転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア

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1199.転売屋は琥珀を買う

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春を前に冬を惜しむかのような雪が振り始めた。

この冬は厳しくなると言われ色々と準備をしてきたものの、もしかすると王都に来ることを暗示していたのではないか、そんな風に思ってしまうような長い長い冬だった。

今頃向こうでも大雪が降っているんだろうなぁ、なんて窓に降り積もる雪を見ながら考えてしまう。

後二週間もしないうちにこの寒さが終わり一気に春がやってくる。

この世界は驚くほど正確に季節が変わるからぶっちゃけ体がついていくのが大変なんだよなぁ。

「よし、雪かき終了!」

「いやー、シロウさんがいてくれて助かったよ。いつもは業者を頼むんだけどこの雪でどこもいっぱいでね。」

「自分でした方がいい運動になるんじゃないか?」

「この腕が太くなるとイライザが悲しむからね。」

「そんな事を言ってただ動きたくないだけですわ。私、お腹の大きな男は嫌いですのよ。」

「あはは手厳しいなぁ。」

相変わらずイザベラの尻に敷かれているウィフさんだが、この関係が二人には丁度いいんだろうなぁ。

目の前でイチャイチャしやがってと心の中で悪態をつきつつ、表に出さないのが大人というもの。

居候している身だからと引き受けた雪かきだったが、ウィフさんはしっかりと報酬を用意してくれていたので有難く受け取る事にした。

「どこに行かれるおつもりで?」

「折角だから雪の市場を散策しようと思ってな。」

「わざわざこの寒い中にしなくてもよいのでは?それにこの寒さでは店も少ないでしょう。」

「わかってないなぁ。」

ジンの感想を聞き思わずニヤリと笑ってしまった。

確かに寒い中わざわざ店を出す人は少ないだろう。

この雪じゃ輸送も遅れ気味になるだろうし、寒い中わざわざ買いに来る客も少ない。

「といいますと?」

「この寒い中でも売らないといけないような奴が店を出すんだ、買い叩くにはもってこいだろ。もしくはこんな中でも売らなきゃならないような訳アリ品か。どちらにせよ、普段とはちょっと違う物が売られている可能性が高い。」

「そしてそういった物の中には高く売れるものも混じっていると。流石主殿、素晴らしき欲深さ。」

「褒められている気がしないなぁ。」

普通欲深いと言われて喜ぶ人はいないだろう。

そりゃ強欲の魔人からすれば最大級の賛辞なのかもしれないけれど、一般人からすればただの文句にしか聞こえない。

俺は理解しているけれど、周りで聞いている人には悪い印象しか与えないんじゃないだろうか。

真っ白に染まった白亜の街。

誰もが久方ぶりの寒さに震えて家に閉じこもる中でも、市場にはいくつもの露店が並んでいた。

いつものように店を出している人もいるようだがその数は少なく、俺の予想通り訳アリ品と思われる物がたくさん並んでいる。

そしてそういった品を目当てにした普段見ないような客も多いようだ。

あまり宜しくない雰囲気にいつも以上に兵士が出歩いて物々しい雰囲気すらある。

普通はこんな中で買い物したいと思わないだろうけど、俺には関係の無い話だ。

「お、アンバーだ。」

「いらっしゃいませ、南方で見つかったシーアンバーですよ。どれも一級品ですから是非見て行ってください。」

寒さに震えながら市場を歩いていると琥珀色の輝きに目を奪われた。

琥珀色って言うか琥珀その物なんだが、一般的な物の他にも緑や赤などのカラフルな物まで所狭しと置かれている。

これだけの品がこんなに大量に売られてるあたり訳アリの気配を感じるが、売っているのは普通の女の子。

売り子にしては手際がいいし、持ち主なんだろう。

「シーってことは漂着したやつか。」

「よくご存じですね!普通は洞窟や鉱山から算出されるものですが、これは漂着したものを集めた物です。算出したものと違い角が取れて柔らかい印象になるので私はこちらの方が好きですね。」

「どれも見事なものだが、高いんだろ?」

「こちらの小さいのは銀貨1枚、こちらの大きい方が銀貨3枚になります。」

「え、そんなに安いのか?これだけの大きさならもっとすると思うんだが。」

小さい方が銀貨3枚で大きい方が銀貨10枚と言われても納得するぐらいの美しさ。

自然に研磨されたシーアンバーは加工では出せないような丸みと美しさがあるのだが、この世界ではあまり人気が無いのだろうか。

『アンバー。植物の樹液が長い年月をかけて結晶したもので、稀に虫や葉っぱなど異物を有していることがある。特に魔物の素材や魔物そのものが入っているものは高値で取引される。最近の平均取引価格は銀貨9枚、最安値銀貨1枚最高値金貨120枚、最終取引日は本日と記録されています。』

一つ手に取り鑑定してみると値段の振り幅はかなりあるが、それでも大きい方は半値以下と考えてもいいだろう。

にもかかわらず客があまり寄り付かないのは人気の無さなのだろうか。

「本当はもっと高くしたいんですけど、シーアンバーはあまり加工に向いていないんです。形は綺麗ですが削られ過ぎて加工するとすぐに壊れてしまうので、折角王都に持ち込んだんですが宝飾ギルドで断られてしまいました。」

