転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア

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1013.転売屋は腹巻きを作る

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この間の一件以降、ヘルミーナの襲撃は無くなり平穏な日々が戻ってきた。

エリザの話に寄ればアニエスさんの指導の下、彼(ランダ)との関係を改めて見直しているそうだ。

テイマーとして大事な部分を見直すにはいいきっかけになったんだろう。

彼女が冒険者として新たな一歩を踏み出す為には必要なことだったのかもしれない。

「これは中々面白い生地だね。」

「だろ?今までの魔糸と違って魔力伝達効率がかなり高いから発熱効率も上がっている。もちろん必要以上に魔力を吸いすぎないように魔糸の量は限りなく減らしているから倒れる心配も無いはずだ。この冬はこの生地を使って肌着の作成をお願いしたいんだが、構わないか?」

「もちろん、可能な限り頑張らせてもらうよ。」

「そう言ってもらって助かる。商品は買いきりで返品はしない、生地は原価で用意するからそれにローザさんの思う分を上乗せして請求してくれ。」

交渉成立。

廃鉱山で量産している発熱生地は向こうで毛布として加工されるのと同時に、ローザさんの手によってこの冬の新作発熱下着として生み出されることが決まった。

冒険者はもちろん寒空の下で働く労働者にも広く使用してもらえるよう早めに取り掛かってくれるそうだ。

例年秋口にお願いするのだがこの冬は一ヶ月の前倒し。

形は昨年のものをそのまま流用するそうなので、生地さえあれば量産は問題なく行えるらしい。

とはいえ、工場生産ではなくあくまでも手作業。

作れる量には限界があるので住民全員分をまかなうことは難しい。

なので既存の生地を使った発熱下着も隣町にお願いして生産してもらうことになっている。

ナミル女史に新作を献上するだけで受けてくれたんだ、安いもんだろう。

仮に女豹が新作を真似して作ろうにも生地は俺を経由してでないと手に入れることは出来ない。

既存のものは類似品もそれなりに出ているので真似してもあまり利益は出ないだろう。

もっとも、サプリメントや化粧品の製造も行っているのでこれ以上の事業拡大は出来ないはず。

とりあえず寒波が来ても大丈夫なように着々と準備は進んでいるようだ。

ローザさんの店を出て一度店に戻る。

その間わずか五歩、隣同士って本当に便利だなぁ。

「おかえりなさいませ、どうでした?」

「無事に受けてくれたよ。これでこの冬も温かく過ごせそうだ。」

「新作楽しみですね!」

「一応一人二枚は支給する予定だが、それ以外は既存の奴を買って使ってくれ。」

「二枚もあれば十分です。」

特別寒い日には新作のほうを使って、普段使いは既存の奴を使いまわす。

洗い換えがあれば寒い日が続いても問題は無いはずだ。

嬉しそうに笑うメルディの横を通って裏に回り、そのまま倉庫に足を伸ばす。

俺が管理していた頃よりも何倍も見やすく整理された倉庫、本来はこうあるべきなんだよなぁ。

「何かお探しですか?」

「確か俺の使っていた編み針があったと思うんだが、どこにやったかな。」

「それでしたら屋敷に運んだと思いますよ。」

「マジか。」

てっきりここにあると思っていたんだが、屋敷にあるとなると一体どこに仕舞ったのか見当もつかない。

グレイスが知っていると思うのだが、もし知らなかったら誰に聞けばいいんだろうか。

「また編み物されるんですか?」

「あぁ、せめて自分用のマフラーぐらいは作ろうと思ってるんだ。」

「いいなぁ、私ってそういうのまったく出来なくて。」

「俺も最初はそうだったが案外何とかなるものだぞ。暇な時間に手を動かしているといつの間にかできるようになっているもんだ。」

「そうかなぁ。」

「ま、嫌なものを無理やりやる必要も無い。悪いな、仕事の邪魔して。」

倉庫に無いのならもうここにいる必要は無い。

店をメルディに任せて急ぎ屋敷へと戻ると、何度か見たことのある馬車が入り口の前に停車していた。

あれは隣町の紋章、アイルさんでも来たんだろうか。

「あ、シロウさん!」

「キョウじゃないか、一人出来たのか?」

「ビアンカさんがこっちに行くと聞いてたから、折角だし便乗させてもらったんだ。でも兄貴は忙しいって言ってたから置いてきちゃった。」

そういってキョウはペロッと舌を出す。

いつもはアニキの手伝いで忙しいはずなのに、態々一人でここに来るなんて珍しい。

余程の用事があるんだろうか。

「まぁ炭窯の調子もいいみたいだしガラス用の窯作りに集中したいんだろう。それで何しに来たんだ?」

「前に手が空いたら縫い物をしたらどうだって話があったじゃない?アニキは炭作りばっかりで暇になったからいよいよやってみようかなって思ったんだ。まだまだ複雑なものは作れないけど簡単な奴なら出来るかなって思って。」

