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987.転売屋は財布を売りつけられる
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幸運を呼ぶ。
そんな触れ込みで売られていたものは山ほどあった。
その中でも特に多かったのがお金関係。
ワニ革がいいとか黄色がいいとか、春に買う方がいいとか、多種多様な言葉で人を誘うものの実際にお金持ちになったという人には残念ながら出会っていない。
いや、俺が知らないだけで実際にお金持ちになった人も少なからずいるのかもしれないけれど、残念ながら俺がそういうのを信じない人だったせいか御縁がなかったんだよなぁ。
「さぁ寄ってらっしゃい!これを買えば誰でも大金持ち!幸運を呼ぶ財布だよ!ちょっとそこのお兄さん、見て行ってよ。」
「ん?」
「そうそうそこのお兄さん。これを買うと凄くお金がたまるんだよ、最初はちょっとお金がかかるけど損はさせないからさ!財布の中身が二倍、いや三倍にはなるんじゃないかな。」
いつものように市場を歩いていると、この暑さにも負けないぐらいの威勢のいい呼び込みに遭遇した。
まだ若い小柄な女性が、手を叩きながら呼び込みをしている。
今よりも二倍も三倍も金が溜まる財布と来たか。
どれどれ話を聞かせてもらおうじゃないか。
「ほぉ、三倍も。」
「そうさ!このラッキースネークの革で作った財布ならあっという間に大金持ち。でも残念ながら何もしないで溜まるってわけじゃないんだ。ちゃんと働く必要はあるけれど、それでもこの革のおかげで皆すぐに仕事が決まって見る見るうちにお金がたまるんだ。」
「なるほど、何もしないで溜まるわけじゃないんだな。」
「もしそうなら今頃私は大金持ちのはずじゃない?」
「違いない。」
中々話術は巧みなようで、ついつい話を聞いてみたくさせてくる。
しかも無責任に金が溜まるというわけでもなくしっかり働けば今以上に金が溜まるという。
その辺は元の世界で見た開運グッズ的な物よりも良心的だな。
話し方から察するに見た目は幼くても俺よりも上って感じだろうか。
この見た目でこの話術、男女問わず引っかかってしまう客は大勢いるだろう。
とはいえ、それで二倍も三倍も金が入るのであれば今頃彼女の財布もパンパンに膨れ上がっているはず。
そうでない以上その話はやっぱり信じられないんだよなぁ。
「お兄さんお仕事は何してるの?見た感じ冒険者って感じじゃないけど。」
「俺はそこで商売してるんだ。」
「それならこの財布を買えば今日から繁盛間違いなしだね!」
「繁盛すると金はたまらないんだよなぁ。」
「えぇ、なんで?お客さんがくれば大喜び、買ってもらえれば私も大喜びだよ?」
そりゃ確かにそっちは大喜びかもしれないが、うちの場合は客が来れば来るほど金が出て行く。
もちろんそれを売る事で結果として二倍ぐらいの金にはなるかもしれないが、三倍はさすがに言いすぎだ。
「そんなに言うなら物を見せてもらえるか?」
「そうこなくっちゃ!お兄さんなら大きめの方がいいよね。」
「なんでだ?」
「だって、いっぱい稼ぐならたくさん入るほうがいいじゃない。ちょっと高めだけど、これなんてどうかな。」
そう言って彼女が出してきたのは定番の黄色い革で作られた入れ物。
どうやらこの世界でも黄色は幸運を呼ぶ色のようだ。
『ラッキースネークの革財布。本来は真っ黒い見た目のブラックスネークの中で極稀に誕生する黄色い個体は、ラッキースネークと呼ばれ幸運を呼ぶと言われている。実際に幸運を高める加護が高く、見た目に目立つ外見ながらその個体を捕まえるのは難しくそれ目当てに蛇の巣を巡る狩人も多い。最近の平均取引価格は銀貨70枚。最安値銀貨50枚、最高値金貨1枚、最終取引日は3日前と記録されています。』
手渡されたソレは思っている以上に柔らかく、ただの革のはずなのに手に吸い付くようにしっとりとしていた。
これ、本当に革なのか?
