上 下
4 / 198
第一章

交渉は商売の基本

しおりを挟む
ここまでの答えは想像していなかった。

 なるほど、たしかにそうだ。

 これほどのリターンがあるのだからそれぐらいのことは当然なのかもしれない。

 それでも、それでもだ。

 まさか死ぬとは思っていなかった。

 これは非常にリスキーじゃないだろうか。

 甘い蜜に誘われて入った先は食虫植物の腹の中。そんな状態で本当に人は集まるのか?

 命は助かっても異世界で奴隷として一生を過ごすとかブラック企業で過ごすのよりもむしろひどい状態じゃないか。

 それならこのまま企業の部品として生きていく方がいいような気もするが…。

「これまでに失敗した人数をお聞きすることは出来ますか?成功例などでも結構ですが。」

 クリア率は非常に重要だ。

 誰も攻略したことが無いのであれば、最初の一人になる確立よりもその他大勢に埋もれる可能性が高い。

 逆を言えば、そこそこのクリア回数があるのであれば条件次第で十分に達成できる環境が整っているということだ。

 最大限のサポートという部分も含めて、あちらの援助は非常に重要になるだろう。

 とくに畑違いの分野に関しては素人同然であり、漫画やゲームで聞きかじった知識ぐらいしか自分を補助するスキルが無い。

 ミッション達成率が低ければ低いほど燃えるのはもう昔の話だ。

 如何にローリスクで最善の結果を導き出して最大効率をたたき出すか。

 効率厨としてたたかれることも多いが、世の中きれいごとでは済まされないことが多い。

 汚くても最終的に丸く収まるのであればそれに越したことは無い。

 効率こそ、最大値を安定して導き出すことの出来る道しるべに他ならないのだ。

「失敗した人数は申し訳ありませんがお答えできません。イナバ様のように外の世界からこられた方の成功者であれば現在3名の方が無事目標階数を達成され、いずれの皆様も元の世界にお戻りいただいております。」

 クリアはけして不可能ではない。しかし、分母がわからないのであればこの3人が多いのか少ないのかを知ることは出来ないか。

 それにしても、命をかけたミッションをクリアして何も無く元の世界に戻るのか。

 これほど魅力あふれた世界を置いて帰るなんて気が知れない。

 剣と魔法の世界を現実として体験できる機会などこうでもしないと味わうことが出来ないというのに。

 それこそハーレムだって思いのままだ。

 勇者でなくても、それこそ商人であれば金に物を言わせて悪代官のように振舞うことも出来る。

 よいではないか、よいではないか、

 あ~れ~

 なんてことも可能だ。

 ムフフ。

「イナバ様、大丈夫ですか?」

 おっと、顔に出ていた。

 さて、ここからどうもっていけばいいだろう。

 このまま甘んじて失敗即死亡を受け入れるのか。

 はたまた、条件を緩和してもらってそちらで進めるのか。

 おそらく全面撤回はありえないだろうから、部分部分を緩和してもらったり変更してもらったりでなんとか失敗即死亡の条件を撤回しなければならない。

「その方々とは別に、私は人を街を造っていかなければならない。正直に言えば非常に条件が悪い。他の方の条件と違うのであればハードルも下げてもらうことはできないでしょうか。」

 いささか条件が悪すぎる。

 死亡回避が確約されないのであればこの魅力的な条件も断らざるを得ない。

 回避できるのであれば段階を踏んでクリアしていけばいい。

 もちろん段階を踏みつつ失敗をするならば仕方ない。

 しかし、いきなり99階層を作りつつ街も造れは無理な話だ。

「そうですね、では具体的にはどのようにお考えですか?」

 よし、かかった。

 ここで条件をしっかり見極めなければ自分の首を絞めるだけだ。

 がんばれ自分

 保身と栄光のために。

 ここで重要なのは最低限のハードルを設けつつ、相手の要望も、自分の保身も叶えていかなければならない。

 一歩間違えば首を絞めてあとはバットエンドへ直行だ。

「例えば、まずは20階層。それに街の前段階のような村としての機能を作ることをハードルとしていただきたい。もちろんそれで帰るとは言いませんが、ハードルをクリアすることで命の保証をしてくださればいい。失敗した際のペナルティを命ではなく違約金や追加条件などにしていただくという方法もあります。
 もちろん、最終目的地は街を作り上げるということに変わりはありません。」

 ペナルティが命ではなく別のものになるのであれば挽回のしようがある。もちろん複数回の失敗が命になるのであれば仕方ない。

 そうでもなければ終わることなくだらだらと先延ばしにして終わらないなんてこともありえる。

 期限を設けて階段を上るようにクリアしていくのがやっているほうとしても都合がいい。

 先の見えないゴールほど不安なものは無い。

 眼に見えるノルマを設けていき、それをクリアしていくほうが達成感も達成率もぜんぜん違う。

「正直に申しまして、破産した際の条件を変えることは難しいと思います。」

 それはそうだ。

 いきなり変えてくれといっても通るわけは無いと思っていた。

 野球で言う9回裏最終バッター。

 このままいけば敗戦。

 ヒットでは勝敗に絡めずジリ貧の可能性もある。

 ホームランがほしいと思っていたところでのまさかの状態。

 やはり手札が少なすぎたか。

「しかしながら、イナバ様が仰ることもわかります。他の方と条件が違うのであれば、同じような条件であることは確かに不公平であると私も思います。そこで、一度この条件に対してイナバ様のご提案を上に上げてみようと思います。私一人の権利ではそこを確約することは出来ませんのでお時間をいただくことは可能でしょうか。」

 きた!これをまっていた!

