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第一章

何事も下準備が大切

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 とりあえず、堀の状態をチェック。

 最初の襲撃以前からある堀のようだな。

 東門から南門にかけて緩やかな傾斜で続いている。

 恐らくは雨水を処理するための用水路を兼ねているのだろう。

 東門と西門は坂道になっていなかったはずだから同じように傾斜がついて南門のほうに続いているはずだ。

 堀の深さは約1m、幅1~1.5mという所か。

 大きな用水路という感じだな。

 街道周辺は開けているが、南門のほうにかけてはだんだんと森が迫ってくる。

 ほんと、森の中にこの村をそのままはめ込んだ感じだな。

 南門の方はっと、堀がだいぶ深い。

 流れてきた水はここにたまるのか。

 汲み取れば水やりなどにも使えるからため池のようにも使えるようにしているのかもな。

 最近は雨が降っていないのか乾いてしまっている。

 深さ2m幅2m。

 現在封鎖中の南門とは橋を架けてつながっているのか。

 少し開けた広場があり、あとはまた森につながっている。

 あの森の奥からアリが来たってオッサンは言っていたけれど、櫓の上から見ていないとアリがいつ来たかなんてわからないな。

 夕暮れを過ぎて夜になったら接近しないと見分けがつかない。

 足音や鳴き声、大量に来るならば多少離れた距離からでも落ち葉を踏む音なんかが聞こえてくるだろう。

 夜戦の場合は松明などの明かりが必須だなぁ。

「照明弾、うてぇ!」

 なんて、殿下のように言って見えるのは〇ームではなく怒り狂ったアリの軍団。

 赤い目をしていたらどうしよう。

 マジでこわい。

 怒りを鎮めるために犠牲になるなんて御免だ。

 しかしあれだな、独り言言っても誰も反応してくれないっていうのはさみしいな。

 家に帰れば一人暮らし。

 職場でもあまりしゃべるタイプではない。

 商談や会議などでは普通に話してはいるけれど、ふざけたことはあまり言わない。

 そうか、ネットだとみんなすぐに反応してくれるからか。

 なるほど。

 胸元からスマホを取り出して電源を入れる。

 お、電池はまだ残っているな。

 電波はもちろん圏外。

 いやー、本当に異世界に来たんだな。

 電波のない場所なんて今までほぼなかったもんな。

 いずれ電池が尽きてこのスマホともおさらばか。

 充電器は持ってきていてもコンセントはなし。

 蓄電池でも開発しないと文明の力とはおさらばしないといけないときがいずれ来るか。

 蓄電池作っても、USB端子が合わないしどちらにしても無駄か。

 フォロワーさんに挨拶ぐらいすればよかった。

 今から異世界行って来るぜ!

 とか。

 返事が返ってこないって寂しいもんだ。

「おい、隣の城は塀で囲われたらしいぞ。へぇかっこいい。」

 こんな、つまらないギャグを言っても誰も反応してくれない。

 寂しい。

「シュウイチ様先ほどのはどういう意味だったのでしょうか。」

 うぉ、まさかエミリアがいた。

 しかも説明を求めている。

 ギャグはギャグで始まってそのまま終わるものであって種明かしをしてはならないのだ。

 マジックと同じだな。

「気にしないでください、独り言ですから。蜜玉は見つかりましたか。」

 話をそらして忘れてもらうことにしよう。

「魔力の反応を追っていますが、あまり大きなものではないようで苦戦しています。もう少し位が高ければ簡単にわかったと思うのですが申し訳ありません。」

「エミリアのせいではありませんから気にしないでください。大変ですがそちらの方よろしくおねがいします。」

「シュウイチ様のほうはいかがですか。」

 いかがも何も、オッサンとしゃべって一人ブラブラ見て回っているだけで収穫はなし。

 オッサンはオッサンでちゃんと指示とか出して活躍しているだろうし、エイリアは蜜玉捜索に頑張ってもらっている。

「何かないかとここまで歩いてきましたが、収穫はありませんね。一人さぼってしまってすみません。」

「サボっているだなんてとんでもない。シュウイチ様はたくさん知恵を出して頑張ってくださっているじゃありませんか。先ほどだって、私はほとんど何もできませんでしたのに、ニッカさんと話をしっかりとまとめられて尊敬してしまいました。」

