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第三章

開店準備はじめました

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 春が来た。

 ちがう、暦の上ではもうすぐ夏の節だ。

 正確に言えば人生に春が来た。

 まさか異世界に来て彼女ができるとは思っていなかった。

 しかも二人も。

 ご都合主義と思うことなかれ。

 自分でもそう思ってる。

 でもこれは現実だ。

 あの日帰ってから何度自分の頬をつねっただろうか。

 疲れ果てて翌日起きた時に夢でだったのではないかと何度確認しただろうか。

 夢ではなかった。

 異世界だけど~夢じゃなかった~

 幸せだ。

 こんなに幸せでいいのだろうか。

 ハーレムですよ。

 一夫多妻ですよ。

 合法なんですよ。

 生きててよかった。

 異世界に来てよかった。

「どうかしましたかシュウイチさん。」

「いえ、大丈夫です。ちょっと現実を再確認してただけでして。」

「またですか。これは夢ではありませんし笑い話でもおとぎ話でもありません。」

「なんだ、イナバ殿はまた夢を錯覚しているのか。いい加減現実を受け入れていただかねば求婚した我々の立場がないのだがな。」

 エミリアとシルビア様があきれている。

 申し訳ございません。

 ブラック企業で使い込まれること幾星霜。

 まさかこんな幸せが自分の人生に訪れるとは思っていなかったものですから。

「申し訳ありません。もう大丈夫です。」

「我々はどこにも逃げぬし離れるつもりもない。もっとも、自覚がないのだというならばその体に叩き込むことはできるが。」

「滅相もありません!大丈夫ですバッチリです完璧ですよ。」

 もう二度とあんなしごきは受けたくない。

 しごきというか拷問というか。

 あの日、盗賊団のアジトから帰った翌日改めて騎士団に報告を受けに行った。

 まだ夢の中にいるようで話半分に報告を聞いていたところシルビア様の雷が落ちたのだ。

 もうあんなことはごめんだ。

 正座させられ、自分の立場がどのような状況なのかを延々と教え込まれ、嫁を娶るとはという状況についての講義を延々ときかされ、自覚がないのは体力が伴っていないからだと斜め75度ほど逸脱した根性論に切り替えられ、3時間ほどマラソンをさせられた。

 もちろん、並走するエミリアとシルビア様にいかに自分が惚れられているかという状況を延々と言われるのだ。

 もっとも8割以上シルビア様でエミリアは2割ほどだったが。

 というか、エミリア体力あるのね。

 シルビア様のしごきについてきて、顔色一つ変えてなかったんだけど。

 異世界の人は皆体力が有り余っているのだろうか。

「ならば結構。エミリア、イナバ殿は無事我々の事を認めてくれているようだ。」

「それはよかったです。そういえば今日は帰らなくても大丈夫なんですか、シルビア様。」

「シルビアで良いと何度も言ってるであろう。二人ともどうして呼び方を変えてくれぬのだ。」

「いくらシルビア様のお願いでも立場というものがありますから。」

 シルビア様はエミリアのように呼び捨てで呼んでほしいそうなのだが、さすがに騎士団分団長を敬称なしで呼ぶのは世間体が悪いので我慢してもらっている。

「他の者の目がないときは別に構わんのだがな。」

「癖になってしまうといけませんので、ですが努力させていただきますシルビア。」

「うむ、たのむぞシュウイチ・・・殿。」

「シルビア様もまだいい慣れてないじゃないですか、シュウイチさんの呼び方。」

 エミリアも苦戦しているようなので大目に見てもらうことにしよう。

 こちらとしてはどんな呼び方でも構わないので気にしていないのだが。

「昔からの癖というのはなかなか抜けんようだな。私も善処しよう。」

「それで、今日はご飯食べて行かれますか。」

「騎士団の事はカムリに任せておるからな。ウェリスの監視という名目で明日までここに滞在する予定だ。」

「ではニッカさんに伝えて来ます。今日はみんなで夕食にしましょう。」

 エミリアが元気よく立ち上がり家を出ていく。

 そんなに急いでいかないでもまだ昼にもなってないんだから。

 シルビア様は分団長の仕事は継続しつつ聖日になるとこちらに帰ってくる。

 泊まっていくこともあれば日帰りで帰るときもあるのだが、今日は泊まりのようだ。

 期待している人に先に言っておこう。

 まだ手は出していない。

 残念だったな!