それにこの鑑定結果、マジで幸運を高める効果があるらしい。
うーん流石剣と魔法の世界、まさか本当に効果のある品が売りに出されているとは。
よく考えれば俺も前に四葉のクローバー的な物を売ってたし、無いわけじゃないんだよなぁ。
もちろん俺はそれを幸運になる!と断言して売ったわけではないが良く売れたのを覚えている。
しかし、いくらなんでも高すぎないかこれ。
「確かに良い物なのは間違いない、いくらだ?」
「やっぱりお兄さんならわかってくれると思ったんだ。この大きいのは金貨1枚、少し小さいので銀貨70枚、一番小さいので銀貨50枚。でも小さいのは枚数入らないし、大きいのだったらほら、中に仕切りがついているから銀貨と銅貨を分けやすいよ。」
「そんなに大金持ち歩かないし真ん中でいいんだけど。それに、なんで俺ならわかるって思ったんだ?」
「だってこの街の人にしては身なりもしっかりしてるし、なにより靴が汚れてない。ちゃんとお手入れしてくれる人がいる証拠だから良い物を知ってるって感じたんだ。」
商売の本の中によく財布と靴を見ろという文言が載っていたが、そういうことか。
元の世界じゃ靴になんて気を使っている余裕なかったし、結構履き潰すタイプだったのでボロボロだったに違いない。
そりゃあかしこまった場に出る用の靴は別に持っていたけれど、それも手入れをしていたかと言われればそうでもない。
もしかすると自分の中ではしているつもりでも、向こうの人から見れば俺がどういうタイプの人間かわかっていたのかもしれないなぁ。
思い起こせばなんとなくそういう対応をされた節がある。
客を見た目で判断するなともいうけれど、見た目から入る情報で向こうは判断するしかないだけに必然的にそういう目が養われるというわけだ。
「なるほどなぁ。」
「ねね、どう?お兄さんなら絶対気に入ると思うんだけど。」
「幸運はともかくこの手触りは気に入っているが、やはり大きいのを使う事は無いな。ってことで、一番小さいのを二つくれ。」
「え、二つ?」
「あぁ、俺が財布に入れてるのは大抵これだから。」
そう言いながら財布代わりの革袋から金貨を取り出し彼女の手に乗せる。
銀貨50枚が二つで金貨1枚。
買い付けに行くときは何十枚も硬貨を持ち歩くが、今日は散歩程度だったので残りは銀貨が10枚程しか入っていない。
それでも金貨が倍になるのならば安い買い物と言えるだろう。
「あはは、やっぱり私の見込んだとおりだったみたい。」
「ちゃんと二倍、いや三倍になるんだろ?」
「それはお兄さん次第かな。サボってても増えないって言ったでしょ?」
「あぁ、言ったな。」
「だからいっぱい働いたら増えると思うよ。大丈夫、お兄さんならすぐだって。」
「なんですぐなんだ?」
「こんな場所で私みたいなのに声を掛けられただけで金貨1枚をポンと出せるんだもん、それだけ稼げてるって事でしょ。いいなぁ、私もこれぐらいポンと出してみたい。」
器用に指の上をコロコロと金貨を転がしながら彼女は少し不貞腐れたような顔をする。
おかしな話だ、これだけ幸運を呼ぶものを持っているにもかかわらずお金が溜まらないだなんて。
それじゃあまるで効果が無いみたいじゃないか。
「これだけ財布があるだろ。」
「あはは、そうだね。」
少しだけ暗い表情になったものの、再び明るい顔に戻り小さい財布を二つ袋に入れてくれた。
「お兄さん有難う!」
「こちらこそ良い買い物が出来たよ。」
本当にこの財布を使う事で倍になるとは到底思っていないが、久々に楽しく買い物が出来たのでそっちに対するお礼だ。
市場を離れ再び仕事をする為に屋敷へと戻る。
執務室に入るとちょうどミラが書類の整理をしてくれていた。
「おかえりなさいませシロウ様。」
「ただいま。」
「何かありましたか?少しうれしそうですが。」
「久々に楽しい買い物をしたんでな。そうだ、これを買ってきたんだ良かったら使ってくれ。」
袋を傾けると中から鮮やかな黄色い財布が転がり出てくる。
財布というか小銭入れだな、こう、ボタンを外すとパカッと開いて中身がすぐに見えるような奴。
もっとも、ボタンではなく金属製の鋲を反対側の穴に押し込んで固定するタイプのようだ。
大きい財布しか見せられなかったので小さい方は確認しなかったのだが、作りとしてはやはり少し安っぽい。
でもまぁ銀貨や銅貨を入れるだけならこれで十分、金貨なら余裕って感じだろう。
「これは、イエロースネークの革ですね。鮮やかな黄色が綺麗です、有難うございます。」
「ん?イエロースネーク?」
「はい、鑑定結果にはそう出ていますが。」
「ちょっと待ってくれ。」
残った財布を手に取ると頭の中に鑑定結果が浮かび上がる。
『イエロースネークの革財布。鮮やかな黄色の革はとても柔らかく小物や鎧のアクセントに使用されている。南方ではよくみられる魔物だが見た目の鮮やかさの割に獲物の狩り方は巧妙で、南方の花々に擬態して獲物に襲い掛かったりする。最近の平均取引価格は銅貨70枚。最安値銅貨50枚、最高値銀貨1枚、最終取引日は昨日と記録されています。』
確かに鑑定結果はイエロースネーク。
だが、あそこで俺が見たのは確かにラッキースネークのはず・・・って、そうか!
