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第四章
例えどんな身分でも
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予約していた今話題のお店。
扉を開けたその瞬間にその女性はやってきた。
いや、今から食事なんですが。
「あのやろうどこ行きやがった!」
お決まりのように店の裏手から荒々しい声が聞こえてくる。
「シュウイチ、ここはひとまず中へ。」
「そうですね中に入りましょう。」
女性の姿を隠すようにとりあえず中へと入っていった。
「いらっしゃいませ。」
「白鷺亭の支配人からここに行くようにと教えて頂いたのですが。」
「ハスラー様よりお話は伺っております。四名様という事でしたが・・・。」
「その予定だったんですが急に増えてしまいまして、大丈夫ですか?」
急に増えたとしかいいようがない。
「奥のお部屋に準備してありますのでどうぞそのまま奥へお進みください。」
「ありがとうございます。」
わざわざ別室を準備してくれたのか。
支配人が気を利かせてくれたんだろうけど今はそれがありがたい。
奥の部屋には大きなテーブルが一つあり、純白のテーブルクロスが掛けられていた。
「とりあえずこの下に隠れてください。」
「この下にですか?」
「説明している暇はありません。」
あの感じだと間違いなくここに来るだろう。
空気を察したのか他の三人が彼女の入ったテーブルに着席する。
「シュウイチさん・・・。」
エミリアが不安そうな顔をしていた。
とりあえずこの場をやり過ごしてから詳しい話を聞こう。
なんて考えていると入り口から怒鳴り声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ・・・なんですか貴方達は!」
「うるせぇ、すぐ済むから静かにしてろ!」
ドカドカと音を立てて足音が近づいてくる。
ドアが開いた瞬間にわざと驚いたような顔をして振り返った。
「くそ、ここにもいないか。」
「貴方達は何者だ、騒ぎを起こすというのならばこのシルビアが相手にするが。」
シルビア様が立ち上がり腰に下げていた剣に手を添える。
男が驚いてシルビア様の顔を二度見した。
「・・・邪魔したな。」
ぐるりと周りを見渡し男は足早に部屋を去っていった。
「他を探せ!」
店のドアが閉まる前にその声だけが聞き取れた。
間違いなくこの女性を探している。
しかし誰が何のために。
「詳しく聞かせてもらえるだろうか。」
騒ぎが収まるのを確認して机の下の女性にシルビア様が声を掛けた。
エミリアとシルビア様の間から問題の女性が顔を出す。
そこにいたのは、忘れもしない先程猫目館で出会ったあの女性だった。
相手もこちらを見て驚いたような顔をする。
ついさっき何事も無かったように別れたはずなのにいったい何があったというのだろうか。
「助けて頂いてありがとうございます。」
「私は騎士団分団長のシルビアだ。あのような輩に追われているという事はそれなりの事情があるのだろうが、私でよければ話を聞かせてもらえるだろうか。」
「貴女様があの有名な・・・。」
「今日は非番でここにいるが、何か危険なことに巻き込まれているのならば騎士団でそなたを保護することも出来る。」
運が良かったというべきなのだろう。
何せこの街で一番安全な場所に飛び込んだのだから。
シルビア様を相手に喧嘩を売るような奴なんてこの町にはいないからね。
「とりあえずは疲れたでしょう、ここに座ってください。」
「そんな私は・・・。」
「いいから。お店の人にも怪しまれてしまいますので。」
一人増えたことは別に何とでも言い訳できるが、女性を立たせてるのはさすがに世間体が悪い。
それに、あの男たちに追われていた恐怖で彼女はまだ震えていた。
彼女を自分の席に誘導し腰掛けさせる。
座った瞬間に彼女の方の力がふっと抜けたような気がした。
