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第四章
老齢の魔女
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仁王立ちするリュカさんを前にして動けない3人。
「早くいかないと日が暮れてしまいます。」
いや、二人か。
リュカさんの横をするりと通り抜け、振り返って手招きをしている。
うん、ユーリのそのマイペースな所嫌いじゃないよ。
今この状況でそれができるのがむしろ羨ましいというかなんというか。
「ちょっと、動くなって言ったでしょ!」
「私達には行かねばならない場所があります、こんなところで時間を使っている暇などありません。」
「貴女には関係なくてもこっちには関係あるのよ、特にそこのたぶらかし男!」
「ご主人様はたぶらかしてなどおりません。奥様からの求婚の末、承諾されたと伺っております。それ以上の言いがかりはご主人様の侮辱と判断いたしますがいかがいたしますか?」
ユーリが事実に基づいてリュカさんを追い詰めていく。
事情をよく知らないリュカさんに勝ち目はなさそうだ。
「フィフィに次ぐ男嫌いのエミリアが、きゅ、求婚なんてするはずないじゃない!私だって彼氏もいないのに・・・。」
「奥様は決して男性嫌いなどではございません。それに、騎士団分団長シルビア様も同時に求婚されて承諾を得ておられます。事実確認が必要であればどうぞそちらに確認をお願いいたします。」
あ、それはいまだしちゃいけないカードじゃないかなぁー。
「な、エミリアだけでは飽き足らずあのシルビア様にまで手を出すなんて。やっぱりたぶらかし男じゃない!」
うん、やっぱりそういう流れになるよね。
カードの切り方は要練習という事で。
ここは俺の出番ですな。
「私が言うのもなんですが、別にたぶらかしてなどいませんし皆で幸せに過ごさせていただいておりますが何が不満なのでしょうか。」
「不満も何も私の可愛いエミリアに手を出したのが許せないのよ!」
「それは貴女の自己満足であって、私達とは全く関係ないのではないでしょうか。」
「うるさいうるさい!たぶらかし男がこのリュカさんに口答えするんじゃないわよ!シルフィー懲らしめちゃって!」
うーん、正論で行くのは逆に失敗だったか。
自分も練習が必要です。
火に油を注いでしまい、リュカさんのボルテージはゲージを振り切ってしまったようだ。
困ったなぁ。
先程までリュカさん後ろに控えていたシルフィーがフヨフヨと飛んでくる。
「この子の完全な言いがかりなんだけどさ、この子のお願いはかなえなくちゃいけないわけで。精霊の祝福もこういう使い方を想像していなかったのよね~、ごめんね。」
申し訳なさそうな顔をしながらも、シルフィーの目の前に俺でも見えるソフトボール大の魔力の塊が出来始めた。
「シュウイチさん、今すぐ研究塔の中に!」
エミリアが慌てて俺の前に飛び出す。
うん、カッコ悪いけど今はそんなこと言ってる暇なんてないか。
「エミリアどいて、そいつ殺せない!」
どこの月宮さんですか。
殺す気満々とか勘弁してください。
「大丈夫、ちょっと吹き飛ぶだけだからさ。」
何ちょっとチクッとするだけみたいな言い方してるんだよこのシルフィー。
どう考えても無事で済まない大きさしてるじゃないか。
ソフトボールは現在バレーボールにまで成長している。
あれはまずい。
どう考えてもまずい。
間違いなく意識がこの世から消えてしまいそうなやつだ。
良くて気絶、悪くてご臨終。
お父さんお母さん先立つ不孝をお許しください。
ってそんなこと言ってる場合じゃない。
まだ開いている岩戸の中に急いで戻る。
自動開閉の岩戸はゆっくりと閉じられようとしていた。
「こうなったら最大パワーであの岩ごと吹き飛ばしちゃえば!」
全力の指示を受けてシルフィーの魔力が一気に高まる。
これは終わったなと半ば覚悟したその時だった。
「何バカな事やってるんだいこの子は!」
リュカさんの大暴走は後ろから現れた初老の女性に盛大に頭をはたかれることで唐突に終了したのだった。
「シルフィーがついていながらこの子に何させてるんだい!まったく、お目付け役が聞いてあきれるよ。」
「だってこの子のお願いはかなえてあげないといけない約束だし。」
「やっちゃいけないことは怒るのが仕事でしょう、それでも風の精霊ですか。」
「ちぇー、そんなに怒らなくたってもいいじゃんかさぁ。」
シルフィーはその女性に怒られると、腐てくされて消えてしまった。
残されたリュカさんはあまりの痛みにまだ頭を押さえたまましゃがみ込んで動かない。
良い音したもんなぁ・・・。
「うちの子がとんだ迷惑をかけたねぇ、どうかこの老婆に免じて許しておくれ。」
その女性はこちらを向くと深々と頭を下げた。
とりあえず岩戸から出てエミリアの所に向かう。
「ギルド長様!」
え、この人ギルドの長なの?
