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第三章
見知らぬ彼女と秘密の部屋
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ダンジョンの中は先日と何も変わらず俺を迎えてくれた。
どこを通ったのか大体は覚えているが正確ではない。
数少ない目印を確認しながらダンジョンの中を急いだ。
どこだ、どこにいる。
普通は見知らぬダンジョンに入ったら慎重に進むとおもうのだが、いくら進んでも先ほど見かけた人影に追いつくことができない。
見間違えだったのだろうか。
いや、追いかけながら何度も確認しているからそのはずは無い。
この目でダンジョンの中に消えていくのを確認したのだから。
この辺りにはまだあまり魔物はいないが奥に進めば進むほど魔物の数は多くなる。
この前倒したとはいえダンジョンは自動的に魔物を生み出す性質があったはずだ。
一般人がウサギや芋虫ならまだしもスケルトンに出会って生きていられるとは思えない。
もし、今追っている人物が冒険者であるなら別にかまわない。
リスク承知の上で入ってきているのだから勝手に入って勝手に死んでくれったっていい。
そこの生き死にに関して俺がとやかくいう事はできない。
人が死ぬのはいやだ。
しかし、全く知らない赤の他人が自己責任で入っていくのなら知らない。
これは戦地に自分で行って死ぬのと同じだと思っている。
しかしだ。
それを知らない一般人なら別だ。
持ち主にはそれを防ぐ義務がある。
だからこんなに慌てているのだ。
そしてそんな気も知らずにどんどん先に進んでしまい見つからない。
最初に骸骨と戦った広場を通過し2階層に降りる。
その時だった。
角を曲がったときに芋虫の魔物と鉢合わせした。
慌ててここに来たので今は丸腰だ。
やられる。
思わず身構え芋虫の体当たりを覚悟したのだが、芋虫は犬のように軽く近づき何事も無かったように側を通り抜けていった。
そうだった。
契約した際に血を覚えさせると魔物はダンジョンの主を攻撃しなくなるんだった。
忘れていただけに冷や汗をかいた。
攻撃してこない芋虫を改めて観察する。
毛虫ではないので表面はつるつるしており、怒りに目を赤くする某芋虫のように伸びて縮んでしながら先に進んでいる。
よく見ると案外可愛いかもしれない。
ってちがう。
今は魔物を観察している場合ではない。
再び走り出しダンジョンの奥を目指すが、何度も魔物に遭遇するものの目当ての相手とは出くわすことは無かった。
魔物が倒された跡はないので冒険者でないとは思っている。
しかしこれだけの魔物に遭遇しているはずなのに無事でいるのは何故だ。
まるで今の俺のように魔物が相手を避けてたり認識していないように思える。
ステルス機能のようなものがあるのかもしれないが、今のところのは一般人という考えなのでそれもどうかと思えるしなぁ。
ならば道中に別の場所で入れ違って自分が先に行ってしまったのだろうか。
それはありえるかもしれない。
入り組んだ道をほぼ最短距離で突き進んでいるのだから、別の道で追い抜いた可能性はある。
あまりにも不自然な為に4階層まで降りたとき引き返そうかと思ったぐらいだ。
だが、もし先に行っていた場合またここまで降りてこなければならない。
最下層は隠れる場所の無いただの広いフロアだ。
魔物から運よく逃げ続けてもしそこまでいけたとしてもあそこでは無理だ。
逃げる場所も隠れる場所も無い。
ならばまずはそこに向かい、いないならそこから引き返せばいい。
そのほうが効率がいい。
そうしよう。
効率は大切だ。
切羽詰ってるこんなタイミングでは特にだ。
行こう。
疑念を頭から払い、今考えられる最高の選択だと信じて先に進む。
それでも4階層では出会えず最下層に行こうかという時だった。
先に女性の姿を見つけた。
最下層への階段を下りようとしている。
「待ってください!」
思いっきり大きな声で女性を呼ぶ。
すると女性は歩みを止めこちらのほうを振り返った。
遠くて顔までは判別できないが女性であることは間違いない。
長い髪、小さな顔、少しふくよかな胸。
身長はわからないがシルビア様ぐらいだろう。
目があった気がする。
気がするだけで見えないけど。
振り返ったはずの女性はあろう事かこちらに気付いていながら再び先に進みだした。
何で先に行くの。
「ちょっと待って、その先は危ない!」
全速力で広い部屋を駆け抜ける。
普通そこで先に進むとか。
待てって言われてるんだから普通は止まろうよ。
言語が違うのか。
それともそもそも耳が聞こえないとか。
いやいや振り返っているんだから聞こえてるだろう。
意味がわからない。
わからないがこの先はまずい。
今引き止めないとこの先では間違いなくスプラッタな映像を見ることになる。
女性が切り刻まれたり食べられたりするとか一生夢に出る。
それだけはごめんだ。
転がるように階段を駆け降りて最下層のフロアに出た。
この前と違って部屋中が見通せるぐらいには明るい。
エミリアの魔法が残っているとは思えないがこれは好都合だ。
急いで周りを見渡して女性の姿を探す。
どこだ。
どこにいる。
みつけた!
