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第一章
決戦:強襲アリ退治
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静かな空気の中、時間だけが流れていた。
南門の先に広がる広場。
一番最初に接敵する場所かつ、一番激しい戦闘が行われるであろうその中心に立っている。
おそらく西であろう空が茜色に染まり、太陽は森の陰に隠れた。
時刻はおそらく5時頃。
おそらくおそらくって、この世界が自転する速度や方角なんてわからないから仕方がない。
オッサンによれば先週アリが強襲してきたのは太陽が完全に暮れた頃、ちょうど黄昏時。またの名を禍時。
先週と同じであれば後1時間もしないうちにアリがこの村めがけてやってくるだろう。
いよいよこの時がやってきたか。
恐怖で震えているのか、はたまた武者震いなのかはわからないが足が小刻みに震えている。
おそらくどっちもだろう。
アリに襲われ、殺されてしまうかもしれない恐怖。
それ以上に、作戦を練り準備をし決戦を待つ武者震い。
やれるだけのことはやった。
考えられるだけの知恵を絞り、準備をし、この場所に立っている。
後は運を天に任せるだけだ。
村の総人口42人。
戦力にならない子供老人負傷兵(捕縛者含む)を除き、実際戦闘に加わるのが30人。
俺とエミリアを加えて総勢32人の戦士が決戦の時を待っている。
南門のすぐ前、堀の前に並ぶは弓を構えた8人と、俺。
南門の両櫓に弓の上級者が4名。
東西の門に2名ずつ。
中央広場に指示を出すオッサンとサポートにエミリア。
南門ならびに東西の門にかけての塀沿いにそれぞれ5名ずつ槍を持って配置されている。
残り3名は村北部の森沿いに避難した非戦闘者の護衛にあたっている。
作戦はこうだ。
アリが広場に現れるのを確認すると中央弓隊が斉射を開始。
俺が最前に立ち敵の注意を引き付け罠の部分へ誘導。
弓隊は後ろより斉射を続ける。
できるだけ引き付けた後、櫓の上から火矢にて南門の側から罠に着火。
先発部隊を罠にかけた後各自東西の門へ撤退。
その後主力部隊を南門の塀内部より攻撃。
櫓隊は東西の門へ進行するアリを極力狙い撃ちできるだけ弱らせる。
後退時、南門内側の広場に置かれた小壺から蜜玉を出すことになっている。
この作戦の胆は蜜玉をあえて水から出し、匂いでアリを南門に集中させることにある。
アリに蜜玉を返す考えもあったが、返したとことで引き下がるとも思えず逆に利用することにした。
南門に集中したアリは奪い返そうと群がってくる。
しかし塀を超えられない場合は塀に沿うようにじわりじわり東西の門へと広がりながら塀を超えようとしてくるだろう。
登ろうとして無防備に腹を向けたところを槍で一刺しにしようという考えだ。
正直に言えばこれは机上の空論であり、実際始まってみればうまくいかない場合もある。
そうなったときは臨機応変に対応するしかない。
もしかしたら門を破られ、大量のアリが流れ込んでくるかもしれない。
もしかしたら、罠に誘導できずに東西の門から侵入されるかもしれない。
もしかしたら、南から来ず北部より侵入してくるかもしれない。
もしかしたら。
しかし、いつまでももしかしたらに囚われている場合ではない。
たらればを考えるより、今を考える。
最悪、この村を捨てて北部に避難しているみなと合流し、ダンジョンへ避難する作戦も考えてある。
弱いモンスターしか出ないダンジョン入り口付近であれば雨風をしのぐこともでき、比較的安全だとエミリアに教えられた。
商店連合の仕入れで食料を届けてもらうこともできる。
そうして機会をうかがって反撃に出てもいい。
しかしこの作戦はオッサンと村長以外には伝えていない。
誰でも逃げ道があると、まだ大丈夫な段階でもそちらを選んでしまう。
皆、死ぬのは怖い。
それが当たり前だ。
しかし、逃げ道がない背水の場合は別だ。
死ぬのが怖いという気持ちが、死にたくないから戦うに変わる。
それを期待してあえて言わないということに決めたのだ。
もちろん、危険だとオッサンが判断した場合は全員逃げるようにしてある。
死人は出したくない。
自分の作戦で誰かが死ぬとは考えたくない。
その責任を負えるほど、まだ心は強くない。
「シュウイチ様、そろそろ来ます。」
後ろから聞こえてきたエミリアの声で我に返る。
いよいよだ。
森の奥のほうから何かが向かってくる音がする。
カサカサと落ち葉を踏み、枝を折って近づいてくる。
思わず握っていた大盾代わりの板を強く握ってしまう。
そしてその音を肌で感じる距離になった時。
アリが姿を現した。
大きい。
正直想像していたアリよりも大きかった。
