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第四章
荒(ラフ)事(ストーリー)は突然に
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エミリアのご希望によりシルビア様と合流後は白鷺亭に一泊することになった。
ちょうど先月も同じように白鷺亭に宿泊したんだよな。
でもその時はまだ二人と結婚っていう話も出ていなかったわけで。
一ヶ月で人生何があるかわからないよね。
「というわけで、ユーリが商店のダンジョン管理スタッフとして我が家に住むことになりそうなのですがよろしいでしょうか。シルビア様の意見を聞かずに先行して決めてしまって澄みませんでした。」
「そういう事情であれば喜んで迎え入れよう。改めてイナバ殿の妻兼サンサトローズ騎士団分団長シルビアだ、以後よろしく頼む。」
「イナバ様付ダンジョン管理のユーリです。奥様どうぞよろしくお願いいたします。」
「奥様か、エミリアが呼ばれていることには何の違和感も無かったが実際自分が言われるとどうもくすぐったいな。」
ユーリの正体はシルビア様に伝えることにした。
エミリアとも話していたが、家族になるのに隠し事をするのはいろいろと面倒なのでしっかりと話して納得して貰うほうがいいと決めていたのだ。
シルビア様も口外しないことを約束してくれたし、とりあえず無事迎え入れて暮れてよかった。
「私も最初は慣れませんでしたが、最近は少しなれてきたように感じます。」
「リリィと呼ばぬほうが良いのか?」
「はい。その名前はユリウスト様に名づけて頂いた名前です。今は御主人様に名づけて頂いたこの名前がございますのでどうぞお気遣い無くユーリと及びください。私もこの名前は気に入っておりますので。」
そうか、気に入ってくれているなら良かった。
安直な名前だったかなと思うこともあったけど大丈夫そうだ。
「ではユーリと呼ばせてもらおう。しかし、二人とも奥様と呼ばれるのであれば少々不便だな。」
「確かに二人とも振り返ってしまいますね。どうしましょうか。」
そうだよな、奥様が二人いるほうが普通はありえないんだよな。
「私としては御主人様の妻でおられるお二人のことは他の方と区別しまして、奥様お呼びすべきと思うのですが。」
「様付けではいかんのか。」
「それでは他の方々の呼称と合致してしまいます。呼び方として区別するべきかと。」
シルビア様と呼ぶのもそろそろ自粛したほうがいいのだろうか。
呼び方が定着してしまったせいで変えるのは難しいんだが。
「私としては呼び捨てにしていただいても構わないのですが。」
「そうだな、そろそろ妻らしく呼んで欲しい物だな。」
チラチラとシルビア様がこちらを見てくる。
わかりました、もう呼び捨てにします。
「エミリアもシルビアも呼んで欲しい呼び方はあるのかな。」
「昔はリアとか呼ばれたことはありましたが・・・。」
エミリアの後ろを取ってリアか。
可愛いな。
「子供の頃はそんな呼ばれ方もあったな。」
「シルビアはどんな風に呼ばれていたのですか?」
「私はシアと呼ばれていた。久しくこの名前で呼ばれることはなかったな。」
シアもまた可愛らしい。
女性はニックネームをつけるのがすきというのはどの世界でも同じか。
「シュウイチさんは何か特別な呼び名はありましたか?」
「私は名前が長いのでシュウと呼ばれたこともありますね。」
「シュウか。名前が短くなるだけでも大分印象が変わるものだな。」
この名前で呼ばれたのも中学校ぐらいまでではないだろうか。
昔なじみでも、もうこの呼び方で呼んでくるやつはいない。
大人になると言う事はいろいろとめんどくさいしがらみが増えていくものだ。
「ではお二方様をリア奥様、シア奥様とお呼びしまして区別させて頂こうと思いますがいかがでしょうか。」
「そこまでするのでしたら奥様と無理に呼ばなくてもいいのではないでしょうか。」
「いえ、御主人様がそう仰いましても二人の奥様の呼称は変更したしません。」
何故そこまでこだわるのだろうか。
「ユーリの好きなように呼んでください。」
「私もそれでかまわん。」
「では改めてリア奥様、シア奥様と呼ばせていただきます。」
とりあえず決定したようだ。
まぁ俺はいつも通りだし別に構わないだろう。
