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988.転売屋はあの人と同じものを販売する
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「エリザ様!一緒にお昼食べに行きましょうよ!」
「え、ずる~い!私と行きましょ!」
「ごめん、今日は大事な用事があるからまた今度ね。」
「「エリザ様~!!」」
冒険者ギルドの雑踏を避けつつ、何とも黄色い声を背中に受けながらエリザがこちらに向かって走ってくる。
その背中を通り越して声とは違う鋭い視線が俺に刺ささるのにはもう慣れてしまった。
「お待たせ。」
「おつかれさん、せっかくのお誘いだったのによかったのか?」
「だって今日はシロウとルカとのお出かけの日だもの。」
「だってよ、よかったなルカ。」
母親の気配を感じさっきまでウトウトしていたルカが目を見開いてエリザの方に腕を伸ばす。
返り血はついていないものの鎧を着たまま抱き上げる様はまるで何かの絵画のようだ。
どうやらそれは先程の女性冒険者も同じようでその光景に見とれている。
さっきの鋭い視線はいったい何だったのか。
「ねぇ、お腹空いちゃった。」
「そういうと思ってイライザさんの所で簡単な食事を用意してもらってる、腹ごなしをしたら露店を見て回ろう。今日はルカの服を探すんだろ?」
「うん!」
「腹が減ってはなんとやらだ、ルカの分もあるし早めに済ませるとしよう。」
普段は日傘なんてささない二人だが、ルカも一緒の時は抱っこしていない方が日傘をさすのが暗黙の了解になっている。
今日は俺が抱っこしているのでエリザの番、疲れているはずなのに申し訳ないが本人はいたって楽しそうだ。
「ねぇ、エリザ様が日傘をさしてるわ。」
「どこの傘かしら、綺麗よねぇ。」
「ブレラさんの所じゃない?ほら、この間雨傘を新調されたって言ってたし。」
「そうかも!後で探しに行ってみよ~っと。」
正面から歩いてきて通り過ぎて言った冒険者からそんな会話が聞こえた気がする。
ギルドの中でもそうだったが外を歩いていても、エリザをの事を気にしている冒険者は多い。
正確には女性冒険者だが、出産後冒険者に復帰したあたりから前以上に人気が出ているような気がする。
熟練冒険者、というか長年エリザの追っかけをやっているような皆様は俺の事も良く知っているのでどちらかというと暖かい目を向けてくれるのだが、残念ながら新しくファンになった冒険者は俺がいるのをあまり宜しく思っていないようなので、さっきのような視線を向けられる事がある。
別に俺は気にしていないんだが、本人はどう思っているんだろうか。
「ん~、美味し~!」
「そうやって美味しそうに食べてもらえると作り甲斐があるね。」
「イライザさん、お肉お代わり!それとサラダも!」
「お、野菜も食うのか。偉いな。」
「当たり前じゃない、お肉を食べたら野菜も食べないと。ねぇ、ルカ?」
「アブ。」
「そうだって。」
一角亭に到着するとすぐにイライザさんが料理を提供してくれた。
当初の予定では軽く食べるはずだったのに気付けばがっつり食べているのは想定の範囲内。
さっきまでダンジョンで命を張っていたんだから腹もすくだろう。
「エリザ様が食べているのって何?」
「ワイルドカウのステーキ、それとサラダの大盛。今日はエールなしなんだね。」
「ほら、ルカ君がいるから。」
「そっかそっか。あぁ、いつ見ても素敵よね。」
「ほんとほんと。横のあの人が居なかったらもっといいのにねぇ。」
聞こえてる、聞こえてるぞそこの女性たち。
もちろんエリザにも聞こえているだろうけど、肉が美味しいのか特に気にする様子もなく巨大なステーキにかぶりついている。
