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第五章

長いものには巻かれない

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この手の建物は扉を開けるとそこはエントランスになっていて、普通は来客とかを迎え入れるように作られているのが一般的だ。

あくまでもエントランスは館の顔であり、そこで食事をしたりする事はまずない。

簡単言えば玄関で飯は食わないという事だ。

だがこの光景はどうだ?

両開きの重厚な扉を開けるとそこでは早くも夕食会らしきものが始まっていた。

かなり大きなエントランスなのだろう、100人以上いそうなのに窮屈な感じはしない。

立食式になっているのか円形のテーブルが等間隔ぐらいで置かれており、皆その付近でお酒や食事を楽しんでいる。

料理は両サイドに準備され、メイドさんが飲み物を給仕しているようだ。

えー、思っていた夕食会と少々違うみたいだけどパーティーの二次会とかこんな感じになるよね。

ものすごいかしこまった場じゃないのは分かったけど、何でここで食べてるのさ。

だって玄関だよ?

いくら広いとはいえ奥に通したりするんじゃないのかなぁ・・・。

あと、注目されるのは苦手なので勘弁してください。

ここは何か言わないとダメなやつでしょうか。

「遅くなりまして申し訳ありません。」

とりあえず深々と頭を下げておこう。

顔を上げると先ほど俺に気付き声を発した男性がこちらに歩いてくる。

全てにおいて俺よりも大きな男性だ。

背は高く、筋肉はがっちりとしてどっしり重みのある雰囲気をしている。

それでいて決して無骨ではなく、知的な印象も受ける。

年は50代ぐらいだろうか。

俗に言うちょい悪オヤジのような渋い印象だ。

サ○ァリとレ○ンとかの雑誌に出てきそうなあの感じといえばわかり易いかもしれない。

「プロンプト様、イナバ様到着でございます。」

あぁこの人が領主様なのか。

この雰囲気は納得です。

「お初にお目にかかります、ダンジョンスマート商店連合所属シュリアン商店店主イナバシュウイチと申します。このたびはお招きいただきまして大変光栄にございます。」

「急な誘いであったが良く来てくれた、私がサンサトローズ領主プロンプトだ。さぁ、堅苦しい挨拶は抜きにしてこっちにきてくれ皆に紹介しよう。」

思っていたよりも気さくな雰囲気を感じるが、気を抜いてぼろが出ないように気を引き締めてかからないといけないな。

領主様に引っ張られてエントランスを奥へ進んでいく。

まるでモーゼの海渡りのように人の集まりがさっと引き、道が出来上がっていた。

あの、紹介されるような人間ではないのですが勘弁していただけないでしょうか。

あまりにも唐突な出来事に後ろにいた三人は取り残されてしまった。

違うな、ついてこなかっただけだ。

だってシルビア様が手を振っている。

頑張れ見たいなモーションもしてるし。

ここからは俺一人ですかそうですか。

エントランス一番奥の少し豪華な机の前で領主様は止まった。

「皆、今日は急な誘いの中よく来てくれた。今日この場を設けたのは他でもない、ここにいる彼を一目見たかったからだ。皆も知っての通り、先日わが領内に蔓延っていた盗賊集団を騎士団の手によって壊滅する事ができた。表向きは騎士団の功績となっているが噂の通りここにいる彼が作戦を立案、実行しているのだ。」

よく通る声がエントランス中に響く。

誰もがまっすぐに領主様のほうを向き、一字一句聞き漏らさぬように集中している。

時々俺のほうに視線が向くような気もするが、ほとんどがまっすぐ領主様を見ているところから察すると、聞いていた通りここに来ているのは領主様に忠誠を誓っている人たちなのだろう。

「盗賊団討伐だけではない、その前に起きたキラーアント襲撃事件は知っているだろうか。領内最奥の村で起きた小さな事件ではあったが、彼は偶然にも現場に立会い誰一人の犠牲者を出すことなく80近くもの魔物を撃退している。」

