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第五章

番外編~ニケの新しい家族~

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目が覚めるとそこはいつもの硬いベッドではなく、フカフカの柔らかいベッドだった。

体にかかる毛布もカビと埃にまみれた硬いものじゃなくて、鳥の羽でも入っているかのような軽いものだ。

いや、実際入っている。

だってあんなにフカフカなんだもの。

ここは一体どこなのだろう。

アレから随分と経つというのに、今だに自分がどこにいるのか分からなくなってしまう。

寝ぼけ眼のまま窓まで進み、かかっていた布を開けると、目に飛び込んでくるのはいつもの汚くぼろぼろの壁。

ではなく、美しいサンサトローズの街並みだ。

円形の堅牢な城壁に囲まれた内側にはたくさんの人が住んでいる。

その中でも東側のごちゃごちゃと古い家が固まっている辺り。

あそこが私の住んでいた場所だ。

そうか、ここは猫目館じゃない。

逃げ出した先でかくまってもらっているシルビア様の館だった。

私は大きく背伸びをして空気を肺いっぱいに取り込む。

カビと泥の不快な臭いはまったく感じない。

みずみずしい新鮮な空気が肺を満たしてくれる。

あの場所とさほど距離は離れていないというのにこんなにも空気が違うんだ。

昔を思い出せば出すほど、その違いに身震いしてしまう。

この生活に慣れてしまったら、もうあそこには戻ることなど出来ない。

あそこはそれぐらい過酷な場所だ。

「おはようございます、お目覚めでしょうか。」

その時だった。

ドアを叩く音と共にお世話になっているあの人の声が聞こえる。

そうだ、昨日から無理をお願いしているんだった。

自分でやると言い出したのだから二日目からくじけているわけにはいかない。

体はもう目覚めている。

後は準備をするだけだ。

「すぐ行きます。」

急いで窓から離れ、昨日いただいた服に着替える。

館で働く皆さんと同じ服。

ここの主人であるシルビア様の服をお借りしていたのだが、私のような人間が着るには上等すぎる。

肌触りがよくチクチクしない服なんて子供の時以来じゃないかな。

あの日私が着て来た服はここに来てから仕舞ったままになっている。

この建物の中ではあまりにも不釣合いだからだ

ここでは肌を出す必要も、男に媚びる必要もない。

清潔で機能的な服が良く似合う。

匿ってもらってから約二週間。

今までと真逆の生活に驚きと恐縮しっぱなしだった。

今までがどれだけ劣悪だったのだろう。

今までがどれだけ苦しかったのだろう。

普通の人と変わらない生活が出来る事がとても嬉しかった。

だけど、その生活も長くは持たなかった。

もちろん、不当な扱いを受けたわけじゃない。

ただの娼婦である私が客人として扱われている事に耐えきれなくなったんだ。

そして昨日我慢の限界を迎え、マヒロさんに無理を言って家の手伝いをさせてくれないかとお願いをした。

もちろん最初は絶対にダメだと言われたけど、最後は渋々だけど受け入れてくれた。

頭ごなしに断るのではなく、事情を理解してもらい受け入れてもらったのがうれしかった。

これでちょっとでも恩返しが出来る。

服の乱れをもう一度確認し、ドアを開ける。

「おはようございますマヒロ様。」

「おはようございますニケさん。」

完璧な服装で私を出迎えてくれたのはマヒロさんだ。

この館の一切を管理している凄腕の家政婦さん。

それと、マヒロさん以外に後二人の家政婦さんがこの家を管理維持している。

皆さんすごい人ばかりだ。

それだけじゃない。

すごいだけでなく私のような娼婦にも礼儀正しく挨拶をしてくれる。

猫目館では挨拶をして返事をしてくれる人なんていなかったな・・・。

それもそうだ、娼婦同士同じ境遇の仲間ではあるが客を取り合う敵同士でもある。

それに、挨拶をする心の余裕なんてものは一欠片もない。

いつ売られるのかという恐怖に怯える日々。

私よりも後に入ってきたのに、上客に買受けしてもらい優越感に浸った顔で見下される日もあった。

私の方が上手くお客をとっていたはずなのに。

でも、悔しくても泣けなかった。

なぜなら一人で泣いても意味がないから。

泣くなら男の人の前でなければ意味はない。

あそこはそう思い込まないとやっていられない場所だった。

「あら?ニケさん、胸飾りが曲がっていますよ。」

「あ、すみません!」

「まだ着慣れないと思いますが着衣の乱れは良い仕事の敵です、気をつけてください。」

「分かりました。」

「では食堂に向かいながら今日の仕事内容を確認しましょう、ついてきてください。」

マヒロさんの後を追って広い館の中を進んでいく。

広い。

本当に広い。

昔、家が繁盛していた時は広い家に住んでいた記憶はあるが、それ以上にここは広い。

猫目館がすっぽり入っちゃうんじゃないだろうか。

それを昨日聞くと、

『ここはまだ狭いほうですよ。広いところはここの倍はありますから。』

と、言われてしまった。

これ以上広い館なんて、ここだと山の上に見える領主様のお屋敷しか思い浮かばない。

あれだけ広いと中で働く人も多いんだろうな。

「今日の予定ですがこの後朝食を済ませた後、午前中は館内の魔灯用魔石の在庫確認と設置。午後は二階の清掃と中庭の草むしりをお願いします。ほかの部分は私たちが行いますので出来る範囲で大丈夫です。」

