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1002.転売屋は栄養剤を飲む
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「はい、ワイルドボアの肉5頭分、今日のノルマおしまい!」
「えぇっと次はアングリーバード20羽に、それからロングホーン3頭ね。」
「えぇ!ノルマはこなしたわよ!」
「それはエリザのノルマでしょ、他の分が終わってないの。ほら、行った行った。」
エリザのほうを向きもせずニアはシッシッと手を動かす。
その態度が気に入らなかったのか、エリザは子供のように顔を赤らめ頬を膨らませてた。
「ブーブー!ちょっとシロウ何か言ってよ!」
「あー、頑張れ。」
「弱い魔物はもう飽きた!もっとこう、骨のある奴は居ないの?」
「それじゃあソルジャースケルトンとスケルトンジェネラルの討伐よろしく。」
「そっちの骨じゃなくて!ってまだ居るの!?」
「大方片付いたけど全部駆除できてないのよ。いいでしょ、ジェネラルなんて骨のある魔物じゃない。」
ここはダンジョン中層の休憩所。
そこに設けられた臨時の冒険者ギルド前。
ダンジョン唯一の安全地帯ということもあり、いつもなら大勢の冒険者でにぎわっているはずが、今では周りを見渡しても数えるほどの冒険者しか滞在していない。
それも熟練の冒険者ばかり、本来ならばありえない光景だ。
エリザもそうだがいつもはこんな場所に滞在せずもっと下層のほうを探索しているはずなのだが、とある事情により中層を拠点に動いてもらっている。
彼らも今おかれている状況を理解しており、通常よりも多い報酬と引き換えに自らの冒険欲を抑えている状況だ。
俺の商売としても、彼らには奥深くを探索してもらってよりよい装備品や素材を持ち帰って欲しいところなのだが・・・、現実はそれを許してくれない。
「はぁ、行けばいいんでしょ行けば。」
「帰ったら美味い酒が待ってるぞ。」
「それよりもルカに会いたいわ。そのためにもこんな仕事さっさと終わらせないと、すぐに片付けてくるからシロウは帰っちゃダメだからね!」
「へいへい、気をつけてな。」
乱雑にカウンターに立てかけた巨大な斧を取り、荒々しい足音共にエリザはダンジョンの奥へと消えていった。
その背中の何とも勇ましいこと。
休憩時間わずか数分、大丈夫だとは思うが他の冒険者同様疲労の色は隠せていなかった。
「はぁ、エリザには悪いことしちゃったわね。」
「致し方ないだろう冒険者不足なんだから。」
「前まで紹介できる仕事がないぐらいに居たのにね。まぁ、あんなことがあったら仕方ないといえば仕方ないんだけど・・・。」
「今ケイゴさんとハルカさんに手伝ってもらえるようにお願いしてる、もう少しだけ辛抱してくれ。」
「ほんとシロウさんのおかげで助かってるわ。本来ならアニエスさんもウーラさんもこんな簡単な仕事をお願いするような実力じゃないんだけど、街を維持する為にはどうしても必要なのよ。」
盛大な溜息と共に自慢の胸が大きく揺れる。
いつもならその揺れ目当てに若い冒険者が押し寄せているはずなのに、ここに居る冒険者は誰も見向きもしない。
もちろんニアの乳が悪いわけじゃない、ただ単に冒険者の数が少ないだけだ。
この間の怨霊騒動。
ダンジョンで命を失った冒険者達の霊がそこらじゅうに溢れ自らの恨みをぶちまけまくった結果、新人冒険者を中心にダンジョンへの恐怖心が出てしまい潜る人数が大幅に減ってしまった。
ダンジョンそのものはいつもの状況に戻ってはいるのだが、現状でダンジョンに潜っているのは騒動前の半分ほど。
