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1000.転売屋は自らの可能性を売る

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いつの間にか流星群は何処かに落ち、夜空は何事もなかったかのように動かない星を瞬かせている。

静寂の中聞こえるのは小さな吐息だけ。

ふと、部屋を照らすオレンジ色の魔灯の光の中に黒い影が動くのを感じた。

「どう?」

扉が開いたことにすら気付かなかったようだ。

ゆっくりと顔を上げると暗闇の向こうにエリザの顔が見えた。

表情は硬く今にも泣きそうな顔をしている。

まったく泣き虫だなお前は。

「未だ意識はない。呼吸も浅いし先生の見立てじゃ朝までが峠だそうだ。あの子は?」

「今眠った所、皆で見てるから安心して。」

「そうか。」

「名前、聞いてなかったのね。」

「産まれた時に聞く事にしていたからな。」

子供の名前は色々考えていたが、最後に決めるのは母親というのが俺達の中にいつの間にか出来上がったルールだ。

だからハーシェさんもエリザもマリーさんも、産まれた後顔を見た時に教えてもらっていた。

でも今回は違う。

子供は産まれた。

元気な産声を上げてこの世に生を享けたのは男の子だ。

だが真っ先に抱きしめてあげるはずの母親に意識はなく、抱き上げる事も出来なかった。

すぐに処置が施され今は落ち着いているものの大量の血を失ったせいで体内の魔素も少なく、まさに風前の灯火。

どんな傷に効くポーションも回復魔法も、失ったものは取り戻せないし万能ではない。

後は本人のがんばり次第。

ついさっきまでおばちゃんが必死に声をかけていたのだが、反応することは無かった。

俺の声ではダメでもおばちゃんなら、そんな淡い期待を抱いていたのだが世の中そんなに甘くなかったようだ。

そもそもここまで話が出来すぎだったんだ。

何をしてもうまくいって、有頂天になっていた。

そのしっぺ返しが来たのかもしれない。

それでも、それを受けるのは俺であってミラではない。

神様とやらはいったいどこで間違ったんだろうか。

顔を見たら思わずぶん殴ってしまいそうだ。

「少し休んだら?」

「休むって言っても何もしていないし、傍にいてやりたいんだ。」

「そうだけど・・・。」

「悪い。」

「ん、しんどくなったら代わるから。後でお水持ってくるわね。」

「あぁ、あの子を宜しく頼む。」

傍にいた所で何もできない。

でも、どうしても傍にいたかった。

その気持ちを汲んでくれたようで、ミラの手を握る俺の手を包み込むように自分の手を乗せグッと力を入れてからすぐに手を離して部屋を出て行った。

再び静寂が戻りオレンジ色の光が静かに揺れる。

何が良くなかったのか。

買い物に行かせたせいか。

それともネイルの販売で無理をさせたせいか。

何が何が何が。

ずっとそれが頭の中を回っている。

もちろん意味は無いし仮にそうだとしても今更過去を変える事は出来ない。

もしかしたら願いの小石を使えばミラを救う事が出来るかもしれないが、残念ながらあれ以降まともに集めていないのであったとしても目的を達することはできないだろう。

アネットが今できる最高の薬を調合して飲ませてくれたが、口の端からこぼれ落ちてしまい飲んだかどうかはわからない。

点滴ってないんだよなぁそう言えば。

基本経口するだけ、もしくは座薬か。

熱ならともかく造血薬だからなぁ、下から入れても意味は無い。

って、バカなことを考えられるぐらいの余裕はあるのか。

ミラがこんな状況だっていうのに随分と余裕だなぁお前は。

「酷い顔だね。」

「・・・悪いが冗談に付き合っていられないんだ。今すぐにでもアンタの顔をぶん殴ってやりたい気分なんでね。」

「何で僕の顔を。」

「罰を与えるなら俺だろう、なんでミラがこんな目に合う。」

「何を誤解しているかは知らないけれど、これは僕の仕込んだ展開じゃない。本当に成り行き、自然のまま起きた事。決して僕のせいではないしもちろん君のせいでもない。」

さっきまでゆらゆらと揺れていたオレンジ色の光がピタリと止まっている。

気配はない、でもそこにいるという事はわかる。

忘れもしないこの声は神様という存在。

そいつがこの部屋にいる。

「アンタが仕込んだ台本じゃないのか?」

「確かに君の立つこの舞台を用意したのは僕だけど、その筋書きを書き続けているのは間違いなく君だ。そういう意味ではこの展開は君が起こしたことになるのかもしれないけれど、それでも君のせいじゃない。うーん、むずかしいね。」