階段を下りて真正面に女性が立ち止まっている。
魔物はまだ少ない。
骸骨はいるが女性とは逆の方向だ。
危ないのは左側にいるウサギだ。
間違いなく気付いている。
ウサギの癖に獲物を狩るようにゆっくりと近づいている。
ウサギが全てを食べつくす某作品を思い出した。
捕食シーンはお見せできないグロテスクさだ。
勘弁して欲しい。
声を出して注意をひく作戦も思いついたが魔物たちは俺のほうには襲ってこないので意味は無い。
ここは魔物がいることを知らせて逃げて貰うしかないか。
「左に魔物がいるぞ、こっちに逃げろ!」
声が部屋中に響き他の魔物がこちらに気付いてしまった。
もしかしてまずいことしちゃった奴ですか。
俺を襲ってこないとはいえ他の人は襲うわけで。
女性は左のウサギを見る。
しかし何を思ったのか再び下の方向を向き逃げようとしない。
いや逃げてよ。
食い殺されたいのか。
慌てて女性のほうへ走り出す。
魔物がこちらに向かってきた。
万事休すか。
女性まで行くのが先か魔物が先か。
何も考えずただひたすらに走った。
その時、女性の前の床がせり上がりダンジョンマスターしか触れられないはずのオーブが現れる。
ちょっとまって、今のマスター俺なんだけど。
なんでオーブ出てきちゃってるの。
今ここでマスター書き換えられたら間違いなく食い殺されるんですけど。
なんで、どうして、どうなってるの。
意味がわからない。
わからないが今はそれどころじゃない。
とりあえず女性のところまで行くしかない。
昔、繁華街でかつあげしてきたチンピラから逃げた時以上の速さで俺は走った。
そしてウサギより先に女性のところまでたどり着く。
「はやく逃げるぞ!」
女性の肩をもって振り返らせ顔を見た。
彼女がいた。
まちがいない。
彼女だ。
自分の心ではない別の心がそういった。
女性がオーブに手を添える。
無色だったオーブに緑色の光がともった。
『ユリウスト付ダンジョン妖精と確認、作業部屋へ移動しますか?』
人工的な声が部屋に響き渡る。
だれだよユリウストって。
それにダンジョン妖精ってどういうことだ。
ここにはダンジョン妖精はいないってエミリアがいっていたのに。
現実受け入れられず頭がパニックに陥る。
しかし自分ではないもう一人の『自分』はこの光景を受け入れている。
頭がおかしくなりそうだ。
二つの人格が一つの体を共有している。
二つの心が別々のことを考えてひとつの脳で処理をしている。
自分が誰だかわからなくなる。
俺は誰だ。
俺はイナバシュウイチだ。
ちがう。
俺は・・・・・・だ。
ちがうちがう。
お前は誰だ。
俺は俺だ。
俺はイナバシュウイチだ!