 まさかの9回ツーアウトフルカウントからの同点ホームラン。

 これでとりあえずは延長戦に望みをつないだ感じか。

 しかしながら、ここでオッケーが出るとは思っていなかった。

 だが、これで確定が出たわけではない。それこそうちのクソ上司だったら何も見ずに却下の判子を押して、しまいにするような話だ。いくら下が盛り上げても上に立つ人間一人ですべてを無かったことにしてしまう。

 お前は賽の河原にいる鬼か!

 いや、こんな言い方をすると徳を積んでいる子供とその鬼に失礼か。

 ここはもう、エルフ娘の上司がせめてまともな思考をもって判断してくれることを祈るほか無い。

 どうしても無理ならばこの夢のような展開も捨てて、元の社畜人生に戻ればいいだけだ。

 クソ上司の下で一生を終える。

 それならばいっそ、ここでエルフ娘に介錯してもらうほうがいいかもしれない。

 死ぬ前に一度、あの耳を触りたかったなぁ…。

 とか何とかいいながら。

「イナバ様。この件に関しましては直接上の者にお話して頂いたほうがいいかもしれません。お呼びしてもよろしいでしょうか。」

 お、まさかの上司と直接交渉させてくれるのか。

 鬼が出るか蛇が出るか。

 筋肉ムキムキの魔人とかだったらいやだなぁ。

 マッチョは嫌いだ。

 威圧感もさることながら、あの人種はフレンドリーすぎる。

 ネクラオタクの代表としては少々荷が重たい。

 もうちょっとほっといてくれてもいいのに。

 そうだなぁ、スーツをビシッと着こなしたハイエルフとか、鬼人とかが上司っぽくていい気がする。

 和服鬼人。

 スーツのバリキャリ風ハイエルフ。

 いい。

 すごくいい。

 最高だ。

 エロくてスタイルが良くて、仕事終わりにそのままとか、妄想が膨らんで止まらない。

「もちろん大丈夫です、いつでもどうぞ。」

 いつでもウェルカム!

「畏まりました。」

 そういうとエルフ娘は後ろに振り返り

「メルクリア様、お聞きいただいている通りです。お越しいただけますでしょうか。」

 そう呼び掛けた次の瞬間。

 何もない空間から現れたのは、

 なんていうか、予想の真逆というか

 理想の上司とはかけ離れた、とても小さく、そして幼い少女だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

最低ランクの冒険者〜胃痛案件は何度目ですぞ!?〜

恋音
ファンタジー
『目的はただ1つ、1年間でその喋り方をどうにかすること』  辺境伯令嬢である主人公はそんな手紙を持たされ実家を追放された為、冒険者にならざるを得なかった。 「人生ってクソぞーーーーーー!!!」 「嬢ちゃんうるせぇよッ!」  隣の部屋の男が相棒になるとも知らず、現状を嘆いた。  リィンという偽名を名乗った少女はへっぽこ言語を駆使し、相棒のおっさんもといライアーと共に次々襲いかかる災厄に立ち向かう。  盗賊、スタンピード、敵国のスパイ。挙句の果てに心当たりが全くないのに王族誘拐疑惑!? 世界よ、私が一体何をした!?  最低ランクと舐めてかかる敵が居れば痛い目を見る。立ちはだかる敵を薙ぎ倒し、味方から「敵に同情する」と言われながらも、でこぼこ最凶コンビは我が道を進む。 「誰かあのFランク共の脅威度を上げろッッ!」  あいつら最低ランク詐欺だ。  とは、ライバルパーティーのリーダーのお言葉だ。  ────これは嘘つき達の物語 *毎日更新中*小説家になろうと重複投稿

アルファポリス収益報告書 初心者の1ヶ月の収入 お小遣い稼ぎ(投稿インセンティブ)スコアの換金&アクセス数を増やす方法 表紙作成について

黒川蓮
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスさんで素人が投稿を始めて約2ヶ月。書いたらいくら稼げたか?24hポイントと獲得したスコアの換金方法について。アルファポリスを利用しようか迷っている方の参考になればと思い書いてみました。その後1ヶ月経過、実践してみてアクセスが増えたこと、やると増えそうなことの予想も書いています。ついでに、小説家になるためという話や表紙作成方法も書いてみましたm(__)m

不遇天職と不遇スキルは組み合わせると最強です! ~モノマネ士×定着で何にでもなれちゃいました~

渡琉兎
ファンタジー
ガゼルヴィード騎士爵家の五男として生を受けたアリウスは、家族から冷遇されていた。 父親が騎士職の天職、母親が占い職の天職を授かっており、他の兄妹たちも騎士職や占い職を授かっている中で、アリウスだけが【モノマネ士】という不遇職の天職を授かってしまう。 さらに、天職と合わせて授かるスキルも【定着】というモノマネ士では扱いにくいスキルだったことも冷遇に拍車をかけていた。 しかし、冷遇されているはずのアリウスはそんなことなど気にすることなく、むしろ冷遇を逆手にとって自由に生活を送っていた。 そのおかげもあり、アリウスは【モノマネ士】×【定着】の予想外な使い方を発見してしまう! 家を飛び出したアリウスは、【天職】×【スキル】、さらに努力から手に入れた力を駆使して大活躍するのだった!!