「私はニケといいます。普段は猫目館で働かせて頂いています。」
「猫目館、確か裏通りの娼館であったな。」
「そうです、皆さんからするとあまり良くない場所だと思いますが・・・。」
「娼婦だからといって蔑む必要はない、どのような仕事でも一生懸命働いているのならば誇るべきだ。」
その通りだ。
娼婦だからといって汚いわけではない。
むしろ水商売と呼ばれる仕事をしている人のほうが、まじめで自分の仕事に誇り高かったりする。
うちのクソ上司よりも接待で出会ったホステスさんのほうがよっぽど素敵だった覚えがある。
「そんな風に言って貰えるなんて思ってもいませんでした。」
「ちょっと店の人に事情を説明してくるね。」
「シュウイチさん出来ればお水をもらってきてください。」
「羽織る物も一緒に借りてくるよ。」
少々露出の多い服装だし、震えているときは心も身体も温めるべきだ。
それに、男がいないほうが彼女も怯えなくてすむだろう。
部屋を出ると最初に案内してくれた男性と目があった。
「せっかくご予約いただいたのに申し訳ございません。私、オーナーのドッズと申します。」
「さっきは大変でしたね。」
「本当に。いったい何が目的だったんでしょうか。」
「シルビア様の顔を見るとおとなしく帰ったようですが誰かを探しているような感じでしたね。」
「盗賊団がいなくなって治安は随分とよくなったはずなんですが怖いですね。」
情報はなしか。
「お水を人数分と椅子をもう一つ、あと妻が少し寒そうなのでひざ掛けのような物はありますでしょうか。」
「店の備品でよろしければすぐお持ちします。」
「お願いいたします。そういえばここはどんな料理のお店なのでしょう、支配人は秘密にして教えてくれなくて。」
「うちはパイ料理を売りにしておりまして、ハスラー様にはいつもご贔屓にしていただいてます。」
小麦があればパンがある。
パンがあるならパイ包みだってあるか。
「シチューを入れたパイ包みなんかも?」
「うちの目玉料理でございます。お祝いと聞いておりますのでとっておきをご準備させて頂きますが、いかがでしょうか。」
「是非お願いします。食前に温かいスープもお願いできますでしょうか。」
「かしこまりました。」
温かい料理のほうが気もほぐれていいだろう。
「あ、椅子とひざ掛けは自分で持って行きますのですぐにお願いできますか?」
「お客様にそのようなことをお願いするのは・・・。」
「そのかわり、とびきり美味しいスープをお願いしますよ。」
なるほどとオーナーは笑顔になり、椅子と毛布を準備してくれた。
部屋に戻ると先程と違い落ち着いた空気が漂っていた。
「これを彼女に掛けてあげてください。」
「お手数をおかけしました。」
「すぐにお水とスープが来ると思います。ここのお勧めはパイ料理だそうですよ。」
「それは楽しみだな。」
四人掛けのテーブルの横に椅子をセットして腰掛ける。
因みに席順は手前がユーリとエミリア、エミリアの横に俺がいてエミリアの前がシルビア様そして彼女の順番だ。
上座?
そんなものはしらん。
「何から何までありがとうございます。」
「シュウイチが席をはずしてくれている間に大体の話は聞かせてもらった。どうも良くないことに巻き込まれているらしい。」
またですか。
巻き込まれる話はいつも良くないことですよね。
というかこういうシーンで良い話って聞いたこと無いよね。
「詳しく聞きたいところですがまずは食事にしませんか。」
「そうですね、お腹が空いていては元気は出ませんもんね。」
「こんな時だからこそ焦らずどっしりと構えるべきなのだな、さすが私の旦那様だ。」
「さすがです御主人様。」
いえ、ただ単に空腹なのと彼女との関係がばれないか不安なだけです。
エミリアは許してくれたけどシルビア様が許してくれるかわからないし、まさかその相手が彼女とは言えるはずもなし。
なんだろうこの苦行。
「シュウイチはニケ殿と会ったことがあるそうだな。」
ってもうバレてるし!