強引に自分の意識を手繰り寄せ自分のコントロールを確保する。
強い意識にもう一人の『自分』がおとなしくなった。
お前はちょっと黙ってろ。
自分の心臓付近の肉を強く握りしめる。
痛みがかろうじて自分を認識させる。
俺はイナバシュウイチだ。
それ以外の何者ではない。
もう一度強く認識しなおす。
よし。
まずは状況確認だ。
肩を掴んだままの彼女は不思議そうにこちらをのぞきこんでいた。
まずは彼女が何物か知りたい。
「君はいったい誰なんだい。」
「私はユリウスト様付ダンジョン妖精です。」
「何故君はここにいるんだい。」
「私はこのダンジョンの管理を任されているダンジョン妖精です。私の仕事はダンジョンを維持管理することです。」
聞かれたことに機械的に答えてくる。
『作業部屋へ移動しますか?』
別の声が再度こちらに質問を投げかけてきた。
この部屋に他の部屋など無いはずだ。
いったいどこに行こうというのだろうか。
「作業部屋へ移動します、部屋の開門を願います。」
彼女はさも当たり前のように声に答える。
すると部屋全体が弱い地震のように震え、正面一番奥の壁が左右に開いた。
あったよ隠し部屋。
「作業部屋へ移動しますので手を放していただけますでしょうか。」
それはできない。
なぜなら魔物が彼女を狙っているからだ。
「魔物が迫っている今すぐに逃げよう。」
「何故逃げなければいけないのですか。」
何故逃げないといけないかはここにいたら殺されてしまうから。
この人はいったい何を言っているんだ。
死んでもいいのだろうか。
「ここにいたら魔物に殺されてしまうぞ。」
「何故魔物が私を殺すのですか。」
機械的な返答にイライラしてしまう。
この人は明らかにおかしい。
明らかにおかしいがこのままにしておくわけにもいかない。
「いいから行くぞ。」
無理やり方を引っ張り階段へ連れて行こうとした。
だが、彼女は一歩も動かなかった。
正確には動かせなかった。
まるで足が床と同化しているかのように1mmも動きはしなかった。
「作業部屋へ向かいます。」
驚いている俺を横目に彼女は奥の隠し部屋に向かって歩き出した。
正面から別のウサギが迫っていた。
間に合わない。
正面から彼女に飛び掛ったウサギは彼女の柔肌に牙を・・・刺さなかった。
「少々魔力が足りないようですね、いま追加の魔力を流します食事はそれまで待ってください。」
まるでペットのようにウサギが彼女の胸で頭をなでられている。
まったくいみがわからないよ。
彼女はウサギを床に降ろしそのまま隠し部屋のほうに歩き出した。
「ちょっと、ちょっとまって!」
慌てて彼女を追いかける。
「どうして貴方を待たなければいけないのでしょうか。」
「君はあそこで何をしているんだい。」
「質問の答えを受け取っていません。」
質問に質問で返すと怒られてしまった。
とりあえずここは彼女の正体を突き止めるべきだろう。
「私はこのダンジョンの新しい契約者になったイナバシュウイチです。私には貴女を守る義務がある、そしてあの場所についてもあなたに質問しなければなりません。」
冷静になり事情を説明する。
「理由を認識しました。貴方はダンジョンの新しいマスターですね、はじめまして私はこのダンジョンの管理を任されているダンジョン妖精です。私の仕事はダンジョンを維持管理することです。名前は・・・おかしいですね思い出せません。」
先ほどと同じ答えが返ってくるも俺が新しい契約者であることは理解して貰えたようだ。
名前がわからないのはどうしてだろうか、それにこの機械的な返答も気になる。
本当にロボットを相手にして話をしているようだ。
「あの部屋にはいったい何があるんでしょうか。」
「あの部屋はこのダンジョンを管理作業を司る部屋です。これから私はダンジョンの管理業務を行いますが、ご説明させて頂きましょうか。」
「そうだね、よろしくおねがいします。」
とりあえずあの部屋が何かはわかった。
しかしおかしい。
ダンジョンの管理は商店の地下室でオーブを使って行うはずだ。
あのオーブは契約者にしか反応しないと思っていたけど彼女はそれを使いこなしていた。
気になったのはオーブの光る色だ。
俺が青で彼女が緑。
赤い狐と緑の狸。
ちがう。
オーブの光る色で何かを分けているのかもしれない。
とりあえずはあの隠し部屋を見せて貰って説明を受けてからだな。
彼女の後ろをついていき隠し部屋に入る。
中は商店の地下のようになっており奥にオーブがあった。