「では自己紹介も終わりましたし食事に行きましょうか。」
「せっかく全員がそろったのだ、休息日ぐらい贅沢をしても怒られることは無いだろう。」
いや、ここの宿代もまた騎士団に出して貰うことになっているので十分贅沢しています。
むしろ経理的にまずくないのだろうか。
今日の宿泊の件だってカムリの独断なわけだし。
『騎士団の客人を危険な場所に泊まらせる訳にはいきません。』
とかなんとか。
職権乱用とか言われなければそれでいいけどね。
「どこか美味しいお店が無いか支配人に聞いてみましょうか。」
「そうですね、それがいいと思います。」
と決めたその瞬間。
「失礼します、お茶をお持ちしました。」
出たな忍者支配人。
相変わらず空気を読みすぎて怖くなってきたんだけど。
「良いタイミングだ支配人。ちょうど聞きたいことがあったのだ。」
「私で応えられることでしたら何なりとお聞きください。」
四人の前にお茶を準備しながら支配人が応える。
今日の紅茶はまた香りが違うな。
「これから食事に行くのですがお勧めのお店はありますでしょうか。」
「今日でご婚約から一期程ですので良い祝いの食事になると思います、そうですね最近できました評判の店が空いているかすぐに聞いてまいりましょう。」
そうか明後日の聖日でちょうど一ヶ月か。
記念日とかそういうの何も準備していないんですけど。
「よく覚えているのだな。」
「それが仕事でございますので。」
支配人がドアの前で深く一礼をして退室する。
90度のお辞儀をすると腰が痛くなるんだけど、おそらくこれは姿勢が悪いせいだろう。
礼儀正しく秘密が多い支配人である。
「もうそんなになるんですね。」
「私もすっかり忘れていた。そうか、あの事件からもうそんなにもなるのか。」
「シルビア様とお会いしてからちょうど一ヶ月になるわけですね。」
「あの日はあの日で大変な目に合いましたから良く覚えていますよ。」
初めてサンサトローズに向かう道中盗賊に襲われ、巡回中のシルビア様率いる騎士団とニアミスしたのだ。
あの日あの時あの場所でシルビア様に出会っていなかったら、
あんな大事に巻き込まれることも無くある意味平和に過ごしていたのかもしれない。
でも出会っていたからこそ今の自分があるわけで。
そうかあれから一ヶ月か。
「是非そのときのお話などをお聞かせいただけますでしょうか。」
「そうだなユーリはあの戦いの話を知らないのだな。」
「そんなにかっこいい話ではありませんよ。」
「そんな事ないですよ!シュウイチさんはいつも一番頑張っているじゃないですか。」
そんなに褒めても何も出ませんよ。
「我が旦那様がどれだけかっこいいかについては食事をしながら聞かせるとしよう。」
美味しい香茶をいただき、白鷺亭の1階へ降りる。
因みに今回も最上階の部屋だ。
「イナバ様、先程のお店ですが半刻程お待ちいただければご準備できますのでよろしければ此方が地図になります。」
「ありがとうございます。」
あの支配人お勧めのお店だ、間違いは無いだろう。
「どんな料理のお店なんでしょうね。」
ユーリは料理と聞くだけで興味津々のようだ。
いやいいことなんだけどね。
「半刻程ということですから少し買い物をしてから行きましょうか。」
「買い物ですか?」
「この時間でしたらまだ間に合うでしょう。」
夕刻までは営業しているはずだ。
「早くに行って先方を急かしても悪いからな。」
「行ってらっしゃいませ。」
支配人に見送られ白鷺亭を出て南門のほうへ向かう。
夕飯時という事もあって通りは人であふれかえっていた。
「休息日になるとやはり皆さん嬉しそうですね。」
「一期分の仕事の疲れもこの日ばかりは感じないからな。」
どの世界も給料日は嬉しいものだ。
元の世界と娯楽が少ない世界だからこそ、食事の時間というのは毎日の楽しみになるのだろう。
日々節約していてもこの日ばかりは贅沢をしても許される。
この通りの人が皆、そんな幸せな時間に向かって準備をしているのだ。
いいなぁ。
仕事しているときは食事なんて所詮栄養の摂取ぐらいにしか思ってなかったけど、誰かと食べる食事は幸せも一緒に食べてるって感じがするんだよな。
この世界にきてよかったことの一つが食事の時間だな。
「ユリウスト様も休息日にこうやって出かけられた方が幸せだったのでしょうか。」