「なるほどなぁ、南方からここまで運んでそれじゃあ大変だろう。」

「下調べしなかった私が悪いんです。でも、これが売れたらまた海に戻って新しいシーアンバーを集めるつもりです。ここで加工できなくても別の使い道があるはずですから!」

力強くこぶしを握り締めるその人の目は雪を解かすぐらいに熱く、そして輝いていた。

確かにアンバーは鉱石ではあるものの有機物が結晶化したものなので他の物よりも柔らかく破損し易いと聞いたことがある。

それでも結晶であることに変わりはなく、さらに言えば柔らかい特性を生かしての加工方法もあったはず。

ようはどうやって何を作るのかっていう話になるんだろう。

こんな時金があれば全部買い占める事も出いたのに、勿体ない話だ。

「銀貨30枚ほどあるんだが、お勧めのやつをいくつか選んでもらえるか?大きさは任せる。」

「え、私が選んでいいんですか?」

「どれが綺麗か一番知ってるだろ?素人が選ぶよりも間違いない。」

「えー、うれしいなぁ。じゃあ大きいのと小さいの混ぜて選びますね!」

「宜しく頼む。」

先に代金を渡して店員にお任せなんて言う買い方は普通しないんだろうけど、ぶっちゃけどれも同じに見えるのでこういう時は素直に信じた方が良い場合もある。

どう見ても人をだまそうっていう感じに見えないしな、恐らく大丈夫だ。

「ありがとうございました!暫くいるので是非またお願いします!」

大小沢山のアンバーが入った袋をもらい、店を離れる。

少し歩いた所で終始無言だったジンがやっと口を開いた。

「不躾ながらながらお聞きしますが、高価な琥珀をこのような買い方をしてよろしいのですか?良い物と言いながら不良品を混ぜて騙されておるやもしれませんが。」

「騙すつもりならもっと巧妙にやるだろ。あの手のタイプは信じられると騙せないタイプだと判断したのさ。」

「なるほど。ですがそれをどうするんです?まさかご自身で加工を?」

「いやいや、そこまで器用じゃないから荷物に混ぜて向こうで加工してもらうつもりだ。加工できないって言ってもやり方の問題だし、それに向こうにはとっておきの武器があるからな。」

「武器ですか。」

「竜の鱗を貫通させる凄いのがあるんだよ。」

今は革の加工用にスカイに貸し出しているが、それを使えばアンバーぐらいなら貫通させる事も出来るだろう。

それが出来ればこいつでネックレスを作ることだって可能のはず。

普通は加工できないと言われるこれらで作ったネックレスともなればかなりの値段になるのは間違いない。

間違いないのだが、確証がない上に買い付ける事も出来ない悲しさ。

しかしながら南方に行けば手に入るのはわかっているので、後は向こうで直接買い付ける事も出来るだろう。

ウンチュミーに言えば手に入るかもしれないしな。

「そんなものまでお持ちとは、流石ですな。」

「とはいえ本当に使えるかわからないから今はこれで十分なのさ。さぁ、さっさと帰ろうぜ。」

「畏まりました。」

他にも見たいところだが残念ながら予算を使い切ってしまったのでここで終了。

寒さに震えながら屋敷に戻ると、丁度昼食が出来たようだ。

暖かなポトフを味わいながら芯まで冷え切った体にやっと熱が戻ってきた。

「それで、雪の市場はどうだったのかな?」

「んー、面白い店が多かったな。そんでもってこんなのを買ってみた。」

「これは・・・アンバーだね。確か北方で採掘されているものがあったと思うけど、これはもう加工されているのかな。」

「いや、こいつは北じゃなくて南で採れたやつらしい。わざわざここまで運んだみたいだが、残念ながら売れなかったそうだ。」

「こんなに綺麗な物でも売れない物があるなんて商売というのは本当に難しい物ですわね。」

貴族の二人ですら認める美しさにもかかわらず、それを安く手放さなければならない現実。

もちろん価値を決めるのは人それぞれだがこの輝きはほとんどの人が認めるものだ。

確かにこれが叩き売られてしまうのはもったいない、だが俺には先立つものがない。

せめて半分でも買い付ける金があればなぁ・・・。

「主殿、この琥珀ですが本当に加工できると思われますか?」

「俺は出来ると思っている。腕のいい宝石職人たちを知っているし、直接加工できないなら細工を施すっていう手もある。カメオやブローチにすればアンバーそのものに手を加えなくても形にはなるだろう。もちろんそれらはもう加工されて来ているだろうからあまり高値では売れないかもしれないが、シーアンバー独特の柔らかさは人気が出るはずだ。他の宝石同様身に着けるだけで生命力を高める効果もあるし、冒険者にも人気は出るんじゃないか。」

「では、そこまでの未来が見えておきながら何故買い付けないのです。貴方ほどの欲深き者であれば今以上に稼げるのではありませんか?」

「そうしたいのは山々だがそれをするだけの金がない。それに、さっきも言ったように確証はないんだ。買い付けたものの売れませんでしたじゃ破産まっしぐら、正直に言えばそこまでのリスクを負う程の物でもない。」

上手くやればそれなりの利益は出せるだろう。

だがそれが一過性の物であるのならば意味は無い。

作るのであればガーネットルージュや他の作品たちのように継続して世に出し続けなければならなくなる。

それだけのアンバーが手に入るかもわからない以上、必要以上に欲をかくのは失敗の元。

いくら俺が強欲だからってそのぐらいの分別は持っているつもりだ。

「わかりました、主殿がそこまで言うのであれば。」

「必要であれば僕がお金を立て替えてもいいけど?」

「いや、それは最初に言ったように断らせてもらう。金を借りて大変な目に合うのはイザベラがよく知っているだろうからな。」

「全くですわ。こんなにこき使われて、たまったものじゃありませんことよ。」

「ってことで今出来るだけの買い付けで十分だ。作れるとわかったらそれはそれで考えよう。」

今できる事をコツコツと。

目の前で輝きを放つアンバーを横目に、俺はある人の事を思い出していた。
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