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第四章

そしてその日はやってきた

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 なにかと忙しかった初日を終え、迎えた二日目。

 正直に言うと、これほどまでに暇な日はここ最近ではなかったんじゃないだろうか。

 もちろん暇で何もしていなかったというわけではないが、特にこれといったイベントもなくゆっくりとした時間を過ごすことができた。

 つまりは暇だった。

 初日にこれなかった村人が買い物に来てくれたぐらいで、期待していた初の冒険者も来ていない。

 予想はしていたがさすがにこう暇だと先が不安になるわけで。

 本当にこの店は大丈夫なんだろうか。

 まぁ今更それを言っても始まらないし、やると言った以上自分にできることを黙々とやっていくしかないだろう。

 店番をしつつ空き時間を商品整理や文字の勉強、家の薪割や掃除と自分にできることを黙々とこなした。

 仕事していない時間の方が多いのはご愛嬌という事で。

 おかげでここ一週間はお風呂に困らないだけの薪割をすることができた。

 翌日は絶対筋肉痛だな。

 そう思って迎えた三日目の朝。

 予想していた筋肉痛はまだ来ていない。

 おや?

 これはもしかして筋肉がついてきてあれぐらいじゃ筋肉痛にならないという奴か?

 それともとうとう翌日に筋肉痛が来ないような年齢になってしまったという事だろうか。

 うむわからん。

 とりあえずは起きて活動を始めたらわかることだ。

 今日は忙しくなるぞ。

 何せ今日はあの横流しに加わろうとしている連中との初顔合わせになるんだからな。

 何時に来るかわからないけど朝一ってことはないだろう。

 ああいう連中が動くとしたら昼過ぎじゃないだろうか。

 また街に戻ることを考えたら昼過ぎに来て会合してその足で帰ってとなるので少し早い時間かもしれない。

 シルビア様とミド博士達が先に来てくれないと困るんだけどなぁ。

 まぁ遅れたら遅れたで何とかするか。

 しっかりご飯を食べて本番に備えるとしよう。

 ベットから抜け出し大きく伸びをする。

 バキバキと音を立てて固まった関節が動き始める。

 服を着替えてタオルを手に持ち部屋を出る。

 おや、もうパンの焼ける匂いがするぞ。

 廊下に出るともう下からいい匂いがしてきた。

 階段を下りるとユーリがてきぱきと朝食の準備をしていた。

 今日はユーリの当番か。

「おはようユーリ。」

「おはようございます御主人様。」

 香茶の準備をしていたユーリがこちらに気づき挨拶を返してくる。

「相変わらず早いね。」

「今朝の巡回も滞りなく終了しております。しかしながら今朝は罠に何もかかっておりませんでしたので主食がないことをお許しください。」

「毎日とれるわけじゃないから仕方がないですよ、卵は貰ってこれた?」

「今朝も新鮮な卵を分けていただきました。」

 今朝はこの前のようなステーキを食べなくてもうよさそうだ。

 あれはあれで美味しかったんだけど、朝から分厚いステーキを食べれるほど俺の胃は頑丈ではない。

 質素にパンとスープと卵で十分です。

「顔を洗って来ます。」

「リア奥様がおられると思います。」

 今日も俺が一番最後か。

 みんな朝早いなぁ。

 リビングを通り抜け外の井戸に向かう。

 エミリアが顔を洗い終えたところの様だ。

 昨日作った作業台はどうやらいい感じに役目を果たしているみたいだな。

 適度な大きさの板を組み合わせただけだけど我ながら上手くできた。

「おはようエミリア。」

「あ、おはようございますシュウイチさん。」

「作業台はどんな感じ?」

「高さもちょうどいいですし荷物が置けるので助かります。」

 好評のようだ。

