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第四章

番外編~シルビア流買い物術~

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 騎士団の朝は早い。

 日の出の前に起床し点呼を取り、簡単な柔軟の後丘の上まで装備を背負っての行軍。

 戻り次第各班に分かれて朝食をとる。

 日の出の頃には全兵士がいつでも行動を取れるように訓練をしている。

 これは全て騎士団長自らが先頭に立ち兵士を率いているからこそ成り立つ。

 誰もが赤き鎧を身にまとった騎士団長シルビアの背を、尊敬と敬意を持って追いかけているのだ。

 話を戻そう。

 騎士団の朝は早い。

 つまりは騎士団長シルビアの朝も早いという事になる。

 まだ他の兵が寝静まっている時間からシルビアは活動を始める。

 自室の洗面台で洗顔をし、身だしなみを整え、柔軟後素振り。

 素振りの後は精神統一をして自らを心の底から鼓舞する。

 自分が誰なのか。

 騎士団長としての自覚と誇りをここで高めるのだ。


「という風に次回の機関紙には書こうと思っているのですがいかがでしょうかシルビア様。」

「もう少し柔らかい書き方は無かったのか?これでは私が誰よりも早起きのようではないか。」

「違うのでしょうか。」

「すまないが私は朝が弱くてな、起きてくるのも大抵一番最後のほうだ。それを知ってかしらずか他のものもそれにあわせてゆっくりと準備をしている。何事も急いてはいいように行かんからな。」

