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第二章

心安らぐとき

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 目が覚めたのはだいぶ日が高く上った頃だった。

 白鷺亭に戻った後の事はあまり覚えていない。

 宿に戻るなり支配人が飛んできて無事を喜んでくれた。

 預けた物を返してもらい、(受け取りに来た盗人にはたっぷりと接待して何も渡さず帰ってもらったらしい)

 部屋まで連れて行ってもらってベットに倒れたところまでは覚えている。

 やはりというか想像以上にというか、

 心では大丈夫と思っていたが体はものすごく緊張していたようで、倒れこんだ瞬間に全身を倦怠感が襲い抵抗する気もなく意識を手放したのだ。

 目が覚めるとベットの上でしっかりと横になっていた。

 倒れこんだはずなのに枕にちゃんと頭をつけている。

 服は着替えていない。

 しかし靴は脱いである。

 エミリアはいないようだ。

 それもそうか、寝てる部屋は別だし。

 でもものすごく柔らかいものに包まれていたようなうっすらとした記憶だけはある。

 あれは何だったのあろう。

 まさか、エミリアのマシュマロに包まれていたってことは!

 うん、わからん。

 だって揉んだことないし。

 心が安らぐ香もしたんだけど。

 お香か何かだろうか。

 なにかとてつもなく貴重な経験をしたと思うのだが思い出せない。

 思い出せないっていうのも違うな。

 気がするだけで起きていないのかもしれない。

 それぐらい記憶があいまいだ。

 まぁいいか、とりあえず起きよう。

 机の上に水差しとコップが置いてあったので少しだけ口に含んだ。

 美味しかった。

 ただの水のはずなのに甘く感じた。

 生きていることを実感する。

 生きてる。

 その瞬間ものすごい震えが全身を襲う。

 まさにガクガクと痙攣するような震えだ。

 思わずコップを落としてしまった。

 コップが落ちるのを目で追い、下まで落ちた瞬間に砕けた。

 ガシャンという乾いた音が部屋に響き渡った。

 この世界ではガラスのコップって見たことなかったな。

 村長の家も木製だったし、貴重な物なんじゃないかなと回っていない頭で考えてしまった。

 次の瞬間勢いよくドアが開きエミリアが部屋に飛び込んでくる。

「シュウイチさん!」

 部屋に入ってくるなり割れたグラスと俺を交互に見る。

 エミリアは迷うことなくこっちに駆け寄り、

 抱きしめられた。

 エミリアを支えることもできずそのままベットに倒れこむ。

 押し倒されたとはまさにこのことだ。

 文字通りエミリアに押し倒された。

 おかしい、望んだシチュエーションのはずなのに立場が逆だ。

 こう、がばっと押し倒す予定だったのだがどうしてこうなった。

「もう大丈夫です、終わったんですよ。」

 ぎゅっと強く抱きしめながらエミリアがささやく。

 二つのマシュマロが顔を覆って至福だ。

 まさに天国に登る気持ちだ。

 いろんな意味で登りそうだ。

 主に呼吸的な意味で。

 ギリギリまで至福の時を迎えることにしよう。

 エミリアに抱きしめられると不思議と震えが止まった。

 安心したように全身から力が抜けていく。

 昨日感じた香りはエミリアの香りだったのか。

 甘く優しいお日様のようなにおいだ。

 大丈夫だよと言われ心のどこかのスイッチがやっとOFFになる。

 昨日のあの場所からやっと日常に戻ってこれた。

 そう感じることができた。

 何ともまぁ現金なものだ。

 男って単純だな。

 好きな人に抱きしめてもらうだけで全部なかったことにできるんだもんな。

 でもそろそろ限界だ。

 いろんな意味で。

「エミリアありがとう。」

「ダメです、まだダメです。」

「もう大丈夫だから離れて。」

「離しませんまだ震えています。」

 違うそれは呼吸ができない震えだから、酸欠だから。

「エミリア・・・呼吸が・・・。」

「ごめんなさい!」

 マシュマロが離れていく。

 なんていうかスライムに襲われたらあんな感じなんだと疑似経験できた。

 新鮮な空気をたっぷり肺に送る。

 空気って美味しい。

 いろんな意味で最高の時間だった。

 ありがとうエミリア。

 もう大丈夫。

「シュウイチさん大丈夫ですか。」

「うん、もう大丈夫ありがとう。」

 そんな心配そうな顔で見なくてもいいのに。

 そんなに具合悪そうに見えたんだろうか。

「もう怖くありませんか。」

 怖い?

