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972.転売屋は和解を見守る

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ディーネとガルグリンダム様による前代未聞の魔物襲撃誘導事件は、けが人こそ出たものの死者は出ず聖騎士団と冒険者が一つの目標に向かって力を合わせるという、まったく想定していなかった結果で終わりを迎えた。

状況確認後、念のためバーンの背に乗り街周辺を飛んでみたが新たな魔物は確認できていない。

彼らとしても古龍種という前代未聞の敵から必死に逃げようとしていただけというなんとも申し訳ない話なのだが、これも魔物と人間の宿命というやつで大人しく成仏してほしいものだ。

大量に集まった素材は宣言通り俺の店で通常の二割増しで一律買取を行い、冒険者に功労費として支払われることになった。

本来であれば聖騎士団にも受け取る権利はあるのだが、ホリア曰くエドワード陛下と領民を守るというごく当たり前のことをしただけという事で受け取りを辞退。

その代わり手に入った肉を聖騎士団を含めた全員で頂くことになっている。

どこもかしこもお祭り騒ぎ。

肉の焼けるいい匂いと共に、冒険者と聖騎士団員の笑い声がそこかしこから聞こえてくる。

別に確執があったわけではないんだが、あまりそりの良くなかった両者が仲良く接しているという意味では今回の襲撃にもある程度の意味はあったんだろう。

もっとも、それは街の中の話であって俺の目の前では真逆の空気が流れている。

無言。

陛下を含めそうそうたる面々が会した我が屋敷の食堂を、重々しい沈黙が支配していた。

外から聞こえてくる歓声がまるで別世界のよう。

ぶっちゃけ俺には全く関係ない状況だけに席を外して肉を食べに行きたい所なのだが、誰もそれを許してくれないんだよなぁ。

はぁ、腹減った。

「ハルカ。」

「・・・。」

「あー、とりあえずお茶にしないか?疲れただろ?」

「シロウ、少しは空気を読んだらどうだ?」

「いやいや、これでも結構読んだ方なんだが?このままずっとこうしても埒が明かないだろうしここは若い二人に任せてだな。」

「私より若いやつが何を言うか、いいから黙って座っていろ。」

有無を言わせぬ声の圧力に致し方なく口を紡ぐ。

視線を感じ横を見ると、口パクでエリザがバカと言ってきた。

うるさいバカ、バカっていう方がバカなんだよなんて小学生みたいなことを考えてしまう。

この場にいる誰もが沈黙を許容している事自体が俺には信じられないんだが。

「・・・ごめんなさい。」

「何を謝る、謝らねばならぬのは私の方だ。」

「いいえ、貴方を捨て国を捨てたのはすべて私の我儘なんです。私のような小娘が王妃の座についていたのがそもそもの間違い、本当にごめんなさい。」

「だから違うと言っておるだろう!」

バンと机をたたき西方国前国王が立ち上がる。

苛立ち、不安、恐れ、様々な感情が爆発したような感じだ。

なんだろう、映画とかドラマとかなら非常に重要なシーンなんだろうけど、当事者じゃないからか本当にどうでもよく感じてしまう。

自分の奴隷の事なんだからそんな風に思ってはいけないんだろうけど、ぶっちゃけ俺の女じゃないしお二人で勝手に話し合ってくれって感じなんだよなぁ。

「まぁまぁ、二人共落ち着くがいい。ケイゴ、そんなに怒鳴ったところで何も始まらんぞ。そのあたりは国王時代から何も変わっておらんな。」

「申し訳ない。」

「謝るのは私ではなく嫁にだろう。向こうにも事情があって妻の座を捨て、国を出た。いい機会だ、その辺をしっかり話し合うが良い。良いな、シロウ。」

「良いも何も好きにしてくれ。」

「主の許可が出た、皆席を外すとしよう。」

やれやれ、やっとこの空気から解放されそうだ。

ぞろぞろと食堂を出てその足で応接室に移動する。

さて、どうしたもんかなぁ。

「ご主人様、あのお二人はどうなるんでしょう。」

「さぁねぇ、別に嫌いだから別れた感じでもなさそうだしなるようになるんじゃない?」

「人にはバカとか言っておいて適当だな。」

「シロウに言われたくないわよ、全く興味ないくせに。」

「ないな。」

「全くお前という男は。まぁ、私も全く興味ないがな。」

いやいや、あれだけ偉そうに言っておきながら本人もそれかよ。

それを聞いたエリザが見事にずっこけてるじゃないか、いいぞもっとやってやれ。

「よ、よろしいのですか?」

「あやつがまだ国王であったのならば体裁の為にも仲裁に入るところだが、二人共今はただの平民。痴話喧嘩などスライムも食わんわ。」

ミラの狼狽ももっともだが、陛下も言うように今の二人は一般人。

どこにでもあるような痴話喧嘩にいちいち関わっているほど、俺達は暇じゃないんだよ。

「違いない。」

「でもお父様、お二人は西方国の身分を捨てておりますが国に戻れば違うのではありませんか?」

「戻れたらの話だが現状では無理だろう。それに嫁の方はシロウの奴隷、好き勝手に持ち出していい物ではない。もちろんこ奴が手放すというならば話は別だが?」

「生憎と手放すつもりはない。だから戻ることはあり得ない。」

醤油や味噌をはじめ西方関係の加工品はハルカに全て任せている。

向こうが国を閉じている以上、それを早期に開発しなければ大変なことになる。

今更あの味を捨てる事は出来ないだけにいま彼女に抜けてもらうわけにはいかない。

もちろん金を積まれてもな。