「神様なんだろ?じゃあミラを助けられるよな?」

神様ならそれが出来るはず。

こんな状況なのに物凄く冷静な自分がいた。

まるで横から話を聞いているような錯覚を覚える。

この舞台ということは、つまりこの世界に俺をよこしたのは間違いなくこの人。

俺を別の世界から引っ張ってこれるなら、人の命を救うなんて朝飯前だろ?

「確かに僕にかかれば人を生き返らせるなんてことは簡単だよ。でもそれには相応の対価が必要になる。」

「金ならいくらでも払う、なんなら全財産失ってもいい。」

「君のそのスキルでも?」

「あぁ、そんなものでミラが助かるのなら安いもんだ。確かにこれには助けられたがそんなもの無くても俺はこの世界で生きてやる。俺はもう一人じゃない。」

俺にはたくさんの仲間がいる、家族がいる。

それを救う為ならスキルなんて失ってもいい。

「ふふふ、必死だね。」

「ふざけるなよ俺は真面目な話をしているんだ。俺のスキルを差し出せばミラを助けてくれるのか?」

「んー、それじゃ足りない。」

「じゃあ何がいるんだよ。」

「君さ。」

「俺?」

「元の世界にいるもう一人の君。簡単に言えば元の世界の君と今の君は二つに分かれてここにいるんだ。半分に分けた向こうの自分と引き換えなら彼女を助けて・・・。」

「そんなもので良ければ喜んでくれてやる。」

なんだよ、勿体ぶった割にそれっぽっちでミラが助かるのか?

それなら喜んで差し出してやるよ。

「元の世界に戻れなくなるよ?」

「そんなのはなから戻るつもりもない。戻った所で一人惨めな生活が待っているだけ、それならこっちの世界で皆に囲まれて過ごす方が何倍もマシだ。」

「じゃあこの世界の君を引き換えにしよう。この世界を捨てるなら彼女を救ってあげようじゃないか。惨めな生活に戻るか、それとも彼女を犠牲に今の生活を取るか。」

「そんなの答えは決まってる。」

「へぇ、悩まないんだ。」

「俺一人でミラが助かるんだろ?それならさっさと助けてやってくれ、例え惨めで一人でもそれで救われるなら悔いはない。」

まるで映画にでもありそうな展開。

どっちを取るなんて究極の選択を出されて悩むシーンがよくあるが、そもそも悩む必要なんてあるはずがない。

俺でミラが助かるのなら、どちらの俺でも関係ない。

ミラを救いたい、その為に差し出せるものがあるのなら何だって差し出そう。

たとえどんな結末であれ、皆は受け入れてくれるはずだ。

そりゃエリザは泣くしミラはそうなったことに後悔するだろうけど、マリーさんは受け入れてくれるだろうし、ハーシェさんは皆を支えてくれるはずだ。

例え俺がいなくても金が回るだけの環境は作り上げた。

こんな俺でも手伝ってくれる人はたくさんいる、そんな人達が彼女たちを支えてくれるのは間違いない。

「自己犠牲、なんとも人間っぽい考え方だ。君はもっと欲望に忠実だと思ったのになぁ。」

「俺に何を期待しているかは知らないが俺は役者でアンタが用意したこの舞台の主人公だ。だから思い通りになんてなってやるつもりはない。俺は俺を売ってミラを助けるわけだが・・・ちなみに聞くが、俺を買ってどうするつもりなんだ?」

「え?」

「俺を引きかえにって言うが要は買い取りだろ?わざわざ買取るぐらいなら何かに使う予定があるはずだ。どうせこの世界には戻れないんだ、その使い道ぐらい聞いてもバチはあたらないだろう。」

