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1011.転売屋は洗濯ばさみを作る

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「シロウさ~ん、ここ置いときますね~。」

「おぅ、代金は受付で貰ってくれ。」

「は~い。」

ダンジョンの地下休憩所。

建物横の広場で黙々と作業していると、のほほんとした感じの新人冒険者がドスンと音を立てて木箱を置いた。

大人しい雰囲気の割りにかなりのマッチョ。

その割にはビビリという残念な奴なのだが、性格はまじめなのでコツコツと仕事をこなしてくれている。

話を聞けば食い扶持を減らすために家から追い出されたのだとか。

フラフラと流れ着いたこの街で冒険者になったのが二日前、初心者に毛の生えた程度の奴だが案外何とかなるもんだ。

積みあがった木箱に溜息をついていると別の人が近づいてくる気配を感じ顔を上げた。

「あ、ご主人様ここにいましたか。」

「アネット?どうしたんだこんなところまで。」

「薬の納品に行こうと思ったら奥様方から託けを頼まれまして。」

「なんだ、上ではそんなに人気なのか。こんなことならもう少し高値で売り出せばよかった。」

作業をやめ、座っていた木箱から立ち上がり腰を伸ばす。

長時間同じ体勢でいたためか体中の骨がボキボキとなる。

体にはよくないと聞くけれど、中々やめられないんだよなぁ。

あー、疲れた。

「皆さん次の販売はいつなのか気になって仕方が無いようです。」

「そんなに人気なら小出しにして売り出すよりも一気にした方が文句が少なそうだな。今の調子だと後二日は掛かりそうだと戻ったら伝えておいてくれ。」

「今日は帰られますか?」

「あぁ、夕方には戻るつもりだ。」

いつまでもダンジョンに寝泊りするつもりは無い。

とりあえず目の前の空き箱だけ片付けてしまって、残りは冒険者に任せてしまおう。

「ではハワードさんにもそう伝えておきますね、今日はカレーですよ。」

「お、いいねぇ。」

「それじゃあご主人様、失礼します。」

アネットは元気よく頭を下げると、そのまま休憩所の中へと向かっていった。

それを目で見送った後、ぐるぐると腰を回すなどして全身をほぐしてから再び気合を入れなおして木箱の中に手を伸ばす。

『プレスクラブ。通称靴底と呼ばれる小型のカニの魔物。体は薄く平らで狭いところに入り込むなどして群生していることが多い。身が少ないため食用には向かず、かといって素材としても使われないので狙われることも少なく、結果大繁殖を起こす事がある。最近の平均取引価格は銅貨3枚、最安値銅貨1枚。最高値銅貨5枚、最終取引日は本日と記録されています。』

木箱に詰められているのは、昨日大量発生した靴底ことプレスクラブ。

昨日のやつは焼き尽くしてしまったが、あの後もダンジョンの奥から少ないながらも這い出してきている。

調査に向かったエリザ曰く巨大な巣が出来ていたようで、そこに別の魔物が近づいたことで慌てて逃げ出したと考えられるらしい。

その別の魔物ってのは残念ながら判明しなかったそうだが、ともかく今後も巣から逃げ出した奴がそれなりの数出て来るんだとか。

ちなみに今運び込まれたのもそういったプレスクラブを回収して木箱に詰めてもらったやつだ。

別に駆除するだけならその場に放置すれば良いだけなのだが、羊男に依頼した肥料の件が比較的いい感じの返事をもらえそうということだったので、ひとまずそっちを量産するべく持ち帰ってもらうことにしている。

甲羅は硬くなかなか刃物は通さないのだが、ハンマーなどの重量のある武器には弱いことがわかり、もぐら叩きならぬカニ叩きのような感じで叩き潰しては木箱もつめられていく。

一応魔物ではあるのだが危険があるとすれば体におまけのようについた鋏ぐらいなもので、動きもそんなに速くないので格好の獲物として大勢の冒険者がこぞって叩き潰してくれているようだ。

ちなみに小型の木箱満杯でおよそ50匹。

それを休憩所に運び込むだけで銀貨1枚も貰えるとあってさっきの彼のような初心者がこぞって回収してくれている。

一匹一匹燃やすのも面倒なのである程度の量になったらこの前のように燃料を投入し一気に焼却。

一杯がおよそ100g程で燃やすと10gの灰が取れるので、木箱一つでおよそ5キロ取れるのだが、羊男の話では木箱一つ分で銀貨1~3枚ぐらいだろうとの事なので十分に元が取れると考えられる。