知らなかった人もいるのだろう、驚きの声が上がった。

いや、俺が撃退したんじゃなくて村の人が頑張ったからです。

俺は何もしてないんですけど。

「平穏だったわが領内も最近になって魔物の動きが活性化し盗賊を含め治安のよくないような状況が続いている。これも全て私の力不足によるものだ、皆には苦労をかけて本当に申し訳ない。」

アリの件は偶然だが、盗賊団といい横流しの件といい確かに問題は起きているみたいだが、決して全てこの人の責任じゃないと思うのだが。

「そんな状況中で一筋の光のようにわが領内を照らし平穏に導いてくれた彼に、私のわがままで一度会ってみたいと思い呼び寄せたのだ。紹介しようイナバシュウイチ殿だ。」

大きな拍手と共に視線が一斉にこちらを向いた。

ここまでお膳立てされたら下手な事いえないじゃないか。

人身掌握の術じゃないけど、領主様は人の心を掴むスピーチが上手いタイプの人間のようだ。

俗に言うカリスマというやつなのだろう。

それに比べたら俺なんてただの一般人ですよ。

「ご紹介いただきましたイナバと申します。今日はこのような席にお呼びいただきましてありがとうございました。先ほどご紹介頂いた通りではありますが一つだけ訂正させてください、盗賊団壊滅に関して前線で戦ったのは後ろに居りますシルビア含め騎士団の皆様ですし、アリの襲撃に関しましても前で戦ったのは村の皆さんです。私はあくまでそのお手伝いをしただけですので、決して私一人の功績ではございません。」

なんせ他力本願100%男である。

俺一人でこれだけのことをなせるとは到底思えない。

領主様がせっかくいいように紹介してくださったのだが、どうしてもここだけは譲れなかった。

「話に聞いていた通り謙虚な男のようだな。」

「上から訂正するような形になってしまい申し訳ありません。」

「普通は自ら自分を下げるような事はしないものだが、それだけ周りの目を見ることが出来る男なのだろう。何せ、あのような美人を射止める男だからな。」

領主様はそういいながら奥に控えている三人に目配せした。

先ほどからチラチラと三人を品定めするように見ている男たちも見受けられたが、その言葉を聴いて驚いたような反応を見せた。

「彼女達無しではただの小さな男ですから。」

「いい女に支えてもらってこそ男が上がるというものだ。彼女等を狙っていた何人かには申し訳ないが先約がいる、諦める事だな。」

ドッ笑いが起きたと同時に空気が和やかになった。

この人はいとも簡単にこの場の空気を変えることが出来るのか。

決して領主様だからというだけではないだろう。

それだけのものを持っているからこそ領主という役職をなす事ができるのだろうな。

「ここに呼んだのは先ほど話したとおり、一度会って話をしてみたかったというものだ。だがそれとは別にもう一つの用があったのだが構わないか?」

「私に出来る事であれば何なりと。」

はて、何のようだろうか。

今までの流れ上非常にめんどくさい事を押し付けられるようなきもするのだが、出来ればそうでないことを祈る。

「ここにいるのは私が信頼を置く者達だ。身分や役職に関係なく皆私に尽くしてくれる。」

一人一人の目を見ながら全員に話しかけるように話を進める。

領主様の肝いりという人たちだな。

決して裏切らず忠義を持って接する戦国時代でいう腹心というやつか。

そして周りをみていた目をまっすぐこちらに向けてこう言った。

「イナバ殿、君には是非彼らのように私の下で働いてもらいたい。先に話した功績だけでなく先の一件を取っても君の実力はそれにふさわしいものがある。その実力を私と我が領民の為に使ってほしいのだ。」

ちょっと待て。

今なんていった?

俺の下で働けって事か?

いやいきなりそれはないでしょう。

だってまだあって五分も経ってないんだよ?