「この部屋ではダンジョンの中を監視、設計、変更ならびに魔物の育成、召喚、配置作業を行うことができます。私はユリウスト様の指示の下このダンジョンの管理を行っております。新しいマスターは私にどのような命令を実行させますか。」
「そのユリウストという人はいったい誰なのでしょうか。」
「ユリウスト様はこのダンジョンの製作者であり私の創造主です。ユリウスト様は現在機能を停止しており現在最終命令のダンジョン管理を永続実行中です。」
ダンジョンの製作者はわかる。
あの意地悪な罠の配置や最下層の作り方などは人工的なものだ。
それは今日エミリアが調べに行っているはずだがここで答えが出てしまったな。
しかしわからないのは二つ目の部分だ。
私の創造主。
自分は人造人間だといっているのだが、見た目には普通の人間にしか見えない。
背はエミリアの少し上、よく見ると黒ではなく紺色の髪の毛が背中まで伸びている。大きすぎない胸は僅かに服の上から主張しているぐらいで細い足は血色の良い色をしている。
人造人間には見えないけどなぁ。
実は顔の部分が開いて実はロボットでした的な流れはファンタジーには似合わない。
ではなんなのか。
考えられるのは二つ。
一つはそういう風にユリウストという人物に教え込まれているという事。
もう一つは本当に作られた人間、人造生命体だという事だ。
「ダンジョンの管理はどのようにしているんでしょうか。」
「日々蓄積される魔力を用いて魔物に食事を与え、崩れた壁や発動した罠を整備し、必要であれば魔物を召喚して敵を排除しています。」
「それはいつから行っているのでしょう。」
「いつからと言う質問がわかりません。」
うーん。
時間の概念がないのかそれとも言い方が悪かったのか。
「最終命令はいつ出されましたか。」
簡潔かつ機械的に質問する。
「最終命令は150年前です。」
150年前って。
この答えは予想してなかった。
これで教え込まれたと言う答えはなくなり、人造生命体という事がほぼ確定した。
人造生命体とか本当にいるんだ。
でもそうじゃないと150年生きていられない。
人で無いなら普通の食事はいらないし寿命も無い可能性がある。
そのユリウストという人物が彼女を作成しダンジョンの維持を命令した。
ここまではわかる。
では、そもそもその本人はいったいどうなった。
死んだのであれば命令が解除されてもいいと思うのだが。
そういう指示を出していなかったのだろうか。
聞いてみるしかないよな。
「ユリウストという貴女の主人はどこにいるんでしょうか。」
「ユリウスト様は部屋の奥で機能停止中です、お会いになりますか?」
いるんだ。
でも機械でもないのに機能停止とはどういうことだ。
まさか自分の体も作り変えてしまったとでも言うのだろうか。
「お願いします。」
「畏まりました、ユリウスト様はこちらです。」
隠し部屋の奥にはもう一つ部屋があった。
彼女が横に置いてあったカンテラに火をつける。
オレンジ色の光が隠し部屋を照らし出した。
石のテーブルの上にボロボロになった紙が散らばっている。
先ほどの部屋と違いかび臭いようなにおいもする。
なんだろう、まるでテレビで見たピラミッドの中のようだ。
石造りのその部屋の置くに安楽椅子が置かれていた。
「ユリウスト様お客様をお連れしました。」
そう言って彼女は椅子を動かすが返事は無い。
機能停止しているというのは寝ているという事か。
いや、150年も寝ることなどありえない。
冷凍睡眠なら別だがここは科学の世界ではなくファンタジーの世界だ。
せめてクリスタルの中に封印ぐらいにして貰いたい。
「やはりユリウスト様は機能停止しておられます、いかがされますか。」
いかがされますかも何もとりあえずどうなっているのか確認しないことには始まらない。
「失礼します。」
一応声を掛けて安楽椅子を正面から見る。
でかかった悲鳴を喉の一番手前でかろうじてとどめることができた。
安楽椅子に座ったユリウストという人物は
ただの白骨となってその場所に鎮座していた。
これは機能停止じゃなくて死亡って言うんですよお嬢さん。
さも当たり前と言う顔で白骨を見つめる異様な状況に何をいえばいいのかわからなかった。
姉さん事件です。
どこを通ったのか大体は覚えているが正確ではない。
数少ない目印を確認しながらダンジョンの中を急いだ。
どこだ、どこにいる。
普通は見知らぬダンジョンに入ったら慎重に進むとおもうのだが、いくら進んでも先ほど見かけた人影に追いつくことができない。
見間違えだったのだろうか。