膝ぐらいと思っていたがそれ以上に見える。
まだ距離があるのに、アリの大きな咢が自分を狙っているのがわかる。
一匹、二匹、三匹・・・どんどん増える。
「弓、構えてください。合図と同時に斉射。その後は作戦通り罠付近までおびき寄せます。打てるだけ打ってください。」
返事の代わりに8人全員が矢を番える。
キリキリと弦がしなる音がする。
息をのむ。
森の奥からどんどんアリが湧いて出てくる。
自分たちを、村を、襲うために。
広場に集まったアリの数が10を超えたその時、奴らが一斉にこちらへ向かってきた。
村の存亡と、自分たちの命を懸けた戦いが今、始まった。
「放て!!」
号令と同時に体の横を矢が飛んでいく。
正面のアリに命中するも絶命することなく奴らは迫ってくる。
これで倒せるとは思っていなかったが、想像以上に固い。
恐怖で罠に火をつけたくなる。
まだだ、まだ早い。
その後も何度も矢が放たれるも倒れるアリはなく、最奥の罠を超えてアリは迫ってくる。
まだか、もういいんじゃないか。
迫ってくる度にアリの体は大きくなる。
聞いていた話と違うじゃないか、どう考えても50cm以上ある。
1mはありそうな大きさだ。
大きな咢が俺を狙ってくる。
弱弱しいこの体を、食い破らんと迫ってくる。
まだか。
まだなのか。
今にも櫓に指示を出したい。
ダメだ。
今火をつけても奴らの半分も罠にかけることはできない。
先発部隊のほぼすべてを焼かなければ、俺が今ここにいる意味はないんだ。
左右で矢を放つ8人からも恐怖の気配が濃くなっていく。
当たり前だ。
我々は軍人でも冒険者でもない、ただの民間人だ。
その民間人が弓を構えてモンスターと戦っているんだ。
怖くない、はずがない。
「もうだめだ、はやく、はやくしてくれ。」
一人が叫ぶ。
「まだよ、あと少し、あと少しだから。」
もう一人が、それをなだめる。
放たれる矢の数が少しずつ減ってゆく。
恐怖で、手が動かないのだ。
怖い。
死にたくない。
逃げたい。
なんでこんな目に合うんだ。
商店の店長になるためにここに来たじゃないのか。
なのになんで、モンスターと目の前で対峙しないといけないんだ。
恐怖に押しつぶされそうになったその瞬間、一匹のアリが最終ラインを超えるのが見えた。
「いまだ、火を放て!!」
大声で叫びながら手をあげ、櫓に指示を出す。
そして、手に持っていた大きな木の板を体の前に置き後ろに隠れた。
その瞬間。
櫓より放たれた火矢の一本が最前の罠に着火。
熱風と共にアリを業火に巻き込んだ。
アリが聞いたこともないような鳴き声を、いや、断末魔の悲鳴を上げて焼かれていく。
それを聞こえたすぐ後、熱風が木の板の横から頬を焼いてゆく。
この板がなければ、自分もアリと同じように焼かれていたことだろう。
まさに、紙一重で命が保たれた。
いや、板一重か。
あと3度爆発するような音と爆風それと断末魔を聞いた後、板を捨てて立ち上がった。
炎が踊っていた。
熱が風を呼ぶのか、ゆらゆらと揺れながらアリを焼いていた。
何とも言えないにおいが鼻をつく。
これは現実だ。
アリは焼かれ、自分は生きている。
生きているならば、まだやらなければいけないことがたくさんある。
まだだ、まだ終わっていない。
こいつらは先鋒であって、まだ本隊が後ろから来るはずだ。
それまでに後退しなければいけない。
「今のうちに退避を。所定の門まで走れ!」
自分を中心に左右四人ずつ分かれて配置していた。
それぞれ東西の門に分かれれば交錯して時間をロスすることはないはずだ。
自分はどちらか適当な方に向かえばいい。
完璧な作戦だ。
そのはずだった。
東の門に走ろうと振り返ったその瞬間、西に向かうはずだった四人のうち一人がその場に残っていた。
走れないのだ。
他のものが恐怖に耐えきれず走り出している中、
恐怖に支配され、足が動かないでいるのだ。
「くそ、なんでこんなことに。」
悪態をつく余裕はまだあった。
東に向きかけていた足を西に向け、動けなくなっている女の元へ駆け寄る。
「しっかりしろ、逃げるぞ。」
「え、あ、足が動かない。立てないの!」
女は俺に気付きしがみついてくる。
気づいた瞬間、腰が抜けたのだろう足ががくがくと震えている。
それはそうだ、目の前まで死が迫り大きな音とともに炎が上がり、
非日常な光景が目の前で起きているのだ。
さっきも言ったが俺たちは軍人でも冒険者でもない。
ただの一般人だ。
動けなくなって不思議ではない。
だが今はその時間ロスが本当の死を呼んでしまう。
「立てないならそのままつかまっていろ!」
膝の裏に手を入れ、横抱きにして女を持ち上げる。
後ろから炎の音と共にアリの足音が聞こえてくる。