ほとんどが中級以上の熟練冒険者だ。
この街はダンジョンから得られる素材や食料で運営されている。
いつもなら新人冒険者達が比較的難易度の低い食料調達依頼をこなして生計を立てつつ実力をつけていくものなのだが、それを行うはずの冒険者が居なくなってしまった為に食料供給率が大幅に低下。
また、日常生活で使うような素材や工業用の材料なども不足し始めている。
幸いにも豊富な資金がある街なので足りない分は近隣の町から仕入れることで今の所は何とかなっているのだが、言い換えれば不要な金を支払って手に入れているのも同じこと。
コレが長期化すれば拡張工事にも影響が出ることは間違いない。
それよりも今までどおりの生活を営むことすら出来なくなるかもしれない。
それだけ冒険者不足、特に新人冒険者の不足は深刻化している。
エリザをはじめ残っている中級以上の冒険者達がそれらの仕事を買って出てくれているのだが・・・。
「はぁ、俺達いつまでこんな仕事しなきゃならないんだろうな。」
「仕方ないだろ新人がビビってるんだから。」
「こんなことなら他のダンジョンに潜ったほうが何倍もマシだぜ。」
「それを言うなって。これだけぬるい仕事で大金が手に入るんだ、休暇だと思えよ。」
「俺は休暇よりも戦っているほうがいいんだけどな。」
難易度の低い仕事は単調で、彼らの求めている戦いや高価な素材を得る機会が失われているのも事実。
今はまだ我慢してくれているが、それも時間の問題といえるだろう。
早くなんとかしなければならないのだが、コレばっかりは時間をかけるしかないなんだよなぁ。
「さぁて、俺も行ってくるかな。」
「え、もう行くの?さっき帰ってきたばかりじゃない。」
「俺だけ休んでいるわけにも行かないだろ。他の冒険者と違って安全な場所からチクチクやってるだけだし、俺がサボれば他の冒険者に迷惑かかる。エリザが先に戻ってきたら迎えにくるように行っといてくれ。」
「ごめんなさいね、シロウさんにまでこんなことお願いして。」
「それだけの金は貰ってるから気にしないでくれ。」
重たい体に鞭を打って椅子から立ち上がり腰にぶら下げたスリングの状態を確認する。
特に問題はなし、弾の補充もさっき終わらせた。
後は腕が悲鳴を上げるまで弾を撃ち続けるだけ。
休憩所近くの通路から少し言ったところには、パラライヒュドラという魔物が群生する場所がある。
その奥が良質な狩場になっており、パラライヒュドラの触手自体もそれなりの値段で取引されることから繁殖しすぎる前に冒険者の手によって駆除されていたのだが、冒険者不足になってからというもの駆除が追いつかず無駄に繁殖して狩場への通行を妨げていた。
本来であれば正しく駆除して素材を回収するべきなのだが、人手もない上に一般人の俺が突っ込むわけにも行かず結果として遠距離から可燃性の弾を撃ち込んで燃やし尽くすしか方法が残されていなかった。
幸いにもスリングとその他装備のおかげで俺でも燃やすぐらいはできるので、彼らの手間を少しでも解消するべく買取屋の俺がダンジョンに潜っているというわけだ。
アニエスさんとドーラさんも頑張ってくれているし、ダンジョンの恩恵を受けて生計を立てているだけに手伝わないという選択肢はなかった。
所定の位置に移動し、ただ群生地に向かってボンバーフラワーの種子とパームボールを交互に打ち込むだけの簡単な作業。
それでも体に疲れはたまっていき、最初よりもペースが落ちてしまう。
すぐに限界が来て休憩していると後ろからエリザがやってくるのが見えた。
「お疲れ様。」