俺は転売屋。

手に入れた物を別の人に高く売って利益を出す。

神様だってそうだろう、俺の可能性を買うのならそれを誰かに売るはずだ。

「そういえばそこまで考えてなかった。」

「おい。」

「いや、売るとか買うとかそもそもそういう考えじゃないんだよ。でもまぁせっかく買うなら高く売りたいよねぇ。」

「誰に?」

「それが良い買い手が思いつかないんだ。この前の魔族か、それとも夢魔か。あぁ、月の女神が君達の事を気に行っていたねぇ。後は御使いも君と縁を持っていたし・・・。」

「決まっていないんならとびきり良い買い手を紹介できるんだが。」

部屋は暗く神様がどんな顔をしているのかはわからない。

それでも雰囲気でなんとなくわかる。

ここは俺舞台で俺が主人公だ。

たとえ神様でも好きなようにはさせてやらねぇ。

「へぇ、誰かな。」

「俺に売ってくれ、良い値段を出すぞ。」

「何の冗談だい?」

「アンタが買うのはこの世界の俺だろ?なら向こうの世界の俺にそれを売るのはおかしな話じゃない。向こうの俺なら俺を良い値段で買ってくれるだろうさ。」

向こうの世界の俺とはいえ、元は俺。

非常にややこしいが、ともかく俺なら俺を良いように使ってくれるはずだ。

なんせ相場スキルなんてものを持っているんだ、自分に自分を使われるのは変な感じだがそれでもこのスキルがあれば短期間で金を稼ぐことも可能。

たとえそれがどれだけの大金でも俺達なら何とかなる、いや何とかしてみせる。

俺の答えに返事は無い。

だがいなくなっていないのはわかる。

沈黙がどれだけ続いたのか、一分か一時間か一日か。

時間の感覚が麻痺してしまいそうになっても、俺は答えを待ち続けた。

ミラが助かるのなら俺は俺を売ろう。

そして俺はそれを買ってやる。

「あっはっは!確かにそうだ、君を君に売る?すごい、そんな事思いつきもしなかった!」

突然聞こえてきた笑い声。

まさか神様とやらがこんなにも感情豊かに笑うとは。

想像していなかった展開に思わず気が抜けてしまう。

「さっき言った言葉を取り消すよ。君は素晴らしい役者だね、そして欲望に忠実だ。」

「それは褒められているのか?」

「もちろんだとも、この僕がこんなに笑わせたのは何百年ぶりだろう。あー、おかしい。」

「笑うのはいいからミラを助けてくれ。」

「ごめんごめん。でも、こんなに笑わせてくれる君をみすみす失うのはなんだか惜しくなってきたよ。だから笑わせてくれたお礼に助言をしよう。」

「助言?」

このタイミングで助言?

思わず御首をかしげてしまった俺を見て神様とやらがまた笑った気がした。

「彼女、前に世界樹の世話になったよね。」

「あぁ。」

「その兼合いで世界樹との親和性が上がっているはずだ。本来であれば人の手に余る大きすぎる力も、彼女なら馴染ませることが出来るかもしれない。」

「悪いが俺は頭が悪くてね、はっきり言ってもらえないか。」

「君の倉庫に世界樹に縁のあるものが眠ったまま埃をかぶっているんだけど、そのままでいいのかなぁ。それが僕の助言だよ。」

「あ!」

思い出した!

前に森でルフが助けたあの亜人、あの時もらった世界樹の雫がまだ倉庫にある。

どうして思いつかなかったんだろうか。

あの魔力の塊ならば流れ出たものを補えるかもしれない。

「今の君みたいにこれからも僕をアッと言わせてくれる何かを期待しているよ。悪いけど、僕を満足させるまで元の世界には戻れないと思ってね。」

「むしろ戻りたくないからマジで元の世界の俺を持って行ってもいいぞ。」

「それは出来ない相談だけど戻りたくないのなら好都合だ。それじゃあ僕はこれで、彼女のためにも急いだほうがいいよ。」

「言われなくても。」

そういうや否や先程まで止まっていたオレンジ色の光が再びゆらゆらと揺れ出した。

耳を澄ますとさっきまで聞こえなかったミラの吐息が小さく聞こえる。

合図を送るように握ったままの手に力を入れ、そして手を離した。

「エリザ!すぐに来てくれ!」

急いだほうがいい、わざわざそう言うぐらいだから残された時間は残りわずかなはず。

それでも自分を売りそこないながらも手に入れた可能性を逃す手はない。

ミラ、待ってろ。

もうすぐあの子をお前の手に抱かせてやるからな。

地平線が少しだけ明るくなった夜空に、ひと際大きな流れ星が一筋流れた。
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