いくら盗賊団壊滅や前回の横流しの件があるとはいえ見ず知らずの人間をいきなりこんなえらいさんと同様に扱おうだなんてこの人は一体何を考えているんだろうか。

ちょっと話が大きすぎてさすがの俺でも頭が回らない。

正直面倒ごとを押し付けられると思っていたのに、ナナメ上すぎるだろ。

普通に考えればこの申し出は非常に喜ばしいことだ。

自分の実績が評価され、これからは領主様の庇護の下で働きさえすれば日々の生活に困ることはない。

それどころか、実績をあげればそれこそ夢のハーレムを持つことだってできるだろう。

それだけ夢のあるお誘いというわけだ。

もし俺が車に轢かれて転生したり、間違って召喚されたりしただけだったら間違いなく飛び付いている。

だが、そうではない。

俺は入り口付近にいるエミリアを見た。

そしてすぐに領主様の方を向き直す。

「ただの商人をそのように評価していただきたいへん光栄でございます。ですが、些か過大な評価だと思うのですが。」

「先の一件といい、それに見合うだけの功績はあげている。そこまで自分を卑下する必要はないだろう。」

「妻たちにもよく怒られます。」

そう言ってお互いに笑みを浮かべる。

答えはもう決まっているんだ。

「ですが、大変ありがたいお話では御座いますが今回は辞退させていただければと思います。」

そう言いながら俺は深々と頭を下げた。

回りからどよめきが聞こえてくる。

あー、この時点でここにいる半分は敵に回しただろうな。

それと領主様の機嫌も損ねたに違いない。

なぜならこの場は、俺を自分の手元に引き込むためのパフォーマンスのはずだからだ。

横流しの一件でなぜか俺の評価は上がっていて、わざわざ中央府から人が来る事態になっている。

それを知った領主様は早めに手をうち、自陣に引き込もうとしたのだろう。

それを断ったのだから、怒って当然だ。

顔上げたくないけどあげないとダメだよなぁ。

おそるおそる顔をあげてみる。

やはり領主様の顔は笑っていなかった。

「我が要請をただの商人風情が断るというわけか。」

うわー、むっちゃ怒ってるよ。

ただの商人風情って言われたし。

だがここで心おれるわけにはいかない。

俺には俺の信念があるのだから。

周りの俺を見る視線が刺すようにいたい。

先ほどまでの柔らかい雰囲気が一気に冷たくなった。

スミマセン、空気読めなくて。

ほんと、サーセン。

「理由を聞かせてもらおうか。」

「私はつい先日、商店連合との契約によって召喚されました。商人にとって契約はとても重要なものであり、それを破るなんて事は考えられません。私がこの世界に来た理由は明かせませんが、事を成す為にやってきました。ですが、今の私はまだこの世界に来て何も成しておりません。」

もう一度エミリアのほうを見る。

俺にとっての始まりはエミリアに召喚されたところから始まる。

商店連合の要請でこの世界にやってきて、自分の命を担保に商店を成功させると誓った。

今ここで領主様の下で働くといえばその誓いを破ることになる。

俺にとって商店連合との契約はエミリアとの契約を意味する。

自分の好きな人との約束を破る事など俺には出来ない。

「プロンプト様の申し出は非常に光栄であり、身に余る栄誉です。私の働きを評価していただいた事も大変嬉しく思います。しかしながら、今ここでその名誉を受けてしまえば私の根本にあるものが崩れてしまいます。私にとってこの世界に来た契約とはそれほどに重要なものなのです。」

再び視線を領主様に戻し、話を続ける。

先ほどと同じくまっすぐな目で俺を見てくる。

領主様にはプライドがあるだろうが俺にも譲れないものはある。

もしこれで自分の立場が脅かされる事になるとしても決して後悔はしない。

エミリアもシルビア様もユーリも、みんな俺の決定を責めることはないと信じている。

皆と一緒ならなんとかなるさ。

「それが理由か?」

「はい。」

たったこれっぽっちの理由だが、俺にはとても大きな理由だ。

それを非難されても俺は決して考えを曲げない。

しばらく無言のまま見つめあう二人。

見つめ合~うと~、すな~おに~、おしゃ~べり~、でき~な~あぁい~。

By桑田

「その契約とやらは領主である私の命よりも重要というわけだな。」

「領主様の命であれば致し方ありません。ですが、出来るのなら今の立場のままお手伝いをさせていただければと思っています。私も領内の最果てながらこの地で商いをさせていただいております領民の一人です。もしお困りのことがありましたら、一人の領民としてお手伝いさせていただければ幸いです。」

