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第五章

猫目館での攻防

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エミリアとイチャイチャしていた時間も、むさ苦しい巨漢の男が目の前に現れたことにより残念ながら終わりを迎えた。

なんだよ、せっかく素敵な時間を過ごそうと思ったのに。

「お前とは随分な言い方だな、相手に名前を尋ねるときはまず自分から名乗るべきと教えられなかったのか?」

「なんで貴族の俺様が、お前のような小汚い商人風情に名乗らなきゃいけないだぁおい。」

「小汚い商人風情にも名前を言えないようなら後ろにいる人間に聞くしかないな、支配人こいつは誰だ?」

「こ、こちらはバルバス様と申しまして、昨夜ニケが相手をさせていただいたお方でございます。」

バルバスねぇ。

似たような名前でアイテム使わせてくれない人なら知ってるけど。

あの人も巨漢だったな。

「私はイナバだ。それで、私になんの用が?こう見えても忙しい身なんでね、さっさと買受けて帰りたいんだが。」

「何勝手に俺の女を連れて帰ろうとしてるんだ?あの女は俺が買受けるって決まってんだよ。お前こそ後から出てきて何様のつもりだ?」

「それはおかしな話だ。そもそも買受けは私が先だし、後から出てきて勝手に金額をつりあげて奪い取ろうとしたのはそっちのほうだろ。こっちは私が先に話を進めていたと先程支配人の言質をとったばかりでね。」

つい先程確認したばかりだ。

間違えるはずがない。

「そんなもの貴族が先で平民が最後って相場は決まってるんだよ。お前らの都合なんざしらねぇなぁ。」

じゃあ聞くなよ。

それにしてもさっきから貴族貴族ってしつこすぎる。

自分に自信のないやつほどそういう部分を主張したがるんだよな。

このタイミング出てくる辺り、どうせ支配人が裏で手を回して手配したチンピラだろう。

「お前は俺が金貨40枚以上出すなら諦めるんじゃなかったのか?」

「気が変わったんだよ。ニケとか言う女は顔はいまいちだが肉付はいいし尻もでかい。何より俺の下で乱れたときの声が最高だったからな、俺がたっぷりと使ってやるのが一番ってもんだ。」

こらこら、こっちには淑女レディもいるんだから言い方には気を付けてほしいね。

そもそもニケさんはスレンダータイプだし、こいつの言うことは全くのでたらめだ。

うちでお尻が大きいと言えば2Bさん、じゃなかったセレンさんだし。

「おい支配人、先に聞くが買い受ければ今日連れて帰れるんだな?」

「そ、それは、はい。」

「お前俺を差し置いて何しゃべってるんだよ!」

「ちょっと黙っててくれないか?話なら後で聞いてやるから、少しだけな。」

「こいつ、言わせておけば!」

うるさいなぁ、今大事な話してるんだからちょっと黙ってようよ。

「もう一度聞く、連れて帰れるんだな、今すぐに。」

「それは、その・・・。」

「俺が買い受けるって言っただろうが!」

怒鳴るだけしか出来ないのか、こいつは。

よろしい、ならば黙らせるまでだ。

「金貨50枚だ。」

「な、お前何を勝手に・・・。」

「話が進まないから金で解決しようって言ってるんだよ、そんなのもわからないのか?順番なんてまどろっこしいこと言わないでどっちが高く買うかの方がわかりやすいだろ?いいよな、支配人。」

