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998.転売屋は酒の仕上がりを確認する

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「あー、腰が痛い。」

「トト大丈夫?」

「大丈夫だ問題無い。」

バーンの背から飛び降り、地面に着地した瞬間腰に痛みが走った。

おもわず腰に手を当ててさするとバーンが心配してくれたのだが、流石にエリザと頑張り過ぎたとは言えないので笑ってごまかすことにした。

「それじゃあまた夕方に迎えに来るね。」

「おぅ、宜しくな。」

高くジャンプした後すぐに元の姿に戻り、バサバサと翼を羽ばたかせてあっという間に空高くに飛んで行ってしまった。

いつもは馬車での移動なのだが今日は朝から用事があったので急遽バーンに運んできてもらった。

土煙がそこら中に舞い上がるも口元はしっかり覆われており、サングラスも直っているので問題無し。

傍から見れば怪しい風貌でもこの地でワイバーンに乗ってウロウロしている奴なんて一人しかいないから、誰かが様子を見に来ることも・・・。

「シロウ様、ようこそお越しくださいました。」

「あれ、わざわざ出迎えに来てくれたのか。」

「ちょうどバーン様のお姿が見えましたもので。」

「本当は馬車で来る予定だったんだが別件で時間が押していてな。荷物は別の機会に持ってくるから今回は手ぶらだ、許してくれ。」

誰も出てこないはずが、わざわざ街の外までアイルさんが小走りで迎えに来てくれた。

俺が行くとは伝えてあったからそれで待っていてくれたのかもしれない。

出迎えなくていいと何度も言っているのに俺が貴族になる前からずっとだもんなぁ、律儀な事だ。

「シロウ様が来られる度に色々と買っていましたら我が街はあっという間に破産してしまいますよ。」

「そんなこと言って、この夏はかなりの量の薬草を出荷していたじゃないか。ビアンカのポーションも大人気だし今後は別の収入も増える予定。笑いが止まらないだろ?」

「その件ですが本当によろしいのですか?」

「宜しいも何もそういう約束で工房や蔵を作ってもらったんだ、お礼を言うのはむしろこっちの方だよ。」

「住民一同シロウ様には感謝の言葉しかありません。」

「それも俺のセリフだ、彼らを快く迎え入れてくれて感謝している。」

ジョウジさんをはじめとして西方の面々をイヤな顔せず受け入れてくれたのはアイルさんをはじめとした街のみなさんの好意があってこそ。

今後、西方系関係の人材が増えた場合は隣町を案内するという取り決めにもなっている。

その代わりここで作られる清酒をはじめとした西方関係の製品に関しては、販売価格の5%を関税としてかける事に決まった。

俺は10%でも良いといったんだが、それはもらいすぎだという事で5%でという話になった。

今後国内に流通すればする程この街には金が落ちる。

俺の見立てではこの一年で総売り上げが金貨100枚、今後は金貨1000枚も夢ではないと思っている。

そうなれば何もしなくてもここに金貨50枚もの金が落ちる計算だ。

もちろんそれに享受するだけの苦労を買って出てもらっているわけで、ケイゴさんを含めこの街で困っていることがあれば色々と引き受けてもらえるようにお願いしている。

幸いにも二人共武芸には心得があるので、街で魔物が出た時の出動や森での狩りなどで早速貢献してくれているし、キョウやシュウの二人も細々とした所で手伝いをしてくれているのだとか。