「そんな偉い名前で呼ばれているけどただの古びた魔女さ。その様子じゃ無事にミト坊やから契約書は受け取れたようだね。」
「おかげ様で無事サインしていただけましたが。」
「ここ最近のトラブル続きであの子も気が立っててね、付き人はみんな辞めちまって残ったのは一人しかいない。まったく、研究だけしか能がない坊やが何をやってるんだか。」
博士を坊や扱いって、いったいこの人は何歳なんだろう。
「シュウイチさん、この方は魔術師ギルドの長でおられるフィリス様です。フィリス様、こちらは商店連合の新しい店長になられましたイナバシュウイチ様です。」
「はじめましてイナバシュウイチと申します。エミリアさんにはいつもお世話になっております。」
「丁寧な挨拶ができる子は嫌いじゃないよ。エミリアがお世話になっているようだね、気立てもいいし、面倒見もいいし、何より別嬪だ。泣かせたらこの私が承知しないよ。」
「肝に銘じておきます。」
承知しないよと言いながら鋭い眼光がこちらを射抜く。
これはマジだ。
本気と書いてマジと読むほうだ。
「いい返事だ。このおバカが飛んできたから何事かと思ったら、随分と迷惑をかけたねぇ。ほら、お前も謝るんだよ。」
「どうもすいましぇんでしたぁ。」
よろよろと立ち上がったリュカさんは頭をはたかれて再び地に伏すのだった。
「特に被害もありませんし、もう大丈夫ですよ。」
「そう言ってもらえるなら一安心だ。契約も無事済んだようだし、この老婆にちょっと時間をくれやしないかい?」
「どのぐらいのお時間が必要でしょうか。この後町を散策するという大事な約束が控えています。」
「おや、お前さんは。・・・そうかいユリウストの忘れ形見かい。あの子も難儀な子だったが無事魂の理から解放されたんだねぇ。最期をみとってくれてありがとうよ。」
え、なんでユーリを見ただけでそこまでわかるの。
正体はエミリアしか知らないはずなんですけど。
「全てを託して頂きました。御主人様、この方の用事が済むまでお待ちしますので早く用を済ませてください。」
さっきまでのユーリと違ってちゃんと待てるそうだ。
なんだなんだ。
この人は魔女か何かなのか。
あ、魔女だった。
「なに、そんなに時間はかからないさ。ちょっと確認したいことがあってね。」
「それでしたらご協力いたします。」
「じゃあちょっと失礼するよ。」
ギルド長は懐から方眼鏡を出して右目に装着する。
それを通して俺を下から上にこれまたスキャンするように見始めた。
なんだろう、スカウターにも見えなくは無い。
ふ・・・位たったの3か・・・ゴミめ。
とか言われたらどうしよう。
立ち直れないかもしれない。
「おやおや確かにこれといって特殊な能力があるわけじゃないねぇ。知力だけが突出して高いのも珍しい。魔力も筋力も少なめだし、こりゃあリュカの言うとおりだね。」
「でしょう!だからおかしいって言ったのよ。」
本日二回目の能無し宣言。
いや確かに現実だけどさ。
いくらなんでもひどくないですか。
「だが、確かに精霊の祝福を受けている。森と水ってのはまぁありえなくも無いが、私も初めて見たねぇ。」
「ほらほら、私が言ったの間違いじゃなかったでしょ!フェリス様信じてくれないんだもん。」
「あんたがいつも慌てて適当なこと言うからじゃないか。しかしすごいもんだね、文献では見たことあったが本当に祝福が重複することがあるんだね。」
「フェリス様、誠に申し訳ありませんが精霊の祝福について詳しく教えて頂けないでしょうか。なにぶん先ほど聞いたばかりでよく理解をしていないんです。」
ギルド長なら詳しい事も知っているだろう。
この祝福とやらは何か特別な能力とかを与えてくれるんだろうか。
そうすれば異世界転生物おなじみのチート能力がついに俺の手に来たのかもしれない。