 サボっているのをなじられるどころか褒められてしまった。

 どれだけ素直なんだエミリアは。

「多少の知識と口達者なぐらいしか活躍できるところはありませんからね。でもありがとうございます、エミリアに褒めてもらって頑張る気力が出てきましたよ。」

「喜んでもらえて光栄です。ニッカさんがしばらくすると日暮れになるので長時間の探索は打ち切って明日にしましょうとお話が出ていますがどうされますか。」

 そうか、日が暮れれば見えるものも見えなくなるしな。

 ギリギリまで何か案が浮かばないか探しておきたい。

 せめて妙案が出るきっかけがあればいいのだけれど。

「もう少し何かないか探してから戻ります。エミリアも無理をせず探してください。」

「わかりました、モンスターは出ないと思いますが気を付けてくださいね。」

「ありがとうございます、それでは失礼します。」

 くるりと振り返るときに揺れる頂。

 うむ、乳は偉大なり。

 もうひと頑張りする元気が出てきた。

 改めて森の方を見てみる。

 広場は大体30m程。

 森の方から出てきて南門にまっすぐ進んでくるのであれば、簡単なバリケードを設置してまっすぐ来るのを邪魔して時間を稼ぐ。

 その隙に先方部隊へ弓の斉射を仕掛け撃退もしくは弱らせる。

 どのぐらい防御力があるのかわからない。

 多少効果があるようなことは言っていたが、あくまで弱らせる程度で十分だ。

 欲を言えば弓に火でもつけてバリケードに近づいてきたところを発火。

 爆発物でもあれば引火させてダメージを与えたいところだ。

 ゲームの世界だと地雷、もしくは火炎瓶。

 そんな便利なものなどあろうはずがなく、できることとすれば油でもかけて燃えやすくする具合か。

 人が相手だと落とし罠でも掘って下に竹槍でもさしとけば落ちてくれるかもしれないが、相手はアリだし。

 あまり効果なっそうなんだよな。

 そもそも落ちなさそう。

 アスト〇ノーカだと、とりもちとか扇風機とかあったな。

 とりもちかぁ。

 沼みたいに動きを遅らせるものも短時間では作れそうにない。

 やはり直接ダメージを与えられる何かがほしいよな。

 こっちは戦力不足。

 罠で相手の戦力を減らすのが常套手段か。

 自分の匂いには敏感だっていってたよな。

 逆を言えばそれ以外の匂いには鈍感。

 鼻があるとは思えないし、現実のアリは触覚でにおいを判別するらしい。

 そうか、匂いで気づかれることはないのか。

 ということは、油かガソリンをまいておけばいいんだ。

 近づいてきたところを着火。

 そうすれば火で怯むか、焼き殺すこともできる。

 深くなくてもいい。

 横長に溝のようなものを掘って、そこに油か何かを流しておく。

 森の方から南門にかけてジグザグに配置し、ある程度進行してきたところで後ろから順次着火。

 後続部隊は足止め、前方部隊は後ろからの日に追い立てられるかそのまま火に巻き込まれる。

 こうすれば時間稼ぎも、直接的なダメージも与えることが可能だ。

 普通は臭いで分かるが、鈍感なアリであれば気づかずそのまま進んでくる可能性が高い。

 ここで三分の一でも戦力を減らすことができれば生き残る可能性も高くなる。

 よし、とりあえず一度戻って話をしてみよう。

 溝ぐらいだったら自分でやってもいいし、一人二人人数を割いてもらうだけでいい。

 あとは油か。

 灯油とかガソリン的なものがいいけれど、気化してしまうと意味がないし重油のようなそこに残って何よりも燃えやすいもの。

 普通に考えて、こんな村にあるはずがないよなぁ。

 とりあえず聞くだけ聞いてみるか。

 料理も戦闘も下準備が大切だ。

 レベル上げ、装備の拡充、消耗品の補充。

 ダンジョンや大きなイベントの前にはやらなければいけないことがたくさんある。

 たくさんあるが、その準備さえ怠ることがなければたいていの場面で何とかなる。

 この罠のほかにあと一つ二つ、なにか準備できればいい。

 リトライのきかない現実だからこそ、できることはやっておきたい。

 それができればあとは、運を天に任せ、成り行きと状況でやっていくしかないな。

「さて、日が暮れる前に目印でもつけて帰りますか。」

 寂しい独り言ではない。

 自らを前に向けるための独り言だ。

 森寄りの部分から5m間隔ぐらいで4本溝の位置を決める。

 中央部分が正面から見て交差するようにすればまっすぐ突っ込んでくることもできなくなる。

 広場を迂回され、東西の堀の部分から上ってこられても塀の内側から槍などで攻撃することが可能だ。

 あとは、油があることを祈る。

「よう、兄ちゃん首尾はどうだ。」

 村に戻る途中、オッサンに声をかけられた。

 オッサンどんどんフレンドリーになってくるな。

 まぁ、サバサバしているほうが気を使わなくていいからマシか。

「南門先の広場に罠を張ることにしました。明日溝を掘りたいので人手を一人二人貸していただけますか。」

「溝なんかほってどうするんだ。奴ら浅い溝ぐらいだったら簡単に乗り越えてくるぞ。」

「溝に油を流し込んでおいて、頃合いを見て着火します。弓の得意な方が3~4人ほどいるとありがたいのですが。」

「なるほど溝に油を注いで矢で着火するのか、考えたな兄ちゃん。動かない的だったら女共でもなんとかできる。志願する奴がいないか聞いておくぞ。」

 こういう時体育会系のしきりがうまい人がいると頼りになる。

 オッサンはこの村の指示役なのだろう。村長の指示をオッサンが振り分けて村を回す。