「そういう事だ、納得したかオリンピア。」

「はい。」

「二人共国を捨てるほどの決断を下せるのだ、和解など容易な事だろう。それよりもシロウ、今日の武闘大会だが明日に順延で構わんな?」

「え、まだやるのか?」

「当たり前だ。我が聖騎士団がどれほどの物かまだ見せつけておらんだろう。」

「言うじゃないか。エリザ、ボコボコにしてやれよ。」

「任せといて!」

うやむやになるんじゃないかと少しひやひやしていたのだが、国王陛下がやれというんだから最後までやってやろうじゃないか。

良かったなエリザ、予選通過して終わりじゃなくて。

その後羊男とニアを呼び寄せて武闘大会の順延についてとその他もろもろの報告を受けていると、日が暮れる頃にコンコンとノックの音が応接室に響いた。

「ケイゴ様とハルカ様が参られました。」

「入ってくれ。」

「お客ですか?」

「まぁ、そんなところだ。」

別に素性が知られたからと言ってどうなるものでもないし、むしろこの二人に今知ってもらえるのは好都合。

陛下もそれを止めなかったので二人とも共犯決定だな。

「失礼します。」

「え、え、え!?なんで西国の国王陛下が?えぇ!?」

「ちょっと落ち着きなさい。」

「色々あるんだよ。だから静かにしてろ、な?」

慌てふためく羊男をニアと二人で言いくるめる。

こういう時肝が据わっているのはやっぱり女の方だよなぁ。

男ってのはそういう部分で弱かったりするんだが、もちろん俺もそこに含まれる。

「話は済んだか?」

「貴重な時間を貰い、感謝する。」

「それで?」

「ひとまずは感謝をいわせてほしい。シロウ名誉男爵、妻を、ハルカを買ってもらいありがとう。もし買われて居なかったらこんなにも心穏やかに過ごすことはできなかったと思う。本当に感謝している。」

深々と頭を下げる前国王とハルカ。

元がついてもつい最近まで国のトップに君臨した二人が、陛下ならともかくただの下っ端貴族の俺に深々と頭を下げている。

普通ならあり得ない光景だが、陛下が言うように今はただの人。

一応は俺の方が身分は高いってことになるんだろうなぁ。

「俺は俺の目論見があって彼女を買っただけだ、助けるとかそういうつもりで買ったわけじゃないからそこは誤解しないでくれ。別に感謝されたいわけじゃない。」

「シロウが照れてる、めっずらし~。」

「煩いな、ちょっと静かにしていろ。」

「は~い。」


俺が同じことをすると無茶苦茶怒られるのに、エリザがやると誰も怒らないのはどういうことなんだろうか。

解せぬ。

「妻とこんなにも長い時間話をしたのは本当に久々だった。お互い些細な所ですれ違ってしまいこのようなことになってしまったが、今の状況を考えれば必要な事だったのかもしれない。我々にはあの国は窮屈過ぎた。」

「ほぉ、国王が窮屈だったと。」

「元々は父上の死後無理やり座らされた地位であって、初めから優秀な弟が王座に就くべきだったのだ。もちろん国王になった事は後悔していないし、あの数年間は私の人生に大きな影響を与えたのは間違いない。自分の国しか知らぬ私が広い世界を知ることが出来たのも、国王の地位に付いたからこそ。その節は世話になったエドワード陛下。」

「私も楽しい時間だったと思っているから気にするな。」

うんうんと何かわかったかのように頷くエドワード陛下。

自分、さっきまで興味ないとか言ってなかったか?

どれだけ変わり身が早いんだよ。

「で?和解は出来たんだろ?」

「お陰様でお互いの心根を知ることが出来ました。もっと早くこうしていればよかったと思いますが、遅かれ早かれ私に限界が来ていたと思います。ただの小娘である私に王妃などという器は窮屈過ぎて、あのままだときっと壊れていたと思います。」

「その気持ち、わかります。」

ハルカの言葉にマリーさんがウンウンと何度もうなずく。

自分も似たような感じで窮屈な思いをしていただけに、よくわかるんだろうなぁ。

「和解したのならば何よりだ。俺としては引き続き今の仕事に邁進してもらいたいんだが、そこんとこはどういう話になったんだ?悪いが元国王とはいえどもタダで返せってのは無しだぞ。」

「そこなんですが・・・。」

ハルカがちらりと元国王の方を見ると、小さく頷いてから一歩前に出てあろうことか土下座をした。

流石のハルカもそこまですると思わなかったのか、一瞬戸惑った後自分も彼と同じように身を伏せる。

「無茶を承知でお願いする。どれだけ時間がかかるかはわからないが、必ず彼女を買い戻す。だからそれまで他の者に売らないでもらえないだろうか。国を捨てた身で手持ちも少なく働く先もないが必ず費用は工面する。だからどうか、彼女を、ハルカの事を宜しく頼みたい。」

「私からもどうかお願いします。奴隷の身でありながらこのようなことをお願いするのは筋違いなのはわかっています。ですが、必ず頼まれた品々を作って見せます。結果を残しますからどうぞ、ここにおいてください。おねがいします!」

いやいやいや、勘弁してくれよ。

西国の国王とその王妃がただの買取屋に土下座とか。

そういうのマジでやめて欲しい。

戸惑う俺をみてエドワード陛下がなんとも嬉しそうな顔で俺を見てくる。

絶対この状況を楽しんでるだろ、この人。

顔を上げてくれとお願いしても二人は聞かず、ただただ額を床につけ続ける。

さて、どうしたもんかなぁ。
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