 騎士団にも多くの部署が存在している。

 兵士だけでなく、物資を調達する部署、武器を管理保管する部署、食事を準備する部署、そしてこの文章を考えたのが宣伝をする部署だ。

 いかに騎士団が素晴らしく、カッコいいかを追求することで次の入団兵を募集する役割を担っている。

 宣伝部署のエースであるラナは今回の『偉大なるカリスマ騎士団分団長シルビアの1日』というこの企画に絶対の自信を持っていた。

 サンサトローズで知らぬ者はおらず、国中に戦場の戦乙女として名高い騎士団分団長シルビア。

 愛でる会、応援する会、補助する会等の様々な愛好会が存在している。

 その多数の愛好会会員が騎士団の機関紙を手に取ることで、その家族にも騎士団の素晴らしさが伝わるだろうと信じているのだった。

「なるほど、そのような深い意味があったのですね!大変勉強になります。」

 そしてこのラナ自身もシルビア愛好会の会員番号2番という熱烈なシルビアファンなのだった。

「しかしラナよ、このような企画で本当に我が騎士団を目指す若者が集まってくるのだろうか。」

「もちろんです!この企画を通じて多くの若者がシルビア様の素晴らしさに感動することで、騎士団への入団希望者は今の2倍いえ3倍に膨らむことでしょう!」

「しかしだ、騎士団の中での私ではなく何故非番のときなのだ。今日は大事な買い物の用事があったのだが。」

 シュウイチとの結婚後、商店と騎士団を往復しているシルビアにはあまり自由な時間はなかった。

 この日も数少ない休日をシュウイチの為に手配した鎧を取りに行くことに当てていたのであった

 因みにラナはシュウイチとの結婚を認めていない結婚否定派の急先鋒である。

「是非そのお買い物に同行させて頂けませんでしょうか!『シルビア様の華麗なる買い物』いえ、『シルビア流買い物術』これですこの企画で決まりです!」

「買い物術と言ってもただ店主と打ち合わせをして防具をもらって帰るだけなのだが。」

「新しい防具ですね!今回はどのような物にされるのでしょうか。今の深紅の鎧もいいですがやはりシルビア様には純白の鎧こそが相応しいと私は思うのであります!」

 ラナのこの勢いにいつも押され気味のシルビアだったが、最近は心の余裕が出来たのかスムーズにあしらえるようになっていた。

「誠に申し訳ないが今日の予定は私の鎧ではない。そなたも知ってると思うが私の旦那であるシュウイチ殿の防具を取りに行くのだ。」

 その言葉を聴いた瞬間にあからさまに顔をしかめるラナ。

 そしてそれを見てシルビアは苦笑いするのだった。

「防具の受け取り後はいかがされるおつもりですか?」

「その後は昼食とこまごまとした買い物を予定している。妻となった以上人前に出るときのことも考えなければならないからな、化粧品も見にいかねばと思っている。」

「化粧品!『必見、シルビア様お勧めの化粧品10品目大解剖』もしくは『戦乙女はここで選ぶ!化粧品の選び方』なんてのもいいですね。」

「そなたは何故いつもそういうよくわからないことばかり考えているのだ。騎士団を目指す若者が化粧などに興味を持つわけが無かろう。」

「何を仰っているのですか!騎士団を目指す若者こそ女性の化粧にかける意味を理解しなければならないのです。男性にとってはただのお化粧でも私たちにとっては立派な武具です。お互いの戦に出る為の装備に理解を示さないでどうして良い騎士団員が務まるでしょうか!」

 もはやこじつけである。

 しかしこの勢いこそラナを騎士団宣伝部署のエースに引き上げた原動力なのだ。

「もう好きにするがいい。私は私で自分の用事をさせて貰う、それでいいな?」

「ありがとうございます!不肖このラナ、全力で取材させて頂きます。」

「出来ればもう少しおとなしく取材してくれれば良いものを・・・。」

 シルビアは大きなため息と共に、自分の準備をするのだった。


 時は過ぎ、太陽は随分と高いところに昇っている。

 シルビアは予定通り南通りにある武器屋へと向かうのだった。

 ここは先の盗賊団討伐の際に破損した自らの武器の手入れを任せている店だ。

 店内には多くの武器が並び、奥からは鉄を打つ音が聞こえてくる。

 多くの武人が通ったであろうこの入り口にシルビアは手を伸ばす。

「ラナ、店内では静かにして貰えるだろうか。」

「申し訳ありませんつい口に出ちゃって。」

 どうやらラナは考えていることが口に出てしまうタイプのようだ。

 思いついたことを口に出すほうが頭の中で文章の整理が出来るらしい。

「店主先日は世話になったな。」

「お気に召した様で光栄です。うちとしてもあれほどの剣の手入れをさせて貰ってなんとお礼を言っていいやら。」

「シュウイチ殿がここの事を随分と褒めていてな、それに見合う仕事をして貰い感謝している。」

「それで此方が頼まれていた手甲です。ハイミノーグの強固な革を知り合いの防具職人に頼んで作らせました。表面にはハイドル産の鍛鉄を薄く延ばして嵌め込んであります。さすがにシルビア様の剣には太刀打ち出来ませんがそこいらの剣では切れない自信作ですよ。本当はドナ産の鉄が良かったんですが先の大雨で輸送便が遅れていまして今回はこちらで加工しています。」

「畑違いの物を頼んで本当に申し訳なかった。」

 先日副団長であるカムリに相談した時、身体能力を必要とする鎧よりも手軽で扱いやすい手甲のほうが喜ばれるという助言をもらったシルビアは悩みに悩んだ末、この武器屋の店主に相談したのだった。

 最初は難色を示した店主だったが、送る相手がシュウイチと聞くと快く受けてくれたのだった。

「薄く加工する技術なんかは他の武器にも応用できますからね、こちらとしても良い勉強になりましたよ。それに騎士団はうちの上顧客ですから、これからもどうぞよろしくお願いします。」