「そっちもお疲れ、駆除は終わったか?」
「さっさとぶっ飛ばして帰ってきたわ。こっちは・・・もうちょっとみたいね。」
「悪いがちょっとだけ待ってくれ。」
「疲れてるんでしょ、大丈夫だからゆっくりやって。」
エリザたちに比べれば疲れるほどでもない仕事なのだが、装備があるとはいえ射撃には集中力が必要なのでどうしても心がが参ってしまう。
何とか最後の仕事を終えてエリザに支えられながら屋敷へと戻った俺は、着替えることもせずそのまま自室のベッドに倒れこんだ。
「ムリ、死ぬ。」
「お疲れ様でした。お食事は・・・無理そうですね。」
「悪いが少し寝かせてくれ。」
ベッドに倒れこんだ俺を労いつつ、アネットが靴を脱がせてくれる。
そんなことすら出来ないぐらいに俺の体はくたびれ果てているようだ。
「それでしたら心の落ち着く薬と栄養剤をお持ちします。」
「栄養剤ってもしかして前の奴か?」
「アレはどちらかというと精力剤ですね。今回のは疲れを取る為の栄養補給用でしょうか。」
「それならいいが、副作用は?」
「ちょっとスッキリしすぎて目がさえてしまう事でしょうか。」
「それぐらいならまぁいいか。」
複数人を同時に相手をする日なんかは過去に何度かお世話になったことがあるのだが、あの栄養剤もとい精力剤って反動がやばいんだよな。
そのときはよくても後から一気に疲れが押し寄せてくる感じ。
あれはあまり使いたくない。
小走りで部屋を出て行ったアネットを待つ間に着替えを済ませ、やっと気分的にも落ち着くことが出来た。
後は薬を飲んで英気を養えばまた明日から頑張れるはず。
「お待たせしました、こちらが栄養剤でこっちが睡眠剤です。」
「睡眠剤?」
「飲むと目が冴え過ぎてしまうのでこれで中和するんです。」
「それってどうなんだ?」
「私も飲んでいますので安全性は確認済みですよ。」
「まぁそれならいいか。」
疲れすぎてあまり正常な判断が出来ていないような気もするが、早く疲れを取りたいという願望の方が勝っている。
『アネットお手製栄養剤。ストロングガーリックやマカトニーなどの成分を配合した栄養剤。疲れを吹き飛ばし不調を無視することが出来る。ただし睡魔を感じなくなってしまうため隠れ睡眠不足になりやすく飲みすぎには注意が必要。最近の平均取引価格は銅貨30枚、最安値銅貨25枚最高値銅貨40枚最終取引日は本日と記録されています。』
『アネットお手製睡眠薬。スリーピングベアの内臓から抽出した成分はどのような魔物でも夢の世界に誘ってしまう。睡眠不足解消や不眠の治療などに用いられるものの過度に服用すると目覚めることが出来なくなる為注意が必要。最近の平均取引価格は銅貨50枚、最安値銅貨44枚最高値銅貨60枚、最終取引日は本日と記録されています。』
栄養剤にいたっては元の世界にあったエナジードリンクのような感じで、睡眠薬は睡眠誘導剤のような感じだろうか。
もちろん用法用量を守れば何の問題もないんだろうけど、使用するのが非常に怖いんだが。
「・・・本当に大丈夫なんだよな?」
「大丈夫です。」
「本当だな?」
「本当です。」
間髪いれず返事をするあたり余計に不安なんだが、この疲れから開放されたいというのもまた事実。
ここはアネットを信じてみるか。
どちらも二錠ずつ飲むようで、まとめて口に入れて水で一気に流し込む。
流石にすぐに反応はしないだろうけど、どうなることか・・・。
「うっ!」
「ご主人様?」
水と一緒に胃の中に落ちた感覚があってものの数秒。
突然体が熱くなり、心臓がドクンドクンと強くそして早く鼓動し始める。
これ、絶対大丈夫じゃないよな!
