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992.転売屋はクラゲ捕まえる

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急ぎ向かった港町。

上空をぐるぐると旋回しながら状況を確認したのだが、俺の想像以上に大変な状況になっていた。

海が白く染まっている。

話に聞いた汽水域のあたりが一番色が濃く、そこから流れたやつが辺り一面に漂っている感じ。

台風の後に土砂が海に流れるテレビ映像と全く同じ光景が広がっていた。

あの白いのが全部クラゲと思うと正直気持ちの良い物じゃないな。

メルディ曰く毒のあるクラゲというわけではないそうだが、それでも使い道のない物はただのゴミ。

これだけの量ともなると廃棄するのも大変だろう。

ふと港の方に目を向けると、下で大きく手を振っている人たちが見える。

その横には見覚えのある船。

どうやらガレイは出港すら出来なかったようだ。

「バーン、あそこに降りるぞ。練習通り出来るな?」

「大丈夫!」

「失敗しても水に落ちるだけだ、安心してやれ。」

「うん!」

ポンポンとバーンの首を叩くと、体がぐんと下に落ち始める。

自由落下程ではないがグングンと海が近づいてきてもうすぐ着水というタイミングで一瞬体が浮かび上がる。

そのタイミングでさっきまで跨っていたバーンの体が無くなり空中に放り出される格好になった。

覚悟していたとはいえ想像以上のアップダウンに自分がどっちを向いているのかわからなくなるが、上昇していた体が再び落下し始める前に物凄い強い力で港の岸壁方面に体を持っていかれた。

そのまま華麗に着地、なんて出来るはずもなくゴロゴロと転がるように港の地面を転がっていく。

上空からの強引な着地。

翼竜の姿のままでは降りる場所が無いので、下降しながらバーンに人化してもらいつつ最後に上昇方向に放り投げてもらう事で落下速度を相殺。

廃鉱山近くの水場でなんども練習したので心配はしていなかったのだが、落下地点が若干海側にずれてしまったのでバーンが水に落ちないよう飛ばしてくれたんだろう。

「大丈夫ですかシロウ様!」

「大丈夫じゃない、バーンは?」

「トト!ごめんなさい!」

「ナイス着地、よくやった。」

駆け寄ってきたバーンの頭をなでてやるとやっと安心したような顔をする。

ケガがあるって言ってもかすり傷程度、ポーションを飲めばあっという間に完治してしまうのでケガをケガと思わなくなってきている。

骨折ぐらいなら何とかなるよなーとか思うあたりこの世界に馴染んできた証拠なのかもしれない。

「まさか上から落ちて・・・いえ、降りて来るとは思いませんでした。」

「わざわざ街の外に降りるのもめんどくさいから練習中なんだ。頭から行かなかったら案外何とかなるぞ。」

「シロウ様にしかできない技とはいえ、くれぐれもお気を付けください。」

「忠告感謝する。で、状況は?」

「見ての通りです。スタッククヴァーレが急に出まして、気付いた時には航行不可能な状況でした。今港町総出で駆除にあたっていますが、如何せん量が多く大型の船を使えないので難航しています。」