振り返って確認する余裕はない。
ただ走るだけだ。
門に向かって、ただ逃げるしか今できることはない。
「シュウイチ様そのまま走ってください!」
エミリアの声が聞こえる。
まだ終われない。
こんなところで死んでたまるか。
走り出して数歩、目の前から火の玉が迫ってきた。
火の玉は俺の横を通り過ぎ、何かにぶつかる音がする。
その瞬間、自分の後ろからアリの悲鳴が聞こえてきた。
エミリアだ。
恐らく魔法で自分に迫ってきたアリを攻撃してくれたんだろう。
チラリとエミリアの姿を確認し、堀にそって走り、坂道を上る。
後ろから爆発音とアリの悲鳴が聞こえてくるがすこしずつ小さくなっていく。
坂の途中で先に走っていった他の者が待っていてくれた。
女を預け後ろを振り返る。
追ってきたはずのアリが南門の方に集まってゆく。
作戦通り蜜玉を壺から出したのだろう。
「今のうちに門の中へ、戦える者は他の者の援護にあたってくれ。これから本隊がやってくるぞ。」
膝が笑っている。
急に担いで走ったからではない。
恐怖だ。
死がすぐそこまで迫っていた。
エミリアの魔法がなかったら死んでいた。
後ろから噛みつかれていた。
今、生きているのはほんの少しの偶然か何かのおかげだ。
元いた世界では決して感じることのなかった、死がすぐ隣にいるという感覚。
しかし、今はこれが現実だ。
いつ死ぬかもわからない、恐怖に満ちた世界。
でも、それでも自分はまだ立っている。
恐怖に襲われてもなお、戦おうとして立っているじゃないか。
まだだ、まだやれる。
やらないといけないことがまだたくさんある。
「これが、俺の現実だ。」
今起きていることはゲームではない。
現実だ。
なら、この現実をクリアするために最良の選択をしなければならない。
ゲーム脳とはよく言ったものだ。
ゲームをクリアするように、この現実を生きていこう。
そうふっ切れた瞬間、足の震えは止まっていた。
そして、エミリアの待つ村の広場へと走り出した。
「オッサン、状況は。」
「もどったか兄ちゃん。予定通りこいつら全力でこれを奪い返しに来ているぞ。」
そう言って、目の前にある蜜玉を指さす。
現物を見るのは初めてだった。
こぶし大の琥珀色をした球がそこにあった。
巨大な黄金糖みたいだな。
「おかえりなさい、シュウイチ様お怪我はありませんか。」
「ありがとうエミリア、さっきは助かりました。」
「シュウイチ様のサポートが私の役目ですから、でも安心しました。」
笑顔で迎えてくれるエミリア。
戦いの最中だというのにこの笑顔を見ると嬉しくなってしまう。
なんだこれは、恋か恋なのか。
吊り橋効果というやつではないのだろうか。
危険の中では子を作りたいという欲望の表れだろうか。
この際どれでもいい。
癒されているのは確かだ。
「本隊は到着したようですね。」
「そうだな、ざっと見て20ぐらいは集まってきてる。それでも予定よりは少し足りない感じだ。」
俺たちは襲撃するアリの数をある程度予想していた。
エミリアからキラーアントが巣を作るときは大体100程がいるという情報を聞いて推測した。
これまで襲撃してきたのは約15匹。
巣を空っぽにすることはあり得ないだろうから三分の一を残して今回は50匹程が来るのではと考えていた。
先ほどの罠で約15匹ほどは仕留めたはずだ。
残り35匹。
しかし、今南門を襲ってきているのは20匹だからあと15匹ほど足りない計算になる。
「あくまで推測だからこれ以上こない可能性もあるがどうも嫌な予感がする。」
「とりあえずこのまま迎撃して様子を見ましょう。このまま撃退できるならそれに越したことはありません。」
何事もなく終わってほしい。
南門に張り付いてくるアリは槍に突かれて堀へと落ち、また登ってくる。
しかしダメージを受けているのは間違いなく、櫓の弓隊の攻撃もあり少しずつ数を減らしていた。
その時だった。
櫓隊から緊迫した声が聞こえてきた。
「南門正面よりアリ多数。その数20、いえ30近くいます!」
「おいおい、マジかよ。今までいたのも先発隊でこいつらが本隊だっていうのか。」
予定よりも明らかに多い。
悪い予感は当たるんだな、噂システムか何かだろうか。
しかしまずい。
これからこの本隊と今南門にとりついている奴らが合わさると、南門を破られる可能性がある。
折り重なって塀を登ってくる奴も出てくるだろう。
そうなればこの広場で乱戦になってしまう。
人が死ぬ。
目の前で、大事な人たちが死んでしまうかもしれない。
それは嫌だ。
なにか、何かないか。
これだけの数をしとめるだけの逆転の一手は何かないのか。
神の一手はどこにあるんだ。
「本隊、南門部隊に合流。塀が、押されています。」
ギシギシと嫌な音が聞こえてくる。