「う、うちとしては買い受けていただけるのであれば・・・。」

金に目が眩んだか。

これが本当の貴族様なら受けるはずがない。

つまりは違うということだ。

違うなら容赦なく叩き潰せば良い。

「ほら、どうした今時の貴族様は金貨50枚も出せないのか。」

「金貨55枚だ!」

「随分と安い買い方するな、そこは金貨60枚だろ。」

「く、70枚!」

「なんだ金はあるのに出し渋りか、せこい男だな。80枚だ。」

どんどんと値を上げていく。

これはポーカーと同じだ。

自分の手札を一枚ずつ出しながら掛け金を高くレイズしていく。

例え手札がクズでも、向こうが降りれば俺の勝ちだ。

金はないがあるように見せつける。

いかに悟られず、ポーカーーフェイスを崩さないかが勝負の鍵だ。

もっとも、何をしてもジョーカーがある俺の勝ちは変わらないけどな。

「き、90枚だ!」

「彼女にそんな値段しかつけれないなんて情けない貴族だな。所詮それも飾りの爵位なんだろ?100枚だ。」

「百枚・・・。」

支配人が放心したように虚空を見つめている。

それもそうだ、人一人に1億の値段がついたんだから。

普通なら考えられないだろう。

なんせ最初の5倍だしね。

もちろんそんな金額払えないし、払うつもりもない。

これで引いてくれればいいんだけど。

「さっきから聞いてれば言いたい放題言いやがって、この紋章を見てもお前はまだ同じことが言えるのか、えぇ!」

大声で怒鳴りながらバルバスが胸元から鎖のついたメダルを取り出した。

あ、やっぱり引きませんか。

そうですよね。

メダルには何かの紋章が書いてあるようだが、ユラユラ揺れているだけで見えない。

だがそのメダルを見た瞬間、後ろで俺の肩を持っていたエミリアの手にものすごい力がかかった。

ちょっと痛いんですけど、エミリアさん?

俺は安心させるように後ろを振り返りエミリアに向かって笑いかけた。

「大丈夫だ、もうすぐ彼女はお前のものになる。何も心配しなくていいぞ。」

「シュウイチさん、あの方は貴族です。本物の貴族様です。」

耳元で囁いたエミリアの声が震えていた。

え、貴族なの?

もしかしてあの紋章は黄門様の印籠みたいなものなの?

となると、俺は本物の貴族にむちゃくちゃな事言っちゃったことになるんだけど。

そりゃあ怒るよなぁ・・・。

でもまぁ、発言は取り消せないしこのまま行くしかないか。

まだアドバンテージは俺にあるはずだ。

たぶん。

「えーっと、魚か?あぁ、なまずか。」

荒ぶる鮫の口シャー・ドゥ・マスだ!この街でこれを知らないなんざとんだモグリだな。散々コケにしやがって生きてこの街から出れると思うなよ!」

シャー・ド?

わからん。

後でエミリアに聞こう。

と思ったのだが、聞こうにもエミリアが俺の肩をつかむ力がどんどん増してくるんですが。

爪、爪食い込んでますよエミリアさん!

「無事にこの街を、ねぇ。俺としては馬車を待たせているし払うものを払ってさっさと帰りたいんだが。」

「出来るわけがないだろ、この後お前は俺に命乞いをしながら死んでいくんだよ・・・!」

そう言ってバルバスは腰にぶら下げていたサーベルのような剣を抜き、座っていた俺の顔前に刃を突きつけた。

咄嗟の出来事で、俺が悲鳴をあげる前にエミリアの悲鳴が部屋中に響きわたる。

その時改めてバルバスは気付いたのだろう。

俺の後ろにいたエミリアの存在に。

さっきまで俺をにらみつけていた目が後ろにズレ、後ろにいるエミリアのほうを見る。

上から下に、品定めをするかのような目だ。

おい、俺の嫁さんになんて眼をしてくれてるんだ。

俺の女だぞ。

「言葉で敵わないと思ったら今度は暴力か、とんだ貴族様だな。」

「その軽口もすぐ聞こえなくなる。」

「それで、俺を殺してどうするんだ?」

「お前いい女を持っているな。昨日の女も中々だったが後ろの女はもっといい。胸はでかいし年も若い。エルフィーの女はまだ抱いた事がないからな、お前を殺して昨日の女もそこの女も両方俺のものにしてやるよ!」