「できればタオルをひっかけるられるようのでっぱりがあればありがたいのですが。」

「空き時間に作っておきますね。」

「すみません、せっかく作っていただいたのに。」

「改良していきますからまた遠慮なく教えてください。」

 要改良ということで。

 次はお馴染みの洗濯物を干すY字の棒を作りたいんだけどあれは森で探してきた方がいいのだろうか。

 いい感じの高さがあればいいなぁ。

 井戸から水を組み木桶に移す。

 洗顔しながら一緒に髭も剃ってしまう。

 ネムリから買っている軟膏のおかげで剃り負け知らずだ。

 短剣でひげ剃るのも随分と慣れたものだな。

 ショリショリと剃っていると視線を感じたので横を見てみる。

 エミリアがじっとこっちを見ていた。

「どうかしました?」

「いえ、上手に剃っておられるなと思いまして。」

「最初は下手くそだったけど随分と慣れました。」

 見られると恥ずかしいのだがユーリが待っているのでそのまま残りをそってしまう。

 まぁこんなもんだろう。

「シュウイチさん。」

「あれ、残ってた?」

 エミリアに短剣を手渡すと左耳の下あたりを剃ってくれる。

 鏡がないとわからないなぁ。

「ありがとうございます。」

 ついこの前同じようなやり取りをした覚えがある。

「今日は大切な日ですから。」

「何事もなく無事に終わればいいんですけどね。」

 何事もなく平和的に話し合いが進めばいいけど、なんせ相手はチンピラなわけで。

 どれだけの人数で来るのかもわからない。

 一応村には警戒するように伝えているし、シルビア様の他にウェリスにも来てもらうようには声をかけている。

 屈強そうな部下を二・三人連れてきてもらう予定だ。

 といっても荒事にするつもりはないのであくまでも牽制と自衛のためだけど。

「シュウイチさんならきっと大丈夫です。」

「がんばります。」

「さぁ、ユーリが待ってますよ。」

 いつもは他力本願100%だが今日は俺の独壇場だ。

 出来る限り奴らからお金を巻き上げられるようにするつもりだが、どういうふうに出て来るのか見当もつかない。

 不確定要素が多い中どうやって話をまとめていくかはすべて俺にかかってる。

 出来るだけ心に余裕を持ち、下手に出ず、常にマウントを狙っていく。

 弱みは見せない。

 こっちが優位の交渉なのだから舐められたらおしまいだ。

 常に優位を確保しながら相手の逃げ道をふさぎつつ最善の方に誘導していく。

 それを瞬時に行おうっていうんだから、俺もどうかしてるよな。

 けど俺にはそれしか誇れるも物がない。

 武芸も体力も持ち合わせていない俺が唯一使えるのがこの頭と口だ。

 何とかするしかない。

 ちがうな、何とかなるさ、だ。

 とりあえず今しなければいけないのはしっかりと朝食を食べて万全を期すこと。

 それだけだ。

 エミリアに励まされながらユーリの待つ家に戻るのだった。


 朝食後商店に向かい開店準備を始める。

 商品を陳列しお金の準備をして後はお客さんを待つだけだ。

 カウンターを拭いて貰ったクロスを敷く。

 もう少ししたらセレンさんが出勤してくるはずだ。

 初日は一人でお店に来ていたのだが、道中魔物が出ない保障はないという事で行き帰りもウェリスが付いてくることになった。

 ウェリスはめんどくさそうだったが、セレンさんが嬉しそうなのでこっちは何も言うつもりはない。

 実を結ぶのはいつになるのやら。

「おはようございますイナバ様。」

「おはようございますセレンさん。」

 そして今日も嬉しそうな顔でセレンさんが出勤してきた。

 横には無愛想なウェリスが立っている。

「ウェリスもご苦労様です。」

「今日はこのままこの店の警護に当たれとシルビア様から聞いている。ここに来る前に村長様の家に寄っていたからもうすぐ来るだろう。詳しくはお前に聞けといわれたがいったい何をしでかしたんだ?」