「なんだい、精霊本人から説明を受けていないのかい。契約を重んじる精霊にしては随分適当なことをするもんだねぇ、あんたいったい何したんだい?」
何って、別に脅したわけじゃないんだけど。
「精霊様から頼まれたお願いを無事かなえた見返りに、これから何かあったら手を貸してくださるようお願い致しました。」
「それに関しては私もその場におりましたので間違いございません。水の精霊様が森の精霊様に助けを請い、森の精霊様がイナバ様に助力を願いました。叶えればお願いを聞いてあげるという約束でイナバ様が受諾したものであります。」
「精霊があんたにお願いをねぇ・・・。何の能力も無いあんたを何故選んだのか私はそこが知りたいんだけどねぇ。」
「そこに関しては私にもわかりかねます。私自身何故選ばれたのかわかりませんので。ただ、森の精霊様が私は特別だからとだけ申しておりました。」
シュウちゃんは特別だから。
確かにそう言っていた。
しかし何がどう特別なのかについては一切説明を受けていない。
転生者だからということなのだろうか。
「精霊の考えている事は私達のような下々の者にはわからないようになっているのさ、それで精霊の祝福についてだったね。」
「よろしくお願いします。」
「精霊の祝福ってのは簡単に言えば仲良くしてあげるよって約束さ。普段人の前に姿を見せず、我々と関わる事のない精霊がお気に入りの子を見つけて、気まぐれで力を貸してあげる。こんな感じさね。」
気まぐれ、お気に入り、確かにその通りだ。
「だが、精霊にとって祝福は一種の制約だ。祝福を授けた以上相手の要求には応えなければならないし、応えたからといって自分にとって何の見返りもない。だから精霊はおいそれと人に祝福を与えることはないのさ。その特別な祝福をあんたは二つもそろえている。普通に考えたら魔力も無い子が祝福を受けるなんて事はありえないんだよ。」
「どんな要求にも応えて貰えるという事でしょうか。」
「それはあんたと精霊の信頼関係によるさ。もちろん精霊にも限界はあるけど信頼が深ければ深いほどどんな要求にも応えてくれるだろう。普通そこまでの信頼を得るまでには長い年月がかかってその頃には受けたほうはお陀仏さ。」
なるほどなぁ。
人間でも信頼していない相手のお願いをわざわざ聞くのはお人よしぐらいだ。
あ、俺か。
俺の場合は相手を信頼して受けてるから誰でもいいわけじゃないつもりだけど。
流されてるかって言われるとまぁ・・・。
否定できないけど。
「ですが、今までに二つの祝福を受けた人は居たわけですよね」」
「文献上はそうなっているね。はるか昔、それこそ混沌としていたような時代には四種類以上の祝福を受けた例だってあるそうだ。だがこの平和な世の中で二つ必要な場合がみつからない。あんたの場合は森と水、相互関係にある精霊だから結ばれたようなもんだと私は思うがね。」
「つまりは不利益を被る精霊同士の祝福はありえないという事ですね。」
「これも文献上ではね。火の精霊はどの精霊とも祝福を結ばない、森や水とは相性が悪いからね。土と水は相性が良いから過去に数例報告されているし、今回のように森と水も確かにあることはある。だがそもそも複数の祝福が珍しい分事例は限りなく少ない。ここ100年届いている限りは皆無だ。」
ゲームで有名な属性表というやつか。
火と水、土と風、光と闇、神と悪、モノによっては三竦みなんてのもあるな、つまりはじゃんけんだ。
それぞれに有利不利が存在する以上、それに応じた祝福は共存しない。もしくは出来ないと考えるべきだろう。
ただ、大昔の勇者が必要な時代にはお互いが手を取り合って祝福を与えた例もあるようだから、絶対に手をとらないという事はないようだ。
しかしまあ大層なものを授けて貰ったわけだけど、使い道がいまいちわからないんだよな。
「祝福を受けるとなにかいいことがあるのでしょうか。」