上から見ての通りか。

あの商人が街に来るまで三日、つまり三日間かけて何とか駆除したものの現状は芳しくないという事だ。

特に汽水域はあの白さから察するにとんでもない状況なんだろう。

見た感じ港はまだましなようだが、それでもよく見るとエチゼンクラゲぐらいの大きな奴が浮かんでいる。

盆を過ぎるとクラゲが出ると良く言ったもんだが、この量はちょいと多すぎだろう。

「王都からの船も足止めか。」

「生ものもありますので何とか今日中に港だけでも解放したいんですが、水の中のせいで焼き払う事も出来ず地道に回収するしかないんです。」

「うーむ、それはやばいな。」

このまま足止めが続けば港町にも王都からの商人も大きな損失が出てしまう。

それは決して他人事ではなく、俺の荷物も届けられないという事だ。

いくらバーンの足があるとはいえ、大量の荷物を運ぶとなるとガレイの魔導船が必要不可欠だ。

陸路もあるが安全と快適さを考えれば全然違うからなぁ。

「「シロウ様!」」

どうしたもんかと頭を悩ませていると、若い女の声で名前を呼ばれた。

あまり振り返りたくは無いがそういうわけにもいかないだろう。

「トリーヌ、それにポーラさんか。」

「どうしてトリーヌが先なんですか!」

「街の危機を察してわざわざ来て下さり感謝の言葉もありません、ありがとうございます。」

挨拶もそうだがしっかりお礼を言える事が違いだと思うぞ、とは絶対に教えてやらないわけだが、トリーヌからしてみれば屋台骨の海運業が大ピンチなだけに猫の手も借りたいという状況なんだろう。

状況を見に来ただけなのだが、これを見捨てるわけにはいかないよなぁ。

「状況はガレイから聞いた、港の駆除を最優先にしているそうだな。」

「はい。住民総出で作業にあたっていますが状況は思わしくありません。」

「焼いてもダメ、掬ってもダメ、街の外にはそれはもう山みたいにクラゲが積みあがっているんだよ。せめて食べられたらいいのに何にも使い道がないんだよね。」

せめて金になればモチベーションも違っただろうに、辺りを見回しても皆疲労の色が濃い。

三日間この状況じゃ仕方ないといえば仕方ないんだが。

「網を張って流入を防げないのか?」

「それをしたくても船が出せないんです。」

「まずはそこからか。」

「大きな網はあるんだけどそれを引っ張る船はなし。どうしよう、熱病以上の大ピンチだよ。」

「貴女はもう少し街長らしくどっしり構えられませんの?」

「構えてクヴァーレがいなくなったら苦労しないよ。」

ま、その通りだ。

とりあえず港を稼働させ、中に入ってこないように網を張る。

小型船ならともかく大型船になれば多少のクラゲで足止めされることは無い、まずは開港が最優先か。

船は無くても網はある。

なら、船代わりになるものを使えばいいわけで。

「バーン、せっかくここまで来たんだし美味しい魚食べたいよな?」

「食べたい!でも、お肉も食べたいな。」

「魚は生憎漁に出ていないのでお出しする事は出来ませんが、お肉でよろしければいくらでも用意できましてよ。」

「だそうだ、ちょっと大変だが一仕事して美味い肉を食おうじゃないか。とりあえずこの辺を片付けてバーンが元の姿に戻れるようにしてくれ、それと網の準備も頼む。バーンの足にくくりつけて一網打尽にしてやろう。」