「サンサトローズにいる少々面倒な連中がここに来る予定でして、護衛と威圧もかねてきて貰ったんです。」

「俺以外の面倒な連中ねぇ。」

 まぁサンサトローズで盗賊やってた本人からしたら今日来る連中もご同業みたいなものだろう。

 もしかしたら知り合いかもしれない。

 それはそれで好都合なのだが。

「そんな連中に心当たりはありませんか?」

「俺たちのほかにコソコソとやってるやつらは確かにいるが、横流しにかんでやろうなんて根性のあるやつはどうだったかな。」

 まぁ思い出せないという事はその程度の連中ということか。

 少し気が軽くなった。

 でもあれだな、ウェリスがここにいるという事は村の警備はどうするんだろう。

「後何人かこちらに来てもらう予定でしたが村の警備はどうするんでしょうか。」

「それだったらシルビア様が騎士団員を数名連れてきていたから、そいつらを警備に当たらせるんだろう。一応名目は俺たちの監視という事になっているけどな。」

 監視するべき対象は別の場所にいるわけだから、まさに名目上という奴だ。

 でもまぁ、騎士団員が警備してくれるなら村長も安心だろう。

 そういうところを気にする人ではないけれど、村人の安心感は違う。

 この世界の警察みたいなものだからね。

「でしたら安心ですね。」

「とりあえず俺はその連中との話し合いに同席すればいいわけだな。」

「ただその場にいてくれるだけで結構です。宿の一室を使う予定ですので他の人にも迷惑はかけないつもりですよ。」

「確かに俺みたいなやつが大勢いると店の印象も悪くなるなぁ。」

 二人で笑っていたときだった。

「ウェリスさんが居ても怖くなんか無いですよ!」

 話を聞いていたセレンさんが語気を強くしながら反論してきた。

 好きな人がそんな風に言われたら確かに怒るか。

 反省します。

「一般論で言っているんだ。俺みたいな奴は裏で控えておくほうが店のためにはいいのさ。」

「そんなことありません。人を見かけで判断するなんて、そんなこと私は許せないです。」

「俺の為に怒ってくるのはありがたいけどな、現実は現実だ。それに俺は立派な犯罪奴隷だから他の連中から見てもいいようには見えないんだよ。」

 そう言って手を上に上げると、手首についていた腕輪が見える。

 奴隷の証だ。

 ウェリスの場合は従軍奴隷として15年働く判決が出ている。

 昔は焼印が普通だったようだが年季明け後も奴隷に見えるという事で、今は魔法でしか外れない専用の腕輪に変更されたそうだ。

 その辺ちゃんと人権を考えているあたり偉いよなぁ。

「でも奴隷だからって全員が悪い人というわけではないのに。」

「そういう風に思ってくれている人が居るというだけでも俺たちからしたらありがたいことだ。」

「そうですね、差別せず一人の人としてみてくれる人が居るというのは非常に嬉しいものですよね。」

「なんだ知ったような口ぶりじゃないか。」

「私も来年には同じような身分になるかもしれませんので、そういう意味では安心できますね。」

「お前みたいな頭の回る奴隷なんて俺は雇いたくないがね。」

 随分な言われようである。

 だが奴隷だからといってひどい扱いをせず、一人の人間としてみてくれる人が居るのは本当に嬉しいことだと思う。

 まぁセレンさんの場合は少々別の目線も加わっているのだが。

「シュウイチ、ミド博士とイラーナ助手をお連れしたぞ。」

 なんだかんだ話しているうちにシルビア様も追いついたようだ。

「遠いところご足労いただきありがとうございますミド博士、イラーナ助手。」

「別にこれぐらいどうって事ないぞ。」

「でも博士、先程足元がフワフワすると仰っておられたではありませんか。」

「そ、それは立ちくらみがしただけで今は問題ない!」

 今日も良い感じに尻に敷かれているようで。

 イラーナ助手を彼女と認めて以来二人の間に流れる空気が少し柔らかくなったような気がする。

 あくまで博士と助手の関係ではあるけれど、それ以上の信頼が二人の間にある。

 俺とエミリア達みたいだな。

 元同僚、今嫁さんだ。

「お疲れのところ恐縮ですが今日はよろしくお願いいたします。まだ先方が来ていませんので奥の部屋でゆっくりお休みください。セレンさん、皆さんにお茶をお願いできますか。」

「わかりました、すぐご準備致しますね。」

 二人には後々隠し玉として登場いただくのでそれまでは別室で待機して貰うとしよう。

「良い店に仕上がったようだな。」

「おかげ様で何とか開店にこぎつけることが出来ました。」

「なんという名にしたのだ?」

 そうだったシルビア様にはまだしらせていないんだっけ。

「シュリアン商店といいます。」

「ふむ、何か特別な意味があるのだろうか。」

「エルフィーの言葉で『希望』という意味だそうです。私達の名前を一文字ずつ入れてユーリが考えてくれました。」

「私の名前も確かに入っている、良い名をつけてくれてありがとう。」

 シルビア様にも気に入ってもらえてなによりだ。

「シア奥様にも気に入っていただけて光栄です。」

「それで、今日の件だが具体的にどういう風にするつもりなのだ?必要ならば村に呼んである兵をこちらに呼ぶこともできるが。」

「村の警備の件助かりました。ウェリス達に来てもらうのでどうしようかと思っていたんです。」

「そこは妻として当然のことをしたまでだ、礼などいらん。」

 いや普通の奥さんは警備について考えたりしないと思うんですけど。

 でも助かります。

「相手が相手ですので念のため面談は宿の二階で行います。入り口を一箇所に絞ることで他の連中が入って来れないようにするつもりです。」

「それがいいだろう。話し合いが不調に終わり強硬手段を取るなんて事はないとは思うが、対策は講じるべきだ。」

「部屋の中には私とウェリスの二人で入るつもりです。」 

 これは決定事項だ。

 え、なぜって?

