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973.転売屋は受け入れる

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肉だ酒だと大騒ぎをする冒険者につられて、普段はお堅い聖騎士団員も楽しそうに住民や冒険者と食事を共にしている。

夜空には星が瞬き、オレンジ色の明かりがその空を焦がす。

魔物の襲撃という一大イベントを超えて結束の深まった両者だが、明日になれば再び己が強さを示すために戦いあうわけで。

なんとも平和なもんだなぁ。

それに加えてこちらときたら。

「うーむ、美味い。」

「西方の酒は飲み飽きたのではないのか?」

「ここ最近はこちらのエールばかりだったうえに、懇意にしていた職人が国を出て以降は満足のいく酒が飲めていなかった。まさか、この地で再び酒蔵を起こしさらには名誉男爵の庇護を受けていたとは。縁とは真に不思議なものだな。」

「そうですね、私がこうして貴方と食事を共にできるのもシロウ様のおかげです、本当にありがとうございます。」

「あー、うん、そうだな。よかったよかった。」

大騒ぎする会場から少し離れた場所に設けられた陛下専用のブース。

そこにケイゴ様とハルカも同席して和やかな雰囲気の中、食事が行われている。

振舞われているのは今日仕留められた魔物の肉。

宮廷料理とは程遠い野趣あふれる・・・というか、ただ塩とペパペッパーを振って焼いただけの料理だが本人たちはいたく満足そうだ。

あれから色々と話を聞かせてもらったのだが、なんでもケイゴ様とハルカは幼馴染で父上が存命の間は田舎に帰るたびに野山を駆け回っていたような間柄なんだとか。

ハルカの弓もケイゴ様の槍もその時身に着けたものらしく、父上の没後国王として即位した後もお互いに宮廷でのストレス発散を兼ねてその道を極めていたそうだ。

元々庶民の出であるハルカとそういった場に慣れ親しんだケイゴ様だからこういった料理の方が満足するのかもしれない。

こっちとしては下手にもてなさなくていいだけにありがたいっちゃあありがたいんだが。

「それでケイゴ、これからどうするのだ?」

「ハルカを買い戻すために金を稼ぐつもりだ。とはいえ、ここは土地勘も無い異邦の地だけに当分はこの槍の腕を使って冒険者としてやっていくつもりでいる。聞けばこの地にもダンジョンがあるとか、先ほど冒険者ギルドの職員から登録の仕方を教わったので明日にでも早速潜るつもりだ。名誉男爵は買取業もされているそうだな、高値で買い取っていただけるとありがたい。」