いや、追いかけながら何度も確認しているからそのはずは無い。
この目でダンジョンの中に消えていくのを確認したのだから。
この辺りにはまだあまり魔物はいないが奥に進めば進むほど魔物の数は多くなる。
この前倒したとはいえダンジョンは自動的に魔物を生み出す性質があったはずだ。
一般人がウサギや芋虫ならまだしもスケルトンに出会って生きていられるとは思えない。
もし、今追っている人物が冒険者であるなら別にかまわない。
リスク承知の上で入ってきているのだから勝手に入って勝手に死んでくれったっていい。
そこの生き死にに関して俺がとやかくいう事はできない。
人が死ぬのはいやだ。
しかし、全く知らない赤の他人が自己責任で入っていくのなら知らない。
これは戦地に自分で行って死ぬのと同じだと思っている。
しかしだ。
それを知らない一般人なら別だ。
持ち主にはそれを防ぐ義務がある。
だからこんなに慌てているのだ。
そしてそんな気も知らずにどんどん先に進んでしまい見つからない。
最初に骸骨と戦った広場を通過し2階層に降りる。
その時だった。
角を曲がったときに芋虫の魔物と鉢合わせした。
慌ててここに来たので今は丸腰だ。
やられる。
思わず身構え芋虫の体当たりを覚悟したのだが、芋虫は犬のように軽く近づき何事も無かったように側を通り抜けていった。
そうだった。
契約した際に血を覚えさせると魔物はダンジョンの主を攻撃しなくなるんだった。
忘れていただけに冷や汗をかいた。
攻撃してこない芋虫を改めて観察する。
毛虫ではないので表面はつるつるしており、怒りに目を赤くする某芋虫のように伸びて縮んでしながら先に進んでいる。
よく見ると案外可愛いかもしれない。
ってちがう。
今は魔物を観察している場合ではない。
再び走り出しダンジョンの奥を目指すが、何度も魔物に遭遇するものの目当ての相手とは出くわすことは無かった。
魔物が倒された跡はないので冒険者でないとは思っている。
しかしこれだけの魔物に遭遇しているはずなのに無事でいるのは何故だ。
まるで今の俺のように魔物が相手を避けてたり認識していないように思える。
ステルス機能のようなものがあるのかもしれないが、今のところのは一般人という考えなのでそれもどうかと思えるしなぁ。
ならば道中に別の場所で入れ違って自分が先に行ってしまったのだろうか。
それはありえるかもしれない。
入り組んだ道をほぼ最短距離で突き進んでいるのだから、別の道で追い抜いた可能性はある。
あまりにも不自然な為に4階層まで降りたとき引き返そうかと思ったぐらいだ。
だが、もし先に行っていた場合またここまで降りてこなければならない。
最下層は隠れる場所の無いただの広いフロアだ。
魔物から運よく逃げ続けてもしそこまでいけたとしてもあそこでは無理だ。
逃げる場所も隠れる場所も無い。
ならばまずはそこに向かい、いないならそこから引き返せばいい。
そのほうが効率がいい。
そうしよう。
効率は大切だ。
切羽詰ってるこんなタイミングでは特にだ。
行こう。
疑念を頭から払い、今考えられる最高の選択だと信じて先に進む。
それでも4階層では出会えず最下層に行こうかという時だった。
先に女性の姿を見つけた。
最下層への階段を下りようとしている。
「待ってください!」
思いっきり大きな声で女性を呼ぶ。
すると女性は歩みを止めこちらのほうを振り返った。
遠くて顔までは判別できないが女性であることは間違いない。
長い髪、小さな顔、少しふくよかな胸。
身長はわからないがシルビア様ぐらいだろう。
目があった気がする。
気がするだけで見えないけど。
振り返ったはずの女性はあろう事かこちらに気付いていながら再び先に進みだした。
何で先に行くの。
「ちょっと待って、その先は危ない!」
全速力で広い部屋を駆け抜ける。
普通そこで先に進むとか。
待てって言われてるんだから普通は止まろうよ。
言語が違うのか。
それともそもそも耳が聞こえないとか。
いやいや振り返っているんだから聞こえてるだろう。
意味がわからない。
わからないがこの先はまずい。
今引き止めないとこの先では間違いなくスプラッタな映像を見ることになる。
女性が切り刻まれたり食べられたりするとか一生夢に出る。
それだけはごめんだ。
転がるように階段を駆け降りて最下層のフロアに出た。
この前と違って部屋中が見通せるぐらいには明るい。
エミリアの魔法が残っているとは思えないがこれは好都合だ。
急いで周りを見渡して女性の姿を探す。
どこだ。
どこにいる。
みつけた!