「わ、わかりました。」

正直この広い館の二階を一人で出来るものなのだろうか。

魔灯の数も非常に多いし、午前中に終わらせなければ午後に響いてしまう。

昨日は情けない事に途中で倒れてしまったので、今日こそ全部終わらせなければ。

「今日も御主人様方は戻られておりませんので朝食は簡単に済ませましょう。何か食べられない物はありますか?」

「特にありません。」

「それは大変結構です。」

好き嫌いなんて言おうものなら食事が出てこない日だってあった。

決して美味しくない食事だったけど食べなければ満足に仕事が出来ない。

そんな環境で過ごしていたら普通の食事に文句なんて出ようはずがない。

硬くないパンに温かいスープ。

それだけで十分幸せだ。

でもここで出される食事はそれ以上のもったいないぐらいの食事だ。

普通使用人は主人よりも質の低いものを食べるのだけど、シルビア様が同じ物を食べるように指示したらしい。

なんでも、健康な体は健康な食事から作られるんだとか。

朝からすごい量食べておられるのに皆さんスタイルがいいのは何故だろう。

私はその半分も食べていないのに、ここに来ておなか周りにお肉がついてしまったような気がする。

だって、掴めちゃうし。

「あ、あのシイナ様とキコル様はおられないのですか?」

「あの二人は食事を済ませて自分の仕事に取り掛かっております。」

「また私が最後なのですね。」

「あの二人が特別早いのです。日が昇る前に準備をするように騎士団時代に仕込まれていますから。」

「という事はマヒロ様も随分とお待ちになられたのでは。」

「私は一階の掃除を済ませておりましたので問題ありません。後は窓を磨くのみです。」

まさかあの広い一階の掃除がもう終わっているだなんて。

手抜きで仕事をしているはずがなく、どこを見ても塵一つ落ちていない。

どうやったらこんなに素早く掃除が出来るんだろうか。

決して寝坊したわけではないのだが、今のままでは遅すぎるらしい。

もっと早くおきないと。

因みにシイナ様とキコル様はマヒロ様と共にここで働いている家政婦さんだ。

赤いエプロンがマヒロ様、白いエプロンがシイナ様、黄色いエプロンがキコル様と見た目で分かりやすくなっている。

エプロンの色がなぜ分かれているかは詳しく教えてくれなかったが、どうも大切な決まりがあるらしい。

私としては間違えなくて済むのでとても助かる。

「すみません、私が朝遅いばっかりに。」

「まずはしっかりと朝食を取って体力をつけてから取り掛かりましょう。大丈夫です、私のほうが終わりましたらすぐに駆けつけますので。」

「ありがとうございます。」

いきなり何でも出来るはずがない。

まずは自分の出来る事からはじめよう。

頑張ってお世話になった分を少しでも返さなくちゃ。

食堂で簡単な朝食を済ませ(簡単でも非常に美味しい)、午前の作業に取り掛かる。

えっと、まずはこの階の魔灯の数を確認しないと。

部屋の中に1つと、外に1つ。

廊下の最初と三つ部屋を過ぎるごとに一つだから・・・。

あれ、もしかして。

数を数える前にまずは部屋の数を確認する。

