転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア

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1228.転売屋は迎えに行く

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海を渡ってマリーさんとシャルロットがやってくる。

その日がとうとうやってきた。

いつものメンバーにクーガーさんを迎えての大所帯。

最初は特に疑問を持たなかったんだが、なぜあの人を護衛に雇ったんだろうか。

いつものお礼を兼ねて報酬を渡すためというのであれば、まぁなんとなくわかる。

だがどうもそういうわけではないらしい。

最初こそ話すことがあったものの、半日もすれば特にする話もなく静かな時間だけが過ぎていく。

別に沈黙が嫌いというわけではないのだがどうも居心地が悪い感じだ。

「停車します。」

そんな俺の雰囲気を察したのか、馬車は速度を落としそして停車してしまった。

振動が収まり足元で丸くなっていたルフが静かに頭を上げる。

「もうついたのか?」

「いえ、今日はここで野営です。」

「え、今日着くって話じゃなかったのか?」

「当初はその予定でしたが変更になりました。」

「どういうことか説明してくれるんだよな。」

俺は今日会えると思って楽しみにしていたのに急にはしごを外されてしまったような感じだ。

アニエスさん的に何か理由があるんだろうけど、この気持ちをどうすればいいんだろうか。

時刻はまだ夕方前。

このままいけば夕方ごろには港町に到着できたのを態々やめてしまったわけだ。

一度馬車から降りて辺りを確認すると左右は森に囲まれており、そこにぽっかりと出来た空き地に停車したようだ。

よく見ると地面に焦げたような跡があるので定期的に野営で使われているのがわかる。

「天幕は私とクーガーさんで設営しますので、シロウ様はルフとともに北の川で水くみをお願いします。」

「では私は周囲の警戒と薪拾いでもしてまいりましょう。」

「よろしくお願いします。」

どうやら本格的に野営を行うつもりのようだ。

荷物が降ろされ、てきぱきと天幕の準備は始められる。

ここで駄々をこねたって仕方がない、とりあえず水を汲みにでも行くか。

前は水の魔道具があったので水くみに行く必要もなかったのだが、残念ながらそんな便利な道具はないので壺を片手に森に出来た獣道を進んでいく。

何度も人が手を入れているのか比較的歩きやすい道を五分ほど進むとアニエスさんの話の通り小川にたどり着いた。

澄んだ川の水にルフが顔を突っ込み美味しそうに飲んでいる。

手ですくって飲んでみると冷たい水が胃の中に落ちていくのがわかった。

「はぁ、美味い。」

ぶんぶん。

「なんでここで野営をするかはわからないが何か理由があるんだろうなぁ。アニエスさんの事だからわざわざ二人を待たせることはしないだろうし。」

「わふ。」

「ルフもそう思うか。」

何かあるからこそここで野営をする。

その答え合わせをしてもらうためにも今は野営の準備をしようじゃないか。

壺に水をたっぷりと入れて元の場所に戻ると、早くも簡易のコンロが作られており薪がパチパチと音を立てて爆ぜている。

さすが、仕事が早い。

「水が来たぞ~。」

「ありがとうございました。」

「手際がいいみたいだがここは何度か利用しているのか?」

「そうだな、時間調整が必要な時なんかに時々利用する。奥にいい狩場があるんだ。」

「狩場?」

「それについてはまた。では私と彼も水を汲んでまいりますのでシロウ様はそちらの鍋にお水をお願いします。」

どうやらクーガーさんが漏らしたその狩場とやらに用があるんだろう。

迎えに行くよりも大事な何かなんだろうけど、なんでそんなにもったいぶるのか。

わからん。

別の壺を手に二人が川へと向かってしまったので致し方なく鍋に水を入れ、食事の準備を始める。

食事って言っても今日はそのまま港町に行くつもりだったのでまともな食材は持ってきていない。

せいぜい干し肉程度しかないんだがとりあえず香茶でも淹れるか。

「ただいま戻りましたぞ。」

「薪を拾いに行ってなんでハングリーベアーを担いで帰ってくるんだよ。」

「拾っておりますと襲ってきまして、致し方なく返り討ちに致しました。」

「致し方なくねぇ。」

「ほかにもキノコや野草もございましたので拾ってございます。これだけあれば主殿であれば何かしら作れるのでは?」

「自分の食欲に忠実すぎるだろ。」

「わたくし強欲の魔人ですので。あぁ、血抜きは済ませておりますので向こうで捌いてまいります。」

まったく、どうしてこうなった。

ジンが拾ってきた野草やキノコを鑑定スキルで確認しながら簡単なスープを作り、そこに捌いたばかりの熊肉を入れて一品。

次いで、近くに生えていたニードルブランチを引っこぬいて串に加工し、肉を刺せば串焼きの出来上がり。

戻ってきた二人にも手伝ってもらって日が暮れるころには夕食にありつくことができた。

熊肉は肉が固い上に生臭いってよく聞くけれど、こいつは程よく甘く噛めば噛むほど味が出てくる。

うーむ、美味い。

毛皮は港町のギルドに持ち込めば金になるはず。

やれやれ、嫁と子供を迎えに行くだけなのにどうして金儲けをしているのか。

いや、まぁそれが俺なんだけども。

「それで、そろそろ野営した理由を教えてくれるんだよな。」

「まずマリー様シャルロット様両名の到着が天候不順により半日程ずれるのは屋敷で連絡を受け明日で間違いありません。当初の予定ではそのまま港町で翌日まで過ごすつもりでしたが、せっかくお二人をお迎えするわけですしここは一つ喜んでもらう何かをしようと思いついたわけです。それを彼に相談した所、この場所を教えてもらったというのが野営の理由です。」