「任せて!」

ってことで、急遽金魚すくいならぬクラゲすくいをすることになった。

船着き場の荷物が片付けられ、元の姿に戻ったバーンの足に網をしっかりと付ける。

低空で飛行しながら網を海中に落としクラゲをすくっては地上に落とす。

後片付けをする人間は山ほどいるので、そっちはお任せしてただひたすらにクラゲをすくい続けるというわけだ。

「さぁやるか。」

「うん!お肉いっぱい食べようね!」

「その為にはしっかり働かないとな、頑張れよ。」

「頑張る!」

俺はただバーンの背中に乗っているだけなのだが、本人は一人でやるよりも背中に乗ってもらっている方がやりやすいらしい。

すくっては落とし、すくっては落とし、いったいどれだけやったか数えられないぐらい繰り返すと港の中に入り込んでいたクラゲをあっという間に取り除くことが出来た。

もちろん放置すればすぐに入り込まれるので、その隙に小さな船を出し流入防止の網を投入。

港が綺麗になった後はクラゲの包囲網に穴をあけるように外に向かって駆除を進め、無事近くに停泊していた王都の船を港に迎え入れることが出来た。

一度道が出来れば、それに合わせて大きな船が外に出てクラゲの駆除を行う事も出来る。

流石にすべてを駆除することは出来ないが、バーンの頑張りのおかげで最低限の機能を維持できるぐらいには片づけることが出来たようだ。

流石のバーンも網を結んでいた部分が傷むようになってきたので、日暮れと共に作業を終え約束通り大量のお肉に囲まれて満面の笑みでそれを頬張っている。

ここにディーネがいれば焼き払ってもらえたかもしれないが、いない人を頼っても仕方がない。

バーンは本当によくやってくれたよ。

「お疲れさまでした。」

「俺は上に乗っていただけだが、とりあえず船が入れてよかった。」

「先程ドレイク船長がお礼を言いに来ていたのですが、荷物を降ろすとすぐにクヴァーレの駆除に出てくださったようです。」

「そうか、あれは船長の船だったか。」

港内に入ってくる時見たことある旗があるなと思っていたのだが、無視するような形になってしまい申し訳ない。

ガレイにお礼を言うようにお願いしておこう。

巨大な船舶が動くことでクラゲの包囲網がかき回され、少しずつだが外洋に出て行ってくれるはず。

外に行けばクヴァーレを食べる魔物が沢山いるので、自然にいなくなることだろう。

問題は汽水域、つまりは川との接続部分だがここは明日バーンにもうひと働きしてもらうしかないだろうなぁ。

「せめて何かに再利用できれば駆除する方も気分が違うんだが。」

港に船が入ってきたことで早くも活気が戻ってきている。

来たときは浮かない顔をした人ばかりだったのにそこらじゅうで飲めや歌えやのお祭り騒ぎ。

まだまだ解決したわけではないのだが、ここ数日気分が落ち込む状況だっただけにそれが一気に爆発したって感じなんだろう。

さっきから視界の端でポーラがちょこまかしているが、仕事を頼まれるのかすぐに役人に連れていかれている。

しっかり働け。

バーンを横目にお祭り騒ぎの港を眺めていると、ふと子供達が何かを被って走っていることに気が付いた。

「クヴァーレを被ってるのか?」

「私達にとっては邪魔物ですが子供達には格好の遊び道具の様で、水を入れて投げつけたりあのように帽子のようにかぶって遊んでいるようです。アレは多分空気を入れて膨らんだのを叩いて割ろうとしているんでしょう。」

ふむ。

俺は近場に転がってクラゲを手に取り子供のように被ってみた。

触り心地は店で見たのと同じ、海から上げたばかりだから少し磯臭いが塩抜きすれば匂いも取れるだろう。

そのまま頭を振ってみるも取れる気配はない。

空気が入って膨らむが、ヘリの部分に隙間を作ればそこから空気を抜けるので案外綺麗にフィットする。

あれ、これもしかして使えるんじゃないか?

「お似合いですよ。」

「ふふん、だろ?」

「日よけにはなりませんがね。」

「だが他の用途では使えそうだ。」

「まさか、投げるんですか?」

「それもある。」

投げるのもなかなか面白そうだ。

子供の頃水風船を投げまくってびしょびしょになったのを覚えている。

落としたぐらいでは割れそうにないが、思い切り投げつければ割れそうだし割れやすいように針をつけてやって無理矢理割る方法もある。

こういう遊びは大人になっても楽しいもんだ。

しかもそれに金が絡めば冒険者が喜ばないはずがない。

なんだ、この厄介者にも案外使い道があるじゃないか。

「ここの下水道ってもう完成したのか?」

「おおよそ完成していますがまだ使用されていませんよ。」

「ってことは水を張る事は出来るよな?」

「恐らくは。まさか、何かされるんですか?」

そのまさかだ。

これだけの量があれば原価なんて銅貨1枚以下、労力はかかるが駆除した恩もあるしそれを使ってお手伝いしてもらうとしよう。

なんだ、案外近くに最高の素材があるじゃないか。

俺はニヤリと笑うと、ガレイと肩を組み俺のたくらみをそっと耳打ちするのだった。
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