でもこのままでは何の利益も生み出さない。

銀貨1枚かけて銀貨3枚儲かってもそこにかける労力や燃料代を考えれば儲けなんて微々たるもの。

それじゃあ手間隙かけるのももったいないよなぁ。

「シロウさん、処理し終わった分ってどうします?」

「お、もうさっきの分終わったのか?」

「大分コツをつかんできたんで任せてください。」

「じゃあこの分追加な、後5箱で今日の分は終わりだから頑張れ。」

暇そうにしていた冒険者を金で雇い仕事をさせていたのだが、思ったよりも早く終わったようなので俺は横に置いたもう一つの木箱を指差した。

そこに入っているのは親指の先ぐらいの大きさをしたカニの爪。

さっきから俺が作業していたのは、灰にする為に回収されたプレスクラブの両腕を切り取る作業。

何とも地味な作業ではあるのだが、このひと手間が新たな利益を生み出すのだからそれを捨て置くことは出来ないよな。

「えぇ後五箱も!?」

「任せていいんだろ?」

「うぅ、もうカニバサミは見飽きましたよ。」

「そう言うなって、これが全部終われば一角亭で好きなだけ飯食っていいから。」

「酒も付けてくださいよ。」

「二杯だけな。」

ちなみに彼がしているのは切り取られた爪を水にさらしてから干す作業。

休憩所の裏には魚の干物を作るが如く大量のカニ爪が並べられ、風の魔道具によって乾かされている。

一体何を作っているのか。

その答えが、さっきのアネットとの会話というわけだ。

「しっかし、こんなハサミを欲しがるなんて、世の中わかんないもんですね。」

「それは自分で洗濯してないからだろ。洗濯屋に持っていってみろよ、奥様方が大喜びするぞ。」

「何個か持って帰っていいですか?」

「10個で銅貨20枚な。」

「えー、金取るんですか?」

「当たり前だろ。」

今作っているのはプレスクラブのハサミを使った洗濯ばさみだ。

他のカニと違って爪もハサミも鋭さが無く、ハサミはちょうど物を挟むのにぴったりな形をしているのに気がついた。

切り取ってみるといい感じの圧力でハサミが閉じようとするので試しに布をはさんでみると適度な圧力でしっかり固定してくれた。

そこで思い出したんだ。

この世界の洗濯干しは基本建物間に通した干物上に引っ掛ける感じで行われている。

一応洗濯ばさみのようなものは存在するが、風が吹くと飛んでいってしまうのであまり評判がよろしくない。

現にうちの洗濯物も何回か飛んでいってしまっている。

お気に入りの下着が飛んで汚れてしまったとエリザが怒っていたっけなぁ。

その点このハサミを使えばそれなりの力で挟まる上に、挟む部分が平らなので服を傷める心配も無い。

何より材料費がほぼタダだ。

カニそのものは灰として販売してしまえば利益は出なくとも原価を回収することが出来る。

そこから事前にハサミを取っておいて売れば、丸々儲けになるというわけだ。

木箱一つにつきカニ50匹入っているので100個回収できる。

一日に持ち込まれるのがおよそ10箱、つまり一日1000個のハサミをタダで手に入れることができるというわけだ。

それを10個1セットとして銅貨20枚で売れば100セットで銀貨20枚。

今後この作業を委託するとしても人件費がおよそ銀貨5枚ぐらいで納まるので利益は一日あたり銀貨15枚になる。

カニを燃やすだけでなく必要なパーツを回収し、別のものとして売り払う。

この前のクヴァーレもそうだったが用途を変えて販売できると、それだけ金儲けの幅も広がるんだよなぁ。

もちろんいずれこの大量発生も終わりを迎えるだろうが、前みたいに絶滅するまで狩り続けなければ継続して手に入れることはできるだろう。

鑑定スキルから察するに定期的に大量発生するみたいだし、そのたびにハサミを回収すればそれなりの数を確保できるはずだ。

このハサミも所詮は消耗品。

だからこそ安価に販売して継続して販売することが重要になってくる。

高くていいものは山ほどあるけど、いいもの過ぎると買い替えのサイクルが鈍って比べると利益が少なかったなんてのはよくある話だ。

エコ思考も大切だが商売を考えると消費してもらって初めて利益が出るだけに、長寿命も考え物なんだよなぁ。

「それじゃあ残りを終わらせてさっさと上に戻るとするか。」

「ういっす、頑張ります。」

「シロウさ~ん、また捕まえたんですけどここに置いといていいですか~?」

「なに、もう捕まえてきたのか。」

「元の場所に戻ったら最初以上にカニがいっぱいいて~、ちょっと大変でした。」

先ほど同様のほほんとした話し方ではあるが、それはとても大変な情報ではなかろうか。

なんていうか切羽詰まってほしいんだが・・・。

「俺、ちょっと見てきます。」

「ハンマー忘れるなよ。」

「了解です。」

「あ~、僕も行きます~。」

「気をつけてな。」

「えへへ、大丈夫ですよ。ぜ~んぶ潰して、持ってきますね~。」

カニの血、もとい汁がポタポタと滴るメイスを手に彼はニコニコと微笑み続ける。

猟奇的というかサイコパスというか。

家を追い出されたのももしかするとこの反応が原因なんじゃないだろうか。

俺としてはカニが手に入れば文句は無いんだが、彼のこの先が心配なようなそうではないような。

その後、マッチョの聖職者がメイスを手にダンジョンを徘徊していると噂になるのに、そう時間は掛からなかった。
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