まぁ本人が気にしていないのならオッケーだ。
ルカを抱きながら俺も小腹を見たし、その足で市場へと向かう。
ちょうどいい感じの服が売りに出されていたので他の子供たちの分も合わせて購入し、ついでに他の露店を見てまわる。
「ねぇ、このブローチ可愛くない?ルフちゃんとレイちゃんと同じグレイウルフみたいよ。」
「結構リアルだが大きさがいいな。」
「この前スカイちゃんに作ってもらった青染ディヒーアのカバンに付けようかな。」
市場で見つけた魔物がモチーフのブローチ。
この間の魔物コインのブームもあって、最近はこういうものが流行しているようだ。
特にここは冒険者が多いので、ジンクス目当てに売りに来ているんだろう。
青染のディヒーアは今も冒険者に人気が高く、わざわざ本人にお願いしてカバンを特注していた。
カバンに興味があるとは知らなかったが、ルカの荷物を入れるのにちょうどいい大きさなので今度俺の分も作ってもらう予定だ。
「いいんじゃないか?すまない、これはいくらだ?」
「銅貨30枚だよ。」
「じゃあ、後はこれとこれと、これも!」
「有難いねぇ、全部で銀貨2枚。まいどあり。」
グレイウルフだけかと思ったが、他にもモフラビットなんかの可愛らしい奴をいくつか購入して店を出る。
その後すぐに別の冒険者が店に押しかけていた。
「良いのがあってよかったな。」
「うん。これはシロウのね。」
「いいのか?」
「私とおそろい、いいでしょ?」
「じゃあ、ルカともお揃いにしないとな。」
「ダメ、ルカはこっち。」
そう言ってルカの服に押し当てたのはドラゴンのブローチ。
色は赤、ディーネを模したものではないが見た目だけでなんとなくわかる。
「良く似合ってるじゃないか。」
「ふふ~ん、でしょ?だからシロウはこっちね。」
「はいはい。他にも見るのか?」
「当たり前じゃない、今日は買い物しまくるわよ!」
その宣言通り普段は買い物をあまりしないエリザが、それこそあまり買い物しないようなものを買いまくり、両手に持ちきれないぐらいの荷物を抱えて帰宅することになった。
あー、重かった。
「で?」
「なに?」
「なんであんなに買い物したんだ?」
久々に二人で風呂に入り、エリザの寝室で髪の毛を乾かしながら昼間の件を確認する。
明らかにいつもと違う買い物のしかただった。
いつもならもっと冒険者らしく武具や探索用の道具を見て回るのだが、今日はあえてそれを避けているようにも感じた。
何か意図があるんだろうが、それが何かわからないので直接聞くことにしたわけだ。
「なんだ、わかってたんだ。」
「わからないわけないだろ、俺とお前の仲だぞ。」
「まだ二年も経ってないのに不思議なものよね。」
「はぐらかすなって、どういう理由なんだ?」
髪に櫛を掛けながら黙り込んだエリザの返事を待つ。
「最近皆が私をちやほやしてくるじゃない?それは別に前からだし構わないんだけどさ、それでもシロウが悪く言われるのはやっぱり嫌なのよ。だから私が気に入った物を皆が買うなら、それをシロウに買ってもらって売れば少しはお金になるかなって。」
「それで普段買わないものまで買ったわけか。まぁ、俺の金だけど。」
「あのブローチは可愛かったからよ?ほら、前にミラとお揃いの財布買ってたじゃない?だから私は別のがいいかなって、それでいいのがあったから、それで・・・。」
「わかったわかったそれ以上言うな。俺は気にしてない、だから大丈夫だ。」
いつにもなく早口で、溢れてくる感情を必死に押さえようとするエリザの頭を濡れたままそっと抱きしめてやる。
冒険者に人気で強くて脳筋で、それでも繊細でなんなら可愛い物が大好きで人一倍気を遣う、それがエリザっていう女だ。
