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第三章

人の営みの中で

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 地獄のような時間は無事解決を見せた。

 もう二度とごめんだ。

 傍から見れば浮気相手を家に誘い込んだような構図。

 俺には見えた。

 エミリアの後ろに現れた鬼の姿を。

 あれは夜叉だった。

 嫉妬に狂った夜叉だ。

 生きてて本当に良かった。

「これからよろしくお願いしますね、ユーリさん。」

「こちらこそよろしくお願いいたします奥様。」

「奥様じゃなくてエミリアでいいですよ。」

「それではご主人様だけが浮いてしまいます。奥様とお呼びするのが良いかと。」

「でもそれだとシルビア様を呼ぶときに不自由ですから。」

「そうでした、もう一人奥様がいらっしゃったんですね。」

 無事お互いを理解し仲良くなれたようだ。

 呼び名とかはもう二人に任せておけばいいだろう。

 今はこの疲れたからだを安楽椅子に投げ出して眠ってしまいたい。

 お腹空いたなぁ。

 あれからエミリアの誤解を解くために自分の持ちうるすべての知識を使い、最終的には困った時の約束まで駆使することとなった。

 爆笑するドリアルド。

 必死になだめるウンディーヌ。

 よかった。

 約束してて本当に良かった。

 ユーリの秘密はエミリアには黙っておくつもりだったのだが、そんなことを考えてる余裕もなく全てを白状することで一応の納得を見せてくれた。

 浮気ダメ、絶対。

 もうあんな空気の中で過ごすのは勘弁願いたい。

「シュウイチさんも大変だったんですね。」

 いえ、一番大変だったのは貴女の誤解を解くことです。

「まさかこんな展開になるとは思いませんでしたが無事片付いてよかったです。エミリアもたくさん調べてきてくれたのに申し訳ありません。」

「私は私で非常に勉強になることがたくさんありました。まさかあの革命児と呼ばれたユリウスト氏のダンジョンだったなんて驚きでしたよ。」

「そのあたりまで判明したんですね。結局本部ではどういう扱いだったのでしょう。」

「はじめは自然発生のダンジョンだと思っていたそうなのですが、商店連合がダンジョンの調査を行った時にユリウスト様が作ったダンジョンと判明し協議が行われました。ダンジョンを共同で運営するのかはたまた商店のみ独立して出店するのかと随分と紛糾したようです。最終的に危険人物としてユリウスト氏が扱われたことで計画は頓挫し、先行して建築していた商店は廃棄されたという流れのようです。」

 良くある話だな。

 開発中に放置もとい中断されたまま塩漬け。

 そしてその流れでダンジョンについての情報が錯綜し、最終的に一番最初の情報だけが残ったと。

「では商店連合も一応はあのダンジョンがユリウストの持ち物だったことは知っていたんですね。」

「秘密の作業部屋までは確認できていなかったようですが、魔術師が作ったダンジョンとして売り出すつもりだったようです。」

「どこの世界でも同じようにして失敗した話は転がっているものですね。」

「ですがそのおかげで私たちは最高の商店とダンジョンを手に入れることができたわけですから。そこには感謝しなければいけませんね。」

 確かにその通りだな。

 昔の人よありがとう。

「ユーリの出生と境遇については他言無用でお願いします。」

「もちろんです。人造生命体ホムンクルスだなんて事がわかってしまったら何をされるかわかりませんし、ユリウスト氏の経歴にも傷がついてしまいます。ですが、見れば見る程私たちと何も変わりませんね。」

「彼の右腕となるべく作られた最高傑作が彼女です。魂とその器を持つ彼女はもう立派な人ですよ。」

 入れ物だけの体に中身が加わればもう立派な完全体だ。

 しかしここで問題になってくることがある。

「ダンジョン妖精という扱いになっているのですが、普通の人間として紹介していくべきなのでしょうか。」

「どうしましょう、ダンジョン妖精は普段他の人に見られることはありませんので、商店などに出ていただくのであればその肩書はまずいと思います。」

「ダンジョン妖精ではいけないでしょうか。」

 話を聞きつけたユーリが再び会話に加わる。

「いけないことはありません。しかし一般的なダンジョン妖精の定義から外れてしまっているのと、折角人と同じ見た目なのですから普通の人として今後ふるまうのが一番かと思ったんです。」

「確かにエミリアの言う通りです。彼の分も生きていくのであればダンジョン妖精という肩書ではなにかと不便ですし、これからはダンジョンの外に出て世界を見て回るのですから。」

