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第四章
精霊の祝福
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目的の魔術師ギルドは商店連合の建物と違い、一目でわかる見た目をしていた。
これはなんていうか、前衛的というかアバンギャルドというか。
中世の趣を感じさせる城塞都市の中でひときわ目立つ青色の建物。
壁には金色の塗料で幾何学的な模様が施されている。
他の家々がおとなしいのに対して、魔術師ギルドの屋根は空を突き刺さんとばかりに尖っていた。
魔法使いの帽子ってあんな感じに尖ってるよな。
でもなんだ、この違和感。
気持ち悪いというかなんというか。
「奥様、魔術師ギルドはなぜあのような色をしているのでしょうか。」
ユーリ、よく聞いてくれた!
「魔術師ギルドでは『青』は調和を意味しています。魔力は体内と自然界とをつなぐことによって様々な力を生み出すことのできる神秘の力ですので、自然との調和に感謝してあのような色になったと聞いています。」
「ならばあの模様は何なのでしょうか。」
「あの模様は魔術師ギルドを守るための呪いです。一種の魔法陣のような働きをしていて、外からの魔法で中を透視されないようにしてあるんです。中には非常に重要な情報や書物が眠っていますので、悪用防止を兼ねているんですよ。」
なるほどねぇ。
あの模様で情報漏洩を防いでいるのか。
まてよ、透視の魔法があるのか。
ということは、その魔法を覚えたら外から屋内を覗き放題・・・。
着替えからお風呂まで様々なシーンで大活躍すること間違いなし!
「・・・御主人様が非常に危険な思考をしていると判断します。」
「シュウイチさん、いったい何を考えているんですか?」
何の事かな二人とも。
ユーリもそんな所で勘を働かせなくてもいいのに。
「あの尖った屋根も意味があるのかなと思いまして。」
「あの屋根は屋外からの侵入を防ぐために尖っていると聞いています。ですが魔術師ギルドには窓が一つもないのでおそらく言われてるだけだと思います。」
ネズミ返しならぬ盗賊落としか。
ものすごい違和感があったのは窓がないからなんだな。
いったいどこから光源を取っているんだろう。
やはり魔法使いは太陽を嫌うという事だろうか。
「そういう意味があったんですね。」
「別の思考を感知したのですが勘違いだったようです。」
「窓がなくても中は明るいんですよ。」
「それも魔法の力でしょうか。」
「それは見てからのお楽しみという事で。」
答えを先延ばしにされてしまった。
ではそのお楽しみとやらを見せてもらおうじゃないか。
魔術師ギルドの入り口には見た目には似つかわしくない大きな扉がドンと構えてあった。
窓はなくても玄関はちゃんとあるんだな。
よかった、魔力がない人間は入れない仕様だったらどうしようかと思った。
扉は厳重に閉じられ、見た目には完全休業中な雰囲気を醸し出している。
そうだよな、今日休息日だもんな。
こんなに日に来て大丈夫だったんだろうか。
「休息日なのにお伺いしても良かったんでしょうか。」
当直でもいたらいいけど。
「ギルドは休日に関係なく開いていますので大丈夫ですよ。」
「それならよかったです。」
「では入りますね。」
エミリアが重厚な扉の前に立ち取っ手に手を添える。
「魔術師ギルド所属、エミリアただいま帰還しました。」
『所属員エミリアの魔力を感知、本人と判断します。』
おぉ、門がしゃべった。
魔力を感知して本人認証しているのか。
魔力にも個人差があって波長とかで判断しているのかな。
まるでスマホの生体認証のようだ。
エミリアが取っ手から手を離すと自動で扉が開門し始める。
ゴゴゴゴゴなんて効果音が聞こえてきそうなのに、音もなくゆっくりと扉が開かれた。
中は真っ黒な壁が邪魔をして中が見えないようになっている。
ダンジョンと同じようになっているのかな。
「ではいきましょうか。」
エミリアが黒い壁に向かって歩き出し、ぶつかる瞬間に中に吸い込まれていった。
やっぱりダンジョンのように別の空間に本物の中身があるんだろう。
遅れて扉が閉まらないうちに俺、ユーリという順番で黒い壁の中に入っていった。
中は想像していたよりも明るい。
