転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア

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1283.転売屋は嵐の前触れに遭遇する

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久方ぶりに時間が出来たので薬草類を回収するべくミカールラッケイトの森へと足を延ばした。

クーガーさんは連日のように森に入り魔物の駆除と約束のディヒーアを置いてくれているようだ。

話によるとこの間渡した武器がなかなかに有効だったようで、自前でディヒーアを狩れるようになっているんだとか。

とはいえあの大きさでは暴れられると大変らしく、まだまだ使いこなすのには時間がかかるとの事だった。

「よく来たなシロウ、元気そうで何よりだ。」

「この前からしたら一か月ぶりか?この間渡した武器も調子がいいそうじゃないか。」

「お陰様で若いのが張り切っている。が、その分ケガも増えているから両手を上げて喜んでいられるわけではなさそうだ。」

笑顔で俺を出迎えてくれたユミルさんだったが、その口から出た言葉はあまり笑顔になれるようなものではない。

一応大丈夫だとクーガーさんから聞いていても心配になってしまうじゃないか。

「大丈夫なのか?」

「幸い大怪我をしたやつはまだ出ていないが、欲を言えばそれ用に薬が欲しい。頼めるか?」

「お安い御用だ。ここで採れる薬草は非常に状態がいいと街の錬金術師が喜んでいたから最高のを持って来れるだろう。しかしあれだな、この森は涼しいな。」

ここに来るまでは照り付ける太陽に溶けそうになってしまったが、森の中は想像以上に涼しく非常に過ごしやすい。

普通鬱蒼とした森は湿度が高く、不快感の方が上回りそうなものだが。

「それは泉のおかげだな、あそこの冷気と清浄な空気が森全体に広がっているからこそこれだけ快適に過ごすことが出来る。」

「あの澄んだ水はただの泉じゃないと思っていたが、そういう効果もあるのか。つまりあの水を売ればかなり儲かるんじゃないか?」

「シロウ、いくら世話になっているお前でもあの泉を汚すことは許さんぞ。」

「冗談だって。前に一度使わせてもらったが、あそこを汚すのは俺も本位じゃない。世の中には知られないままの方が良い物もある。」

ピュアブルーと呼ばれるあの花もそうだ。

あれを売りに出せば間違いなく大儲けできるだろうけど、それもこの泉があればの話だ。

一時の利益のためにならず者がここに足を踏み入れて森を荒らすぐらいなら、何も言わずに利益を得る方が長い目で見れば稼ぎが多くなる。

それにだ、オールダートレントの素材を回収できるのは彼らしかいないわけだから態々リスクを冒してそれを失う必要はないだろう。

「それを聞いて安心した。」

「悪いな変な事を言って。」

「気にするな。そういえば彼はどうした?」

「クーガーさんか?それなら獲物を見つけたって言ってさっき奥に向かって行ったが・・・。」

「シロウ、悪いが手伝ってくれ。」

噂をすればなんとやら、ユミルさんと話をしている所に全身血まみれのクーガーさんが姿を現した。

鮮血が体中に付着し息も絶え絶えで顔色も悪い、まさか魔物にやられたのか?

「クーガーさん、その血は!?」

「ただの返り血だ。あまりにも獲物がデカイんで一人では無理そうだから向こうでバラす、手伝ってくれ。」

「そんなにデカいのか?」

「あぁ、今までに見た事ないやつだった。」

「それは気になるな、私も一緒に行こう。」

この森にすむユミルさんでもすぐにわからないような魔物とは一体どんな奴なんだろうか。

クーガーさんの後ろを追いかけるようにして森の奥深くへと進んでいくと、沈んだかのようににくぼんだ場所に黒い巨大な死骸が横たわっていた。

「熊の魔物なのはわかったんだがあまりにもデカいんで水場に誘い込む事も出来なかった、鑑定してもらえるか?」

「確認しよう。」

死んでいるとわかっていても威圧感を感じる程に大きな熊にゆっくりと手を伸ばし、まだ温かい毛皮に触れる。

『テンペストウルスス。暴風熊とも呼ばれ、その巨体が暴れた後は嵐の通った後のようだという事からその名がついた。ただそのクマが出ると必ずと言っていい程雨が降り、嵐になる事もあるからという説もある。非常に珍しくダンジョン以外で出会うことはないと言われてるため、その説が本当かどうかは定かではない。最近の平均取引価格は金貨3枚、最安値金貨3枚最高値金貨3枚、最終取引日は558日前と記録されています。』

暴風熊か。

確かにこんなデカいのが暴れたら嵐が通った後と言われても信じてしまうかもしれない。

っていうかこんなのと良く戦おうと思ったよなクーガーさん。

「テンペストウルスス、暴風熊というらしい。」

「嵐を呼ぶ熊ではないか、これはいかんすぐに対策をせねば。」

「ん?嵐が来るのか?」

「こやつが地上に出てくるのは嵐の前しかない。外に出て雷を受ける事で体内の魔素を一気に活性化させ、成長する魔物だからな。」

ダンジョン内に雷は落ちないけれどここなら十分にあり得る話だ。

そういえばさっきまでの晴天はどこへやら雲行きが怪しくなってきたような気がする。

「これは早めに戻ったほうがよさそうだな。」

「そうらしい、急いで解体するぞ。」

「それならば若いのもつれてこよう、少しは役に立つはずだ。」

いつものブツを回収するだけのはずが、まさかの展開になりつつもフェンテストフェアリーの若者たちに手伝ってもらいながら何とか巨大熊を解体することが出来た。

本来なら血抜きをしてから毛皮を洗ったりしなければならないのだが、雲行きがどんどん怪しくなってきたのでそれは彼らにお願いして肉や爪等の使えそうなものだけを回収して急ぎ街に戻る事に。