「わるい、それはやっぱりなしだ。」
「え?」
「無理だとは思うが確認してくる、もう少し待っててくれ。」
ミラから財布を回収し急いで市場へと戻る。
恐らく、いや間違いなくもうそこにはいないだろうけど一縷の望みをかけて俺は走った。
「で、結局いなかったんだ。」
「まぁ普通はそうだよな。」
「シロウ様が騙されるなんて、余程の商売上手だったんですね。」
「というか俺の確認不足だな。そもそも受け取るときに中身を確認していればよかっただけの話だし、騙される奴が悪い。」
当たり前だが露店にはもう彼女の姿は無く、空いたスペースだけが残されていた。
向こうからすれば銀貨数枚程度の商品で金貨を手に入れたようなもの。
さっきの様に場所を変え人を変えて人を騙しながら稼いでいるんだろう。
それを悪と言うのは簡単だが気になるのは彼女の最後の表情。
本当に好んでやっているのか、それとも誰かにやらされていたのか。
もっとも、それすらも仕込みの可能性もあるので結局は騙された俺が悪いっていうね。
「でも財布は可愛いので有難く使わせて頂きます。」
「良い物じゃなくて悪いな。」
「物の良し悪しではありません、シロウ様に頂いたのが嬉しいんです。おそろいですね。」
「だな。」
「いいないいなー、私もシロウとおそろいのが欲しいな~。」
ミラが自慢げに財布を取り出すものだから、それを見たエリザが羨ましそうにこちらを睨んでくる。
もっとも、それはいつもの事なのでむしろ煽る感じでミラがどや顔をした。
ここまで自慢するとは珍しい、余程嬉しかったと見える。
「旦那様、私もおそろいの物が欲しいです。」
「お姉様、それでしたら同じものを買って渡すのはいかがですか?」
「それでもいいんだけど、やっぱり違うのよね。」
「わかります。」
マリーさんとハーシェさんがうんうんと頷き、それを見てオリンピアが首をかしげる。
やめてくれ、そんなにハードルを上げないでくれ。
「あー、また良い物があったらな。」
「絶対だからね!」
「わかったって、そんなに大きな声出すとルカが泣くだろうが。」
「そんなので泣かな・・・あー、ごめんごめん、うるさかったね、ごめんね。」
ほれみたことか。
母親が急に大きな声を出すものだから、食後のまどろみを邪魔されたルカが今にも泣きそうにふにゃふにゃ言い出した。
慌てて立ち上がり左右に体を揺らしてあやしだす。
いや、揺れるどころかクルクル踊り始めたぞ。
それであやせているのだろうか・・・。
それを見て女達が笑っている。
騙されたのは正直ショックだが、生きていればそんな事もある。
それもこれも金貨1枚を失って笑っていられるだけの財力があるからで。
例え偽物でも本物と同じ効果があるように、金貨二枚稼いでやろうじゃないか。
そう気持ちを新たに不思議な踊りを披露する嫁(エリザ)を見て皆で笑みを浮かべるのだった。
そんな触れ込みで売られていたものは山ほどあった。
その中でも特に多かったのがお金関係。
ワニ革がいいとか黄色がいいとか、春に買う方がいいとか、多種多様な言葉で人を誘うものの実際にお金持ちになったという人には残念ながら出会っていない。
いや、俺が知らないだけで実際にお金持ちになった人も少なからずいるのかもしれないけれど、残念ながら俺がそういうのを信じない人だったせいか御縁がなかったんだよなぁ。