不意にユーリがポツリとつぶやく。
「彼はユーリがいたから幸せだったんですよ。」
「そうでしょうか。」
「それはもちろん。彼の性格でしたらこんな人ごみに出ることすら嫌がったと思いますよ。」
人里離れたダンジョンに一人で隠居するぐらいだ。
寂しがりやならこんなことできるはず無いからな。
「確かに、買い物もめんどくさがるような人でした。」
「これからは彼の分もこうやって楽しい時間を過ごせばいいんです。」
「ユーリには私達がいますから。」
ユーリは一人ではない。
これからたくさんの人に出会い、たくさんのことを経験していく。
魂のどこかにいる彼もユーリを通じて人の温かさという物をもう一度体験していることだろう。
「それで、シュウイチはどこに行くんだ?」
「行けばすぐわかりますよ。」
南門に向かい歩くこと数刻、一軒の商店の前で足を止めた。
「もしかしてここは・・・。」
「そう、ネムリのお店です。」
まだ営業しているようだ。
ドアを開けるとカランと良い音を立ててぶら下がっていたベルが音を立てる。
「いらっしゃいませ、おやイナバ様ではないですか。」
「朝振りですね。」
「今日はどうされましたか?」
「エミリアに買ってあげたものと同じ物をシルビアに買ってあげようと思いまして。」
そう。
ジャパネットネムリで購入した王都で話題の指輪だ。
裏に刻まれた紋様についてはあえて触れないが、エミリアにだけあってシルビア様にないのはまずい。
「確かにそれがよろしいかと思います。シルビア様、どうぞこちらへ。」
「エミリアが何かつけていると思ってはいたがシュウイチからプレゼントされた物であったか。」
「一人だけに差し上げるのは些か不公平ですから、どうぞ好きな物をお選びください。」
カウンターの上には早速たくさんの指輪が並べられていた。
エミリアと同じ物の予定だが、何故エミリアも見ているのだろうか。
おかしいなぁ。
「此方がエミリア様がお付けいただいている今王都で話題の宝飾品でございます。裏には子宝の紋様が刻み込まれております。」
「なんとそれは重要だな。」
「そうでございましょう。幸福と子宝、新婚のお二人には是非つけていただきたい一品です。」
「ネムリさん、このイヤリングはなんですか。」
いやだからエミリアの分はもう買ってあげたわけで。
ひし形の金具に真っ赤な石が嵌め込まれている。
「エミリア様もお目が高い。そのイヤリングは魔力を高める魔石が嵌め込まれています。かの有名なミド博士が直々にお造りになられた珍しい魔装具です。」
なんでそんなものがここにあるんだろうか。
確か契約しないと卸して貰えないと思うのだが。
「ではこのブレスレットは。」
「シルビア様さすがでございます。このブレスレットも同じくミド博士の魔装具でございますが、珍しい速度の魔石を嵌め込んであります。サイズも小さく戦いの邪魔になることも無いでしょう。」
緑色の魔石が細い金具の上にあしらわれている。
いやだから、指輪だけの話でして。
「ネムリ様この首輪はどのような物でしょうか。」
「この首輪は器用さを上げる魔石がはめ込まれております。ミド博士には珍しくお付の方と作られた合作だとか。ユーリ様のように料理の得意な方がお付けになればより美味しく料理が作れることでしょう。」
いや確かに器用さは料理に必要だけどさ。
藍色の魔石が布の首輪に雫のようにぶら下がっている。
首輪というよりもチョーカーだな。
「どれをとっても皆様にふさわしい一品ばかりでございます。しかもこれは先ほど仕入れたばかりの一級品、最近不調といわれてなかなか新作をお造りになら無かったミド博士が気合を入れて作ったものと伺っております。朝にもご購入いただきましたし、4点で銀貨8枚のところを大盤振る舞い銀貨5枚でございます!」
いや大盤振る舞いって言うかなんていうか。
朝の分とあわせて銀貨10枚とか。
え、日本円にして10万円ですか。
いや15万が10万だったら確かにお買い得ですが。
ちょっとなんでそんな目で見てくるの三人とも。
今回は指輪だけですし。
他の物はかいませんよ!
「もうすぐ婚約して一期ですし奥様もお喜びなるのでしょうか。」
いや確かに記念日ですけど。
けど今からその食事に行くわけで・・・。
わかった、わかりました、買いますよ!