そう言葉に出そうと思ったら、今度は頭の中にもやが掛かったかのように思考がまわらなくなる。
ヤバイ。
心臓は早鐘のように鼓動して全身に血液を贈っているのに、脳みそがそれを受け入れていない。
上と下で相反する反応が起き、心がそれについていけない。
ヤバイ。
それしか考えられなくなり、目の前がぐるぐると回りだしたと思った次の瞬間。
頭の中で何かがはじけると同時に、俺の意識もはじけとんだ。
「で、結局そのヤバイのは売り出すことにしたのね。」
「最初のままだと流石に無理だが、四倍に希釈すると中々使えることが分かったからな。休憩所の冒険者にも使ってもらったが反応はよかった。とはいえ、使いすぎると後が大変だからギルド証の提示を義務付けてその場で飲むことを徹底させる予定だ。」
「でも睡眠薬のほうも売り出すんでしょ?」
「いや、そっちは色々と問題が多いから売り出すのは栄養剤だけだな。」
「あー、確かにこの間のシロウを見ると分かる気がするわ。」
俺がぶっ倒れて二日。
翌朝何事もなく目が覚めた俺だったが、周りはかなり心配したようで特にアネットは目を真っ赤に腫らして謝ってきた。
何度も頭を下げるアネットにフォローを入れつつも、疲れをまったく感じなくなった栄養剤の効果に思わず舌を巻いてしまう。
さすがアネット、効果は絶大だ。
とはいえそのまま使うわけにも行かないので希釈して効果を薄めつつ普及させることに。
睡眠薬は他人に使うことで自由を奪ってしまえるので販売は見送り今までどおり必要な人にのみ提供するということで決着がついた。
冒険者のほかにも労働者の皆様からも反応はよく、希釈することで量を売ることが出来るということもあり販売を決定。
イメージは元の世界で売られていたエナジー系ドリンク。
もっとも、エリザにも言ったように当分は許可制なので飲みすぎて中毒になる心配はないだろう。
俺も服用するつもりではいるが飲みすぎ厳禁。
基本は美味い飯と睡眠が一番ってね。
「エリザも無理するなよ。」
「私は大丈夫、お酒さえあればいつでも元気だから。」
「それもそれでどうかと思うがな。」
酒は百薬の長とは良く言ったものだがこちらも飲みすぎは禁物。
つまりは何事も用法用量を守れって事だ。
冒険者が戻るまではもう少し頑張るしかないだろう。
何とかして手を打たなければと思うのだが、世の中うまくいかないものだ。
そんな事を考えつつ、栄養剤を飲み干し再びダンジョンの奥へとエリザと共に向かうのだった。
「えぇっと次はアングリーバード20羽に、それからロングホーン3頭ね。」
「えぇ!ノルマはこなしたわよ!」
「それはエリザのノルマでしょ、他の分が終わってないの。ほら、行った行った。」
エリザのほうを向きもせずニアはシッシッと手を動かす。
その態度が気に入らなかったのか、エリザは子供のように顔を赤らめ頬を膨らませてた。
「ブーブー!ちょっとシロウ何か言ってよ!」
「あー、頑張れ。」
「弱い魔物はもう飽きた!もっとこう、骨のある奴は居ないの?」
「それじゃあソルジャースケルトンとスケルトンジェネラルの討伐よろしく。」
「そっちの骨じゃなくて!ってまだ居るの!?」
「大方片付いたけど全部駆除できてないのよ。いいでしょ、ジェネラルなんて骨のある魔物じゃない。」
ここはダンジョン中層の休憩所。
そこに設けられた臨時の冒険者ギルド前。
ダンジョン唯一の安全地帯ということもあり、いつもなら大勢の冒険者でにぎわっているはずが、今では周りを見渡しても数えるほどの冒険者しか滞在していない。
それも熟練の冒険者ばかり、本来ならばありえない光景だ。
エリザもそうだがいつもはこんな場所に滞在せずもっと下層のほうを探索しているはずなのだが、とある事情により中層を拠点に動いてもらっている。
彼らも今おかれている状況を理解しており、通常よりも多い報酬と引き換えに自らの冒険欲を抑えている状況だ。
俺の商売としても、彼らには奥深くを探索してもらってよりよい装備品や素材を持ち帰って欲しいところなのだが・・・、現実はそれを許してくれない。
「はぁ、行けばいいんでしょ行けば。」
「帰ったら美味い酒が待ってるぞ。」