「さぁ寄ってらっしゃい!これを買えば誰でも大金持ち!幸運を呼ぶ財布だよ!ちょっとそこのお兄さん、見て行ってよ。」
「ん?」
「そうそうそこのお兄さん。これを買うと凄くお金がたまるんだよ、最初はちょっとお金がかかるけど損はさせないからさ!財布の中身が二倍、いや三倍にはなるんじゃないかな。」
いつものように市場を歩いていると、この暑さにも負けないぐらいの威勢のいい呼び込みに遭遇した。
まだ若い小柄な女性が、手を叩きながら呼び込みをしている。
今よりも二倍も三倍も金が溜まる財布と来たか。
どれどれ話を聞かせてもらおうじゃないか。
「ほぉ、三倍も。」
「そうさ!このラッキースネークの革で作った財布ならあっという間に大金持ち。でも残念ながら何もしないで溜まるってわけじゃないんだ。ちゃんと働く必要はあるけれど、それでもこの革のおかげで皆すぐに仕事が決まって見る見るうちにお金がたまるんだ。」
「なるほど、何もしないで溜まるわけじゃないんだな。」
「もしそうなら今頃私は大金持ちのはずじゃない?」
「違いない。」
中々話術は巧みなようで、ついつい話を聞いてみたくさせてくる。
しかも無責任に金が溜まるというわけでもなくしっかり働けば今以上に金が溜まるという。
その辺は元の世界で見た開運グッズ的な物よりも良心的だな。
話し方から察するに見た目は幼くても俺よりも上って感じだろうか。
この見た目でこの話術、男女問わず引っかかってしまう客は大勢いるだろう。
とはいえ、それで二倍も三倍も金が入るのであれば今頃彼女の財布もパンパンに膨れ上がっているはず。
そうでない以上その話はやっぱり信じられないんだよなぁ。
「お兄さんお仕事は何してるの?見た感じ冒険者って感じじゃないけど。」
「俺はそこで商売してるんだ。」
「それならこの財布を買えば今日から繁盛間違いなしだね!」
「繁盛すると金はたまらないんだよなぁ。」
「えぇ、なんで?お客さんがくれば大喜び、買ってもらえれば私も大喜びだよ?」
そりゃ確かにそっちは大喜びかもしれないが、うちの場合は客が来れば来るほど金が出て行く。
もちろんそれを売る事で結果として二倍ぐらいの金にはなるかもしれないが、三倍はさすがに言いすぎだ。
「そんなに言うなら物を見せてもらえるか?」
「そうこなくっちゃ!お兄さんなら大きめの方がいいよね。」
「なんでだ?」
「だって、いっぱい稼ぐならたくさん入るほうがいいじゃない。ちょっと高めだけど、これなんてどうかな。」
そう言って彼女が出してきたのは定番の黄色い革で作られた入れ物。
どうやらこの世界でも黄色は幸運を呼ぶ色のようだ。
『ラッキースネークの革財布。本来は真っ黒い見た目のブラックスネークの中で極稀に誕生する黄色い個体は、ラッキースネークと呼ばれ幸運を呼ぶと言われている。実際に幸運を高める加護が高く、見た目に目立つ外見ながらその個体を捕まえるのは難しくそれ目当てに蛇の巣を巡る狩人も多い。最近の平均取引価格は銀貨70枚。最安値銀貨50枚、最高値金貨1枚、最終取引日は3日前と記録されています。』
手渡されたソレは思っている以上に柔らかく、ただの革のはずなのに手に吸い付くようにしっとりとしていた。
これ、本当に革なのか?