だからこそ、俺に向けられたあの言葉が自分に向けられたように感じてしまったんだろう。
まったくそんなこと気にしなくていいのにさ。
「ほんとに?」
「あぁ、むしろお前がそうやって考えてくれてうれしく思ってる。だがな、そんな小銭程度で俺は満足しないぞ。やるならばやっぱりがっつり儲けなきゃ面白くない。」
こちらを振り返らなかったのは泣いているからだろう。
エリザのプライドを傷つけないよう言葉を選びながら、俺は彼女の気遣いに報いるべく脳みそを回転させる。
そう、せっかく稼ぐならもっと大きく稼がないと。
それが『エリザ』という最高の広告塔を使った俺なりの商売だ。
次の日。
いつものようにダンジョンに向かったエリザを見送り、俺は来るべき時のために準備をする。
今回用意したのは前に製作した冒険者道具。
その中でも少し不人気で在庫になっていたティタム製のマグカップを大量に露店へと運び込んだ。
「なんだい、今日は随分同じものを持って来たね。」
「それってこの前貰ったカップだろ?軽くて調子よく使ってるぜ、ありがとな。」
「でもちょいと値段がねぇ。普段使いするにゃちょっと高価すぎるよ。」
おっちゃんおばちゃんには製品が出来た時に試供品として配ってある。
気に入ってくれてはいるようだがやはりネックはその価格。
確かに物はいいんだがやはりカップ一つに銀貨を出そうって冒険者はあまりおらず、他の道具と比べても売れ行きは宜しくなかったいわば不良在庫。
放っておいてもいずれは売れるんだろうけど、次のを企画するためにも早々に在庫は処分してしまいたいんだよなぁ。
簡単なのは値段を下げる事。
だが、それをすればせっかくの儲けは少なくなりなんなら原価を割ってしまう事もある。
不用意な値下げは次に買う時の妨げにもなるだけに諸刃の剣。
出来るなら高く売りたいというのが商売人の本音だ。
だが、これは不良在庫。
そのまま売るには少し分が悪い。
もちろん朝方は誰も寄り付かず、昼になって馴染みの客が冷やかしていくものの結局一つも売れなかった。
珍しくおっちゃんおばちゃんが心配そうな目を向けて来た、その時だった。
「あった!」
「あの、エリザ様が使ってるティタムのカップってこれですか!?」
「あぁ、その赤い模様が入ったやつがそうだ。」
突然三人の女性冒険者が現れ、さっきまで見向きもされなかったティタム鉱のカップに群がってくる。
どうやら仕込みは成功したようだ
「買います!」
「一個銀貨5枚だが、いいのか?」
「え、ちょっと高くない?」
「でもお揃いだよ!私今日から使っちゃう!」
「じゃあ私も!」
「私も買います!」
一人が買うと他の二人も釣られるようにしてお金を出してくる。
値段より欲望が勝った瞬間だ。
ちなみにカップの元値は銀貨3枚、流石に2枚もぼったくるのはあれなので少しだけおまけしてやるか。
「それじゃあカップと、おまけでいつもエリザが買ってるチーズとアート銀のスプーンだ。」
「え、そうなの?」
「ん?あぁ、いつも買って帰ってくれるいいお客さんだよ。」
「物は大事に使ってくれるしねぇ。」
「そうなんだ、ありがとうございました!」
「「ありがとうございました!」」
俺の無茶振りにもおっちゃんおばちゃんはしっかり反応してくれた。
さすが、付き合いが長いだけの事はある。
せっかく儲けるなら俺だけじゃなく二人にもと思って勝手に在庫をセット販売させてもらったが、その分を支払っても定価より高く売れた上に在庫も処分できた事になる。
エリザの怒りがこれで収まったかどうかはわからないが、その後もゾクゾクと客が訪れ無事に在庫は完売。
しっかりと儲けを出すことができた。
さすがに毎回これをするわけにもいかないが、あまりにも露骨な反応が目立ってくると同じようなことをすることになるだろう。