上を見上げると太陽の光が降り注いでいた。
なんだろうとてつもなく大きな樹をくりぬいて、中に居住空間を作ったみたいだ。
例えるならラ〇ュタに出て来るあの樹だ。
あれは大木の周りに建物を作ったんだっけ。
大きな樹の中が一つの建物になっていて、窓からは陽の光がたっぷりと降り注いでいる。
なるほどねぇ。
エミリアがお楽しみというわけだ。
これは感動するわ。
「どうです、すごいでしょう。」
ドヤ顔のエミリアいただきました。
ありがとうございま~す。
「これはすごいですね。入り口はダンジョンのように別の場所につながっていて、あの建物の形状はハッタリだったんですね。」
「私達は樹の中にいるのでしょうか。」
「あの入り口は魔術師ギルド本部につながっていまして、どの魔術師ギルドからでもここに来ることができます。ユーリの言うように今私たちは世界樹の中にいるんですよ。」
出ましたファンタジーおなじみの世界樹。
これがないとファンタジーとは言えないよね、うん。
世界の礎にして魔法使いの聖地。
世界樹の枝は最高級の杖の原料となり、実を食べればたちどころに体が回復する、雫を集めれば大地が潤う等々。
謂れを探せばいくらでも出て来るあの世界樹、またの名をユグドラシル。
まさか本物にお目にかかれる日が来るとは思っていなかった。
ありがたや~ありがたや~。
「このように大きな樹が世界にはあるんですね。」
「この樹は世界樹の中でも小さい方です。世界樹本体は土の中に眠っていて、私たちが見ているのは大地から地上に伸びてきた枝の一つだと言われています。」
そういうパターンの世界樹か。
本体は世界そのものを支えていたりするっていうやつだな。
世界樹本体の下には裏世界があったりすると。
いやまてよ、その裏世界が実は俺が元いた世界だったりするんじゃないだろうか。
異世界と言いながら実は同じ世界の中で生きていたとか。
ファンタジーですなぁ。
なんて感心していると横を歩いてきた女性が声を掛けてきた。
「あれ、そこにいるのはエミリアじゃない。貴女がここに来るなんて珍しいね。」
「リュカさん!ご無沙汰しています。」
「元気そうで安心したよ。今日はどこに用があってきたのかな?」
「商店連合の遣いとしてきました。新店が出来ましたので魔装具の契約をお願いしたくて。」
エミリアと同じエルフィーだろう。
背はエミリアより高く、すらっとして細身。
THEエルフを地でいくような流れるような銀髪から尖った耳が見える。
胸はエミリアに軍配が上がるようだ。
うん、細身のエルフィーも非常によろしい。
眼福眼福。
「魔装具の契約に来るって言ってたけどエミリアの担当だったんだ、これはこれは新装開店おめでとうございます。」
「ありがとうございます、でも店長は私ではなくてこちらなんです。」
「二人いるけどどちらかな?」
上品な感じというより明朗快活なタイプのようだ。
「ご挨拶が遅れました。この度契約させていただきますイナバシュウイチと申します。エミリアさんには日ごろからお世話になりっぱなしで頭が上がりません。」
「ご丁寧にどうも、私は魔術師ギルドの先輩でリュカって言います。」
「リュカさんは魔術師ギルドの中でも珍しい精霊士の一人なんですよ。」
「珍しいは失礼な、たまたま精霊と仲が良かっただけで別に偉いわけじゃないんだよ。」
「それでも他の人では精霊様とお会いする事だってできないんですから。リュカさんはもっと自慢していいと思います。」
エミリアが良くしゃべるってことは仲の良い先輩のようだな。
メルクリア女史が商店の先輩でこの人がギルドの先輩か。
あれ、メルクリア女史も魔術師ギルド所属じゃなかったっけ。
しかも火の精霊と契約してるわけだし。
となると、同じ精霊士で尚且つこっちの先輩でもあるわけで。
ややこしいなぁ。
「浮いた話を聞かないと思ったらエミリアもちゃんと男の人ともお話しできたんだね、お姉さんは安心したよ。」
「私だって男の人と話ぐらいできますよ!」
「えー、だっていつもフィフィと一緒で他の男の子と全然絡んだりしなかったじゃない。」
「それはご縁がなかったっていうかなんというか。それに、あの方が男性嫌いなの知ってるじゃないですか。」
フィフィって誰だ。
確かにエミリアは他の男性陣にちょっと他人行儀な所があるよね。