「二人を喜ばせたいという気持ちは分かった、だがそれならひとことぐらい相談してくれてよかったんじゃないか?別に秘密にする必要はないだろ?」

「正直に申しまして野営しましたか?」

「・・・いや、港町で待っていただろうな。」

「もちろん其れでも構いません、しかしそれでは芸がない。久方ぶりにお二人に会うんですからやはり喜ばせたいと思うのは私も同じです。その為のひと手間をかけるべくこのような手段をとったことをご理解いただければと思います。」

とりあえず二人を盛大に迎えたいという気持ちは分かった、だがそこにクーガーさんは必要・・・なんだろうなぁ。

ガチガチの武闘派であるこの人が『狩場』というぐらいなんだから間違いなく、そっち系の理由で呼んだんだろう。

じゃないと護衛任務を受けないこの人が来てくれるはずがない。

「ちなみに、どうやって喜ばせるつもりなんだ?」

「春のこの時期にだけ出没するマイムフラワーの群生地がこの奥にございます。彼らが踊る時に持っている花を集めて渡せばとても喜んでもらえること間違いありません。ついでに彼らの球根は薬の材料になりますから、アネット様に送ればよい薬にして送り返してくださることでしょう。お二人に喜んでもらいつつお金も稼ぐことができる、これこそシロウ様に相応しい贈り物ではないでしょうか。」

「だがそれだけじゃないよな?」

俺のツッコミにアニエスさんの目がキラリと光る。

そんなことの為にクーガーさんを呼ぶはずがない。

マイムフラワーがどのような魔物かは知らないがこの二人がいて戦えないってことはないだろう。

問題はそのあとだ。

「マイムフラワーが踊るとその音に連れられて様々な魔物がやってまいります。それはもう、珍しい魔物から凶暴な魔物まで。幸い駆除できないほどの魔物はこのあたりにおりませんが、それでも波のように押し寄せる魔物はかなりの量になります。大半は我々が対処しますが、シロウ様には漏れた魔物の駆除と花の回収をお願いできますでしょうか。」

「それと素材の鑑定だな?」

「最初に話を聞いた時は耳を疑ったが、鑑定スキルを持つお前がいれば珍しい魔物かどうかをすぐに判断できる。こっちは倒すのに必死だからな、後のことは任せたぞ。」

「主殿の身の安全はお任せください、ルフ様もおりますので指一本触れさせは致しません。」

やれやれ、ただ二人に会うだけのはずがまさかこんなことになるとは思ってなかった。

とはいえ、アニエスさんがただ花を摘むだけでこんなところに来るはずないよなぁ。

踊りが始まるのは月の上る夜遅く。

それまでしっかりと英気を養うことにしよう。


「見えました、ドレイク船長の船です。」

「いよいよだな。」

翌日。

抜けるような青空の下、太陽を背に受けたドレイク船長の船が無事に港へ到着した。

話によると手強い魔物が出たそうなのだが、乗り合わせていた冒険者によって無事に討伐されたのだとか。

よかった、本当に良かった。

停泊した船から長い板が降ろされ、ぞろぞろと乗客が船を降りてくる。

まだかまだかと待つこと数分。

その数分がものすごく長かったのだが、甲板から姿を現したマリーさんの顔を見た瞬間すべてが吹っ飛んだ。

その手に抱かれているはずのシャルロットの姿はなく代わりに手をしっかりと握った小さな人形のような少女の姿が見える。

え、たった二か月離れただけなのに・・・。

「旦那様、やっと会えましたね。」

「マリーさん、それにシャルロットよく来てくれた。元気にしていたか?」

「パッパ!」

「あぁ、パパだぞ。そうか、そうか元気にしてたか。」

両手を精いっぱい俺に伸ばして抱っこをせがむシャルロット。

抱き上げたときの重さに思わず涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえ、愛娘の頬に自分の頬を押し当てる。

その様子を見ていたマリーさんが俺の代わりに涙を流してくれた。

この春でこの子も一歳になる。

二か月、たった二か月は慣れていただけなのにこんなに大きくなるんだなぁ。

これが半年一年ともなればもっともっと大きくなって、そばにいない俺の事なんてすぐに忘れてしまうんじゃないだろうか。

幸せな気持ちと共にそんな不安が押し寄せてくる。

「シロウ様、こちらを。」

「そうだった。二人ともようこそ王都へ。」

「わ!綺麗なお花。」

「はな!」

シャルロットを一度下ろし、アニエスさんがそっと差し出してくれた花束を二人に手渡す。

昨夜死ぬ思いをして、いやマジで死ぬ思いをして手に入れたマイムフラワーのピンク色をした花。

春に相応しいその花を受け取り花に負けない笑顔を見せる俺の妻と娘。

あぁ、幸せとはこのことを言うんだろう。

この笑顔を見る為に俺達は頑張ったんだ。

「とりあえず疲れただろ、馬車を用意してるから先に王都に向かおう。」

「でしたらドレイク船長にご挨拶しないと。荷物がたくさんあるんです。」

「たくさん?」

「はい、楽しみにしていてくださいね。」

マリーさんがさっきとは違う子供のような笑顔を浮かべて俺を見てくる。

流石俺の女達。

ただ王都に来るだけで終わるはずがないよな?

昨日手に入れた素材だけでもなかなかの金額になったのに、まだまだ儲けさせてもらえるようだ。

なにはともあれば二人を無事に迎える事が出来た。

シャルロットが花を手に太陽のような笑顔を見せる。

しばらくは滞在できるようなので精一杯この時間を堪能するとしよう。

もちろん金儲けをしながらだけどな。
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