転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア

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1025.転売屋は目を休める

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うーん。

何だろうこの違和感。

目の奥に熱のようなものを感じ、ぐりぐりと目頭を押さえつつ下を向く。

こうすると多少マシなような気もするのだが、それも一時の事。

またジンジンと奥の方に熱が戻ってきてしまう。

「どうされました?」

「いや、なんとなく目の奥が熱くてな。多分疲れているんだろう。」

「書類確認は目を使いますから、少し休憩なさってください。」

「悪い、そうさせてもらう。」

最終確認は俺にしかできない仕事なので休むわけにはいかないのだが、このままでは集中力すらなくなりそうなのでミラの助言に従い休憩することにした。

フラフラと応接用のソファーに移動し、ドスンと音を立てながら腰掛けそのまま倒れ込み足を端に引っ掛ける。

あまり他人に見せられない恰好ではあるのだが、ここにいるのはミラと俺だけ。

怒られる心配もない。

「あぁぁぁ、目が重い。」

「目薬貰ってきましょうか?」

「あれも一時的だからなぁ。それにあまり使うと夜寝れなくなるんだよ。」

「ちょっと刺激が強すぎるんですよね。」

アネットの目薬はどちらかというと強制覚醒用の部類に入るので使用してしばらくは効果が続くがその後の反動がかなり大きい。

それこそこの間の栄養剤と同じ感じだ。

これでもう仕事が終わるって感じならいいんだが、この後ももうしばらく続きそうなのでアレには出来るだけ頼りたくないんだが、この感じでは仕事に集中できないのも事実。

先程同様目頭を押さえるようにして目を瞑っているとミラが執務室を出て行く音だけが聞こえて来た。

部屋に静寂が降りてくる。

疲れているのならば寝ればいい、でもこの奥の熱さのせいで中々睡魔がやってこない。

っていうか寝るわけにもいかないわけで。

この夏もあれこれやったからなぁ。

最後の夏祭りまであと二週間を切ったし、そろそろそっちの準備もしなきゃならない。

りんご飴にくじ引きに、そうだ打ち上げ花火も手配しないといけないのか。

羊男にやらせようと思ったら別の準備で忙しいからって断られてしまったんだよな。

別に手持ち花火だけでもいいんだが、やっぱり打ち上げ花火は必須。

職人に任せたいところだが手配できなければこの前のようにバーンの背中に乗って落下させるよりない。

打ち上げ花火を上から見るか下から見るか、どちらにせよ丸いから同じ見え方になるって何かに書いてあった気がする。

まだまだやらなければいけないことが沢山ある、そんな事を考えていたその時だった。

「何だ!?」

「すみません、熱かったですか?」

「あ、いや、驚いただけだ。すまん。」

突然目の上に熱い物がのっかってきて慌てて上半身を起こした。

胸元にポトリと落ちたのは熱を帯びた濡れたタオル。

いや、蒸しタオルか。

わざわざ食堂に行って作ってきてくれたんだろう。

再び横になるとミラがそれを静かに乗せてくれる。

目の奥の熱さよりも目の上の熱さに意識が移り、なんとなく目元周りの筋肉がほぐれているような錯覚を覚える。

体の力が抜けていき、俺は大きな息を吐いた。

「前に目を酷使した時に熱したタオルを乗せると楽になると教えてもらったものですから。いかがですか?」

「あぁ、気持ちがいい。」

「よかった。」

目の前は真っ暗だが横にいるミラがホッと胸をなでおろしたのがわかる。

自分も授乳なんかで疲れているのにこうやって仕事を手伝ってくれるんだから、有難い話だが俺も無理をさせないようにしっかりしないと。

とはいえ、今はせっかくの好意を有難くいただくことにしよう。

そのまま目を瞑っていると目の奥の熱と共にタオルの熱も無くなり、冷たくなったのを外すとスッカリ目の疲れが取れていた。

ただ蒸しタオルを乗せただけだというのに恐るべし民間療法。

とはいえ根治ではないので無理は禁物。

「ありがとう、ずいぶん楽になった。」

「それは良かったです。今お茶を淹れましたので、休憩されてからどうぞ。私はグレンの所に戻ります。」

「ミラもちゃんと休めよ。」

「ありがとうございます。」

俺の頬に唇を軽く押し当ててからミラは再び執務室を出て行った。

さて、嫁さんから元気を貰ったわけだしもうひと頑張りしますかね。

湯気を立てる香茶で気持ちもリセットして、俺は再び作業に取り掛かるのだった。


そんな事もありながらも無事に仕事を終えたその日の夜。

