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1006.転売屋はパンを買う

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夏といえば鰻。

残暑厳しい夏を越える為にも栄養満点のオイルヒュドラは冒険者や労働者に広く受け入れられることになった。

最初は見た目から毛嫌いされていたというのに美味しいと分かった途端にこの反応。

まぁ、美味いんだから仕方がない。

甘めのタレをたっぷりつけて焼くとそれはもういい香が広がるうえに、それがたっぷり掛かったコメと一緒に食べればそれはもう言葉に出来ない美味さが広がる。

コレはヤバイ。

カニ並みにヤバイ。

ってことで、今までの教訓を生かして乱獲されないよう冒険者ギルドでしっかりと管理してもらうことになった。

幸い繁殖方法に関しても図書館にいけば簡単に調べることが出来たので、今後はそれを専門にする冒険者も出てくることだろう。

ダンジョンの外ではエサだ何だと大変だが、ダンジョンの中であれば勝手に成長してくれる。

もちろんエサを与えればそれ以上に成長するので育てるのにはもってこいの環境と言ってもいいだろう。

そんなわけで街は空前のオイルヒュドラブームというわけだ。

「あー、腹減った。」

「お疲れ様です。今日もオイルヒュドラがあるみたいですけど食べます?」

「流石に連日は飽きるな、たまにはパンが食べたい。」

「ふふ、ご主人様ならそう言うと思ってました。」

「そうか?」

「おコメも美味しいですけど、やっぱりパンの美味しさは何物にもかえられませんよね。」

朝の一仕事を終え少し早く食堂に向かうと、同じく製薬に一区切りついたでだろうアネットが美味しそうにパンを頬張っていた。

最近コメばかりだったからなぁ、そんなに美味しそうに食べられると俺も欲しくなるじゃないか。

「ハワード、俺の分のパンはあるか?」

「申し訳ありません、アネット様の分で最後でして。夕食の食材と一緒に買いに行く予定だったのですが・・・。」

「それなら自分で買ってくるか。悪い今日は外で食べてくるが夕食は?」

「今日はエリザ様のリクエストでビーフシチューです。」

「ならますますパンがいるな、そっちは任された、夕方までには戻る。」

「宜しくお願いします。」

ビーフシチューといえばパンだろう。

それも長いバゲットが理想だ。

この世界のパンはどちらかといえばハード形が多く、元の世界で当たり前のようにあった食パンのような柔らかいものにはまだ出会っていない。

最初こそ戸惑ったものの、よく考えればハード形のパンの方が好きなのであまり困ったことはなかったが結構硬いんだよなぁ。

サンドイッチにする奴とかはその中でも比較的柔らかいやつを選んで買っている。

この街にあるパン屋は全部で三件。

そのそれぞれに特色があるのでいつになっても飽きることはない。

今日の献立を考えると大通りのパン屋がピッタリか。

でもその前に自分の腹ごしらえが先だな。

まだまだ暑い日差しの中露店に足を伸ばすと、珍しくパンの香りが漂ってきた。

小麦の焼ける独特のにおい。

でも焼くには大型の釜が必要なだけにここでパンの焼ける匂いをかぐのは珍しいなぁ。

匂いに釣られて歩みを進めると到着したのはおなじみの場所。

「よぉ兄ちゃん。」

「あれ?おっちゃんパンなんて焼くのか?」

「これは甥っ子の焼いたパンだ。見習いに毛の生えた感じでまだまだ売れ行きがよくないんでな、ここでついでに売ることにしたんだよ。どうだ、一本。」

「折角だしいくつか貰おうかな、ちょうど昼飯探してたんだ。」

匂いの発生源はまさかのおっちゃんの店。

いつも並んでいる保存食の隣に美味しそうなパンがいくつも並んでいた。

そういえばオバちゃんはミラの顔を見に来ているので店は休みにするって言ってたな。

俺も店を出していないので空きスペースが出来ており、そこを使わせてもらっているようだ。

それにしてもたくさんなるなぁ。

「お勧めはうちのチーズ入りのパンと、こっちのベーコンを挟んだ奴だな。」

「へぇ、美味そうだ。」

ちょうど欲しかったバゲットもあったのであわせて購入。

しめて銀貨2枚也。

少々割高だが、味が見合えば問題なし。

輸送費とかあるしどうしても高くなってしまうのは仕方ないだろう。

おっちゃんお勧めのパンはハード系の見た目ながら二つに割ると中に四角いチーズがゴロゴロ入っていた。

元の世界ほどではないが、それでもこの世界で見たパンの中では一番中がふわっとしている気がする。

「美味い!」

「だろ?パン屋になるなんて聞いたときは耳を疑ったもんだが、まぁ人様に出せるぐらいの品は作れるみたいだ。」

「店はないのか?」

「今は自分の家で焼いているだけだな。一応本人は自分の店を持ちたいみたいだが、この街で出すってのは大変だろ?新しい窯だっているし、何より兄ちゃんが空き家を探すのも大変だったんだ。あいつがここでやっていけるか正直不安がある。」