「わが元で働くよりも今の生活を取るか。」

「私はまだ何も成しておりません。ですが、もしそれが終わった時には改めて立候補させていただければと思います。」

「その時までにお前の席はないかも知れんぞ。」

「その時はその時、私にそれだけの魅力がなかっただけでございます。」

俺には商店を成功させるという目的がある。

それを達成するまでは商店連合に属しておかなければならない。

もちろん、領主様の命令であれば商店連合とはいえそれを無視する事はできないだろう。

だがこの人はそんな事をしない。

俺はそう感じた。

だから俺は俺の筋を通す事に決めたんだ。

初対面の市長とか知事クラスの偉い人に何啖呵きってんだよって昔の俺なら思っただろう。

でも俺はもう、昔の俺じゃない。

ナーフさんじゃないけれど、Newイナバシュウイチがここにいるのだ。

昔の俺はこの世界にくるときに捨てたのさ。

「話に聞いていた通り、面白い男だな。」

「ただ融通の利かない商人でございます。」

「だがその心意気は気に入った。最近は自分の芯を曲げてフラフラしている軟弱者を多く見るが、それとは全く違う。自分の場所で自分の成すべき事をするがよい。ただし、力が必要なときは問答無用で引っ張っていくぞ。」

「私に出来る事であれば何なりとお申し付けください。」

お互い無意識に手を伸ばし握手をしていた。

驚きの声が回りから聞こえてくるがそんな事は気にしない。

さっきから領主様の一足一挙動でコロコロと忙しい人が数人いるようだが、先ほどの発言はそういう人のことを言っているんだろうな。

俺には芯があるというよりも、芯を曲げたくない理由があるだけだ。

それがあるだけで、昔よりもぐっと強くなれた。

守るべき人が居るってやっぱりすごいな。

硬い握手を交わしながらエミリア達のほうを見る。

三人とも嬉しそうに笑っていた。

よかった。

「こうやって自然に手が出るなど何時以来だろうか。」

「申し訳ありません、つい・・・。」

「別に咎めている訳ではない。今後もこうやって身分に関係なく話をしてくれると嬉しいのだがな。」

「それは難しいかと。」

手が出てしまっただけでも場合によっては切り捨てごめん的な可能性もあったのだ。

これ以上親しくしてしまうと周りの人間に何をされるか分かったものではない。

初対面とはいえ相手は領主様だ。

それなりの対応を心掛けなければ。

「今をもって彼は私達の同士だ。身分や役職に関係なく等しく扱うように諸君らも心掛けてほしい。では時間の許す限り夕食会を楽しんでくれ。」

領主様の話はこれにて終了。

先ほどまで浴びていた視線が一気に拡散する。

領主様に話しかける者、じろじろと俺を見続ける者、情報交換をしている者、そして後ろで待つ三人に声をかけている不貞の野郎。

おいこら、うちの嫁に何のようだ。

って、さっきの冒険者ギルド長じゃないか。

あのクソ上司が一体何のようだ。

「では私も失礼します。」

「後で時間が出来たら別室に来てくれ、先日の件について詳しく聞きたい。」

「かしこまりました。」

「テナンに話しかけてくれれば部屋に案内してくれるだろう。」

そう言って領主様は集まりの中に消えていった。

おそらく偉い貴族とかと話をするんだろうな。

せっかくの集まりなんだし、情報交換をする意味もあるだろう。

でも別室でわざわざ話をするというのはやはり横流しの件かな?

そんな事よりもエミリア達だ。

早く助けに行かなければ。

俺は人混みを掻き分けて、三人の待つ場所まで急ぐのだった。


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