転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア

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1236.転売屋は雨具を仕入れる

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朝方は天気が良かったはずなのに、昼を過ぎてからだんだんと雲が分厚くなってきた。

青龍祭の時期は雨が降りやすいとは聞いていたけれど、こうも極端に天候が変わるとは思っていなかった。

青空が見る見るうちに灰色に染まり、気づけば重たい雲で一杯になってしまった。

「うーむ、今にも振り出しそうだな。」

「ここは天幕がありますが客足に影響が出そうですね。」

「これから探索から戻ってきた冒険者が来るっていうのに、困ったもんだ。」

アニエスさんと共に曇天の空を見つめ小さなため息をつく。

保存食や装備品など冒険者向けの売り物は午前よりも午後の方が売れやすい。

にも拘わらずその時間に雨が降り出そうものならめんどくさがりの冒険者が出てくるはずがないんだよなぁ。

そうなれば宿にでも引き込まって昼間から飲んだくれるのが冒険者という生き物。

雨が降るってわかっていたらつまみになりそうなものを並べたんだが、残念だ。

「あの、ここって買取をしてくれるお店ですよね。」

「あぁ、買取もやってるぞ。」

「見積だけでもいいですか?せっかくなら高いところで売りたくて。」

今日はもう撤退かと諦めかけていたその時だった、長身の女性冒険者が店の前で立ち止まる。

腰まで伸びたブロンドの髪、冒険者でここまで髪の毛を伸ばしているのは珍しいな。

皆戦闘の時に邪魔になるからと短くしている。

伸ばせるという事は後衛職か何かなんだろう。

皮の胸当ては付けているものその他の装備品は持っていないのでどんな職業なのかは確認できなかった。

「その様子だとギルドにもいったって感じか。」

「向こうが思ってたよりも安くて、それで仲間にここの事を聞いてきたんです。」

「うちが絶対に高いという保証はできないが、とりあえず見せてもらおうか。」

「よろしくお願いします。」

中々礼儀正しい冒険者じゃないか。

普通なら立ったまま物を突き出してくるやつが多いのに、その場にしゃがんでカバンから商品を取り出して両手でそっと差し出してくれた。

こんな対応されたなら俺もしっかりと返してあげるべきだろう。

『ミラージュゴーストのマント。ミラージュゴーストは周囲の風景に溶け込むように反射する特別なマントを身を隠して襲ってくるゴースト系の魔物。肉眼では存在を確認しづらいが、魔素のコントロールがあまり上手くないのか気を付けていれば場所を特定することはできる。マントを剝ぎ取られると逃げ出してしまう恥ずかしがり屋の魔物としても有名。最近の平均取引価格は銅貨30枚、最安値銅貨22枚最高値銅貨51枚、最終取引日は41日前と記録されています。』

