上 下
1,011 / 1,027

1008.転売屋は調教師に出会う

しおりを挟む
少しずつ秋の気配を感じる晩夏の頃。

そんな時期でも夏野菜は青々と茂り、特に豊作なのがオニトポテ。

芋が不作の時に植えたやつだったのだが、この夏は昨年を上回る収穫量で倉庫は山のようになっている。

幸い日持ちするので木箱につめて廃鉱山に運んでおけば冬まで十分食べていけるだろう。

この夏は麦も例年通りの収穫量との事なので昨年ほどの値上がりは無いだろうが、それでもコンスタントに売れてくれる優秀な食材だ。

少し寝かせて糖分を落ち着かせてからこの秋はフライドポテトにでもして売り出してやろうかと考えている。

スティック状でもいいしスライスしてもいい。

どちらも塩をかけて食うだけで美味いんだよなぁ。

そうなるとハンバーガー的な奴も食べたくなるわけで。

ブレットさんが正式に街でパン屋を開いてくれることになったので、こちらに来てもらった際にはそれようのパンを焼いてもらうとしよう。

今の所あのふかふか具合を出せるのはブレットさんにしか出来ないので、それはもう飛ぶように売れるはずだ。

はさむ具材は某チェーン店を真似すればいくらでも出てくる。

こういう時に一から考えなくていいのはありがたいよなぁ。

「ん?」

「レイが吠えていますね、この感じは魔物でしょうか。」

「この時間に来るとは思えないが、ちょっと様子を見てくる。」

魔物であればルフも吠えそうなものだが聞こえてくるのはレイの鳴き声のみ。

収穫の手を止め小走りで畑の入り口に向かうと、レイが体勢を低くして何かに向かって吠え続けていた。

その先に見えるのは同じグレイウルフ。

流れかとも考えたが、その隣に主人らしき女性の姿が見えるので違うんだろう。

そう楽観視していた次の瞬間、その女性が腰にぶら下げた剣を抜きあろう事かレイに向かって突き出した。

「おいおいおい!ちょっとまて!俺の子にいったい何をする気だ!」

慌てて駆け寄りルフと共にレイの前に立ちふさがる。

我関せずと言ったルフだったが、流石に娘の危機となると俺と同じタイミングで飛び出してきた。

「危ないですよ!」

「危ないのはそっちだ、いきなり剣を構えてどういうつもりだ?」

「それは野生のグレイウルフを駆除しようと・・・ってあれ?なついてる?」

「当たり前だろ。」

「え、でも隷属の首輪がありませんよね。」

「そんなものが無くてもこいつらとは意思疎通できている。誤解させたのなら申し訳ないが、こいつらは人に危害を加えることはしない。もっとも、それは自分に危害を加えてこなかったらの話だが。理解してもらえたならそろそろ剣を納めてくれないか?そっちのグレイウルフもな。」

レイとそいつは静かににらみ合ったまま、時折歯をむき出しにしている。

ルフは状況が悪化しないと察したのか、トコトコといつもの寝場所に戻って行ってしまった。

なんとまぁマイペースなことだ。

その様子に剣を構えていた女は毒気を抜かれたのか、手を下ろし静かに剣を納めた。

「ランダ、もう大丈夫だよ。」

「ほぉ、ランダというのか。いい毛並みだな。」

「私の相棒です。すみません、とんだ早とちりをしてしまって。」

「誤解を与えてしまったのはこちらの落ち度だ、気にしないでくれ。」

ランダと呼ばれたグレイウルフは主人の足にそっと頭をこすりつけてから上目遣いに主人を見る。

自分の狼を褒められたのがうれしかったのか、彼女もまたそんな狼の頭を優しく撫でてやった。

隷属の首輪が見えるが決して無理やり服従させている様子は無い。

そんな一人と一匹がうらやましいのか、レイもゴンゴンと頭をぶつけてくる。

結構痛い。

「はいはい、わかったわかった。」

「私、ヘルミーナっていいます。」

「俺はシロウ、この街で買取屋をしている。ここにはダンジョン目当てで来たのか?」

「私、調教師(テイマー)なんですけどランダ以外になかなか新しい子を服従させられなくて。それで、まずは実力をつけるために来ました。」

「テイマー、聞いたことはあるが会ったのは初めてだ。」

「昔はたくさんいたそうですけど、今はあまりいないみたいです。」

レイの頭を撫でながら簡単にテイマーという職業について教えてもらう。

簡単に言えば魔物を従えて戦う冒険者のようだ。

某ゲームのようにボールの中に入れることはできないが、苦楽を共にすることで強固な関係を築くことが出来るらしい。

本来魔獣は隷属の首輪が無いと懐かないと言われている、実際彼女の相棒であるランダの首にもそれがしっかりと巻かれていた。

別に必要ないような気もするが、本来はそれを使用しなければならないはず。

それがあることで他の住民や冒険者も、安心できるのだとか。

そういう意味ではレイの首には何も巻かれていないので、知らない人から見れば野良の魔物に勘違いされてしまうのも致し方ないだろう。

ちなみにルフは前に貰った別の首輪をつけているので、一応見た目的には隷属の首輪をつけているっぽく見えるんだよな。

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「ん?」

「どうして隷属の首輪無しで言うことを聞くんでしょう。その、コツとかあるんでしょうか。」

「後ろにいるルフはここに来たときに俺が助けてからの付き合いだし、レイはルフが生んだ子供でここでずっと暮らしている家族みたいなもんだ。だから隷属の首輪無しでも問題ないと俺は思っている。本来はつけたほうがいいんだろうが、道具に頼らなくても対話で良好な関係は築けると思っている。人間よりもずっと素直だし、お互いに裏切らないと分かっているから安心できる。な、レイ。」