「それよりもルカに会いたいわ。そのためにもこんな仕事さっさと終わらせないと、すぐに片付けてくるからシロウは帰っちゃダメだからね!」
「へいへい、気をつけてな。」
乱雑にカウンターに立てかけた巨大な斧を取り、荒々しい足音共にエリザはダンジョンの奥へと消えていった。
その背中の何とも勇ましいこと。
休憩時間わずか数分、大丈夫だとは思うが他の冒険者同様疲労の色は隠せていなかった。
「はぁ、エリザには悪いことしちゃったわね。」
「致し方ないだろう冒険者不足なんだから。」
「前まで紹介できる仕事がないぐらいに居たのにね。まぁ、あんなことがあったら仕方ないといえば仕方ないんだけど・・・。」
「今ケイゴさんとハルカさんに手伝ってもらえるようにお願いしてる、もう少しだけ辛抱してくれ。」
「ほんとシロウさんのおかげで助かってるわ。本来ならアニエスさんもウーラさんもこんな簡単な仕事をお願いするような実力じゃないんだけど、街を維持する為にはどうしても必要なのよ。」
盛大な溜息と共に自慢の胸が大きく揺れる。
いつもならその揺れ目当てに若い冒険者が押し寄せているはずなのに、ここに居る冒険者は誰も見向きもしない。
もちろんニアの乳が悪いわけじゃない、ただ単に冒険者の数が少ないだけだ。
この間の怨霊騒動。
ダンジョンで命を失った冒険者達の霊がそこらじゅうに溢れ自らの恨みをぶちまけまくった結果、新人冒険者を中心にダンジョンへの恐怖心が出てしまい潜る人数が大幅に減ってしまった。
ダンジョンそのものはいつもの状況に戻ってはいるのだが、現状でダンジョンに潜っているのは騒動前の半分ほど。
ほとんどが中級以上の熟練冒険者だ。
この街はダンジョンから得られる素材や食料で運営されている。
いつもなら新人冒険者達が比較的難易度の低い食料調達依頼をこなして生計を立てつつ実力をつけていくものなのだが、それを行うはずの冒険者が居なくなってしまった為に食料供給率が大幅に低下。
また、日常生活で使うような素材や工業用の材料なども不足し始めている。
幸いにも豊富な資金がある街なので足りない分は近隣の町から仕入れることで今の所は何とかなっているのだが、言い換えれば不要な金を支払って手に入れているのも同じこと。
コレが長期化すれば拡張工事にも影響が出ることは間違いない。
それよりも今までどおりの生活を営むことすら出来なくなるかもしれない。
それだけ冒険者不足、特に新人冒険者の不足は深刻化している。
エリザをはじめ残っている中級以上の冒険者達がそれらの仕事を買って出てくれているのだが・・・。
「はぁ、俺達いつまでこんな仕事しなきゃならないんだろうな。」
「仕方ないだろ新人がビビってるんだから。」
「こんなことなら他のダンジョンに潜ったほうが何倍もマシだぜ。」
「それを言うなって。これだけぬるい仕事で大金が手に入るんだ、休暇だと思えよ。」
「俺は休暇よりも戦っているほうがいいんだけどな。」
難易度の低い仕事は単調で、彼らの求めている戦いや高価な素材を得る機会が失われているのも事実。
今はまだ我慢してくれているが、それも時間の問題といえるだろう。
早くなんとかしなければならないのだが、コレばっかりは時間をかけるしかないなんだよなぁ。
「さぁて、俺も行ってくるかな。」
「え、もう行くの?さっき帰ってきたばかりじゃない。」
「俺だけ休んでいるわけにも行かないだろ。他の冒険者と違って安全な場所からチクチクやってるだけだし、俺がサボれば他の冒険者に迷惑かかる。エリザが先に戻ってきたら迎えにくるように行っといてくれ。」
「ごめんなさいね、シロウさんにまでこんなことお願いして。」
「それだけの金は貰ってるから気にしないでくれ。」
重たい体に鞭を打って椅子から立ち上がり腰にぶら下げたスリングの状態を確認する。
特に問題はなし、弾の補充もさっき終わらせた。
後は腕が悲鳴を上げるまで弾を撃ち続けるだけ。
休憩所近くの通路から少し言ったところには、パラライヒュドラという魔物が群生する場所がある。