差し出されたのはビニールのような不思議な素材。

触り心地は何とも微妙で、べたべたではないものの力を入れるとすぐに素材に引っかかってしまうような感じ。

かと思ったら、素材の反対側はすべすべで表と裏で触り心地が全然違った。

なんだろう、大きさ的に雨合羽をほうふつとさせるな。

だってフードみたいな部分があるしこれ見よがしにここに頭を突っ込めと主張している気がする。

「どうですか?」

「これが全部で何枚あるんだ?」

「とりあえず10枚あります。」

「とりあえず?」

「宿に戻ると後30枚ぐらい。」

「そんなにたくさん出てくる魔物なのか?」

「特定のダンジョンでは頻繁に遭遇する魔物だったかと。」

見た目はタダのビニールの塊。

使い道があるかと聞かれると正直すぐには思いつかない。

羽織る事で魔物のように周りの景色に同化できるのならば使い道もあるのだが、残念ながらそういうわけではなさそうだ。

ちょっと大きい風蜥蜴の被膜と思えば使い道もあるかもしれないけど、分厚すぎて邪魔になるだろうか。

「とりあえずこの10枚を銀貨2枚でなら買ってもいいぞ。」

「もうちょっと高くなりませんか?」

「そうはいってもなぁ、使い道がない物に金を出すわけにはいかないし。ギルドはなんて言ってるんだ?」

「向こうは銀貨1枚と銅貨50枚です。」

「うちの方が高いわけか・・・銀貨3枚それが上限だ。」

命を懸けて戦ってきただけに少しでも高く買ってほしいという気持ちはわかるが、こっちも商売なので使い道のない物にいくらでも金を払うわけではない。

それでもギルドの倍の価格で買い取ってくれるならと銀貨3枚で商談は成立した。

残されたビニールの塊を前にしばし考える。

「これをどうするんです?」

「わからん。でもまぁほかにもそんなものを買い取ってきてるわけだし、何かには使えるだろう。」

「相変わらずですね。」

「誉め言葉として受け取っておく。ぶっちゃけあのまま長引くと雨になりそうだと思ったから・・・って、やっぱり降って来たか。」

空を見上げるととうとう自分の重さに耐えきれず雲が涙を流し始めた。

これはすぐに雨脚が強まる予感。

仕方ない、少し早いが今日はあきらめて帰るとしよう。

そう思って片づけを行っていたのだが、思った以上に早く雨脚が強くなってしまった。

こんな日に限って外套がないんだよなぁ。

うーむ、走って戻って取りに行く手もあるんだがびしょびしょになった上それでまたここに戻ってくるのは非常にめんどくさい。

「そうか、こいつを羽織ればいいんだ。」

「少し短くありませんか?」

「足元が濡れるのは致し方ないが、最低限頭と手元は守れるだろう。」

「まぁそれぐらいであれば確かに。」

どうしたもんかと考えていた時さっき買い取った素材を思い出した。

よく見ると雨合羽のようにも見える。

サラサラの面を外にしてフードのような部分を頭にのせればポンチョのような感じに仕上がった。

前をひもで軽く縛ればずれる心配もない。

腰ぐらいの長さしかないので歩くと雨でぬれてしまうが、それでも腰から上を守れるのはありがたい限りだ。

アニエスさんにもかぶってもらい、二人で荷物を抱えて雨脚の強くなる中大通りを小走りで歩く。

軒先で雨宿りする人なんかが何事かという目で見てくるが、とりあえず今は急いで屋敷に戻ることだけ考えよう。

「はぁ、疲れた。」

「お疲れさまでした。」

「アニエスさんもお疲れさん、後は俺がやっとくから先に足を洗ってきてもいいぞ。」

「それが、思いのほか濡れていないんです。なんででしょうか。」

「え、マジで?」

そう言えばと自分の足元を見てみると、膝までしか隠れていないはずなのに靴の先が少し濡れている程度で思っていたほど汚れていなかった。

一体どういうことだ?

着ているやつは確かに濡れているのによく見ると裾の方だけ水滴がついていない。

いったいどういう原理なのか。

気になったらすぐ実験、ってことで荷物をエントランスに放置してそのまま強い雨の降る外へと飛び出してみると不思議なことに裾の部分だけ雨が当たっていないように見える。

いや、当たってないんじゃなくて弾かれているのか。

上からマントを伝って流れ落ちてきたやつが裾に到着すると外に向かってピョンと飛んでいくようにも見える。

うーむ、原理はわからないがこのおかげで足がほとんど濡れなかったようだ。

外套と違って着ている服も表情もわかるので身を隠す効果は全くないものの、逆に見えている方が安心な時もあるだろう。

特に王宮や議会など、重要な場所を守っているときに外套を身にまとったまま近づくだけで緊張が走る。

その点これなら相手に危機感を感じさせることも少なくなるので無用な緊張が走る心配もない。

なにより表情がわかるってのもいいな。

外套のフードってかなり深いから相手がどういう顔をしているのかとか誰なのかがさっぱりわからないのだが、これがあるとその心配もなくなるだろう。

もちろん既存の外套にはそれの良さがたくさんあるので全くなくなることはないだろうけど、使用場所を限るという意味では使い道があるかもしれない。

「いかがでしたか?」

「原理はわからないが水をはじいているのは間違いない。確かミラージュゴーストは周りの景色を反射させて隠れるんだよな?」

「そういわれていますね、私も何度か退治したことがありますが視覚だけで存在を確認するのは難しいでしょう。とはいえ魔素の扱いが非常に悪いのですぐに気配を察知できますが。」

「もしかして見えないだけで裾がながいんじゃないか、これ。」

試しに上から下に触っていくと裾だと思っていた部分よりも下にまだ触った感覚があった。

場所は膝のあたりぐらいまで。

剥ぎ取ってしまうと効果は薄れるのかもしれないが本来はこんな感じで周りの景色に同化させて隠れているんだろう。

もしかするともっと上の部分まで隠す方法があるかもしれない。

「見えない裾のおかげでぬれなかったんですね。」

「そうみたいだ。強度とかは正直わからないが、普通の外套よりも色々と使い道がありそうな気がする。」

「お気に召しましたか?」

「あぁ、これはいい買い物をした。」

まだ宿に在庫があるって言ってたし、雨が上がったら本人を訪ねて在庫を全部買わせてもらおう。

正直冒険者には売れないだろうけど然るべき場所の然るべき人たちには喜ばれるはずだ。

もしくは新しい雨具として人気が出れば新しい儲けのネタになるかもしれない。

珍しい魔物じゃないらしいし、今度まとめて依頼を出してみてもいいだろう。

「世の中にはまだまだ新しい使い方のできるもので溢れているのですね。」

「いかに先入観を捨てて考えられるかが重要ってことだな。」

「確かにそれは言えるかもしれません。魔物との戦いも先入観にとらわれずもっと柔軟に考える事で新たな対策方法が生まれることもありますから。」

答えは決して一つじゃない。

常日頃からそう考え続けることで新しい金儲けの方法が生まれるかもしれない。

新しい雨具の誕生がまさにそのいい例だ。

如何に柔軟に頭を回転させて更なる使い道を思案しよう。

でもとりあえずはこれで一儲けしてからだけどな。
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