時間があれば内臓なんかも使える部分を回収したかったのだが、とりあえず熊胆と心臓だけは回収して残りは森に返すことにした。

これもユミルさんからのお願いなのだが森の物は森に返すべきという考えもあるし、必要な物は頂いたので文句はない。

「ヤバいなこれは降ってくるぞ。」

「多少濡れるぐらいは仕方がないさ。馬車につくまでは肉なんかは外套でくるめばいいしなんとかなるだろ。」

「それならばこれを使うといい、多少は雨避けになるはずだ。」

もうすぐ出口という所で、ユミルさん達が後ろから追いかけてきて巨大な葉っぱを何枚か運んできてくれた。

フェンテストフェアリーが何人も入れそうなぐらいな巨大な葉っぱ。

ご丁寧に持ち手まであるそれはまるで昔見たアニメに出て来た森の妖精が持っていたもののようだ。

そういや蕗の葉がこんな感じで大きかったのを覚えている。

しかしこいつは元の世界で見たやつの二倍ぐらいありそうな感じだ。

『アンブレラリーフ。水場に自生する巨大な葉っぱは小人や妖精が雨宿りをすると言い伝えられているが、実際には非常に太い茎は風雨にも負けないがしなりが強く葉が動き回る為、雨を避けるのは難しい。薬の材料になる。最近の平均取引価格は銅貨10枚、最安値銅貨5枚最高値銅貨12枚、最終取引日は22日前と記録されています。』

「確かに雨は避けられそうだが、風が吹くとダメじゃないか?」

「もちろんこのままだと風でしなるが、ここをこうしてだな。」

ユミルさんが葉の中ほどに穴を開けそこに植物の蔓を通した後葉の元の部分で強く結ぶ。

すると、葉っぱが動き回らず強靭な茎と一体化するので傘のように使えるようになった。

これは面白い。

「なるほど、これはいいな。」

「片手が埋まるが濡れないよりかはマシだろう。」

「嵐はしばらく続く、今回は肉もあるしここに来るのは収まってからでもいいぞ。それに嵐の後は色々な物が落ちてくる、次は期待するが良い。」

「そりゃ楽しみだ。」

傘を手にお互いにニヤリと笑い合い、急ぎ森の外へと向かう。

途中自らの重さに耐えかねて雲が大粒の雨粒を落とし始めたが、葉傘のおかげで大きく濡れなくて済んだ。

風が強くなる中王都へと馬車を飛ばしなんとか中に滑り込むことに成功。

どうやら嵐が来ると門を閉めてしまうらしい。

まさに間一髪って感じだった。

「ふぅ、何とか間に合ったな。」

「だな、まさか門を閉めるとは思わなかったがこの雨風なら仕方ないか。」

「嵐の間は物流も止まるし魔物が暴れる傾向にある、そもそも出歩くなって話だ。」

「違いない。」

街の中には入れたものの大粒の雨が降り注いでいる。

まったく、嵐になるのもこの間ジンが変なこと言うからじゃないだろうか。

帰ったら文句を言ってやらないと。

「俺はこのまま馬車を返してくるが、肉を少し貰ってもいいか?」

「むしろ倒したのはクーガーさんなんだから好きなだけ持って行ってくれ。残りの素材は買い取って報酬に上乗せするが毛皮の分はまた今度で頼む。」

馬車を返しに行ったクーガーさんを城壁前で見送り、人も疎らな大通りを雨に打たれながら店へと急ぐ。

その途中、通り過ぎる人が何人も俺の方を振り返るんだが何かおかしなところがあるだろうか。

「シロウ様おかえりなさいませ。」

「アニエスさんわざわざ迎えに来てくれたのか?」

「先程クーガー様の気配を感じたものですから。しかし、珍しい物を使っておられますね。」

「ん?あぁ、これか。」

「アンブレラリーフを雨除けに使うとは、中々お似合いですよ。」

「それは褒められているのか?」

馬車から降りた後もユミルさんからもらった葉っぱの傘を持ったままだった。

なるほど、元の世界では傘をさすのが当たり前だったから違和感がなかったんだがこの世界では確かに不思議なものかもしれない。

特に葉っぱを加工したこれは尚の事人の目を引くだろう。

「もちろんです。」

「なら売れるか?」

「それは・・・何とも言いかねます。」

「だよなぁ。」

平和な世の中ならともかくいつ魔物に襲われるかわからない場所で片手を使えなくするのは非常によろしくない。

それならば外套のほうが自由に手が動くだけ瞬時に対応出来るだろう。

でもなぁ、あれって前が見えにくいんだよなぁ。

ってことは前に雨除けバイザーとか付けたら売れるんじゃなかろうか。

あれ?これ、儲かる?

「どうかされましたか?」

「いや、なんでもない。良かったら一緒に入るか?」

「是非。」

嵐はそれから二日にわたって激しい雨と風を伴って暴れ回り、三日目に鮮やかな虹を残して去っていった。

そして再び強い日差しが降り注ぎぬかるんだ大地を乾かしていく。

その日差しを避けるようにアンブレラリーフを手に歩く人が増えてきたのはもう少し先の話だ。
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