エリザの人気は想像以上。
これからも広告塔として頑張ってもらうかな。
「え、ずる~い!私と行きましょ!」
「ごめん、今日は大事な用事があるからまた今度ね。」
「「エリザ様~!!」」
冒険者ギルドの雑踏を避けつつ、何とも黄色い声を背中に受けながらエリザがこちらに向かって走ってくる。
その背中を通り越して声とは違う鋭い視線が俺に刺ささるのにはもう慣れてしまった。
「お待たせ。」
「おつかれさん、せっかくのお誘いだったのによかったのか?」
「だって今日はシロウとルカとのお出かけの日だもの。」
「だってよ、よかったなルカ。」
母親の気配を感じさっきまでウトウトしていたルカが目を見開いてエリザの方に腕を伸ばす。
返り血はついていないものの鎧を着たまま抱き上げる様はまるで何かの絵画のようだ。
どうやらそれは先程の女性冒険者も同じようでその光景に見とれている。
さっきの鋭い視線はいったい何だったのか。
「ねぇ、お腹空いちゃった。」
「そういうと思ってイライザさんの所で簡単な食事を用意してもらってる、腹ごなしをしたら露店を見て回ろう。今日はルカの服を探すんだろ?」
「うん!」
「腹が減ってはなんとやらだ、ルカの分もあるし早めに済ませるとしよう。」
普段は日傘なんてささない二人だが、ルカも一緒の時は抱っこしていない方が日傘をさすのが暗黙の了解になっている。
今日は俺が抱っこしているのでエリザの番、疲れているはずなのに申し訳ないが本人はいたって楽しそうだ。
「ねぇ、エリザ様が日傘をさしてるわ。」
「どこの傘かしら、綺麗よねぇ。」
「ブレラさんの所じゃない?ほら、この間雨傘を新調されたって言ってたし。」
「そうかも!後で探しに行ってみよ~っと。」
正面から歩いてきて通り過ぎて言った冒険者からそんな会話が聞こえた気がする。
ギルドの中でもそうだったが外を歩いていても、エリザをの事を気にしている冒険者は多い。
正確には女性冒険者だが、出産後冒険者に復帰したあたりから前以上に人気が出ているような気がする。
熟練冒険者、というか長年エリザの追っかけをやっているような皆様は俺の事も良く知っているのでどちらかというと暖かい目を向けてくれるのだが、残念ながら新しくファンになった冒険者は俺がいるのをあまり宜しく思っていないようなので、さっきのような視線を向けられる事がある。
別に俺は気にしていないんだが、本人はどう思っているんだろうか。
「ん~、美味し~!」
「そうやって美味しそうに食べてもらえると作り甲斐があるね。」
「イライザさん、お肉お代わり!それとサラダも!」
「お、野菜も食うのか。偉いな。」
「当たり前じゃない、お肉を食べたら野菜も食べないと。ねぇ、ルカ?」
「アブ。」
「そうだって。」
一角亭に到着するとすぐにイライザさんが料理を提供してくれた。
当初の予定では軽く食べるはずだったのに気付けばがっつり食べているのは想定の範囲内。
さっきまでダンジョンで命を張っていたんだから腹もすくだろう。
「エリザ様が食べているのって何?」
「ワイルドカウのステーキ、それとサラダの大盛。今日はエールなしなんだね。」
「ほら、ルカ君がいるから。」
「そっかそっか。あぁ、いつ見ても素敵よね。」
「ほんとほんと。横のあの人が居なかったらもっといいのにねぇ。」
聞こえてる、聞こえてるぞそこの女性たち。
もちろんエリザにも聞こえているだろうけど、肉が美味しいのか特に気にする様子もなく巨大なステーキにかぶりついている。
まぁ本人が気にしていないのならオッケーだ。
ルカを抱きながら俺も小腹を見たし、その足で市場へと向かう。
ちょうどいい感じの服が売りに出されていたので他の子供たちの分も合わせて購入し、ついでに他の露店を見てまわる。
