転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア

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1300.転売屋は月を見上げる

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夏真っ盛り。

日中はなかなかの高温になるものの、こっちの世界は湿度が低いおかげかうだるような暑さにはならない。

そして夜は一気に気温が下がり涼しい風が王都を吹き抜けるお陰で熱帯夜で苦しむ心配もないようだ。

そういう意味ではかなり過ごしやすいと言えるだろう。

今日も大勢の冒険者が持ち込む素材を買い付け、仕分けをし、疲れた体に活を入れて夕食を作る。

一日の終わりに飲むエールほど美味い物はないとエリザがいつも言ってたっけなぁ。

こっちにきても酒を飲む習慣は身につかなかったが、よく冷やした緑茶は疲れた体を程よく癒してくれた。

軽くシャワーを済ませ最後に客室の彼女の様子を見に行く。

「わふ?」

「今日も一日ご苦労さん、見た感じ特に変化はないみたいだな。」

ブンブン。

護衛兼監視役のルフをねぎらいつつ窓辺のベッドに横たわる彼女の顔をそっとのぞき込む。

窓から注ぎ込む月光に照らされて白い肌がまるで光っているかのように見えるけれどもちろんそんなはずもなく。

って、今日は随分と月がはっきり見えるな。

忙しすぎてあまり気にしていなかったが、改めて外を見るといつもの二倍ぐらいに大きな満月が空高く上っていた。

「こりゃ凄い。」

思わず窓辺に体を乗り出して空高く上る月を見上げてしまった。

元の世界でスーパームーンと呼ばれて大騒ぎになったのよりも倍以上に大きいんじゃなかろうか。

これは接近しているのか?

それともそう見えるだけなのか?

近づいているのならかなりの引力が発生していそうなものだがそういう感じでもない。

しかしあれだな、月を見るといい思い出もあるけれど悪い思い出も思い出されるな。

例の女神がまた変なことしでかさないといいけど。

「あら、変わったものを手に入れたのね。」

「出たな痴女。」

「誰が痴女よ!っていうか月の女神を捕まえてその発言はないんじゃない!?」

「別に捕まえたわけじゃないしそっちこそ自分の格好を見て発言した方が良いんじゃないか?」

別に会いたくて思い出したわけじゃないんだが、呼んでもいないのに例の女神が出てきてしまった。

メロン以上の大きさをした乳を自慢げに晒しながらほぼ透けている布を体に巻き付けただけの格好で俺を見る月の女神。

これで好みの顔だったら話は変わってくるのだが、いくらデカくても興味が無ければそそられないっていうね。

「別にいつもの格好じゃない。」

「それに違和感を感じない時点でお察しなんだよ。っていうか何しに来たんだ?」

「ちょっと下界の様子を見てみたら見知った人が面白いのを持ってるから見に来ただけだけど?」

「面白いってこいつか?」

「ホムンクルスなんてよく見つかったわね。大昔にほとんどが廃棄されたはずなんだけど、どこかに隠されていたのかしら。」

「知ってるのか?」

「ふふん、教えてほしい?」

いやいや質問にはちゃんと答えてくれよ。

なにをどや顔してるんだろうかこの痴女女神は。

「それならいい。」

「あー、嘘嘘冗談だってば。そんなにすぐ怒ると嫌われるわよ。」

「大丈夫よそんなのでシロウを嫌いになんてならないわ。」

「ルフ?いや、今日は赤い月じゃ・・・。」

「巨大な満月の力に加えて私が近くにいるから力に反応しちゃったのね、ほらこの子が人間の姿に戻ったんだから機嫌直しなさいよ。」

「それとこれとは話が違うんだが、まぁいい。」

駄女神の相手をするよりも今はルフの方が大切だ。

例によって例の如くなにも着ていないルフの体にシーツを剥ぎ取ってかけてやる。

「いつもありがとな。」

「私こそ一緒にいてくれてありがとう。でも最近無茶しすぎじゃないかしら。」

「そうか?」

「貴方に何かあったらって思うと心配なの。アニエス様がいるから大丈夫だと思うけど、くれぐれも気を付けてね。」

そう言いながらルフは静かに俺の右頬に手を当てて幸せそうに微笑んだ。

あぁ、なんて綺麗なんだろう。

「あの~、私を置いて二人の世界に入らないでくれる?」

「うるさいな、仕方ないだろ滅多に会えないんだから。」

「その会えたのが私のお陰なんだけど?」

「例えそうだとしてもそれ目当てで来たわけじゃないんだろ?とりあえず彼女について知ってることを教えてくれ、そしたら他の話も聞いてやるから。」

「うぅ私女神なのに、そこのグレイウルフを人間にしてあげてるのになんでこんな扱いなの・・・。」

駄女神がなにやら一人で落ち込んでいるがそもそも呼んでもいないのに偉そうにするのはどうなんだ?