このまま剣をつき出せば、刃は俺の目を貫くだろう。

怖い。

死にたくない。

今さらになって恐怖が体を侵食してくる。

こんな事になるはずじゃなかった。

今回こそは命の危険を感じることはなかったはずだ。

だが現実はそうじゃない。

ほんの10cm先に俺の死が待っている。

待っているが、今はそんなもので怖がっている場合ではない。

俺のエミリアに手を出そうとしている男がいる。

そんな事を、許しておけるはずがない。

「この女はなお前みたいなクズ野郎にはもったいないぐらいの女なんだよ。顔も胸も体全てが俺のものだ。指一本でも触れてみろ、お前のその首をねじ切ってやる!」

剣先を両手で挟み、ゆっくりと立ち上がる。

俺の女に手を出す事は許さない。

例え俺が死んだとしても、こいつだけは道連れにして死んでやる。

「シュウイチさんダメです!」

「いい声で鳴くじゃねぇか、お前の死に際を見たらもっといい声で鳴くんだろうな。」

「勝手にいってろ、俺の女に手を出そうとした事を後悔させてやる。」

エミリアは絶対に渡さない。

こんな奴に渡せるはずがない。

にらみ合うさなか、外から何か叫び声や怒号が聞こえた気がするが今はそれどころじゃない。

力では勝てない。

勝てないが、この剣だけでも無力化できれば勝ち目はある。

こっちにはエミリアの魔法だってあるんだ。

無駄死にはしない。

死ぬなら隙を作ってからだ。

「それは俺の台詞だ、俺に逆らった事後悔しながら死ね!」

バルバスが剣を振り上げようとするのを挟んだ手を左右に振って抵抗する。

細長い刀身は左右に振られると振り幅が大きくなり、攻撃しにくくなる。

なんて事を何かの本で読んだ気がするが今はそんな事考える余裕はない。

左右に振られながら必死に抵抗をする。

だが、所詮はオタクサラリーマン。

巨漢の男の腕力にかなうはずがなく、右に振られた瞬間に体ごと吹き飛ばされてしまった。

急いで起き上がり、目に付いた玄関先へと走るも、バルバスの方がわずかに早い。

思い切り蹴飛ばされ玄関付近まで吹き飛ばされる。

「へへへ、これで女は俺のものだ。恨むなら自分の非力さを恨むんだな!」

バルバスが剣を振りかぶり、俺に狙いをつける。

終わった。

そう、覚悟したそのときだった。

「助けてください!」

そう叫びながら一人の女性が玄関先から飛び込んできた。

いきなりの出来事に全員がそちらを向き、時間が止まる。

フリフリではないけれどシックなデザインのメイド服。

しかし、そのデザインを崩してしまわんと主張するのはエミリアほどではないが十分大きい胸だ。

こんな状況なのに胸にどうしても目が行ってしまう。

間違いない。

俺のジョーカーが最高のタイミングで手札に入ってきた。

さぁ、今度は俺のターンだ!