「ねぇ、このブローチ可愛くない?ルフちゃんとレイちゃんと同じグレイウルフみたいよ。」
「結構リアルだが大きさがいいな。」
「この前スカイちゃんに作ってもらった青染ディヒーアのカバンに付けようかな。」
市場で見つけた魔物がモチーフのブローチ。
この間の魔物コインのブームもあって、最近はこういうものが流行しているようだ。
特にここは冒険者が多いので、ジンクス目当てに売りに来ているんだろう。
青染のディヒーアは今も冒険者に人気が高く、わざわざ本人にお願いしてカバンを特注していた。
カバンに興味があるとは知らなかったが、ルカの荷物を入れるのにちょうどいい大きさなので今度俺の分も作ってもらう予定だ。
「いいんじゃないか?すまない、これはいくらだ?」
「銅貨30枚だよ。」
「じゃあ、後はこれとこれと、これも!」
「有難いねぇ、全部で銀貨2枚。まいどあり。」
グレイウルフだけかと思ったが、他にもモフラビットなんかの可愛らしい奴をいくつか購入して店を出る。
その後すぐに別の冒険者が店に押しかけていた。
「良いのがあってよかったな。」
「うん。これはシロウのね。」
「いいのか?」
「私とおそろい、いいでしょ?」
「じゃあ、ルカともお揃いにしないとな。」
「ダメ、ルカはこっち。」
そう言ってルカの服に押し当てたのはドラゴンのブローチ。
色は赤、ディーネを模したものではないが見た目だけでなんとなくわかる。
「良く似合ってるじゃないか。」
「ふふ~ん、でしょ?だからシロウはこっちね。」
「はいはい。他にも見るのか?」
「当たり前じゃない、今日は買い物しまくるわよ!」
その宣言通り普段は買い物をあまりしないエリザが、それこそあまり買い物しないようなものを買いまくり、両手に持ちきれないぐらいの荷物を抱えて帰宅することになった。
あー、重かった。
「で?」
「なに?」
「なんであんなに買い物したんだ?」
久々に二人で風呂に入り、エリザの寝室で髪の毛を乾かしながら昼間の件を確認する。
明らかにいつもと違う買い物のしかただった。
いつもならもっと冒険者らしく武具や探索用の道具を見て回るのだが、今日はあえてそれを避けているようにも感じた。
何か意図があるんだろうが、それが何かわからないので直接聞くことにしたわけだ。
「なんだ、わかってたんだ。」
「わからないわけないだろ、俺とお前の仲だぞ。」
「まだ二年も経ってないのに不思議なものよね。」
「はぐらかすなって、どういう理由なんだ?」
髪に櫛を掛けながら黙り込んだエリザの返事を待つ。
「最近皆が私をちやほやしてくるじゃない?それは別に前からだし構わないんだけどさ、それでもシロウが悪く言われるのはやっぱり嫌なのよ。だから私が気に入った物を皆が買うなら、それをシロウに買ってもらって売れば少しはお金になるかなって。」
「それで普段買わないものまで買ったわけか。まぁ、俺の金だけど。」
「あのブローチは可愛かったからよ?ほら、前にミラとお揃いの財布買ってたじゃない?だから私は別のがいいかなって、それでいいのがあったから、それで・・・。」
「わかったわかったそれ以上言うな。俺は気にしてない、だから大丈夫だ。」
いつにもなく早口で、溢れてくる感情を必死に押さえようとするエリザの頭を濡れたままそっと抱きしめてやる。
冒険者に人気で強くて脳筋で、それでも繊細でなんなら可愛い物が大好きで人一倍気を遣う、それがエリザっていう女だ。
だからこそ、俺に向けられたあの言葉が自分に向けられたように感じてしまったんだろう。
まったくそんなこと気にしなくていいのにさ。
「ほんとに?」