 気弱な人が指示するよりも、勢いのある人間にガツンと指示される方がうまくいくことが多い。

 会社にも、がさつだがハキハキものを言って指示出していた先輩がいたな。

 ブラックすぎる会社が嫌になって辞表叩きつけてやめたんだったか。

 あの時先輩についていけば、何か変わったのかもしれない。

 あ、でもついて行っていたらここには呼ばれてないのか。

 うーむ、難しいな。

「先ほどの人手の件を含めよろしくお願いします。今日はこの辺りにして引き上げてくれと村長から言われていますので先に戻りますね。」

「俺も後で報告に行くとニッカさんに伝えておいてくれ。さっきの件任されたぜ。」

 そういうとおっさんは広場の方へ去って行った。

「お待たせしました、蜜玉の件いかがでしたか。」

 村長の家に入ると、エミリアと村長はテーブルの近くでくつろいでいた。

 捜索に魔力を使いすぎたのかどうかはわからないが、エミリアの顔色が少し悪い。

「村の西側に反応があることは突き止めたのですが魔力が減りすぎてしまって断念しました、申し訳ありません。」

「いやいや、エミリアさんは非常によく頑張られましたよ。魔力探知は非常に繊細な魔力コントロールが必要です。あんなに長時間探されたのですから無理もありません。」

「お疲れ様エミリア。明日もあるのだから無理せずゆっくり休んでくれ。」

 やはり魔力の使い過ぎか。

 労いの言葉しかかけることはできないが、ここで無理をして倒れてもらうわけにもいかない。

「奥の客間を寝室としてお使いください。食事は後でお呼びしますので、今はお二人ともお休みになってください。」

「エミリア、ニッカさんと少し話があるから先に部屋で休むといい。食事の時間になったら呼びに行くから。」

「ありがとうございます。そうさせていただきます。」

 少しふらつく足取りで、エミリアは奥の部屋に消えていった。

「ドリスさんがあとでここに来ると伝えてくれと言っていましたよ。」

「そうですか。彼も一緒に食事をとりながら報告を聞くとしましょう。」

「ニッカさん、この村によく燃える油のようなものはないですか。」

「油、ですか。明り用の油でしたら倉庫に備蓄がございますがそこの大甕一つ分ぐらいしかございませんな。」

 ですよねー、そんな大量に油なんておいてるわけがないですよねー。

 大甕一つ分か。

 あの大きさじゃ溝に流し込む分としてはちょっと足りないな。

 せめて大甕3つ分はほしい。

 他にも使うことを考えると10個ほどあってもいい。

 矢に使う分、明り取り用の松明も多いに越したことはない。

 その量をどうやって手に入れるか、そこが問題だ。

「町に行けば油は置いているでしょうか。」

「町まで行けばたくさんあるでしょうが、馬車もありませんし明日買い出しに行くとなると夕刻までに間に合うかどうか。」

 買いに行く線も微妙か。

 くそ、せっかく妙案が浮かんだのに肝心の油がなければ意味がない。

 カツを揚げようと準備はしたものの油がなければ何の意味もない。

 焼くわけにはいかずそのまま食べるわけにもいかず。

 中途半端なまま無駄に終わってしまう。

 なにか、何かいい方法があればいいのだが。

「そんなに思いつめず今はお休みになるといいでしょう。しばらくすればドリスもまいります。そのときにまた皆で話し合えばよいではないですか。」

 それもそうだ、とりあえず今は休むとしよう。

 戦士に休養は大切だ。

 休む時に休んでおかなければいざというときに本来の力を発揮することはできない。

 でもまてよ、休むって言ってもあの部屋は今エミリアが使っている。

 まさかとはおもうが、同じ部屋で一緒に休めというのだろうか。

「ニッカさん、私もあの部屋で休めばいいのでしょうか。」

「申し訳ありませんが空いている部屋が生憎あそこしかございません。狭い部屋ではございますがお許し下さい。」

 いや、狭いとかそういうことに文句を言っているのではなくて、一緒の部屋に問題があるわけで。

 エミリアと一緒の部屋で嫌なわけはなくむしろウェルカムなんですけど。

 世間様の目と言いますか、主にエミリアの目と言いますか。

 なにより、メルクリアの耳に入った時に何を言われるかわからない。

 オオカミになろうとは思わないけれど、いや、なれるのであればなりたいけれど。

 どうすればいいんだ。

 いいのか、このまま部屋に入って大丈夫なのか。

 開けた瞬間着替えてましたとかいう、ラッキースケベとかおきたらどうするんだ。

 最高じゃないか。

 是非、あのスーツの下がどうなっているのか見たい。

 あわよくば下着の色なんかわかったらもう最高、って違う。

 落ち着け俺、落ち着け息子。

 秘密の花園が阿鼻叫喚の地獄絵図になることだってあるんだぞ。

 異世界初日に地獄へ真っ逆さまとかになったらどうするんだ。

 でもみたい。

 もう、もうこの欲望は止められん。

 開けよう。

 いざゆかん、秘密の花園を探す旅に!

「エミリア、入りますよ。」

 地獄を見ないようにちゃんとノックをして、扉を開ける。

 そして、開けたその先に見えるのは。

 早くもベットの中に入りこんで、目を閉じるエミリアの姿であった。

 いや、それでいいんだけどさ。

 何もなくてよかったんだけどさ。

 いくらお疲れといえども、寝るの早すぎじゃないでしょうかエミリアさん。
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