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979.転売屋は見送る

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「世話になったな。」

「色々ありすぎて大変だったが、楽しんでもらえたのなら何よりだ。」

「この間も言ったが次はそちらから来るんだぞ。」

「出来るだけ近いうちに伺います。お父様もそれまでどうぞお元気で。シャル、お祖父様に挨拶をしましょうね。」

長いようで短かった陛下の滞在も最終日を迎え、全員総出でお見送りをすることとなった。

屋敷の前に横付けされた重厚な馬車。

その前に立つ陛下に向かってマリーさんがそっと近づく。

シャルをゆっくりと陛下の両腕に移すと、その時だけはどこにでも居る一人の祖父へと顔が変わる。

他にも孫は居るはずだがマリーさんの子だけに別格なんだろう。

もちろん本人はそんな事言わないけどな。

名残惜しそうに再びシャルをマリーさんの手に戻したときには、いつもの表情に戻っている。

「また年末までに一度戻ります。」

「うむ、成長した姿を楽しみにしているぞ。」

「エドワード陛下、ローランド様よりこちらを渡すようにと。」

「ローランドが?」

今度はセラフィムさんが四角い何かを手に陛下へと近づく。

あれは・・・書類か?

「拡張計画の予算書と請求書だと伺っています。」

「捨てておけ。」

「よろしいのですか?」

「まったく、あいつらしい嫌がらせだな。拡張計画はあくまでこの街主導で行うことになっている。もちろん国としても手伝うつもりではあるのだが、まずはそれを上手く回すのがあいつの最後の仕事。そう簡単に引退して別荘で悠々自適な生活を送るなど許さぬと伝えてくれ。」

「一字一句間違えぬようお伝えいたします。」

たしかにローランド様らしい贈り物だ。

今回の拡張工事はかなりの長丁場かつ大金がつぎ込まれている。

そのほとんどは国からの補助を受けているはずだが、少なからず街からの持ち出しもあるはず。

その請求書を国に出すと、上に行くまでにかなりの時間が掛かるだろうから本人に渡したほうが早いと思ったんだろう。

とはいえ、それを受け取ってしまうと他の人の分も受け取らなければならなくなる。

なのでそれが出来ないと分かった上であえてそれを提出したというわけだ。

本来であれば穏やかな仕事納めの後に悠々自適な生活が待っていたはずなのだが、それが出来なくなった腹いせにこんなことをしたんだろうなぁ。

子供か!

「他に何かあるか?」

「シロウ。大事なもの渡し忘れているわよ。」

「おっと、そうだったそうだった。」

エリザに言われて大事なものを思い出した。

グレイスが後ろから近づきセラフィムさんが渡したような四角くて薄いものを俺に手渡す。

「なんだ、お前も請求書か?」

「そんな事を言うってことはこれは要らないって事だよな?」

手渡されたものを頭の上でひらひらと動かす。

ダンボールぐらいの厚みがある白い板には、よく見ると小さな手と足の形が朱色で描かれている。

「それは、シャルの型か。」

「折角シャルがご機嫌なうちに採取したのに、いらないんだってよ。」

「そんなことは言っておらん。」

「じゃあ金貨5枚。」

「安いな。」

「いや、冗談だって。マジで財布を出そうとしないでくれ。」

ほんの出来心で言っただけなのにガチな顔でカバンに手を入れるのはやめて欲しい。

いくら金儲けが好きな俺でもコレを義父に売りつけるほど金に飢えているわけではない。

エリザに尻を軽く叩かれてしまったが、無視してそれを陛下に渡す。

たかが手型足型、されどその価値は持つ人によってものすごい価値を見出すこともある。

「本当は似顔絵とかも考えたんですがフェル様ほどの画家はいなくて。しばらくはそれでお願いします。」

「それはこちらに来たときに描いて貰える様私から彼に伝えておこう。」

「宜しくお願いします。」

久しくフェルさんにも会ってないが、マリーさんの子供なら喜んで描いてくれるに違いない。

昔は肖像画を態々屋敷に飾る人の気持ちが分からなかったのだが、今になったら分かる。

アレは自慢だ。

自分の絵はともかく家族の絵は描いてもらうべき。

今度会ったら金や画材を積んででも全員分お願いしよう。

拒否権はない。

そんなこんなで出発を名残惜しんでいると、聖騎士団の馬車からホリアがゆっくりと歩いてきた。

「陛下、そろそろ出立しませんと夕方までに間に合いません。お早くお願いいたします。」

「だそうだ。名残惜しいがこの辺にしてさっさと行くとしよう。皆、見送りはこの辺でいいぞ。」

「どうかお気をつけて。」

「「「「お気をつけて!」」」」

馬車に乗り込んだ陛下が窓からこちらを見てくることは無かった。

一番名残惜しいのは本人なのは間違いない。

実の娘二人に孫娘一人、可能ならばもっと長い時間一緒に居たかっただろうがご自身の身分と役目がそれを許してくれることはない。

だからこそ今度は俺達の番なんだろう。

最初は街をあげての大歓迎だったにも関わらず、帰りはとても静かなもの。

もちろん色々と感づいている人も多いので見送りはそれなりに居るだろうけど、大騒ぎって程にはならないだろう。

って、あれ?