一つずつ数えていけばいいのだが、時間が惜しいので少し手抜きをしよう。

この館は一階こそ用途に合わせて部屋が分かれているものの、二階は来客用の部屋だったり各個人の部屋だったりと同じ造りをしている。

それに左右対称だ。

ということは、片方の部屋数と廊下に設置された魔灯数さえわかれば反対側は数えなくてすむんじゃないかな。

ちなみに二階はコの字形の配置になっているので、両辺を数えたら後は残り一辺を数えたらおしまい。

それもこの家の主人であるお二人の部屋しかないので手間はかからない。

あれ、私は一体誰に説明してるんだろう。

まぁいっか。

それより今は効率良く数を数えなきゃ。

二階の片方は部屋数が7部屋。

その中と外に一つずつと、廊下に別で3個。

という事は片方に17個だから反対側も入れたら34個かな?

それと、シルビア様達のお部屋には中に二つと外に一つそれに廊下の真ん中に一つだから3部屋あるので合計10個。

という事は・・・。

「そんなに難しい顔をしてどうかしましたか?魔灯の数を数えるだけですから簡単だと思うのですが。」

床に水で書いた数を見ながら唸っているとマヒロ様に声をかけられてしまった。

こんな姿を見られるなんて恥ずかしいなぁ。

「すみません、数を数えようと思ったんですが片方数えて計算した方が早いと思いまして。」

「計算・・・、ニケさんは算術が出来るんですか?」

「はい、家が商家だったものですから幼い頃に算術を教え込まれました。」

「ではその算術があれば片方を調べるだけで他の数がわかるんですか?」

「ここは左右が同じなので分かります。あの、やっぱり手抜きなんてダメですよね。」

マヒロ様や他のお二人は自分でちゃんと仕事をこなしているのに、私は時間が惜しいばっかりにこんな手抜きをしちゃって。

やっぱりちゃんとやらないとダメだよね。

「手抜きだなんてとんでもありません。算術で分かるのであれば時間も短縮できますし非常に効率的です。なるほど、武芸ばかりで算術などは全く分かりませんが学があるとこういうことも出来るんですね。」

怒られるどころか驚かれてしまった。

よかった。

「そんな、学があるだなんて。ただ算術が出来るだけでほかの事は全く出来ませんから。」

「そんな事はありませんよ、掃除などは誰にでも出来ますが学問は頭のある人にしか出来ません。私はその辺りが全然ダメで武芸ばかり達者でしたので騎士団に入りましたから。なるほど、私も勉強しなければなりませんね・・・。」

まさか算術ができるというだけで褒められるとは思っていなかった。

私にとっては出来て当たり前で、むしろそれ以外のことは全く出来ないのでそれが出来るマヒロ様のほうがすごいと思う。

「すぐ終わらせてお掃除しますね。」

「それなのですが、ニケさんの算術は他の事にも使えるのでしょうか。」

「ほかの事、ですか?」

えっと、どんな事だろう。

「例えば魔灯用魔石の補充をしなければならないのですが、いつも余らせてしまって魔石が無駄になってしまうのです。その他にも備品の補充や食材の補充なども先程のように算術で分かれば非常にありがたいのですが・・・。」