そんな顔で見なくても良いじゃないですか。
エミリアならまだしもシルビア様までも乙女みたいな顔して。
あー、いやシルビア様のほうが乙女かもしれない。
可愛いもの好きだし。
「・・・いただきましょう。」
「ありがとうございます!すぐにお包みいたしますでしばらくお待ちください。」
よかった、さっきエミリアからお給料もらっといて。
いいよいいよ。
どうせ使い道の無いお給料ですよ。
「本当に良かったんですか?」
すまなそうな顔をしながらエミリアが聞いてくる。
そんな子犬のような顔で聞かれたら良くないなんていえるわけ無いじゃないですか。
「いいんです、今日は三人が仲良くなった記念ですから。」
「すまないなシュウイチ。」
「エミリアとシルビアの指輪は、私の世界では結婚指輪といって旦那から奥さんに渡す大事な指輪なんです。本当は婚約当日に渡す物なのですがプレゼントが遅くなって申し訳ありません。」
プロポーズが逆だから渡すに渡せなかったんだけどちょうど良いタイミングだ。
どうやって指輪を調達しようと思っていたけど、やはりネムリ頼りになります。
ジャパネットネムリおそるべし。
「私もよろしかったのでしょうか。」
「ユーリに指輪は渡せませんが、よく似合うと思いますよ。」
「服従の証に首輪をと思っておりましたのでありがとうございます。」
そういう言い方止めなさい。
「奴隷ではないんですから、服従ではなく信頼の証です。」
「信頼の証・・・。大切にいたします。」
指輪は無いけど、これでそれぞれにアクセサリーもプレゼントできたし喧嘩にもならない。
我ながらグッジョブ。
「お待たせいたしました。」
箱が三つと指輪が一つ。
「エミリア、指輪をはずして貰えますか?」
「いいですよ。」
指輪をはずして貰い間違えないように二つ並べる。
右がエミリアで左がシルビア様。
「ネムリ、小さな彫刻用の小刀はありますか?」
「ございますよ。」
奥に行き、小刀を手にすぐ戻ってきた。
リングにそれぞれIと小さく傷を入れる。
もちろん子宝の紋様が無い場所だ。
「二人とも左手の指を出して。」
「「はい」」
まずはエミリアから、そしてシルビア様に。
「これからたくさんのご迷惑をおかけしますが、いつまでも等しく愛すことを誓います。」
「シュウイチさん・・・」
「この指に何か意味はあるのか?」
「元の世界で結婚指輪は愛の言葉を言いながら左手の薬指につけるという決まりがあるのです。左の薬指には心臓につながる太い血管があると信じられていて、命に一番近い指といわれるそうですよ。私の代わりに命を守ってくれるようお願いをしてあります、どうか受け取ってください。」
古代ギリシャでは先のように言われていたそうだ。
今はただ左の薬指とだけ言われるが、昔世界史の授業で聞いてから忘れることは無かった。
ちょっとキザだっただろうか。
「大切にします。」
「いつもお前と一緒にいられるわけだな。」
恥ずかしいが気に入って貰えたようだ。
「いきなり商品に傷をつけて申し訳ありませんでした。」
小刀を返しながら詫びる。
「ご購入いただいた物はもうイナバ様のものです。あの傷は何か意味があるのですか?」
「イニシャルといって私の名前の頭文字を彫りました。これで誰からもらった物かわかりますからね。」
「これは大変興味深いことを聞きました。なるほど、そういう意味をつけることでより価値が上がるわけですね。これを商売にすればもしや・・・。」
「このネタを使うんでしたら・・・高いですよ。」
「何を仰いますやら、イナバ様でしたら快く使わせてくださることでしょう。」
今度これをネタに指輪を売りさばいていくんだろう。
秋になる頃には結婚指輪が大流行しているかもしれない。
後でネムリに念書書かせておくとしよう。
売上の1割ぐらいはもらっても罰は当たるまい。
「御主人様、私のにはつけてくださらないのですか?」
「あれは結婚指輪だけですので。ユーリの薬指にはもう、彼からもらった指輪がついているみたいですしね。」
見えないがきっと彼お手製の指輪が光っていることだろう。
「確かにそうですね・・・。」
見えないはずの指輪はきっとユーリには見えているはずだ。
「さぁ、食事に行きましょう!」
パンッと手を合わせて空気を変える。
甘いこの空気はどうも苦手だ。
「この後はお食事ですか、どうぞ楽しんできてください。」
「ありがとうネムリ。明日ゆっくりと話をさせて貰いますからそのつもりで。」
