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985.転売屋はサボテンに追いかけられる

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「今度はそっちバラすぞ、道開けろ!」

「ヘランスの角持って来てくれ、接着がはがれないんだ。」

「それならお湯かけろよお湯、すぐ剥がれるから。そこら辺はシャドウプラントの樹液とクッション材を使って半分仮止めしたまま組み上げてるから、それを剥したら簡単に外せるぞ。」

「まじか、やってみる!」

なにやら信じられない会話も聞こえてくるが、あの辺りは大会中も人が滞在しない場所だから何かあっても被害は少なかっただろうし、突貫工事だったのでそういう場所があっても致し方ない。

とはいえよろしくはないので、後で報告書には挙げておこう。

開催わずか二日いや、オークションを入れたら三日か。

ともかくその期間しか使わない場所だったにせよ多大な労力と費用が掛かっていた場所があっという間に解体されていくのは、なんともいえない気持ちになるなぁ。

もっとも、ばらした後の素材はしっかり城壁工事に再利用されるので無駄にはならない。

石材はまだまだ必要だし捨てる部分は接着に使った素材ぐらいなものだ。

「ただいま、巡回終了っと。」

「お疲れ様です!すみません、シロウさんに巡回までお願いしちゃって。」

解体現場の確認が終わったので、首元に掛けたタオルで汗をぬぐいながら詰所へと引き返す。

ヘルメットを外すと一気に汗が垂れて来た。

まだまだ夏真っ最中、これは適度に水分補給させないと熱中症になるやつだな。

「俺も現場がどうなっているか確認したかったし気にしないでくれ。そっちは終わったか?」

「はい!陛下の滞在に合わせて中断していた工期は何とかなりそうです。」

「あまり詰め込み過ぎて事故が起こったんじゃ意味ないからな、程々にしておけよ。」

氷水を入れた保冷箱に浮かせたヤカンから香茶をコップに注ぎ一気にのどに流し込むと、本来分からないはずの胃の形に香茶が広がっていくような感覚を覚える。

これっていったいどういう原理なんだろうなぁ。

「さて、城壁周りの巡回もしてくるか。」

「えぇ!今帰って来たばかりですよ!」

「それが終わったらそのまま屋敷に直帰するさ、畑の様子も見たいし。後よろしくな。」

「倒れないでくださいね~。」

事務方の仕事は全部丸投げしているし、巡回なんて言ってもただ声をかけて回るだけ。

俺に出来るのはこれぐらいなもんだが、それでも歩いて回る事で気づくこともある。

もう一杯香茶を飲んでから再び炎天下の工事現場へと向かったわけなのだが。

「ん?」

労働者に声をかけながら城壁付近をぐるりと見てまわっていると、北側の角に珍しい物を見つけた。

350mlペットボトル程の大きさをした緑のボディは細かいとげで覆われている。

主に砂漠地帯に分布しているはずの植物という印象が強いのだが、どうしてこんな所に生えているのだろうか。

この世界に来てそれなりになるが、この近辺というかダンジョンの中ですら見た事ないと思うんだが。

しゃがみ込み近くで観察してみると、頭の上に小さなピンク色の花が咲いている。

まるで斜めに被った帽子のようなそれは、太陽の光を浴びて光り輝いていた。

「こんな所に生えているなんて珍しいな。」

なんて声をかけても返事をするわけもなく。

拡張工事に関係ない樹側の城壁付近、ここに来る人はほとんどいないので引き抜かれることもないだろう。

というか触ると大変痛そうなので手を出したくないというのが本音だ。

いったいどれだけ細いトゲなんだろうか。

昔アニメか漫画かでサボテンにつっこむ描写があったが、このトゲを全部抜くとか気が狂いそうだな。

植物に話しかける若干残念なオッサンになってしまったので、気を取り直してそのまま畑方面へ。

カニバフラワー達に挨拶をして、魔力の種を回収しながら畑の中へと入って行く。

その途中後ろでカカカカとカニバフラワーが歯を鳴らしたのだが、振り返っても魔物が来た様子はない。

何か気になる事でもあったんだろうか。

「アグリ、ちょっといいか?」

「シロウ様どうしました?」

「廃鉱山の倉庫が随分スッキリしたから今度ここで取れた芋を運び込むつもりなんだが、概算でどのぐらいの量になるか教えてくれ。」

「芋ですか、ちょっとお待ちください。」

作業中のアグリに声をかけると嫌な顔をせず倉庫兼家へと向かい、そして書類を手にすぐ戻って来た。

この炎天下の下で作業しながら汗1つかいていないんだが、いったいどういう体をしているだろうか。

熱中症寸前とか?

「お待たせしました、こちらが書類・・・おや?」

「どうした?」

「いえ、後ろに珍しい植物が生えていまして・・・、そんなのそこにあったかな。」

「ん?」

後ろを振り返りアグリの視線の先を追うと、そこにあったのは先ほどのサボテン。

あのピンクの花は間違いなくさっきのやつだ。

さっきは城壁の角にいたのに、っていうか植物が動くとかそんなのありか?