門を食い破ろうとしているのか、それとも押し込んで塀ごと押し潰そうとしているのか。
アリの威嚇するような咢の音と、きしむ音がどんどん大きくなっていく。
南門中央、そして東西の門にかけての塀もアリで埋めつくされていく。
村の中に動揺が広がる。
恐怖が、門の内側に入ってこようとしている。
士気が下がれば持ち場を離れるものも出てくるだろう。
軍隊ではないからそれが罪ではない。
しかし、この状況で手が緩まればもっとはやく中に押し込まれてしまう。
奴らを、ここに入れてはならない。
「シュウイチ様、どうしましょうこのままでは中に押し込まれてしまいます。」
「お前ら、まだだ!できるだけ数を減らすんだ。」
オッサンが最前線で槍をふるっている。
エミリアが、怯えた顔でこちらを見てくる。
ダメだ。
これはダメだ。
そんな、悲しい顔をしてはいけない。
エミリアは笑ってはにかんで、ニコニコしていなければいけない。
こんな悲しい顔をさせてはいけないんだ。
何かないか。
辺りを見回したときふと思い出した。
東西の門に油の入った甕を置いていたはずだ。
東西の門から始まる堀は南門に向けて下っている。
つまり、この油を堀に流し込めば油は南門の中央、つまりはアリの中心部まで流れていく。
それに、火をつければ・・・。
「今すぐ東西の塀に伝令、用意してある油を堀に流し込め!残った他の油も同様に堀へありったけ流せ!」
はたして間に合うのか。
今にも破られそうな塀と、ゆっくり流れる油。
油が中央まで流れていく前に火をつけては意味がない。
全ての油が、一番深い南門の堀に溜まってから火を放たねば奴らを焼き殺すことはできない。
時間がない。
南門広場に置いてある油を入れるだけでは足りない。
東西の4甕分が届かないとだめなんだ。
時間を稼ぎたい。
なんだ、かんがえろ、考えろ、
今手にある道具はなんだ。
武器か、違う。
油か、それは使った。
もうないか、忘れているものは何かないか。
バキっと、いう音が聞こえた。
櫓が傾いている。
「今すぐ降りろ!外に倒れる前にこっちに飛び降りろ!」
オッサンが櫓部隊に叫んだ。
あの高さから飛び降りたら無事では済まない。
でも、アリの方に落ちれば命はない。
もうだめだ、間に合わない。
あきらめかけた時だった。
中央広場、そのど真ん中にぽつんと置かれた壺が目に止まった。
そして、思いついた。
まだチャンスはあった。
最後のピースは、まだこちらの手の中にある。
「オッサン!蜜玉を壺の中に入れろ!今すぐに!!」
奴らは、なぜ南門に迫ってくる。
なぜ、塀を破ってまでこっちに向かって来る。
その理由はただ一つ。
蜜玉だ。
あれを取り戻しに来ているのだ。
奴らは、蜜玉の匂いを頼りに向かってきているのだ。
ならば、その匂いがなくなればどうなる。
それは非常に簡単な答えだ。
オッサンが走ってラグビーのトライの如く壺に飛びつき、水で満たされた中に蜜玉を投げ入れる。
その瞬間。
アリの動きが止まった。
一斉に、動かなくなった。
静寂があたりに満ちる。
ギシギシという塀のきしむ音だけが聞こえてくる。
そう、奴らは蜜玉という目印がなくなりパニックになったのだ。
正確には機能停止状態だ。
目印がなくなったために、何を目指して進めばいいかわからず混乱してしまい動かなくなってしまったのだ。
それでも、少しずつ我に返り、今度は本能のままこちらに襲い掛かってくるだろう。
攻撃的な性格ではないというが、これだけ仲間がやれているのだ。
我に返るのが先か、それとも。
「今すぐ着火しろ、なんでもいい、今すぐにだ!」
東西の門に控えた者達に聞こえるように大声で叫ぶ。
彼らが手に持った松明を油に近づける。
松明の火は油に燃え移り、炎となって坂道を下って行った油を追いかける。
東西から追いかけた炎が、南門中央の堀で出会ったその時
なみなみ溜まった油全てに燃え広がり、
爆発音と共にそこにいたすべてのモノに襲い掛かった。
暴力的なまでの熱量は、堀に溜まったすべての油を燃料にして群がっていたアリたちの体を一瞬で焼き尽くす。
断末魔の叫び声を上げさせることもなく、塵も残さぬようにすべてを等しく無に還すのだった。
夕焼けの太陽のオレンジ色よりもさらに鮮やかに、夜の空を照らしていく。
爆発の爆風と、爆発音のせいで何も聞こえない。
おそらく一時的に耳がマヒしているのだろう。
目も、炎の閃光に焼かれて白くなったままだ。
鼻も効かない。
わかるのは手の中にある暖かなぬくもりと柔らかい感触だけ。
爆発の瞬間、目の前にいたエミリアをかばうように抱きしめたのだろう。
そして爆風に吹き飛ばされた。
ぬくもりと共に、呼吸を感じる。
トクトクという鼓動も感じる。
よかった。
生きている。
本当に良かった。