一線引いてるというか、興味が薄いというか。
それなのに俺を選んでくれたりしちゃって。
そこが可愛いんだけど。
「初めまして、御主人様のお付をしておりますユーリと申します。奥様には御主人様共々普段からお世話になっております。」
「ご丁寧にどうも。へぇ、エミリアのお連れさんはこんな素敵な付き人さんがいるぐらい偉いさんなんだ。今度良い人紹介してくれるように言ってよ。」
知り合いにいそうな良い人ねぇ。
カムリかウェリスかオッサンぐらいか。
うーん、カムリ一択だな。
「シュウイチさんは貴族ではないですよ。」
「でも召使いを連れて歩けるぐらいには裕福なんでしょ?」
「爵位などは賜っておりませんので、ご主人様は平民になると思います。」
貴族どころか雇われ店主のただのサラリーマンです。
「普通の店主さんが付き人ねぇ。エミリア、どういう関係なのよ。」
「どういうって別に、シュウイチさんは商店がお呼びした私の担当で・・・。」
「奥様は御主人様の同僚であり妻でおられますよ。」
「へ、妻?」
へ、って言ったよ今。
最近聞かない驚き方だなぁ。
「奥様は奥様でございますが、何か問題があったでしょうか。」
うん、ちょっと言い方がややこしかったかな。
簡潔に簡単にかみ砕いて。
この辺は要練習というところか。
「・・・エミリアちょっと話があるからこっち来なさい。」
「え、リュカさん今日は用事で来ただけで、ちょっと、痛い、痛いですって!」
エルフの耳って引っ張っちゃダメなんじゃなかったっけ。
先輩に連れていかれたエミリア。
このパターンはエミリアが結婚したことを知らなかったってやつですな。
独身で彼氏募集中の先輩を差し置いて後輩が結婚したってなったらそりゃあ・・・。
「奥様はどちらに行かれたんでしょうか。」
「んー、行くとややこしくなりそうだからおとなしく待っていようか。」
「わかりました。ですが、興味が尽きませんのであたりを見ていてもよろしいですか。」
「迷子にならないようにね。」
マイペースなユーリは周囲の観察に。
残された俺はと言えば。
うん、俺もファンタジー観光してくるか。
犠牲になったエミリアが戻るまで世界樹観察してこよう。
ロビー周りだけでも人が100人ぐらいいても窮屈にばらないような広さがある。
休息日だというのに玄関の出入りも多いというところを見ると世界中の魔術師ギルドとつながっているというのもあながち間違いでは無さそうだ。
エントランスをめぐりたっぷり半刻程観光していると少しやつれた顔のエミリアと先輩が戻ってきた。
どうやらずいぶんと大変な事情聴取だったらしい。
「それで、エミリアの旦那様っていうのはどのぐらいすごいのかしら。中途半端じゃ私が許さないんだから。」
許さないって言われてもまだ位も低い新参者なわけで。
「すごいと言われましても特別何か出来るわけではないのですが・・・。」
「そうやって誤魔化そうとしてもそうは行かないんだから、シルフィーでてきて!」
「リュカさんそんな事までしなくても。」
「エミリアは黙ってなさい。」
先輩の圧力に小動物のように小さくなってしまった。
目の前にある何も無い空間に、目に見えない何かが集まってくるのを感じる。
どこかで感じたことのある気配、これは確かメルクリア女史がアリ退治の時に呼んだの同じやつだ。
「も~せっかく気持ちよく昼寝してたのになんだって言うのよ~!」
「大問題なの!緊急事態なの!一大事なのよ!お願いだからこの私の可愛い後輩に手を出した男をさくっと調べちゃって!」
目の前に現われたのは宙に浮かぶ少女。
ワンピースを着て背中からは蝶の様な羽が生えている。
シルフィーっていってたし彼女が風の精霊シルフってことか。
「別に一大事でも緊急事態でもないじゃない。リュカに彼氏が出来たっていうなら大問題だけど、別にそういうわけじゃないんでしょ。」
「いいからさっさと調べてよ!」
「も~、これが終わったらおやつまで昼寝するからね。」
なんだろう。
ドリアルドといいこの子といい、精霊『様』ってこんなにフレンドリーでいいんだろうか。
もっと威厳とかあるもんじゃないんだろうか。
見た目と中身が完全に一致いしてると思うんですけど。
シルフィーはくるりと回ってこちらの方を向くと、可愛らしい目をパチパチとさせながら俺の周りをくるくると回り始めた。
