日で解決させてみよ。」
「出来る限りの事はさせていただきます。」
「至急騎士団に遣いを出せ、『今日明日を使い集められるだけの情報を収集せよ』と騎士団長に伝えろ。」
「かしこまりました!」
騎士団側の人間がすばやく立ち上がり、大急ぎで部屋を後にする。
「残されたものは集団失踪事件の指揮を取れ、今日中にサンサトローズ中の冒険者に情報を流し最優先で部隊を編成、探索を実行させろ。報酬は惜しむな、冒険者の意地を見せてみろ!」
「お任せ下さい!」
騎士団員同様に大急ぎで部屋を後にする。
残された人間も騎士団ギルド関係なく対応策を話し合っている。
まだ陽は高い、うまく行けば今日中に何らかの情報がここに届けられる事だろう。
「もう一度聞くが、私の下で働くつもりはないか?」
「ガスターシャ様にも同じ事を言われましたが、謹んで辞退いたします。」
「あの女狐め、やはり声をかけていたか。」
「私の使命が果たされたときにもう一度お声掛け下さいとお話しています。もちろん、ププト様の了承を取ってからですがね。」
「まったく、ここまで私をコケにしたのはお前が初めてだ。」
「滅相もない、ここにいるのは同じ志を持つ仲間ですよ。」
「どの口がそれを言うか、まったく末恐ろしい奴だなお前は。」
お互いにニヤリと笑い合う。
その瞬間、緊張の糸が解けあまりのダルさに机に手を突いてしまう。
「どうぞお座り下さい。」
いつの間にかやってきたテナンさんがそっと椅子を用意してくれた。
ありがたい。
今座ると椅子から離れる事が出来なさそうだが、そんな事はどうでもいい。
今は休みたいよ。
「イナバ様、お水をどうぞ!」
「あぁ、すみませんありがとう御座います。」
「感動しました、あんなにバラバラだった偉い人たちがイナバ様の言葉で一つにまとまっていくなんて信じられません!」
「ププト様が信頼されているからこそ皆さんああやってすぐに動けるんですよ。」
「何を言うか、お前の言葉で全員威圧されてしまっていたではないか。」
失礼な。
威圧していたのは貴方ですよ。
「私はただ、全員が同じ目標に向かって戦うべきだと話しただけです。一人一人がバラバラでは簡単な魔物すら倒す事はできませんからね。」
「それで、少し気になったのだが点と面の関係とは何なのだ?」
え、貴方がそこに食いつくの?
今はしんどくて話をしたくないんだけど。
「それに関してはモアが教えてくれるそうです。」
「えぇ、私がですか!」
「同じ考えを持つ仲間ではないか、御教授願えないだろうか。」
「先ほど私が話したことを言うだけですから大丈夫ですよ。」
「そ、そんな自分のような者が御教授だなんて。」
新兵を弄る最低なやり取りだが、今はそれぐらいの茶目っ気があるほうがいいんだ。
モア君には申し訳ないが犠牲になってもらうとしよう。
「えぇっとですね、そもそも騎士団と冒険者はですね・・・。」
しどろもどろになりながらも一生懸命に説明するモア君を横目に、俺はしばしの間意識を手放すのだった。
結局この日はそのまま館で缶詰となり、随時入ってくる情報の整理に明け暮れるたのだった。
コボルトの集団暴走は夕刻には討伐されたらしい。
何でもティナさんが通常の二倍の報奨金で初心者冒険者をかき集めたとか。
ギルド長はいい顔をしなかったそうだが、その後すぐにププト様名義で高額のクエストが貼り出され報奨金もププト様が出すとわかった後は、掌を返すようにギルド関係者や冒険者に指示を出し始めたそうだ。
まったく、現金な奴だ。
でもまぁその甲斐あってコボルトの集団は討伐されたわけだから、決して使えない上司というワケではないようだな。
後は高額報奨金で呼び込んだ上級冒険者が3組と中級冒険者が6組。
それぞれ上級1中級2の合計3組編成で常霧の森へ派遣しているのでその報告待ちというワケだ。
早ければ今日中、遅くても明日の昼には何らかの情報を持って帰ってくると信じている。
もちろん魔物に襲われて脱落しないとも限らない。
だが、さすがに上級と呼ばれるの冒険者集団だそんなヘマはしないだろう。
今は来客用の部屋を貸してもらったのでそこで休憩中だ。
護衛についてくれたモアには騎士団の情報収集もかねて一度帰還してもらっている。
明日の朝一で戻ってくる約束になっている。
部屋には俺一人。
この世界に来てもしかして初めてか?
エミリアもシルビア様もユーリもニケさんもいない。
一人で迎える夜だ。
よし、華の独身生活猫目館で豪遊だ!
なんて出来るはずがない。
なぜなら昨日アレだけの事をやらかしたのだ、現在絶賛閉鎖中である。
ちょっともったいないとか思ってない、思ってないからな!
「腹減った。」
作戦本部(俺が命名)で軽い食事は取ったものの本格的な食事を取り損ねていた。
幸い着替えなどはエミリアが準備してくれた荷物に入っていたので何とかなるが、残念ながら食料は入っていなかった。
テナンさんに言えば何か出てくるかな。
正直一度部屋を出てしまえば迷子になれる自信がある。
それぐらいに広いのだ、ここは。
「ダメだ、耐えられん。」
俺は意を決して部屋の外に出た。
廊下には魔灯が設置されており思っていたよりも明るい。
シルビア様の家もこんな感じだったっけか。
帰る部屋がわからなくならないようにドアに布を引っ掛けておき、フラフラと館の中を歩き出す。
壁には良くわからないがすごい絵が飾ってあったり、廊下には高そうな花瓶が置いてあったりする。
お、これが噂の領主の肖像画か。
夜な夜な目が動いたりするって奴だよな。
あれ、ちがったっけ?