階段を下りて真正面に女性が立ち止まっている。
魔物はまだ少ない。
骸骨はいるが女性とは逆の方向だ。
危ないのは左側にいるウサギだ。
間違いなく気付いている。
ウサギの癖に獲物を狩るようにゆっくりと近づいている。
ウサギが全てを食べつくす某作品を思い出した。
捕食シーンはお見せできないグロテスクさだ。
勘弁して欲しい。
声を出して注意をひく作戦も思いついたが魔物たちは俺のほうには襲ってこないので意味は無い。
ここは魔物がいることを知らせて逃げて貰うしかないか。
「左に魔物がいるぞ、こっちに逃げろ!」
声が部屋中に響き他の魔物がこちらに気付いてしまった。
もしかしてまずいことしちゃった奴ですか。
俺を襲ってこないとはいえ他の人は襲うわけで。
女性は左のウサギを見る。
しかし何を思ったのか再び下の方向を向き逃げようとしない。
いや逃げてよ。
食い殺されたいのか。
慌てて女性のほうへ走り出す。
魔物がこちらに向かってきた。
万事休すか。
女性まで行くのが先か魔物が先か。
何も考えずただひたすらに走った。
その時、女性の前の床がせり上がりダンジョンマスターしか触れられないはずのオーブが現れる。
ちょっとまって、今のマスター俺なんだけど。
なんでオーブ出てきちゃってるの。
今ここでマスター書き換えられたら間違いなく食い殺されるんですけど。
なんで、どうして、どうなってるの。
意味がわからない。
わからないが今はそれどころじゃない。
とりあえず女性のところまで行くしかない。
昔、繁華街でかつあげしてきたチンピラから逃げた時以上の速さで俺は走った。
そしてウサギより先に女性のところまでたどり着く。
「はやく逃げるぞ!」
女性の肩をもって振り返らせ顔を見た。
彼女がいた。
まちがいない。
彼女だ。
自分の心ではない別の心がそういった。
女性がオーブに手を添える。
無色だったオーブに緑色の光がともった。
『ユリウスト付ダンジョン妖精と確認、作業部屋へ移動しますか?』
人工的な声が部屋に響き渡る。
だれだよユリウストって。
それにダンジョン妖精ってどういうことだ。
ここにはダンジョン妖精はいないってエミリアがいっていたのに。
現実受け入れられず頭がパニックに陥る。
しかし自分ではないもう一人の『自分』はこの光景を受け入れている。
頭がおかしくなりそうだ。
二つの人格が一つの体を共有している。
二つの心が別々のことを考えてひとつの脳で処理をしている。
自分が誰だかわからなくなる。
俺は誰だ。
俺はイナバシュウイチだ。
ちがう。
俺は・・・・・・だ。
ちがうちがう。
お前は誰だ。
俺は俺だ。
俺はイナバシュウイチだ!