シルビア様のほうを見るも怒っている感じはなさそうだ。
見た目には。
「つい先程会ったばかりですよ。」
「先程はありがとうございました。まさかこんな所でお会いするとは思っていませんでした。」
それはこちらの台詞です。
「話によればコッペンの仕業だとか。まったく、新婚の旦那をどこに連れて行っているんだ。」
どうもすみません。
「イナバ様を責めないでください。お二人を大切にして最後まで私にお仕事をさせてくれませんでしたので。」
「御主人様、彼女の仕事とはいったい何なのでしょうか。」
ユーリさん、今はちょっと静かにしてなさい。
「ニケさんのお仕事は、その・・・男性を気持ちよくさせるお仕事ですよ。」
「お疲れでしたら私がマッサージして差し上げますが?」
「機会があったらお願いしますね。」
とりあえずそういう事にしておこう。
「お待たせいたしました、スープとお水をお持ちしました。」
ナイスタイミング。
微妙な空気になりかけた瞬間部屋の中においしそうなスープの香りが充満する。
クゥっと可愛い音が聞こえてきた。
そんなに真っ赤な顔をしているとすぐにばれてしまいますよエミリア。
「ありがとうございます、支配人お勧めの料理ですので楽しみにしていました。」
「そんなに期待されてしまうと下手な物は出せませんね。」
「楽しみにしているぞ。」
シルビア様もプレッシャーかけないの。
「それでは出来次第お持ちしますのでしばしおまちください。」
「よろしくお願いします。」
「ではいただきましょうか。」
「私もご一緒してよろしかったのでしょうか。その、大切なお食事でしたら私のことはほっておいて下さっても構いません。」
こんな時に放り出すとかどれだけ薄情なんですか。
「食事は大勢で食べたほうが美味しいそうだ。是非、一緒に食べて欲しい。」
「そうですよ。それに、シュウイチさんは困っている人をほっとけない人ですから。」
いやまぁそうなんですけどね。
「御主人様は女性にお優しい人ですので問題ありません。」
その言い方だと女性『だけ』に優しいみたいだから語弊があります。
要指導だな。
「ではお言葉に甘えて・・・。」
「「「いただきます」」」
口に入れたスープから優しい野菜の甘さを感じる。
ジックリコトコト煮込んだ野菜スープのようだ。
そういえばとうもろこしってあるのかな。
「優しい味ですね。」
「野菜の甘さだけのようだが、この味を出すのはなかなか難しそうだな。」
「是非作り方を見てみたいです。」
秘密のレシピはなかなか教えてくれないと思うよ?
「こんなに美味しい食事、いつぶりだろう・・・。」
スープを口にしたニケさんの瞳から涙が零れ落ちる。
「今は何も考えないでゆっくりと食べてくださいね。」
今は温かいスープのことだけを考えていれば良い。
「それで、猫目館に行ったことについての何か釈明はあるか?」
「それに関しては知らされていなかったわけで。」
「シュウイチさん、もう行かないって約束してくれますよね?」
「よくわかりませんが奥様お二人が御主人様を責めているという事は、何か悪いことをされたのでしょうか。」
すすり泣く声は三人の俺を責める会話でかき消されたのだった。
支配人がお勧めするだけあってシチューのパイ包みは非常に美味しかった。
お昼に食べたカレィシチューも美味しかったが、あれは見た目とのギャップがあって頭が上手く処理できていなかったわけで。
やはり見た目と味が一致するというのは非常に重要なことだという事が今日わかった。
見た目がグロテスクだと味も美味しくなく見えてしまうわけだ。
見た目なんてって言ってる人もいるけどこれは真理だ。
食べ物の盛り付け?は大事である。
ニケさんも食事が進むにつれ元気を取り戻しているようだ。
時々涙が見えるものの、お腹が満たされると心も満たされるようで最後には笑顔も見られた。
やっぱりご飯は笑顔で食べないとね。
それもこれも笑顔で俺をいじってきた二人に感謝をするべきなのだろう。