「なんのことでございましょうか。」
彼だけに儲けさせるわけには行きません。
4人でネムリの店をでて予定の店に向かう。
陽は城壁の影に入り、オレンジ色の空が眩しかった。
幸せな時間は暖かい色をしている。
幸せが温度を持っているならば、きっと体温のように温かいのだろう。
そんな幸せな空気が四人の間に満ちていた。
満ちていたんだけどさ。
「お願いします、かくまってください!」
予定していたお店の前に着いたとたん、一人の女性が飛びついてきた。
荒事は突然に。
なんでこう、俺の場所にはトラブルばかりがやってくるんだろうか。
ちょうど先月も同じように白鷺亭に宿泊したんだよな。
でもその時はまだ二人と結婚っていう話も出ていなかったわけで。
一ヶ月で人生何があるかわからないよね。
「というわけで、ユーリが商店のダンジョン管理スタッフとして我が家に住むことになりそうなのですがよろしいでしょうか。シルビア様の意見を聞かずに先行して決めてしまって澄みませんでした。」
「そういう事情であれば喜んで迎え入れよう。改めてイナバ殿の妻兼サンサトローズ騎士団分団長シルビアだ、以後よろしく頼む。」
「イナバ様付ダンジョン管理のユーリです。奥様どうぞよろしくお願いいたします。」
「奥様か、エミリアが呼ばれていることには何の違和感も無かったが実際自分が言われるとどうもくすぐったいな。」
ユーリの正体はシルビア様に伝えることにした。
エミリアとも話していたが、家族になるのに隠し事をするのはいろいろと面倒なのでしっかりと話して納得して貰うほうがいいと決めていたのだ。
シルビア様も口外しないことを約束してくれたし、とりあえず無事迎え入れて暮れてよかった。
「私も最初は慣れませんでしたが、最近は少しなれてきたように感じます。」
「リリィと呼ばぬほうが良いのか?」
「はい。その名前はユリウスト様に名づけて頂いた名前です。今は御主人様に名づけて頂いたこの名前がございますのでどうぞお気遣い無くユーリと及びください。私もこの名前は気に入っておりますので。」
そうか、気に入ってくれているなら良かった。
安直な名前だったかなと思うこともあったけど大丈夫そうだ。
「ではユーリと呼ばせてもらおう。しかし、二人とも奥様と呼ばれるのであれば少々不便だな。」
「確かに二人とも振り返ってしまいますね。どうしましょうか。」
そうだよな、奥様が二人いるほうが普通はありえないんだよな。
「私としては御主人様の妻でおられるお二人のことは他の方と区別しまして、奥様お呼びすべきと思うのですが。」
「様付けではいかんのか。」
「それでは他の方々の呼称と合致してしまいます。呼び方として区別するべきかと。」
シルビア様と呼ぶのもそろそろ自粛したほうがいいのだろうか。
呼び方が定着してしまったせいで変えるのは難しいんだが。
「私としては呼び捨てにしていただいても構わないのですが。」
「そうだな、そろそろ妻らしく呼んで欲しい物だな。」
チラチラとシルビア様がこちらを見てくる。
わかりました、もう呼び捨てにします。
「エミリアもシルビアも呼んで欲しい呼び方はあるのかな。」
「昔はリアとか呼ばれたことはありましたが・・・。」
エミリアの後ろを取ってリアか。
可愛いな。
「子供の頃はそんな呼ばれ方もあったな。」
「シルビアはどんな風に呼ばれていたのですか?」
「私はシアと呼ばれていた。久しくこの名前で呼ばれることはなかったな。」
シアもまた可愛らしい。
女性はニックネームをつけるのがすきというのはどの世界でも同じか。
「シュウイチさんは何か特別な呼び名はありましたか?」
「私は名前が長いのでシュウと呼ばれたこともありますね。」
「シュウか。名前が短くなるだけでも大分印象が変わるものだな。」
この名前で呼ばれたのも中学校ぐらいまでではないだろうか。
昔なじみでも、もうこの呼び方で呼んでくるやつはいない。
大人になると言う事はいろいろとめんどくさいしがらみが増えていくものだ。
「ではお二方様をリア奥様、シア奥様とお呼びしまして区別させて頂こうと思いますがいかがでしょうか。」
「そこまでするのでしたら奥様と無理に呼ばなくてもいいのではないでしょうか。」
「いえ、御主人様がそう仰いましても二人の奥様の呼称は変更したしません。」
何故そこまでこだわるのだろうか。
「ユーリの好きなように呼んでください。」