「良いことって面白いことを言うね。精霊力が使える以上にいいことなんてあると思うのかい。」
「そうではなく、私の場合はただの商人ですから使い道が思いつかないんです。リュカさんのように精霊士にならなければならないとかそういう制約があると困ってしまうのでそこのところもお教え願えますでしょうか。」
強制登録制で、有事の際には徴兵されるとかなったらいやだし。
平和に生きていたい。
「登録はして貰うけど別に精霊士になる必要は無いよ。というよりもお前さんじゃ魔法のセンスが無さ過ぎて精霊士になる頃には骨になってるだろうさ。アッハッハ!」
そんなに見込み無いですかそうですか。
「ただ、現在その二つの精霊の祝福を受けた人が居なくてね。大事になってその力が必要になった場合にはうちか国のほうから要請があるかもしれないね。」
「ここ最近そういう事はあったんでしょうか。」
「私が生きている間には無かったね。」
「つまりどれぐらい・・・。」
「いやだねぇ、女性に年を聞くのはご法度だよ。」
「あ、まぁたしかにそうなんですが。失礼しました・・・。」
つまり随分と長い間そういう事例はなかったということか。
55歳を坊や扱いだし、100ぐらいいってるんじゃないの。
「なんだか失礼なことを考えてそうな顔だね。」
「そんな事ありませんよ、少し考え事をしていただけです。」
「そうかいそれならまぁいいさ。時間をとらせてすまなかったね、もう行っていいよ。」
「登録はしなくてもよろしいのですか?」
「どこの誰が祝福を受けているかわかれば十分だ。あんたの場合はうちのエミリアも居るし探す手間が省けて助かるよ。」
エミリアが目印ですかそうですか。
まぁ離れると予定も無いので別にいいんですけど。
「では失礼させて頂きます。」
「まぁ何かわからないことがあったらここに来るといい。エミリアかリュカが案内してくれるだろう。」
「私こんなたぶらかし男の案内なんていやですよ!」
「ちょっとはエミリアを見習って良い男の一人や二人、さっさとみつけるんだよ。」
「そんな簡単に見つかったら、こんなに苦労なんてしてないですよぉ。」
年齢=彼氏無し期間というわけか。
そりゃあエミリアが結婚したって聞いたら尋問もするわけだ。
機会があったらカムリでも紹介してあげよう。
上手くいくかはしらん。
あとは本人同士で何とかしてくれたまえ。
「お待たせしましたそれでは行きましょうか。」
「このぐらいの時間であれば問題ありません。」
「フェリス様、リュカさん失礼します。」
これでやっと街に戻れるな。
ただ契約するだけだったのに随分と時間がかかった気がする。
それでも知らなかったことを聞け わかったわけだし、家に戻ったらドリアルドとウンディーヌに詳しく聞いたほうがいいかもしれないな。
「エミリア、その男に何かされたらすぐ私に言うんだよ!シルフィーと一緒に懲らしめてあげるからね!」
「あんたはまだ言うのかい!」
これまた良い音を立てて頭をはたかれるリュカさん。
またうずくまっちゃって・・・まぁ自業自得ということで。
それではユーリお待ちかねのサンサトローズ観光に出発しよう。
今度は邪魔する人が出てきませんように。
「早くいかないと日が暮れてしまいます。」
いや、二人か。
リュカさんの横をするりと通り抜け、振り返って手招きをしている。
うん、ユーリのそのマイペースな所嫌いじゃないよ。
今この状況でそれができるのがむしろ羨ましいというかなんというか。
「ちょっと、動くなって言ったでしょ!」
「私達には行かねばならない場所があります、こんなところで時間を使っている暇などありません。」
「貴女には関係なくてもこっちには関係あるのよ、特にそこのたぶらかし男!」
「ご主人様はたぶらかしてなどおりません。奥様からの求婚の末、承諾されたと伺っております。それ以上の言いがかりはご主人様の侮辱と判断いたしますがいかがいたしますか?」