「悪いが元国王とはいえほかの客と同じ扱いをさせてもらう。一人を優遇すると同じことを望むやつが出てくるんでね。」

「それもそうか、さっきの発言は忘れてくれ。失礼した。」

これまた深々と頭を下げる元国王。

確かに今は地位を捨てて一般人になったわけだが、それでも肩書は残り続ける。

それを知っている身としてはやっぱりやりづらい訳だ。

「名目上はそうなっているがたまに気分で上げたりもする。期待しないでくれというだけなんだが、本当に冒険者としてやっていくのか?」

「危険は承知の上だが、今の私にはその方法しか残されていないんでな。」

「そうは言うが、もしもがあったらどうする。」

「その時は諦めてもらうしかないだろう。私がその程度の男だったという事だ。」

なんとも男気溢れる発言だが、それを聞いたハルカは僅かに表情を曇らせている。

俺だってエリザにもしもがあったらひどく悲しむし、理解していても同じセリフを聞けば彼女と同じ反応をするに違いない。

そういった男気を見せて戻らなかった奴がこの街には大勢いるから当然だろう。

「俺としてはハルカの知識を期待しているだけに早々に買われるのは困る訳だが、自分の奴隷が悲しみにくれる姿も見たくはないものだ。」

「だが、それ以外に選択肢がないのだ。もっとも国に戻ったところで居場所はないがな。」

「悪いが元国王を気軽に受け入れられる程王都の連中は甘くなくてな、許してくれ。」

「国を捨てた我々を快く迎え入れてくれているだけで充分だとも。」

確かに国に戻ったところで元の地位に戻れるわけもなく、むしろ国の内情を知りすぎているせいで幽閉される可能性だってある。

かといって縁もゆかりもないこの地でハルカを買い戻すだけの金を稼ぐのは至難の業。

それこそ俺のように特殊なスキルを用いないことには難しいだろう。

うちの稼ぎ頭であるアネットですら、一月に稼げる金額に限界はある。

エリザのように大当たりを引けば一気に稼げる可能性はあるだろうが、この人にそれだけの実力があるかは分からない。

行きも地獄戻るも地獄、もちろんそれを選んだのはこの二人ではあるのだが・・・。

「ならうちで働くのはどうだ?」

「どういうことだ?」

「隣町で醤油と味噌の製造をしていることは話したよな?今はまだ一人で何とかなるが、今後製造量を増やすとなれば一人ではさすがに限界がある。加えて清酒の方でもこの秋から製造量を増やすから人手は多いに越したことがない。本来であれば新しい人を入れればいいのだが、事業が事業だけに製法は外に出せないから誰でもいいってわけじゃないんだ。その点ケイゴ様であれば西方の出で醤油や味噌になじみがあり、さらには口も堅い。シュウたちは驚くだろうが同じ西方国の民として迎え入れてくれるだろう。まぁ、給料を多く出せるわけではないが不自由させないだけの額は出すつもりだ。嫁の傍で仕事を手伝いつつ金も稼げる、悪い話ではないと思うが?」

なんとも都合のいい話だ。

他人である俺がここまでする義理はないのだが、ハルカの心情と人手不足さらには人員の特殊性を考えるとむしろこの人以外の適任者がいないんだよな。

二人ともそれなりの腕があるし、今回みたいに魔物の襲撃があったときに最低限戦ってもらえるのもありがたい。

もちろん死ぬまで戦えとは言わないが、手塩にかけて作り上げたものをみすみす壊されるのはもったいないからな。

清酒もそうだが醤油や味噌にも多額の投資をすることになる。

回収する前につぶされるのは困る。

突然の提案にケイゴ様とハルカだけでなくエドワード陛下まで目を丸くする。

だが、それもすぐ笑顔に変わり大きな声で笑い始めた。

「あーっはっは、そうか、そうだな!ケイゴ程に適した人材は他におるまい。西方に通じ、口も硬く、何よりもよく働くことだろう。見た目は強面だが中身は嫁に甘い、いや甘すぎるといっていいだろう。なんせ嫁を探しに国王の地位を捨てこのような場所へ来るような男だからな!よかったなケイゴ、嫁とともにしっかり励むのだぞ。」

「しかし、いいのか?」

「良いも何もそれが最善だと考えただけだ。俺は仕事の出来る人材が欲しい、そっちは仕事が欲しい。お互いの条件が満たされているのならばそれを逃す手はないだろう。まぁ、その相手が元西方国の国王でありハルカの旦那というのは想定外だったが、何にせよ今はただの一般人だ。」

「違いない。」

「一般人といいながらも国王時代に築いた人脈や伝手は色々とあるだろうからそれらを使ってしっかりと貢献してもらいたいという思惑もある。もちろん強制するつもりはないが、稼げば稼ぐだけ儲けも増える、悪い話ではないだろ?」