「確かに今は空き家不足だが、拡張工事が終われば店も出せるし何より人が増えれば追加のパン屋は必要だ。俺は売れると思うけどなぁ。」

「兄ちゃんにそこまで褒めてもらったのなら可能性はあるかも知れんな。まぁ図に乗らない程度に褒めておくよ。」

米食が広がったとは言うものの、まだまだパンの方が需要は多いし今後人口が増えればその分の需要を満たす必要が出てくる。

そうなればどこからかパン職人を連れてこないといけないわけだが、コレだけ美味しいパンが焼けるのならば十分勝算はあると思うんだがなぁ。


さっきのをぺろりと平らげてしまい、我慢出来ずに二つ目にも手を伸ばす。

ベーコンエピっぽいパンはペパペッパーの辛さがアクセントになっており、さっきとは違う感じでなお美味しかった。

コレなら全部買い占めてもいいぐらいだが、それをしてしまうと折角の美味しさが広まらないので我慢して半分だけにした俺を褒めてやりたい。

「「「「美味しい!」」」」」

「この柔らかさ、癖になります。」

「私はバゲットの固さが気に入ったわ、焼くとカリカリサクサク。シチューにつけるとしっとりして美味しいの。」

「私はこっちのベーコンのパンが気に入りました。」

「王都でもコレだけのパンは中々見かけませんよ、ねぇお姉さま。」

買い込んだパンは早速夕食で振舞われ、予想通り全員に受け入れられた。

普段から美味しいパンを食べ慣れていたはずのマリーさんやオリンピアの評価が高いのは中々にポイントが高い。

このパンなら毎日でも食べたくなる味だ。

「これが自分で作れたら最高なんですがねぇ。」

「やっぱり自分で焼きたいものなのか?」

「それはもちろん。でも窯やら寝かせる時間やらをその日の気候に合わせて調整しなきゃならないんです、俺にはムリですよ。」

「そうかしら、ハワードならできると思うけど。」

「エリザ様、そんなに褒めても肉は出ませんよ。」

「なんだ残念。」

肉目当てかよ!とツッコミを入れつつも俺もエリザの意見に同感だ。

ハワードならコレと同じまでは行かなくてもこれに近いものは作れそうなもんだけどなぁ。

もちろんそれを仕込む時間があればの話だが、今のハワードにその時間を作れというほうが酷というもの。

コレだけの人数分の食事をドーラさんと二人で仕込んでくれているんだ、その上パンもお願いするなんて申し訳ない。

これからどんどん食べる奴が増えていくわけだし、そうなったら厨房にあと一人は追加しないといけないだろう。

幸いリラが屋敷の仕事をしながら手伝ってくれているので将来はそっちをお願いしてもいいかもしれない。

もちろん本人が別のことをしたいというのならば応援するけどな。

「しばらくはおっちゃんの店で販売するらしいから欲しいものがあったら買いに行ってやってくれ。」

「わかりました。でも残念ですね、この味なら今すぐ店を出しても売れそうなのに。」

「街に空き店舗がありませんから。」

「俺もそれは思ってるんだがミラの言うように空き店舗がないんだよなぁ。とはいえ、この職人を逃す手はないし、いっそのこと抱え込んでしまおうかとも思っている。」

「抱え込む?」

「本人は自分の店を持ちたがっているわけだしそのためには金が要る。それならうちで簡易の工房を作ってそこでパンを焼いてもらうんだ。幸い畑にはまだ空きスペースはあるし、寝泊りは街の中でして貰って作るときだけそっちに移動してもらえばいい。もちろん売上げに応じた見返りは貰うが、拡張工事が終わって店を出せるようになればそこに移動してもらえば今後もこの美味いパンが食えるだろ。」

もちろん本人がそれを承諾したらの話だが、ぶっちゃけ金を積んででも来てもらいたいと思っている。

このパンは売れる、そして受け入れられる。

今のうちにつばをつけておけば今後も美味しいパンを食べられるというわけだ。

「シロウがそこまで気に入るなんてよっぽどね。」

「いっそのことうちで雇いますか?」

「いやいや、それはまた違うだろう。自分で店を出すからこそやりがいがあるってもんだ。」

「そうでしょうか。」

「・・・多分。」

「なんで急に自信なくなるのよ。」

「雇われの方が安心するって奴を何人も見ているからなぁ。」

アネットをはじめアグリやメルディも自分で店を持つよりも雇われているほうがいいと言っている。

向上心がないわけではないのだが安心感が違うんだろう。

俺としてはそのほうがありがたいので引き続き働きやすい環境を作っていくつもりだ。

「お館様の読みでは次に来るのはパンですか、それに合う料理を考えないといけませんね。」

「いやいや、今でも十分美味いって。」

「いえ、このパンに合うとなるとまた味付けを考えないといけません。お館様の事ですからまた新しい料理を考案しそうですし。」

「それが楽しみよね。」

「えぇ、次はどんな料理なんでしょうか。」

エリザとハワードが二人して何かに期待しているようだが、そこまでは考えていないんだけどなぁ。

パン食は十分流通しているし、今更それが広がるとは思えない。

もちろん受け入れられるとは思うがそれとコレとは話が別だ。

ま、とりあえず明日この話をおっちゃんに伝えてから考えるとしよう。

売れるよりもまず自分の腹が満たされる、それが一番さ。
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