彼らからすればこの国に拾われた様な感じになるのか、物凄く前向きに取り組んで入れている。

本当にありがたい事だ。

「今日はジョウジ様の所に?」

「あぁ、火入れが終わったらしく今回仕込んだ分が出荷できる見通しになった。アイルさん達の分もあるから楽しみにしておいてくれ。」

「高価なお酒なのによろしいのでしょうか。」

「むしろ酒の味を知ってもらって、より受け入れて欲しいという狙いもある。」

「なるほど、胃袋を掴むわけですね。」

「そういう事だ。それじゃあ帰りにまた声をかける、必要なものがあればまた教えてくれ。」

「かしこまりました。」

アイルさんと別れ、そのままジョウジさんの酒蔵へ。

珍しく外側の大きな扉が開いていたのでそこから中をのぞくと、ケイゴさんとジョウジさんが話し込んでいた。

「すまない、遅くなった。」

「これはシロウ様、ちょうどケイゴ国王に味見していただいていた所なんです。」

「ケイゴさんの舌なら間違いないな。それで、どうだ?」

「国で飲んでいたどの酒よりもと言ったら嘘になるが、それでも異国でしかも一年目の酒としては文句の付け所が無い。よくこれだけの酒をそれもたった一人で作った物だ。」

「べた褒めじゃないか、よかったなジョウジさん。」

「職人人生も長いですが、これほどまでに充実感と喜びを感じたことはありません。」

感無量といった感じでジョウジさんの目から一筋の涙がこぼれる。

まさに男泣き。

これまでどれだけの苦労があったのか俺には想像もできないが、それを全て無かったことにできるぐらいにケイゴさんの言葉が心に刺さったんだろう。

それだけの酒がこうして目の前にあると思うと俺もうれしくなる。

なんせ目の前にあるのは金の卵。

これがいったいどれだけの金で取引されるのか・・・。

想像しただけで顔がにやけてしまう。

「どうだ、シロウも一杯。」

「あぁ、せっかくだし頂こう。構わないか?」

「もちろんです!どうぞ、こちらのグラスを使って下さい。」

「これは・・・シュウが作ったのか。」

「練習用という事で頂きました。これだけの品を練習と言ってしまうんですから、素晴らしい才能ですよ。」

それを言えば本人もそうなんだけど、謙遜するのでこれ以上は言わないでおこう。

鮮やかな青いガラスに、細かな切子細工が施されている。

ジョウジさんの言うように、練習用と言うのが信じられないほどの品物。

そのグラスにこれまた透き通った液体が注がれる。

火入れ前の生酒の時はどちらかというと果実酒のような甘い香りが強かったが、こっちは引き締まった鋭い香りが鼻の奥に抜けていく。

それでも口に含むと米の旨味が口いっぱいに広がり、飲み干せば喉を焼く様にアルコールが腹の中で暴れ回る。

「美味い。」

それしか言葉が出てこない。

本当に美味い酒だ。

「ありがとうございます。」

「良い飲みっぷりだ、もう一杯どうだ?」

「これ以上はこの後に差し支えるんでやめておこう。でもこれは一回目の火入れだろ?出荷できるのは秋の中頃、全部で何本仕上がる予定なんだ?」

「小瓶で500本、大瓶で100本程になります。」

大瓶が俗にいう一升瓶、小瓶がそれを10分の1。

90リットルと180リットルで合わせて270リットル。

元の世界であったような巨大なタンクを使えばその10倍近く作れるんだろうが、今回使ったのは元々製薬用に備え付けられていた小さな小さなタンク。

これでよくまぁこれだけの酒を仕込めたもんだ。

「まぁそんなもんだよなぁ。」

「それにしてもよくこれだけの瓶が手に入ったな。」

「国が閉鎖する前に知人に無理を言って仕入れて頂きました。」

「とはいえこれから量を増やすとなると瓶も作らないといけないのか。」

「それに関してはシュウさんにお願いしています、これにぴったりの物を作ると張り切っておいででしたので。」

「それなら安心だ。次のが仕上がるのにまた半年かかるわけだからな、シュウの腕なら問題無いだろう。」

それに、ガラスづくりであればこの国にも職人はいる。

大きさの基準を決めてしまえば外注も可能、特別な物だけをシュウに頼むという手もある。

この間のネイルのように数量限定という言葉は人を魅了するからな。

貴族用、もしくは王族用の瓶だけ特別製にするのもありか。