その奥が良質な狩場になっており、パラライヒュドラの触手自体もそれなりの値段で取引されることから繁殖しすぎる前に冒険者の手によって駆除されていたのだが、冒険者不足になってからというもの駆除が追いつかず無駄に繁殖して狩場への通行を妨げていた。
本来であれば正しく駆除して素材を回収するべきなのだが、人手もない上に一般人の俺が突っ込むわけにも行かず結果として遠距離から可燃性の弾を撃ち込んで燃やし尽くすしか方法が残されていなかった。
幸いにもスリングとその他装備のおかげで俺でも燃やすぐらいはできるので、彼らの手間を少しでも解消するべく買取屋の俺がダンジョンに潜っているというわけだ。
アニエスさんとドーラさんも頑張ってくれているし、ダンジョンの恩恵を受けて生計を立てているだけに手伝わないという選択肢はなかった。
所定の位置に移動し、ただ群生地に向かってボンバーフラワーの種子とパームボールを交互に打ち込むだけの簡単な作業。
それでも体に疲れはたまっていき、最初よりもペースが落ちてしまう。
すぐに限界が来て休憩していると後ろからエリザがやってくるのが見えた。
「お疲れ様。」
「そっちもお疲れ、駆除は終わったか?」
「さっさとぶっ飛ばして帰ってきたわ。こっちは・・・もうちょっとみたいね。」
「悪いがちょっとだけ待ってくれ。」
「疲れてるんでしょ、大丈夫だからゆっくりやって。」
エリザたちに比べれば疲れるほどでもない仕事なのだが、装備があるとはいえ射撃には集中力が必要なのでどうしても心がが参ってしまう。
何とか最後の仕事を終えてエリザに支えられながら屋敷へと戻った俺は、着替えることもせずそのまま自室のベッドに倒れこんだ。
「ムリ、死ぬ。」
「お疲れ様でした。お食事は・・・無理そうですね。」
「悪いが少し寝かせてくれ。」
ベッドに倒れこんだ俺を労いつつ、アネットが靴を脱がせてくれる。
そんなことすら出来ないぐらいに俺の体はくたびれ果てているようだ。
「それでしたら心の落ち着く薬と栄養剤をお持ちします。」
「栄養剤ってもしかして前の奴か?」
「アレはどちらかというと精力剤ですね。今回のは疲れを取る為の栄養補給用でしょうか。」
「それならいいが、副作用は?」
「ちょっとスッキリしすぎて目がさえてしまう事でしょうか。」
「それぐらいならまぁいいか。」
複数人を同時に相手をする日なんかは過去に何度かお世話になったことがあるのだが、あの栄養剤もとい精力剤って反動がやばいんだよな。
そのときはよくても後から一気に疲れが押し寄せてくる感じ。
あれはあまり使いたくない。
小走りで部屋を出て行ったアネットを待つ間に着替えを済ませ、やっと気分的にも落ち着くことが出来た。
後は薬を飲んで英気を養えばまた明日から頑張れるはず。
「お待たせしました、こちらが栄養剤でこっちが睡眠剤です。」
「睡眠剤?」
「飲むと目が冴え過ぎてしまうのでこれで中和するんです。」
「それってどうなんだ?」
「私も飲んでいますので安全性は確認済みですよ。」
「まぁそれならいいか。」
疲れすぎてあまり正常な判断が出来ていないような気もするが、早く疲れを取りたいという願望の方が勝っている。
『アネットお手製栄養剤。ストロングガーリックやマカトニーなどの成分を配合した栄養剤。疲れを吹き飛ばし不調を無視することが出来る。ただし睡魔を感じなくなってしまうため隠れ睡眠不足になりやすく飲みすぎには注意が必要。最近の平均取引価格は銅貨30枚、最安値銅貨25枚最高値銅貨40枚最終取引日は本日と記録されています。』
『アネットお手製睡眠薬。スリーピングベアの内臓から抽出した成分はどのような魔物でも夢の世界に誘ってしまう。睡眠不足解消や不眠の治療などに用いられるものの過度に服用すると目覚めることが出来なくなる為注意が必要。最近の平均取引価格は銅貨50枚、最安値銅貨44枚最高値銅貨60枚、最終取引日は本日と記録されています。』
栄養剤にいたっては元の世界にあったエナジードリンクのような感じで、睡眠薬は睡眠誘導剤のような感じだろうか。
もちろん用法用量を守れば何の問題もないんだろうけど、使用するのが非常に怖いんだが。
「・・・本当に大丈夫なんだよな?」
