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968.転売屋は義父を出迎える

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日が少しずつ傾き、空の色がオレンジ色になる頃。

街の東門の前には大勢の人たちが集まり、そのときが来るのを待ちわびていた。

「見えた!」

誰かがそう言うと全員が目を凝らして地平線の向こう側を凝視する。

まだ米粒ほどの大きさしかないが、さっきまでなかったものが確かにそこにある。

そして、それはどんどんと大きくなり土煙を上げながら近づいてきた。

皆が固唾を呑んでそのときを待っている中、向こうからグングンと速度を上げ、一頭の馬が駆けてきた。

「エドワード陛下の来訪である、皆の者武器を置き道を開けるように!」

その者の体を包んでいたのはオレンジ色の光を反射する白亜の鎧。

その中心に描かれたエンブレムは紛れもない聖騎士団のものだった。

団員に言われるがまま集まっていた人たちは城壁の横に並び、武器を床に置いて片膝をつく。

だんだんと近づいてくる馬車。

それを先導するように二頭の白馬が先にこちらへやってきた。

「わざわざ出迎えとはご苦労なことだ。」

「そりゃあ遠路遥々来てもらってるんだ、当然だろう。」

「お出迎えありがとうございます、シロウ名誉男爵。」

「随分と元気そうだな、セインさん。」

「お蔭様で。陛下が参られます、挨拶は後ほど。」

二頭の白馬に乗っていたのは現聖騎士団団長ホリア、そして副団長のセイン。

色々とあったようだが、この二人が今の聖騎士団を引っ張っていると思うと感慨深いものがある。

あの時の縁がなかったらこんな風に気さくに話すことはなかっただろうなぁ。

二人が先に街に入り、続いて巨大な馬車が続いていく。

街の中からは歓声が上がり、外に並ぶ俺達・・・冒険者は先ほどの姿勢のまま顔を上げその人が到着するのを待ち続けていた。

「来た。」

一際豪華な装飾が施された馬車がゆっくりと速度を落とし、俺の前で停車する。

豪華絢爛な装飾を施された扉が開き、顔を上げると見覚えのある顔が俺を見下ろしていた。

「態々このような出迎えをしなくてもよかったのだぞ。」

「そういうわけにはいかないでしょう。ようこそお越しくださいました、エドワード国王陛下。」

「今回はお忍びだ、そんなに堅苦しい挨拶はいらぬ。」

「では、長旅ご苦労様でしたお義父様。」

「うむ。私は一足先に屋敷へ向かう、お前も早く来るのだぞシロウ。」

そういうと扉は閉まり、再び馬車は動き出した。

一際大きな歓声が街の中から聞こえてくる。

はぁ、とりあえず第一段階は終了だな。

悟られないよう小さく息を吐き、残りの馬車を見送ってから俺達も街の中へと入る。

エドワード陛下の来訪、この夏一番のイベントが今始まった。


「おぉ!なんと可愛い事か、私がおじいちゃんだぞ。」

「・・・。」

「何だシロウその顔は。」

「いえ、なんでもありません。」

言葉通り陛下を乗せた馬車はまっすぐに屋敷へと向かい、俺の到着を待つわけもなく出迎えを受けていたようだ。

急ぎ戻るとちょうどマリーさんに代わりシャルを抱き上げるところだった。

「名前の通りお婆様によく似ておる。」

「やっぱりそう思いますか?」

「あぁ、この目は間違いない。いい子を産んだな、ロバート。」

「ありがとうございますエドワード陛下、いいえ、お父様。」

本来であればその名を呼ぶことはありえないのだが、この瞬間だけは昔と同じ父と子として言葉を交わしている。

「すごい、お父様があんなにデレデレした顔してる。」

「な?俺と同じだって言っただろ。」

「可愛いものは仕方あるまい。」

「私達よりもですか?」

「無論だ。」

『愛娘よりも可愛い』そう言い切ったぞこの親バカ、じゃなかった孫バカは。

陛下に直接そう言うことは出来ないがこの場に居る全員が同じことを思っているだろう。

あの国王陛下も孫娘の前では威厳ゼロだな。

「エドワード陛下、長旅でお疲れでしたら先にお部屋へご案内いたしますが。」

「アニエスか、息災なようだな。」

「お気遣いありがとうございます。」

「それで、子は授かったか?」

ちょっとまて、アニエスさんを見て二言目にかける言葉がそれかよ。

いくらなんでも飛ばしすぎじゃないか?