「確かにそんな話もしたなぁ。まぁ、立ち話もなんだしとりあえず中に入ろうぜ。」

「おじゃましま~す。」

この場にビアンカがいないということはアネットの地下製薬室に飛んで行ったんだろう。

相変わらず仲のいい二人だ。

グレイスにお茶の手配と編み針を探すようにお願いしてから応接室に移動する。

お茶はともかく編み針探しなんて面倒な仕事を頼んだはずなのにソファーに座って五分もしないうちに、グレイスがお茶と共に応接室に戻ってきた。

「お待たせいたしました。こちら、緑茶とお館様の編み針です。」

「え、シロウさんも編み物するの?」

「俺のは趣味ってだけで腕前はまったくの素人だけどな。そうそうこれこれ、これがあればマフラーぐらいは何とか作れそうだ。髪の毛が短いと冬場がすぐ首元が冷えるんだ。」

「まだ夏なのにマフラーだなんてなんだか面白いね。」

確かにこの残暑厳しい日差しの下でマフラーを編むなんておかしい話かもしれない。

でも一つ作ると他の女達が欲しい欲しいと言うのが目に見えているので、今のうちに準備をしておかないと間に合わなくなってしまうんだよな。

「で、具体的に何を作るかは決めてるのか?」

「ん~、そこまではまだ。でも作るからにはシロウさんみたいに皆に喜ばれるものがいいな。」

「俺みたいにねぇ。」

「手軽に使えてそれでいて値段もそんなに高くなくて、何より簡単なやつ。もちろんそんな都合のいいものがあるとは思ってないんだけど、アニキを見てると私も何かしなくちゃって思うんだ。」

「それで焦っているのか。」

「焦ってるのかな、これって。」

間違いなくそうだろう。

ケイゴさんもハルカの手伝いをしているし、シュウはシュウで自分のガラスをもう一度作るべく黙々と作業に没頭している。

元々キョウの仕事はシュウの作ったグラスを売ること、手伝いはもちろんしてきただろうけど本格的なものを作るとかはしてこなかったはずだ。

西方国を出て異国で再出発という流れの中、自分だけが取り残されているように感じているのかもしれない。

「多分な。」

「そっか、やっぱりそうなんだ。」

「まぁ気持ちは分かる。サボっているわけじゃないのに、自分だけ取り残された感じなんだろ?」

「そんな感じ。私は私なりに何かをしたいと思ってるんだけどね、それが何か分からなくなっちゃって。」

「ふむ、それなら一つ頼みたいものがあるんだが。」

「え、なになに!?」

身を乗り出すような感じで食いついてきたキョウを宥めつつ、カバンから取り出したのはさっきローザさんの所でも出した一枚の生地。

特製の魔糸を使った発熱生地だ。

「こいつは人の魔力に反応して発熱する特別な生地だ、これを使って何かあったまるようなものを作って欲しい。形は任せる、自分が作りやすくてそれでいて使う人が喜ぶものがいいだろう。どうだ、出来そうか?」

「え、そんな急に言われても・・・。」

「時間はまだある、とりあえず何か考え付いたら試作品を持ってきて欲しい。だが売るからにはそれなりのものでないといけないのはもちろん分かってるだろ?」

「うん。」

「別に難しく考える必要は無い、自分で作れてかつ欲しいと思うものを作ればいい。」

「私が作れて私が欲しい物。」

生地は黒色。

既存の発熱素材が白だったので、区別しやすい色で生地を作ってもらった。

ちなみにローザさんの所にも同じ物を納品することになっている。

実際の生地を手にしてキョウは驚いたように目を見開く。

そりゃあ触ったそばから暖かくなって来たら驚きもするだろうなぁ、初めて触るわけだし。

しばらく好きなように触らせて様子を伺う。

『自分も何か形のある物を作りたい』、職人である兄の背中を見て育ったからこそ憧れるものもあるんだろう。

「これだけ暖かいのなら腹巻がいいな。」

「腹巻?あの腹に巻くやつか?」

「うん、おへそから腰にかけて温めると体中がホカホカになるんだ。腹巻なら生地を丸めて縫い合わせれば比較的簡単に出来るし、蛇腹にすれば伸縮性も出る。このぐらいなら私でも簡単に出来ると思うんだけど、ダメかな。」

「いや、いいと思うぞ。そうか腹巻か。アレ暖かいんだよなぁ。」

古きよき時代のドラマで旅をするキャラクターが腹巻を巻いていたっけ。

あんな野暮ったい感じは流石にアレだが、真っ黒いこの生地ならもう少しカジュアルな感じで仕上げることが出来るだろう。

子供の頃は親に言われて巻いていたことがあるが、寝るときもホカホカだったりするんだよなぁ。

「でもどれだけ作ればいいのかな。」

「それは自分で考えてみろ、大きさは何種類必要か、どのぐらい作れるのか、そして値段はどのぐらいにするのか。後で生地の値段を教えるからそこから逆算して考えてみるといい。」

「えぇ、そこまでしなきゃだめ?」

「折角の機会だ、とりあえず最初から最後までやってみろ。どうしてもダメなら手伝ってやるさ。」

「わかった、やってみる。」

兄の背中を追い、妹もまたものづくりの道を進むか。

それもまた人生ってもんだろう。

親の背を見て子は育つとも言うし、俺も子供たちに自慢できる背中でいないとなぁ。

金儲けに関しては自信を持って背中を見せてやれるんだが、もう少し別の部分も誇れるよう頑張っていくとしよう。

こうして冬に向けてまた新たな企画がスタートした。

キョウ考案の腹巻、果たしてどういう結果を生み出すのか。

今から楽しみだ。
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