「ですが150年間ダンジョン妖精として生きてきましたので、急に変えるとなると抵抗があります。」

「今後もダンジョン妖精としての働きを十二分に期待しています。ですから、人に聞かれた時にダンジョン妖精と答えなければいいんです。」

 ユーリにダンジョン妖精をやめてもらうと非常に困る。

 せっかく優秀な仲間ができたというのに手放すのは惜しい。

 問題はどういう肩書にするかだ。

「ダンジョンの整備スタッフとして動いてもらえばいいと思います。嘘はついていませんし、シュウイチさんの事を御主人様と呼んでもおかしくありません。」

 別に凝った肩書でなくてもいいわけか。

 そうだよな、まだ小さな店なんだし店の主人とスタッフで構わないよな。

 通り名とか二つ名じゃないんだから。

 他力本願店長イナバシュウイチ。

 うん、かっこわるい。

「御主人様の部下というわけですね、ですがそれでは奥様と身分が対等になってしまいますがよろしいのでしょうか。」

「奴隷というわけではありませんし、今後一緒に生活していくんですから対等であるべきです。妻の座が増えるのはちょっと困りますが・・・。」

「私にはユリウスト様という心に決めた方がおりますので妻の座を狙うことはございません。ただ必要であれば跡継ぎを作れるようにしてあるそうですので、何なりとお申し付けください。しかしながら作り方についての情報が不足しております、主人様には情報提供をお願いします。」

 子作りできるようにしてあるとか、ユリウストって案外ムッツリ系だったんだろうか。

 情報不足から察するに使用した形跡はない様だ。

 セクサロイドとして作ったわけじゃないしね。

「その情報については時が来ればお答えします。どうしても知りたければエミリアかシルビア様に聞いてください。」

「ちょっと、シュウイチさん!」

 こういう話は女性同士にしてもらうのが一番だよね。

 ほら、最近セクハラで訴えられるって事聞くし。

「なにを驚かれているのですか、跡継ぎを作ることは非常に重要なことだと私の知識にはあるのですが。」

「確かに重要ですし、いずれはと思っていますが・・・。ですが今ここでお伝えすることはできません。」

「よくわかりませんがどうしても情報が必要になった場合には再度お話を伺いにまいります、よろしくお願いします奥様。」

 深々と頭を下げるユーリ。

 エミリアそんな目で俺を見ないで。

 視線が痛い。

 顔を真っ赤にして怒ってるエミリアもまた可愛いんだけど。

「とりあえず後2日で開店準備を終わらせないといけません。二人には無理をお願いしますがよろしくお願いします。」

「ダンジョンのほうはお任せください。」

「明日のお昼には商店連合より商品が投入されます。仕分けは私がしますのでシュウイチさんは収納と陳列をお願いします。今回入荷分は経費に含まれていませんのでご安心くださいとフィフティーヌ様が申しておりました。」

 初期費用は向こうもちとかどんな贅沢ですか。

 だが非常にありがたいので遠慮なくうけとっておこう。

 通常お店を経営する場合は、先に在庫を仕入れなければならないのでどうしても最初に経費がかさんでしまう。

 しかし今回はそれが一切かからないので売れば売るほど利益が出る形になる。

 売り上げ目標が定められている身としては空からお金が降ってきたのと同じ状況だ。

 親方、空からお金が!