しばらく進むと下り階段に出た。
という事はこれを降りて、エントランスに抜ければ食堂までいけるんじゃね?
後ろから鋏男が出てきそうなシチュエーションではあるがビビッている場合ではない。
このままでは空腹で死んでしまう。
そのまま階段を下りると予想通りエントランスに出た。
という事は、玄関とは反対側の通路を進めば目的の台所というワケか。
誰かいるといいなぁ。
誰もいなかったら目の前にあったとしても食べる事ができない。
なんという苦行!
俺はそこまでマゾじゃないぞ。
でもこのままここにいてもおんなじか。
ならば一縷の望みにかけるまで!
確かこっちの道を行けば・・・。
「そこにいるのは誰だ!」
「し、失礼しましたー!」
奥へ向かおうとした瞬間に誰かに見つかってしまい思わず謝ってしまう。
これって日本人の癖だよな、癖。
すぐ謝っちゃうやつ。
「何だイナバ殿か。」
「ププト様でしたか。」
「どうしたこんな時間に。まだギルドからはダンジョン発見の知らせは来ておらんぞ?」
「あ、そうですか。」
「上級冒険者が同行しておるのだ、安心して待っているが良い。」
「出来れば今日中に見つかってくれれば明日の朝から対応できるんですがね。」
「この時間だと難しいだろうな。彼らもわざわざ夜に行動する事はないだろう。」
それはまぁ、わかっているんですけど。
「明日は今日よりももっと忙しくなるぞ。早く休んで英気を・・・。」
早く部屋にもどれといわれそうになった瞬間、どこかで聞いたことのある音がププト様から聞こえてくる。
はて、この音は確か腹の虫が鳴らすという噂のやつでは?
「もしや、ププト様も目的の場所は同じではないですか?」
「まさかイナバ殿もか。」
「恥ずかしながら私もです。」
「ならばバレても共犯というワケだ、一人で逃げるなよ?」
「同志ですから望む所です。」
よくわからないが二人の利害は一致したようだ。
領主様でありこの館の主でありながら何故こんなにコソコソしているのだろうか。
もっと堂々と食べに行けば良いのに。
まぁ事情があるんだろう。
抜き足差し足忍び足でやって来たのは先日お邪魔した巨大な食堂。
ププト様に連れられて向かうはさらに奥にある厨房だ。
「最近テナンの目が厳しくてな、健康のためと言って食事の量を減らされておるのだ。あれだけで満足できるわけがない。」
「心中お察しします。」
「頭を使えば腹が減るというものだ、そうであろう?」
「仰る通りです。」
「たしか今日は陰日前の備蓄用食材が大量にあるはずだからな、少しぐらい減ってもバレはしないだろう。」
あー、うん。
確かにそうだ。
大量に備蓄してるに違いない。
だがそうだからと言って食材にありつけるかどうかと言われるとそれはまた別のようでして。
「パンでしたら左の棚にございますよ。」
「左、あったここだな。」
「そのまま右の棚に向かえば干し肉が吊るしてあります。」
「干し肉か、ワインがあれば最高なんだが。」
「ワインでしたら軽めのものがよろしゅうございますね。」
「それがいいだろう・・っておい!何故ここにテナンがおるのだ!」
先程から棚を物色するププト様に助言を出していたのは、何を隠そうテナンさん本人だ。
「夕食が少ないとのことでしたので僭越ながら私めがご準備しておりましたところ、イナバ様を道連れにこちらへやって来ましたプロンプト様をお見かけしましたのでお手伝いをさせていただきました。」
「道連れとは人聞きの悪い、共同戦線だ。」
「左様でございましたか。ですがイナバ様はお客様でございますのでどうぞお部屋でお待ちください、後でお夜食をお持ちいたします。」
「あ、ありがとうございます。」
それはありがたい、ありがたいのだがププト様はどうされるのだろうか。
「では私の分も頼むぞ。」
「何を仰っておられますのやら。あれほど間食はお控えくださいと言われているのにも拘わらず、このようなことをなさるお方には一度しっかりとお話しなければなりませんね。」
「何故だ!何故私だけがそのような目に遭わねばならんのだ!」
「イナバ様は大切なお客様、おもてなしするのが私の務めでございます。」
「ならば主人である私にも同じようにするべきであろう!」
「我が主人だからこそ、健康でいてもらわねば困ります。それに、主人ではございますが言いつけを守れないのであればそれを正すのが執事の役目。奥様からもきつく言われております故どうかお覚悟ください。」
「あいつが死んでどれだけたつと思っている。おい、ちょっと待て、話せば、話せばわかる!」
執事に引っ張られ館の奥へと消えていく主人。
その後彼の行方を知るものは・・・以下略。
「やめろーーーー!」
サンサトローズにこの人有りと謳われるプロンプト様。
だが真の支配者はもしかするとあの人なのかもしれない。
今宵、領主の悲しい叫びが街にこだましたとかしなかったとか。
あ、お夜食はボリュームもあり大変美味しゅうございました、まる。
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アルファポリスでホクホク計画~実録・投稿インセンティブで稼ぐ☆ 初書籍発売中 ☆第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞(22年12月16205)
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小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、ノベルアップ+で同時掲載してます。更新は不定期です。面白い、続き読みたいと思えるような作品を目指して頑張ります。
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