全身スキャンでもされている気分だ。
「ん~、特にこれといった能力があるわけでもないし、力も魔力も全然ないみたいだよ。」
「そんなわけないわ!そんな能無しにエミリアがたぶらかされたなんて、私はどうしたらいいの!」
本人を前にして言いたい放題だな。
確かに能力もなければ力も魔力のない能無しだけどさぁ。
ガラスのハートが傷つくじゃないか。
あ、防弾ガラスだけど。
「だって本当に何の能力も・・・あれ?」
頭の方を旋回しているシルフィーが急に止まった。
「なに、ちょっとは使えそうな能力でもあるの?」
「貴方、最近精霊と会った?」
顔の前でシルフィーが静止してこちらを見てくる。
「精霊様でしたら森の精霊様と水の精霊様にはお会いしましたが。」
「それはいつ?」
「一番最後にお会いしたのは一昨日です。どうかされましたか?」
「嘘よ!こんなやつが二種類の精霊に出会ったなんて信じないわ!」
そんな全否定しなくてもいいと思うんだけど。
「ご主人様は嘘を申しておりません。私もその場でご一緒にお話させていただきました。」
いつの間にか帰ってきていたユーリが応えてくれる。
「あら貴女ずいぶん不思議な魔力を感じるわね、私はこの子の方が気になるんだけど。」
「今はこいつの話しをしているの。それで、本当にこいつは精霊に会ってるの?」
「間違いないわ、だって森と水の祝福を受けた痕があるもの。」
祝福を受けた覚えはないんだけど。
普通に話をしてちょっとお願いを聞いてあげたぐらいで。
「そんな、二種類の精霊に祝福を受けるなんてここ100年聞いた事なんてない。」
「私も騎士団長シルビア様もお会いしていますから間違いないです。」
「エミリアもこの子も会ったっていうの!?」
「シュウイチさんが精霊様のお願いを聞いておられたときに一緒にお話させていただきました。」
エミリアも会った事あるし、祝福とやらを受けているのではないだろうか。
「この子もあってるみたいだよ。ただ、この子からは魔力の残滓しか感じないし祝福されてるわけではないみたい。すごいね貴方、二種類の精霊に祝福されるなんてめったにないことだよ。」
「ありがたいことですが、祝福とは一体何なんでしょうか」
「説明も受けてないなんて、やっぱり嘘なんじゃないの?」
「あれ、リュカは私のいう事信じないんだ。」
「そんな事ない!でも精霊の祝福って言うのはもっと大切で重要な事なんじゃないの?」
おーい質問に答えてくださーい。
「私達からしたら別に大事でもなんでもないわ。ただ、気に入ったから私達の力を貸してあげるって言う約束だもの。」
「その約束は非常に重要で大切なんでしょう?」
「もちろんそうよ、約束は絶対だしお願いも聞かなくちゃいけなくなるわ。」
「そんな大事な祝福をこんな男に簡単にあげちゃったなんて。どんな弱みを握ったのよ。」
さっきから人を悪人みたいに。
防弾ガラスでもさすがに傷ついてしまうんだが。
「ご主人様は精霊様のお願いを叶えたその見返りに約束を賜ったんです。困ったときに力を貸してくれるようにと。」
「それが精霊の祝福なのよ。」
「そんな事がありえるなんて。それが本当なら今すぐ上に報告しなくちゃ。」
リュカさんが大慌てで走り出す。
「今度ゆっくりその二人のお話聞かせてね!」
その後ろをシルフィーが追いかけていく。
「一体なんだったんだ。」
「分かりませんがシュウイチさんがすごい事になっているのは間違い無さそうです。」
「精霊の祝福ですか、さすがご主人様ですね。」
何がどうさすがかは分からないが今回ばかりはさすがと呼べる状態らしい。
まぁ、とりあえずさ。
「とりあえず魔装具の契約に行きましょうか。」
「それが目的ですしね、すぐご案内します。」
分からないならとりあえずは今出来る事を片付ける事にしよう。
これはなんていうか、前衛的というかアバンギャルドというか。
中世の趣を感じさせる城塞都市の中でひときわ目立つ青色の建物。
壁には金色の塗料で幾何学的な模様が施されている。
他の家々がおとなしいのに対して、魔術師ギルドの屋根は空を突き刺さんとばかりに尖っていた。
魔法使いの帽子ってあんな感じに尖ってるよな。
でもなんだ、この違和感。
気持ち悪いというかなんというか。
「奥様、魔術師ギルドはなぜあのような色をしているのでしょうか。」
ユーリ、よく聞いてくれた!