「私もそれでかまわん。」
「では改めてリア奥様、シア奥様と呼ばせていただきます。」
とりあえず決定したようだ。
まぁ俺はいつも通りだし別に構わないだろう。
「では自己紹介も終わりましたし食事に行きましょうか。」
「せっかく全員がそろったのだ、休息日ぐらい贅沢をしても怒られることは無いだろう。」
いや、ここの宿代もまた騎士団に出して貰うことになっているので十分贅沢しています。
むしろ経理的にまずくないのだろうか。
今日の宿泊の件だってカムリの独断なわけだし。
『騎士団の客人を危険な場所に泊まらせる訳にはいきません。』
とかなんとか。
職権乱用とか言われなければそれでいいけどね。
「どこか美味しいお店が無いか支配人に聞いてみましょうか。」
「そうですね、それがいいと思います。」
と決めたその瞬間。
「失礼します、お茶をお持ちしました。」
出たな忍者支配人。
相変わらず空気を読みすぎて怖くなってきたんだけど。
「良いタイミングだ支配人。ちょうど聞きたいことがあったのだ。」
「私で応えられることでしたら何なりとお聞きください。」
四人の前にお茶を準備しながら支配人が応える。
今日の紅茶はまた香りが違うな。
「これから食事に行くのですがお勧めのお店はありますでしょうか。」
「今日でご婚約から一期程ですので良い祝いの食事になると思います、そうですね最近できました評判の店が空いているかすぐに聞いてまいりましょう。」
そうか明後日の聖日でちょうど一ヶ月か。
記念日とかそういうの何も準備していないんですけど。
「よく覚えているのだな。」
「それが仕事でございますので。」
支配人がドアの前で深く一礼をして退室する。
90度のお辞儀をすると腰が痛くなるんだけど、おそらくこれは姿勢が悪いせいだろう。
礼儀正しく秘密が多い支配人である。
「もうそんなになるんですね。」
「私もすっかり忘れていた。そうか、あの事件からもうそんなにもなるのか。」
「シルビア様とお会いしてからちょうど一ヶ月になるわけですね。」
「あの日はあの日で大変な目に合いましたから良く覚えていますよ。」
初めてサンサトローズに向かう道中盗賊に襲われ、巡回中のシルビア様率いる騎士団とニアミスしたのだ。
あの日あの時あの場所でシルビア様に出会っていなかったら、
あんな大事に巻き込まれることも無くある意味平和に過ごしていたのかもしれない。
でも出会っていたからこそ今の自分があるわけで。
そうかあれから一ヶ月か。
「是非そのときのお話などをお聞かせいただけますでしょうか。」
「そうだなユーリはあの戦いの話を知らないのだな。」
「そんなにかっこいい話ではありませんよ。」
「そんな事ないですよ!シュウイチさんはいつも一番頑張っているじゃないですか。」
そんなに褒めても何も出ませんよ。
「我が旦那様がどれだけかっこいいかについては食事をしながら聞かせるとしよう。」
美味しい香茶をいただき、白鷺亭の1階へ降りる。
因みに今回も最上階の部屋だ。
「イナバ様、先程のお店ですが半刻程お待ちいただければご準備できますのでよろしければ此方が地図になります。」
「ありがとうございます。」
あの支配人お勧めのお店だ、間違いは無いだろう。
「どんな料理のお店なんでしょうね。」
ユーリは料理と聞くだけで興味津々のようだ。
いやいいことなんだけどね。
「半刻程ということですから少し買い物をしてから行きましょうか。」
「買い物ですか?」
「この時間でしたらまだ間に合うでしょう。」
夕刻までは営業しているはずだ。
「早くに行って先方を急かしても悪いからな。」
「行ってらっしゃいませ。」
支配人に見送られ白鷺亭を出て南門のほうへ向かう。
夕飯時という事もあって通りは人であふれかえっていた。
「休息日になるとやはり皆さん嬉しそうですね。」
「一期分の仕事の疲れもこの日ばかりは感じないからな。」
どの世界も給料日は嬉しいものだ。
元の世界と娯楽が少ない世界だからこそ、食事の時間というのは毎日の楽しみになるのだろう。
日々節約していてもこの日ばかりは贅沢をしても許される。
この通りの人が皆、そんな幸せな時間に向かって準備をしているのだ。
いいなぁ。
仕事しているときは食事なんて所詮栄養の摂取ぐらいにしか思ってなかったけど、誰かと食べる食事は幸せも一緒に食べてるって感じがするんだよな。
この世界にきてよかったことの一つが食事の時間だな。