「あぁ、むしろお前がそうやって考えてくれてうれしく思ってる。だがな、そんな小銭程度で俺は満足しないぞ。やるならばやっぱりがっつり儲けなきゃ面白くない。」
こちらを振り返らなかったのは泣いているからだろう。
エリザのプライドを傷つけないよう言葉を選びながら、俺は彼女の気遣いに報いるべく脳みそを回転させる。
そう、せっかく稼ぐならもっと大きく稼がないと。
それが『エリザ』という最高の広告塔を使った俺なりの商売だ。
次の日。
いつものようにダンジョンに向かったエリザを見送り、俺は来るべき時のために準備をする。
今回用意したのは前に製作した冒険者道具。
その中でも少し不人気で在庫になっていたティタム製のマグカップを大量に露店へと運び込んだ。
「なんだい、今日は随分同じものを持って来たね。」
「それってこの前貰ったカップだろ?軽くて調子よく使ってるぜ、ありがとな。」
「でもちょいと値段がねぇ。普段使いするにゃちょっと高価すぎるよ。」
おっちゃんおばちゃんには製品が出来た時に試供品として配ってある。
気に入ってくれてはいるようだがやはりネックはその価格。
確かに物はいいんだがやはりカップ一つに銀貨を出そうって冒険者はあまりおらず、他の道具と比べても売れ行きは宜しくなかったいわば不良在庫。
放っておいてもいずれは売れるんだろうけど、次のを企画するためにも早々に在庫は処分してしまいたいんだよなぁ。
簡単なのは値段を下げる事。
だが、それをすればせっかくの儲けは少なくなりなんなら原価を割ってしまう事もある。
不用意な値下げは次に買う時の妨げにもなるだけに諸刃の剣。
出来るなら高く売りたいというのが商売人の本音だ。
だが、これは不良在庫。
そのまま売るには少し分が悪い。
もちろん朝方は誰も寄り付かず、昼になって馴染みの客が冷やかしていくものの結局一つも売れなかった。
珍しくおっちゃんおばちゃんが心配そうな目を向けて来た、その時だった。
「あった!」
「あの、エリザ様が使ってるティタムのカップってこれですか!?」
「あぁ、その赤い模様が入ったやつがそうだ。」
突然三人の女性冒険者が現れ、さっきまで見向きもされなかったティタム鉱のカップに群がってくる。
どうやら仕込みは成功したようだ
「買います!」
「一個銀貨5枚だが、いいのか?」
「え、ちょっと高くない?」
「でもお揃いだよ!私今日から使っちゃう!」
「じゃあ私も!」
「私も買います!」
一人が買うと他の二人も釣られるようにしてお金を出してくる。
値段より欲望が勝った瞬間だ。
ちなみにカップの元値は銀貨3枚、流石に2枚もぼったくるのはあれなので少しだけおまけしてやるか。
「それじゃあカップと、おまけでいつもエリザが買ってるチーズとアート銀のスプーンだ。」
「え、そうなの?」
「ん?あぁ、いつも買って帰ってくれるいいお客さんだよ。」
「物は大事に使ってくれるしねぇ。」
「そうなんだ、ありがとうございました!」
「「ありがとうございました!」」
俺の無茶振りにもおっちゃんおばちゃんはしっかり反応してくれた。
さすが、付き合いが長いだけの事はある。
せっかく儲けるなら俺だけじゃなく二人にもと思って勝手に在庫をセット販売させてもらったが、その分を支払っても定価より高く売れた上に在庫も処分できた事になる。
エリザの怒りがこれで収まったかどうかはわからないが、その後もゾクゾクと客が訪れ無事に在庫は完売。
しっかりと儲けを出すことができた。
さすがに毎回これをするわけにもいかないが、あまりにも露骨な反応が目立ってくると同じようなことをすることになるだろう。
エリザの人気は想像以上。
これからも広告塔として頑張ってもらうかな。
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