まぁ、ルフとこうやって話ができるのでそれに関しては素直にお礼を言っておこう。

「なるほど、これは死んでいるんじゃなくて活動を停止しているのか。」

「そもそもホムンクルスに寿命という物はないわ。もちろん殺そうと思えば殺せるけれどよほどのことをしないと機能を停止させるだけ。活動再開するだけの魔力を与えれば再び肉体を構成して元に戻るでしょう。とはいえ一度機能を停止すると記憶は失われてしまうらしいけど、私がこの職に就いた頃にはもうほとんど廃棄された後だったから。」

「なんで廃棄されたんだ?」

「そりゃぁ危険だからよ。寿命を持たず人と同じように活動することができるとなればいずれ人の代わりに彼らが地上を支配しかねないでしょ。その代わりに生殖器官をもたないみたいだけど、寿命のある人の方が危険度でいえば低いわね。だって放っておけば死ぬでしょ。」

確かにその通りではあるのだが、この辺が人とそうでない存在との差なんだろうなぁ。

この人もまた寿命を持たず、我々を下に見ているのは間違いない。

庇護する対象監視する対象言い方は様々だが、結局のところ自分達と同類ではないのだから。

「そんなものを作れたなんて旧王朝ってのはものすごく発達していたんだな。」

「だからこそ滅んだのよ、いえ滅ぼされたのかしら?」

「滅ぼされた?」

「おっと、これ以上は言えないわ。それよりも今はこの子をどうするかじゃないかしら、このまま置いておいても起きることはないから見守っていても時間の無駄よ。起こしたかったらさっさと大量の魔素を与えて主人として登録すればいいのよ。」

お口にチャックという感じで慌てて口を押え意味深な顔をする駄女神。

もう少し口を滑らせてくれるとよかったんだがどうやら甘かったようだ。

ともかく彼女を起こしたければ大量の魔素を与えればいいらしい。

手っ取り早いのが魔石か魔力水だが問題はどうやって摂取させるかだなぁ。

「シロウ、この間の涙はある?」

「幽霊の涙か?あるぞ。」

「あれなら彼女でも摂取できるんじゃないかしら。」

「ん?そうなのか?」

聞けば普通の魔石と違って魔素を吸収しやすい構造らしく、ルフも戦いながら摂取できたらしい。

魔獣にとっても魔素は必要不可欠な物、ルフが摂取できるのであれば彼女にもできるはずってことで一度下に戻ってこの間回収した涙を全て持って部屋に戻る。

てっきり女神は帰ったかと思ったが何故か目を輝かせて窓辺に腰かけていた。

「持ってきたぞ。」

「それを彼女の胸元においてあげて。」

「ここだな。」

ドレスのような衣装は胸元までいい感じに開いているので、谷間に押し込むようなイメージで涙を乗せると淡い光を放ちながら体の中に吸い込まれてしまった。

「なにそれ、すっごい魔素の量!」

「こいつが眠っていた場所で回収したんだ、普通とは違うんだろう。」

「でもまだまだ足りないわね。」

「別に急いでいるわけじゃないし何をどうするかが分かっただけでも十分だ。ルフ、ありがとな。」

「どういたしまして。」

嬉しそうに微笑むルフを見て思わず頬が緩んでしまう。

赤い月を後二回見る事が出来ればルフは人になることができる。

それがいつになるかは正直わからないけれどそれまで離れるつもりはないのでいつか叶う日が来るだろう。

「で?いつまでいるんだ?」

「え、帰っていいの?帰っちゃったらその子元に戻っちゃうわよ?」

「別に構わないよな?」

「えぇ、だっていつも一緒だもの。」

「何よその信じあってますみたいな感じ、きーーー!うらやましい、私もそんな彼氏が欲しいわ!なんで誰も寄ってこないのかしら、こんな優良物件他にはいないわよ。」

そういうところだぞ、とは流石に可哀そうなので言わないでおこう。

確かに人の姿でなくなるのは寂しいが別に離れ離れになるわけじゃない。

ルフが人であれ狼であれ彼女であることに変わりはないわけだし、一緒にいることに変わりはない。

「あー、まぁなんていうか頑張れ。」

「煩いわね言われなくても頑張るわよ。今に部下よりもいい男見つけて自慢してやるんだから!」

「そういやその部下はどうしたんだ?今日は姿が見えないみたいだが。」

「・・・新婚旅行よ。」

なるほど、お目付け役が不在だからこんな所に愚痴を言いに来たというわけか。

なんと迷惑な。

その後、ホムンクルスの情報を提供した見返りにこれでもかというぐらいに愚痴を聞かされ、スッキリとした駄女神が帰る頃にはこっちがグロッキーになってしまった。

あー疲れた疲れた。

「それじゃあ私は帰るわね。その子の事は私から上に報告しておくけど、まぁ一人ぐらいいた所で何もできないから廃棄させられることはないと思うわ。もしその涙を使っても目覚めなかったら別の物を使ってみるといいんじゃないかしら、魔素の塊を落とす植物がいたでしょ?あれが山のようにあればいくら寝起きが悪くても目を覚ますわよ、たぶん。」

最後まで締まりのない情報を提供して、月の女神は月光に溶け込むようにして消えてしまった。

「それじゃあ私も元に戻るわね、シロウまた今度。」

最後にお互いの頬に唇を押し付け合いギュッと抱き合うと瞬く間にルフの感触がなくなってしまった。

足元を見ると毛布にくるまった彼女がフルフルと体を震わせている。

「ありがとな、ルフ。これからもよろしく。」

狼に戻ったルフと共に巨大な月を見上げる。

またいつの日かこのぐらい大きな月になったら、またゆっくり話ができるだろう。

でもたとえ狼のままでも意外と意思疎通はできるものだ。

例えば今は・・・何も言わずそばでその毛並みを撫でてほしいと思っているとか。

ルフの横に座り、ベッドに身を預けながら彼女の柔らかな体を優しく撫でる。

ほら、満足そうに体を預けてきた。

月光の降り注ぐ中俺達は何も言わずに大きな月を見上げ続けるのだった。
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