「ここの武器に変えてから団員からの評判も良い。こちらとしても是非よろしく頼む。」

「ご自身の用事だけでなく騎士団のことも考えておられるなんて、さすがシルビア様。『シルビア流買い物術その1、常に騎士団のことを考えるべし!』ですね!」

 この二人のやり取りからどうやって買い物術が生まれるのだろうか。

 苦笑いをして見つめるしか出来ないシルビアであった。

 代金の支払いを済ませて武器屋を出ると、ちょうど昼の鐘が町中に響き渡った。

 お昼時である。

「シルビア様お昼はどうされるんですか?」

「昼はエミリアに教えて貰った店があってな、そこに行くつもりだ。」

「商店連合の麗しきエルフィーエミリア様ですね。さぞ美味しいお店なのでしょう。」

「なんだその、麗しきエルフィーというのは。」

「ご存じないのですか? エミリア様こそ、シルビア様と共に夢を掴みこの街の最優秀奥様の座を駆け上がっている、超有名エルフィーエミリア様の呼び名ですよ!」

 キラっとポーズはとらないのでご期待の方はあきらめてください。

「エミリアはそんな風に呼ばれているのか。」

「シルビア様も素敵な呼び名で呼ばれているではありませんか。」

「あれは戦場での呼び名であって普段の呼び名ではない。」

 けしてエミリアが羨ましいわけではないが、せめてもう少し可愛らしい呼び名であったらと思いに更けるシルビアであった。

「という事は『一番は誰だ、シルビア様ニックネーム選手権』なんていうのもアリなんじゃないでしょうか。」

「ラナおいていくぞ。」

「ただいま参ります!」

 二人が向かったのは東通りの一角に店を構えるピンク色の可愛らしい外装のお店。

 名をシフォンという。

「ここが目的のお店なんですね?」

「そうらしいな、ここのおすすめはシフォンというふわふわとしたパンらしいのだが・・・すごい人だな。」

 それもそのはず昼食時ど真ん中の時間である。

 せめて半刻程ずらせばもう少しましだっただろうが、シルビアにそのような考え方は思いつかなかった。

 待てば食べられる。

 ならば待つ。

 この実直な考え方こそが騎士団でも他を引っ張る原動力になっているのだ。

「ラナよ、いい加減その口に出して考えるのはやめんか。恥ずかしくなってくる。」

「どうしてもやめられないんですよね。聞き流していただければ幸いです。」

「お主がいらぬことを言うから周りの人がいらぬ気を使ってしまったではないか。」

 周りを見るとシルビア様の来店に驚いた女性たちが順番をどんどん譲ってくれているのだった。

 何を隠そうこの順番を譲ってくれた女性たちもまたシルビア愛好会のメンバーだったりするのだ。

「せっかくですからお言葉に甘えさせていただきましょう。」

「すまんなお主達、その好意に感謝する。」

 まるで役者のように綺麗なお辞儀をするシルビア。

 目の前にいた女性が感激のあまり気を失いかけたのは言うまでもない。

「『シルビア流お買い物術その2、好意は甘んじて受けるべし』ですね!」

「ここは穏便にというのがいいと思うのだが。」

「そう固いこと言わないでください。あ、次私たちの番ですよ。」

 結局通常の半分以下の時間で目的の食事にありつけた二人は、噂のパンに舌鼓を打ち大満足のまま店を後にするのだった。

 ラナがシルビア様の食事風景にコメントを入れ続けたのはもはや規定路線だ。

「あぁ、シルビア様と一緒の食事。これも騎士団宣伝部署に所属していた私の役得ですね。」

「一つ質問があるのだがいいだろうか。」

「何なりとお聞きくださいませ!」

「騎士団宣伝部署にわざわざ入ったのは、まさかそれが理由ではあるまいな。」

「何を仰います!同じ空間、同じ空気を吸うために決まっているではありませんか!」

「聞いた私がバカであった・・・。」

 馬鹿に付ける薬はない。

 もはやあきらめ気味のシルビアは妄想前回のラナを引き連れて最後の目的地へと向かうのだった。

 南通りに商店多くあれど、ここの成長には目を見張るものがある。

 北から南、国中の珍しいモノから生活必需品までお呼びとあればどこまでも。

 噂のネムリ商店ここにアリ。

 そう、ネムリの営業する商店である。

 先の盗賊団討伐のおり騎士団と親密な関係になったネムリ商店は、今や団員がプライベートでも利用するほどの人気店になっていたのだった。

「いらっしゃいませ、おやシルビア様ではありませんか!」

「邪魔をするぞネムリ。頼んでいたものは入っているだろうか。」

「もちろんでございます、王都で話題の化粧品多種多様に取り揃えております。」

 シュウイチの妻となった以上今までのように武骨なままではいけないと悟ったシルビアは、ネムリに頼んでおすすめの化粧品を取り寄せていたのであった。

「これはすごい量だな、数品で構わないと言ったつもりであったが。」

「当初はその予定でございましたが、やはりせっかく見ていただくのであれば多い方がよろしいかと思いまして。後日別便で宝飾品も入荷予定ですので是非お立ち寄りください。」