「そういえばガルグリンダム様の姿がないな?」

「そういえばディーネとバーンの姿も見えないわね。」

「流石に見送り無しって事はないだろうし、なにより陛下を守護する古龍を置いていくことは・・・。」

そんな事を思っていると、突然空が陰り突風が俺達を襲う。

女達の悲鳴が響くよりも早く何かが頭上から落ちてきたのを感じた。

「やれやれ、私を置いていくなんてねぇ。」

「それはお主がいつまでも巣で長話をするからじゃろうが。まったく、面倒をかけおって。」

「まぁまぁ、間に合ったからいいじゃないか。」

落ちてきたというか降りてきたが正しいんだろう、目を開けるとさっきまでいなかった三人が馬車の近くで痴話喧嘩をしている。

話の感じから察するに、ずっとダンジョンの奥で話し込んでいたようだ。

俺達と違って彼らの時間感覚は非常にゆっくりとしている。

間に合っただけ奇跡といえるかもしれない。

「トト、ただいま!」

「お帰り。バーンも見送ってくれるのか?」

「うん、ハハと一緒に飛んでいくよ。トトも一緒に行く?」

「あー、それもそうだな。」

せっかくなんだから上空から見送るのもアリかもしれない。

別に港までついていく必要はないし、少しついて行ったら戻ってくるとしよう。

「もうお別れは済ませたのかい?」

「とりあえずはな。これ以上居ると名残惜しんで馬車から出てきそうだから早めに出発してやってくれ。」

「ふふ、違いない。」

「ってことでちょっと上から見送ってくる。」

「気をつけてね。」

「お父様を宜しくお願いします。」

ひとまず陛下の馬車を屋敷の前で見送り、急ぎバーンと共に街の北側へ。

城壁の通用口から畑に出ると、翼竜の姿に戻ったバーンの背にすばやく乗って大空へと一気に飛び上がる。

上空でディーネと合流するとちょうど馬車が街を出たところだった。

ほんと色々あったなぁ。

街に着いての大歓迎に、武闘大会からの魔物の襲撃。

それからケイゴさんとハルカの和解や、その他諸々色々ありすぎだ。

でもまぁ賑やかで良かったじゃないか。

退屈させるのが一番申し訳ないし、そういう意味では今回は成功だったといえるだろう。

「ディーネ。」

「どうしたシロウ。」

「ガルグリンダム様と一体何を話していたんだ?」

「別にこれといった難しい話ではないが、なんじゃ気になるのか?」

わざわざ王都を出てここに来たってのが気になっていた。

何かあるから態々来たのか、それとも本当に元カノであるディーネに会いに来たのか。

龍の考える事を常人が理解することは難しいのだが、もしよくないことなのであれば早めに対処しておきたい。

「ちょっとな。」

「安心するがよい、お前達に害のある話ではない。」

「それはつまり俺達以外には害があるってことだよな。」

「相変わらず鋭いのぉ。」

「俺たちに言えないようなことなんだったら言わなくていい、だがそうではないのなら・・・。」

「ハハはガルおじちゃんと一緒に王都って所に行くんだって!」

「これ、バーン!」

なんだって?

ディーネがガルグリンダム様と一緒に王都に?

それって一体どういうことだ?

「よくないことでも起きるのか?」

「そういうわけではない。じゃが、あ奴がわざわざ私に会いに来たのを無視するわけにもいかんじゃろう。なに、用事が終われば戻ってくる、お前との子をまだ作っておらんからな。」

「諦めてなかったのか。」

「バーンが弟か妹が欲しいとねだってくるからのぉ。」

「えへへ、僕もお兄ちゃんになりたくて。」

照れた感じでバーンが体を左右に揺らす。

あの時ガルグリンダム様が『お別れは済ませたのか?』と聞いたのは、陛下だけではなくディーネにも言ったんだろう。

バーンがわざわざ一緒に見送ろうと誘ってくれたのも、彼なりにそれを察知したからなのかもしれない。

何も言わずに行くつもりだったのかは彼女にしか分からないが、戻ってくると言っているんだから俺達はそれを見送るだけだ。

「気をつけてな。」

「それは私の台詞じゃ。無理をするなと言っても聞かんだろうが、お前達人間は自分が思っている以上に弱くて脆い。無茶だけはするでないぞ。」

「僕が居るから大丈夫だよ!」

「と、息子が言っているから大丈夫なんだろう。」

「そうじゃな。バーンをよろしく頼む、留守は任せたぞ。」

「よくわからんが任された、代わりに陛下をよろしく頼む。」

何が起きるかはまったく分からないが、伝説の古龍が二人?もいるんだから何の心配もないだろう。

こうして、この夏の一大イベントは静かに幕を下ろしたのだった。
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