ユーリが事実に基づいてリュカさんを追い詰めていく。
事情をよく知らないリュカさんに勝ち目はなさそうだ。
「フィフィに次ぐ男嫌いのエミリアが、きゅ、求婚なんてするはずないじゃない!私だって彼氏もいないのに・・・。」
「奥様は決して男性嫌いなどではございません。それに、騎士団分団長シルビア様も同時に求婚されて承諾を得ておられます。事実確認が必要であればどうぞそちらに確認をお願いいたします。」
あ、それはいまだしちゃいけないカードじゃないかなぁー。
「な、エミリアだけでは飽き足らずあのシルビア様にまで手を出すなんて。やっぱりたぶらかし男じゃない!」
うん、やっぱりそういう流れになるよね。
カードの切り方は要練習という事で。
ここは俺の出番ですな。
「私が言うのもなんですが、別にたぶらかしてなどいませんし皆で幸せに過ごさせていただいておりますが何が不満なのでしょうか。」
「不満も何も私の可愛いエミリアに手を出したのが許せないのよ!」
「それは貴女の自己満足であって、私達とは全く関係ないのではないでしょうか。」
「うるさいうるさい!たぶらかし男がこのリュカさんに口答えするんじゃないわよ!シルフィー懲らしめちゃって!」
うーん、正論で行くのは逆に失敗だったか。
自分も練習が必要です。
火に油を注いでしまい、リュカさんのボルテージはゲージを振り切ってしまったようだ。
困ったなぁ。
先程までリュカさん後ろに控えていたシルフィーがフヨフヨと飛んでくる。
「この子の完全な言いがかりなんだけどさ、この子のお願いはかなえなくちゃいけないわけで。精霊の祝福もこういう使い方を想像していなかったのよね~、ごめんね。」
申し訳なさそうな顔をしながらも、シルフィーの目の前に俺でも見えるソフトボール大の魔力の塊が出来始めた。
「シュウイチさん、今すぐ研究塔の中に!」
エミリアが慌てて俺の前に飛び出す。
うん、カッコ悪いけど今はそんなこと言ってる暇なんてないか。
「エミリアどいて、そいつ殺せない!」
どこの月宮さんですか。
殺す気満々とか勘弁してください。
「大丈夫、ちょっと吹き飛ぶだけだからさ。」
何ちょっとチクッとするだけみたいな言い方してるんだよこのシルフィー。
どう考えても無事で済まない大きさしてるじゃないか。
ソフトボールは現在バレーボールにまで成長している。
あれはまずい。
どう考えてもまずい。
間違いなく意識がこの世から消えてしまいそうなやつだ。
良くて気絶、悪くてご臨終。
お父さんお母さん先立つ不孝をお許しください。
ってそんなこと言ってる場合じゃない。
まだ開いている岩戸の中に急いで戻る。
自動開閉の岩戸はゆっくりと閉じられようとしていた。
「こうなったら最大パワーであの岩ごと吹き飛ばしちゃえば!」
全力の指示を受けてシルフィーの魔力が一気に高まる。
これは終わったなと半ば覚悟したその時だった。
「何バカな事やってるんだいこの子は!」
リュカさんの大暴走は後ろから現れた初老の女性に盛大に頭をはたかれることで唐突に終了したのだった。
「シルフィーがついていながらこの子に何させてるんだい!まったく、お目付け役が聞いてあきれるよ。」
「だってこの子のお願いはかなえてあげないといけない約束だし。」
「やっちゃいけないことは怒るのが仕事でしょう、それでも風の精霊ですか。」
「ちぇー、そんなに怒らなくたってもいいじゃんかさぁ。」
シルフィーはその女性に怒られると、腐てくされて消えてしまった。
残されたリュカさんはあまりの痛みにまだ頭を押さえたまましゃがみ込んで動かない。
良い音したもんなぁ・・・。
「うちの子がとんだ迷惑をかけたねぇ、どうかこの老婆に免じて許しておくれ。」
その女性はこちらを向くと深々と頭を下げた。
とりあえず岩戸から出てエミリアの所に向かう。
「ギルド長様!」
え、この人ギルドの長なの?