「魔術師ギルドでは『青』は調和を意味しています。魔力は体内と自然界とをつなぐことによって様々な力を生み出すことのできる神秘の力ですので、自然との調和に感謝してあのような色になったと聞いています。」
「ならばあの模様は何なのでしょうか。」
「あの模様は魔術師ギルドを守るための呪いです。一種の魔法陣のような働きをしていて、外からの魔法で中を透視されないようにしてあるんです。中には非常に重要な情報や書物が眠っていますので、悪用防止を兼ねているんですよ。」
なるほどねぇ。
あの模様で情報漏洩を防いでいるのか。
まてよ、透視の魔法があるのか。
ということは、その魔法を覚えたら外から屋内を覗き放題・・・。
着替えからお風呂まで様々なシーンで大活躍すること間違いなし!
「・・・御主人様が非常に危険な思考をしていると判断します。」
「シュウイチさん、いったい何を考えているんですか?」
何の事かな二人とも。
ユーリもそんな所で勘を働かせなくてもいいのに。
「あの尖った屋根も意味があるのかなと思いまして。」
「あの屋根は屋外からの侵入を防ぐために尖っていると聞いています。ですが魔術師ギルドには窓が一つもないのでおそらく言われてるだけだと思います。」
ネズミ返しならぬ盗賊落としか。
ものすごい違和感があったのは窓がないからなんだな。
いったいどこから光源を取っているんだろう。
やはり魔法使いは太陽を嫌うという事だろうか。
「そういう意味があったんですね。」
「別の思考を感知したのですが勘違いだったようです。」
「窓がなくても中は明るいんですよ。」
「それも魔法の力でしょうか。」
「それは見てからのお楽しみという事で。」
答えを先延ばしにされてしまった。
ではそのお楽しみとやらを見せてもらおうじゃないか。
魔術師ギルドの入り口には見た目には似つかわしくない大きな扉がドンと構えてあった。
窓はなくても玄関はちゃんとあるんだな。
よかった、魔力がない人間は入れない仕様だったらどうしようかと思った。
扉は厳重に閉じられ、見た目には完全休業中な雰囲気を醸し出している。
そうだよな、今日休息日だもんな。
こんなに日に来て大丈夫だったんだろうか。
「休息日なのにお伺いしても良かったんでしょうか。」
当直でもいたらいいけど。
「ギルドは休日に関係なく開いていますので大丈夫ですよ。」
「それならよかったです。」
「では入りますね。」
エミリアが重厚な扉の前に立ち取っ手に手を添える。
「魔術師ギルド所属、エミリアただいま帰還しました。」
『所属員エミリアの魔力を感知、本人と判断します。』
おぉ、門がしゃべった。
魔力を感知して本人認証しているのか。
魔力にも個人差があって波長とかで判断しているのかな。
まるでスマホの生体認証のようだ。
エミリアが取っ手から手を離すと自動で扉が開門し始める。
ゴゴゴゴゴなんて効果音が聞こえてきそうなのに、音もなくゆっくりと扉が開かれた。
中は真っ黒な壁が邪魔をして中が見えないようになっている。
ダンジョンと同じようになっているのかな。
「ではいきましょうか。」
エミリアが黒い壁に向かって歩き出し、ぶつかる瞬間に中に吸い込まれていった。
やっぱりダンジョンのように別の空間に本物の中身があるんだろう。
遅れて扉が閉まらないうちに俺、ユーリという順番で黒い壁の中に入っていった。
中は想像していたよりも明るい。
上を見上げると太陽の光が降り注いでいた。
なんだろうとてつもなく大きな樹をくりぬいて、中に居住空間を作ったみたいだ。
例えるならラ〇ュタに出て来るあの樹だ。
あれは大木の周りに建物を作ったんだっけ。
大きな樹の中が一つの建物になっていて、窓からは陽の光がたっぷりと降り注いでいる。
なるほどねぇ。
エミリアがお楽しみというわけだ。
これは感動するわ。
「どうです、すごいでしょう。」
ドヤ顔のエミリアいただきました。
ありがとうございま~す。