「一期の交換個数や使用個数が分かれば大体の数でよければ計算できると思います。」

「それはすごい!お掃除は私がしますからニケさんにはそちらをお願いしてもいいでしょうか。」

「そんな事でよければ喜んでお手伝いいたします。」

「では早速、帳簿を確認しに行きましょう!」

マヒロさんが私の手を掴みすごい勢いで廊下を歩き出す。

出来るといった時の顔がまるでお菓子をもらった子供みたい。

面倒見のいいお姉さんみたいだったのに、急に妹のようにも見えてしまった。

いけないいけない、すごい人なのにこんな風に思っちゃうだなんて。

でも、兄弟姉妹のいなかった私からするとマヒロ様のような御姉様がいたらとつい思ってしまう。

こんなにすごい姉がいたら、周りに自慢して回ったに違いない。

私のお姉様は武芸も家のことも何でも出来るのよって。

その後応接室で帳簿を見せてもらい、一期あたりの各項目の消費個数や食材の減り具合から大体の数を割り出す事ができた。

といっても、消費個数から多少の余剰分が出るぐらいに補充するだけだからさほど難しい計算ではなかった。

それよりも帳簿のつけ方がめちゃくちゃだったのでそちらの方が気になってしまった。

つい、いつもの癖で片付けてしまったのだけど大丈夫かな。

だって領収書はまとまっていないし、数字の計算は間違っているしで見るに耐えなかったんだもの。

この帳簿のつけ方でよく今までやってこれたと思う。

よっぽどすごい人がいたのか、それとも適当で何とかなってしまっていたのかも。

どちらかというと後者のような気がしないでもないなぁ・・・。

「お疲れ様です、お茶が入りましたので休憩しましょう。」

応接室のドアが開き、マヒロ様がお盆を持ってやってきた。

部屋の中が香茶の匂いで満たされていく。

こんなに素敵な香りが出るなんて、よほどいい香茶なのだろう。

私なんかが飲んでいい物なのだろうか。

「ありがとうございます。お預かりしました帳簿から必要個数を計算していますので、後は実際の個数と照らし合わせながら補充していただければ大きく在庫があまったり、足りなくなる事はないと思います。あと、勝手ながら帳簿の整理もさせて頂きました。勝手に触ってしまって申し訳ありません。」

「必要個数の計算だけでなく帳簿の整理までしてくださったのですね、大変ご苦労様でした。」

「いえ、手直ししただけですのでそこまで難しくありませんでした。」

「三人とも武芸は達者ですが数字だけはどうしても苦手で。これまでも何度か挑戦してみたのですがあの有様だったのです。まさかこんなに綺麗に片付くだなんて。」

マヒロ様が帳簿を開きながら驚きの表情を見せる。

「あ、あの!差し出がましいようですが簡単な帳簿のつけ方でしたらお教えできますよ。」

「本当ですか!?」

「私に出来るのはこのぐらいのことですし、それでお役に立てるのであれば。」

そんなに喜んでもらえるとは思っていなかった。

マヒロ様は普段は冷静で感情の起伏が少ない方だと思っていたけど、本当は違うみたい。

こんなに嬉しそうな顔をするなんて。

「学のない私がついていけるか不安ですがご教授宜しくお願いいたします。」

「こちらこそ、宜しくお願いします。」

特に難しくないからそんなに時間はかからないだろう。

実際、入れていただいた香茶が冷める前には一通りの説明を終えることができた。

だって、書き方を教えるだけだったから。

「なるほど、項目別に集計すればよろしいのですね。」

「全部を仕分けするのは大変ですので、日用品や食品、魔石や武具などに分けて大まかな分類で金額を合わせておくだけでも後々で管理がしやすいかと思います。出納帳に詳細の金額を書いておけばそれを参照して確認が出来ますので。」