「問題はどこに卸すかだが、シロウはもう決めているのだろう?」

「あぁ、ジョウジさんには悪いが最初の納入先は大方決まっている。それと献上先も。」

「私は清酒造りをシロウ様に一任されています。十分生活できるだけの給金は頂いておりますので、どうぞ好きなようになさってください。」

「エドワード陛下は確定だろう。それにシロウの街長ローランドだったか、他にも近隣の街長には献上するべきだな。」

「後はこの街の皆さんにも小瓶を一本ずつ献上するつもりだ。」

「全員に?大盤振る舞いだな。」

「皆を迎え入れてくれたお礼も兼ねているし、なにより何を作っているのか飲んでもらった方が話が早い。」

理由を説明すると驚いた顔をした二人も納得した感じで大きく二度頷いた。

小瓶でも一本銀貨10枚は越えるだけに住民全戸となるとそれなりの額になる。

その利益を放棄してでも住民には知ってもらうべきだ。

この投資がいずれ何倍何十倍にも膨れ上がる事を俺は確信している。

「では残りを卸されるのですね。」

「とりあえず王都の王族貴族、それとうちの街の貴族にふるまって今回の分は終了だろうなぁ。大瓶の何本かは感謝祭用に冒険者にふるまうつもりでもいる、奴ら酒には目が無いからな。」

「一本いくらで売るつもりだ?」

「小瓶で銀貨15、大瓶で金貨1枚。」

「そんなにですか!?」

想像以上の金額だったんだろう、ジョウジさんが思わず大きな声を出し慌てた様子で自分の口をふさぐ。

しかしケイゴさんは価格を聞いても動じることなく静かにうなずくだけだった。

「安売りはしないか、当然だな。」

「西方国が国を閉ざしている現状で清酒を手に入れる方法はここから仕入れるしかないし、製造量も限られているだけに投資分を上乗せすれば必然的にこの金額になる。個人的には後二割値上げしたいところだが売れなければ意味がないからなぁ。」

「飲まれてこそ酒か。」

「小瓶を100、大瓶を30献上するとして残りの売上が金貨110枚。街への関税分を支払ったとしておおよそ金貨100枚が売上になる。そこから材料費を含めもろもろの諸経費を差し引けば金貨30枚も儲かればいい方だろう。」

「これだけの酒を売っても、そんなものか。」

「これでも甘く見て、だけどな。でもまぁ初期投資を回収すれば残りは一気に儲けになるしその頃には仕込みの量も増えているだろう。仕込む量が増えればジョウジさんが自由に販売する分も設けるつもりだが、ぶっちゃけ次はどれだけ仕込むんだ?」

「新しい入れ物の到着次第ですが、今の四倍は可能かと。」

つまり1000リットル、一トンって所か。

それでも流通させるにはまだまだ量が足りないんだよなぁ。

せめてこの地域に広げる為には次の仕込みのざっと五倍は必要になる。

それを一人で仕込むとなるといったいどれだけの労力が必要なんだろうか。

むしろ可能なのか?

昔テレビで一人杜氏って人がいるって聞いたことはあるけれど、その人がどれだけの仕込みをしているかまでは覚えていない。

どれだけ近代化しても作るには限界があるだろうし、なにより失敗すると全て無駄になる。

そんなリスクを負うぐらいなら少数でいいからしっかりと作ってもらう方が安心なんだよなぁ。

「まぁ無理のない範囲で増やして言ってくれ、流石に一人じゃ限界もあるだろ。」

「それに関しては私もハルカも手伝いに入る、安心するといい。」

「お二人が手伝って頂けると本当に助かります。」

「今の四倍仕込めれば儲けは金貨100枚。それでも今後の投資を考えればまだまだ儲けは少ないが、それはジョウジさんの今後に期待だな。」

「うぅ、頑張ります。」

俺だけでなくケイゴさんの期待も背負っているだけにプレッシャーも半端ない感じだろう。

それでも俺はジョウジさんを信じているし、今後の販売も成功すると確信している。

ある意味西方国の閉鎖が清酒の価値を引き上げてくれた訳だし、それを有効に使わない手はない。

最終的な仕上がりを確認してからになるが、ひとまず今回の仕込みに関しては終了したと言っていいだろう。

出荷は二ヶ月先。

最後に三人でグラスを交わし清酒を一気に飲み干す。

あぁ、美味い。
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