「そんな偉い名前で呼ばれているけどただの古びた魔女さ。その様子じゃ無事にミト坊やから契約書は受け取れたようだね。」
「おかげ様で無事サインしていただけましたが。」
「ここ最近のトラブル続きであの子も気が立っててね、付き人はみんな辞めちまって残ったのは一人しかいない。まったく、研究だけしか能がない坊やが何をやってるんだか。」
博士を坊や扱いって、いったいこの人は何歳なんだろう。
「シュウイチさん、この方は魔術師ギルドの長でおられるフィリス様です。フィリス様、こちらは商店連合の新しい店長になられましたイナバシュウイチ様です。」
「はじめましてイナバシュウイチと申します。エミリアさんにはいつもお世話になっております。」
「丁寧な挨拶ができる子は嫌いじゃないよ。エミリアがお世話になっているようだね、気立てもいいし、面倒見もいいし、何より別嬪だ。泣かせたらこの私が承知しないよ。」
「肝に銘じておきます。」
承知しないよと言いながら鋭い眼光がこちらを射抜く。
これはマジだ。
本気と書いてマジと読むほうだ。
「いい返事だ。このおバカが飛んできたから何事かと思ったら、随分と迷惑をかけたねぇ。ほら、お前も謝るんだよ。」
「どうもすいましぇんでしたぁ。」
よろよろと立ち上がったリュカさんは頭をはたかれて再び地に伏すのだった。
「特に被害もありませんし、もう大丈夫ですよ。」
「そう言ってもらえるなら一安心だ。契約も無事済んだようだし、この老婆にちょっと時間をくれやしないかい?」
「どのぐらいのお時間が必要でしょうか。この後町を散策するという大事な約束が控えています。」
「おや、お前さんは。・・・そうかいユリウストの忘れ形見かい。あの子も難儀な子だったが無事魂の理から解放されたんだねぇ。最期をみとってくれてありがとうよ。」
え、なんでユーリを見ただけでそこまでわかるの。
正体はエミリアしか知らないはずなんですけど。
「全てを託して頂きました。御主人様、この方の用事が済むまでお待ちしますので早く用を済ませてください。」
さっきまでのユーリと違ってちゃんと待てるそうだ。
なんだなんだ。
この人は魔女か何かなのか。
あ、魔女だった。
「なに、そんなに時間はかからないさ。ちょっと確認したいことがあってね。」
「それでしたらご協力いたします。」
「じゃあちょっと失礼するよ。」
ギルド長は懐から方眼鏡を出して右目に装着する。
それを通して俺を下から上にこれまたスキャンするように見始めた。
なんだろう、スカウターにも見えなくは無い。
ふ・・・位たったの3か・・・ゴミめ。
とか言われたらどうしよう。
立ち直れないかもしれない。
「おやおや確かにこれといって特殊な能力があるわけじゃないねぇ。知力だけが突出して高いのも珍しい。魔力も筋力も少なめだし、こりゃあリュカの言うとおりだね。」
「でしょう!だからおかしいって言ったのよ。」
本日二回目の能無し宣言。
いや確かに現実だけどさ。
いくらなんでもひどくないですか。
「だが、確かに精霊の祝福を受けている。森と水ってのはまぁありえなくも無いが、私も初めて見たねぇ。」
「ほらほら、私が言ったの間違いじゃなかったでしょ!フェリス様信じてくれないんだもん。」
「あんたがいつも慌てて適当なこと言うからじゃないか。しかしすごいもんだね、文献では見たことあったが本当に祝福が重複することがあるんだね。」
「フェリス様、誠に申し訳ありませんが精霊の祝福について詳しく教えて頂けないでしょうか。なにぶん先ほど聞いたばかりでよく理解をしていないんです。」
ギルド長なら詳しい事も知っているだろう。
この祝福とやらは何か特別な能力とかを与えてくれるんだろうか。
そうすれば異世界転生物おなじみのチート能力がついに俺の手に来たのかもしれない。