こうして、アリとの熾烈なる戦いは大爆発と柔らかい感触と共に終焉を迎えたのだった。
南門の先に広がる広場。
一番最初に接敵する場所かつ、一番激しい戦闘が行われるであろうその中心に立っている。
おそらく西であろう空が茜色に染まり、太陽は森の陰に隠れた。
時刻はおそらく5時頃。
おそらくおそらくって、この世界が自転する速度や方角なんてわからないから仕方がない。
オッサンによれば先週アリが強襲してきたのは太陽が完全に暮れた頃、ちょうど黄昏時。またの名を禍時。
先週と同じであれば後1時間もしないうちにアリがこの村めがけてやってくるだろう。
いよいよこの時がやってきたか。
恐怖で震えているのか、はたまた武者震いなのかはわからないが足が小刻みに震えている。
おそらくどっちもだろう。
アリに襲われ、殺されてしまうかもしれない恐怖。
それ以上に、作戦を練り準備をし決戦を待つ武者震い。
やれるだけのことはやった。
考えられるだけの知恵を絞り、準備をし、この場所に立っている。
後は運を天に任せるだけだ。
村の総人口42人。
戦力にならない子供老人負傷兵(捕縛者含む)を除き、実際戦闘に加わるのが30人。
俺とエミリアを加えて総勢32人の戦士が決戦の時を待っている。
南門のすぐ前、堀の前に並ぶは弓を構えた8人と、俺。
南門の両櫓に弓の上級者が4名。
東西の門に2名ずつ。
中央広場に指示を出すオッサンとサポートにエミリア。
南門ならびに東西の門にかけての塀沿いにそれぞれ5名ずつ槍を持って配置されている。
残り3名は村北部の森沿いに避難した非戦闘者の護衛にあたっている。
作戦はこうだ。
アリが広場に現れるのを確認すると中央弓隊が斉射を開始。
俺が最前に立ち敵の注意を引き付け罠の部分へ誘導。
弓隊は後ろより斉射を続ける。
できるだけ引き付けた後、櫓の上から火矢にて南門の側から罠に着火。
先発部隊を罠にかけた後各自東西の門へ撤退。
その後主力部隊を南門の塀内部より攻撃。
櫓隊は東西の門へ進行するアリを極力狙い撃ちできるだけ弱らせる。
後退時、南門内側の広場に置かれた小壺から蜜玉を出すことになっている。
この作戦の胆は蜜玉をあえて水から出し、匂いでアリを南門に集中させることにある。
アリに蜜玉を返す考えもあったが、返したとことで引き下がるとも思えず逆に利用することにした。
南門に集中したアリは奪い返そうと群がってくる。
しかし塀を超えられない場合は塀に沿うようにじわりじわり東西の門へと広がりながら塀を超えようとしてくるだろう。
登ろうとして無防備に腹を向けたところを槍で一刺しにしようという考えだ。
正直に言えばこれは机上の空論であり、実際始まってみればうまくいかない場合もある。
そうなったときは臨機応変に対応するしかない。
もしかしたら門を破られ、大量のアリが流れ込んでくるかもしれない。
もしかしたら、罠に誘導できずに東西の門から侵入されるかもしれない。
もしかしたら、南から来ず北部より侵入してくるかもしれない。
もしかしたら。
しかし、いつまでももしかしたらに囚われている場合ではない。
たらればを考えるより、今を考える。
最悪、この村を捨てて北部に避難しているみなと合流し、ダンジョンへ避難する作戦も考えてある。
弱いモンスターしか出ないダンジョン入り口付近であれば雨風をしのぐこともでき、比較的安全だとエミリアに教えられた。
商店連合の仕入れで食料を届けてもらうこともできる。
そうして機会をうかがって反撃に出てもいい。
しかしこの作戦はオッサンと村長以外には伝えていない。
誰でも逃げ道があると、まだ大丈夫な段階でもそちらを選んでしまう。
皆、死ぬのは怖い。
それが当たり前だ。
しかし、逃げ道がない背水の場合は別だ。
死ぬのが怖いという気持ちが、死にたくないから戦うに変わる。
それを期待してあえて言わないということに決めたのだ。
もちろん、危険だとオッサンが判断した場合は全員逃げるようにしてある。
死人は出したくない。
自分の作戦で誰かが死ぬとは考えたくない。
その責任を負えるほど、まだ心は強くない。
「シュウイチ様、そろそろ来ます。」
後ろから聞こえてきたエミリアの声で我に返る。
いよいよだ。
森の奥のほうから何かが向かってくる音がする。
カサカサと落ち葉を踏み、枝を折って近づいてくる。
思わず握っていた大盾代わりの板を強く握ってしまう。
そしてその音を肌で感じる距離になった時。
アリが姿を現した。
大きい。
正直想像していたアリよりも大きかった。
膝ぐらいと思っていたがそれ以上に見える。
まだ距離があるのに、アリの大きな咢が自分を狙っているのがわかる。
一匹、二匹、三匹・・・どんどん増える。