そういうお店には二度と行かないと約束したので許してください。
接待でも行きません。
約束します。
そしてどういうわけか、そういう店に行った罰として今度キスをするようにと宣言された。
どさくさにまぎれてどういうことだろうか。
いや、それで許してくれるならいいんだけど。
結婚指輪が大層お気に召したようでおそらくそれで許してくれたようだ。
ありがとうジャパネットネムリ。
デザートに出てきたフルーツの盛り合わせも大変美味しかった。
どこかで食べたことある味だったが色や形はやはり違っている。
全く味が同じでないのが唯一の救いか。
見た目と味が一致しないというのも困ったものだな。
まるで女の子だと思っていたのに実は男の娘だった!みたいな感じだ。
「はぁ、食べた食べた。」
「シチューのパイ包み美味しかったですね。」
「スープもそうだったがこっちはもっと手が込んでいた。これはまねできん。」
「ただフルーツを切ってあるだけなのにどうしてこんなにも美味しいのでしょうか。」
四者四様。
それぞれがそれぞれの気持ちで美味しくいただけたようだ。
やはりみんなで食べるご飯は美味しいな。
「こんなに美味しいご飯を頂いて、本当にありがとうございました。」
ニケさんも満足してくれたようだ。
「お付き合いいただいてありがとうございました。」
「見ず知らずの私にどうしてこんなにやさしくしてくれるんですか?」
「どうしてって言われましても。」
返事に困ってしまい他の三人に目を向ける。
三人とも不思議そうな顔をするだけだった。
まぁそうだよね。
「困っている人がいたから助けた。それだけでは答えになりませんか?」
「困っていたら娼婦でも助けるというんですか?」
「現に助けたではありませんか。相手が娼婦だろうが奴隷だろうが、何かしらの理由があって困っているのであれば助けるのに理由なんてないですよ。もちろん、貴女が悪いことをしているのならば別ですが。犯罪者を助けるほど甘いつもりはありません。」
殺人犯をかくまう気にはならないしね。
だが、あの状態であれば悪いのはあの男たちの方に思えた。
だからニケさんの方を助けたというわけだ。
こっちは騎士団長もいるし、犯罪者であれば即拘束することだってできる。
まずは理由を聞いてからでも遅くはない。
「ここに居るのはただのお人よしだけなんです。」
「そのお人よしで良ければ話を聞かせてもらえないだろうか。」
「ご主人様を含めて悪意はないと確約します。」
それぞれがそれぞれの気持ちでニケさんを受け入れている。
けして俺の偏見だけではない。
「本当に、噂通りの人なんですね。」
初めて会った時と同じやり取りだ。
「参考までにどんな噂かお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「誰にでも優しくそして頼もしい男の方だと聞いていました。」
「それはきっと本当ですよ。」
最初の時とは違う答えを返す。
頼もしいかどうかは別として、だれにでも優しいのは間違いない。
お人よしと言えば聞こえは良いが、考えが甘すぎるのだ。
だがその甘さを俺は治すつもりはない。
それも含めて俺の事を信じて好きだと言ってくれる人がいるのだから。
「これからお話しする内容を聞いてもウソだと笑わないでくれますか?」
「笑うはずありません。」
エミリアが笑顔で受け入れる。
「娼婦のいう事でも信じてくれますか?」
「娼婦だろうが何だろうが、そなたのいう事を私は信じよう。」
職業で決めつけることなく、シルビア様が信じる。
「大変な事に巻き込んでしまうかもしれませんがいいんですか?」
「御主人様はそんなことで逃げるような男ではありません。」
ユーリが自信をもって答える。
「・・・それでも助けてくれますか?」
「任せてください。」
泣きながら助けてと言われて断れる奴なんていやしない。
俺一人じゃない。
みんなが支えてくれている。
だからみんなで助けてあげよう。