「なんだい、精霊本人から説明を受けていないのかい。契約を重んじる精霊にしては随分適当なことをするもんだねぇ、あんたいったい何したんだい?」
何って、別に脅したわけじゃないんだけど。
「精霊様から頼まれたお願いを無事かなえた見返りに、これから何かあったら手を貸してくださるようお願い致しました。」
「それに関しては私もその場におりましたので間違いございません。水の精霊様が森の精霊様に助けを請い、森の精霊様がイナバ様に助力を願いました。叶えればお願いを聞いてあげるという約束でイナバ様が受諾したものであります。」
「精霊があんたにお願いをねぇ・・・。何の能力も無いあんたを何故選んだのか私はそこが知りたいんだけどねぇ。」
「そこに関しては私にもわかりかねます。私自身何故選ばれたのかわかりませんので。ただ、森の精霊様が私は特別だからとだけ申しておりました。」
シュウちゃんは特別だから。
確かにそう言っていた。
しかし何がどう特別なのかについては一切説明を受けていない。
転生者だからということなのだろうか。
「精霊の考えている事は私達のような下々の者にはわからないようになっているのさ、それで精霊の祝福についてだったね。」
「よろしくお願いします。」
「精霊の祝福ってのは簡単に言えば仲良くしてあげるよって約束さ。普段人の前に姿を見せず、我々と関わる事のない精霊がお気に入りの子を見つけて、気まぐれで力を貸してあげる。こんな感じさね。」
気まぐれ、お気に入り、確かにその通りだ。
「だが、精霊にとって祝福は一種の制約だ。祝福を授けた以上相手の要求には応えなければならないし、応えたからといって自分にとって何の見返りもない。だから精霊はおいそれと人に祝福を与えることはないのさ。その特別な祝福をあんたは二つもそろえている。普通に考えたら魔力も無い子が祝福を受けるなんて事はありえないんだよ。」
「どんな要求にも応えて貰えるという事でしょうか。」
「それはあんたと精霊の信頼関係によるさ。もちろん精霊にも限界はあるけど信頼が深ければ深いほどどんな要求にも応えてくれるだろう。普通そこまでの信頼を得るまでには長い年月がかかってその頃には受けたほうはお陀仏さ。」
なるほどなぁ。
人間でも信頼していない相手のお願いをわざわざ聞くのはお人よしぐらいだ。
あ、俺か。
俺の場合は相手を信頼して受けてるから誰でもいいわけじゃないつもりだけど。
流されてるかって言われるとまぁ・・・。
否定できないけど。
「ですが、今までに二つの祝福を受けた人は居たわけですよね」」
「文献上はそうなっているね。はるか昔、それこそ混沌としていたような時代には四種類以上の祝福を受けた例だってあるそうだ。だがこの平和な世の中で二つ必要な場合がみつからない。あんたの場合は森と水、相互関係にある精霊だから結ばれたようなもんだと私は思うがね。」
「つまりは不利益を被る精霊同士の祝福はありえないという事ですね。」
「これも文献上ではね。火の精霊はどの精霊とも祝福を結ばない、森や水とは相性が悪いからね。土と水は相性が良いから過去に数例報告されているし、今回のように森と水も確かにあることはある。だがそもそも複数の祝福が珍しい分事例は限りなく少ない。ここ100年届いている限りは皆無だ。」
ゲームで有名な属性表というやつか。
火と水、土と風、光と闇、神と悪、モノによっては三竦みなんてのもあるな、つまりはじゃんけんだ。
それぞれに有利不利が存在する以上、それに応じた祝福は共存しない。もしくは出来ないと考えるべきだろう。
ただ、大昔の勇者が必要な時代にはお互いが手を取り合って祝福を与えた例もあるようだから、絶対に手をとらないという事はないようだ。