もちろんそれが使えるかは未知数だ。

国王だったからこそ話を聞いてくれたり取引をしていたという商人は多いはず。

平民に落ちた身でそれを使えるとは期待しては居ないのだが、腐っても何とやらだ。

せめて1%ぐらいは使えるネタがあるとうれしいなぁとは思っている。

商売は人脈がものを言う仕事だ、俺の知らない相手と知り合うことが出来るだけでも商売の幅は大きく広がる。

一人と知り合うだけで新たに五人の商人と出会えるとすれば、それは鼠算式に増えていくことになる。

そのうちの一人でも捕まえることが出来ればそれが儲けに繋がるというわけだ。

俺が扱う品々は素晴らしいものばかりだからな、自信を持って取引が出来る。

小さなことからこつこつとってね。

「ケイゴ、この男はお前が思っている以上に欲深くそして賢い男だ。口では面倒臭いと言いながらもその裏では何通りもの可能性を模索している。だが悪い男ではないことは私が保証しよう。」

「こちらに来て噂では聞いていたが、想像以上の男のようだ。」

「それは買いかぶりという奴だろう。俺はただの買取屋で人より少し金儲けが好きなだけの商人さ。」

「まったく、どの口が言うのやら。」

陛下は呆れているが嘘は言っていない。

ぶっちゃけ面倒ごとには関わりたくなかったので、さっさとケイゴ様にはご退場いただくつもりだった。

冒険者になってどこかで死んだらその時はその時とついさっきまではそう思っていたのだが、ふと働いてもらったほうがメリットが大きいんじゃないかと思ってしまったわけだ。

陛下の言うように頭で何通りもの可能性をシミュレーションした結果、受け入れるという選択肢にたどり着いた。

断られる可能性はない。

向こうにはメリットしかなく、そしてこっちにも面倒臭さを上回るだけのメリットが転がり込む。

給料は安くても良さそうだし何よりよく働いてくれることは間違いない。

シュウ達にはかなり気を使わせるかもしれないが、ほら、もう国王じゃないからで納得してもらうしかないだろう。

元王妃に加えて元国王が増えるだけの話だ。

うん、大丈夫大丈夫。

「それで、俺の所で働いてもらえるのか?」

「こちらからお願いしたいぐらいだ、どうぞ宜しく頼む。」

「それじゃあ報酬やその他条件に関してはうちの者から別途説明させてもらおう。セラフィムさん、いるよな。」

「ここに。」

「ケイゴ様、いやケイゴさんと条件のすり合わせを行ってくれ。あくまでも一般人ということは忘れないように。」

「かしこまりました。それではケイゴ様、ハルカ様、こちらへ。」

面倒なことになったときに助言を求められるよう待機してもらっていたのだが、まさかこういう役割をお願いすることになるとは思っていなかった。

仲睦まじく寄り添い合うように二人が視界から消えていく。

あー、話し過ぎて疲れた。

「シロウ。」

「なにか?」

「二人を迎え入れてくれたことに感謝する。」

「別に礼を言われたくて迎え入れたんじゃない、さっきも言ったように利害の一致があったからだ。」

「そうだとしても私ではケイゴを助ける術がなかった。こういう時、自分の地位を疎ましく思ってしまうな。」

「その分国って言う馬鹿デカイ物を背負ってるんだ、今回みたいな小さいことは下々に任せておけばいいのさ。」

陛下は陛下で俺には想像もできないような苦悩や大変さが待っているんだろう。

今回のはそんな人が気にするような案件じゃない。

「私は良い義息子をもったな。」

「悪いが良いかどうかは分からないぞ。」

「それを見極めるだけの目は持っているつもりだ。これからも娘と孫をよろしく頼む。」

「もちろんだ、命に代えても幸せにすると約束しよう。」

「いや、死なれても困る。程ほどでいいぞ。」

「違いない。」

二人して笑い合い、グラスを軽く当て中身を一気に飲み干す。

あぁ、美味い。

元の世界では結婚なんて縁はなかったし、この人のような素晴らしい人と出会うこともなかった。

義父だからじゃない、一人の男としてエドワードという人を尊敬している。

滞在予定はまだまだある。

明日もこの人を楽しませよう、そんな事を考えながら空いたグラスに酒を注ぐのだった。
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