「ありがとうございます!」
泣きじゃくりながら、ニケさんは頭を下げるのだった。
さぁどんなことでもかかってきなさい。
ニケさんは涙を腕で拭うと一つ一つ語り始めた。
話は、予想していたよりも遥に大ごとのようだった。
まぁ大変なのはいつもの事だよね。
扉を開けたその瞬間にその女性はやってきた。
いや、今から食事なんですが。
「あのやろうどこ行きやがった!」
お決まりのように店の裏手から荒々しい声が聞こえてくる。
「シュウイチ、ここはひとまず中へ。」
「そうですね中に入りましょう。」
女性の姿を隠すようにとりあえず中へと入っていった。
「いらっしゃいませ。」
「白鷺亭の支配人からここに行くようにと教えて頂いたのですが。」
「ハスラー様よりお話は伺っております。四名様という事でしたが・・・。」
「その予定だったんですが急に増えてしまいまして、大丈夫ですか?」
急に増えたとしかいいようがない。
「奥のお部屋に準備してありますのでどうぞそのまま奥へお進みください。」
「ありがとうございます。」
わざわざ別室を準備してくれたのか。
支配人が気を利かせてくれたんだろうけど今はそれがありがたい。
奥の部屋には大きなテーブルが一つあり、純白のテーブルクロスが掛けられていた。
「とりあえずこの下に隠れてください。」
「この下にですか?」
「説明している暇はありません。」
あの感じだと間違いなくここに来るだろう。
空気を察したのか他の三人が彼女の入ったテーブルに着席する。
「シュウイチさん・・・。」
エミリアが不安そうな顔をしていた。
とりあえずこの場をやり過ごしてから詳しい話を聞こう。
なんて考えていると入り口から怒鳴り声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ・・・なんですか貴方達は!」
「うるせぇ、すぐ済むから静かにしてろ!」
ドカドカと音を立てて足音が近づいてくる。
ドアが開いた瞬間にわざと驚いたような顔をして振り返った。
「くそ、ここにもいないか。」
「貴方達は何者だ、騒ぎを起こすというのならばこのシルビアが相手にするが。」
シルビア様が立ち上がり腰に下げていた剣に手を添える。
男が驚いてシルビア様の顔を二度見した。
「・・・邪魔したな。」
ぐるりと周りを見渡し男は足早に部屋を去っていった。
「他を探せ!」
店のドアが閉まる前にその声だけが聞き取れた。
間違いなくこの女性を探している。
しかし誰が何のために。
「詳しく聞かせてもらえるだろうか。」
騒ぎが収まるのを確認して机の下の女性にシルビア様が声を掛けた。
エミリアとシルビア様の間から問題の女性が顔を出す。
そこにいたのは、忘れもしない先程猫目館で出会ったあの女性だった。
相手もこちらを見て驚いたような顔をする。
ついさっき何事も無かったように別れたはずなのにいったい何があったというのだろうか。
「助けて頂いてありがとうございます。」
「私は騎士団分団長のシルビアだ。あのような輩に追われているという事はそれなりの事情があるのだろうが、私でよければ話を聞かせてもらえるだろうか。」
「貴女様があの有名な・・・。」
「今日は非番でここにいるが、何か危険なことに巻き込まれているのならば騎士団でそなたを保護することも出来る。」
運が良かったというべきなのだろう。
何せこの街で一番安全な場所に飛び込んだのだから。
シルビア様を相手に喧嘩を売るような奴なんてこの町にはいないからね。
「とりあえずは疲れたでしょう、ここに座ってください。」
「そんな私は・・・。」
「いいから。お店の人にも怪しまれてしまいますので。」
一人増えたことは別に何とでも言い訳できるが、女性を立たせてるのはさすがに世間体が悪い。
それに、あの男たちに追われていた恐怖で彼女はまだ震えていた。
彼女を自分の席に誘導し腰掛けさせる。
座った瞬間に彼女の方の力がふっと抜けたような気がした。