突然空からアイデア的な物が落ちてきてしまったので、静かに屋敷奥の倉庫へ移動して中身を漁る。

アイデアはあるんだがそれに見合う素材が見つからない。

こういう時誰かに相談できればいいんだが、この時間は流石のアネットも眠ってしまったようだ。

出来るだけ音を立てないで荷物を動かしていると、突然扉が開き魔灯の明かりがこちらに向けられる。

「誰!って、シロウじゃない。こんな時間に何してるの?」

「エリザか。悪い、煩かったか?」

「喉が乾いたから食堂に行ったら奥から音が聞こえたんだもん、泥棒かと思ったわよ。」

エリザの手には護身用の短剣が握られていた。

出来るだけ音を立てないようにしたつもりだったがエリザには悪い事をした。

「で、何してるの?」

「昼間ミラに蒸しタオルを目の上にのせてもらったら大分楽になったんでな、手軽に作れないかって考えていたんだが・・・。正直いい感じの素材が見当たらないんだ。」

「それって蒸さないでって事?」

「着けるだけで手軽にあったかくなるような素材。一応発熱素材が使えそうなんだが、正直もう少し発熱量が欲しいんだよなぁ。火傷しない程度にじんわりあったかくなるやつ。」

イメージは元の世界に合った電子レンジで温めて使うアイマスク。

目を温めると効果があるのは身を持って体験済みなので、両耳に引っ掛けるだけでその効果を得られれば手軽に使えるだろう。

とはいえそんな簡単に素材が見つかるとは思えないのだが・・・。

「それならホットストーンを使ったら?」

「なんだそれ。」

「水に反応して発熱する石なんだけど粉末にしても効果があるの。粉の量を調整すれば発熱量を加減できるし、水っていっても数滴で問題無いから発熱する間に乾くと思うわ。」

「マジか、そんな素材があるのか。」

「焔の石じゃ重たいし砕いたら使えなくなるけど、問題はどうやって粉をこぼさないかよね。」

それなら俺に考えがある。

水蜥蜴の皮は水分のみを透過して体を潤す性質があったはずだ。

それで包んでやれば中身はこぼれず水分だけをホットストーンに届けることが出来る。

皮で包んだ後は布で覆って耳に引っ掛ける部分をつければアイマスクの完成だ。

後は材料費と発熱量がどんな感じかで実用化できるかが決まるんだが。

「ホットストーンってすぐに手に入るのか?」

「そんなに珍しい素材じゃないしすぐ手に入るんじゃない?」

「ならあとは水蜥蜴の皮か。」

「え、あのべとべと蜥蜴?」

「ベトベトしてるのは皮の上の粘膜で、皮そのものはサラサラしてるんだぞ?」

「わかってるけど、アレを狩りに行くのがちょっと嫌。」

露骨にエリザが嫌な顔をする。

ダンジョンの中でも特に高温多湿な湿地帯に生息する水蜥蜴、正式名称アクアリザード。

体を覆う粘膜は地上でも体が乾燥しないようにという保護目的で分泌されているのだが、ぶっちゃけあの場所で乾燥しようって事の方に無理がある。

10分いるだけで体中から汗が吹き出し、湿度120%ぐらいありそうな空気は呼吸しているだけで苦しくなるぐらいだ。

一度だけ現地を見に行ったが二度と行きたくない場所だな、あそこは。

もちろんそれはほかの冒険者にも同じことが言えるわけで、どうやらそっちの素材を手に入れる方が大変そうだ。

とはいえ一匹仕留めればそれなりに大量の革が手に入る。

なんせ体長2mを越えるコモドオオトカゲばりの巨大な体だからな、アイマスク自体は小さい物だしさらに粉を入れるだけならさらに小さくて問題無いはず。

とりあえず現物を見て相場を確認してから依頼料を決めるとしよう。

理想は一頭当たり銀貨20枚まで。

後は実際に使ってみてどうなるか。

使ったら火傷しましたじゃ話にならないし、この辺はかなりシビアに研究する必要があるだろう。

とはいえ時期を問わず使えるだけに出せば売れる。

問題はこの世界の人がそこまで目を酷使するのかどうかって話になるんだが、職人連中は間違いなく使うだろうし商人も帳簿とにらめっこすると必要だろう。

つまり売れる。

ってことで朝になったら早速探しに行くとしよう。

「悪いな、この時間に付き合わせて。」

「ううん、大丈夫。もう寝る?」

「寝る。」

「今日は誰の番だっけ。」

「誰でもないからこの時間にいるんだろ。」

「そっか、じゃあ一緒に寝ましょ。」

「ルカは?」

「今日はリーシャちゃんと一緒。」

ふむ、それならば拒む理由は無い。

わかり易いお誘いだがお互いまだまだ若い男と女。

こんな時間に二人っきりでいたらそういう気分になってしまうものだ。

翌朝。

少しどころか盛大に寝坊して二人して飛び起きたのは言うまでもない。
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