「これはすごいですね。入り口はダンジョンのように別の場所につながっていて、あの建物の形状はハッタリだったんですね。」
「私達は樹の中にいるのでしょうか。」
「あの入り口は魔術師ギルド本部につながっていまして、どの魔術師ギルドからでもここに来ることができます。ユーリの言うように今私たちは世界樹の中にいるんですよ。」
出ましたファンタジーおなじみの世界樹。
これがないとファンタジーとは言えないよね、うん。
世界の礎にして魔法使いの聖地。
世界樹の枝は最高級の杖の原料となり、実を食べればたちどころに体が回復する、雫を集めれば大地が潤う等々。
謂れを探せばいくらでも出て来るあの世界樹、またの名をユグドラシル。
まさか本物にお目にかかれる日が来るとは思っていなかった。
ありがたや~ありがたや~。
「このように大きな樹が世界にはあるんですね。」
「この樹は世界樹の中でも小さい方です。世界樹本体は土の中に眠っていて、私たちが見ているのは大地から地上に伸びてきた枝の一つだと言われています。」
そういうパターンの世界樹か。
本体は世界そのものを支えていたりするっていうやつだな。
世界樹本体の下には裏世界があったりすると。
いやまてよ、その裏世界が実は俺が元いた世界だったりするんじゃないだろうか。
異世界と言いながら実は同じ世界の中で生きていたとか。
ファンタジーですなぁ。
なんて感心していると横を歩いてきた女性が声を掛けてきた。
「あれ、そこにいるのはエミリアじゃない。貴女がここに来るなんて珍しいね。」
「リュカさん!ご無沙汰しています。」
「元気そうで安心したよ。今日はどこに用があってきたのかな?」
「商店連合の遣いとしてきました。新店が出来ましたので魔装具の契約をお願いしたくて。」
エミリアと同じエルフィーだろう。
背はエミリアより高く、すらっとして細身。
THEエルフを地でいくような流れるような銀髪から尖った耳が見える。
胸はエミリアに軍配が上がるようだ。
うん、細身のエルフィーも非常によろしい。
眼福眼福。
「魔装具の契約に来るって言ってたけどエミリアの担当だったんだ、これはこれは新装開店おめでとうございます。」
「ありがとうございます、でも店長は私ではなくてこちらなんです。」
「二人いるけどどちらかな?」
上品な感じというより明朗快活なタイプのようだ。
「ご挨拶が遅れました。この度契約させていただきますイナバシュウイチと申します。エミリアさんには日ごろからお世話になりっぱなしで頭が上がりません。」
「ご丁寧にどうも、私は魔術師ギルドの先輩でリュカって言います。」
「リュカさんは魔術師ギルドの中でも珍しい精霊士の一人なんですよ。」
「珍しいは失礼な、たまたま精霊と仲が良かっただけで別に偉いわけじゃないんだよ。」
「それでも他の人では精霊様とお会いする事だってできないんですから。リュカさんはもっと自慢していいと思います。」
エミリアが良くしゃべるってことは仲の良い先輩のようだな。
メルクリア女史が商店の先輩でこの人がギルドの先輩か。
あれ、メルクリア女史も魔術師ギルド所属じゃなかったっけ。
しかも火の精霊と契約してるわけだし。
となると、同じ精霊士で尚且つこっちの先輩でもあるわけで。
ややこしいなぁ。
「浮いた話を聞かないと思ったらエミリアもちゃんと男の人ともお話しできたんだね、お姉さんは安心したよ。」
「私だって男の人と話ぐらいできますよ!」
「えー、だっていつもフィフィと一緒で他の男の子と全然絡んだりしなかったじゃない。」
「それはご縁がなかったっていうかなんというか。それに、あの方が男性嫌いなの知ってるじゃないですか。」
フィフィって誰だ。
確かにエミリアは他の男性陣にちょっと他人行儀な所があるよね。
一線引いてるというか、興味が薄いというか。
それなのに俺を選んでくれたりしちゃって。
そこが可愛いんだけど。
「初めまして、御主人様のお付をしておりますユーリと申します。奥様には御主人様共々普段からお世話になっております。」