「わふ!」

「すごいなぁ。私もランダの事は家族だと思っていますけど、首輪無しでここまで仲良しになれるかどうか。」

一度道具に頼ってしまっただけに、本当にお互いの事を想いあっているのか不安になっているんだろう。

そもそもテイマーという職業は魔獣と意思疎通をして本領を発揮するものではないのだろうか。

自分がそんな気持ちでは相棒も不安になってしまう。

彼らはそういうのに非常に敏感だからなぁ。

「まぁいきなりは無理かもしれないが俺は大丈夫だと思うぞ。なぁ、レイ。」

「わふ。」

「ランダ、本当に?」

「・・・。」

返事は無いが尻尾は雄弁に答えを語っている。

後は本人同士の問題だろう。

どうやらレイは彼(ランダ)の事が気になるようで、ゆっくり近づいては離れるのを繰り返している。

そういえば野良のグレイウルフとは遭遇しても、こうやって戦いあわない関係というのは初めてなのかもしれない。

折角の機会なので少し遊ばせてもらえるかと聞いてみたら快く承諾してくれた。

その代わりに街の事を色々と伝え、魔獣と一緒に泊まれる宿を紹介することに。

ルフは楽しそうにはしゃぐ娘を時々確認しながら、決して近づこうとはしなかった。

二匹とも恋路、という感じには見えないがお互いに悪い感じはしないようだ。

「すごい、グレイウルフのほかにロックバードやカニバフラワーなんかも従えているなんて。」

「残念ながら会話は出来ないからなんとなく雰囲気で感じているだけだし、どっちかっていうと持ちつ持たれつの関係ってだけで別に従えているわけじゃない。お互いに認め合っているだけだ。な?」

「カカカカ!」

「ババババ。」

「魔獣はともかく彼らは魔物、本来は人を襲うはずなのに何がそうさせるんでしょう。」

ヘルミーナさん的にはその辺が納得できないようで、しきりに首を傾げてはなにがきっかけなのかと質問攻めにあってしまった。

俺だって本当はどうなのかなんて知らないが、一つ言えるのは無理強いをせずお互いを尊重することが大切だと思っている。

魔物とはいえ、やれあぁしろこうしろと言われて気分がいいはず無いからな。

「まるで師匠みたいです。」

「師匠がいるのか?」

「我が家は代々テイマーの家系で、父も師匠の叔父も素晴らしい魔獣を従えています。訓練次第では魔獣だけでなくドラゴンも従わせることが出来ると聞いたその日から、ワイバーン騎士みたいになるのが私の夢なんです。」

「お、おぅ。」

目をキラキラと輝かせて自分の夢を語るヘルミーナさん。

何をするにも目標があるのはいいことだよな。

コレはアレだ、下手に関わるとろくなことにならない奴だ。

これ以上深く関わってはいけないと俺の第六感がそういっている。

そう察した俺は早々に彼女と別れるべくレイたちの所に戻ることにした。

なんとなくレイラをストーカーしていたキャンディーという冒険者を思い出す。

そういえば彼女はどこに行ったんだろうか、エリザのストーカーをしたのは覚えているんだが・・・。

「あ、トト!」

「バーン、なんでここに?」

「マウジーが相談したい事があるから来て欲しいって。」

「急ぎなのか?」

「うん、だからすぐ行こう!」

なんでこんなときに限って悪いことが重なってしまうのか。

いや、もしかするとこういう状況が悪いことを引き寄せているのかもしれない。

とりあえずヘルミーナさんには早急に退場してもらって、あまり刺激を与えないようにしなければ。

「悪い急用ができた。レイ、楽しかったか?」

「わふ!」

「ってことで宿はさっき言った場所がお勧めだ。ダンジョンで何か見つけたら俺の店で高く買えるかもしれない、それじゃあまたな!」

楽しそうに遊んでいたレイを強引に引き離し、『はいさようなら』という感じで彼女達と別れる。

とりあえず見えない場所まで移動すれば何の問題も無いはず。

まったく、間が悪いというかなというか。

別にバーンもマウジーも悪くないのだが、どうしてもそんな風に思ってしまう。

「トト、行くよ!」

「ちょっと待て今はまだ!」

「お肉が待ってるんだから待てない!」

「あ、こら!」

強引に俺の腕を引っ張りまるで親が子供を持ち上げるかのように脇の下にバーンの両手が差し込まれた次の瞬間。

俺の体は空高く放り投げられ、あっという間に地上から遠ざかっていく。

上昇が下降に変わる寸前にストンと跨る感じでバーンの背中に着地した。

最後に見たのは信じられないというヘルミーナさんの顔。

レイがあんなに楽しそうにしているのは見たことが無かっただけに出来れば穏便に関係を継続したかったのだが、その目論見はたった一回のイレギュラーによって無残にも散ってしまった。

ワイバーン騎士の話をするときのあの顔はガチで憧れている感じだったもんなぁ。

戻ったらどんな風になるのか、正直考えたくも無い。

「はぁ。」

「どうしたの、トト。」

「なんでもない。ちょっと面倒なことになりそうだなと思っただけだ。」

「そういう気分のときは美味しいお肉をいっぱい食べると元気になるよ!」

「そうだな。」

「マウジーがブラックホーンをまた仕留めたんだって!今日はいっぱい食べようね!」

頭の中がお肉でいっぱいのバーン。

彼は彼なりに俺を励ましてくれているようだが、到着までの間どうやって彼女に対処しようかと頭を悩ませ続けるのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

処理中です...