「シルビア様、その私も拝見してもよろしいでしょうか。」

 なんだかんだ言ってラナも女性である。

 これだけの化粧品を前に黙ってみていることなどできるはずはなかった。

「これだけあるとわからんな、ネムリのオススメはどれだ?」

「一押しはこの口紅でございます。シルビア様の髪の色のように鮮やかな赤色をしたこの紅をつければ、イナバ様がお喜びになること間違いなし。白い肌によく合う色でございます。さらに、このクリーム。ただのクリームではございません、見てください、私のような肌の荒い男でもひと塗りするだけでこの整い様。腕やお顔に塗れば美しい肌が真珠のような光沢を出すことでしょう。」

 ジャパネットネムリここに開演である。

 その後たっぷりとネムリのレクチャーを受けたシルビアは紅クリームの他に何種類かをまとめて購入したのであった。

「さすがシルビア様、今話題の人気店ネムリ商店でお取り寄せをされるなんて。」

「ネムリとはシュウイチとの縁でよくしてもらっている。それに、ここであれば望みのものが大抵手に入るからな。」

「そう言っていただけると大変光栄でございます。これからも騎士団の皆さまにはどうぞ御贔屓にしていただければと思っております。」

「さすがシルビア様です。『シルビア流お買い物術その3、買い物はなじみの店を大切に。』『その4、流行り物はしっかりと確保!』ですね!」

 もはや買い物術でも何でもないのは気にしてはいけない。

 会計を済ませたシルビア様がふと後ろにいるラナの方に振り返った。

「そうだ、ラナにはこれをやろう。」

 そう言ってラナに一つの袋を渡す。

「開けてもよろしいでしょうか。」

「開けなければ中身がわからんではないか。」

 ラナは破らぬようゆっくりと袋を開ける。

 そこには先ほどシルビアが買い求めた口紅と同じものが入っていた。

「シルビア様これは・・・?」

「私と同じ紅で悪いが今日一日付き合ってくれた礼だ。昼の店も一人ではなかなか入りにくくてな、ラナがいてくれたおかげで助かった。」

「シルビア様と同じ紅だなんて・・・大事にします大切にします家宝にしますぅぅぅ。」

 興奮のあまり泣き出してしまうラナであった。

「何も家宝にまでせずとも。」

「いえ、これは死ぬまで大切にとっておかなければならないのです。」

「使わねば意味がないのではないか?」

「頂いたものを使って、ましてや同じように口に塗るなど恐れ多い事ですぅぅ。」

「別にそれぐらい構わんだろう。」

 シルビアはわかっていなかった。

 シルビア愛好会会員番号2番ラナ。

 彼女にとってシルビアという人物は神よりも上の存在であるという事を。

「今回の企画はこれで決まりです。『絶対購入!シルビア様使用中ネムリ商店の化粧品特集!』これしかないです!」

「ラナよ、それで本当に騎士団への入団者が増えるのであろうな。」

「もちろんですともすべてこのラナにお任せくださいませ!」

 その後ラナの書いた記事の載った機関誌は、発行部数が先月の10倍となりサンサトローズに一大旋風を巻き起こしたのであった。

 昼食に寄ったパン屋は入店2時間待ちの大盛況。

 ネムリ商店に至っては仕入れた化粧品がすべて完売し、本人使用モデルの紅は予約半年待ちの状況となっていた。

 シルビアは知らなかった。

 自分がどれだけの影響力を持っているのかという事を。

 ネムリは知っていた。

 シルビア様の使用した物がバカ売れするという事を。

 その後、騎士団に入団者が増えたかどうかに関しては誰も知ることはなかったという。

 ただ言えるのは、入団するであろう年代の男性がいる家庭には等しく騎士団発行の機関紙『シルビア賛歌』が置かれるようになったという事だ。

 騎士団宣伝部署所属ラナ。

 彼女の書く記事はこれからも多くの女性達を魅了していくことだろう。

 シルビアというカリスマの力によって。

 シルビア流お買い物術。

 これが流行ったかどうかはラナのみぞ知る。



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