「弓、構えてください。合図と同時に斉射。その後は作戦通り罠付近までおびき寄せます。打てるだけ打ってください。」
返事の代わりに8人全員が矢を番える。
キリキリと弦がしなる音がする。
息をのむ。
森の奥からどんどんアリが湧いて出てくる。
自分たちを、村を、襲うために。
広場に集まったアリの数が10を超えたその時、奴らが一斉にこちらへ向かってきた。
村の存亡と、自分たちの命を懸けた戦いが今、始まった。
「放て!!」
号令と同時に体の横を矢が飛んでいく。
正面のアリに命中するも絶命することなく奴らは迫ってくる。
これで倒せるとは思っていなかったが、想像以上に固い。
恐怖で罠に火をつけたくなる。
まだだ、まだ早い。
その後も何度も矢が放たれるも倒れるアリはなく、最奥の罠を超えてアリは迫ってくる。
まだか、もういいんじゃないか。
迫ってくる度にアリの体は大きくなる。
聞いていた話と違うじゃないか、どう考えても50cm以上ある。
1mはありそうな大きさだ。
大きな咢が俺を狙ってくる。
弱弱しいこの体を、食い破らんと迫ってくる。
まだか。
まだなのか。
今にも櫓に指示を出したい。
ダメだ。
今火をつけても奴らの半分も罠にかけることはできない。
先発部隊のほぼすべてを焼かなければ、俺が今ここにいる意味はないんだ。
左右で矢を放つ8人からも恐怖の気配が濃くなっていく。
当たり前だ。
我々は軍人でも冒険者でもない、ただの民間人だ。
その民間人が弓を構えてモンスターと戦っているんだ。
怖くない、はずがない。
「もうだめだ、はやく、はやくしてくれ。」
一人が叫ぶ。
「まだよ、あと少し、あと少しだから。」
もう一人が、それをなだめる。
放たれる矢の数が少しずつ減ってゆく。
恐怖で、手が動かないのだ。
怖い。
死にたくない。
逃げたい。
なんでこんな目に合うんだ。
商店の店長になるためにここに来たじゃないのか。
なのになんで、モンスターと目の前で対峙しないといけないんだ。
恐怖に押しつぶされそうになったその瞬間、一匹のアリが最終ラインを超えるのが見えた。
「いまだ、火を放て!!」
大声で叫びながら手をあげ、櫓に指示を出す。
そして、手に持っていた大きな木の板を体の前に置き後ろに隠れた。
その瞬間。
櫓より放たれた火矢の一本が最前の罠に着火。
熱風と共にアリを業火に巻き込んだ。
アリが聞いたこともないような鳴き声を、いや、断末魔の悲鳴を上げて焼かれていく。
それを聞こえたすぐ後、熱風が木の板の横から頬を焼いてゆく。
この板がなければ、自分もアリと同じように焼かれていたことだろう。
まさに、紙一重で命が保たれた。
いや、板一重か。
あと3度爆発するような音と爆風それと断末魔を聞いた後、板を捨てて立ち上がった。
炎が踊っていた。
熱が風を呼ぶのか、ゆらゆらと揺れながらアリを焼いていた。
何とも言えないにおいが鼻をつく。
これは現実だ。
アリは焼かれ、自分は生きている。
生きているならば、まだやらなければいけないことがたくさんある。
まだだ、まだ終わっていない。
こいつらは先鋒であって、まだ本隊が後ろから来るはずだ。
それまでに後退しなければいけない。
「今のうちに退避を。所定の門まで走れ!」
自分を中心に左右四人ずつ分かれて配置していた。
それぞれ東西の門に分かれれば交錯して時間をロスすることはないはずだ。
自分はどちらか適当な方に向かえばいい。
完璧な作戦だ。
そのはずだった。
東の門に走ろうと振り返ったその瞬間、西に向かうはずだった四人のうち一人がその場に残っていた。
走れないのだ。
他のものが恐怖に耐えきれず走り出している中、
恐怖に支配され、足が動かないでいるのだ。
「くそ、なんでこんなことに。」
悪態をつく余裕はまだあった。
東に向きかけていた足を西に向け、動けなくなっている女の元へ駆け寄る。
「しっかりしろ、逃げるぞ。」
「え、あ、足が動かない。立てないの!」
女は俺に気付きしがみついてくる。
気づいた瞬間、腰が抜けたのだろう足ががくがくと震えている。
それはそうだ、目の前まで死が迫り大きな音とともに炎が上がり、
非日常な光景が目の前で起きているのだ。
さっきも言ったが俺たちは軍人でも冒険者でもない。
ただの一般人だ。
動けなくなって不思議ではない。
だが今はその時間ロスが本当の死を呼んでしまう。
「立てないならそのままつかまっていろ!」
膝の裏に手を入れ、横抱きにして女を持ち上げる。
後ろから炎の音と共にアリの足音が聞こえてくる。
振り返って確認する余裕はない。
ただ走るだけだ。
門に向かって、ただ逃げるしか今できることはない。
「シュウイチ様そのまま走ってください!」
エミリアの声が聞こえる。
まだ終われない。
こんなところで死んでたまるか。