 あぁそうか。

 さっきの震えは恐怖から来たのか。

 非現実的な状況と命がなくなるかもしれない恐怖。

 それをさっき思い出したからか。

 でも今は震えがない。

 エミリアが助けてくれたから。

「またエミリアに助けてもらってしまいましたね。」

「当たり前です。シュウイチさんを助けるのが私の役目ですから。」

 昨日の一件があったからだろうけど妙にエミリアが大胆だ。

 今まではもっとこう奥手というか、少し引いた感じだったのに。

 今日はなんて言うかグイグイくる感じがする。

「昨日はあれからどうなったんでしょうか。」

 ベットに腰掛けエミリアに問いかける。

 エミリアは横に座り手の上に手を重ねてくれる。

 まだ震えていないか心配しているようだ。

「シュウイチさんと宿まで戻って支配人さんと一緒に部屋に連れて行ってベットで倒れこむように寝てしまわれました。」

 倒れこんだところまでは覚えている。

 そのあとに覚えているあの香りと柔らかさ。

「エミリアがついていてくれたんですね、ありがとう。」

「私は何も、よくお休みになっておられたので私もすぐ休ませていただきました。」

 嘘だな。

 目の下にクマがある。

 おそらくさっきみたいに何かあったらすぐ駆けつけるつもりだったのだろう。

「今日はどうするんだっけ。」

「お昼頃に騎士団に来るようシルビア様から言付かっています。動けそうなら、ですけど。」

 寝てないなって突っ込むのは野暮ってものだ。

 心の中でありがとうとだけ言って今日の予定を考える。

 そうだった、シルビア様の所に行くんだった。

 ウェリスから情報を聞いて次の手を考えているかもしれない。

 まずはどういう状況か確認して、この後のことを考えよう。

 昨日の事で終わったわけじゃない。

 まだやり残したことが残っている。

 こんなところで休んでいるわけにはいかない。

 休むのは全部終わってからでもいい。

「うん、もう大丈夫動けるよ。エミリアはもう少し休んでおいた方がいいかな。」

「私は大丈夫です、一緒に行きます。」

 置いていくと怒るよな。

 何があってもついてくるって言いそうだし、騎士団で少し休んでもらえばいいだろう。

「それじゃあ支配人に声をかけてから行こうか。」

 足に力を入れて立ち上がる。

 大丈夫だ動ける。

 後ろのエミリアに手を伸ばしエミリアも立ち上がる。

 すると、動物の鳴くような小さな音が聞こえた。

 とたんにエミリアの顔が真っ赤になる。

 あー、うん。

 何も食べてないもんね。

「声かけるついでに何か軽いものつまんでから行ってもいいよね。」

「ごめんなさい。」

 うつむいたままのエミリア。

 耳まで真っ赤にしてそんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。

 玄関のベルを鳴らすとすぐに支配人が現れた。

 ほんとこの人どこで待機してるんだろう。

 気づけば入り口にいるしすぐ上に来るし。

 転移魔法でも使っているんだろうか。

「お目覚めになられたようで何よりです。すぐに何か軽いものとお飲み物をご準備しますので。」

「すみませんグラスを割ってしまいました。」

「大丈夫です、すぐに片づけますのでメインルームでお待ちください。」

 何も言わずに軽食を準備してしまう支配人。

 やはり監視カメラ付いているんじゃないかなぁ。