強引に自分の意識を手繰り寄せ自分のコントロールを確保する。
強い意識にもう一人の『自分』がおとなしくなった。
お前はちょっと黙ってろ。
自分の心臓付近の肉を強く握りしめる。
痛みがかろうじて自分を認識させる。
俺はイナバシュウイチだ。
それ以外の何者ではない。
もう一度強く認識しなおす。
よし。
まずは状況確認だ。
肩を掴んだままの彼女は不思議そうにこちらをのぞきこんでいた。
まずは彼女が何物か知りたい。
「君はいったい誰なんだい。」
「私はユリウスト様付ダンジョン妖精です。」
「何故君はここにいるんだい。」
「私はこのダンジョンの管理を任されているダンジョン妖精です。私の仕事はダンジョンを維持管理することです。」
聞かれたことに機械的に答えてくる。
『作業部屋へ移動しますか?』
別の声が再度こちらに質問を投げかけてきた。
この部屋に他の部屋など無いはずだ。
いったいどこに行こうというのだろうか。
「作業部屋へ移動します、部屋の開門を願います。」
彼女はさも当たり前のように声に答える。
すると部屋全体が弱い地震のように震え、正面一番奥の壁が左右に開いた。
あったよ隠し部屋。
「作業部屋へ移動しますので手を放していただけますでしょうか。」
それはできない。
なぜなら魔物が彼女を狙っているからだ。
「魔物が迫っている今すぐに逃げよう。」
「何故逃げなければいけないのですか。」
何故逃げないといけないかはここにいたら殺されてしまうから。
この人はいったい何を言っているんだ。
死んでもいいのだろうか。
「ここにいたら魔物に殺されてしまうぞ。」
「何故魔物が私を殺すのですか。」
機械的な返答にイライラしてしまう。
この人は明らかにおかしい。
明らかにおかしいがこのままにしておくわけにもいかない。
「いいから行くぞ。」
無理やり方を引っ張り階段へ連れて行こうとした。
だが、彼女は一歩も動かなかった。
正確には動かせなかった。
まるで足が床と同化しているかのように1mmも動きはしなかった。
「作業部屋へ向かいます。」
驚いている俺を横目に彼女は奥の隠し部屋に向かって歩き出した。
正面から別のウサギが迫っていた。
間に合わない。
正面から彼女に飛び掛ったウサギは彼女の柔肌に牙を・・・刺さなかった。
「少々魔力が足りないようですね、いま追加の魔力を流します食事はそれまで待ってください。」
まるでペットのようにウサギが彼女の胸で頭をなでられている。
まったくいみがわからないよ。
彼女はウサギを床に降ろしそのまま隠し部屋のほうに歩き出した。
「ちょっと、ちょっとまって!」
慌てて彼女を追いかける。
「どうして貴方を待たなければいけないのでしょうか。」
「君はあそこで何をしているんだい。」
「質問の答えを受け取っていません。」
質問に質問で返すと怒られてしまった。
とりあえずここは彼女の正体を突き止めるべきだろう。
「私はこのダンジョンの新しい契約者になったイナバシュウイチです。私には貴女を守る義務がある、そしてあの場所についてもあなたに質問しなければなりません。」
冷静になり事情を説明する。
「理由を認識しました。貴方はダンジョンの新しいマスターですね、はじめまして私はこのダンジョンの管理を任されているダンジョン妖精です。私の仕事はダンジョンを維持管理することです。名前は・・・おかしいですね思い出せません。」
先ほどと同じ答えが返ってくるも俺が新しい契約者であることは理解して貰えたようだ。
名前がわからないのはどうしてだろうか、それにこの機械的な返答も気になる。
本当にロボットを相手にして話をしているようだ。
「あの部屋にはいったい何があるんでしょうか。」
「あの部屋はこのダンジョンを管理作業を司る部屋です。これから私はダンジョンの管理業務を行いますが、ご説明させて頂きましょうか。」
「そうだね、よろしくおねがいします。」
とりあえずあの部屋が何かはわかった。
しかしおかしい。
ダンジョンの管理は商店の地下室でオーブを使って行うはずだ。
あのオーブは契約者にしか反応しないと思っていたけど彼女はそれを使いこなしていた。
気になったのはオーブの光る色だ。
俺が青で彼女が緑。
赤い狐と緑の狸。
ちがう。
オーブの光る色で何かを分けているのかもしれない。
とりあえずはあの隠し部屋を見せて貰って説明を受けてからだな。
彼女の後ろをついていき隠し部屋に入る。