「私はニケといいます。普段は猫目館で働かせて頂いています。」
「猫目館、確か裏通りの娼館であったな。」
「そうです、皆さんからするとあまり良くない場所だと思いますが・・・。」
「娼婦だからといって蔑む必要はない、どのような仕事でも一生懸命働いているのならば誇るべきだ。」
その通りだ。
娼婦だからといって汚いわけではない。
むしろ水商売と呼ばれる仕事をしている人のほうが、まじめで自分の仕事に誇り高かったりする。
うちのクソ上司よりも接待で出会ったホステスさんのほうがよっぽど素敵だった覚えがある。
「そんな風に言って貰えるなんて思ってもいませんでした。」
「ちょっと店の人に事情を説明してくるね。」
「シュウイチさん出来ればお水をもらってきてください。」
「羽織る物も一緒に借りてくるよ。」
少々露出の多い服装だし、震えているときは心も身体も温めるべきだ。
それに、男がいないほうが彼女も怯えなくてすむだろう。
部屋を出ると最初に案内してくれた男性と目があった。
「せっかくご予約いただいたのに申し訳ございません。私、オーナーのドッズと申します。」
「さっきは大変でしたね。」
「本当に。いったい何が目的だったんでしょうか。」
「シルビア様の顔を見るとおとなしく帰ったようですが誰かを探しているような感じでしたね。」
「盗賊団がいなくなって治安は随分とよくなったはずなんですが怖いですね。」
情報はなしか。
「お水を人数分と椅子をもう一つ、あと妻が少し寒そうなのでひざ掛けのような物はありますでしょうか。」
「店の備品でよろしければすぐお持ちします。」
「お願いいたします。そういえばここはどんな料理のお店なのでしょう、支配人は秘密にして教えてくれなくて。」
「うちはパイ料理を売りにしておりまして、ハスラー様にはいつもご贔屓にしていただいてます。」
小麦があればパンがある。
パンがあるならパイ包みだってあるか。
「シチューを入れたパイ包みなんかも?」
「うちの目玉料理でございます。お祝いと聞いておりますのでとっておきをご準備させて頂きますが、いかがでしょうか。」
「是非お願いします。食前に温かいスープもお願いできますでしょうか。」
「かしこまりました。」
温かい料理のほうが気もほぐれていいだろう。
「あ、椅子とひざ掛けは自分で持って行きますのですぐにお願いできますか?」
「お客様にそのようなことをお願いするのは・・・。」
「そのかわり、とびきり美味しいスープをお願いしますよ。」
なるほどとオーナーは笑顔になり、椅子と毛布を準備してくれた。
部屋に戻ると先程と違い落ち着いた空気が漂っていた。
「これを彼女に掛けてあげてください。」
「お手数をおかけしました。」
「すぐにお水とスープが来ると思います。ここのお勧めはパイ料理だそうですよ。」
「それは楽しみだな。」
四人掛けのテーブルの横に椅子をセットして腰掛ける。
因みに席順は手前がユーリとエミリア、エミリアの横に俺がいてエミリアの前がシルビア様そして彼女の順番だ。
上座?
そんなものはしらん。
「何から何までありがとうございます。」
「シュウイチが席をはずしてくれている間に大体の話は聞かせてもらった。どうも良くないことに巻き込まれているらしい。」
またですか。
巻き込まれる話はいつも良くないことですよね。
というかこういうシーンで良い話って聞いたこと無いよね。
「詳しく聞きたいところですがまずは食事にしませんか。」
「そうですね、お腹が空いていては元気は出ませんもんね。」
「こんな時だからこそ焦らずどっしりと構えるべきなのだな、さすが私の旦那様だ。」
「さすがです御主人様。」
いえ、ただ単に空腹なのと彼女との関係がばれないか不安なだけです。
エミリアは許してくれたけどシルビア様が許してくれるかわからないし、まさかその相手が彼女とは言えるはずもなし。
なんだろうこの苦行。
「シュウイチはニケ殿と会ったことがあるそうだな。」
ってもうバレてるし!
