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953.転売屋は氷を作る

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17月も半ばを過ぎてから夏が本気を出して来た。

この夏は比較的涼しいなぁとか思っていた自分を叱ってやりたい。

そんなこと思うから余計に暑く感じてしまうんだろう。

「あっつい。」

「ちょっと口に出さないでよ、余計に暑くなるじゃない。」

「すまん。」

「目の前に氷があっても足元に氷水を置いても暑いものは暑いのよね。」

「さっき口に出すなとか言わなかったか?」

「気のせいじゃない?」

暑さでエリザも気が立っているんだろう、下手に反論すると痛い目を見そうなのでグッと我慢した。

大人だからな、俺は。

だから文句の代わりに尻を揉んでやろうとしたら高速の手刀で叩き落されてしまう。

「痛い。」

「変なことしようとするからでしょ。はぁ、また氷を食べられたらいいのに。」

「流石にこいつの生食は宜しくないだろうなぁ。まぁ、腹を下してもアネットの薬があればどうとでもなるが、せめて前みたいに湧き水が凍ったやつなら良かったんだが。」

「氷壁が落ち着いちゃったからね。」

ダンジョン内にそびえたつ巨大な氷壁。

毎日大量の氷を削り出しているにも関わらず翌日には元の状態に戻る程の産出量を誇っているのだが、その原料となる水は鑑定スキルを使っても細菌レベルまでは表示されないんだよなぁ。

見た感じゴミらしいゴミは混ざっていないだけに大丈夫だと思うのだが、そこまで不安ならば水の魔道具を使って現地で作るしか無いだろう。

前は冷気が外に漏れ出して湧き水が凍ったからなんとかなったが、あれももうおさまってしまった。

「未だに現地に行ったことは無いんだが、氷壁はかなり寒いのか?」

「寒いってもんじゃないわ、遮熱のマントが無いと凍えちゃうぐらいよ。そこらへんに置いておいた武器がカチカチに凍っちゃうぐらいに。」

「なら水を置けば氷になるよな。」

「え、わざわざ持っていくの?」

「水の魔道具から作製された水ならいつも飲んでいるし安心だろ?口に入れるんならそこまでした方が客も喜ぶ。」

「客?」

エリザの頭の上にクエスチョンマークがいくつも浮かんでいるのが見えるようだ。

実際には浮かんでいないが、漫画などであれば間違いなく浮かんでいる。

そういや、この世界ではあまり氷を食べたりしないようだ。

イライザさんの店に行っても飲み物は液体のみ。

氷を入れて冷やせば客も喜ぶのに、しない理由があるんだろうか。

「あぁ、せっかくなら前みたいに客に出したほうが喜ばれるだろ。それなのになんで誰も氷を入れて飲み物を提供しないんだ?」

「なんでそんなもったいないことするのよ。そりゃさっきの方法でなら出来なくはないけど、態々危険なダンジョンに高級な水の魔導具を持ち込んで、更には固まったそれを溶けないうちに地上に運ばないといけないわけよね?道中魔物に教われないとも限らないし、落としたらまた作り直し。それを考えたら提供するのにどれだけ高いお金を支払わないといけないのかしら。」

「なるほどなぁ。確かにそれを飲み物の値段に転嫁したら誰も飲まないか。」

「そういうこと。確かに美味しいとは思うけど、魔導冷蔵庫でもそれなりに冷えるし、なにより氷を冷やしておく場所がないわ。」

まさかエリザに教えられる日が来るとは思わなかったが、それが全てなんだろう。

今の俺には水の魔道具も依頼料もさほど高いとは思わないのだが、実際にそれを行うとなるとかなりのリスクを伴うことになる。

どのぐらいの量を作るのかにもよるが一抱えの氷の塊を作ると仮定して、水の魔導具を壊れるまでに20回使用するとしたら一回の使用料が銀貨10枚、更に燃料の魔石が銀貨1枚に冒険者に支払う輸送代が銀貨4枚としたら全部で銀貨15枚も掛かる計算になる。