「ご丁寧にどうも。へぇ、エミリアのお連れさんはこんな素敵な付き人さんがいるぐらい偉いさんなんだ。今度良い人紹介してくれるように言ってよ。」
知り合いにいそうな良い人ねぇ。
カムリかウェリスかオッサンぐらいか。
うーん、カムリ一択だな。
「シュウイチさんは貴族ではないですよ。」
「でも召使いを連れて歩けるぐらいには裕福なんでしょ?」
「爵位などは賜っておりませんので、ご主人様は平民になると思います。」
貴族どころか雇われ店主のただのサラリーマンです。
「普通の店主さんが付き人ねぇ。エミリア、どういう関係なのよ。」
「どういうって別に、シュウイチさんは商店がお呼びした私の担当で・・・。」
「奥様は御主人様の同僚であり妻でおられますよ。」
「へ、妻?」
へ、って言ったよ今。
最近聞かない驚き方だなぁ。
「奥様は奥様でございますが、何か問題があったでしょうか。」
うん、ちょっと言い方がややこしかったかな。
簡潔に簡単にかみ砕いて。
この辺は要練習というところか。
「・・・エミリアちょっと話があるからこっち来なさい。」
「え、リュカさん今日は用事で来ただけで、ちょっと、痛い、痛いですって!」
エルフの耳って引っ張っちゃダメなんじゃなかったっけ。
先輩に連れていかれたエミリア。
このパターンはエミリアが結婚したことを知らなかったってやつですな。
独身で彼氏募集中の先輩を差し置いて後輩が結婚したってなったらそりゃあ・・・。
「奥様はどちらに行かれたんでしょうか。」
「んー、行くとややこしくなりそうだからおとなしく待っていようか。」
「わかりました。ですが、興味が尽きませんのであたりを見ていてもよろしいですか。」
「迷子にならないようにね。」
マイペースなユーリは周囲の観察に。
残された俺はと言えば。
うん、俺もファンタジー観光してくるか。
犠牲になったエミリアが戻るまで世界樹観察してこよう。
ロビー周りだけでも人が100人ぐらいいても窮屈にばらないような広さがある。
休息日だというのに玄関の出入りも多いというところを見ると世界中の魔術師ギルドとつながっているというのもあながち間違いでは無さそうだ。
エントランスをめぐりたっぷり半刻程観光していると少しやつれた顔のエミリアと先輩が戻ってきた。
どうやらずいぶんと大変な事情聴取だったらしい。
「それで、エミリアの旦那様っていうのはどのぐらいすごいのかしら。中途半端じゃ私が許さないんだから。」
許さないって言われてもまだ位も低い新参者なわけで。
「すごいと言われましても特別何か出来るわけではないのですが・・・。」
「そうやって誤魔化そうとしてもそうは行かないんだから、シルフィーでてきて!」
「リュカさんそんな事までしなくても。」
「エミリアは黙ってなさい。」
先輩の圧力に小動物のように小さくなってしまった。
目の前にある何も無い空間に、目に見えない何かが集まってくるのを感じる。
どこかで感じたことのある気配、これは確かメルクリア女史がアリ退治の時に呼んだの同じやつだ。
「も~せっかく気持ちよく昼寝してたのになんだって言うのよ~!」
「大問題なの!緊急事態なの!一大事なのよ!お願いだからこの私の可愛い後輩に手を出した男をさくっと調べちゃって!」
目の前に現われたのは宙に浮かぶ少女。
ワンピースを着て背中からは蝶の様な羽が生えている。
シルフィーっていってたし彼女が風の精霊シルフってことか。
「別に一大事でも緊急事態でもないじゃない。リュカに彼氏が出来たっていうなら大問題だけど、別にそういうわけじゃないんでしょ。」
「いいからさっさと調べてよ!」
「も~、これが終わったらおやつまで昼寝するからね。」
なんだろう。
ドリアルドといいこの子といい、精霊『様』ってこんなにフレンドリーでいいんだろうか。
もっと威厳とかあるもんじゃないんだろうか。
見た目と中身が完全に一致いしてると思うんですけど。