二人してサボテンに近づくとアグリがぐるりと一周してサボテンを観察する。

「ピンク色の花から察するにスレインサボテーンでしょうか。」

「スレイン?」

「主に北方に生息するサボテーンです、花は薬になりますがトゲが非常に鋭く細いため採取には細心の注意が必要だと言われています。この辺りでは見かけない筈なんですが、どこから来たんでしょう。」

「ありえない話なんだが、こいつを北側の城壁の角で見かけたんだ。花の咲いている角度から間違いはないと思うんだが・・・。」

「サボテーンが歩くとは聞いたことありませんね。」

「だよなぁ。」

歩く植物系の魔物は多数存在するが、こいつは普通の植物のはず。

鑑定すれば正体を判明させることはできるのだが、このとげとげを触るのは流石に嫌だ。

サボテンじゃなくこっちではサボテーン呼びのようだが、まぁそのままでいいだろう。

じっと見ていても動く気配はなく、手を近づけても逃げる感じはない。

うーん、困った。

くるりと反転して反対側に歩き出したその時。

「あ!」

「ん?」

「動きました。」

「え、マジで?」

「はい。シロウ様の後を追いかけるようにずるずると。」

アグリが嘘を言うとは思えないので本当に動き出したんだろう。

え、植物だよな?魔物じゃないんだよな?

「・・・もう一回行くぞ。」

「お願いします。」

アイコンタクトをした後ゆっくりと後ろを振り返り、大きく一歩二歩と足を進める。

振り返るタイミングでアグリがサボテンの横に線を引く音が聞こえたのでどのぐらい動いたのかは確認が出来るはずだ。

10歩歩いたところで今度は勢い良く後ろを振り返るも、サボテンが動いている様子は確認できなかった。

だが、アグリのいる場所とサボテンのいる場所が違う。

アグリと俺のちょうど中間にサボテンがいる感じ。

再びアグリの方を見ると静かに二度首を縦に振った。

「マジか。」

「確実にシロウ様を追いかけていますね。」

「別に好かれるようなことは何もしていないんだが?見つけたのだってついさっきだぞ。」

「ですが間違いなく追いかけていますよ。」

追いかけていますよと言われてもなぁ。

こうなったら仕方がない、向こうがその気ならこっちも本気を出そうじゃないか。

追えるもんなら追ってみやがれ。

そう覚悟して俺は勢いよく走り出した。

畑を抜け、大通りを突っ切りその足で拡張工事の現場へと急ぐ。

久方振りの全力疾走。

詰所に到着する事には汗だくになってしまった。

「あれ、シロウ様どうしたんですか?そのまま直帰されるはずじゃ。」

「その、予定、だったんだが・・・。とりあえず、水をくれ。」

「はい!」

明らかにいつもと違う様子を察してか、机に脚をぶつけながら冷たい水をコップに入れて持ってきてくれた。

先程のように一気に流し込むも胃の中がどうかとか考えている余裕はない。

呼吸を落ち着かせるべく深呼吸を二度、さすがにここまで逃げてきたら大丈夫のはず・・・。

「あ、可愛いサボテーン!でもなんでこんな所に?」

俺が確認するよりも先に誰かがサボテンの存在に気が付いたようだ。

なんでだよ、俺の全力疾走だぞ?

「・・・はぁ」

「随分とお疲れですね。」

「まぁな。」

「こっちの事は気にせず先に帰ってもらって大丈夫ですよ、任せてください。」

任せてくださいと言われてもこのまま帰っていいものか。

このやばい奴を屋敷に入れるわけにもいかないし、それじゃあ野宿するのかって話にもなる。

とりあえずどうするのか俺以外の意見を聞くべきだな。

呪いか、それとも別の何かか。

ひとまず屋敷に帰るのを諦めその足で冒険者ギルドへ。

もちろん後ろ5m程の所をサボテンはつかず離れずついてくる。

なかなかの人混みの中を進んだはずなのに、やつは全くの無傷でその中を突き進んだようだ。

全くどういう原理で動くんだ?

「ごめんなさい、私にはわかりかねます。」

「キキでも知らないか。」

「サボテンの魔物は知ってますがそれに該当する感じはありません。アグリさんの言うようにスレインサボテーンなんでしょうけど、足もないのにどうやって移動しているのか。正直そっちに興味がありますね。」

元研究者の血が騒ぐと言うやつだろうか、自分が研究対象になっているのも知らずサボテンは入り口横の邪魔にならない所で俺が移動するのをじっと待っている感じだ。

また同じようなことになるかもしれないし、ここはひとつ研究材料になってもらうのがいいのかもしれない。

家族に何かあっても遅いしな。

「捕まえたら解剖できるか?」

「え、いいんですか?」

「このままじゃ屋敷にも帰れないし、何かわかるかもしれないだろ。」

「それはまぁそうですが。」

「ちょっと待ってろ。」

覚悟を決め、サボテンに向かって一歩踏み出す。

すると自分が何をされるか察したのか進んだ分だけ移動を始めた。

今度は向こうが逃げる番だってか?

一歩、二歩と進み、外に出たところでもうダッシュ。

ほんとどういう原理なのかはわからないが、常に一定の距離を空けてそいつは逃げ続けた。

途中で追いかけるのを諦め、今度はアプローチを変えて俺は移動せずキキに捕まえてもらおうと試みたのだが、目にもとまらぬ早さで逃げられてしまった。

ほんとなんなんだよこいつは。

「ダメ、ですね。」

「うーむ、他の冒険者でもダメか。」

「害はなさそうですが、理由がわかりません。」

「助けを求めているという感じでもないんだよなぁ。」

それなら逃げるはずがない。

結局夕方まで粘ってみても解決策は見当たらず、話し合いの結果屋敷の外で寝ることとなった。

それもダンジョンの中で。

何かあったときにすぐ対処できるからと言う理由なのだが、そいつはさも当たり前のようにダンジョンの中に入ってくる。

魔物じゃないのは間違いないが、やはり理由がわからない。

天幕に入り込み入り口からそいつの方を見ると、微かにだが震えたように見えた。

一応ベッキーに監視をお願いしてあるから大丈夫だと思うんだが。

覚悟を決め、入り口を閉めて目を閉じる。

ほんとどうしたもんかなぁ。
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