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第二章

町へ行こう

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 退治したアリの巣からは、小さな蜜玉6つと他の倍ほどある大きさの蜜玉1つの合計7つが見つかった。

「これほどまでに大きい蜜玉見たことありませんな。」

 村長は驚きと感嘆の声をあげる。

 おそらく女王アリの蜜玉だろう。

 メルクリアの言っていた良いものとはおそらくこれの事だな。

 自分はもう報酬でもらったからあとは好きにしろということか。

「この蜜玉すべてを売ればある程度まとまったお金が準備できるのではないでしょうか。それを元手に人を雇うなり税の支払いに当てればこの冬ぐらいなんとかなるのでは。」

「確かにこれだけあれば税の支払いに充ててもおつりが来ます。しかしこの蜜玉は私だけのものではありません。イナバ殿、貴方のものでもあるのですから。」

 どういうことだ。

 小10個大1個合計11個の蜜玉がここにある計算になる。

 計算が合わない?

 騒動を引き起こした蜜玉はメルクリアに報酬として出したのでこの個数で問題ない。

 問題となるのは村長の発言だ。

 これが俺のものとはどういうことだ。

「それはどういうことでしょうか。この蜜玉は戦いの後村で見つかったものであり、村で見つかった以上村のものであるというのが普通ではないでしょうか。」

「その通りです。村長の治められている領内で見つかったものに関しましては村長もしくは村人全員のものであると、そういう法があったと思うのですが。」

 エミリアが発言の補助をしてくれる。

 やはりそういう法律があるのか。

 領地を治めているのは長である村長だ。

 この領地はある意味自分の家と庭であると言えるだろう。

 その自分の家の中に落ちていたものは、自分もしくは家族のものである。

 ごく普通の考え方だ。

「その通り、領内で見つかったものは私のものとなります。しかしながら、この7つは村の外で見つかったものでありそれを見つけたのはイナバ殿です。ですので、私の分は4つ、イナバ殿の分は7つとなります。何か不都合がおありでしょうか。」

 不都合があるというか、納得いかないというか。

 確かにその法の解釈であれば領地外のものは見つけた者の持ち物になる。

 森に薬草を拾いに行って、それをわざわざ村長に納める必要はない。

 ジャイアニズムではないのだから、お前のものはお前のもの、俺のものは俺のものである。

「しかしながら、私は今この村に身を寄せ村長の住居をお借りしている身分に過ぎません。半分は商店の人間ですがもう半分は村の人間であるといってもいい。それに、私がこれだけの物を持っていても宝の持ち腐れになるだけです。」

 ホームレスサラリーマンとしては屋根があり、食事が出るこの状況は非常にありがたい。

 本音を言えば村長の家から出たいという気持ちもあるのだが、そう簡単にはいかないだろう。

 なにせこれだけの小さな村だ。

 空き家などあろうはずがない。

「なるほどそういう考えもできますね。しかし、イナバ殿はこの村を救った英雄です。それなりの報酬をお支払いするというのが筋というものでしょう。この蜜玉、そしてこちらもお納めください。」

 村長は蜜玉の横に革の小袋を置いた。

 謎の小袋だ。

「開けてもよろしいですか。」

「もちろん、それは貴方様のものですから。」

 結び目をほどき、中身をテーブルの上に出す。

 チャリンチャリンと音を立てて硬貨が中から滑り出てきた。

 金色の硬貨が1枚、銀色の硬貨が10枚。

「これは、成功報酬としては多すぎると思いませんか。」

「村人42人全員の命と考えれば安すぎると思いますがね。」

 銀貨10枚は建て替えた油代だ。

 そして、金貨1枚が42人全員の命の代金と言いたいのだろう。

 価格にして100万円。

 確かに安い。

 金額だけでいえば安すぎると言えるのだろう。

 だから村長は蜜玉も報酬に上乗せすると言っているのだ。

 小さな村だ。

 この金貨だって用意したのにどれだけの苦労があったのだろうか。

「ニッカさん。貴方は私を買いかぶりすぎています。私がこの村を救ったのは成り行きであって依頼されたわけじゃない。アリを退治しなければ自分もエミリアも死んでいた。自分の身を守っただけなんですよ。」