 ヘタレと言われようがここだけは譲れない。

 ちゃんと手順というか段階を踏まないとね。

 もちろんしたくないと言われれば嘘になるが、求婚したといっても言い換えればお付き合いを始めたという事だ。

 シルビア様に関して言えば、通い妻のような感じだし本人はさっさと結婚して騎士団をやめてもいいそうなのだが、残念ながら騎士団から待ったがかかっている状態だ。

 なので当分は騎士団長の任を継続しつつ休みのたびにこちらに戻って来るようになっている。

 もしくはこちらから向かうような感じか。

 白鷺亭の支配人が行く度に気を利かせてくれるのが申し訳ない。

 大丈夫、まだそこまで行ってないから。

 だから寝室のベットをキングサイズにするのはやめて。

 おかしいよね、前はダブルだったよね。

 何で部屋を改装してまでキングサイズ入れてるの。

 スタッフに話を聞けばあの部屋使ってるの俺たちだけって話だし。

 どう考えても狙ってるよね。

「父は作付に出てるそうだな。開墾の方は順調なのか。」

「ウェリスと部下の皆さんのおかげで順調に森を開いていってますよ。この分だと畑の他に住居用の用地も確保できそうです。ただ…。」

「何か問題でもあるのか。」

「北の泉から直接水を引くように灌漑施設を作る予定なのですが、泉の近くに魔物が巣食っているようでうまく進んでいないようです。村の人の話ではグレーウルフとは別に見たこともない魔物がいたとか。ただ慌てて帰ってきたために種類までは確認できていないそうです。」

 領主様の力添えもあって村の拡張は順調に進んでいる。

 ウェリスや他の部下の皆さんの住居も完成し、当分はここで寝泊まりしてもらう予定だ。

 話では秋の収穫まではこちらの作業に従事するそうだ。

 人手不足は解消しむしろ人余りになっているので、農業以外の方に今は力を入れてもらっている。

 資金は潤沢というまではいかないが、ネムリや商店のコネを使って通常よりも安く仕入れを行えるので非常にありがたい。

「魔物か。オオカミぐらいであれば別に構わんが、見たこともない魔物となると慎重にいかなければいかんな。」

「この辺りにいなかった魔物というだけであれば構いませんが、魔力溜まりなどから発生した魔物となると我々では対処できませんからね。できるだけ早く正体がわかればいいのですが。」

「正体次第では騎士団を向かわせることもできる。領地の外れといえどもここも立派な領主様の土地だからな、その土地を守るのが我々騎士団の務めだ。」

 頼りにしてますよ。

 どうも盗賊団の一件以来、この村への待遇がずいぶんと変わっているようだ。

 村長の話によれば昔であれば通らなかった嘆願も、話だけは聞いてくれるようになったとか。

 それが俺のせいなのか偶然なのかは不明だが、何かの力が働いてることは間違いない様だ。

 まぁ、この村が豊かになれば商店の方も栄えるし良い事尽くめなんだけどね。

「その際にはよろしくお願いいたします。」

「では我々も向かうとしようか。今日はどんな予定なのだ。」

「いつも通り村を見て回って、困りごとがないかを聞いて、ウェリスをひやかして。あとは商店の様子を見に行くぐらいでしょうか。」

 ちなみにシルビア様はこの村に来る時は鎧を脱いできている。

 初めて見た時はトレードマークの赤い鎧がないと違和感があったのだが、私服姿も背が高いからだろうか何を着てもスラっと着こなしている。

 エミリアが羨ましそうに見ていたのは内緒だ。

 エミリアが背が高くてあのお乳だったら少しアンバランスだよね。

 今のままでいいんです。

「そうか、もうすぐ完成であったな。いずれは向こうに移るのであろう。」

「さすがにドリスさんの家を借り続けるわけにもいきませんからね。契約上はこの村でも問題はないのですが、やはり自分の家があった方が安心します。」

「我々の新居という事か。商店連合メルクリア殿の指示で作っているのだ、さぞ立派に作っておるのだろう。」

「そこまで大きくはありませんよ。ですが、ちゃんとシルビア様の部屋はありますのでご安心ください。」

 新居といっても館のような豪邸ではない。

 商店の裏に家を作ってもらっているのだが、シルビア様の件を聞いたメルクリアが急遽家の大きさを変更したのだ。

 変更を伝えに来た時の目が恐ろしく怖かった。

 命の危険を感じるぐらいだ。

 なんだろう、なにかしただろうか。

 男はオオカミなのよ気をつけなさいって、あれはガチだったんだろうか。

 まだ手は出してないよ!