「なぜだ。面談の場であればエミリアか私が立ち会うべきだろう。」

「シルビア様は騎士団の分団長です。そのような人間がこういった場に立ち会うとなると彼らが恐縮してしまう可能性がある。それに、騎士団は潔癖であるべきだと私は思うのです。」

 不正を許してはいけない。

 騎士団は正義の集団であるべきなのだ。

 もちろん、先の盗賊段の一件のように元騎士団員が不祥事を起こしたケースはあるがシルビア様は現役の騎士団分団長である。

 そのような人間が不正行為の現場に居るわけには行かない。

 もちろん、偽の契約だし偽りの面談ではあるのだが世間の目という物がありましてですね。

「た、たしかに私が居れば都合の悪いこともあるだろう。ではエミリアは何故駄目なのだ。」

「そうです。何故私も同室してはいけないんですか?」

 危険な場所に連れて行きたくないというのが本音なのだが、このまえにくだらないプライドなんて捨てろと怒られたばかりなのでそういう風に言うわけにもいかなくてですね。

「エミリアには商店をお願いしなければなりません。私が中に入ってしまうと外のことは分かりませんから、このお店を守ってもらう必要があります。」

「確かに二人とも入ってしまったらお店は回らなくなってしまいますが・・・。」

 そうでしょうそうでしょう。

 そうなんですよ。

 今思いついたけど。

「ですので私の代わりに二人にはこの店を守ってもらいたいんです。外に連中の手先が潜んでいるかもしれませんし、出来るだけ不安要素は排除したいんです。」

「わかった。そこまで言うのならば責任を持って店と周囲の警戒にあたろう。ウェリス、くれぐれもシュウイチを頼んだぞ。」

「俺の眼の前でこいつに悪さなんてさせませんよ。」

 頼りにしてますよ、ウェリスの兄貴。

「シュウイチさんがそこまで言うんですから、私にはそれを拒否できません。ですが絶対に危険なことはしないでくださいね。」

「何か有ったら窓の外に逃げますから大丈夫ですよ。」

 飛び降りても足の骨を折るぐらいだ。

 いざとなったらドリアルドを呼べば来てくれるかもしれないし。

 そんな事で呼ぶつもりはないけどね。

「私達はどうやって魔石を鑑定すればいいんだ?」

「お二人には別室で彼らの持ってきた魔石を鑑定して貰うつもりです。こちらからはユーリに立ち会ってもらい公平性を保ちます。ユーリ、お願いできますね。」

「何が出来るかわかりませんがお任せください。」

 考えたくは無いが二人が横流しグループと繋がっている可能性は否定できない。

 誰も見ていないところで嘘の鑑定をする可能性もある。

 そこでちゃんと鑑定が行われているかをこちら側の人間に確認させる必要がある。

 もちろんユーリには鑑定することも出来ないから二人が何をしているかなんて全く分からないのだけど、監視の目があるというだけでも悪いことというのはしにくいものだ。

 ユーリが間違いなくこちら側の人間で裏切る可能性が無い分安心してこの任を任すことができる。

 一応立ち会う理由を説明しておけば大丈夫だろう。

 二人を監視するというわけには行かないので、あくまでも立会いという事にするのだ。

「ではそのようにさせて貰おう。現場に立ち会わなくて済むのであれば私も安心だ。」

「お二人はあくまでも魔石の鑑定のためにお呼びしましたから。ただ、もし彼らが魔術師ギルドとの関係を疑ってきた場合は博士に登場いただく必要があるかもしれません。」

 本当に魔術師ギルドとかかわりがあるか証拠を見せろとか言い出すかもしれない。

 そうなったときはミド博士に出てきて貰う必要があるだろう。

 できるだけそうならないようにするつもりだが、こればっかりは彼らの出方次第だからわからない。

「その場合は仕方ないだろう。まぁ、私もどういう連中が横流しをしようとしているのか興味があるしな。」

「博士に危険が及ばないとお約束いただけるのであれば、博士の同室を許可したいと思います。」

「そちらの言い分ももっともです。博士の安全が保証できない場合はこちらに来ていただかなくても結構です。」

 彼女としても愛する人が危険な場所に行くのは避けて欲しいところだろう。

 確約は出来ないがその気持ちは痛いほど分かる。

 そうならないようにするつもりなので博士はあくまでも最後の切り札だ。

「そのあたりはシュウイチがうまくやってくれるだろう。」

「そうですね、シュウイチさんですから。」

 なにその俺だから何でも出来る感。

「さすが俺を追い詰めたイナバシュウイチだな。」

「そこまですごい人間ではないんですけどねぇ。」

 とりあえずこれで役者は揃った。

 あとは相手がどう出てくるかだ。

 それは、神のみぞ知るという奴だな。
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