 ここに来たのはあくまで偶然であって退治したのは成り行きである。

 それに、自分一人で退治したわけではない。

 村人全員の力がなければ、今頃アリの腹の中にいただろう。

「これは私一人の決定ではありません村人全員の意思なんですよ。どうかお納めください。」

「シュウイチ様ここは何も言わず受け取ってください。村の皆さんの御礼を無下にするわけにはいきません。これをいただかないということは、皆さんの気持ちを拒絶することになります。」

 そういわれると受け取るしかないじゃないか。

 なにか、報酬をせびったような気がして一人納得がいかない。

 しかし、みんなの気持ちがこれにこもっているならば断わるのもおかしい。

「皆、言葉で言い表せないからこそ物で恩返しがしたいのですよ。」

「そういうことでしたらありがたく受け取らせていただきます。」

 いきなり大金持ちになってしまった。

 確かに資金は必要だ。

 この世界に来てまだ日が浅い。

 必要なものはたくさんある。

 着替えも日用品も全て村長の借りものだ。

 食事代だって払っていない。

 正確には受け取ってもらえない。

 恩人からお金を取ることはできないそうだ。

 宿無しに住みかと食事を与えてくれる。

 それだけでも報酬としては十分すぎると思うのは、いけないことなのだろうか。

 なにか、他の方法で自分の感謝の気持ちを表したい。

 部屋に戻った後、ソファーに横たわりながらそんなことを考えていた。

「シュウイチさん、先に休ませていただきますが明かりはつけておきますか。」

「あぁ、もうそんな時間ですか。どうぞ消してください、おやすみなさいエミリア。」

 部屋が暗くなる。

 暗くなって何も見えなくなると、余計にいろいろなことを考えてしまう。

 今の自分の状況、これからの事、しなければいけないことがたくさんある。

 タスク管理はどうも苦手だ。

 今できることを一つずつやり遂げるぐらいしか、今の自分には余裕がないのだと実感する。

 とりあえず今できることは、しっかり寝て明日に備えることだ。

 明日は確か休息日で行商が来ると言っていた気がする。

 異世界の生活水準を把握するいい機会だ。

 しっかり勉強させてもらうとしよう。


 そして次の日の朝を迎えた。

 あの後何事もなかったかのようにすんなり寝ていたらしく、目覚めはスッキリだった。

 井戸の水で顔を洗い、口をゆすぐ。

 歯ブラシはないが、柔らかい木の棒の皮をめくったもので歯の汚れをこそぎ落とす。

 こちらの世界に歯ブラシがあったのはうれしい。

 しかし、髭剃りがないのが困る。

 正確に言えば無くはない。

 こちらの世界では短剣が髭剃りであり、細工用の道具であり、獲物を解体するための刃物でもある。

 男は皆自分の短剣を腰にぶら下げている。

 鞘は自分で木を削り出し、模様を掘る。

 それは家紋のように代々継がれていたり、ただのきまぐれで掘っていただけだったり、恋人からもらったものだったりするらしい。

 子供たちもいずれ成長し大人になる過程で、自分の頬を切りながら髭剃りを覚えていくそうだ。

 しかしだ。

 電動シェーバーで育った現代人がそんなことできるはずもなく。

 オッサンから借りた短剣で恐る恐るひげをそっている。

「そんなにビビらなくても切れやしないって。手が滑っても少し血が出るだけじゃねぇか。アリには勇敢に向かっていくくせに案外ビビりなんだな兄ちゃん。」

「シェービングクリームもなしによく剃りますね、痛くないんですか。」

「痛いのが普通だろ、なんだよその何とかクリームっていう奴は。」

「それは、こういう物じゃないですかね。」

 横から軟膏のようなものがニュって生えてきた。

 いや、生えてきたのではなく差し出された。

 いきなりの登場にどうリアクションしたらいいのかわからないが、いつの間にかオッサンと俺の横に一人の子供が立っていた。

 あの鬼女と同じ種族だろうか、幼い顔立ちだが抜け目のなさそうな目をしている。

 鮮やかな緑色の髪の毛のせいでアニメキャラのように見えてしまう。

「これは何だってんだ。」

「薬草とアムリの実を混ぜた軟膏です。髭剃りをした後の腫れを静めてくれる効果があるんですよ。」

「面白いな、どれどんな感じだ。」

 オッサンは差し出された軟膏を人差し指で掬い、顎全体に塗っていく。

「これはすげぇ、さっきまでひりひりしていたのがスーッと引いていきやがる。これが兄ちゃんの言うなんとかクリームっていうやつか。」

「まぁ、似たようなものです。」

 薬草入りということだし薬用クリームのようなものだろう。

 アムリの実ってなんだ。

「はじめましてイナバ様。私は町で商いをしておりますネムリと申します、以後お見知りおきを。お気軽にネムリとお呼びください。商店連合の次期店主様とお近づきになれて誠に光栄でございます。」