「ユリウスト様も休息日にこうやって出かけられた方が幸せだったのでしょうか。」
不意にユーリがポツリとつぶやく。
「彼はユーリがいたから幸せだったんですよ。」
「そうでしょうか。」
「それはもちろん。彼の性格でしたらこんな人ごみに出ることすら嫌がったと思いますよ。」
人里離れたダンジョンに一人で隠居するぐらいだ。
寂しがりやならこんなことできるはず無いからな。
「確かに、買い物もめんどくさがるような人でした。」
「これからは彼の分もこうやって楽しい時間を過ごせばいいんです。」
「ユーリには私達がいますから。」
ユーリは一人ではない。
これからたくさんの人に出会い、たくさんのことを経験していく。
魂のどこかにいる彼もユーリを通じて人の温かさという物をもう一度体験していることだろう。
「それで、シュウイチはどこに行くんだ?」
「行けばすぐわかりますよ。」
南門に向かい歩くこと数刻、一軒の商店の前で足を止めた。
「もしかしてここは・・・。」
「そう、ネムリのお店です。」
まだ営業しているようだ。
ドアを開けるとカランと良い音を立ててぶら下がっていたベルが音を立てる。
「いらっしゃいませ、おやイナバ様ではないですか。」
「朝振りですね。」
「今日はどうされましたか?」
「エミリアに買ってあげたものと同じ物をシルビアに買ってあげようと思いまして。」
そう。
ジャパネットネムリで購入した王都で話題の指輪だ。
裏に刻まれた紋様についてはあえて触れないが、エミリアにだけあってシルビア様にないのはまずい。
「確かにそれがよろしいかと思います。シルビア様、どうぞこちらへ。」
「エミリアが何かつけていると思ってはいたがシュウイチからプレゼントされた物であったか。」
「一人だけに差し上げるのは些か不公平ですから、どうぞ好きな物をお選びください。」
カウンターの上には早速たくさんの指輪が並べられていた。
エミリアと同じ物の予定だが、何故エミリアも見ているのだろうか。
おかしいなぁ。
「此方がエミリア様がお付けいただいている今王都で話題の宝飾品でございます。裏には子宝の紋様が刻み込まれております。」
「なんとそれは重要だな。」
「そうでございましょう。幸福と子宝、新婚のお二人には是非つけていただきたい一品です。」
「ネムリさん、このイヤリングはなんですか。」
いやだからエミリアの分はもう買ってあげたわけで。
ひし形の金具に真っ赤な石が嵌め込まれている。
「エミリア様もお目が高い。そのイヤリングは魔力を高める魔石が嵌め込まれています。かの有名なミド博士が直々にお造りになられた珍しい魔装具です。」
なんでそんなものがここにあるんだろうか。
確か契約しないと卸して貰えないと思うのだが。
「ではこのブレスレットは。」
「シルビア様さすがでございます。このブレスレットも同じくミド博士の魔装具でございますが、珍しい速度の魔石を嵌め込んであります。サイズも小さく戦いの邪魔になることも無いでしょう。」
緑色の魔石が細い金具の上にあしらわれている。
いやだから、指輪だけの話でして。
「ネムリ様この首輪はどのような物でしょうか。」
「この首輪は器用さを上げる魔石がはめ込まれております。ミド博士には珍しくお付の方と作られた合作だとか。ユーリ様のように料理の得意な方がお付けになればより美味しく料理が作れることでしょう。」
いや確かに器用さは料理に必要だけどさ。
藍色の魔石が布の首輪に雫のようにぶら下がっている。
首輪というよりもチョーカーだな。
「どれをとっても皆様にふさわしい一品ばかりでございます。しかもこれは先ほど仕入れたばかりの一級品、最近不調といわれてなかなか新作をお造りになら無かったミド博士が気合を入れて作ったものと伺っております。朝にもご購入いただきましたし、4点で銀貨8枚のところを大盤振る舞い銀貨5枚でございます!」
いや大盤振る舞いって言うかなんていうか。
朝の分とあわせて銀貨10枚とか。
え、日本円にして10万円ですか。
いや15万が10万だったら確かにお買い得ですが。
ちょっとなんでそんな目で見てくるの三人とも。
今回は指輪だけですし。
他の物はかいませんよ!
「もうすぐ婚約して一期ですし奥様もお喜びなるのでしょうか。」
いや確かに記念日ですけど。
けど今からその食事に行くわけで・・・。
わかった、わかりました、買いますよ!