「大丈夫です。」
「本当だな?」
「本当です。」
間髪いれず返事をするあたり余計に不安なんだが、この疲れから開放されたいというのもまた事実。
ここはアネットを信じてみるか。
どちらも二錠ずつ飲むようで、まとめて口に入れて水で一気に流し込む。
流石にすぐに反応はしないだろうけど、どうなることか・・・。
「うっ!」
「ご主人様?」
水と一緒に胃の中に落ちた感覚があってものの数秒。
突然体が熱くなり、心臓がドクンドクンと強くそして早く鼓動し始める。
これ、絶対大丈夫じゃないよな!
そう言葉に出そうと思ったら、今度は頭の中にもやが掛かったかのように思考がまわらなくなる。
ヤバイ。
心臓は早鐘のように鼓動して全身に血液を贈っているのに、脳みそがそれを受け入れていない。
上と下で相反する反応が起き、心がそれについていけない。
ヤバイ。
それしか考えられなくなり、目の前がぐるぐると回りだしたと思った次の瞬間。
頭の中で何かがはじけると同時に、俺の意識もはじけとんだ。
「で、結局そのヤバイのは売り出すことにしたのね。」
「最初のままだと流石に無理だが、四倍に希釈すると中々使えることが分かったからな。休憩所の冒険者にも使ってもらったが反応はよかった。とはいえ、使いすぎると後が大変だからギルド証の提示を義務付けてその場で飲むことを徹底させる予定だ。」
「でも睡眠薬のほうも売り出すんでしょ?」
「いや、そっちは色々と問題が多いから売り出すのは栄養剤だけだな。」
「あー、確かにこの間のシロウを見ると分かる気がするわ。」
俺がぶっ倒れて二日。
翌朝何事もなく目が覚めた俺だったが、周りはかなり心配したようで特にアネットは目を真っ赤に腫らして謝ってきた。
何度も頭を下げるアネットにフォローを入れつつも、疲れをまったく感じなくなった栄養剤の効果に思わず舌を巻いてしまう。
さすがアネット、効果は絶大だ。
とはいえそのまま使うわけにも行かないので希釈して効果を薄めつつ普及させることに。
睡眠薬は他人に使うことで自由を奪ってしまえるので販売は見送り今までどおり必要な人にのみ提供するということで決着がついた。
冒険者のほかにも労働者の皆様からも反応はよく、希釈することで量を売ることが出来るということもあり販売を決定。
イメージは元の世界で売られていたエナジー系ドリンク。
もっとも、エリザにも言ったように当分は許可制なので飲みすぎて中毒になる心配はないだろう。
俺も服用するつもりではいるが飲みすぎ厳禁。
基本は美味い飯と睡眠が一番ってね。
「エリザも無理するなよ。」
「私は大丈夫、お酒さえあればいつでも元気だから。」
「それもそれでどうかと思うがな。」
酒は百薬の長とは良く言ったものだがこちらも飲みすぎは禁物。
つまりは何事も用法用量を守れって事だ。
冒険者が戻るまではもう少し頑張るしかないだろう。
何とかして手を打たなければと思うのだが、世の中うまくいかないものだ。
そんな事を考えつつ、栄養剤を飲み干し再びダンジョンの奥へとエリザと共に向かうのだった。
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異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。
突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。
貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。
意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。
貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!?
そんな感じの話です。
のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。
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