それにこの鑑定結果、マジで幸運を高める効果があるらしい。
うーん流石剣と魔法の世界、まさか本当に効果のある品が売りに出されているとは。
よく考えれば俺も前に四葉のクローバー的な物を売ってたし、無いわけじゃないんだよなぁ。
もちろん俺はそれを幸運になる!と断言して売ったわけではないが良く売れたのを覚えている。
しかし、いくらなんでも高すぎないかこれ。
「確かに良い物なのは間違いない、いくらだ?」
「やっぱりお兄さんならわかってくれると思ったんだ。この大きいのは金貨1枚、少し小さいので銀貨70枚、一番小さいので銀貨50枚。でも小さいのは枚数入らないし、大きいのだったらほら、中に仕切りがついているから銀貨と銅貨を分けやすいよ。」
「そんなに大金持ち歩かないし真ん中でいいんだけど。それに、なんで俺ならわかるって思ったんだ?」
「だってこの街の人にしては身なりもしっかりしてるし、なにより靴が汚れてない。ちゃんとお手入れしてくれる人がいる証拠だから良い物を知ってるって感じたんだ。」
商売の本の中によく財布と靴を見ろという文言が載っていたが、そういうことか。
元の世界じゃ靴になんて気を使っている余裕なかったし、結構履き潰すタイプだったのでボロボロだったに違いない。
そりゃあかしこまった場に出る用の靴は別に持っていたけれど、それも手入れをしていたかと言われればそうでもない。
もしかすると自分の中ではしているつもりでも、向こうの人から見れば俺がどういうタイプの人間かわかっていたのかもしれないなぁ。
思い起こせばなんとなくそういう対応をされた節がある。
客を見た目で判断するなともいうけれど、見た目から入る情報で向こうは判断するしかないだけに必然的にそういう目が養われるというわけだ。
「なるほどなぁ。」
「ねね、どう?お兄さんなら絶対気に入ると思うんだけど。」
「幸運はともかくこの手触りは気に入っているが、やはり大きいのを使う事は無いな。ってことで、一番小さいのを二つくれ。」
「え、二つ?」
「あぁ、俺が財布に入れてるのは大抵これだから。」
そう言いながら財布代わりの革袋から金貨を取り出し彼女の手に乗せる。
銀貨50枚が二つで金貨1枚。
買い付けに行くときは何十枚も硬貨を持ち歩くが、今日は散歩程度だったので残りは銀貨が10枚程しか入っていない。
それでも金貨が倍になるのならば安い買い物と言えるだろう。
「あはは、やっぱり私の見込んだとおりだったみたい。」
「ちゃんと二倍、いや三倍になるんだろ?」
「それはお兄さん次第かな。サボってても増えないって言ったでしょ?」
「あぁ、言ったな。」
「だからいっぱい働いたら増えると思うよ。大丈夫、お兄さんならすぐだって。」
「なんですぐなんだ?」
「こんな場所で私みたいなのに声を掛けられただけで金貨1枚をポンと出せるんだもん、それだけ稼げてるって事でしょ。いいなぁ、私もこれぐらいポンと出してみたい。」
器用に指の上をコロコロと金貨を転がしながら彼女は少し不貞腐れたような顔をする。
おかしな話だ、これだけ幸運を呼ぶものを持っているにもかかわらずお金が溜まらないだなんて。
それじゃあまるで効果が無いみたいじゃないか。
「これだけ財布があるだろ。」
「あはは、そうだね。」
少しだけ暗い表情になったものの、再び明るい顔に戻り小さい財布を二つ袋に入れてくれた。
「お兄さん有難う!」
「こちらこそ良い買い物が出来たよ。」
本当にこの財布を使う事で倍になるとは到底思っていないが、久々に楽しく買い物が出来たのでそっちに対するお礼だ。
市場を離れ再び仕事をする為に屋敷へと戻る。
執務室に入るとちょうどミラが書類の整理をしてくれていた。
「おかえりなさいませシロウ様。」
「ただいま。」
「何かありましたか?少しうれしそうですが。」
「久々に楽しい買い物をしたんでな。そうだ、これを買ってきたんだ良かったら使ってくれ。」
袋を傾けると中から鮮やかな黄色い財布が転がり出てくる。
財布というか小銭入れだな、こう、ボタンを外すとパカッと開いて中身がすぐに見えるような奴。
もっとも、ボタンではなく金属製の鋲を反対側の穴に押し込んで固定するタイプのようだ。
大きい財布しか見せられなかったので小さい方は確認しなかったのだが、作りとしてはやはり少し安っぽい。
でもまぁ銀貨や銅貨を入れるだけならこれで十分、金貨なら余裕って感じだろう。
「これは、イエロースネークの革ですね。鮮やかな黄色が綺麗です、有難うございます。」
「ん?イエロースネーク?」
「はい、鑑定結果にはそう出ていますが。」
「ちょっと待ってくれ。」
残った財布を手に取ると頭の中に鑑定結果が浮かび上がる。
『イエロースネークの革財布。鮮やかな黄色の革はとても柔らかく小物や鎧のアクセントに使用されている。南方ではよくみられる魔物だが見た目の鮮やかさの割に獲物の狩り方は巧妙で、南方の花々に擬態して獲物に襲い掛かったりする。最近の平均取引価格は銅貨70枚。最安値銅貨50枚、最高値銀貨1枚、最終取引日は昨日と記録されています。』
確かに鑑定結果はイエロースネーク。
だが、あそこで俺が見たのは確かにラッキースネークのはず・・・って、そうか!