「こいつは町と村を定期的に行き来して町のものを持ってきてくれるのさ。」

「そして、この村で仕入れたものを町で売りさばく。なるほど、行商人ですか。」

「さすがイナバ様。噂通りの推測眼、感服いたします。」

 なんというか、大げさなまでの遜り様に恐れ入る。

 というか、なぜ俺名前を知っている。

 自己紹介もしていないし、そもそも俺は町に行ったことがない。

「どうして名前を知っているのかとお思いですね。そこは商いの道は商いに通ずと言いますから、いろいろな所からお話は伺っておりますよ。キラーアントの大量発生と襲撃を見事に撃退された英雄であると。」

「そして商店の次期当主だと。なるほど、商いは情報が命ということですか。」

「左様でございます。よろしければこの軟膏は差し上げます、お近づきの印に。」

 つまり、この軟膏を元手に商売をさせてくれということか。

 俺は一向にかまわないが、あくまで雇われ店長だ。

 雇用主が何というかだな。

「おはようございますシュウイチ様、あら、こちらの方は。」

「商店連合のエミリア様ですね。噂はかねがね、メルクリア家フィフティーヌ様の部下でおられるとか。いやいや、素晴らしい方とご一緒にお仕事されておられるのですね、さぞ優秀なのだと感服いたします。」

「町で商いをされていネムリさんだそうだ。」

 初対面の人間にここまでの情報を準備できるのか。

 情報は商いの要。

 そうはいっても、こいつの情報網はどうなっているのだろうか。

「よろしければエミリア様もこちらをお納めください。火小竜サラマンダーの骨より削り出した小櫛でございます。エミリア様程の方であれば相性がよろしいかと思いますので、あぁ、お代は結構です、これからどうぞ御贔屓にお願いいたします。」

「こんな高価なものいただけません。」

「いえいえ、エミリア様にこそお使いいただければと思います。私がお持ちしましたのも何かのご縁、この髪の毛には少々荷が重いものですので。」

 確かにその剛毛じゃ櫛の方が折れてしまうだろう。

 背はメルクリア以上エミリア未満。身なりは小ぎれいだが手はごつごつしているな。

 髪の毛は硬質でボサボサ、いやそう見えているだけで手入れはしてありそうだな。脂ぎってないし。

「そういうことでしたら遠慮なく頂戴いたします。」

 受け取らざるをえない状況を作り出し、しっかり恩を売っておく。

 そしてその恩を何倍にもして回収しているのだろう。

 商いをしていてこの背格好、ホビルトか。

「今日は村長様はまだお見えではないのでしょうか。」

「村長ならさっき納屋の方に・・・、おー来た来た。」

 次のターゲットは村長か。

 あれ、オッサン何ももらってなくないか。

「村長様、今日もお元気そうで何よりでございます。この度は大変なことになりましたね、ご無事で何よりです。」

「これはこれはネムリ殿、商いご苦労様です。大変な目にはあいましたが無事に過ごしております。」

 村長にも売り込みは無し。

 初回限定のプレゼントという奴か。

「無事が一番でございますからね、今回はいかがいたしましょう。いつもの通り油に工具、頼まれておりましたお酒も入荷しております。この状況、お薬などは足りておりますでしょうか。」