走り出して数歩、目の前から火の玉が迫ってきた。
火の玉は俺の横を通り過ぎ、何かにぶつかる音がする。
その瞬間、自分の後ろからアリの悲鳴が聞こえてきた。
エミリアだ。
恐らく魔法で自分に迫ってきたアリを攻撃してくれたんだろう。
チラリとエミリアの姿を確認し、堀にそって走り、坂道を上る。
後ろから爆発音とアリの悲鳴が聞こえてくるがすこしずつ小さくなっていく。
坂の途中で先に走っていった他の者が待っていてくれた。
女を預け後ろを振り返る。
追ってきたはずのアリが南門の方に集まってゆく。
作戦通り蜜玉を壺から出したのだろう。
「今のうちに門の中へ、戦える者は他の者の援護にあたってくれ。これから本隊がやってくるぞ。」
膝が笑っている。
急に担いで走ったからではない。
恐怖だ。
死がすぐそこまで迫っていた。
エミリアの魔法がなかったら死んでいた。
後ろから噛みつかれていた。
今、生きているのはほんの少しの偶然か何かのおかげだ。
元いた世界では決して感じることのなかった、死がすぐ隣にいるという感覚。
しかし、今はこれが現実だ。
いつ死ぬかもわからない、恐怖に満ちた世界。
でも、それでも自分はまだ立っている。
恐怖に襲われてもなお、戦おうとして立っているじゃないか。
まだだ、まだやれる。
やらないといけないことがまだたくさんある。
「これが、俺の現実だ。」
今起きていることはゲームではない。
現実だ。
なら、この現実をクリアするために最良の選択をしなければならない。
ゲーム脳とはよく言ったものだ。
ゲームをクリアするように、この現実を生きていこう。
そうふっ切れた瞬間、足の震えは止まっていた。
そして、エミリアの待つ村の広場へと走り出した。
「オッサン、状況は。」
「もどったか兄ちゃん。予定通りこいつら全力でこれを奪い返しに来ているぞ。」
そう言って、目の前にある蜜玉を指さす。
現物を見るのは初めてだった。
こぶし大の琥珀色をした球がそこにあった。
巨大な黄金糖みたいだな。
「おかえりなさい、シュウイチ様お怪我はありませんか。」
「ありがとうエミリア、さっきは助かりました。」
「シュウイチ様のサポートが私の役目ですから、でも安心しました。」
笑顔で迎えてくれるエミリア。
戦いの最中だというのにこの笑顔を見ると嬉しくなってしまう。
なんだこれは、恋か恋なのか。
吊り橋効果というやつではないのだろうか。
危険の中では子を作りたいという欲望の表れだろうか。
この際どれでもいい。
癒されているのは確かだ。
「本隊は到着したようですね。」
「そうだな、ざっと見て20ぐらいは集まってきてる。それでも予定よりは少し足りない感じだ。」
俺たちは襲撃するアリの数をある程度予想していた。
エミリアからキラーアントが巣を作るときは大体100程がいるという情報を聞いて推測した。
これまで襲撃してきたのは約15匹。
巣を空っぽにすることはあり得ないだろうから三分の一を残して今回は50匹程が来るのではと考えていた。
先ほどの罠で約15匹ほどは仕留めたはずだ。
残り35匹。
しかし、今南門を襲ってきているのは20匹だからあと15匹ほど足りない計算になる。
「あくまで推測だからこれ以上こない可能性もあるがどうも嫌な予感がする。」
「とりあえずこのまま迎撃して様子を見ましょう。このまま撃退できるならそれに越したことはありません。」
何事もなく終わってほしい。
南門に張り付いてくるアリは槍に突かれて堀へと落ち、また登ってくる。
しかしダメージを受けているのは間違いなく、櫓の弓隊の攻撃もあり少しずつ数を減らしていた。
その時だった。
櫓隊から緊迫した声が聞こえてきた。
「南門正面よりアリ多数。その数20、いえ30近くいます!」
「おいおい、マジかよ。今までいたのも先発隊でこいつらが本隊だっていうのか。」
予定よりも明らかに多い。
悪い予感は当たるんだな、噂システムか何かだろうか。
しかしまずい。
これからこの本隊と今南門にとりついている奴らが合わさると、南門を破られる可能性がある。
折り重なって塀を登ってくる奴も出てくるだろう。
そうなればこの広場で乱戦になってしまう。
人が死ぬ。
目の前で、大事な人たちが死んでしまうかもしれない。
それは嫌だ。
なにか、何かないか。
これだけの数をしとめるだけの逆転の一手は何かないのか。
神の一手はどこにあるんだ。
「本隊、南門部隊に合流。塀が、押されています。」
ギシギシと嫌な音が聞こえてくる。
門を食い破ろうとしているのか、それとも押し込んで塀ごと押し潰そうとしているのか。
アリの威嚇するような咢の音と、きしむ音がどんどん大きくなっていく。
南門中央、そして東西の門にかけての塀もアリで埋めつくされていく。