前はこれが簡単に手に入ったが、実際1から作るとなるとかなりの金額だ。

一抱えの氷から100人分の氷が取れるとしても一人あたり銅貨15枚も加算しなければならない。

冷やす為だけにわざわざ銅貨15枚払うのなら、その金でもう二杯飲めるわけだもんなぁ。

冒険者のほとんどは後者を取るだろう。

金を出すとしたら貴族か、マスターの店に行くような小金持ちぐらいなものか。

あー、でもこれは20回全部成功した計算だから実際には銅貨20枚ぐらいにしておかないと、元は取れないか。

つまり普通にやるだけではまったく金にならないので、コレまで誰もやってこなかったということなんだろう。

じゃあ普通にやらなかったら?

「なら冷やす方法があって、さらには輸送もしやすければ費用も抑えられるし仕える可能性もあるわけだ。幸い水の魔導具は在庫があるし、冷やす方法も輸送用の入れ物にも心当たりがある。もしコレができるのなら、アイスみたいにしんどい思いをしなくても冷たくて美味い物が食えるかもしれないぞ。」

「え、アイスみたいな奴が!?」

「もちろん道具は色々必要だが俺に心あたりがある。とりあえずエリザはシロップを作ってもらえるか?出来れば甘いのと、甘酸っぱいの。前のレレモンとかを入れたやつがあるとうれしい。」