13番目の苔王子に嫁いだらめっちゃ幸せになりました

花月
恋愛
わたしはアリシア=ヘイストン18歳。侯爵家の令嬢だ。跡継ぎ競争に敗れ、ヘイストン家を出なければならなくなった。その為に父親がお膳立てしたのはこの国の皇子との婚姻だが、何と13番目で名前も顔を分からない。そんな皇子に輿入れしたがいいけれど、出迎えにくる皇子の姿はなし。そして新婚宅となるのは苔に覆われた【苔城】で従業員はほんの数人。 はたしてわたしは幸せな結婚生活を送ることが出来るのだろうか――!?  *【sideA】のみでしたら健全ラブストーリーです。  綺麗なまま終わりたい方はここまでをお勧めします。 (注意です!) *【sideA】は健全ラブストーリーですが【side B】は異なります。 因みに【side B】は【side A】の話の違った面から…弟シャルルの視点で始まります。 ドロドロは嫌、近親相姦的な物は嫌、また絶対ほのぼの恋愛が良いと思う方は特にどうぞお気を付けください。 ブラウザバックか、そっとじでお願いしますm(__)m

アルファポリスでホクホク計画~実録・投稿インセンティブで稼ぐ☆ 初書籍発売中 ☆第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞(22年12月16205)

天田れおぽん
エッセイ・ノンフィクション
 ~ これは、投稿インセンティブを稼ぎながら10万文字かける人を目指す戦いの記録である ~ アルファポリスでお小遣いを稼ぐと決めた私がやったこと、感じたことを綴ったエッセイ 文章を書いているんだから、自分の文章で稼いだお金で本が買いたい。 投稿インセンティブを稼ぎたい。 ついでに長編書ける人になりたい。 10万文字が目安なのは分かるけど、なかなか10万文字が書けない。 そんな私がアルファポリスでやったこと、感じたことを綴ったエッセイです。 。o○。o○゚・*:.。. .。.:*・゜○o。○o。゚・*:.。. .。.:*・゜。o○。o○゚・*:.。. 初書籍「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」が、レジーナブックスさまより発売中です。 月戸先生による可愛く美しいイラストと共にお楽しみいただけます。 清楚系イケオジ辺境伯アレクサンドロ(笑)と、頑張り屋さんの悪役令嬢(?)クラウディアの物語。 よろしくお願いいたします。m(_ _)m  。o○。o○゚・*:.。. .。.:*・゜○o。○o。゚・*:.。. .。.:*・゜。o○。o○゚・*:.。.

もっと甘やかして! ~人間だけど猫に変身できるのは秘密です~

いずみず
ファンタジー
気が付いたら赤ちゃんになっていた。えっ、魔法や魔道具があるの? もしかしてここって異世界?! う~ん、ちゃんと生きて行けるのか心配だ。よし、親や周りの大人達にカワイイ演技やら大好きアピールをしまくろう。可愛がって育ててくれるはず。みんなに甘やかされるためなら何でもするぞー! じゃあ今日はね、あらすじを読んでくれたあなたに特別サービス。今まで頑張ってきた成果を見せちゃおうかな。僕が頼めば何でもしてくれるんだよ。 「まんま、えぐぅ(ママ、抱っこして)」 「え、またおっぱいなの? ママ疲れちゃったから嫌よ。もう今日だけで何度目かしらね。早く卒業して欲しいわ」 「うええええええええええん!」 前世の記憶を持ったまま赤ん坊に生まれ変わった男の子。彼にはとんでもない秘密があった。 これはのんびりスローライフを目標としつつ、裏では猫の姿で冒険するけど皆には内緒にしているお話。猫の姿のときはいっぱい魔法を使え、空間を壊したりブレスも吐くけど普通だよね? たまたま見つけて読んでくれた皆様ありがとうございます。甘えん坊な主人公の気持ちになって読むと面白いと思います。赤ちゃんから成長して学園通ったりラブコメしたりと騒がしくなる予定です。 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、ノベルアップ+で同時掲載してます。更新は不定期です。面白い、続き読みたいと思えるような作品を目指して頑張ります。

サンドリヨン旅愁

ps1
ファンタジー
孤独な旅人サンドリヨン 課せられた使命も果たせず、宇宙空間をひとりさ迷っている。 いつか、あの惑星にたどり着き、愛する人とともに…

処理中です...