村の中に動揺が広がる。
恐怖が、門の内側に入ってこようとしている。
士気が下がれば持ち場を離れるものも出てくるだろう。
軍隊ではないからそれが罪ではない。
しかし、この状況で手が緩まればもっとはやく中に押し込まれてしまう。
奴らを、ここに入れてはならない。
「シュウイチ様、どうしましょうこのままでは中に押し込まれてしまいます。」
「お前ら、まだだ!できるだけ数を減らすんだ。」
オッサンが最前線で槍をふるっている。
エミリアが、怯えた顔でこちらを見てくる。
ダメだ。
これはダメだ。
そんな、悲しい顔をしてはいけない。
エミリアは笑ってはにかんで、ニコニコしていなければいけない。
こんな悲しい顔をさせてはいけないんだ。
何かないか。
辺りを見回したときふと思い出した。
東西の門に油の入った甕を置いていたはずだ。
東西の門から始まる堀は南門に向けて下っている。
つまり、この油を堀に流し込めば油は南門の中央、つまりはアリの中心部まで流れていく。
それに、火をつければ・・・。
「今すぐ東西の塀に伝令、用意してある油を堀に流し込め!残った他の油も同様に堀へありったけ流せ!」
はたして間に合うのか。
今にも破られそうな塀と、ゆっくり流れる油。
油が中央まで流れていく前に火をつけては意味がない。
全ての油が、一番深い南門の堀に溜まってから火を放たねば奴らを焼き殺すことはできない。
時間がない。
南門広場に置いてある油を入れるだけでは足りない。
東西の4甕分が届かないとだめなんだ。
時間を稼ぎたい。
なんだ、かんがえろ、考えろ、
今手にある道具はなんだ。
武器か、違う。
油か、それは使った。
もうないか、忘れているものは何かないか。
バキっと、いう音が聞こえた。
櫓が傾いている。
「今すぐ降りろ!外に倒れる前にこっちに飛び降りろ!」
オッサンが櫓部隊に叫んだ。
あの高さから飛び降りたら無事では済まない。
でも、アリの方に落ちれば命はない。
もうだめだ、間に合わない。
あきらめかけた時だった。
中央広場、そのど真ん中にぽつんと置かれた壺が目に止まった。
そして、思いついた。
まだチャンスはあった。
最後のピースは、まだこちらの手の中にある。
「オッサン!蜜玉を壺の中に入れろ!今すぐに!!」
奴らは、なぜ南門に迫ってくる。
なぜ、塀を破ってまでこっちに向かって来る。
その理由はただ一つ。
蜜玉だ。
あれを取り戻しに来ているのだ。
奴らは、蜜玉の匂いを頼りに向かってきているのだ。
ならば、その匂いがなくなればどうなる。
それは非常に簡単な答えだ。
オッサンが走ってラグビーのトライの如く壺に飛びつき、水で満たされた中に蜜玉を投げ入れる。
その瞬間。
アリの動きが止まった。
一斉に、動かなくなった。
静寂があたりに満ちる。
ギシギシという塀のきしむ音だけが聞こえてくる。
そう、奴らは蜜玉という目印がなくなりパニックになったのだ。
正確には機能停止状態だ。
目印がなくなったために、何を目指して進めばいいかわからず混乱してしまい動かなくなってしまったのだ。
それでも、少しずつ我に返り、今度は本能のままこちらに襲い掛かってくるだろう。
攻撃的な性格ではないというが、これだけ仲間がやれているのだ。
我に返るのが先か、それとも。
「今すぐ着火しろ、なんでもいい、今すぐにだ!」
東西の門に控えた者達に聞こえるように大声で叫ぶ。
彼らが手に持った松明を油に近づける。
松明の火は油に燃え移り、炎となって坂道を下って行った油を追いかける。
東西から追いかけた炎が、南門中央の堀で出会ったその時
なみなみ溜まった油全てに燃え広がり、
爆発音と共にそこにいたすべてのモノに襲い掛かった。
暴力的なまでの熱量は、堀に溜まったすべての油を燃料にして群がっていたアリたちの体を一瞬で焼き尽くす。
断末魔の叫び声を上げさせることもなく、塵も残さぬようにすべてを等しく無に還すのだった。
夕焼けの太陽のオレンジ色よりもさらに鮮やかに、夜の空を照らしていく。
爆発の爆風と、爆発音のせいで何も聞こえない。
おそらく一時的に耳がマヒしているのだろう。
目も、炎の閃光に焼かれて白くなったままだ。
鼻も効かない。
わかるのは手の中にある暖かなぬくもりと柔らかい感触だけ。
爆発の瞬間、目の前にいたエミリアをかばうように抱きしめたのだろう。
そして爆風に吹き飛ばされた。
ぬくもりと共に、呼吸を感じる。
トクトクという鼓動も感じる。
よかった。
生きている。
本当に良かった。
こうして、アリとの熾烈なる戦いは大爆発と柔らかい感触と共に終焉を迎えたのだった。
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