「生憎とまだ。ですが、近いうちかと思います。」

「おい。」

「なんだ、まだ孕ませてなかったのか。アニエス元騎士団長であれば実力も見た目もかなりのものだろう、何を遠慮している。」

「遠慮しているわけじゃ・・・というか、娘の前でそういった会話は謹んで欲しいんだが。」

「この子が妹が欲しいと言っておるぞ。」

「私もそう思います。どうでしょう、陛下の許可もございますしこの後子作りなど。」

ダメだまったく聞いちゃいない。

この場に居るのが王家の人間だけでよかったと心から思っている。

今のやり取りを聞いたらガチガチに緊張していたハワードが膝から崩れ落ちたことだろう。

一国の主とはいえ中身は父であり祖父であり更に言えばただのオッサン。

下ネタの一つや二ついうかもしれないが、娘二人と孫娘の前で言うことではない。

まったく、困った義父(ひと)だよこの人は。

「お父様がこんなにはしゃいでいるなんて、今日はとてもいい物を見れました。」

「オリンピアは随分と変わったようだな。」

「そうですか?」

「あぁ、前以上に生き生きとしている。お前にも随分と窮屈な思いをさせてしまったからな、ここでしっかりと学び新しい生き方を模索するといい。」

「ありがとうございますお父様。」

孫娘と愛娘、家族水入らずの空間に俺なんかが入っていていいんだろうか。

身分上は名誉男爵だが相手は王族。

非公式ながら俺もその一員ということになるようだが、持っているオーラが違うんだよなぁやっぱり。

そんな俺の居心地の悪さを感じてか、マリーさんが俺を見てニコリと微笑む。

「アナタ、お父様をお部屋に案内しておきますので食事の用意をお願いできますか?」

「ん、あぁわかった。」

「食事?まさかお前が作るのか?」

「基本はうちの料理人が作るが、どうしても俺が作れとうるさいんだ。口に合わなかったら申し訳ない。」

「まさか噂に聞いていた手料理を味わえるとは、楽しみにしているぞ。」

噂になっていたのか・・・っていうか、さりげなくハードルあげてくるよなこの人。

これはハワードにも言ってもっと緊張させてやるとしよう。

どんな反応するか楽しみだ。

案内は任せてその足で食堂へ。

スイッチが入りバリバリ料理を作っているハワードにさっきの言葉を伝えたのだが、生憎と効果はなかった。

「だって楽しみにしているのはお館様の料理ですよね?」

「そうきたか。」

「から揚げの仕込みは終わっているので揚げ加減はお任せします。いやー、一気に気が楽になりました。ドーラさんデザートの仕込みをしちゃいますか。」

「ウ、はい。」

「手伝ってくれないのか?」

「頑張ってくださいお館様。」

どうしてこうなった。

鼻歌交じりでデザートのアイスを作り始めたハワードの後ろで、仕込みの終わった種を油に投入していく。

ジュワジュワと音をたてながら油の中を泳ぐ肉。

楽しみにしていると言われたら他にも色々と作らなければならないだろう。

ここまできたら一作るのも二作るのも同じこと、やってやろうじゃないか。

コレが俺に出来る義父へのおもてなしってね。

急遽メニューを変更して迎えた夕食会。

改めて家族を紹介しながらハワードとウーラさん、それと俺が作った料理を堪能してもらうことが出来た。

思いのほか気に入ってくれたのがうどん。

なんでうどん?と思ったのだが、最近年のせいか味の濃いものが苦手になってきたらしく、出汁の優しい味が気に入ったんだそうだ。

「そうか、これも西方の料理か。」

「幸い鰹節もどきも海草も別のもので十分に代用できる、レシピは書き起こしてあるから向こうの料理人に作ってもらってくれ。」

「ありがたく頂戴しよう。しかし、この清酒といい醤油といい西方食品ばかりで大丈夫なのか?国を開くように対話は続けているがあの様子では難しいぞ。」

「そんなにか。」

「前国王は我々の文化にも友好的だったが、弟の方はその真逆だ。閉じてしまった門を開かせるのは難しいだけにいずれはこれらも枯渇する可能性がある。」

食事も終盤、〆のうどんをおかわりする陛下が西方国の状況を教えてくれた。

色々と情報収集してはいたが、やはり国のトップの言葉となると信憑性が段違いだ。

そうか、この感じだと数年単位で輸入は停止するかもしれない。

「ある程度の在庫は確保しているがそれも持って一年だろう。」

「一年か。この味ならば王都でも十分に流行りそうなものだが、手に入らないのならばそれも難しいだろう。」

「売れるのか?」

「皆新しい味に飢えている。特に貴族の中ではまだまだ西方の品は人気だからな、国が閉じてしまえば取引していても確認のしようがない。彼ら相手の金儲けは容易だろう。」

トップが売れると断言するぐらいに王都ではまだまだ西方ブームは続いているようだ。

確かに向こうは取引停止を求めていても、それを確認する手段がないのであれば特に問題はない。

それどころか供給量が減れば価値が上がり、同じものでも今まで以上の金額で取引される。

もしそういった品を独占することが出来たら・・・。

「国主の発言じゃないなぁ。」

「お前のように真っ当な貴族ばかりではないからな。そんなやつらの所に金を寝かせておくぐらいなら吸い上げてしまえばいいのだ。」

「お父様、流石にその発言は危険です。」

「ここは王城ではない、それに聞かれた所で私の地位を脅かそうとするものはおらん。皆保身ばかりで国民の事を見ようとせんからな。」

「国王ってのも大変なんだな。」

「代わってやろうか?」

「勘弁してくれ。」

清酒の飲みすぎか赤くなった顔で義父が冗談を言う。

俺を家族と認めてくれているからこその発言なのかもしれないが、オリンピアの狼狽具合から察するに中々の爆弾発言だったようだ。

俺には分からないような気苦労が色々とあるんだろう、そんな中に飛び込むとか勘弁して欲しい。

「まぁ、それらに関しては清酒同様こっちで作れないか模索しているところだ。量産化できれば大儲けさせてもらうつもりで居る。」

「そうか、お前が作ってくれるのであれば安心だ。しかし、よく向こうの西方を知ることが出来たな。」

「ちょうどそれらの知識に精通した人と知り合ったんだ。せっかくだから紹介しよう、ハルカ入ってくれ。」

「失礼します。」

せっかくこんな遠いところまで来てくれたんだ、孫娘に会うだけじゃイベントとして物足りない。

サプライズはまだまだ盛りだくさんだからな。

さて、この人の登場に義父がどんな顔をするか。

マリーさんと目を合わせ二人してその瞬間を待ちわびるのだった。
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