しかしまあ大層なものを授けて貰ったわけだけど、使い道がいまいちわからないんだよな。
「祝福を受けるとなにかいいことがあるのでしょうか。」
「良いことって面白いことを言うね。精霊力が使える以上にいいことなんてあると思うのかい。」
「そうではなく、私の場合はただの商人ですから使い道が思いつかないんです。リュカさんのように精霊士にならなければならないとかそういう制約があると困ってしまうのでそこのところもお教え願えますでしょうか。」
強制登録制で、有事の際には徴兵されるとかなったらいやだし。
平和に生きていたい。
「登録はして貰うけど別に精霊士になる必要は無いよ。というよりもお前さんじゃ魔法のセンスが無さ過ぎて精霊士になる頃には骨になってるだろうさ。アッハッハ!」
そんなに見込み無いですかそうですか。
「ただ、現在その二つの精霊の祝福を受けた人が居なくてね。大事になってその力が必要になった場合にはうちか国のほうから要請があるかもしれないね。」
「ここ最近そういう事はあったんでしょうか。」
「私が生きている間には無かったね。」
「つまりどれぐらい・・・。」
「いやだねぇ、女性に年を聞くのはご法度だよ。」
「あ、まぁたしかにそうなんですが。失礼しました・・・。」
つまり随分と長い間そういう事例はなかったということか。
55歳を坊や扱いだし、100ぐらいいってるんじゃないの。
「なんだか失礼なことを考えてそうな顔だね。」
「そんな事ありませんよ、少し考え事をしていただけです。」
「そうかいそれならまぁいいさ。時間をとらせてすまなかったね、もう行っていいよ。」
「登録はしなくてもよろしいのですか?」
「どこの誰が祝福を受けているかわかれば十分だ。あんたの場合はうちのエミリアも居るし探す手間が省けて助かるよ。」
エミリアが目印ですかそうですか。
まぁ離れると予定も無いので別にいいんですけど。
「では失礼させて頂きます。」
「まぁ何かわからないことがあったらここに来るといい。エミリアかリュカが案内してくれるだろう。」
「私こんなたぶらかし男の案内なんていやですよ!」
「ちょっとはエミリアを見習って良い男の一人や二人、さっさとみつけるんだよ。」
「そんな簡単に見つかったら、こんなに苦労なんてしてないですよぉ。」
年齢=彼氏無し期間というわけか。
そりゃあエミリアが結婚したって聞いたら尋問もするわけだ。
機会があったらカムリでも紹介してあげよう。
上手くいくかはしらん。
あとは本人同士で何とかしてくれたまえ。
「お待たせしましたそれでは行きましょうか。」
「このぐらいの時間であれば問題ありません。」
「フェリス様、リュカさん失礼します。」
これでやっと街に戻れるな。
ただ契約するだけだったのに随分と時間がかかった気がする。
それでも知らなかったことを聞け わかったわけだし、家に戻ったらドリアルドとウンディーヌに詳しく聞いたほうがいいかもしれないな。
「エミリア、その男に何かされたらすぐ私に言うんだよ!シルフィーと一緒に懲らしめてあげるからね!」
「あんたはまだ言うのかい!」
これまた良い音を立てて頭をはたかれるリュカさん。
またうずくまっちゃって・・・まぁ自業自得ということで。
それではユーリお待ちかねのサンサトローズ観光に出発しよう。
今度は邪魔する人が出てきませんように。
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この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
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