シルビア様のほうを見るも怒っている感じはなさそうだ。
見た目には。
「つい先程会ったばかりですよ。」
「先程はありがとうございました。まさかこんな所でお会いするとは思っていませんでした。」
それはこちらの台詞です。
「話によればコッペンの仕業だとか。まったく、新婚の旦那をどこに連れて行っているんだ。」
どうもすみません。
「イナバ様を責めないでください。お二人を大切にして最後まで私にお仕事をさせてくれませんでしたので。」
「御主人様、彼女の仕事とはいったい何なのでしょうか。」
ユーリさん、今はちょっと静かにしてなさい。
「ニケさんのお仕事は、その・・・男性を気持ちよくさせるお仕事ですよ。」
「お疲れでしたら私がマッサージして差し上げますが?」
「機会があったらお願いしますね。」
とりあえずそういう事にしておこう。
「お待たせいたしました、スープとお水をお持ちしました。」
ナイスタイミング。
微妙な空気になりかけた瞬間部屋の中においしそうなスープの香りが充満する。
クゥっと可愛い音が聞こえてきた。
そんなに真っ赤な顔をしているとすぐにばれてしまいますよエミリア。
「ありがとうございます、支配人お勧めの料理ですので楽しみにしていました。」
「そんなに期待されてしまうと下手な物は出せませんね。」
「楽しみにしているぞ。」
シルビア様もプレッシャーかけないの。
「それでは出来次第お持ちしますのでしばしおまちください。」
「よろしくお願いします。」
「ではいただきましょうか。」
「私もご一緒してよろしかったのでしょうか。その、大切なお食事でしたら私のことはほっておいて下さっても構いません。」
こんな時に放り出すとかどれだけ薄情なんですか。
「食事は大勢で食べたほうが美味しいそうだ。是非、一緒に食べて欲しい。」
「そうですよ。それに、シュウイチさんは困っている人をほっとけない人ですから。」
いやまぁそうなんですけどね。
「御主人様は女性にお優しい人ですので問題ありません。」
その言い方だと女性『だけ』に優しいみたいだから語弊があります。
要指導だな。
「ではお言葉に甘えて・・・。」
「「「いただきます」」」
口に入れたスープから優しい野菜の甘さを感じる。
ジックリコトコト煮込んだ野菜スープのようだ。
そういえばとうもろこしってあるのかな。
「優しい味ですね。」
「野菜の甘さだけのようだが、この味を出すのはなかなか難しそうだな。」
「是非作り方を見てみたいです。」
秘密のレシピはなかなか教えてくれないと思うよ?
「こんなに美味しい食事、いつぶりだろう・・・。」
スープを口にしたニケさんの瞳から涙が零れ落ちる。
「今は何も考えないでゆっくりと食べてくださいね。」
今は温かいスープのことだけを考えていれば良い。
「それで、猫目館に行ったことについての何か釈明はあるか?」
「それに関しては知らされていなかったわけで。」
「シュウイチさん、もう行かないって約束してくれますよね?」
「よくわかりませんが奥様お二人が御主人様を責めているという事は、何か悪いことをされたのでしょうか。」
すすり泣く声は三人の俺を責める会話でかき消されたのだった。
支配人がお勧めするだけあってシチューのパイ包みは非常に美味しかった。
お昼に食べたカレィシチューも美味しかったが、あれは見た目とのギャップがあって頭が上手く処理できていなかったわけで。
やはり見た目と味が一致するというのは非常に重要なことだという事が今日わかった。
見た目がグロテスクだと味も美味しくなく見えてしまうわけだ。
見た目なんてって言ってる人もいるけどこれは真理だ。
食べ物の盛り付け?は大事である。
ニケさんも食事が進むにつれ元気を取り戻しているようだ。
時々涙が見えるものの、お腹が満たされると心も満たされるようで最後には笑顔も見られた。
やっぱりご飯は笑顔で食べないとね。
それもこれも笑顔で俺をいじってきた二人に感謝をするべきなのだろう。
そういうお店には二度と行かないと約束したので許してください。
接待でも行きません。
約束します。
そしてどういうわけか、そういう店に行った罰として今度キスをするようにと宣言された。