「わるい、それはやっぱりなしだ。」
「え?」
「無理だとは思うが確認してくる、もう少し待っててくれ。」
ミラから財布を回収し急いで市場へと戻る。
恐らく、いや間違いなくもうそこにはいないだろうけど一縷の望みをかけて俺は走った。
「で、結局いなかったんだ。」
「まぁ普通はそうだよな。」
「シロウ様が騙されるなんて、余程の商売上手だったんですね。」
「というか俺の確認不足だな。そもそも受け取るときに中身を確認していればよかっただけの話だし、騙される奴が悪い。」
当たり前だが露店にはもう彼女の姿は無く、空いたスペースだけが残されていた。
向こうからすれば銀貨数枚程度の商品で金貨を手に入れたようなもの。
さっきの様に場所を変え人を変えて人を騙しながら稼いでいるんだろう。
それを悪と言うのは簡単だが気になるのは彼女の最後の表情。
本当に好んでやっているのか、それとも誰かにやらされていたのか。
もっとも、それすらも仕込みの可能性もあるので結局は騙された俺が悪いっていうね。
「でも財布は可愛いので有難く使わせて頂きます。」
「良い物じゃなくて悪いな。」
「物の良し悪しではありません、シロウ様に頂いたのが嬉しいんです。おそろいですね。」
「だな。」
「いいないいなー、私もシロウとおそろいのが欲しいな~。」
ミラが自慢げに財布を取り出すものだから、それを見たエリザが羨ましそうにこちらを睨んでくる。
もっとも、それはいつもの事なのでむしろ煽る感じでミラがどや顔をした。
ここまで自慢するとは珍しい、余程嬉しかったと見える。
「旦那様、私もおそろいの物が欲しいです。」
「お姉様、それでしたら同じものを買って渡すのはいかがですか?」
「それでもいいんだけど、やっぱり違うのよね。」
「わかります。」
マリーさんとハーシェさんがうんうんと頷き、それを見てオリンピアが首をかしげる。
やめてくれ、そんなにハードルを上げないでくれ。
「あー、また良い物があったらな。」
「絶対だからね!」
「わかったって、そんなに大きな声出すとルカが泣くだろうが。」
「そんなので泣かな・・・あー、ごめんごめん、うるさかったね、ごめんね。」
ほれみたことか。
母親が急に大きな声を出すものだから、食後のまどろみを邪魔されたルカが今にも泣きそうにふにゃふにゃ言い出した。
慌てて立ち上がり左右に体を揺らしてあやしだす。
いや、揺れるどころかクルクル踊り始めたぞ。
それであやせているのだろうか・・・。
それを見て女達が笑っている。
騙されたのは正直ショックだが、生きていればそんな事もある。
それもこれも金貨1枚を失って笑っていられるだけの財力があるからで。
例え偽物でも本物と同じ効果があるように、金貨二枚稼いでやろうじゃないか。
そう気持ちを新たに不思議な踊りを披露する嫁(エリザ)を見て皆で笑みを浮かべるのだった。
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