「オッケー、そっちは任せて!」

よし、思いついたらなんとやらだ。

即断即行動は俺達の十八番、倉庫に向かい必要なものをかき集めたその足で冒険者ギルドへと向かう。

流石に現地に行くわけには行かないので、仕様書を書いて依頼を出すことにした。

仕事は簡単、現地に向かいヒートゴーレムの装甲を設置した後、その中を水の魔道具で一杯にする。

後はそれが凍るまで待って、装甲ごと地上に持って帰ってくるだけ。

ほこりが入らないよう風と影の皮膜で覆うとかはしてもらうがようは設置するだけなので現地にいけるのであれば誰にでも出来る仕事だ。

特急依頼で報酬は銀貨5枚。

ただ現地に行って回収するだけでこの金額、すぐに誰かが名乗りを上げてくれるだろう。

明日の朝一番に戻ってくることを想定してそれまでに別の準備をしておく。

装甲の規格は決まっているので、後はそれを使って出来上がる氷をどう上手く加工するか。

いかに少ない労力で最高効率を導き出せるかが量産化のポイントだからな。

頭の中に想像図はあってもそれを実現するのは中々大変。

だが、コレがもし成功すれば・・・。


「いらっしゃい、暑い日にぴったりの氷の食べ物だ!一口食べれば体の中からひんやり冷たくなれること間違いなし、一杯銅貨20枚だよ!」

翌日。

冒険者から届けられたヒートゴーレムの装甲を蓋をしたまま受け取り、その足で市場へと向かう。

まだ見て回る人も少ない朝方にも関わらず気温はグングンと上昇し汗ばむような陽気だ。

そんな中で食べる氷ほど美味い物はない。

流石に声かけだけでは誰も近づいてこなかったので、早速実演販売に切り替えることにした。

氷の入った装甲は急ごしらえの装置にひっくり返した状態で設置されている。

一斗缶をくるりとひっくり返した感じといえばイメージしやすいだろうか。

氷は重力に押され装甲からはみ出すように台の上に乗せられている。

よく見るとその台には真ん中に無数の穴が開いており更に真ん中には拳大の穴が開いていた。

俺は取り出した装置をその穴に差込みスイッチを入れる。

途端に響くモーター音。

それと、同時にシャリシャリとなんとも涼しげな音も聞こえてくる。

俺が持っているのはドリルアームというダンジョンの防衛機構から取れる回転式のパーツ。

前は手作業で削り出したが、今回はちゃんと機械式。

その先端にトゲトゲのついた台を設置すれば小型のシールドマシンの完成だ。

トンネル工事に使われるシールドマシン宜しく氷を削りながら奥へ奥へと進み、削られた氷が他の穴から零れ落ち下に置いた皿にたまっていく。

これぞカキ氷。

夏の風物詩ともいえる最高の氷菓だ。

ある程度削ったところで器に盛り付け、上からレレモンの黄色いシロップをかける。

そこまでやると食いしんぼうの冒険者がたまらず声をかけてきた。

「お、氷が食えるのか?」

「あぁ、暑いときに食う冷たい氷。最高だぞ。」

「一つくれ。」

「銅貨20枚、毎度あり。」

代金を受け取り器とスプーン代わりのスプーンフィッシュのくちばしを手渡す。

くちばしを迷うことなく氷に差込、彼は氷を口に運んだ。

「つめてぇ!」

「そりゃ氷だからな。なんだ、食うのははじめてか?」

「冷たいのに甘い、何だコレ!」

「氷の粒がさっと解けるからシロップが口に残るんだ。サッパリして良いだろ?」

「ちと高いと思ったけど、この値段でこの味ならぜんぜんありだ。暑いのに口の中は冷たい、なんだこれ。」

最高の食レポをどうもありがとう。

決して彼はサクラなどではないが、食いしん坊の冒険者は総じて食レポが上手いような気がする。

彼の反応を見て一人また一人と購入者が現れ、俺も必死になってドリルを動かし氷を砕く。

あっという間に最後の氷を砕き終えてしまった。

渡せたのは全部で25人。

売上げは銀貨5枚って所か。

買えなかった客にはまた後で来るようにお願いして、一度店を閉める。

「どう?」

「まぁまぁ予想通りだ。入れる量を工夫する必要はあるが、いい反応だったぞ。酸味が良いって喜んでた。」

「よかった、甘すぎないか心配だったのよ。」

「急ごしらえにしては上々だ。他に何種類か作れるか?」

「そうね、作ろうと思ったら後三種類ぐらいかな。」

「全部で四種、十分だろう。」

せっかくなら何種類も味を楽しめるほうがリピーターを増やすことが出来る。

今回の売りはまさにそこだ。

ぶっちゃけ氷だけでは利益は出ず、むしろ赤字に近い。

装甲一つ分の氷を造るのに掛かった費用は魔道具の使用料も考えて銀貨8枚。

ただしコレは特急の依頼にした場合の値段なので、通常のにすれば銀貨3枚で済む上に一度に2個までなら運べることが確認できた。

使用料を考えてかかる費用は銀貨8枚ほど。

一見すればプラスだが、この時点で銀貨2枚しか利益はないのでロスを考えればほぼ赤字。

だが、この氷にトッピングをすればどうだろうか。

シロップのほかに冷たく冷やした果物を追加し、さらには追いシロップの代金をとる。

特にシロップなんてのは原価率がかなり低く、果物も旬のものを手配すればそこまで値段は高くならない。

南方産の果物が結構流通しだしているので、バッナなんかはそこそこ人気が出てきている。

もちろん高級トッピングとしてメロンメロンやマジックベリーなども用意しておけば、金を持った奴が喜んで付けてくれるだろう。

暑い中で氷が食べられるというだけでも宣伝効果があり、さらには目新しいトッピングで利益を出す。

これぞ商売というものだ。

一度屋敷に戻り、トッピング用の果物を普通の氷で満たした装甲に入れたりして準備をする。

氷が出来ているのを確認した朝の時点で追加の氷を依頼しておいたので、今度は全部で20個分用意できた。

これでおよそ300人前。

流石に人手が足りないのでアネットやエリザ達に手伝ってもらって、早くも列が出来た戦場へと舞い戻る。

「さぁ冷たいカキ氷、カキ氷はいかが。一杯銅貨20枚、それにキンキンに冷えた果物をトッピングすれば更に美味しいこと間違い無しだ。シロップの追加は銅貨5枚、さぁ欲しいものを言ってくれ。」

現在の時刻はおおよそ午後三時頃。

一日で一番暑い時間に食べるかき氷の冷たさといったら、一度食べたら病み付きになること間違いなし。

そんなわけで用意した300人前はあっという間に売り切れてしまい、最後は冷えた果物だけを売って欲しいという客まで居たぐらいだ。

今年の夏は暑くなる。

さぁ、冷たいカキ氷はいかがかな?
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