そんな顔で見なくても良いじゃないですか。
エミリアならまだしもシルビア様までも乙女みたいな顔して。
あー、いやシルビア様のほうが乙女かもしれない。
可愛いもの好きだし。
「・・・いただきましょう。」
「ありがとうございます!すぐにお包みいたしますでしばらくお待ちください。」
よかった、さっきエミリアからお給料もらっといて。
いいよいいよ。
どうせ使い道の無いお給料ですよ。
「本当に良かったんですか?」
すまなそうな顔をしながらエミリアが聞いてくる。
そんな子犬のような顔で聞かれたら良くないなんていえるわけ無いじゃないですか。
「いいんです、今日は三人が仲良くなった記念ですから。」
「すまないなシュウイチ。」
「エミリアとシルビアの指輪は、私の世界では結婚指輪といって旦那から奥さんに渡す大事な指輪なんです。本当は婚約当日に渡す物なのですがプレゼントが遅くなって申し訳ありません。」
プロポーズが逆だから渡すに渡せなかったんだけどちょうど良いタイミングだ。
どうやって指輪を調達しようと思っていたけど、やはりネムリ頼りになります。
ジャパネットネムリおそるべし。
「私もよろしかったのでしょうか。」
「ユーリに指輪は渡せませんが、よく似合うと思いますよ。」
「服従の証に首輪をと思っておりましたのでありがとうございます。」
そういう言い方止めなさい。
「奴隷ではないんですから、服従ではなく信頼の証です。」
「信頼の証・・・。大切にいたします。」
指輪は無いけど、これでそれぞれにアクセサリーもプレゼントできたし喧嘩にもならない。
我ながらグッジョブ。
「お待たせいたしました。」
箱が三つと指輪が一つ。
「エミリア、指輪をはずして貰えますか?」
「いいですよ。」
指輪をはずして貰い間違えないように二つ並べる。
右がエミリアで左がシルビア様。
「ネムリ、小さな彫刻用の小刀はありますか?」
「ございますよ。」
奥に行き、小刀を手にすぐ戻ってきた。
リングにそれぞれIと小さく傷を入れる。
もちろん子宝の紋様が無い場所だ。
「二人とも左手の指を出して。」
「「はい」」
まずはエミリアから、そしてシルビア様に。
「これからたくさんのご迷惑をおかけしますが、いつまでも等しく愛すことを誓います。」
「シュウイチさん・・・」
「この指に何か意味はあるのか?」
「元の世界で結婚指輪は愛の言葉を言いながら左手の薬指につけるという決まりがあるのです。左の薬指には心臓につながる太い血管があると信じられていて、命に一番近い指といわれるそうですよ。私の代わりに命を守ってくれるようお願いをしてあります、どうか受け取ってください。」
古代ギリシャでは先のように言われていたそうだ。
今はただ左の薬指とだけ言われるが、昔世界史の授業で聞いてから忘れることは無かった。
ちょっとキザだっただろうか。
「大切にします。」
「いつもお前と一緒にいられるわけだな。」
恥ずかしいが気に入って貰えたようだ。
「いきなり商品に傷をつけて申し訳ありませんでした。」
小刀を返しながら詫びる。
「ご購入いただいた物はもうイナバ様のものです。あの傷は何か意味があるのですか?」
「イニシャルといって私の名前の頭文字を彫りました。これで誰からもらった物かわかりますからね。」
「これは大変興味深いことを聞きました。なるほど、そういう意味をつけることでより価値が上がるわけですね。これを商売にすればもしや・・・。」
「このネタを使うんでしたら・・・高いですよ。」
「何を仰いますやら、イナバ様でしたら快く使わせてくださることでしょう。」
今度これをネタに指輪を売りさばいていくんだろう。
秋になる頃には結婚指輪が大流行しているかもしれない。
後でネムリに念書書かせておくとしよう。
売上の1割ぐらいはもらっても罰は当たるまい。
「御主人様、私のにはつけてくださらないのですか?」
「あれは結婚指輪だけですので。ユーリの薬指にはもう、彼からもらった指輪がついているみたいですしね。」
見えないがきっと彼お手製の指輪が光っていることだろう。
「確かにそうですね・・・。」
見えないはずの指輪はきっとユーリには見えているはずだ。
「さぁ、食事に行きましょう!」
パンッと手を合わせて空気を変える。
甘いこの空気はどうも苦手だ。
「この後はお食事ですか、どうぞ楽しんできてください。」
「ありがとうネムリ。明日ゆっくりと話をさせて貰いますからそのつもりで。」
「なんのことでございましょうか。」
彼だけに儲けさせるわけには行きません。
4人でネムリの店をでて予定の店に向かう。
陽は城壁の影に入り、オレンジ色の空が眩しかった。
幸せな時間は暖かい色をしている。
幸せが温度を持っているならば、きっと体温のように温かいのだろう。
そんな幸せな空気が四人の間に満ちていた。
満ちていたんだけどさ。
「お願いします、かくまってください!」
予定していたお店の前に着いたとたん、一人の女性が飛びついてきた。
荒事は突然に。
なんでこう、俺の場所にはトラブルばかりがやってくるんだろうか。
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