「此度の件で薬が不足しておりまして助かります。他のものに関してはいつもの納屋に置いておいてください、先ほど場所を作っておきましたので。」

「かしこまりました、では後程。」

 ネムリはガラガラと荷台を押して納屋の方に向かっていった。

 襲撃の件を聞いて荷を変更し、それを売り込む。

 素晴らしい商魂だな。

 まさに商人あきんどというやつだ。

「イナバ殿、ネムリ殿とはもうお話になりましたか。」

「えぇ、しっかり商売されてしまいましたよ。同じ商いを営む者として見習うところがありますね。」

「そういえば兄ちゃんは雇われ店主だったな。今回の件ですっかり冒険者か何かだと勘違いしてたわ。」

 オッサン、俺あなたの前で愚痴こぼしたの忘れたのか。

 やったことは完全に冒険者の仕事だし誤解するのも無理ないな。

 村の人間の半分は俺のこと冒険者か何かだと思っているんだろう。

「シュウイチ様よろしいのでしょうか、こんな高価なものをいただいてしまって。」

「どれだけ高価はしりませんが、くれるというのであればもらっておいていいのではないでしょうか。」

 どうせ貰い物だ、賄賂ではないだろうし多少は目をつむっていいのではないだろうか。

 賄賂じゃないよなぁ。

「お待たせいたしました、お代の方ですがこの度はいかがさせていただきましょう。」

「冬の間に仕留めたグレーウルフの毛皮、それにホワイトウルフの毛皮もあります。肉は燻製にして保存がきくようになっております。」

「ホワイトウルフですかそれはよいモノを仕留められました。ですが、薬代もとなると少々足りませんね。」

「いかほど足りませんでしょうか。」

「銀貨30枚ほどです。」

 30万。少々ぼったくりではないのだろうか。

 あーでも、村人全員分の日用品や備蓄用油に薬もとなるとそれぐらいするのかもしれない。

 この世界の相場というものがわからないとこの先商売が難しいな。

 一度市場などを見て最低限の情報を集めてみたい。

「そんなにですか。では、この蜜玉を買い取っていただいて支払いに充てるというのはいかがでしょう。」

 そういって村長は蜜玉の入った壺を差し出す。

「蜜玉!それは非常に高価なものを見つけられたのですね、一つ金貨1枚ですから残りが銀貨70枚ですね。しかし今これほどの手持ちが生憎とございません。町まで行けばお渡しできますがいかがさせていただきましょうか。」

「わたくしは村を離れられませんし、ドリスには別の用事を頼んでいます。ふむ、別の者を使いに出そうにもだれがいいのやら。」

 これはあれだな、ゲームでいう新しい街へ行く選択肢という奴だな。

 間違えば徒歩、正解すれば馬車という所か。

 一度街を見てみたかったし買い物もしたい。

 それに、蜜玉を買い取りできるのであればこのまま置いておくよりも換金してしまうほうが都合がいいだろう。

「村長、町でしたら私とエミリアが行きましょうか。一度街を見てみたかったので都合がいいです。」

「そうですか、イナバ殿に行っていただけるのであれば私としても安心してお任せできます。お手数ではございますがお願いできますでしょうか。」

「町の商店連合にもあいさつしなければいけませんし、ちょうどいいですね。お給料もうけとれますし賛成です。」

 給料は手渡しなのか。

 それもそうだ、銀行口座なんてないんだから。

 でもあれだな、給料の度に町まで取りに行くのって非常に面倒だし危険なのではないだろうか。

 休息日は給料日だしそれを狙った盗賊も出るだろう。

 メルクリアのようにワープのような感じで移動できたらいいけれど、そう簡単にはいかないんだろうな。

「決まりですね、私は先に荷物の積み込みをして西門の前でお待ちしております。片道銅貨30枚でお送りしますよ。」

「金取るのかよ!」

「それはもちろん、時は銀貨よりも高しですよ。お二人で銅貨50枚にサービスしておきます。」

 なんとみあげた商魂だろうか。

 見事すぎて何も言えない。

 銀貨で支払いをして、準備をしに帰る。

「急にお願いしましたが、エミリアの予定は大丈夫ですか。」

「はい。村も休息日で今日からお休みですからお手伝いすることはありません。それに、こちらで住むためにも買い物しなければいけないものがたくさんありますのでありがたいです。」

「それはよかった。見てみたいものがたくさんあります、案内お願いいたしますね。」

「喜んで。何なりと仰ってください。」

 町まで行こうなんて、デートに行くみたいだな。

 少々浮かれて準備をして門に向かった先には、

 大量に積まれた毛皮と、お肉の山。

 デートに行くには、ちょっと乗り物がよくないような気がするな。

「さぁ、出発しますよ!」

 そんなことはお構いなしに、3人を乗せた馬車は一路町へと向かうのだった。

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