どさくさにまぎれてどういうことだろうか。
いや、それで許してくれるならいいんだけど。
結婚指輪が大層お気に召したようでおそらくそれで許してくれたようだ。
ありがとうジャパネットネムリ。
デザートに出てきたフルーツの盛り合わせも大変美味しかった。
どこかで食べたことある味だったが色や形はやはり違っている。
全く味が同じでないのが唯一の救いか。
見た目と味が一致しないというのも困ったものだな。
まるで女の子だと思っていたのに実は男の娘だった!みたいな感じだ。
「はぁ、食べた食べた。」
「シチューのパイ包み美味しかったですね。」
「スープもそうだったがこっちはもっと手が込んでいた。これはまねできん。」
「ただフルーツを切ってあるだけなのにどうしてこんなにも美味しいのでしょうか。」
四者四様。
それぞれがそれぞれの気持ちで美味しくいただけたようだ。
やはりみんなで食べるご飯は美味しいな。
「こんなに美味しいご飯を頂いて、本当にありがとうございました。」
ニケさんも満足してくれたようだ。
「お付き合いいただいてありがとうございました。」
「見ず知らずの私にどうしてこんなにやさしくしてくれるんですか?」
「どうしてって言われましても。」
返事に困ってしまい他の三人に目を向ける。
三人とも不思議そうな顔をするだけだった。
まぁそうだよね。
「困っている人がいたから助けた。それだけでは答えになりませんか?」
「困っていたら娼婦でも助けるというんですか?」
「現に助けたではありませんか。相手が娼婦だろうが奴隷だろうが、何かしらの理由があって困っているのであれば助けるのに理由なんてないですよ。もちろん、貴女が悪いことをしているのならば別ですが。犯罪者を助けるほど甘いつもりはありません。」
殺人犯をかくまう気にはならないしね。
だが、あの状態であれば悪いのはあの男たちの方に思えた。
だからニケさんの方を助けたというわけだ。
こっちは騎士団長もいるし、犯罪者であれば即拘束することだってできる。
まずは理由を聞いてからでも遅くはない。
「ここに居るのはただのお人よしだけなんです。」
「そのお人よしで良ければ話を聞かせてもらえないだろうか。」
「ご主人様を含めて悪意はないと確約します。」
それぞれがそれぞれの気持ちでニケさんを受け入れている。
けして俺の偏見だけではない。
「本当に、噂通りの人なんですね。」
初めて会った時と同じやり取りだ。
「参考までにどんな噂かお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「誰にでも優しくそして頼もしい男の方だと聞いていました。」
「それはきっと本当ですよ。」
最初の時とは違う答えを返す。
頼もしいかどうかは別として、だれにでも優しいのは間違いない。
お人よしと言えば聞こえは良いが、考えが甘すぎるのだ。
だがその甘さを俺は治すつもりはない。
それも含めて俺の事を信じて好きだと言ってくれる人がいるのだから。
「これからお話しする内容を聞いてもウソだと笑わないでくれますか?」
「笑うはずありません。」
エミリアが笑顔で受け入れる。
「娼婦のいう事でも信じてくれますか?」
「娼婦だろうが何だろうが、そなたのいう事を私は信じよう。」
職業で決めつけることなく、シルビア様が信じる。
「大変な事に巻き込んでしまうかもしれませんがいいんですか?」
「御主人様はそんなことで逃げるような男ではありません。」
ユーリが自信をもって答える。
「・・・それでも助けてくれますか?」
「任せてください。」
泣きながら助けてと言われて断れる奴なんていやしない。
俺一人じゃない。
みんなが支えてくれている。
だからみんなで助けてあげよう。
「ありがとうございます!」
泣きじゃくりながら、ニケさんは頭を下げるのだった。
さぁどんなことでもかかってきなさい。
ニケさんは涙を腕で拭うと一つ一つ語り始めた。
話は、予想していたよりも遥に大ごとのようだった。
まぁ大変なのはいつもの事だよね。
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