「すぐに持ってきてくれるそうです。準備をしていくのでエミリアはソファーで待っていてください。」

「お手伝いしましょうか。」

「着替えるだけですから大丈夫ですよ。」

 着替えまで手伝ってもらうわけにはいかない。

 部屋に戻り下着だけを着替える。

 他の服は村長の家に置いてきたのでそのままだ。

 正確にはこれも村長の服なのだが。

 昔の服だから好きにしていいと言われ来ているがやはり素材がいいのだろう、着心地がいい。

 水差しの横に短剣と蜜玉の入った革袋が置いてあった。

 蜜玉は必要ないだろうが短剣は持っていくか。

 金貨と一緒に支配人に預けていれば問題ないだろう。

 今のところ使う予定もない。

「お待たせしました。」

 着替えている間に朝食が届いたらしい、支配人が朝食を並べている。

「お疲れだと思いますので軽い物にしております。ではグラスを片付けている間に御賞味ください。」

「ありがとうございます、よろしくお願いします。」

 入れ替わりに部屋に支配人が入っていく。

 いつの間にか手には箒とちりとりのような物。

 魔法でも使っているのだろうか。

 エミリアはというとソファーでうとうとと転寝をしている。

 やはり昨日寝ていないのだろう。

 起こすのもなんだし寝かしておこうか。

 そっとエミリアの横に座り朝食をいただく。

 昨日とはまた違う種類のパンで作られたサンドイッチ風だ。

 今日のはオイル漬けの魚が香草と一緒に挟んである。

 鯖サンドとかあったよな、たしか。

 これはこれで美味しい、新しい発見かもしれない。

「お口に合いましたでしょうか。」

「香草が臭みも消して食べやすいですね、昨日のも美味しかったですがこちらも捨てがたいです。」

「それはよかった。部屋は片付いておりますのでごゆっくりと。」

 物音をたてずに支配人は去っていった。

 忍者決定。

 自分の分を食べ終わり、起こすか起こすまいか悩んでいるとエミリアが今度はこっちにもたれかかってきた。

 肩の部分にこめかみがちょうど当たっている。

 痛くないのだろうか。

 かわいらしい寝息が聞こえてくる。

 なかなかの時間だった。

 しかしその時間も長くは続かないようで、急にビクっと目を覚ますエミリア。

 周りを見渡し自分の状況を確認すると一気に顔が赤くなる。

「申し訳ありません!」

「おはようエミリア、朝食とどいてるけど食べられるかな。」

「食べられます!」

 慌ててサンドイッチを手に取るとそのまま勢い良く頬張る。

 女の子がそんなに慌ててがっつかなくても。

 ほら、むせてるし。

「お水のみな。」

「ケホ、ありがとうございます。」

「食べ終わるまで行かないからゆっくり食べてていいよ。疲れているんだから。」

「ありがとうございます。」

 ソファーの背にしっかりと体重をかけ、肩の力が抜けていく。

 そんなに寄りかかってたのがいやだったんだろうか。

 少しショックだ。

「イナバ様騎士団から遣いが来ております、体調に問題がなければ来て欲しいと。」

「わかりました、準備が出来次第すぐに下に降りますので待ってもらってください。」

「ではそのようにお伝えしておきます。」

 忍者のように音もなく伝言を伝えそして去ってゆく。

 ほんと、どういう風に移動しているんだろう。

「エミリアはゆっくり食べていていいからね。」

「食べ終わりましたので一緒に行けます。」

 早食い選手権じゃないんだから.