 まだ。

「それは楽しみだ。」

 新婚で新居とか聞くともうバラ色のリア充だよね。

 エミリア程ではないけれど至福のシルビア様を見ると、ほっそりとしていながら出ている所は出ている。

 エミリアが下から支えるぐらいだとすると、シルビア様は手の中からこぼれそうなぐらいだろうか。

 大き過ぎず小さすぎず。

 適度でよろしい。

「それでは行きましょうか。」

「うむ、父にも挨拶せねばならんからな。」

 シルビア様と共に家を後にする。

 村の中はアリ騒動もひと段落したのもあり活気にあふれていた。

 すれ違う人たちに声を掛けて状況を確認する。

 森を切り開いたときに掘り起こした切り株の処理に困っているらしい。

 湿気が多い分焚き付けには使いづらい。

 乾燥させて処理するしかないか。

 テーブルにするには小さいし、腰掛けて座るには高さがない。

 何か良い方法ないかなぁ。

「シュウイチ殿は普段から他の者達の声を聞いて回っているのか。」

「他にすることがなくてですね。普段はドリスさんの仕事なんですが今は拡張のほうに回っていますので、空いた仕事をやらせてもらっています。土仕事は初日に挫折しました。」

「確かに、もう少し腕に肉をつけたほうがいいやもしれんな。」

 開墾の手伝いをしようとしたものの、鍬を持って1時間で筋肉痛に襲われ戦力外となった。

 ちなみに筋肉痛は翌日から2日間取れなかった。

 ひ弱すぎる。

 自分でもわかっているがまさかこれほどまで体力がないとは思っていなかった。

「イナバさんおはようございます!」

 南門のほうを回っていると、アリと戦った広場のほうから子供が駆けて来る。

「おはようございます、薬草はありましたか。」

「ありました!エミリアさんに聞いたとおり森の日当たりのいい所に生えていました。」

「商店が始まったら買い取りますので置いておいてね。」

「はい!」

 子供は元気に広場の方へ走り去った。

 どうやらエミリアの話の通り薬草を発見できたようだ。

 あまり数はないと聞いていたが、コンスタントに見つかるのであればいい小遣い稼ぎになるかもしれない。

 仕入れの手間も省けるしね。

「子供に薬草を探させていたのか。」

「比較的安全な場所をお願いしています。村の備蓄にもなりますし商店が始まれば買い取って村にお金を落とすことができますから。まだ畑に出られない子供たちも今の村の活気に触発されて何か手伝いをしたいようなんです。」

「なるほど、そうやって村にお金が落ちれば人々が豊になると言う事か。」

「商店で仕入れることは簡単ですができるだけ村の人たちに還元できればと思っているんです。」

 本音は安く仕入れることができるからというのもあるが黙っておこう。

「村が豊になれば人が増え、人が増えれば商店やダンジョンを利用する人が増えるという事か。」

「そうです。お互い損無く益だけを享受出来れば一番いいのですがさすがにそう上手くいかないかもしれませんね。」

「いや、自分の利益だけではなく他人の利益も考えられるシュウイチ殿だからこそできることがたくさんあるのだろう。我々も見習わなければならんな。」

 騎士団はどこを見習うんだろうか。

 あまり思いつかないなぁ。

「騎士団は今でも十分皆さんのお役にたってると思いますけどね。」

「まだまだ皆から信頼されているわけではない、慢心してはいかんからな。」

 相変わらず自分には厳しいようだ。

 他愛もない会話をしながら開拓地の方に足を向ける。

 ついこの間までうっそうとした木々で覆われていた場所は切り開かれ、整地が行われている。

 指示を出しているのはウェリスとドリスのようだ。

「お疲れ様作業の方はどうですか。」

「兄ちゃんか、もうすぐこの辺りにも家を建てられそうだ。根っこが思ったよりも太くて手間取ったが土が固いから住居の方が適してるだろう。畑の方はやっぱり北の泉の方に増やしたほうがよさそうだ。あっちは土も肥えているし作付もしやすいからな。」