「たったこれだけでこんなにも見やすい帳簿になるのですね、大変勉強になりました。」

「こんな事で少しでも恩返しが出来たのでしたら嬉しいです。」

これで苦手な帳簿を苦痛に思わなくなってくれれば、それだけで十分だ。

「何かを教えていただくのは久々でしたが、日々勉強が必要なのですね。これからも怠けず精進する事としましょう。」

そういいながらもどこか嬉しそうなマヒロ様。

何か可笑しかっただろうか。

「どうかされましたか?」

「いえ、昔妹に同じように読み書きを教えられたのを思い出しまして。」

「妹様がいらっしゃるのですか?」

「早くに嫁に出てしまい今は手紙のやり取りのみですが、あの子も覚えの悪い私に良く付き合ってくれました。」

マヒロ様の妹さんかぁ。

マヒロ様がしっかりしすぎているので想像つかないな。

「私は姉妹がおりませんでしたのでマヒロ様のようなお姉様に憧れていました。」

「こういう風に教えていただいていると、まるで新しく妹が出来たようですね。」

マヒロ様が御姉様だったら。

私の人生もまた変わっていたのかもしれない。

しかし、あの場所に落ちたからこそこうやってマヒロ様に出会えたという考え方も出来る。

人生というのは中々に難しい。

でも、本当にマヒロ様の様な人がお姉様になってくれたら。

家族の居ない私に、新しい家族が出来たとしたら。

これからの人生はもっと変わるのではないだろうか。

「あ、あの、ご迷惑でなければお姉様のようにお話させていただいてもよろしいですか?」

「仕事中はつい厳しくなってしまいますが、私のような者でよければ喜んで。かわりというのは変ですがまた帳簿のつけ方など教えていただけますか?」

「もちろんです!」

「この年で妹が出来るというのも変な感じですが、悪い気はしませんね。」

どこか嬉しそうなマヒロ様。

私は嬉しくて仕方がない。

今まで想像の中にしかいなかった理想のお姉様が出来る日が来るだなんて。

こんな日が来るなんて、あそこにいたら思うこともなかっただろう。

これ以上嬉しい事なんて、当分おきそうもない。

「さぁ、遅くなってしまいましたね。ご主人様は今日もお戻りにならないと連絡がありましたので私達の食事を用意してしまいましょう。あの二人も首を長くして待っているはずです。」

「はい!」

先を行くマヒロ様の後を追いかけて私も急ぎ追いかける。

まるで、姉を追いかける妹のように。

そんな幸せな事があった翌日。

今朝は昨日よりも早起きをして身支度を済ませる。

今日もいい天気だ。

澄みきった青空に心地よい風。

でも、天気以上に私の心は澄みきっている。

だって、昨日あんなにいい事があったのだから。

「おはようございます、お目覚めでしょうか。」

「はい、すぐいきます!」

いつもと変わらない声がドアの向こうから聞こえてくる。

準備は万全だ。

「おはようございますニケ。」

「おはようございますマヒロお姉様。」

「あら、また胸飾りが曲がっていますよ?」

「あ、すみません!」

「まったく、手のかかる妹ですね。」

そういいながらもどこか嬉しそうなマヒロ様。

あぁ、この日がずっと続けばいいのに。

この日、イナバ様が迎えに来る事になったのは別のお話・・・。


その日の夜遅く。

館に戻ったマヒロは何度目か分からない大きなため息をついた。

火が消えたように静まり返った館内。

いつもと変わらない静けさのはずなのに今日は特に静まり返っているようだ。

それもそのはず、昨日妹になったニケがいなくなってしまったからだ。

もちろん、買受けが決まった事は嬉しい。

彼女はあくまでもシルビア様が匿っていたお客人であり、本来こんな感情を抱く事などありえないはずだった。

だが、彼女はあまりにも似ていた。

もちろん背格好や顔は違うが、雰囲気が遠く離れた妹にどこか似ていた気がするのだ。

だからつい、心を許してしまった。

また一人になるのであれば、今までの通り振舞っていたのに。

猫目館での騒動を終え、騎士団の事情聴取から解放されてやっと部屋に戻ってこれた。

今日はゆっくり寝よう。

明日の朝はすこしゆっくりしてもいいかもしれない。

あの子を起こしに行かなくてもいいのだから。

部屋のドアを開けようとしたとき、隙間に手紙が挟まっている事に気がついた。

これはなんだろうか。

手紙を抜き取り、ひとまず部屋に入る。

備え付けの椅子に座ったときに気がついた。

妹からの手紙だ。

それも、新しく出来た大きな妹からの。

猫目館に行くまでに書いたのだろうか。

封を開けたとき、彼女が付けていた香油の匂いがフワッと広がった気がした。

居なくなったと思ったら、まだこんな所にいたなんて。

自分の妹のようにまたどこかへ行ってしまったのかと思ってしまったが、そうかまた会えるじゃないか。

妹からの手紙にはたくさんの言葉が詰まっていた。

こんなに満たされたのはいつ振りだろう。

次に会うときまでには帳簿を上手く書けるようになっておかないといけない。

マヒロは新しい妹からの手紙を読み終えると、着替えも忘れてペンに手を伸ばした。

新しい妹への返事を書く為に。
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