 そんなに一人で行かせたくないんだろうか。

 一人でいろいろ決めちゃったことまだ怒ってるのかなぁ。

「忘れ物ないね。」

「特にありませんので大丈夫です。」

「それじゃあ行こうか。」

 エミリアを先に行かせ部屋を後にする。

 エレベーターって本当に便利だったんだなといまさらながら実感する。

 4階って結構めんどくさい。

 下まで降りるとウェリスが待っていた。

 遣いは彼だったのか。

「お二人さんずいぶんとゆっくりだったな、なんだお楽しみだったのか。」

 ドラ〇エの定番かよ。

「そんなことするわけないじゃないですか、疲れてさっきまで寝てましたよ。」

「なんだ、てっきりそういう関係かとおもってたのに。」

 残念そうな顔をするウェリス。

 何を期待してるんだか。

「そういう事言ってると女性が逃げていくんじゃない?」

「つい昨日まで日の当たらない世界で生きてきたんだ、縁なんて元からねぇよ。」

「これからは日の当たる世界で生きていく決心をしたからここにいるのでは?」

 捕虜というか犯人として連行された彼が一人で出歩いてここにこれたという事はシルビア様の相当の計らいがあってのことだろう。

 確かに騎士団分団長の権限があるからといっていたがどれほどの譲歩が行われたのだろうか。

 まぁ行けば全てわかるか。

「分団長が首を長くしてお待ちだ、さっさと行くぞ。」

「行こうかエミリア。」

「はい、シュウイチ様。」

 他人がいると余所行きの顔になるエミリア。

 呼び方も様に戻ってるし。

 でも感情的になると呼び方がまたさん付けになっているのが可愛らしいよね。

 気づけば日は真上に昇っていた。

 そうかもうお昼なのか。

 ずいぶんとシルビア様をお待たせしてしまったのかもしれない。

 昨日の今日で大分お疲れなのではないだろうか。

 呼ばれたって事は何かわかったこともあるはずだ。

 詰所に到着するとそのまま分団長室に通される。

「お待たせして申し訳ありません。」

「イナバ殿か昨晩はご苦労であった、よく休めたか?」

「おかげ様でしっかりと休ませていただきました。シルビア様はあまりお休みになっておられないようですね。」

 エミリア同様目の下にクマが見える。

 こちらはこちらで一晩中今後について話し合っていたのだろう。

「この男がなかなか寝かせてくれないものでな。」

 後ろに立つカムリを指さし軽く笑う。

「恐れながら分団長、眠らずに計画を立てておられたのは分団長ではありませんか。私は休憩を4度進言いたしました。」

「そうだったかな。ではこの男か。」

「恐れながら分団長、先に根を上げた私を絞り上げて何もかも聞き出そうとしたのは分団長でございます。」

 カムリもウェリスもシルビアの味方をしなかった。

 根を詰めると休むのが嫌いなタイプのようだ。

 ブラック企業に勤めると一番最初に倒れるタイプだな。

 サボりつつ適度に仕事をこなすのが生き抜く秘訣だ。

「ふむ、どいつもこいつも私の味方をせんという事か、薄情な奴らだ。エミリア我らは別室で休むとしよう。この後のことはこの男どもがうまくやってくれるそうだ。」

「しかしシルビア様私はシュウイチ様のお側にいたものですからお話を聞いておりませんが。」

「かまわん、全部決まってから話を聞いても問題ない。それにそんな顔では想い人も喜びはせんぞ。」

「シルビア様!」

 慌ててエミリアがシルビア様の言葉にかぶせてくる。

 想い人ねぇ。

 己惚れるなら自分であってほしいけど、朝の感じもあるし。

 女心はわからん。

「ではお主達にあとは任せた。中休みの頃までに話し合いが終われば白鷺亭まで呼びに来るがよい、イナバ殿エミリアを借りるぞ。」

 有無を言わせずエミリアの手を引いてシルビア様は部屋を出て行った。

 なんだったんだ。

 あの二人に一体何があったんだ。

「とりあえずそういうことですが、分団長不在で進めていいんでしょうか。」

 念の為に確認を取る。

「分団長は構わないと言っておられますのでよろしいかと。」

「俺には何も言う権利はねぇ、進めるならとっとと進めてしまおう。」

 リーダー不在だとこんなものか。

 むさくるしい男だらけの作戦会議ね。

「では、昨夜解散した後の所から教えていただけますでしょうか。」

 とりあえずしなければいけないことはまだ残っている。

 それが終わるまで、あの二人に何があったのかは聞かないでおこう。

 うん、そうしよう。
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