 予定通り灌漑施設を作った方が効率はよさそうだ。

 問題はやはり魔物か。

「作付は無事終わったしこっちの作業も順調だ。ただ部下が泉の方で不気味な影を見たって話だし正直畑の開墾は待った方がいいかもしれないな。」

「ウェリスはだいぶ良くなったようだな。」

「おかげ様でシルビア様にへばった姿を見せるわけにもいきませんので、夏までには動けるようになっておきますよ。」

 骨折、打撲、内臓の損傷とまさに半死状態だったウェリスも治療の甲斐あって現場復帰している。

 もっとも、部下の指示がほとんどで現場では座っていることの方が多い。

 本人曰く体がなまって死にそうらしい。

「それは頼もしいな。しかし魔物か、イナバ殿から聞いてはいたが正体はいまだつかめていないようだな。」

「部下もビビッて逃げてきたようでそれ以来姿は確認できていません。魔物かどうかすらわからない状態です。」

「うちとしては人手があるうちに開墾しちまいたいんだが、この前のアリみたいに襲われても困るからな。」

 確かにあんな事態になるのはごめんだ。

 こっちはこっちで何とかしなければいけないみたいだなぁ。

 とりあえず様子見か。

「シルビア来ていたか。」

「お元気そうで何よりです。」

 畑の方からエミリアと村長が帰ってきた。

「イナバ殿のせいですることが多くてな、おちおち休んでもおれんわ。」

「それは聞き捨てなりませんね。することが多いのはいいことだと思いますけど。」

 思わず反論してしまう。

 忙しくしたのは俺のせいではない。

 たぶん。

「よく働いた者だけが良い食事にありつけると言いますから。ですが御無理だけはされませんよう。」

「娘の顔を見れば疲れも吹き飛びます、孫の顔が見れればもっと元気になるでしょう。」

「それはイナバ殿にお願いするしかありませんからもうしばらくお待ちください。」

 なにそのセクハラ発言。

 昼前から破廉恥な!

 孫ができないのは私のせいではありません、順序の問題です。

「そういうことはもう少しお互いを知ってからの方が・・・。」

「エミリアは自分の子供を抱いてみたいとは思わぬのか。」

「もちろん抱いてみたいですけど、なんていうか順序というか。」

 ほら、昼間っからそんな話するからエミリアが真っ赤になってるし。

 可愛いけど。

 もうちょっといじってもいいんだけど後が怖いのでこれぐらいにしておこう。

「エミリア、今日は商店の方に行く用事があると言っていましたね。」

「はい。建物が完成したので見に来てほしいと言われています。ついでにダンジョンの契約もできればと思っているのですが。」

 契約。あぁ、マスターとしての登録か。

「今日は時間がありますからそっちを片付けてしまいましょうか。後一週間でしたね。」

「いよいよ商店開店ですから、これから忙しくなりますよ。」

「私も付いて行って構わないだろうか。」

「もちろんです。シルビア様もぜひお越しください。」

 そうなのだ。

 商店の開店まで後一週間。

 次休息日が終わるといよいよ夏の節がはじまる。

 夏の節に合わせてダンジョン商店をメルクリアから引き渡してもらい正式に店主として着任することになる。

 異世界に来て二か月。

 やっとスタートラインに立てるのだ。

 ここに来るまでに起きた事件が大きすぎて商店に赴任するのが小さなイベントに感じるが、メインはこっちだしね。

 あの廃墟がどう変わったのか楽しみだ。

 定期的に工事を見に行ってはいたが、最近は村の事が忙しくてあまり行けていなかった。

 自分の城と、自分の家。

 これからこの世界の基準となる場所。

 いよいよ新しい物語が始まるんだな。

 楽しみだ!


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