全員の意識がニケさんに向いているうちに俺は立ち上がり、ニケさんの手を取ってバルバスから離れる。

「くそ、逃げるな!」

慌てて追いかけようとしたとき、今度は別のメイドさんが入ってきた。

「彼女をここにお連れするように言われてきましたが、お取り込み中ですか?」

武闘派メイドさん登場です。

「さっきから何だお前らは、何のようだ!」

「外の連中も物騒でしたが今度は中もですか。このあたりは治安が悪いですね。」

それは今日だけだと思いますよ。

外の連中もという事はさっき聞こえた音は外でマヒロさんがやりあった後なのだろう。

護衛につけておいて良かった。

「そこの女、ちょっと聞いていいか?」

「私でわかることであれば。」

「おい、お前何勝手に!」

「お前は黙ってろ。」

今は相手をしてられない。

「お前はこの女をここに連れてくるように言われたのか?」

「その通りです。」

「それまでこの女はずっとお前の所にいたのか?」

「その通りです。」

打ち合わせをしたわけではないが、事情を知っているだけにすんなり質問に答えをくれる。

ありがたいことだ。

さっきから支配人の顔色がどんどん悪くなっている所を見るとやっと状況を理解したらしい。

さぁ、追い詰めようか。

「おい、俺を無視するんじゃねぇ!」

「じゃあ聞くが、この女に見覚えは?」

「そんな女しらねぇな。顔は好みだが体はお前の女の方が好みだぜ。」

お前の好みなんて聞いてないんだけど。

でもまぁ、これでフラグはたった。

「今度は支配人に聞こう、この女に見覚えはあるか?」

「いや・・・私は・・・。」

応えられないはずがない。

だが、応えてしまっては今までの嘘が全てばれてしまう。

だから応えられない。

「もう一度聞く、この女に見覚えは?」

「し、知らない・・・。」

そう応えるしかないよな。

じゃあ、トドメといこうか。

「じゃあ、君に聞こう。君の名は?」

「ニケ、ニケ=フィッターです。」

「ニケさんか・・・。おかしいなぁ支配人、昨日こいつの相手をして更にこいつが買受けたいとまで言った人間が如何して店の外からくるんだ?しかも今までそこの女性にかくまわれていたそうじゃないか。もう一度聞こう、彼女に見覚えは?」

「あ、あ、あぁ・・・。」

支配人は腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。

「昨日ここに来たとき君はこいつを客として迎えていたそうだ。実際にこいつは君と寝て、その具合のよさから金貨を湯水のように使ってまで買い受けようとしたわけだが。なぁ、お前が昨日抱いたのは一体誰なんだ?」

「お、俺が寝たのは・・・。」

「言えないよなぁ、だってお前はこの女と寝ていない。なぜなら、昨日はここにこの女はいなかったんだから。」

嘘で塗り固められたやり取りを、1つずつ潰していく。

こいつらにもう、逃げ道はない。

先ほどまでの威勢はどこへやら、力なくバルバスは足元に剣を落とした。

「さぁ、この落とし前どうつけるつもりなんだ?」

蛇に睨まれた蛙の如く身じろぎ1つ出来ないでいる二人に俺は勝利を確信した。

これで無事にニケさんを連れて帰れる。

そう思って緊張の糸を緩めた、そのときだった。

「ばれちまったらしょうがねぇ、だがなお前ら全員を殺せばばれたことにはならねぇんだよ!」

バルバスが再び武器を取り俺に向かって突進してきた。

咄嗟の事でニケさんをマヒロさんのほうに突き飛ばす事しかできない。

何であそこで気を抜いたんだ。

まだ全て終わったはずじゃなかったのに。

後悔が心を埋め尽くし絶望に支配されそうになる。

だが、そうならなかったのは視界の端にエミリアを見たからだ。

「シュウイチさんに手出しはさせません!」

エミリアの作り上げた火球が俺を襲おうとしたバルバスの眼前を通り過ぎた。

バルバスが慌てて方向を変え、床に倒れこむ。

ナイスタイミングエミリア!

相変わらず自分ひとりで解決できないのは仕方ないとして、ニケさんはマヒロさんに任せてエミリアのほうへ駆け出す。

「くそ、魔術師か!」

悪態をつくバルバスと一定の距離をとりながらにらみ合う。

俺に武器が使えたら前衛後衛で最高のバランスだったんだが、残念ながら見てくれだけの男だ。

向こうがエミリアを警戒して突っ込んでこなくなったのだけが唯一の救いだな。

「女に守られて情けない男だな!」

「俺の女は特別でね、お前にはもったいない女だよ!」

「エルフィーで魔術師か、こりゃ抱かないわけにはいかねぇなぁ!」

「シュウイチさん以外の男性に抱かれるぐらいなら舌を噛んで死にます。」

そんなボソッと言わなくてもいいのに。

「それで、どうするつもりだ?奥に逃げても俺の部下たちがお前を捕まえて殺す。このまま逃げようとしても俺が殺す。逃げ道はないぞ!」

「どうするも何も、このまま帰るだけだ。ついでにプロンプト様に馬鹿貴族が娼館と癒着して暴利をむさぼっていると告発しておくかな。」

「はぁ?お前みたいな小者が領主に会えるわけがないだろうが。」

「あら、出来るわよ。」

バルバスが馬鹿にしたようにして笑うも、予想もしていなかった人物によってその笑いをとめられてしまう。

えっと、何でそんな所から貴方がやって来るんでしょうか。

「今度は何だ、誰だてめぇ!」

「私はガスターシャ、アーシャって呼んで?」

店の奥から現れたのは、あのオネェことガスターシャ氏だった。
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