シルフィーはくるりと回ってこちらの方を向くと、可愛らしい目をパチパチとさせながら俺の周りをくるくると回り始めた。
全身スキャンでもされている気分だ。
「ん~、特にこれといった能力があるわけでもないし、力も魔力も全然ないみたいだよ。」
「そんなわけないわ!そんな能無しにエミリアがたぶらかされたなんて、私はどうしたらいいの!」
本人を前にして言いたい放題だな。
確かに能力もなければ力も魔力のない能無しだけどさぁ。
ガラスのハートが傷つくじゃないか。
あ、防弾ガラスだけど。
「だって本当に何の能力も・・・あれ?」
頭の方を旋回しているシルフィーが急に止まった。
「なに、ちょっとは使えそうな能力でもあるの?」
「貴方、最近精霊と会った?」
顔の前でシルフィーが静止してこちらを見てくる。
「精霊様でしたら森の精霊様と水の精霊様にはお会いしましたが。」
「それはいつ?」
「一番最後にお会いしたのは一昨日です。どうかされましたか?」
「嘘よ!こんなやつが二種類の精霊に出会ったなんて信じないわ!」
そんな全否定しなくてもいいと思うんだけど。
「ご主人様は嘘を申しておりません。私もその場でご一緒にお話させていただきました。」
いつの間にか帰ってきていたユーリが応えてくれる。
「あら貴女ずいぶん不思議な魔力を感じるわね、私はこの子の方が気になるんだけど。」
「今はこいつの話しをしているの。それで、本当にこいつは精霊に会ってるの?」
「間違いないわ、だって森と水の祝福を受けた痕があるもの。」
祝福を受けた覚えはないんだけど。
普通に話をしてちょっとお願いを聞いてあげたぐらいで。
「そんな、二種類の精霊に祝福を受けるなんてここ100年聞いた事なんてない。」
「私も騎士団長シルビア様もお会いしていますから間違いないです。」
「エミリアもこの子も会ったっていうの!?」
「シュウイチさんが精霊様のお願いを聞いておられたときに一緒にお話させていただきました。」
エミリアも会った事あるし、祝福とやらを受けているのではないだろうか。
「この子もあってるみたいだよ。ただ、この子からは魔力の残滓しか感じないし祝福されてるわけではないみたい。すごいね貴方、二種類の精霊に祝福されるなんてめったにないことだよ。」
「ありがたいことですが、祝福とは一体何なんでしょうか」
「説明も受けてないなんて、やっぱり嘘なんじゃないの?」
「あれ、リュカは私のいう事信じないんだ。」
「そんな事ない!でも精霊の祝福って言うのはもっと大切で重要な事なんじゃないの?」
おーい質問に答えてくださーい。
「私達からしたら別に大事でもなんでもないわ。ただ、気に入ったから私達の力を貸してあげるって言う約束だもの。」
「その約束は非常に重要で大切なんでしょう?」
「もちろんそうよ、約束は絶対だしお願いも聞かなくちゃいけなくなるわ。」
「そんな大事な祝福をこんな男に簡単にあげちゃったなんて。どんな弱みを握ったのよ。」
さっきから人を悪人みたいに。
防弾ガラスでもさすがに傷ついてしまうんだが。
「ご主人様は精霊様のお願いを叶えたその見返りに約束を賜ったんです。困ったときに力を貸してくれるようにと。」
「それが精霊の祝福なのよ。」
「そんな事がありえるなんて。それが本当なら今すぐ上に報告しなくちゃ。」
リュカさんが大慌てで走り出す。
「今度ゆっくりその二人のお話聞かせてね!」
その後ろをシルフィーが追いかけていく。
「一体なんだったんだ。」
「分かりませんがシュウイチさんがすごい事になっているのは間違い無さそうです。」
「精霊の祝福ですか、さすがご主人様ですね。」
何がどうさすがかは分からないが今回ばかりはさすがと呼べる状態らしい。
まぁ、とりあえずさ。
「とりあえず魔装具の契約に行きましょうか。」
「それが目的ですしね、すぐご案内します。」
分からないならとりあえずは今出来る事を片付ける事にしよう。
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