 今後はそっちの管理もしていかなければならないのでミスの無いようにやり方を確立していこう。

 なんせPOSレジなんていう素晴らしい道具が無いんだ。

 在庫管理から販売仕入れにわたって全てアナログである。

 パソコンという魔法の箱が無い世界で商売をするというのは非常に労力を使う。

 昔の人は偉かった。

 まてよ、40年前はパソコンなんて無かったのか。

 案外そんな昔でもないのかもしれない。

「それと、開店初日に挨拶に伺うそうです。」

「畏まりました。大事な初日ですから丁重におもてなししなければなりませんね。」

「そんなに構えなくてもいいと思いますが。」

「直属の上司ですから形だけでもしておきますよ。美味しいお茶菓子でも用意してあげてください。」

 初日にメルクリア女史の登場か。

 今後の計画目標も定まってないし当然だよな。

 無理難題を言われないように祈っておこう。

「ご主人様の新しい奥様でしょうか。」

「違いますよ、仕事の上司つまり偉い人が来るんです。」

「ご主人様のご主人様でしょうか。」

「まぁそんなところかな、何せ雇われ店主だから。」

 メルクリア女史にはどう説明すればいいだろうか。

 いずれエミリアから情報は漏れるだろうけど今のところは黙っておいてもいいかもしれない。

 ばれたらばれたで事情を説明すればいいだろう。

 とりあえず開店初日から彼女とやりあうのだけはごめんだ。

「商店とダンジョンはこれでいいとして、宿や食事のほうはどうしましょうか。」

 そうだった。

 初日から宿泊客が来るとは思えないがそこも考えておかなければならない。

 当面はこのメンバーでいくしかないけど、いろいろめんどくさいことも出てくるかもしれないな。

 どうしよう。

 仮にシルビア様がこっちに来たとしてもメンバーは4人。

 ダンジョンはユーリ、商店はエミリアとなるとお店はシルビア様か。

 いやーそれはどうなんだろう。

 すぐに来れるわけではないようだし、店の補助をしてもらうかんじか。

 むしろ自警団とか作ってそっちで活躍して貰うほうがいいのかもしれない。

 あのカリスマをこんなところで寝かしておくのは惜しい。

 となると、残ったのは俺だけど料理が得意ってわけでもないしなぁ。

 人に食べさせる自信はあまり無い。

 まだまだ問題は山積みか。

「その件については明日ニッカさんに話を持ちかけてみます。村の奥様方を雇って働いて貰うといいかもしれません。農閑期も働いて貰えますし村にお金も落ちますから。」

「それはいい考えかもしれませんね。農作業に出れない方に来てもらえれば私たちも村の人もどちらも助かります。さすがシュウイチさんですね。」

「さすがご主人様です。」

 ユーリのさすがの基準がわからない。

 わからないからスルーしよう。

「今日はこのあたりにしておきましょう。日も暮れましたし食事にしませんか。」

「私は食事を必要としませんがどうすればいいのでしょう。」

 魔力補充は自動でできるんだっけ。

「食事はできるんですよね。」

「食事から魔力を補給することも可能です。」

「では一緒に食事をとりましょう。一人食べないよりもみんなで食べる食事のほうが美味しいですよ。」

「ユリウスト様も同じようなことを言っていました。食事は一人では味気ないと言っていましたがそう言う理由だったんですね。」

 孤独の魔術師も食事は美味しく食べたいよね。

 一人で食べるよりも近くで誰かと話をしながらのほうが何倍も美味しく感じる。

 彼も中身は普通の人だったわけだ。

「それでは私と一緒に作りませんか、覚えると料理は楽しいですよ。」

「奥様の手を煩わせてもよろしいのでしょうか。」

「教えてもらってください。エミリアの料理は美味しいですから。」

「そんな、褒めても何も出ませんよ。」

 なんて言いつつも嬉しそうなエミリア。

「美味しい料理が作れる人は良い妻であるという言葉が知識に残されています。なるほど、美味しい料理が出来ると良い妻になれるわけですね。」

「そんな、いい奥さんだなんて。」

 ちなみにシルビア様のほうが料理が上手いのは内緒だ。

 本人もそれに気付いているらしくここ最近の料理に対する情熱がすごい。

 俺は美味しい食事が摂れれば何の問題もありません。

 むしろ二人が作る料理ならどんな料理でも最高です。

 愛情という最強の添加物があればどんな物でもおいしくいただけます。

 いや、どんな物でもは語弊があるか。

 誰が作ったものでも。

 これがいい。

「じゃあ私はお風呂の準備をしてきましょう。上手くいくかはわかりませんがとりあえずやってみます。」

「食事の後にお風呂に入れるなんてそんな贅沢をしてもいいんでしょうか。」

「お風呂とは貴族の家にあるものだそうですが、ここにあるのですか。」

 ユーリの知識でもやはりそうなっているのか。

 お風呂はやはり庶民には程遠い文化のようだな。

 そうだよな、バカみたいに労力つかうもんな。

 でも、あの快楽の為には文句は言わない。

 お風呂で得られる感動、プライスレス。

「私の希望で作ってもらったんですよ。上手くいったら順番に入りましょう。」

「お風呂では従者が背中を流す習慣があるそうです。ご主人様の背中は私が流しますのでお任せください。」

 だれだよそんな事言ったの。

 ユリウストか。

 そんなうらやまけしからんことしてもらっていいんでしょうか。

「一緒にお風呂なんていけません!」

「なぜですか。ご主人様のお世話をするのが妻の役割ではないのでしょうか。」

「確かにそういう考えもありますが、男女で同じ湯船につかるなんてそんな。」

「ならば奥様もご一緒に入ればいいではありませんか。」

「それはもっとダメです!!」

 えーダメなんだ。

 あからさまにがっかりした表情をしてみる。

「ご主人様は至極残念そうですが・・・。」

「残念でもダメなものはダメなんです!」

 そんなに強く否定しなくてもいいのに。

 だって結婚するわけだし。

 裸のお付き合いだってねぇ。

 キスもまだなのにさすがに無理か。

「そうですか。奥様の許可を得られそうにありませんのでご主人様はお一人でお風呂に入ってください。」

 納得していないようだがエミリアの目が怖いのでこれぐらいにしておこう。

「では各自よろしくお願いします。」

「おまかせください。」

「しっかりと勉強させて頂きます。」

 森の中に暖かい光がともっている。

 美味しい食事、温かいお風呂、そして温かい寝床。

 某日本昔話の歌の流れは最高の順番であることがここに証明された。

 当たり前の営みがこれほど大切だとは思わなかった。

 なんかもうこれだけで十分幸せなんですけど。

 スローライフなんて憧れた事無かったけどなるほどこれは最高だ。

 いつかこの世界でやることが終わったら、俺この世界でスローライフするんだ。

 そう決心した。

 あ、でもハレームも忘れてないのでそこの所よろしく。

 誰に言うわけでもないが声に出しておく。

 まずは湯船に水を張るところからだ。

 水道をひねって水が出てくることは無い。

 井戸を往復して自分で水を運ばなくてはならないわけで。

 結局、食事が出来ても湯船は満たされることなく入浴は明日に持越しされるのであった。

 翌日全身が筋肉痛になったことは言うまでもない。

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