中は商店の地下のようになっており奥にオーブがあった。
「この部屋ではダンジョンの中を監視、設計、変更ならびに魔物の育成、召喚、配置作業を行うことができます。私はユリウスト様の指示の下このダンジョンの管理を行っております。新しいマスターは私にどのような命令を実行させますか。」
「そのユリウストという人はいったい誰なのでしょうか。」
「ユリウスト様はこのダンジョンの製作者であり私の創造主です。ユリウスト様は現在機能を停止しており現在最終命令のダンジョン管理を永続実行中です。」
ダンジョンの製作者はわかる。
あの意地悪な罠の配置や最下層の作り方などは人工的なものだ。
それは今日エミリアが調べに行っているはずだがここで答えが出てしまったな。
しかしわからないのは二つ目の部分だ。
私の創造主。
自分は人造人間だといっているのだが、見た目には普通の人間にしか見えない。
背はエミリアの少し上、よく見ると黒ではなく紺色の髪の毛が背中まで伸びている。大きすぎない胸は僅かに服の上から主張しているぐらいで細い足は血色の良い色をしている。
人造人間には見えないけどなぁ。
実は顔の部分が開いて実はロボットでした的な流れはファンタジーには似合わない。
ではなんなのか。
考えられるのは二つ。
一つはそういう風にユリウストという人物に教え込まれているという事。
もう一つは本当に作られた人間、人造生命体だという事だ。
「ダンジョンの管理はどのようにしているんでしょうか。」
「日々蓄積される魔力を用いて魔物に食事を与え、崩れた壁や発動した罠を整備し、必要であれば魔物を召喚して敵を排除しています。」
「それはいつから行っているのでしょう。」
「いつからと言う質問がわかりません。」
うーん。
時間の概念がないのかそれとも言い方が悪かったのか。
「最終命令はいつ出されましたか。」
簡潔かつ機械的に質問する。
「最終命令は150年前です。」
150年前って。
この答えは予想してなかった。
これで教え込まれたと言う答えはなくなり、人造生命体という事がほぼ確定した。
人造生命体とか本当にいるんだ。
でもそうじゃないと150年生きていられない。
人で無いなら普通の食事はいらないし寿命も無い可能性がある。
そのユリウストという人物が彼女を作成しダンジョンの維持を命令した。
ここまではわかる。
では、そもそもその本人はいったいどうなった。
死んだのであれば命令が解除されてもいいと思うのだが。
そういう指示を出していなかったのだろうか。
聞いてみるしかないよな。
「ユリウストという貴女の主人はどこにいるんでしょうか。」
「ユリウスト様は部屋の奥で機能停止中です、お会いになりますか?」
いるんだ。
でも機械でもないのに機能停止とはどういうことだ。
まさか自分の体も作り変えてしまったとでも言うのだろうか。
「お願いします。」
「畏まりました、ユリウスト様はこちらです。」
隠し部屋の奥にはもう一つ部屋があった。
彼女が横に置いてあったカンテラに火をつける。
オレンジ色の光が隠し部屋を照らし出した。
石のテーブルの上にボロボロになった紙が散らばっている。
先ほどの部屋と違いかび臭いようなにおいもする。
なんだろう、まるでテレビで見たピラミッドの中のようだ。
石造りのその部屋の置くに安楽椅子が置かれていた。
「ユリウスト様お客様をお連れしました。」
そう言って彼女は椅子を動かすが返事は無い。
機能停止しているというのは寝ているという事か。
いや、150年も寝ることなどありえない。
冷凍睡眠なら別だがここは科学の世界ではなくファンタジーの世界だ。
せめてクリスタルの中に封印ぐらいにして貰いたい。
「やはりユリウスト様は機能停止しておられます、いかがされますか。」
いかがされますかも何もとりあえずどうなっているのか確認しないことには始まらない。
「失礼します。」
一応声を掛けて安楽椅子を正面から見る。
でかかった悲鳴を喉の一番手前でかろうじてとどめることができた。
安楽椅子に座ったユリウストという人物は
ただの白骨となってその場所に鎮座していた。
これは機能停止じゃなくて死亡って言うんですよお嬢さん。
さも当たり前と言う顔で白骨を見つめる異様な状況に何をいえばいいのかわからなかった。
姉さん事件です。
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